隆男君のサツキ展

6月7日の三陸新報の記事に、なつかしい名前を発見。

6月7日隆男ちゃん
三陸新報6月7日記事のイメージ(クリックで拡大)

記事を引用します。

気仙沼市魚町1丁目、昆野隆男さん方でさつき展が開かれている。今が見頃を迎えており、気軽な来場を呼び掛けている。明治40年に建てられた蔵が、震災の津波が天井まで襲来して、1階は使えなくなった。「花で地域を明るくしよう」と、3年前に蔵を改装し、手塩に掛けて育てているサツキを展示するようになった。
展示されているのは、蔵の内部と軒先。約50点の作品のうち25点が並べられているが、いずれも手入れが行き届いた力作ばかりで、中にはサツキの専門誌に掲載される予定の作品もある。昆野さんによると、きょう、あすが見頃。遅咲きのものもあるため、20日ごろまで展示しておくという。場所は魚町の坂口交差点のすぐそば。蔵の前にある駐車場の利用を呼び掛けている。(記事引用は以上)

昆野隆男さんというか隆男ちゃんは、私たちの一学年下の気中21回生。3人兄弟のまんなか。実家の屋号は〈鼈甲屋〉(べっこうや)で、私の家にテレビがなかった頃に毎日遊びにいってはテレビを見せてもらっていたのが隆男ちゃんの家。

家屋の右側の木戸を入ってまっすぐ行くと、蔵がありました。1度か2度入ったことがありますが、暗かった。この蔵のわきのスペースで、缶蹴りやかくれんぼをしてみんなで遊んだのです。季節によっては、家屋の後の借家というか借間になっているところにおじさんがいて、ニコニコと私たちを見ていました。隆男ちゃんが、三重県から来た〈餌買い〉さんだと教えてくれましたが、なんのエサを買うのかよくわかりませんでした。

2011年9月、私の実家をすべてひきはらうため気仙沼に帰ったとき、一言でも挨拶をと思い蔵の上方にある隆男君の家を訪ねました。お母さんとふたりで住んでいます。その時に、庭にならんだ見事な盆栽を見せてくれました。あれがサツキだったのですね。

新聞記事の写真にうつる蔵の軒先には屋根なども設けられてきれいになっています。ずいぶん前に、蔵の上に立派な屋敷をつくった後も、蔵の前の部屋は残し、私の母など魚町の近所のおばあさんやおばさんの〈おじゃこのみ〉会場となっていました。しかし震災後は、その建物も解体されましたし、集まっていた人も仮設やらほかの地区に移っていなくなってしまったのです。その代わりに咲き誇るサツキかな(詠嘆)といったところでしょうか。

明治40年に建てられたという蔵を活用するなど、隆男君が元気にやっていることを知ることができてなによりでした。7日、8日が見頃ということですが、まだ大丈夫でしょう。ぜひ魚町坂口に見事に咲いた〈鼈甲屋のさつき〉をご覧くださいますように。

以前、小山隆市君がケヤキと勘違いした鼈甲屋のイチョウについてブログに書きました。こちらもお読みいただければと。
2012年12月 4日ブログ「鼈甲屋のケヤキ」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 昆野隆男 鼈甲屋

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Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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