気仙沼の名工表彰

はじめに週末のテレビ情報。

◎11月29日(日)9:00〜
◎BS-TBS『こころ ふれあい紀行~音と匠の旅』

被災地へ編み物セットを贈ったことがきっかけで気仙沼への支援を始めた梅村マルティナさんを紹介。地元女性に働く場がないことに心を痛め、震災から一年後に気仙沼へ住民票を移し、地元に編み物会社を立ち上げました。是非、ご覧ください。

さて、11月24日に菊田裕美君がメールをくれました。〈三陸新報が「気仙沼市の今年の技能功労者」を取りあげていますが、「高橋板金工業所」の高橋正彦君は気仙沼中学、「福助寿司」の伊東智君は大島中学、「菓心富月」の畠山賢一君は津谷中学で3人とも我々と同じ学年です。震災後も技術を活かし故郷で頑張っている同年生が表彰されるのはうれしいですね〉と。

この〈技能功労者〉は、気仙沼市の商工業の発展に寄与した技能者、いわば〈名工〉を表彰するもので今年は9名が選ばれました。市の資料によれば、卓越した技能を有し、経験年数30年以上で年齢は58歳以上、そして他の技能者の模範と認められる方を表彰基準としています。三陸新報の高橋正彦君(気中3年3組)についての記事を紹介します。

11月24日正彦君
三陸新報11月24日記事の一部イメージ

高橋正彦君は、気仙沼高校を卒業後、家業である板金工の道に進みました。そして高橋板金工業所の3代目として各種工事につとめたほか、宮城県板金工業組合気仙沼支部の役員として後輩の指導にあたったそうです。支部長時代には、一人暮らし高齢者宅の屋根や雨どいの修理など、ボランティア活動にも積極的に取り組んだとのこと。

こう紹介するとちょっと固いよね。正彦君は私と同じ魚町ですからよく知っています。実家の建物の板金というか〈ブリキ関係〉はみんな正彦君ちのお世話になっていたと思います。ちょっと細かな話になりますが、魚町の通りの入清(いりせい)の角からちょっと入沢(いりさわ)方向に入ったところです。そして震災では、その魚町にあった自宅や工場は全壊。しかし「100年以上続く工場をたたむわけにはいかない」と田谷の倉庫を改築して再開。道具などは全て海水に浸かったが、全国の同業者から支援が届いたそうです。私はよく知らなかったのですが、大変だったと思う。

大島中の伊東君、津谷中の畠山君については、三陸新報はこのように紹介しています。

伊東智(さとる)君は、大島中学を卒業して遠洋マグロはえ縄船に5年間乗船した後に仙台のすし店に。その後気仙沼に戻り市内のすし店で研鑽を重ねて昭和56年、内の脇に〈福助寿司〉を開業。平成14年に現在の田谷に移転しました。

畠山賢一君は、気仙沼高校を卒業して1年間経理を学び、19歳で本吉町津谷松岡の〈菓心 富月〉に入店しました。〈富月〉は昭和25年に父親が創業した和菓子店です。現在は、気仙沼菓子組合副会長を務めています。(追記:畠山君の奥さんは気中3年2組だった旧姓 千葉栄子さんとのこと。これも裕美君からの情報)

なお、技能功労者の表彰式は、一昨日25日にホテル観洋でおこなわれました。正彦君はじめ各業界の発展につとめてこられた受賞者のみなさまにお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

それと、いつものことながら菊田裕美君の同級生・同年生情報には驚かされます。とにかくよく知っているよ。こうした情報能力で銀行マンとして活躍してきたのでしょう。ある種の〈技能功労者〉かも(笑)。いつもありがとう。良い週末を。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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