fc2ブログ

沖ノ鳥島での事故

4月3日の三陸新報〈記者席〉というコラム記事に目がとまりました。3月30日に起きた沖ノ鳥島での桟橋転覆事故で亡くなった人のなかに、気仙沼に関わりがあった人がいるというのです。

4月3日おきの鳥島
三陸新報4月3日記事イメージ

記事の前半部を引用します。

「5人が死亡し2人が行方不明となっている東京都沖ノ鳥島の港湾係留施設現場の事故。犠牲になった人の中に、東日本大震災後に気仙沼市の復旧に汗を流した人がいる。
深田サルベージ建設の平信雄さん(63)。同社は港町や鹿折地区に打ち上げられた漁船や旅客船などの撤去作業に当たった。平さんは現場のリーダーとして気仙沼に赴任。2年余り行ったり来たりしながら気仙沼で仕事をした」

この後、気仙沼市港町で明神丸を海に戻す作業を平さんと一緒におこなった菅原さんという方の話が続きます。「(亡くなった平さんは)これからの気仙沼の復興を楽しみにしていた。明神丸が海に戻った時の平さんの笑顔が今も忘れられない」というコメントも紹介されています。

今回の工事は8月末まで5カ月間の予定でした。多人数が上陸できる陸地はないため、大型船を母船として船医や気象予報士を含め87人が乗り組んでいたそうです。

東京都心から約1700kmも離れた海上での今回の死亡事故。亡くなられた平さんが気仙沼に関わりがあったことや、年齢が63歳で気中20回生と同じ世代であることを知って、ご本人の無念さやご遺族の深い悲しみがより身近なこととして感じられました。亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、残るお二人の安否が早く知れることを願っております。
スポンサーサイト



テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼気中20気仙沼中学沖ノ鳥島

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示