サイセンドロボウ

明日12月12日(土)は、気仙沼〈ば!ば!ば!の場!〉。五十鈴神社/お神明(しんめい)さんでしめ縄づくりですね。ということで、本日はお神明さんの話。

まずは、現在のお宮の写真。

五十鈴神社
リアス観光創造プラットフォーム/観光写真サイトより

この立派な拝殿は、昭和40年に鉄筋コンクリートで建てられたものです。私の結婚式はここでおこないました。しかし、私たちが小さなころのお神明さんは、木造でかなり老朽化していた印象。調べてみると、大正期からあった拝殿は、昭和4年の大火で焼失し、翌5年に本殿(拝殿の後方にある神殿でしょうね)は再建されたものの、拝殿は仮宮のままであったとのこと。つまり、私たちが小学生のころに遊んでいたお神明さんの拝殿は仮宮だったのですね。納得。

さて、12月3日のブログで、お神明さんの御神札(おふだ)について、母に電話してたずねた話を書きました。本日はその話の続きです。

母が電話口で、私の小さなころのお神明さんにまつわる思い出話をこう語るのです。

〈そういえば、賽銭(さいせん)箱から小銭をとってきたことがあったねえ〉

ええ!覚えてないよ。それって本当のはなしなの?詳しく聞いてみると、こんなことでした。私が小学校にあがる前ぐらいの話だと思います。

母が、あずけたおぼえのない小銭(たぶん5円玉とか10円玉)を私が持っていることに気づきました。問いただすと、〈お神明さんで拾った〉と私が答えます。魚町の通りから二つの階段をのぼると、右手には拝殿への道が続きますが、左手には小さな祠(ほこら)がまつられています。そこの賽銭箱のまわりにお金が落ちていたので〈拾った〉と。母が〈それはサイセンドロボウになるから返してきなさい〉と言うと、私は素直に返しに行きました。後ろからそっとついていくと、祠の賽銭箱のほうにひょいと投げるのが見えたそうです。後で見てみると、たしかに賽銭箱がこわれていて、まわりに小銭が散らばっていたとのこと。

その後、母が神山真浦宮司に電話して、これこれこういうことで、息子がああしてこうして申し訳ありません。確かにお返ししましたのでと。それと、賽銭箱が壊れているので機会をみて直していただければと付け加えたりもしたらしい。

この話を私はすっかり忘れており、おぼえていないのです。しかし、まあ一応は小銭も返したことだし、〈賽銭泥棒〉とならずにすみました。お神明さんの天照皇大神さま、おかげさまで元気に暮らしております。そのせつは大変失礼いたしました。

しかし、この小さな実績のおかげで〈俺も小さな頃はやんちゃでね〉ぐらいのことは言えるかも(笑)。
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 五十鈴神社 お神明さん

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示