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浜辺のエレキ

今年は、小田の浜もお伊勢浜も、そして大谷海岸も海水浴は難しそうですね。

小学生のころは、お伊勢浜よりも大島の小田の浜に行く方が多かったように思います。
旧魚町5区の「地区の海水浴」もそうでした。だって魚町の船着き場から船にのればいいだもんね。当時、小さな「やすなみ」という船が速いということになっており、新「やすなみ」は、でっかいけんと、おせえ。

中学生のころになると、浜辺ではエレキバンドが演奏してました。その前では2、3名のガールズが踊っています。モンキーダンス。なんか不良っぽい感じもしたけれど、中学生の私の目にはちょっと魅力的にうつりました。香ばしい感じに焼けた肌に “セバレート”。そうです前田美波里。ブロンズ・サマー(イメージ)。

当時はエレキブームで、テレビ番組「勝ち抜きエレキ合戦」を毎週見ていました。司会は鈴木やすし。審査員の寺内タケシさんが批評の最後に「良かったけど、3弦のGのチューニングが少しフラットだったのが惜しい」とかなんとか言うんだ。

浜辺のエレキ演奏の曲目はやはりベンチャーズが多かった。
こんな感じかな。まずは「ダイアモンド・ヘッド」。最初に“キュッキュッ”っていうピックでこする音が入ります。そして「パイプライン」。「パイプライン」がサーフィン用語で波がつくるチューブのことと知ったのはだいぶ後のことです。次は「10番街の殺人」、「ウォーク・ドント・ラン(急がば回れ)」と続きます。

そして最後は「キャラバン」。これは難曲ですよ。左手の指使いをよくみるように。同じように難しい曲としては、寺内タケシ編曲の「津軽じょんがら節」もありましたね。でも、小田の浜じゃあまり聞いた記憶がありません。

いけね、忘れてた。って、わざとらしいけど最後にもう1曲。

「クルエルシー Cruel Sea」。残酷な海、無慈悲な海とでも訳せばいいのでしょうか。

今日はこれにて解散。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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