石橋のお地蔵さん

4月29日の三陸新報に、気仙沼市魚町のお地蔵様を囲う〈さや堂〉再建の話が紹介されていました。小さなころから知っているお地蔵さんの話だったので、この記事を大変うれしく読みました。

地蔵様
三陸新報4月29日記事の一部イメージ

記事を引用します。
「震災の津波で壊された気仙沼市魚町地区の「石橋延命地蔵菩薩」さや堂の再建工事が始まった。住民が地域繁栄への願いを込めて建設しているもので、完成後の6月に落慶法要を予定している。
約400年前にまつられ、地域の発展を見守ってきた地蔵菩薩は、津波でさや堂とともに流された。地蔵菩薩はがれきの中から見つかったが、地蔵菩薩を保護してきたさや堂は壊れたままだった。
市内魚町「すがとよ酒店」の菅原文子さんが、全国各宗派の僧侶で組織する「仏教クラブ」と、同クラブ会長の松浦俊海さん(壬生寺貫首)から計200万円の支援を受け、住民有志とともに建設準備を進めてきた。地元住民や菅原さんの知人などからも「お地蔵さんのために」と約60万円の善意が寄せられ、これまでに地蔵菩薩を載せるコンクリート製土台の設置が終わり、27日から木造のさや堂建設が始まった。5月末の完成予定で、その後、仏教クラブ会員や地域住民を招いて落慶法要を行う。」引用は以上。

この石橋のお地蔵さんの場所は、私の実家があった魚町の坂口をのぼり、ホテル望洋をすぎて下った鹿折地区との境にあたるところ。〈石橋〉の名は、付近の地域がまだ海だったころにあった橋の名に由来するものでしょう。夏には小さな祭があったようにも記憶しています。首から胸にかけて赤い布が飾られ、様々なお供えものなど、地域の人が大事にしてきたことがうかがわれる地蔵菩薩でした。

約400年前にまつられたものと初めて知りました。1615年とすると、大阪夏の陣で徳川家康の江戸幕府が豊臣家を滅ぼした年。ずいぶん古い時代のお地蔵さんだったのですね。

400年の間には大きな地震や津波が何度もあったことでしょう。そのたびに、地域の方をはじめ地蔵菩薩を大事に思う人たちが、今回と同じような努力をしてきたに違いありません。そのことを思うと、この石橋の〈延命地蔵〉がとてもありがたく感じられてくるのです。

〈仏教クラブ〉や地域の方々はじめ関係者の皆様に深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 石橋延命地蔵菩薩

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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