1953年の 鼎ヶ浦

本日は、昭和28年(1953)当時の気仙沼湾の写真を紹介します。昨年末に届いた気仙沼周辺の地域情報誌「浜らいん」2016年新年号から。

浜ライン1月写真
「浜らいん」2016年新年号より

この写真は初めて目にしました。撮影者はスーパーマーケットのハマダを経営していた濱田茂穂さんです。安波山からの撮影でしょう。神明崎、柏崎、蜂ヶ崎の3つの〈崎〉が古代中国の三足の器に似ていることから、気仙沼湾は〈鼎ヶ浦〉とも称されてきました。その地理的な特徴がよくわかる写真です。向こう側にうつるのは大島の亀山です。

解説文につぎの記述がありました。「昭和28年頃、階上(はしかみ)の沿岸には海苔芝があり、現在の商港がある朝日町はまだ海だった頃である」。

たくさんの牡蠣筏(かきいかだ)もうつっています。船の航行に不便ではないかと心配になるくらい。魚市場は旧エースポート(それ以前はレストハウス)があった場所にありました。

昭和28年といえば私が生まれた年の翌年。満1歳ごろの風景と思ってながめると興趣が尽きません。63年前の気仙沼湾です。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 鼎ヶ浦

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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