黒田裕子さん追悼

1月17日(土)は、阪神大震災から20年。新聞やテレビでも多くの特集が組まれていました。そして1月18日の読売新聞の社会面では、気仙沼市の仮設住宅でも犠牲者の冥福を祈る集まりがあったと紹介していました。

読売黒田裕子氏
2015年1月18日読売新聞記事の一部イメージ

記事を引用します。
〈 阪神と東日本の被災者への長年にわたる見守り活動から、「仮設のマザー・テレサ」と呼ばれ、昨年9月に73歳で亡くなった「阪神高齢者・障害者支援ネットワーク」(神戸市)前理事長、黒田裕子さん。黒田さんゆかりの宮城県気仙沼市の仮設住宅では、住民たちが集会所に「1・17」の形にキャンドルを並べ、犠牲者の冥福を祈った。

黒田さんは、東日本大震災の直後から避難所で支援活動を始め、仮設住宅に看護師らが常駐する態勢を作って見守りを続けた。ラジオ体操やお茶会を開いてコミュニティーづくりにも力を注ぎ、多くの被災者から慕われた。

この仮設に住むパート従業員小山明美さん(54)は震災後、避難生活のストレスで体調を崩したが、黒田さんから「頑張ってね」と優しく声をかけられ、元気を取り戻したという。「黒田さんが寄り添ってくれたから私たちは前を向けた。阪神の被災者に、感謝と鎮魂の思いが届いてほしい」。小山さんはそう話すと、キャンドルの前で手を合わせた。〉引用は以上。

黒田裕子さんが亡くなったときには、三陸新報や河北新報でも彼女を追悼する気仙沼の人達の声を紹介していました。昨年10月4日の河北新報の配信記事によれば、黒田さんは、東日本大震災の2日後に宮城県に入り、3月下旬には気仙沼市で活動を始めたそうです。「津波で助かった命が失われることがあってはならない」と、面瀬(おもせ)中学校の避難所を拠点に避難者を支えました。校庭に約150軒の仮設住宅ができると、看護師スタッフを常駐させて24時間無休の見守り活動を続けたといいます。きのう18日の読売新聞記事で紹介されたのも、面瀬中の仮設住宅でしょう。

2014年10月4日河北新報オンラインニュース

阪神大震災6434名の犠牲者の冥福を祈るとともに、黒田裕子さんの気仙沼における献身的な活動に感謝申し上げます。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 黒田裕子 面瀬中学

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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