気仙沼発のニット

1月6日の読売新聞朝刊を見ておどろきました。社会面のトップ記事に〈気仙沼発 ニットに誇り〉の文字が。シリーズ記事〈震災5年〜支える〉の5回目は、気仙沼でニット/編み物の会社を運営するおふたり、「気仙沼FSアトリエ」の梅村マルティナさんと、「気仙沼ニッティング」の御手洗瑞子さんの活動を紹介する記事でした。

読売1月6日
読売新聞1月6日朝刊より(クリックで拡大)

本記事1月8日にオンライン読売配信内容

それぞれの活動を紹介したメディアはたくさんありますが、〈気仙沼発のニット〉というテーマでふたつ同時に扱った記事は少ないように思います。是非お読みいただきたく、以下に引用させていただきます。

◎震災5年〜支える<4>
働く場 紡ぎ出す
気仙沼発 ニットに誇り

 支援物資を仕分けしていた避難所の女性スタッフの手が止まった。色鮮やかなドイツ製の毛糸と、編み針が詰まった箱があった。

 まだ東日本大震災から1か月の宮城県気仙沼市。「衣服や食料が必要なこの時期に、趣味の道具なんて場違いではないか」。女性はそう思ったが、避難所のお年寄りらは楽しみが出来たことに喜んだ。ならば追加を頼もうと、送り主に電話で連絡を取った。

 京都市在住の梅村マルティナさん(56)は、電話がうれしくて涙が出た。ドイツ出身で、医学を研究しようと1987年に来日し、日本人の夫と息子2人と暮らす。被災者の姿をニュースで見て「つらい気持ちが少しでも紛れてくれれば」と、編み物セットを送っていた。

 「一緒に編みたい」という気持ちを抑えきれず、6月、初めて気仙沼を訪ねた。がれきだらけの街に「働く場」を紡ぎ出すことになるとは、思いもしなかった。



 気仙沼では1262人が死亡、不明。津波で重油タンクが倒れて火災が広がり、市場や水産加工場など女性の職場の多くが失われた。

 マルティナさんは月に1度、気仙沼に通って編み物の手ほどきをした。避難所で漏れる「仕事がない」という言葉に心配が募る一方、編み物が得意な女性が多いことに気付いた。漁網を直したり、海に出る夫の上着を編んだりした経験が家庭で受け継がれている。「彼女たちの技術を生かせば、安心して働ける場所を作れるのではないか」――。

 2012年3月、ニット製品を製造・販売する「梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ」を市内に設立。住民票も気仙沼に移した。各地の百貨店の催事などで靴下やネックウォーマーが売れるようになり、従業員は3人から9人に増えた。

 津波で自宅と勤務先の水産加工場が全壊し、求人票を見て同社に入った伊藤恵子さん(52)は言う。「自分たちが仕上げた商品が全国に届くのは、やりがいがある。こうした職場があれば若い人も地元に残れる」



 同じ気仙沼の、海を見下ろす高台に「気仙沼ニッティング」の店舗はある。手編みのセーターやカーディガンは4種類とも19万~7万円台と、かなり高い。

 社長の御手洗瑞子さん(30)は13年に設立した同社を持続させるため、価格設定にこだわった。被災地発だからと買ってもらえる時期はいずれ終わる。「それでも欲しいと思ってもらえる品質を目指さないといけない」と考えたからだ。

 東京出身で、震災時はヒマラヤ山麓のブータンで産業育成に取り組む「首相フェロー」をしていた。国際協力に携わる夢をかなえた仕事だったが、かつて訪れた町が被災した映像を見て「日本のために働きたい」と、約5か月後に帰国した。

 商品の付加価値を高めるやり方は、インドと中国に挟まれて観光に活路を見いだしたブータンで学んだ。パチンコ店がにぎわいを見せていた被災地に、「誇りを持って頑張れる場所を作りたかった」と話す。

 今では30人以上の編み手を抱え、オーダーメイドの商品は、140人以上が2年以上先の納品を待つ。



 急ピッチで進む復興工事は、マルティナさんには思わぬ試練をもたらした。海に近い工房は、土地のかさ上げで今年中に移転を強いられ、代替地は見つかっていない。催事で気仙沼製だと紹介しても、被災地だと分からない人が増えてきたのも気がかりだ。

 原発事故直後に帰国を考えた時の、小学6年だった長男の言葉を胸に刻んでいる。「ドイツなら安全かもしれないけど、友達を捨てて行っても幸せじゃない」。気仙沼の女性たちとずっと一緒に編み続けるつもりだ。(安田龍郎、門間順平)引用は以上です。


梅村マルティナさんについては、昨年11月29日(日)の午前9時からのBS-TBSテレビ『こころ ふれあい紀行~音と匠の旅』が詳しく取り上げていました。私のツイッター(@ kechu20)ではお知らせしたのですが、このブログでは紹介できませんでした。番組を見ながら、そういえばマルティナさんの活動を知りながら、このブログで紹介する機会がなかったなあなどと思っておりました。

なお、この連載記事は東京本社版と北海道支社版で掲載され、大阪本社と西部本社版での掲載はないようです。

〈気仙沼発のニット〉というテーマでのこの記事は、気仙沼にとって、とてもありがたい。勝手ながらの全文引用で申しわけないのですが、読売新聞さん、ありがとうございました。

なお、読売新聞は昨年10月にも〈論点スペシャル〉という解説面の記事で御手洗さんの意見を大きく取り上げています。つぎのブログで紹介いたしました。こちらもどうぞ。

2015年10月21日ブログ「自立という課題」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼FSアトリエ 梅村マルティナ 気仙沼ニッティング 御手洗瑞子

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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