僕らは恋人?

9月6日の記事に「1970」さんから次のコメントをいただきました。

僕らはみんな恋人さ

「 早速、「信金OBの活躍」を取り上げていただきありがとうです。また、オダ君に対し批判的なことを書いた非礼をおわびします。 最近、このブログがあるのを知りました。首都圏在住の同級生の方々が、地元のために支援していることに対し、ただただ感謝します。ツイッターでも書きましたが、気中学校市長選の立会演説会で、オダ君が最後に放った言葉、橋幸夫の曲の題名「僕らはみんな恋人さ」をしみじみ実感しているところです 」

これに対し、非礼うんぬんはとんでもないことと返信しましたが、私が驚いたのは後段の「僕らはみんな恋人さ」についてです。今でも覚えている人がいるんだと。

たしかに気仙沼中学の学校市長(生徒会長)選挙の演説で、私はその最後を「橋幸夫も歌っているではありませんか。“僕らはみんな恋人さ”」と結んだのです。当時1200名ぐらいの全校生徒がドッとわきました。

選挙結果は、相手候補の倍の票をとって当選。首都圏同年会「けせもい会」の飲み会などでは、オダはあれで当選したとからかわれます。会長の鈴木徳一君(3年3組)などは、「女性票は俺が集めた」とまで言います。

また当選後、当時まだあった気仙沼のローカル紙『宮城タイムス』の1面下コラムで「伝統ある気中の学校市長選で、流行歌の一節を絶叫して当選した生徒がいる」と書かれました。その日の朝、校長に呼ばれて「なにかの誤解だから、気にするな」となぐさめられました。私たちが中学2年生、44年ぐらい前のころの話です。

でもさ、演説で当選したのは、オダ君ではなくて首相になったノダ君じゃね(笑)。
スポンサーサイト

テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

所長さん達

以前のブログに、校長先生になった同級生の方々が紹介されていたが、同じ宮城県職員として出世して地元に戻って来た方々を紹介しないと片手落ちだろう。
私の知っている限りでは、「宮城県気仙沼保健福祉事務所」所長の「鈴木博正」君(3年5組)と同じく副所長の「菊田孝男」君(3年5組)だ。
又、今回の震災でも大活躍した、気仙沼市職員「気仙沼市教育委員会教育次長」の「小山謙一」君(3年9組)の存在も忘れてはならないだろう。
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示