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連休時帰省報告

9月17日から19日の連休で気仙沼に帰った板橋君、岩淵君から気仙沼の様子を伝えるメールをいただきましたので紹介します。

板橋和夫君(3年9組)から

おはようございます。市内を回って感じたことを少しだけ。
市役所界隈は片付いていましたが、魚市場の方は信号も壊れたままでした。海面と地面の差があまりなく、この前の台風で、また大変だったのではないかと思います。
三陸新聞の訃報欄をみても、遺体なき葬儀が沢山ありました。6カ月たったので区切りをつけるために葬儀をするようです。人生の終末をこのようにおわらせるのは本当に気の毒です。
復興が本当に程遠い感じに思えました。

岩渕勉君(3年5組)から

小泉の実家跡(小泉小学校前バス停の前)の確認と墓参り、兄貴宅への顔出し、そして義兄夫妻が震災時にお世話になった「南三陸ホテル観洋」へのお礼の挨拶のため9月17日から19日まで帰省しました。義兄夫妻は2泊3日で三陸海岸を旅行中、神割崎付近で地震に遭い、当日の宿泊先「南三陸ホテル観洋」へ避難しお世話になったのです。

17日は妹から突然の手紙をもらったこともあり、栗駒経由で志津川に入りました。国道396号線で行ったのですが町の入口から家内の体調が不良に。翌日は極力海岸線を避けて(とはいっても避けられないのですが)移動し、兄貴宅と親戚への挨拶で終わってしまいました。家内は、精神的に相当ショックを受けたようです。

小泉の町は跡形もありませんでした。何もないの一言です。実家跡は玄関跡がかろうじて確認できましたが草ボウボウでした。

気仙沼市内の仲町付近では目標物がなくウロウロしてしまいました。それでも魚市場経由でお魚市場に到着。偶然、さんま祭りが行われており無料のさんまをご馳走になりました。ノンアルコール・ビール1缶つきでした。

幹線道路はそれなりに整備されていましたが復興にはマダマダという感じがしました。復興支援はまさにこれからだとの思いです。

以上です。
一日でも早い復興をと強く願いながらも、その困難さをこれでもかというほど感じさせられる。見る風景は違っても、それだけは共通しています。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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