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ホテル望洋に感謝

きのう6月10日の三陸新報に〈ホテル望洋に厚労大臣賞〉との見出し。全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会主催の第17回「人に優しい地域の宿づくり賞」で、最高賞となる厚生労働大臣賞を受賞したとの記事でした。

ホテル望洋6月10日
三陸新報6月10日記事の一部イメージ

この受賞は、東日本大震災の発生後からホテルを再開する5月まで、約70日間にわたり施設を開放し、被災者の1次避難所として住民を受け入れ、貢献したことが評価されたもの。記事によれば、震災当日の避難者は約100人、2日目には孤立した鹿折地区の建物から逃れてきた人も含めて200人以上にふくれあがったといいます。

このホテル望洋への避難者の中に私の母もおりました。3月13日の夜に、テレビ朝日の番組がホテル望洋のロビーに置かれたホワイトボードに記された避難者名をゆっくりとうつしてくれました。そこに母の名前を発見したときの驚きと喜びは今でも忘れられません。

そして3月25日に兄が仙台の自宅に連れ帰るまでの2週間、ホテル望洋さんにお世話になったのです。電気や水道は止まったものの、ホテルですから部屋や布団などの心配はなく、本当にありがたかったといいます。同級生〈福寿水産〉臼井弘君(3年4組)一家もここに避難していました。被災した福寿水産の倉庫に残ったフカヒレをスープかなにかでご馳走になったこともあったと母が語っていました。

〈ホテル望洋〉は、気仙沼市魚町坂口の実家から50mほど坂をのぼったところにあります。いわばご近所。私の小さなころは、旅館〈望洋館〉でした。〈ホテル望洋〉として新築開業したのは1967年4月といいますから、私たちが高校1年生のとき。実家前のせまい坂をのぼっていく大型バスの記憶はこの高校時代のことだったのですね。

三陸新報の記事のなかに、加藤社長のコメントが紹介されていました。
「当時は無我夢中で避難者の対応にあたったが、あらためていろんな支援や出会いがあったことに感謝している。今後は、震災前以上に観光客が訪れるよう一層努めていきたい」

いま仙台に暮らす母は、ホテル望洋さんに避難当時のお礼をいわないままに気仙沼を引き上げてきたことを気にしておりました。これを機会に、加藤英一社長ご夫妻そしてホテルスタッフの皆様に、母に代わり心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。そして、このたびの厚生労働大臣賞受賞、本当におめでとうございました。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 ホテル望洋 人に優しい地域の宿づくり賞

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No title

私は3月19日に仙台から気仙沼へ移動し、翌日、親戚縁者の生存を確認するためにホテル望洋へ入りました。最初上り坂の途中にある熊谷さん(元いすずタクシー経営)の自宅を訪ねたのですが、半壊状態で、後片付けの青年からご夫婦は望洋にいると教えてもらいました。
真っ暗な階段を恐る恐る昇り、上階の畳敷きの大部屋へたどり着くと、大勢の避難者がそこにいました。幸い、熊谷さんご夫婦はお元気そうで安心した次第です。震災から1週間が過ぎ、食料も安定して供給されており、少し拍子抜けでしたが。
あれから3年が経ち、こうして望洋さんの功績を称えることは悦ばしいことです。感謝の念が消えることは決してありません(三)
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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