内湾地区空撮写真

このブログで何度も紹介してきた三陸新報の「再興するまち〜上空から見る」シリーズ。2月26日の第23回目は気仙沼「内湾地区」でした。

内湾空撮
2月26日三陸新報記事一部イメージ(クリックで拡大)

記事を引用します。
「 震災前は船会社や魚問屋などが軒を連ねた南町・魚町地区。老舗飲食店なども多く、気仙沼の活気を生み出すまちとしてにぎわった。約11.3haの区域で市が行う土地区画整理事業は、昨年10月に着工。約99億5千万円を投じ、魚町地区で海抜1.8m以上、南町地区で1.3m以上の盛り土かさ上げを行う計画だ。30年度末までを事業期間に、新たな商業系市街地をつくる。議論が長期化した防潮堤の高さは海抜5.1m(うち1mは可動式フラップゲート)とすることで合意している。」引用は以上。

写真の右下方向に私の実家があって、左上方向の浜見山(はまみやま)の先にある気仙沼小学校や中学校に通いました。津波でずいぶんさらわれてしまいましたが、それでも私にとってはとても懐かしい風景です。

新たな商業系市街地をつくる事業期間が平成30年度末までということは、4年後の平成31(2019)3月末までということか。震災があった2011年から8年。

最後に昭和4(1929)年2月23日に気仙沼で起こった大火の被災写真を。浜見山あたりから撮影したもの。昨年9月のブログでも紹介しました。

昭和の大火
『目で見る気仙沼の歴史』掲載写真(クリックで拡大)

私たちが生まれ育った魚町や南町は、この大火の後に復興されたもの。男山や武山米店など、気仙沼の歴史的建造物といわれる建物もみんなこの大火の後に建てられました。

今週月曜日23日で大火から86年が経過しました。たぶん、街づくりは長い眼でみなければいけないのでしょう。と、頭ではわかっているつもりでも、三陸新報の記事にあった、事業があと4年という期間がなんとも長く感じられてしかたがありません。

2014年9月15日ブログ「昭和の気仙沼大火」

この写真記事シリーズは今回が最終回。勝手に画像を紹介させていただきましたが、三陸新報さんと撮影で協力されたNPOオールラウンドヘリコプターの皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 気仙沼大火 目で見る気仙沼の歴史

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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