植木実君のあの日

三陸新報で3月11日から始まったシリーズ「3.11 あの日を語り継ぐ」。その第1回目の小山(斎藤)容子さん(3年5組)の話は以前このブログでも紹介しました。そして昨日4月23日の第4回目に、植木実君(3年9組)の話が紹介されていました。

植木実君
4月23日付け三陸新報記事の一部イメージ

記事を引用します。

「 三陸新報が発行した写真集「故郷永久」で、私が屋根に乗って流されている写真を見たとき、誰が撮ったのかなあと思いました。
 地震の時は川口町の、自宅兼工場でしたが、午前中で仕事は終わっていたので、家にいたのは私と母親だけ。揺れ始めてすぐ表に出たら、液状化で側溝と道路の間から、砂水がジワーッと噴き出してきました。あそこは埋め立て地ですからね。あれっと思っているうちに、たちまち長靴ギリギリまで水が上がってきたので、一段高くなっている工場の方へ上がりました。なんだ?と思っているうちにすーっと水が引いて、怖いなと思いました。その直後に池原自治会長さんに「避難しましょう」と声を掛けられ、母親をお願いしました。
 その後、軽トラを避難させようとしましたが、渋滞していたのであきらめて工場に戻りました。6メートルの津波と聞いても、せいぜい1メートルぐらいだろうと思って、機械は無理でも、濡らしちゃいけないものをテーブルに上げていたら、表の方からガラガラガッシャーンという、ものすごい音が聞こえました。何だろうと思って戸を開けた瞬間、黒い水がドーッと押し寄せ、国の合庁(合同庁舎)前に停めていた自社の軽トラが、目の前を流れていきました。その時は完全にパニックになっていましたね。
 家に入ってガラス戸を両手で押さえていましたが、すぐに黒い水が増してピシッ、ピシッという音で我に返り、慌てて階段を駆け上がったんですが、そのあとバリバリバリバリッと何軒もの家が壊れる、ものすごい音がしました。反射的に開いていた窓から、傾いた隣の家の屋根を足場にして、自宅の屋根に出たとしか思えませんが、その辺の記憶がほとんどありません。」(中略)


植木君はその後、タンクローリーの屋根に乗って流されていた木下さんという方と一緒に自宅の屋根に乗って、川口町から南郷まで流されました。そして、漂着した南郷地区の渋抜川公園近くの倉庫の2階で、ほかの家の屋根の下から出てきた村上さんご夫婦と4人で2泊3日を過ごすのです。水も食物も、もちろん暖をとることもできません。3日目の朝に4人は、神山川の土手を目指して歩き出します。途中で木下さんや村上さん夫婦と別れ、植木君は上田中へ。〈妹夫婦の家が見えたとたん、涙がこぼれて止まりませんでした〉。記事はつぎのように続きます。

「 直後は、やる気をすっかり失い、再建する意欲は湧かなかったですね。妹夫婦のところは電気屋だったので仕事を手伝いながら、これからどうしようかと考えていました。そのうちに水産業界の人たちが、組合を復活するために集まるようになり、息子も手伝ってくれるというのでやってみようかという気になりました。
 現在は、前浜の仮設の工場ですが、仮設は5年間なので、それ以上続けるとなれば、民有地なので地主さんと話し合いをしなければならないし、期間を過ぎてから出て行く場合は、さら地にして返さなければならない。それにも5〜600万はかかるわけですよ。流された土地は居住区だけでなく、全て買い取ってほしいですね。仕事をするのにお金が要ります。移転して工場を建てたくとも、身動きができません。市と話し合いを重ねながら、最善の道を探していきたいと思っています。
 それにしても、防潮堤より、幅広い逃げる道を造ってほしいですね。今はみんな、車で逃げるという人が多いから、そういう地域づくりをしてもらえればいいんですけどね。防潮堤を造ったって、またあんな大きな津波が来たら、役に立つかどうか安心できないし、景観も悪くなって、観光のまちでもなんでもなくなってしまいます。本当の意味での住民の意見を吸い上げて、将来のために住みいい町づくりをしてほしいですね。」引用は以上。

植木君が震災当時にこんな過酷な体験をしていたとは知りませんでした。一時はやる気を失ったものの、息子さんの手伝いを得て復活させたのが〈秋刀魚昆布巻〉だったのですね。

壊れずに植木君を乗せて流れ、その命を救った自宅の屋根。それは、震災の前年に亡くなったお父様が、亡くなる少し前に「屋根を直せ、屋根を直せ」というので鉄骨を使って直したものだそうです。それで植木君は〈おやじに救われたんだな〉と思ったとのこと。

父親に命を救われ、息子も仕事を手伝ってくれるという。植木君が生還したからこそ聞けた〈ちょっといい話〉だなと思いました。

1月8日ブログ「植木実君の昆布巻」
3月20日ブログ「あの日を語り継ぐ」(小山容子さん)
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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