猪瀬さんの「救出」

猪瀬直樹さんの著書『救出』が、きのう1月22日に発売されました。

救出表紙
下記AMAZONサイトよりの画像

猪瀬さんはきのう、ご自身のメールマガジンでつぎのように書いています。

「 阪神・淡路大震災から20年を迎え、今年3月には東日本大震災から4年が経過する。多くの犠牲をともなう自然災害に、作家ができることはなにか、ずっと考えてきました。
 3.11、宮城・気仙沼――。湾から押し寄せた津波で水没した公民館の屋上に446人の被災者が取り残されていました。生後間もない赤ちゃんがいる。隣接する保育所から避難してきた71人の園児と保育士たち、そして近所の水産加工場や製氷工場など町工場や住宅から避難してきた人びと。東京消防庁のヘリで救出されるまでの一昼夜、被災者たちは必死に声をかけあい、知恵と力を合わせます。
 災害に立ち向かう希望のよすがになればと証言を編み、記録として残すことにしました。手にとっていただければ幸いです。」(引用は以上)

そして続いて、本文の一部を紹介しています。引用します。

「三階屋上から気仙沼湾を見渡すと、大島のあたりに炎が立ち上っている。火種に見えたものが津波に乗って、みるみる内湾へ拡がった。海水の上でなぜ火が燃えるのか、意味がわからないのだ。火災は一カ所ではなくがれきに燃え移って赤い炎が点在している。煙を吐きつづける燻った塊も漂っている。

 子どもたちはカーテンの下に隠れているが、半身をカーテンの下にさらしていた菅原保育士には大人たちのざわめきが聞こえている。火のついたがれきが波に揺られて中央公民館にぷかぷかと近寄ると「来た、来た、来た……」「来ないで、来ないで」、波が引くと「行った、行った、行った……」と、悄然と力ない声が重なり唱和している。為す術がない。小型の重油タンクも流れて来た。林小春所長は、両手を突き出し、手で押さえるようなしぐさで「来るなあ!来るなあ!」と叫んだ」(本文より)(引用は以上)

この文中の保育所長は、気中20回生同級の林小春さん(3年2組)。小春さんの献身的な活動や猪瀬さんのご支援については、つぎの記事をはじめ何度もこのブログで書きました。

2012年3月12日ブログ「猪瀬さんに感謝」
2013年2月15日ブログ「小春さんの3.11」

週刊新潮1月29日号にも猪瀬さんの記事が掲載されていました。この記事では、1月中には『救出』という著書も刊行されるとして、猪瀬さんの次のコメントを紹介しています。

〈大震災の時、宮城県気仙沼市で、園児や妊婦、高齢者を含めた446人の方が、周りを炎で包まれた中央公民館に避難しているのをツイッターで知りました。それで東京消防庁のヘリを飛ばし、全員を救助した顚末を描いたもの。この2冊を、僕は夢中で書いた。ランニング・ハイという言葉があるけど、ライティング・ハイというのもある。書いているうちは、辛さが紛れる〉

2冊というのは、『救出』と五輪招致活動や急逝された奥様の思い出などをつづった『さようならと言ってなかった』です。週刊新潮は、記事を〈権力の座にしがみついた際の苦渋の色は消えていた〉と結んでいました。

この猪瀬直樹さんの『救出』が、気仙沼の人はもちろんのこと、ひとりでも多くの方に読まれることを願っています。


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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙沼高校 猪瀬直樹 救出

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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