鈴木啓 写真画展

きのう11月4日から東京の目黒で開催されている写真展を紹介します。気仙沼高校関東同窓会の事務局をはじめ様々な気仙沼支援を行っている武山健自さん(気中41回生・実家は魚町の武山米店)から情報を頂きました。

鈴木写真展

◎鈴木啓写真画展
「PICTORIALIST」
〜震災を越えて甦る昭和初期の宮城気仙沼の郷土風景

日時:11月4日(火)〜11月16日(日)
   11:00〜18:00(月曜休館 最終日17:00まで)
会場:ギャラリーコスモス
   東京都目黒区下目黒 3-1-22 谷本ビル3階
   TEL.03-3495-4218 fax.03-3494-8622

気仙沼市八日町の鈴木金物店の先代である鈴木啓さんが撮影した昭和初期の気仙沼風景写真の展覧会。ギャラリーのホームページや案内はがきに掲載されている写真は、1929(昭和4)年撮影の〈追分風景〉という作品です。

展覧会名は、PICTORIAL(写真の)とREALIST(写実主義者)を結んだ造語でしょうか。PICTO+REALIST=写真による写実主義者。展覧会名でも、〈写真展〉ではなく〈写真画展〉としています。〈写真画〉とは、写真による絵画的な写真表現を意味しているのでしょう。いわゆる〈芸術写真〉。調べてみると、資生堂の創業者の息子で株式会社資生堂初代社長となった福原信三が〈芸術写真〉の雑誌『写真芸術』を創刊したのが1921年です。鈴木さんの表現もたぶんこの流れのなかにあるのではないでしょうか。その後の写真は、絵画とは異なる表現を目指す〈新興写真〉の時代へと移行していきます。そして木村伊兵衛も参加した〈新興写真〉の雑誌『光画』が1932年に創刊されます。

たぶん鈴木啓さんは、『写真芸術』も『光画』も購読していたでしょう。気仙沼にいて、その風景をフィルムと印画紙に定着させながら、雑誌で知る写真の新しい潮流をどのように感じていたのか。そんな時代の変化を念頭において、作品を見てみたい。

この展覧会の紹介にあたって、『気仙沼文化史年表』の索引で「鈴木啓」さんを調べてみたのですが見当たらず。ちょっとがっかりして、上掲〈追分風景〉の撮影年1929年(昭和4年)の頁を開いてみたら、ありました。3行目につぎの記述。

昭和4年1月14日 全国芸術写真展出品の鈴木啓『田家の朝』が大臣賞受賞(大気新聞)

こうした偶然みたいな発見は本当にうれしい。(とはいえ、この6行下には、2月23日の気仙沼大火があるのですが)

この展覧会、11月7日(金)午後6時より、会場にてレセプションパーティーとのこと。私も時間をつくって参加しようかなと思っています。時間のある方は是非お出かけください。

なお、鈴木啓さんの息子さん(修正追記:息子さんではなくお孫さんのようです。啓さんは昭和25年にお亡くなりになったとのことです)が、気仙沼の古い写真やフィルムを紹介する催しや地域振興のイベント活動を熱心になさっていた鈴木敦雄さん(気高30回生ですから、たぶん気中28回)です。このブログでも敦雄さんに関することをふたつ書いております。お手すきの時にでもお読みいただければと。金曜日7日夕方、敦雄さんにもお目にかかれるとうれしいのですが。

2011年6月9日ブログ「気仙沼の真空管」
2013年5月10日ブログ「絶望と希望の狭間」

ギャラリーコスモス 地図
JR山手線・東京メトロ南北線・東急目黒線 「目黒駅」
目黒駅西口から大鳥神社方面へ徒歩12分
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 鈴木啓 鈴木敦雄

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示