魚町の武者勢揃い

3日のブログ「1953年 武者行列」で、昭和28年8月の港まつりの風景を紹介しました。あの写真にうつっていたのは南町の子供たちですが、本日は魚町の〈小さな武者たち〉を紹介します。

魚町武者
2004年1月28日付け三陸新報記事のイメージ(クリックで拡大)

これは、2004年1月28日付けの三陸新報の連載記事〈とっておきこの一枚〉。見出しは〈りりしい武者姿/昭和28年 市制施行みなとまつり〉です。写真の持ち主は、魚町2丁目の〈ヤマジュウイチ〉佐藤八重子さん。私たちの一年先輩 佐藤秀一さんのお母様です。記事を引用します。

「 登米町から嫁いできたのが昭和25年。翌26年に長男(秀一)さんを出産した。気仙沼市制が施行されたのはその2年後。

写真は市制施行記念のみとまつり。パレードに参加するため、地区内の子どもたちが武者姿で魚町大通りに集合している。写真・矢印の女性が八重子さん。前列の長男を心配そうに見つめる。カメラ好きだった夫の市太郎さん(故人)が、知らない間に撮影し、自分で現像したもの。「希望者にはコピーして譲りたいと思います」

当時は生活していくだけでも大変な時代だった。が、町の中には熱気と活気があった。合併直後だっただけに、希望に満ちあふれていた中での祭りだった。「港の心意気を示そうと、みんな一生懸命でした」と振り返る。魚町通りには、あらゆる種類の商店が軒を連ねていた。市経済の玄関口である港と魚市場があったからだ。「漁船は、町にとって宝船だったんです」。今もその思いは変わらない。」引用は以上。

記事に〈生活していくだけでも大変な時代だった。が、町の中には熱気と活気があった〉とあります。終戦/敗戦からちょうど8年。漁業を中心としての気仙沼の産業発展や生活レベルの向上などを、子供の成長に重ね合わせて実感し始める時代だったのでしょう。

この三陸新報の記事は、7年前に亡くなった父が一週間に一度まとめて送ってくれたものから切り抜いておきました。11年前にも、この記事に、懐かしいなにかを感じたのでしょう。私にとっても〈とっておきの一枚〉だったのです。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 みなとまつり

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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