夏の少年野球大会

8月6日、夏の甲子園で、気仙沼向洋高校の斉藤弘樹投手が始球式を立派につとめてくれました。

小学生のころ、気仙沼では地区対抗の少年野球大会がありました。夏休みの期間中だったように思います。6年生のとき、わが魚町5区でもチームが編成されました。旧魚町5区は、東はホテル望洋のあたり、西は太田の手前まで。

主力メンバーは、市議会議長の臼井真人君(3年2組)やカネシメイチ小山修司君(3年5組)あたりでしょうか。福寿水産の臼井弘君(3年4組)もいたかな。え、私ですか、もちろん打順は8番で守備はライトです(笑)。ユニフォームなんかありません。丸首シャツね。一応背中に背番号をつけたかも。

監督は真人君のお父さん。大会当日、会場の気仙沼小学校に向かう前に真人君の家、つまり臼真(うすしん)さんの前に集合です。私の記憶では、お母さんがたが用意してくれたおむすびや魚肉ソーセージ(あの細いやつ)が配られました。そして次に、なぜか生卵が。ゆで卵じゃないよ、生卵です。

するとみんなが当たり前のように、てっぺんを少し割って、チューチュー吸い始めるんだ。エーッ。ご飯に卵をかけて食べるのはすきだったけど、まさか卵のまんまとは。

とにかく驚いたけど、私もみなに続きました。当然のような顔をしてね。“ 知ってるよ” みたいな。トロンとした白身に続いてドロッとした黄身。かなり気持ち悪かったけど、とにかく飲み込みました。

昨年の三陸新報で、太田出身の三浦博光記者が「余談あり…スポーツ記者の野球交友録」を連載しました。太田や魚町のなつかしい話がたくさん紹介されていました。その記事でわかったのですが、野球試合前の生卵は、気仙沼野球人の伝統なのだそうです。いやはやいろんな伝統があるもんですね。

試合の結果ですか? 初戦敗退だったようなないような。
それもこれも、あの生卵のせいかと。
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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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