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ベルマークの時代

震災後の2週間ほどは、仕事そっちのけでネット上の関連情報ばかり見ておりました。そんな中に、生島淳さんのツイッター情報がありました。

生島淳さんはみなさんご承知のように、気仙沼出身のスポーツジャーナリスト。生島ヒロシさんの弟さんでもあります。

震災後まもなくの生島さんのツイートに、TBSラジオに出演とあったので、途中からでしたが聞きました。するとキャスター(番組は「キラ☆キラ」だったと思うのでたぶん小島慶子さん)が話すうしろから聞こえてきたのが “ズルーッ・ズルーッ”とすすり上げる音。

淳さんが泣いているのです。いまも行方不明だという姉の喜代美さんの話などをしていたようです。聞いているこっちも情緒不安定でしたし、そのお姉さんを少し知っていましたから、思わずもらい泣きしてしまいました。

私の記憶に間違いがなければ、お姉さんは我々の2学年下、つまり気中22回生。彼女が中1のとき、ベルマーク収集整理のクラス担当として、毎週一回の理科室での整理に来てくれていました。はにかみやさんというのかな、ちょっとおとなしいけれど、ベルマークの切り取りなどを黙々とこなす女子生徒といった印象でした。

あのころは一所懸命にベルマークを集めていましたね。

みんなおぼえているかな、生徒会長(気中では“学校市長”と呼んでいました)選挙に立候補した私の公約のひとつが「ベルマークを集めてブラスバンドをつくろう!」でした。それで毎週、みんな集まって切ったり貼ったりしていたわけ。

しかし、1年間ベルマークを集めて手に入れた楽器はトロンボーン1本。でもうれしかった。クラス担当のみんなの前で、金色に輝くトロンボーンをおどけながら吹いて、変な音を出したことをおぼえています(本人は谷啓のギャグのつもり)。生島喜代美さんもきっといたはずです。

そして結局は、PTAが寄付を集めてブラスバンドを結成、私たちの卒業式はその演奏で送られ退場しました。私の選挙公約は果たせず。

その会場、気中体育館は昔のままですが、いまは避難所になっています。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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