恒四郎のプレハブ

7月23日、東京をひきあげ気仙沼の大島に帰る熊谷雅裕君を囲む小さな会をもちました。

大島中学出身で気仙沼高校同窓の雅裕君は、大島浦の浜の「宮古屋」さんが実家です。雑貨や食料品の店のほかにガソリンスタンドやプロパンガスなど手広く商売をしていました。今回の震災では、幸いなことにお母さんは無事でしたが、店も自宅もすべて流されました。

そして、その「宮古屋」復興のために雅裕君が帰郷を決断。先月から何度か大島に帰り、ガソリンスタンドだったところに仮店舗をつくるなどの準備を進めてきました。そしていよいよ明日27日には、愛妻とともに東京の荷物を大島に運びます。

仮店舗をつくる際のプレハブ部材の調達では、斎藤恒四郎君(3年6組)がいろいろ骨をおってくれたそうです。
雅裕君と恒四郎君は気仙沼高校の剣道部の仲間でした。
たしか気高の卒業アルバムには、亡くなった門馬亨君(3年11組)をはさむようにしてふたりがうつっているはず。昭和の香りがぷんぷんするモノクロ写真です。

震災後の支援を相談する会での恒四郎君の言葉は、被災した同級生を心から心配し思いやる気持ちがこもったものでした。トラックで支援物資を運ぶ際にも物資の調達担当として大活躍。気仙沼の小山隆市君も「いやあ今回は、恒四郎を見直したよ」と語っていたものです。

先日の会で雅裕君も「長身からくりだされる恒四郎の竹刀はちょっとやそっとでは受け切れなかった」とのこと。
そんな昔の仲間の支援は雅裕君にとって本当に心強く、ありがたかったことでしょう。

ひさしぶりに「剣友」という言葉を思い出しました。
雅裕君夫妻の大島での健闘と、宮古屋復興を心から願っています。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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