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中納言原の草競馬

2月2日の三陸新報に、「地域の〝宝〟掘り起こし」という見出しがありました。「『けせんぬま遺産』活用推進実行委員会」(豊田康裕実行委員長)が、気仙沼の文化遺産を掘り起こすために市民参加型ワークショップを開催したという記事です。


けせんぬま遺産

三陸新報2月2日記事の一部イメージ


実行委員会では昨年度に住民対象のアンケート調査をおこなっており、昨年12月からは8会場に分けて地区ごとのワークショップを順次展開しているそうです。

記事で紹介されているのは、2月1日に気仙沼中央公民館でおこなわれた気仙沼地区のワークショップです。参加者の話について、記事の一部を引用します。

〈「気仙沼小唄」「アサリかき」「魚町の屋号通り」など、遺跡や神社の歴史、地名の由来、方言までさまざまな情報が出され、「旧暦3月27日の『安波山の日』には会社を休みにしてみんなで花見をした」「気仙沼高校の近くや新月で競馬が行われていた」などと会話を弾ませながら古里に眠る魅力を語り合っていた。〉(引用は以上)

気仙沼小唄については何度かこのブログでも紹介しました。たとえばつぎの記事。

2023年7月6日ブログ 「気仙沼小唄」投稿

「アサリかき」は、小学生のころに内ノ脇の浅瀬で潮干狩りをした思い出をこのブログに書いたことがありました。その後に埋め立てられて朝日町、商港岸壁などになっているあたりだったと思います。「安波山の日」についても何度か。

「屋号通り」もいまや思い出話になってしまいましたね。以前のブログで、「屋号通りMAP」を紹介したことがありました。これはとても懐かしい話なので、日をあらためて再掲することにします。

私が注目したのは、〈気仙沼高校の近くや新月で競馬が行われていた〉というところです。そして『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)に草競馬の写真が紹介されていることを思い出しました。これです。「中納言原の草競馬」。


競馬

『目で見る気仙沼の歴史』より

大正5年(1916年)の競馬とのこと。「中央のポプラは、昭和43年(1968年) 気高校庭拡張のため切られた」とも。つまり、この草競馬の会場は、現在の気仙沼高校がある場所なのです。鼎が浦高校と統合する前の気仙沼高校(男子校)の校歌に「うまし自然を海山を 四方にあつめて中納言  香久留ケ原(かくるがはら)に聳(そび)え立つ」とあるように、あのあたりは「香久留ケ原」、別名「中納言原」と呼ばれていました。

『気仙沼文化史年表』(荒木英夫著)にもつぎの記述がありました。

昭和9年(1934年)4月28日
気仙沼競馬会が九条で第1回競馬会開く(典拠:大気新聞)

気仙沼高校の前身である旧制気仙沼中学は昭和2年4月に旧気仙沼小学校跡を仮校舎として開校しました。そして現気仙沼高校の場所で新校舎が落成したのは昭和4年12月末です。つまり、昭和9年の第1回競馬会の開催時には中納言原に旧制気仙沼中学の校舎がありました。ということは、大正5年の写真とは違う場所でおこなわれたのではないかと。

話を三陸新報記事に戻します。

2月12日の気仙沼地区のワークショップには、50〜70代の8人が参加したそうです。九条や新月での競馬については、実際に見たことがあるということではなくて、地域の歴史情報として知っているということなのでしょう。

本日のブログ記事としては以上のようなことかなと。しかし、念のためと思って『気仙沼市史』を調べてみたところ、「補遺編 スポーツ・芸術」に「競馬」ということで6頁にわたる関連記述がありました。ちょっと長くなるので日をあらためての紹介といたします。

なお、三陸新報記事で見出しにもなっている新月での競馬については、Wikipediaに、昭和4年(1929年)11月17日に仁右衛門原で新月村競馬大会が開催されたという記述がありました。これについてもあらためて。

中納言原の名称と気高のポプラについては以下に参考情報を。

◎中納言原の名称由来

「中納言原」という名称は、香久留ケ原に以前から「中納言神社」があるためです。同神社や祠(ほこら)は移転をくりかえしたのちに再建され、2017年9月3日に竣工鎮座祭がおこなわれています。つぎのブログで紹介しました。この、中納言神社や三位中納言昭次(あきつぐ)卿にまつわる「中納言伝説」も、まちがいなく「けせんぬま遺産」のひとつでしょう。

2017年9月6日ブログ「中納言神社鎮座祭」

◎気仙沼高校のポプラ

大正5年の写真にうつるポプラが切られた時期について、『気仙沼文化史年表』に1968年3月7日「気仙沼高校名物のポプラ切られる(典拠:三陸新報)」という記載がありました。私が気仙沼高校2年生のとき。名物というだけあって相当に大きなポプラでしたが、大正5年のときはそれほどでもありませんね。

なお、「けせんぬま遺産」活用推進実行委員会では、3月上旬までに残る松岩・面瀬、本吉などでもワークショップを開き、来年度中にアンケートの結果なども踏まえてリーフレットを刊行する予定とのことです。楽しみですね。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 競馬けせんぬま遺産

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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