千田さんの五十年

2月8日の三陸新報に、宮城三菱自動車販売の千田満穂会長が、創業50周年を記念した冊子『不倒五十年 つぶれずに……』を発刊したとの記事がありました。記事では、千田さんと記念誌をつぎのように紹介しています。

「千田さんは昭和13年、岩手県釜石生まれ。昭和39年、26歳の時に気仙沼市三日町に「千田自動車センター」を開業。以来、半世紀にわたって会社や地域経済の発展に尽力してきた。節目を記念して発刊した冊子には、昭和初期から40年代ごろまでの気仙沼の町並や出来事などを写した写真を掲載し、町の発展の様子を紹介している。」引用は以上。

記事の中に、〈興味がある方がいればお譲りしたい〉とのお話しが紹介されていたので早速メールにて連絡いたしました。数日後に届いた記念誌の中から、懐かしい気仙沼の風景写真を紹介させてもらいます。

まずは昭和20年代の魚町や大堀銀座付近。以前このブログで〈昭和の気仙沼風情〉として紹介した写真も紹介されています。左と右の写真がひとつながりであることをはじめて知りました。(写真はすべてクリックで拡大)

ヨネキ

みなと祭の風景も紹介されています。昭和20年代としていますが、昭和30年代はじめかも。

港まつり1

これもみなと祭。昭和30年代。なつかしい。旧魚市場跡(震災前のエースポート付近)に集まった観客の数がものすごい。

みなと祭2

この記念誌には見たことのある写真がたくさん紹介されています。それもそのはず、地域情報誌「浜らいん」の熊谷大海さんが写真提供など編集協力していたのです。紹介したい写真はほかにも沢山あるのですが、この辺で。そして、肝心かなめの千田満穂会長の創業時の話は、明日のブログで紹介させていただきます。本日はこれにて。

2014年1月28日ブログ「昭和の気仙沼風情1」
2014年8月29日ブログ「昭和の気仙沼風情2」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 不倒五十年 千田満穂

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繋がりましたね

小田先輩、お早うございます。仙台のエーノスです。
今回写真が繋がって、いくつかの疑問がすっきり解消しました。いつも有難うございます。以前掲載された写真では、魚町に尾形無線商會さんがあったのですが、私の記憶に残っていないので、一体どこの風景かと思っていました。
日渡、梶原に続くとなると、私の記憶ではヨネキ、トミタ本店、角星、精工堂時計、通りを挟んで、磯屋、こうしんゴム、男山がありました。トミタ本店(紙屋さん)が尾形無線商會さんの跡地へ移転したのかもしれませんね。
また当時の写真機で、このように広角に写せたことに感心します。魚眼レンズかな?
白いサンダルを履いたお下げ髪のワンピースの女子が、背中に風呂敷をしょって、手提げ籠を持ち颯爽と歩く姿は、まさに時代ですね(三)
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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