大正の気仙沼映像

2日連続して、八日町の昔の風景を紹介しました。一昨日のブログが大正11年、昨日のブログが明治末のころ。

そして一昨日の大正11年の風景は2枚とも、『けせんぬま写真帖』に掲載されていた〈本吉郡物産共進会〉の写真で1枚目は気仙沼市史にも転載されています。そして、気仙沼商工会議所が発行した『けせんぬま写真帖』は、大正11年に制作された記録映画の映像を中心に紹介したもの。この映画については2013年4月に2度に分けて書きましたが、ご覧になっていない方がいるかもしれないなと思い再び紹介いたします。


『気仙沼港 実況』(大正11年/1922年制作)約30分間

この記録映画のタイトルは「気仙沼港 実況」。大正11年(1922年)に広野貞助さん(3代目広野太兵衛)が〈ミドリ会〉(翠会)として制作したものです。気仙沼市長もつとめた〈麻屋〉(現・アサヤ)広野善兵衛さんのお兄様です。気仙沼高校で国語教師だった広野武蔵先生の父上でもあります。

久しぶりにこの映像を見て感じるのは、当時の気仙沼の繁栄と活気です。気仙沼の名士をはじめ商家や医家などの家族が登場しますが、その贅沢な雰囲気には驚かされます。この映画制作に協賛した商店が紹介されているようです。

それにしても、この83年前の映像を見ていると、三陸の豊穣な海がもたらした富の蓄積のとてつもない大きさを感ぜずにはいられません。30分と少し長いのですが、休日にでも是非ご覧いただければと。

この映画にまつわる話は下記のふたつのブログをご覧ください。

2013年4月15日ブログ「大正11年の気仙沼」
2013年4月16日ブログ「気仙沼港 実況」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼港実況 広野太兵衛

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気中20回生支援会

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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