八十年前の八日町

本日早朝の地震には驚きました。東京でも、わずかな揺れながら長く続きちょっと気持ちが悪かった。テレビを見たら気仙沼でも震度5弱とのことでびっくり。特段の被害はなかったようでなによりでした。

本日は、〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダー5月6月の写真を紹介します。キャプションには〈商店が立ち並ぶ戦前の三日町八日町の大通り(昭和10年)〉とあります。1935年ですから、今から80年前の風景です。
浜らいんや5月

〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダーより(クリックで拡大)

たぶん八日町から三日町方面をながめていると思うのですが、建物の見当がつきません。右端の建物は、私の小さな頃にもあった〈麻屋〉さんの事務所かなと思ったのですが、〈星名刺〉という小さな看板がありますので印刷屋さんかなどと。

なにか資料がないかと思い、先日のブログでも紹介した〈千田満穂 五十年のあゆみ/不倒五十年〉にも紹介されている〈気仙沼町新市街図〉を調べてみました。これは昭和4年の商店名などが記された地図です。そしてわかりました。右端の事務所は〈麻屋印刷部〉でした。〈麻屋〉も〈印刷〉もあたっていた。しかしその左隣の店はわかりません。看板には〈洋菓子・砂糖・乾物〉の文字が見てとれます。上記の昭和4年の地図には〈片岡医院〉の名があるのですが。また、この写真にはうつっていませんが、麻屋印刷部の右隣は〈材木商 高橋◎次郎〉(◎は一字不明)そのまた右は〈町長 森田八郎宅〉となっています。

もし写真のお店などがわかるよという方は是非お教えください。私も調べてみようと思っています。宿題ということで(笑)。
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 浜らいん 昭和の気仙沼風情 麻屋

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示