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2つのほしのてらす

私が大好きな気仙沼の風景のひとつが気仙沼大島の亀山からの眺望です。あの眺めは本当にすばらしい。

きのう1月30日、菅原市長がTwitter(現X)にその眺望動画を投稿しています。


この亀山山頂のテラスは、築38年が経過した以前のあずまやを解体して新たにつくられたもので2021年8月に完成。市が約6300万円を投じて設置しました。眺望や星空を楽しんでもらうために、あえて屋根をつけないオープンテラスにしたそうです。つぎのブログで紹介しました。

2021年9月6日ブログ ふたつの「テラス」

市長の投稿ではじめて知ったことがあります。亀山山頂のテラス名称は「ほしのテラス」なのですね。気仙沼観光推進機構の「気仙沼さ来てけらいん」サイトでは「亀山ほしのてらす」としていました。気仙沼市産業部観光課発行の「亀山通信」第2号(2023年7月)では「星のテラス」。クイズでしょうかww

上記のブログを読んでもらえばわかるのですが2021年9月当時、亀山のテラスは「展望テラス」とされていました。

◎もうひとつの「ほしのてらす」

気仙沼にはもうひとつの「ほしのてらす」があります。上記ブログにも書きましたが、安波山(あんばさん)公園の木製テラスです。2021年にポストコロナの観光誘客に向け、国の地方創生臨時交付金1860万円を事業費にあてて全面改修されました。亀山のテラスとの混同をさけるために、今後の表記は「安波山ほしのてらす」ですかね。ちょっとややこしい。

いずれにしても、気仙沼の美しい星空を多くの人に知って欲しいという願いが込められているのでしょう。

なお、市長投稿にあった亀山山頂までのモノレールの開業時期ですが、当初2024年度を目指していましたがずれこみ、現時点では2025年度早期にとされています。

「日本一星空が綺麗な港町」と題された気仙沼大島の美しい星空映像はつぎのブログで紹介しております。お手すきのときにでも。

2021年11月19日ブログ「大島の美しい星空」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ほしのてらす亀山

「船籍別」の水揚高

気仙沼漁師カレンダーについて記した1月9日のブログ「十年のアーカイブ」で、同カレンダーには、気仙沼だけでなく他県の漁師さんも結構多く登場していると書きました。プロデューサーの竹内順平さんの言葉を借りれば、〈気仙沼に集まる漁師〉さんたちです。本日は、そうした気仙沼魚市場に水揚げする地元以外の漁船についての話を。

1月18日の三陸新報に、気仙沼魚市場の2023年船籍別水揚げ高ランキングが紹介されていました。その数表を引用します。


1:18船籍別
三陸新報1月18日記事より


記事によれば、昨年は近海マグロはえ縄船や定置網などの健闘によって、地元船(気仙沼市、南三陸町)が2年連続で数量と金額の両方でトップになったそうです。

そして「県外船」は、カツオとビン長の豊漁により、一本釣りが所属する宮崎、三重、高知と、巻き網船を擁する福島、青森が数量のランクをあげました。

福島や青森は巻き網船が多いようですね。また多くのサンマ船が所属しているのが北海道とのこと。茨城は例年、イワシやサバの巻き網船が多いそうですが、昨年は少なくランクを下げました。

記事に説明がなく背景がわからなかったのが長崎です。長崎に船籍のある漁船が気仙沼魚市場にどんな魚を水揚げしているのでしょうか。

長崎に限らず、宮崎も三重も、それから高知にしても気仙沼からは相当な距離がありますよね。それぞれの所属港から遠く離れた気仙沼に水揚げしてくださって本当にありがとうございます。

紹介した数表は県別になっていますが、各船の所属は各県市町村の漁港だと思います。それぞれの港にゆかりのある漁師さんが乗り組んでいるのでしょう。その一人ひとりの顔を想像すると、なんというかありがたみが増してくるような気がします。

本年2024年も気仙沼漁港/気仙沼魚市場への水揚げをどうぞよろしくお願いいたします。

1月9日ブログ「十年のアーカイブ」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼魚市場水揚げ高

ブリアン 高橋さん

TBC東北放送が1月27日に配信した放送映像を紹介します。「Nスタみやぎ」の特集シリーズ「復興の現在地」。その315回目で、気仙沼市魚町の洋菓子店「ブリアン」店主の千葉秀男さんが紹介されていました。放送は前日26日でしょうかね。


ブリアンさんは、実家のあった魚町のお店なのでよく知っています。私が高校を卒業した後の開店ですが、帰省時に寄るなどしていました。

ブリアンさんは、震災から1年7か月後の2012年10月26日に営業を再開。しかし、その後の土地区画整理事業の開始に2017年4月ごろから3年3カ月にわたり休業せざるを得ませんでした。そして2020年7月9日に以前とほぼ同じ場所での再オープンを果たしたのです。つぎのブログでも紹介しました。

2020年7月13日ブログ「魚町での営業再開」

このブログで紹介した2020年7月の営業再開について三陸新報に掲載されたブリアンさんの広告を紹介します。

ブリアン
三陸新報2020年7月9日掲載広告より


私が東北放送の配信映像で驚いたのは、千葉秀男さんの年齢です。なんと82歳とのこと。放送では〈15歳から洋菓子づくりを学び、腕を磨いてきた大ベテラン〉だと。そして、2011年3月11日は千葉さんの70歳の誕生日でした。「誕生日だから早くあがって寿司でも食うかなんて言ってたのさ」とも。

その話しぶりも、私にはとても懐かしい、まさに気仙沼の年配の人の言葉づかいでした。なんていうのかな、千葉さんの言葉に込められた心情がよくわかります。約9分間の特集映像で、気仙沼気分を味わうことができました。

千葉さん、お元気なご様子でなによりです。奥さま共々そのご健康と、ブリアンさんの商売繁盛を願っております。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ブリアン千葉秀男

教育パッケージとは

1月10日のブログ「ふるさと納税86億円」で、気仙沼市が1月4日に発表したふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用した「教育パッケージ」創設についてはあらためて紹介すると記しながらそのままになっておりました。本日、遅ればせながら。

この気仙沼市の「教育パッケージ」は期間が10年間にわたり、施策テーマも豊富なのでその全容については市の記者発表資料を見ていただきますが、1月5日の三陸新報はつぎのように伝えています。


三陸新報記事

三陸新報1月5日記事の一部イメージ


記事のリード文がわかりやすいので引用させてもらいます。

〈気仙沼市は来年度から、ふるさと納税による寄付金を活用して、教育環境充実に取り組む。2033年度まで10年間で18億円を投資し、最先端科学に触れる機会提供や、学力向上に向けた人口知能(AI)ドリル導入、語学研修の実施など小中学生の学び支援を中心に、未来を担う子供たちの能力を最大限に引き出すための「教育パッケージ」を創設した。〉(引用は以上)

記事には「教育パッケージ」概要も掲載されていましたが、金額については10年間総額のみでした。ここでは、令和6年度の所要経費見込みの記載もある1月4日付け気仙沼市記者発表資料中の表を引用しておきます。


教育パッケージ
1月4日付け気仙沼市記者発表資料より


なお、ふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用した施策としては昨年2023年1月4日に「人口減少対策パッケージ」が公表されています。これは、小・中学校の給食費無償化・第二子以降の保育料無償化・待機児童ゼロ(3つのゼロ)の実現や「けせんぬま 未来人口会議」のアウトプット実行のために 10 年間で総額 50 億円規模を人口減少対策に投資するものです。 これについても、所要経費見込みの表を掲載しておきます。


人口減少対策パッケージ
2023年1月4日付け気仙沼市記者会見資料より


「人口減少対策パッケージ」については、つぎのブログでも紹介しております。

2023年1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」

それにしても、ふるさと納税寄付金によって、人口減少対策や教育にこれだけ巨額の教育投資が可能になったということに驚かされます。将来のふるさと納税という制度の存続が明確ではないなかで10年間という長期の施策です。相当に思い切った行政判断ではないかと。

これだけ大きな市の施策なのですが、詳細内容のその後の報道が少ない感じもいたします。これからということでしょうか。

詳細内容はつぎの記者発表資料をご覧ください。どうぞよろしく。

1月4日付け「教育パッケージ」気仙沼市記者発表資料

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさと納税教育パッケージ

「これが東北魂だ」

本日はテレビ番組のご紹介。今度の日曜日1月28日午後3時30からのTBS系列「サンドのこれが東北魂だ」シリーズ第13弾で、気仙沼市唐桑町が紹介されます。題して「ちっちゃな半島のおっきな幸せ in 宮城・唐桑」。



◎サンドのこれが東北魂だ!
1月28日(日)15:30〜16:24
宮城県はTBC東北放送、東京はTBSなど、JNN9局ネットです(TBC・TBS・HBC・SBS・CBC・MBS・RSK・RCC・RKB)。

番組公式サイトから、紹介文を引用します。

東日本大震災以来、被災地の現状を伝え、復興を応援し続けてきた「サンドのこれが東北魂だ!」 シリーズ第13弾となる今回の舞台は宮城県気仙沼市の唐桑半島。

人口およそ5,000人、面積42km²の「ちっちゃな半島」でありつつも、そこは昔から変わらない独自の暮らしや文化、グルメ、アクティビティがあふれる魅力たっぷりな場所。そんな唐桑半島をサンドの2人が自分の足で巡ります。

新たに生まれた若者のチカラや、迎え入れてくれる地元の人々の温かさに触れ、この半島にしかない「幸せ」を見つめます。(引用は以上)

出演は伊達みきおさんと富澤たけしさんのサンドウィッチマンと乃木坂46のメンバーで仙台出身の久保史緖里さんです。ナレーションは多賀城市出身の千葉雄大さん。

番組サイトをみると、かき小屋「唐桑番屋」での「もまれ牡蠣」、唐桑町綱引き選手権大会での七福神舞。そして菅野一代さんの民宿「つなかん」訪問などもあるようです。

出演者メッセージ映像がYouTubeで公開されていました。



今度の日曜午後、どうぞお楽しみに。

参考:サンドウィッチマンさんが発起人となった「東北魂義援金」から寄贈されたトイレトレーラーの能登半島地震被災地派遣についてはつぎのブログにて。

1月8日ブログ 「東北魂」のトイレ

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : サンドウィッチマン東北魂

気仙沼高校新聞部

1月17日の三陸新報連載「リレー随想」の寄稿者は、元気仙沼市議会議員で唐桑観光ガイドの会会長や崎浜大漁唄込保存会事務局長をつとめる戸羽芳文さんでした。


1:17リレー随想

三陸新報1月17日記事の一部イメージ


戸羽さんが追想しているのは、気仙沼高校の新聞部員だったたときのこと。編集長として、原稿のレイアウトを指示する割り付け用紙を三陸印刷に持ち込んだものの、担当者である「三陸のおんちゃん」から「あんだ達、算数習ってんのすか?」と言われます。戸羽さんは「算数は小学校で習うもので、今は数学を学んでいます」と答えたそうです。するとおんちゃんは「ほんだらば、もう一回小学校に行ったらいいんでえの」と。

同日の三陸新報1面コラム「萬有流転」でもこの戸羽さんの「リレー随想」がとりあげられていました。それによれば、この「三陸のおんちゃん」は〈宮さん〉こと斉藤宮二郎さんです。当時、各校の新聞部とのやり取りや、冊子のほとんどの校正を一手に引き受けていたとのこと。

この「萬有流転」筆者も鼎が浦高校時代は新聞部に属しており、戸羽さんと同様の経験があるそうです。原稿の文字数と割り付けの行数の違いに「このズレはなにっさ」と聞かれたというのです。

この筆者は、三陸新報社の代表をつとめる浅倉眞理さんではないかと思います。いまは三陸印刷の代表でもありますから、〈宮さん〉は将来の社長に「このズレはなにっさ」と指摘していたのですね。

◎気高22回生の新聞部部長

戸羽さんは気仙沼高校の24回生で私の2学年下です。私も当時の気高新聞部の様子を少しは知っています。たしか部室は美術室や講堂などから平屋の3年生校舎に向かう途中左側にありました。そんなに広くはなかったように思う。

卒業アルバムを開いてみました。そこには新聞部の3年生部員4人と先生2人がうつっていました。顧問の先生は山本吉之助先生と武田均先生です。

部員写真の脇には、文化祭「香久留ケ原祭」の新聞部展示ブースへの案内看板写真がありました。「沖縄は我々の国だ!」と大きく書かれ、文章は「自分のことばかり考えず目を開いて沖縄を考えよう」と結ばれています。そういう時代でした。

松岩中学出身の斉藤一(はじめ)君が部長だったかな。私と同じ理科系クラス3年6組の同級生。福島大学に進み卒業後は教職につきました。気仙沼中学校では校長もつとめたはずです。

◎さんま祭での戸羽さん

話を戻しましょう。戸羽芳文さんと目黒のさんま祭でお会いしたことがあります。2017年9月17日のこと。同年9月19日のブログではつぎの写真を紹介しております。

さんま祭

右側が戸羽さん。左側は鮪立(しびたち)大漁唄込保存会の鈴木伸太郎さんです。唐桑鮪立の旧家「古館」(こだて)のご当主です。

ついこの前のことのようにも思うのですが、2017年ですから6年半ぐらい前のことになるのですね。

戸羽さん、リレー随想をなつかしく読ませていただきました。お元気なご様子でなによりです。ありがとうございました。

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 戸羽芳文リレー随想

佐々木写真館広告

1月21日の三陸新報に、佐々木写真館の広告「ご挨拶」が掲載されていました。2月末日をもって気仙沼での営業を終了するとのこと。


佐々木写真館広告
三陸新報1月21日掲載広告


広告にも名のある佐々木健夫さんをよく知っています。私より4つ上の気中16回生で兄の同級生でした。兄たちが気仙沼小学校高学年のころ、佐々木さん宅で小野寺逢仙先生の書道教室が開かれていました。健夫さんや兄など5人ほどが書道作品をバックにして丸めた免状のようなものを手にした記念写真も手元にあったはず。

健夫さんは広告で、〈大正11年創業以来3代、100年余に渡り〉と書いています。気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)にも「大正11年 この年 佐々木写真館開店(典拠:藤田賢治著『暖簾』)との記述がありました。

大正11年(1922年)創業ですから、今年で102周年を迎えるということになりますね。『気仙沼市史』も調べてみたところ、第5巻産業編(上)に関連記述がありました。昭和5年の宮城県宣伝協会発行『気仙沼案内』(非売品/気仙沼市図書館資料)に掲載された商工人名録を紹介しているのですが、そのなかの「写真業」に石川文二、佐々木浩2氏の名が記されています。

佐々木浩さんが佐々木写真館の初代店主でしょう。なお、石川文二さんは気仙沼文化史年表によれば、1909(明治42)年1月1日に南町に写真館を開業しています。石川写真館です。私が気仙沼にいたころの南町には、佐々木、石川それと小林の3つの写真館がありました。

佐々木写真館2代目は佐々木浩一さんです。旧制気仙沼中学(現気仙沼高校)10回生。私が気仙沼小学校に入学するときには佐々木さんから頼まれて写真を撮りました。写真館のウィンドウに飾る記念写真サンプルの〈モデル〉です。そのときの四つ切り写真も手元に残っています。さらに付け加えれば、気仙沼での結婚写真も神山に移転していた佐々木写真館にて。

3代目の佐々木健夫さんは気中から気仙沼高校へ。大学は多くの写真家を輩出している日本大学芸術学部写真学科に進みました。

健夫さんが大学3年か4年のとき、撮影のため魚町の我が家に来たことがありました。当時、私の父が仏像を蒐集していたのですが、そのなかの「円空」作(と思われる)観音菩薩を写真におさめるための訪問です。課題を与えられての作品だったのでしょう。そのプリントは私ももらっているはずなので、機会があれば了承を得て紹介しようと思います。

以上のようなご縁があった佐々木写真館さんです。それだけに気仙沼での営業終了はちょっとさびしい感じもいたします。ただ、今後は仙台において、自分のできる範囲で写真に関する仕事を続けていきたいとありました。いいですね。元気に過ごされることを願っています。

気仙沼では健夫さんはもちろんのこと、お父様やお母様にも家族ぐるみで大変お世話になりました。心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

1/24追記:佐々木写真館が創業した1922年の気仙沼について、つぎのブログで記しておりました。ご参考まで。

2022年9月2日ブログ「1922年の気仙沼」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 佐々木写真館佐々木健夫

向洋高校生の活躍

1月18日の三陸新報に本吉地区(気仙沼市・南三陸町)の公立高校入試/出願希望調査結果が紹介されていました。県教育委員会が1月17日に発表した内容です。

記事によれば同地区の最高倍率は昨年に続き気仙沼向洋高校/機械技術科の1.23倍で、昨年は定員割れだった産業経済科が1.10倍と同校の2学科が定員を上回りました。

掲載されていた全日制課程の調査結果を以下に。このほかに、定時制課程(気仙沼高校普通科/夜)、連携型選抜(南三陸高校普通科・情報ビジネス科)の表もありましたが略します。


全日制課程
三陸新報1月18日記事より


気仙沼高校は募集定員240名で0.88倍。近年は定員割れが続いているようなので、特におどろきはありません。私が在学していたころの気仙沼高校(男子校)は商業科2クラスと普通科4クラスの6クラスでしたから1学年300名ぐらいだったのでしょう。そして2005年4月に鼎が浦高校(女子校)と統合して新気仙沼高校(男女共学)に。さらに2018年4月には気仙沼西高校(1985年4月開校)も統合し現在に至っています。

3校合わせての生徒数に比べれば現在の気仙沼高校の募集定員240名というのはかなり少なくなっているのでしょうが、近年の少子化傾向を考えるとこれでも多いのかもしれません。

◎気仙沼向洋高校生の活躍

先週は気仙沼向洋高校の生徒による研究が全国大会で最優秀賞といううれしいニュースがありました。河北新報オンラインの1月17日配信記事を紹介します。


向洋高校の3年生のグループが、昨年12月に富山県で開かれた全国水産・海洋高校生徒研究発表大会で、宮城県勢では初となる最高賞の最優秀賞を受賞したとのこと。産業経済科の阿部蓮さん、菊田嗣実さん、中沢謙人さんの3名です。

研究テーマは、廃棄されるホヤの殻を活用した餌を与えた金魚の赤みが強まることについてとのこと。気仙沼らしくてとてもいい。おめでとうございます。

そしてもうひとつの話題。機械技術科3年の佐々木隆仁さんが、昨年8月の第18回若年者ものづくり競技大会のフライス盤職種で4位に当たる敢闘賞を受賞しています。

1月18日に菅原市長がつぎのように投稿していました。20日の三陸新報も伝えています。


高校入試出願希望で定員を上回ったのが気仙沼向洋高校/機械技術科と産業経済科の2学科だったことや、諸大会での受賞など、同校の勢いを感じさせる話題がつづきました。

気仙沼水産高校が校名変更し気仙沼向洋高校となったのは1994年4月のこと。気中20回生で当時の水産高校に進んだ同級生もたくさんいます。そうした水産高校OB(男子校だったのでOGはいません)たちも、本日紹介した記事などをうれしく読み、頼もしく感じたことでしょう。
 

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tag : 気仙沼向洋高校

気小木造校舎玄関

気仙沼小学校が2023年で創立150周年となったことはすでに本ブログで紹介しています。その記事では、三陸新報の昨年12月7日の記事画像を紹介しましたが、そのなかに現在の気小校舎の中庭に「光の庭」として保存されている木造校舎玄関の写真がありました。

2023年12月8日ブログ「気仙沼小150周年」

本日紹介するのは、手元にスクラップしてあった三陸新報2003年9月18日の連載記事「五大ニュースで見る50年の歩み展から」の35回目。「昭和62年 気仙沼小改築・玄関は保存」です。


気小玄関

三陸新報2003年9月18日記事より


記事を引用します。( )内の和暦・西暦は当方が付記しました。

〈新校舎建設に伴って解体される気仙沼小木造校舎のうち、玄関と中央管理棟は歴史的建造物として保存すべきだとする意見があり、気仙沼市は(昭和62年/1987年)3月25日、市議会の請願審査結果通り「玄関」の保存を決めた。
同校舎は大正13年(1924年)に現在地に建設された。当時の技術の粋を集めた建造物で、保存の請願が出されたが、経費や保存場所の問題から「玄関」のみの保存となった。
この「玄関」は新校舎の〝光庭〟(採光用の中庭)内に設置して保存、屋外の小舞台として学習発表などに利用されることになった。新校舎の建設は4月から始まった。〉(引用は以上)

この旧校舎や玄関は、ちょうど100年前の1924(大正13)年3月に完成しました。玄関はもちろんのこと、記事でいう「中央管理棟」も懐かしいですね。1階には職員室や校長室などがありました。2階には玄関の屋根の後ろ側に廊下をはさんで、畳敷きの「作法室」が。児童会である「安波会」の会合などでも利用していました。正面には(あくまで私の記憶としては)本田鼎雪さんの鰹の絵が掲げられていたはずです。

◎図書館の噴水池

この写真には、気小玄関と同じくらいに懐かしいものがうつっています。手前、写真下部にあるのは気仙沼市図書館の庭にあった噴水池です。右側にある円柱状のところに」噴水の吹出口があったと思います。

この気仙沼小学校の玄関近くにあった図書館は「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」(気仙沼市図書館/平成30年3月発行)によれば、昭和2年(1927年)に落成しています。当時の町長である新沼綱五郎が、先代綱五郎(大正11年没)の遺志として、私費五百余円を投じ、小学校地内に木造モルタル 20 坪の図書館を建設したとのこと。当時は気仙沼町立図書館です。

私の知る図書館は、なんか〈洋館〉のイメージがありましたね。その後に増築を重ねているとのことなので、記事にうつる池や噴水がいつつくられたのかはわかりません。入口を入ったところのちょっとうす暗いスペースの奥に明るい陽光のさす閲覧室がありました。庭からも大きなガラス窓越しに見ることができました。小学生だった私にとっては、なんというか勉強好きのお兄さんやお姉さんが静かに勉強というか本を読んでいるというイメージです。その明るい閲覧室のある棟と池などは増築部分なのではないかと。

上記「100年のあゆみ」によれば、この旧図書館は昭和43年(1968年)に新しい図書館が落成するまで使用されたそうです。その後、気仙沼小学校の図書室とことばの教室に使用され、昭和 62 年に取り壊されたました。さらに現在の気仙沼図書館が開館したのは平成30年(2018年)3月31日のことです。

気仙沼小学校の木造玄関から入って、図書館の思い出話でおわることととなりました。今週はこれにて。


「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」はネットで見ることができます。下記のリンクから。

「気仙沼市の図書館 100のあゆみ」(PDF)

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼小学校木造校舎玄関気仙沼図書館

水上不二記念事業

気仙沼大島出身の詩人・童話作家である水上不二(みずかみ・ふじ)が今年、生誕120周年を迎えるそうです。三陸新報の元旦号の第3集に特集記事が掲載されていました。


水上不二

三陸新報1月1日記事の一部イメージ


1904年に生まれ、1965年に61歳で亡くなった水上不二について、記事ではつぎのように紹介しています。

〈本吉郡大島村(当時)で生まれた水上は、郡立水産学校(後の気仙沼水産高校)を卒業後、鹿折小学校浦島分校などに勤務し、24歳で上京。小学校に勤めながら創作活動を本格化させ、近代児童文学・児童音楽の創世期に大きな影響を与えた児童文学雑誌「赤い鳥」(鈴木三重吉創刊)などに、作品を投稿した。
1937年には、自身を発行人とする童話童謡雑誌「昆虫列車」を刊行。詩人・まどみちお(1909〜2014年)ら同人の作品を収録し、2年後に廃刊するまでシリーズ19刊を出版した。〉(引用は以上)

水上不二は、1965年に東京都小金井市の自宅で亡くなりました。61歳。記事では、その4年前1961年に古里の同級生有志により亀山中腹に建立された「海はいのちのみなもと——」の詩碑を紹介しています。

この詩碑については、つぎのブログで紹介しました。

2020年5月19日ブログ「水上不二の解説板」
2022年8月25日ブログ「不二の詩碑の場所」


水上不二生誕100周年を機に2005年に設立された「水上不二研究会」は、今年12月中旬に120周年記念事業をおこなうとのこと。同研究会の会長は菊田榮四郎さんで、大島の住民を中心とした30〜80代の会員17人が所属しているそうです。

この120周年記念事業が、水上不二のことがより多くの人に知られるきっかけとなることを願っています。

なお、この三陸新報の記事は後藤美咲さんによるものです。後藤さんは、2021年の元旦号では落合直文生誕160年に関する記事を書いていました。つぎのブログで紹介しました。

2021年2月5日ブログ「鮎貝家の落合直文」

地元紙による地元出身文学者の紹介記事はとても意義のあることと思います。後藤さん、ありがとうございました。

なお、記事中に「母校の旧大島中」との記述がありましたが、疑問があります。上記の2020年5月19日ブログ「水上不二の解説板」にも記しましたが、大島中学は昭和22年/1947年4月に大島村立大島中学校として開校しました。このとき不二は43歳ぐらいです。2020年5月の記事では「母校の旧大島中」とし、今回は「旧大島中」と「旧」が加わっていますがどこの学校をさすのかわかりません。もし不二の母校を記すならば大島中学校ではなく、現在の大島小学校の前身である大島尋常高等小学校ではないかと。念のため。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 水上不二

篠山紀信 in 唐桑

写真家の篠山紀信さんが1月4日に亡くなりました。83歳だったそうです。

私はいわゆる写真集を購入したことはなかったように思いますが、大判の別冊BIG GORO「激写」のシリーズは5〜6冊持っていました。表紙がアグネス・ラムさんとか山口百恵さんとか。1976〜77年頃の話。

その篠山さんが撮影のために気仙沼を訪れたことがあります。東日本大震災直後のこと。その写真は作品集『ATOKATA』に収録され、表紙写真にもなっています。ネット上につぎの投稿がありました。


篠山さんの右にうつっている写真が、気仙沼市唐桑町の鮪立(しびたち)で撮影されたということは、 @kaku_q さんの2011年11月20日投稿で知りました。

私が『ATOKATA』の写真展を訪れたときのことはつぎのブログに記しております。

2011年11月24日ブログ「新しい自然」

この2011年のブログでは、篠山さんのつぎのメッセージを引用しています。

「自然による新しい自然の創造。
それは神の悪戯でも凄惨な地獄でもなく、静謐で尊く、荘厳な光景であった。
僕は自然の力に畏怖し、畏敬をもって凝視するしかなかった」

多くの人が亡くなった大震災の被災地。その光景に対する篠山さんの印象に対してはちょっと複雑な気持ちを覚えました。しかし、その写真は〈さすが〉だなと。

あと2カ月ほどで東日本大震災から13年となりますね。

Amazon 『ATOKATA』

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 篠山紀信ATOKATA

能登の被災地支援

能登半島地震の被災地に対する気仙沼市の支援活動が始まっています。

1月14日、気仙沼市から被災地への支援物資を載せたトラックと市職員2名が石川県能登町に向け出発しました。昨日15日に菅原市長がつぎのように投稿しています。


本日16日の三陸新報もこの支援について報じています。記事によれば、支援物資として約120の市民や企業、団体からカップ麺やスープなど約4100食分、飲料水(ペットボトル)約300本、おむつやボディシートなど約2万枚が集まったとのこと。これらに市が準備した食料・衛生用品なども加えられています。

支援物資の受け付けと仕分けは、市内の防災士の連携団体「けせんぬま防災ベース」や気仙沼災害ボランティアセンターが協力したそうです。ありがとうございます。

支援物資の受け付けは、1月14日に市総合体育館(ケー・ウェーブ)入口の気仙沼市防災物資集積配送基地でおこなわれました。義援金の募金箱も設けられました。支援物資は能登町の物資集積拠点となっている柳田体育館に届けられます。本日16日に到着予定です。

なお、随行する危機管理課職員2名は現地職員に負担がかからないように物資の仕分けや今後の支援ニーズにつなげる調査も19日までおこなうそうです。

2枚目の写真で市長の右側に2人の男性が立っていますが、その左は気仙沼市議で宮城県トラック協会気仙沼支部長でもある臼井真人(まこと)君(3年2組)です。3枚目の写真をよく見ると4トントラックの側面に真人君が代表をつとめる臼眞倉庫のロゴマークがありました。市の依頼を受けての搬送、ご苦労さまです。真人君は宮城県トラック協会の副会長でもあります。

なお、今回の支援物資輸送は〈第2弾〉とされています。1月4日付けの記者発表資料によれば、石川県との調整を経て、〈第1便〉として水30箱(2リットル×180本)、缶詰60箱(1440缶)輸送の出発式を1月5日におこないました。

また、1月6日に現地到着したトイレトレーラーと職員4人の被災地派遣の際にも、東北魂義援金さんから市に寄贈されたトイレットペーパー、防災備蓄ゼリーを支援物資として搬送しています。

◎被災自治体への職員派遣

物資だけではなく、職員の派遣も始まりました。

気仙沼市の1月11日付け記者発表資料によれば、派遣内容はつぎのとおりです。なお、「対口(たいこう)支援」とは、被災側と派遣側の自治体をペア(1対1)にする枠組みとのこと。カウンターパート支援とも。

1:宮城県による対口支援としての派遣

・派遣先 石川県能登町
・業務内容 避難所運営
・派遣期間 1月15日〜1月21日
・派遣職員
総務部人事課 主幹 芳賀洋介
総務部税務課 主幹 遠藤典明

2:日本水道協会宮城県支部の要請による派遣

・派遣先 石川県珠洲市
・業務内容 被災地の給水支援
・派遣期間 1月18日〜1月20日
・派遣職員 ガス上下水道部工務課
課長補佐兼旧姓管理係長 小松和保
技術主任 吉田実(以上、敬称略)

気仙沼市は以上のほか、災害義援金受付や、ふるさと納税による災害支援(寄付金)の代理受付などもおこなっています。ふるさと納税については、石川県宝達志水町および同県志賀町からの要請に基づくものです。詳細は略しますがご参考まで。

市長の投稿にもありましたが、市のよびかけに応じて提供された支援物資はとても多く、今回の輸送トラックに積み込めなかったものもあるそうです。東日本大震災でお世話になり、今回は被災地の皆さんを支援、応援したいという気持ちのあらわれでしょう。ありがとうございました。

1月8日ブログ 「東北魂」のトイレ

 

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ジャンル : 地域情報

tag : 能登半島地震

水揚額 北日本1位

1月11日の三陸新報に、2023年の全国主要24漁港の水揚げ高に関する記事が掲載されていました。八戸市がまとめた昨年12月25日(釧路は同21日)現在の速報値とのことですが、気仙沼は金額が全国6位で、北日本(北海道・東北地方)では1位となっています。

石巻にあけわたしていた北日本トップの座を2年ぶりに奪還したとのこと。記事では、主力の生鮮カツオやビン長の好漁などに支えられたとしています。数量は全国10位、北日本4位です。

記事には2023年主要市場水揚高の表が掲げられていました。全国の漁港ランキングといった趣でとても興味深い。

2023ランキング

三陸新報1月11日記事より


金額では焼津が1位。数量1位は釧路です。博多は金額で2位ですが、数量では10位までに入っていないのですね。安い魚はあまり扱わないということなのでしょうか。調べてみると、博多漁港で取扱量が多いのは、さば類、ぶり類、あじ類とのこと。

3年前には2020年の水揚高ランキングを紹介しました。この年の気仙沼は数量で全国9位、金額で7位となっています。

2021年1月14日ブログ「水揚げランキング」

この2021年1月14日のブログを読み直していたら、最後に「本日1月14日は小山隆市君(3年6組)の命日でしたね」と。

2013年のことでしたから、11年経ちました。合掌。
 

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tag : 水揚高

瀧本さん記事一覧

青山ブックセンター本店での「気仙沼漁師カレンダー2024写真展 撮影・瀧本幹也」を紹介した1月9日のブログ「十年のアーカイブ」で、最後の暦/2025年1月に第81豊清丸の中舘捷夫(なかだて・かつお)漁労長が登場していると記しました。

そういえば、この中舘さんの撮影風景のことをブログで書いたなあと思い出しました。2022年8月26日の「漁師暦の撮影開始」で斉吉商店/和枝さんのつぎの投稿を紹介したのです。


一昨年2022年8月に瀧本幹也さんの撮影が始まったのですね。このブログを書いたときにはまだ瀧本幹也さんの撮影であるということは発表されていませんでした。その1カ月後の9月7日に2024年版漁師カレンダーが発売され、そこで撮影が瀧本さんであることが公式に発表されたのです。

調べてみると、上記ブログを含めてこれまで瀧本幹也さんについて7本の記事を書いていました。瀧本さんの〈師匠〉で、初回2014年版を担当してくださった写真家藤井保さんとの関係などもあって、書きたいことが沢山あったのです。

そんなことで本日は瀧本さん関連記事のリンクを掲載しておきます。お時間のあるときにでもお読みいただければと。

◎2024年版/瀧本幹也さん関連ブログ

2022年8月26日「漁師暦の撮影開始」
2023年9月12日「2024年は瀧本さん」
2023年9月13日「漁師カレンダー序章」
2023年10月26日「漁師暦の最終章」
2023年12月21日「漁師カレンダー展」
2023年12月22日「藤井保のその先へ」
2023年12月27日「カレンダー展金賞!」

なお、この記事を書いていて気づいたのですが、2022年8月のブログタイトルは「漁師暦」とすべきところを「漁師歴」としていました。この機会に修正。失礼しました。お恥ずかしい。

この気中20ブログは、タイトルを1行におさめるために約8文字を基本としていますが、「漁師カレンダー」は長いので「漁師暦」と略称していたのです。

2024年は始まったばかり。漁師カレンダー2024の購入などについてはつぎのサイトにて。どうぞよろしく。

気仙沼漁師カレンダー2024公式サイト

 

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tag : 漁師カレンダー瀧本幹也

ふるさと納税内訳

三陸新報の元旦号はさまざまな特集記事が掲載されていました。気仙沼を離れて暮らす私にとっては、諸団体や企業代表者の氏名がならぶだけの広告でさえも興味深くながめるのです。

12面には、ふるさと納税に関する記事がありました。見出しは「寄付額うなぎ上り 気仙沼の〝未来〟に活用」。

この記事に「ふるさと納税の内訳(1万円の場合)」という図表が掲載されていました。


内訳

三陸新報1月1日記事より


これはあくまで寄付金額1万円の場合ですが、納税者からの気仙沼市へのふるさと納税寄付金がどのように使われるかについてとてもわかりやすい図解になっています。

まず上の図についてですが、約半分が気仙沼市への寄付となります。返礼品に使われるのは約3割ですね。

金額ベースでみると、記事によれば昨年度は市への寄付金約49億4千万円のうち、14億8千万円が返礼品、9億9千万円が広告費や手数料。残る半分のうち、17億円を、使途を明確にするための、ふるさと応援基金に積み立てたそうです。残る7億4千万円は、基金創設が年度途中だったため、一般財源にくみこまれました。

基金17億円のうち、本年度は4億6千万円の活用(予算ベース)が決まっています。その内訳が上掲図の下のグラフで示されています。約半分は給食費無償化のために使われるのですね。

この小中学校の給食費無償化は、気仙沼市が昨年/2023年1月4日に発表した、ふるさと納税寄付金を活用した人口減少対策のひとつです。人口減少対策パッケージとしての6つの政策についてはつぎのブログで紹介しております。

2023年1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」

以上が昨年度/2022年度のふるさと納税寄付金によるふるさと応援基金のあらましです。

今年度/2023年度の同寄付金額はすでに昨年12月末時点で86億円を超えていますので、ふるさと応援基金への積み立ても相当の金額になることでしょう。

市は、1月4日の記者発表資料のなかで、〈いただいたご寄付は、「人口減少対策パッケージ」やこのたびの「教育パッケージ〜人口減でも人材豊富に〜」といった市の重要課題の解決に直接的に寄与する事業に活用させていただきます〉としています。

この「教育パッケージ」は、昨日1月10日のブログでも少し触れましたが、少子化傾向のなかにあっても、大切な子供たちの能力を最大限に引き延ばすため、来年度から10年間で約18億円規模の投資をおこなうものです。

市としてとても大きな政策です。これについては回をあらためて紹介することにします。本日はこれにて。
 

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tag : ふるさと納税

ふるさと納税86億

三陸新報が気仙沼市のふるさと納税寄付金について「年内に80億円の見通し」と伝えたのは昨年12月23日のことでした。12月26日のブログでも紹介しました。この時点では、「本年度目標の70億円に間もなく達する」ということでした。

それから2週間後の1月7日の三陸新報1面トップ記事の見出しは「ふるさと納税86億円突破」です。


86億円

三陸新報1月7日記事の一部イメージ


記事によると、気仙沼市けせんぬま創生戦略室は本年度12月末までの寄付額を86億4千万円としているそうです。寄付件数は約59万7千件と同年同期比で2.2倍、昨年度1年間の2倍に達しているとのこと。

記事には今後の見通しが記されていました。「昨年度は1月〜3月までに約3億円が集まり、昨年並みに推移すれば本年度は90億円の大台突破の可能性もある」と。

◎ふるさと納税を活用した教育パッケージ創設

気仙沼市は1月4日に、ふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用した「教育パッケージ〜人口減でも人材豊富に〜」を創設すると発表しました。令和6年度から10年間で18億円規模を投資する計画です。

この計画についてはあらためて紹介することにしますが、市の記者発表資料のリンクを以下に。

1月4日付け気仙沼市記者発表資料(PDF)

こうした大規模な教育投資計画を可能にした多くの皆様のふるさと納税寄付に対し、出身者のひとりとして御礼を。ありがとうございました。
 

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tag : ふるさと納税と納税

十年のアーカイブ

きのう1月8日、東京・青山ブックセンター本店のギャラリーで開催されている「気仙沼漁師カレンダー2024写真展 撮影・瀧本幹也」に行ってきました。昨年12月21日のブログでも紹介しましたが、本日9日が最終日ですから、ちょいぎりセーフ。撮影もSNS投稿もOKということだったので、会場の様子を紹介します。

まずは入口付近です。

IMG_6920.jpeg

会場に入って左側には、今年の2024年版カレンダーの各月写真の展示。

IMG_6923.jpeg

その向かい右側には2014年藤井保さんから2024年滝本幹也さんまで、計10作のカレンダー。手にとって自由に見られるように置かれていました。〈歴代 気仙沼漁師カレンダー 十年のアーカイブ〉です。

IMG_6921.jpeg

IMG_6922.jpeg

私はすべての漁師カレンダーを購入しましたので、その内容はよく知っているつもりだったのですが、今回あらためて全作を見直して気づいたこともありました。

◎気仙沼に集まる漁師

たとえば、〈気仙沼漁師〉カレンダーではあるものの、気仙沼以外の漁師さんも結構多く登場しているんですね。

一例をあげれば、高知県黒潮町のカツオ船第83佐賀明神丸の船頭をつとめる明神学武(みょうじん・まなぶ)さんは2016年版に同船乗組員とともにうつっています。今年2024年5月に登場している東徹さんの第23海徳丸も宮崎県日南市のカツオ船。

そして漁師カレンダー最多登場と思われる中舘捷夫(なかだて・かつお)漁労長の第81豊清丸は富山県船籍の大型さんま船です。

漁師カレンダーのプロデューサーである竹内順平さんが挨拶文のなかで〈気仙沼の漁師〉ではなく〈気仙沼に集まる漁師〉と記しているのは、こういったことを踏まえて表現だったのですね。

◎2025年1月の写真

中舘さんといえば、10作目/最終章となる今年2024年版漁師カレンダーの最後にも登場しています。それが2024年12月ではなく、2025年1月の暦なのです。なかなか気が利いていると感じました。終わりではなく、新たな年の始まりというか、気仙沼漁師の物語はまだまだ続くといったところでしょうか。

この写真にうつる中舘漁労長の背景は、気仙沼みなとまつりのイベントのひとつとして集魚灯を点灯中の81豊清丸、そして内湾にうちあがる花火です。漁師カレンダー最終章/フィナーレにふさわしい登場人物とシチュエーションといってよいでしょう。

◎10年の漁師ドキュメンタリー

各年カレンダーを順に見ていって、はっとしたのが2016年1月の写真。盛屋水産の菅野和享(かんの・やすたか)さんがうつっていました。現在の「つなかん」菅野一代さんの夫である和享さんの船「第1信盛丸」は、2017年3月23日に転覆し、和享さんと三女の夫だった大宮拓人さんは行方不明、長女の早央里(さおり)さんは亡くなっています。

カレンダーの写真として捉えられた瞬間の裏側にある漁師という仕事の厳しさをあらためて感じました。そして、気仙沼漁師カレンダーにうつる漁師さんや漁業関係者の皆さんそれぞれの〈その後〉があるということも。

今回の〈十年のアーカイブ〉で各年カレンダーをながめて、これは計10作の〈写真集〉であると同時に、気仙沼に集まる漁師の〈記録集〉つまりドキュメンタリーでもあるのではないかと。

気仙沼つばき会の現会長である斉藤和枝さんは、会場入口に掲げられた挨拶文の冒頭でつぎのように記しています。

「大震災後の10年。海で働く漁師さんの姿を残すことは、後の世の勇気につながるのではないかと考えました。」

そして、皆さんの大変な努力のおかげで素晴らしい写真、記録となりました。挨拶文にあったように〈それぞれの珠玉の写真は真の宝物〉ですね。気仙沼の人にとっても。

各年の写真を撮影してくださった写真家の皆さんはもちろんのこと、気仙沼漁師カレンダーの企画、発行元である気仙沼つばき会の皆様、そして初回2014年版を制作したサン・アドさんのあとを受けてプロデューサーとして伴走してくださったバンブーカットの竹内順平さんなど、多くの関係者の方々に心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。ご苦労さまでした。

2013年12月27日ブログ「カレンダー展金賞!」

 

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tag : 漁師カレンダーつばき会

「東北魂」のトイレ

いつもは気仙沼の安波山中腹に設置されているトイレトレーラーが、能登半島地震の被災地に出動したことは、すでに皆さんご存じのことでしょう。

気仙沼市は被災地にトイレトレーラー出動させるとともに、4名の職員を現地に派遣しました。トイレ用給水車も出動しています。トイレトレーラー自体は、埼玉県内の自動車会社で点検中だったため、そこから牽引車両によって輪島市に移動されました。

派遣職員の車両は1月5日(金)午前7時に気仙沼市役所玄関前を出発して同日夜に輪島市へ。トイレトレーラーは道路状況が悪いこともあり、輪島市立鳳至(ふげし)小学校に6日夕方の到着となりました。8日から使用可能になるとのこと。

菅原市長が、つぎのように経過を伝えています。まずは1月5日午前11時ちょっと前の投稿。


そして1月6日午後2時の投稿。


同日6日午後3時半。到着の報告です。



このトイレトレーラーについて、市長投稿では〈サンドウィッチマンさん寄贈〉とわかりやすく書いていますが、少し説明しておくとサンドウィッチマンさんが発起人となって震災直後の2011年3月16日に開設された「東北魂義援金」により2022年12月に気仙沼市へ寄贈されたものです。12月6日に安波山中腹でおこなわれたお披露目式でも、サンドウィッチマンさんは自分たちからの寄贈ということではなく、あくまで全国から寄せられた義援金によるものであることを強調されていました。

今回の出動について記した伊達みきおさんのブログでも「東北魂トイレトレーラー」と呼んでいますね。〈東北魂義援金に賛同してくださった沢山の方の気持ちを形にしたトイレトレーラー〉であると。こういうところが本当にありがたいしうれしい。

2022年12 月6日のトイレトレーラーお披露目式については、つぎのブログで紹介しました。宮城県内3局のニュースも紹介したのですが、その配信は終了しています。

2022年12月8日ブログ「サンドの寄贈トイレ」

東北魂義援金のこれまでの活動については、つぎの株式会社グレープカンパニー公式サイト記事をご覧ください。「皆さまからの義援金のご協力と私共のチャリティーグッズの販売やチャリティーライブなどの東北魂義援金活動を通して、2022年3月までで5億円を超える金額を集めることが出来ました」との記述がありました。

2023年3月9日「2023年東北魂義援金について」

サンドウィッチマンさんや東北魂義援金関係者の皆様にあらためて御礼を申し上げます。それから気仙沼市から派遣された職員の皆さん、そしてトレーラー牽引を担当する熊谷建材の熊谷専務もご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。

被災した方々のつらさや苦しさをよく知る気仙沼の皆さんや多くの人の気持ちが込められた「東北魂」トイレトレーラーです。
 

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tag : 能登半島地震サンドウィッチマン

気仙沼の正月飾り

気仙沼さ来てけらいんWEBさんの昨日1月4日の投稿を紹介します。リアス・アーク美術館の学芸員、萱岡雅光(かやおか・まさみつ)さんによる気仙沼の正月飾り・縁起物特集記事の紹介です。私は昨年12月25日に掲載されたことを知ってはいたものの、ばたばたしておりゆっくり読むことができませんでした。


記事で紹介されている「オシノグイ」と呼ばれる門松(かどまつ)は初めて知りました。神棚に面した庭や敷地の入り口などに柱を立てて飾られるとのことです。

しめ縄やホシノタマ(星の玉)はとても懐かしい。年末に実家の神棚の飾り付けをしていたことを思い出します。

「キリコ」も紹介されています。我が家ではこれを飾る習慣はありませんでしたが、その写真などを見るたびにすばらしいものだなあと感じます。長く伝承してほしいものです。

ひとつ気になったのは、記事中のしめ縄の写真です。私が教えられていた飾り方と左右方向が逆になっています。小さなころに、私が左右をまちがえて松とご幣束をつけているのを見た母が、〈漢字の一の字のように〉と教えてくれました。

ただし、出雲大社など逆方向とする神社もあるようです。記事写真の左右方向が誤りということではなく、なにか理由があるのかもしれません。念のため。

本日は1月5日でまだ「松の内」。正月の話題ということで。どうぞよろしく。

2023年11月24日ブログ 気仙沼「星の玉」

 

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tag : 正月飾りしめ縄

謹賀新年 2024

あけましておめでとうございます。
本日が仕事始めです。

元日の能登半島地震には本当に驚かされました。私は輪島市での大規模火災のニュースを見ていて、2011年3月11日の夜のことを思い出していました。〈気仙沼が燃えている〉。東京で暮らす私も妻も、それぞれの母の安否がわからないまま、ニュース映像にうつる気仙沼けの映像を呆然とながめていたのです。

今も気仙沼の多くの人が、東日本大震災のときの記憶を思い起こし、このたび被災された方々に思いを寄せていることでしょう。

そして2日には羽田空港での航空機衝突事故。なんというか言葉もないというのが正直なところです。

今回の災害と事故でお亡くなりになった方々のご冥福を祈るとともに、被災された皆様に心からのお見舞いを申し上げます。また被災地での救出、救援、支援活動などに携わる関係者の皆様に御礼を。本当にご苦労さまです。

今年の年賀状の絵は妻が描いた菊花でした。

ブログイラスト

今年は辰年ですね。私は年男。3月で72歳になります。正月からいろんなことがありますが、よい年にしたいですね。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
  

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プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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