64年前の花見遠足

先週の後半から、気仙沼でも桜の開花が始まったようです。市立病院の桜がいつも早いらしく、8日には開花したとか。

皆さんは小学生のときの花見をかねた遠足を覚えているでしょうか。ちょっとあいまいなのですが、気仙沼小学校の1年か2年生のとき、九条にある気仙沼高校付近の桜並木の花をながめに行った記憶があります。こんな感じ。

花見遠足
『目で見る気仙沼の歴史』掲載写真(クリックで拡大)

これは、『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に掲載されていた写真です。〈昭和26年の四反田、田谷地区。今は、道路が舗装され、不動の沢駅と、工場、商店、住宅が並んでいる。気小児童が九条に遠足〉との説明があります。

気仙沼高校の卒業生はわかると思いますが、奥に続く道を行くと、通称〈追い越し坂〉などを経て気高に至ります。手前左右方向の道路は国道45号線で、右方向には本町橋(今はかけ直しされて位置が違いますが)があります。

それにしても児童数が多い。奥の方まで連なっています。この写真が撮影された昭和26年当時の児童数がわかりませんが、手元の『三十年のあゆみ』(昭和53年 気仙沼小学校PTA発行)には、昭和23年度の一年生が508名、昭和24年度の全校児童数が2715名との記述があります。私の記憶では〈気仙沼小学校は児童数3000名で日本有数のマンモス校〉でした。

昭和26(1951)年といえば、私たち気中20回生が生まれはじめた年で64年前のこと。田んぼしかなかったこの地区は、その後に新しい商業地域へと変貌し、震災後はさらに大川の流れをのぼるように開発が進んでいます。津波による沿岸地区の被災がこの地区の開発スピードを加速させたのです。

話を戻しますが、私の記憶にもあるこの九条地区への恒例の遠足が花見の季節だったのかどうか。まあ、そういうことにしておきましょうか。小さな子供にとってはちょっと遠くまでの長い道。その先には満開の桜の花があったと思いたい(笑)。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 目で見る気仙沼の歴史

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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