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八日町と千葉周作

1月25日の三陸新報「論説」は「市庁舎跡地の利活用への思い」でした。


1:25論説

三陸新報1月25日記事の一部イメージ


論説の主旨は、2026年度に旧市立病院跡地(田中前地区)への移転が計画されている気仙沼市役所庁舎跡地やワン・テンビル、さらには木造の市役所第2庁舎の利用、活用策についてです。これも大事な話でしたが、私は冒頭に記された八日町や三日町、新町(あらまち)の歴史に関する話を興味深く読みました。

ちょっと長くなりますが、引用します。

〈かつて、気仙沼市の中心商店街だった三・八通り(三日町・八日町)。「三」と「八」の日に市(いち)が立ったのが地名の由来である。市史によれば、古くは海だったが、人口増のための埋め立てによって街区が形成されたーと記されている。

源平合戦で敗走した平家の落ち武者が海路で北上。気仙沼湾に辿り着き、定住したーという言い伝えも残る新町(あらまち)は、三・八通りの北側に接する。当時、この周辺は天然の良港の河岸だったことを想起させる。

江戸後期の剣豪。一代で国内最大級の剣技に押し上げた北辰一刀流の千葉周作の剣技は、江戸後期に活躍した坂本龍馬らの志士に受け継がれていく。

終戦後、国民的人気となった漫画「赤銅鈴之助」(1954年発表)にも出てくる周作の出自については、岩手県陸前高田市や宮城県花山村など諸説あったが、近年の研究によって、気仙沼市の本郷も有力とされ、八日町で幼少時代を過ごしたのではないかという説もある。〉(引用は以上)

地元の皆さんには説明不要ですが「三・八通り」は「さんぱちどおり」と読みます。そして、上記の歴史話と市役所跡地の利活用との関連については、〈歴史の中の逸話を紹介するスペースも考えられる。気仙沼と千葉周作の関係を内外にアピールするなどの企画ができるのではないか〉としています。

ひとつ誤解というか誤読されるといけないので記しておくと、論説中で近年の研究で千葉周作の出自/出生地について「気仙沼市の本郷も有力とされ」というところの「本郷」は現在の気仙沼市本郷ではありません。「気仙沼本郷」、あるいは「気仙沼村本郷」と書けば誤解が少ないでしょう。郷/村の中心地という意味での本郷です。

昨年9月のブログでも記しましたが、Wikipedia「千葉周作」の説明に「宮城県気仙沼市本郷で生まれ」とあるため、これを参考にして「気仙沼市本郷出生」という記述がなされるのではないかと。

しかるべき人がこの周辺記述を修正してくれないかなと思っているのですが。なかなかね。

2023年9月14日ブログ「千葉周作の生誕地」

◎追記

1月30日の三陸新報でも紹介されていましたが、2月7日(水)午後1:30より、気仙沼市立本吉公民館で、「剣豪・千葉周作に学ぶ市民の集い」が開かれます。テーマは「幕末の英雄、その生涯と生誕地の謎に迫る」。同市民の会(今泉直喜代表)主催で入場無料。

気仙沼出身で郷土史研究家の千葉富夫さんによる調査報告のほか、意見交換をおこなうとのことです。問い合わせは事務局の戸羽芳文さん(電話090-4045-0732)まで。

なお、昨年2月22日に唐桑公民館でおこなわれた千葉富夫さんの講演については次のブログで紹介しております。

2023年3月1日ブログ「千葉周作講座修了」

 
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tag : 千葉周作

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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