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気仙沼の2023年

12月27日の三陸新報に、気仙沼市教育委員会などが主催する「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」候補28項目が紹介されていました。

報道機関関係者や市内の各公民館長らによる項目決定会議が12月26日に開かれ、候補項目を決定したとのことです。



2_20231227120718173.jpg

三陸新報12月27日記事より


この28候補に対する市民の投票は1月10日から23日まで。投票箱は、市内の公共施設など50カ所に設置されます。気仙沼市のホームページからネット投票も可能です。五大ニュースの的中者8人には、賞状と記念品が贈られます。

例年ですと、私の選んだ五大ニュースも紹介するところですが、事務所を自宅に移したのが昨日のことでてんやわんや。そんなわけで28項目の紹介のみに。

そして本日12月29日を今年のブログおさめということにいたします。本年もこの気中20ブログをお読みいただきありがとうございました。どうぞ、良い年をお迎えください。


昨年2022年の五大ニュース決定項目はつぎのブログにて。

2月9日ブログ「五大ニュース2022」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 五大ニュース

「社会参加章」受章

三陸新報12月23日の記事に気中同級生である小山謙一君(3年9組)の姿がありましたので紹介します。気仙沼市の上(かみ)地区社会福祉協議会が内閣府の「社会参加章」を受けたという記事。謙一君は同社協の会長をつとめているのです。


社会参加章

12月23日記事の一部イメージ


記事でも紹介されていましたが、上地区社会福祉協議会は、フレイル(虚弱)や認知症に関するセミナーを開くなど健康づくりを推進しています。また、毎月の「青空喫茶」を開くなどして地域住民の交流にも積極的に取り組んでいることは皆さんご存じのとおりです。

社会参加章の伝達式は12月21日に気仙沼保健福祉事務所でおこなわれ、田中伸哉所長から小山会長に内閣府特命大臣からの表彰状と盾が手渡されました。記事の写真はそのときのもの。

謙一君、地域活動への取り組み、ご苦労さまです。今回の表彰は謙一君をはじめ関係者皆さんへの大きな激励となりましたね。おめでとうございます。

なお、小山謙一君は、本年1月の気仙沼市社会福祉大会で、春日敏春君(3年9組)、佐々木徹君(3年1組)、小山容子さん(3年5組)らと共に表彰を受けています。つぎのブログで紹介しております。

2月13日ブログ「地域社会福祉功労」

また、上地区社協のフレイル予防への取り組みについてはつぎのブログにて。ご参考まで。

2021年3月25日ブログ「高齢者のフレイル」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 社会参加章

カレンダー展金賞!

第75回「全国カレンダー展」で気仙沼漁師カレンダー2024が日本マーケティング協会賞(金賞)を受賞しました。同カレンダーのXアカウントが12月25日つぎのように投稿しています。


全国カレンダー展は、印刷やデザイン関連業界のなかでとても歴史のあるコンクールです。1950年に始まり今回が75回目。主催は、一般社団法人日本印刷産業連合会と産経新聞社です。

漁師カレンダーが出品・受賞した第3部門は、出版・小売販売・既成カレンダーという区分。同部門での本年度上位受賞作品は金賞7点・銀賞7点です。出品者でいうと受賞14点のうち大日本印刷が6点とTPPAN4点です。ここにプロデューサーである竹内順平さんの(株)バンブーカットの名が並んでいます。すばらしい。

気仙沼漁師カレンダーは2014年版から始まりました。2015年はお休み。これまで、2014年版が経済産業大臣賞(金賞)、2016年版がフジサンケイビジネスアイ賞(銀賞)、2018年版が審査員特別賞(銀賞)、2019年版が経済産業大臣賞(金賞)、2021年版が経済産業大臣賞(金賞)、2022年版が経済産業大臣賞(金賞)を受賞しています。そして今回2024年版が日本マーケティング協会賞(金賞)です。

気仙沼つばき会さんが企画しての漁師カレンダーは、10作目となるこの2024年版が最終章つまりフィナーレ。今回の金賞受賞は、有終の美といってもよいでしょう。

気仙沼漁師カレンダーさんの投稿にあった撮影を担当してくださった瀧本幹也さん、プロデューサーの竹内順平さんはもちろんのこと、関わりのあった多くの皆さんに心からのお祝いを申し上げます。今回、初の地元デザイナーとして参加したpensea鈴木歩さんも喜んでいることでしょう。またこれまで多くの印刷を担当してきた三陸印刷さんも同じく。

なによりのクリスマスプレゼントでしたね。金賞受賞、おめでとうございます!

12月21日ブログ「漁師カレンダー展」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 全国カレンダー展漁師カレンダー

ふるさと納税80億

12月23日の三陸新報1面トップ記事、「年内に80億円の見通し」という見出しに驚きました。気仙沼市のふるさと納税の寄付額の話。


ふるさと納税
三陸新報12月23日記事の一部イメージ


ふるさと納税の寄付額が過去最高の50億円を突破したと伝えてくれたのは、11月16日のことでした。つぎのブログで紹介しました。

11月20日ブログ「ふるさと納税好調」

23日の記事によれば、市けせんぬま創生戦略室は「本年度目標の70億円に間もなく達する」とし、目標を85億円に修正したとのこと。

また、好調の要因としては寄付経験者へのカタログ送付など、市のPR戦略や返礼品数の増加などをあげ、リピーターも増えていると。返礼品では、カニ、牛タン、銀ザケなどを中心に人気が高まっているそうです。

2022年度の「ふるさと納税」において、東北6県で寄付金額が最も多かったのが気仙沼市でした。21年度の東北1位だった岩手県花巻市を追い抜いての第1位。参考までに記すと、この2021年度の気仙沼市の東北順位は127位です。

今年度2023年度がどうなるか。まるで生鮮カツオの水揚げ高ランキングのような。目指せ!東北第1位みたいな。

正直いって、なんかちょっと心配になってくるような勢いさえも感じた、この年の瀬です
 

テーマ : 気仙沼
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tag : ふるさと納税

「気仙沼市」変遷図

12月20日のブログ「新市名称『気仙沼』」は、現在の気仙沼市にいたる各市町村の合併に関する話でした。本日紹介するのは、その記事を書くにあたって参照した気仙沼市サイトの図「市の変遷」です。




気仙沼市サイト「市の変遷」より


2009年/平成21年9月1日に本吉町と合併して現在の気仙沼となるまでの変遷がわかりやすく示されていますね。

この気仙沼市の合併の経緯については、Wikipediaでの「気仙沼市」にも記されていますが、市サイトの記述と用語の違いがありました。Wikipediaでは「編入」という言葉をいくつか使っています。たとえば、「新月村、階上村、大島村を編入」「本吉町を編入」など。


この「編入」という用語について、2021年のつぎのブログでも触れていました。

2021年4月27日ブログ「合併前の人口推移」

このブログではつぎのように記しています。

〈「編入」というのは、合併のひとつの方式で正式には「編入合併」と呼ぶそうです。気仙沼市と唐桑町の合併は「新設合併」。新「気仙沼市」の誕生と呼ばれました。

当初は、気仙沼市と唐桑町、本吉町の1市2町での合併が協議されましたが、それが困難となり、まずは唐桑町と合併、その後に本吉町を編入する形となりました。

市町村合併の経過は図で示さないとよくわかりませんね。解説図が見つかりましたので、回をあらためて紹介します。〉(自ブログ引用は以上)

解説図が見つかりましたというのは、今回紹介した変遷図のことだと思います。回をあらためて紹介しますといいながら、2年8カ月。大変遅くなりましたが、お許しいただければと。

変遷図の左側にならぶ、気仙沼村をはじめとする12村の名はとても味わい深いものがありますね。〈おらが村〉の時代です。その味わい方などについては、回をあらためて紹介します(笑)。

12月20日ブログ 新市名称「気仙沼」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 市町村合併

藤井保のその先へ

本日も昨日のブログに続き2024年版気仙沼漁師カレンダーの撮影を担当した瀧本幹也さんの話です。3カ月前、9月13日のブログでは、瀧本幹也さんの人生を変えた一枚の写真を紹介しました。気仙沼漁師カレンダー1作目の撮影写真家藤井保さんが、1992年のJR東日本広告キャンペーン「その先の日本へ。」のポスターのために撮った写真です。

9月13日ブログ「漁師カレンダー序章」

本日紹介するのは、瀧本さんの著書『瀧本幹也 写真前夜』に記されていた20年後のエピソードです。本書は12章で構成されていますが、第2章は「自分の写真を探す/藤井保のその先へ。」です。

P020-p021の章扉になっている見開きページを見ておどろきました。


写真前夜

『瀧本幹也 写真前夜』p020-p021より


左下の説明文を引用します。

020ページは師匠・藤井保さんが撮ったJR東日本のポスター「その先の日本へ。」(1992) 派手で華やかな広告が世の中に溢れていた90年代、静かで底のしれない重みのあるこの写真がずしりと胸を打ち、藤井保写真事務所の門を叩いた。

021ページは2022年に、ある仕事で唐桑半島を訪れた際、“自分の人生を変えた写真”が撮られた場所を探そうと思いついた。岩の地形を頼りに、ついにそのカメラポジションを探りあてた。そこで記念にセルフポートレイトを撮り、おそるおそる藤井さんにメールを送った。すると、「瀧本駅長ピッタリのアングルです。しかし手前の岩を見ると30年の年月でエッジが風化して丸くなっているのがわかります。そして、私の性格も瀧本の体型も少し丸くなったかも?(笑)」と返信があった。(引用は以上)

〈おそるおそる〉送ったメールへの藤井さんの返信がとてもいいですね。

この章扉2頁に続く4頁は、生涯の師である藤井保さんとの出会いについてです。高校中退からスタジオ勤務、そして藤井さんが撮った「その先の日本へ。」の写真を見て、〈この人のもとで学びたい、と強く思った〉のです。

その後の話は、9月12日ブログ「漁師カレンダー序章」にも記しましたので略します。

それにしても、藤井保さんと同じポジションで撮影した瀧本さんの写真があったとは。本当におどろきました。この場所は気仙沼・唐桑半島のどのあたりなのでしょうか。

なお、本書名にある「写真前夜」とは、撮影の準備過程のことを指しているそうです。映像として定着するまでの瀧本さんとアートディレクターらとのやりとりが実に面白い。現在、東京の青山ブックセンター本店で開催されている「気仙沼漁師カレンダー2024写真展・瀧本幹也」でもご覧いただけることでしょう。

藤井保さんの写真ではじまった瀧本幹也さんと気仙沼のご縁。それが、10作シリーズの最終章となる2024年版漁師カレンダーとして結実したのです。まるでドラマのようです。まさに大団円。

瀧本さん、ありがとうございました。深く御礼を申し上げます。

青山ブックセンター|オンラインストア

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 瀧本幹也藤井保漁師カレンダー

漁師カレンダー展

2024年版の気仙沼漁師カレンダーの撮影を担当してくださったのは瀧本幹也さんです。

2022年版の市橋織江さん、そして2023年版の公文健太郎さんも、ご本人のトークイベントがあったので、今回ももしかすると期待しておりました。ただ、もう年の瀬だしなあ。

そんなことを思っていたら、きのう12月20日の夜に、瀧本さんがつぎの投稿を。


東京の青山ブックセンター本店(ABC)で「気仙沼漁師カレンダー2024写真展・瀧本幹也」が開催されています。12月20日から来年1月9日まで。詳細はつぎの公式サイトの案内ページにて。

青山ブックセンター本店サイト

青山ブックセンター本店さんは、2021年10月16日の2022年版/市橋織江さんのトークイベントも開催してくれました。あれからもう2年経ったのか。ホント早いです。

瀧本幹也さん、青山ブックセンターさん、本展開催ありがとうございます。そして、漁師カレンダーのプロデュースを担当してくださっているバンブーカット/竹内順平さんも本展の企画や準備にあたってくれたことと思います。いつも本当にご苦労さまです。

今回の写真展も楽しみにしております。年末にするか年始にするか、仕事場の自宅への移転準備でばたばたしているので悩むところですが、必ず。皆さんもご都合が許すようでしたら是非に。どうぞよろしく。

9月12日ブログ「2024年は瀧本さん」
9月13日ブログ「漁師カレンダー序章」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 漁師カレンダー瀧本幹也

新市名称「気仙沼」

このブログでもときおり紹介させてもらっているのが、三陸新報の「タイムトラベル〜20年前のあの日あの時」です。20年前の同日に掲載した記事をシリーズで紹介してくれる連載記事。

12月12日のタイムトラベルはこんな感じでした。


タイムトラベル

三陸新報12月12日記事の一部イメージ


最初の記事の「見出しが〈新市の名称 「気仙沼」に決定〉。2003年12月11日の気仙沼市・本吉町・唐桑町の合併協議会で「気仙沼」に決定したという記事です。

私が生まれたのは本吉郡気仙沼町の時代1952年3月。その後、1953年6月1日に鹿折町と松岩村と合併して気仙沼市となります。いわゆる「市制施行」です。さらに1955年4月1日には新月村、階上村、大島村とも合併しています。

この20年前の記事の時点では、気仙沼市・本吉町・唐桑町の合併を目指しての協議が進められていたようですが、その後の経過はすんなりとはいかなかったようです。

まずは2006年3月31日に唐桑町と合併。本吉町がその気仙沼市に合併するのは2009年9月1日のことになります。これが現在の気仙沼市。

20年前に合併後の新市名称をどうするかという議論もなかなかに大変だったのではないかなあ。気仙沼市以外のどのような新市名称案があったのでしょうか。

たとえば「けせんぬま市」などのひらがな案とかがあったらどうしよう。勘弁してほしいですね。「気仙沼市」でよかった。そんなことを感じさせてくれた12月12日の三陸新報「タイムトラベル」です。
 

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tag : 新市名称

海藻での草木染め

12月15日の三陸新報に気仙沼ニッティングに関する記事が掲載されていました。


海藻染め

三陸新報12月15日記事の一部イメージ


気仙沼ニッティングさんと「メーカーズシャツ鎌倉」さんが、カキ養殖のロープや殻に付着する海藻から抽出した染料で染めた毛糸で編んだセーターやウールTシャツを発売するとのこと。

この記事は三陸新報オンラインでも配信されています。

12月16日には、気仙沼ニッティングさんが三陸新報の記事を引用してつぎのように投稿していました。


記事によれば、染料に利用する海藻は大島のヤマヨ水産社長である小松武さんから提供してもらったそうです。〈漁師の間で「アオクサ」と呼ばれるアオサの一種だが、有効利用されてはいない。特殊技術を持つ東京の企業に依頼し、染料を抽出。これを使った毛糸や生地が温かみある薄緑色に染まった〉と。

気仙沼ニッティングさんは、これまでもアトリエシムラさんと植物染め、いわゆる草木染めの毛糸を用いたコラボレーション作品を発表しています。そして今回の海藻利用の染色。そうきたかと驚くとともに感心しました。なるほどなと。

鎌倉シャツは、自由が丘の店をのぞく程度ですが、上質な「トラッド」という感じなので、気仙沼ニッティングとの親和性も高いですね。

◎ある種の草木染めか

染料に利用する海藻「アオクサ」も植物です。草木の一種ということでいえば、今回の試みも「草木染め」といってよいのかもしれません。

私の手元にはひょんなことから、「草木染日本の色相百十色」(美術出版社)という本があります。110色の草木染め実物布サンプルが貼付されている豪華本で限定1200部定価8万8000円。

同書にこの海藻からのグリーンに似た色があるかなと調べてみたら、「萌葱/萌黄/萌木」(もえぎ)色が近い。牡蠣養殖の過程で育った海藻が、こんなにきれいな「もえぎ色」になるとは。おどろきました。

本日は、海藻を利用した染色というアイデアにびっくりというところまで。「草木染日本の色相百十色」についてはあらためて紹介します。本日はこれにて。
 

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tag : 気仙沼ニッティング鎌倉シャツ

ずるさんの「お杉」

NHK大河ドラマ「どうする家康」は、きのう12月17日放送が最終回でした。視聴率がふるわないといった話もありましたが、私は毎週たのしんでおりました。

最終回で驚いたのは、高僧・天海役が前回大河で北条義時を演じた小栗旬さんだったこと。わかりませんでした。これは誰だろうと。

もうひとつ驚いたというかうれしかったのは、松平家の侍女お杉として気仙沼出身の小野寺ずるさんが再登場していたことです。最後のほうの回想的な場面。こんな感じでした。

画面

12月17日放送画面より


右端が小野寺ずるさん。中央は、お梅役の白神美弥妃さんです。

小野寺ずるさんのこのドラマ初登場は、2月19日でした。つぎのブログで紹介しました。

3月21日ブログ 女優「小野寺ずる」

そして放送終了後の午後9時半には、ずるさんご本人がつぎのように投稿しています。



〈下唇にゴミ?皮?ツバ?がついてますし、一言も話が通じない人みたいな目をしてますが、見てください……〉って。ほんと面白い方です。

きのうの夜は、ご両親もずるさんの登場を今か今かと待っていたことでしょうね。気仙沼出身の私にとって、ずるさんの登場は小栗さんとならんでのダブル・サプライズでした。

小野寺ずるさん、大河出演、お疲れさまでした。ますますのご活躍を。
 

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tag : 小野寺ずるどうする家康

神明崎五十鈴茶房

11月26日のオンライン「気仙沼を元気にする会」では、まるオフィスの千葉可奈子さんが内湾地区周辺の「気仙沼まちなかエリア」を歩き回りながら紹介してくれました。いずれのプロジェクトも官民連携での組織「気仙沼まちなかプラットフォーム」によるもの。

そのひとつが、五十鈴神社の社務所を改装しての「五十鈴茶房」(いすずさぼう)です。26日当日は、このプロジェクトの代表でもある斉藤道有(みちあり)さんが、社務所/茶房の内部を説明してくれました。

五十鈴茶房については、既に多くのメディアで紹介されていますが、12月10日の毎日新聞配信記事がわかりやすいと思います。まずはこれから。


「五十鈴茶房」を運営するのは〈市内の内装屋やお菓子屋ら30~40代の5人で6月に結成した〉「タイムトラベラーズ」という市民グループ。その代表が毎日新聞記事の写真にもうつっている斉藤道有さんです。道有さんは2012年から18年まで連続7回おこなわれた「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの実行委員会代表でした。そして、東北ツリーハウス観光協会の代表でもあります。

元気にする会の現地中継に話を戻します。千葉可奈子さんが五十鈴茶房を出て歩いていると道有さんの奥さんサユミさんと出会いました。息子さんの新(あらた)君も一緒。そうか、サユミさんもこの茶房を手伝っているのか。2019年11月1日にお開きとなった「気仙沼のほぼ日」のサユミさんです。〈沼のハナヨメ〉。

そして12月10日には、斉吉商店の和枝さんがつぎのように投稿してくれました。


道有さんはお客さまへの「恵比寿どら焼き」を整えているようですね。来年正月までの土日営業ですが、みなさんが本業をもちながらの「五十鈴茶房」運営です。試験的な営業とのことですが、その大変さが想像されます。本当にご苦労さまです。

お神明さんをよく知る私がおどろいたのは、五十鈴茶房からながめる内湾の風景です。私が小さなころは、社務所や樹木の関係で内湾をのぞむことはできなかったように思います。これは新たな風景の発見、視点の創造といってもよいのではないかと。

魚町坂口で育った私にとって、お神明さんはとても身近な神社。氏子(うじこ)だったということになりますかね。小さなころの遊び場だったのはもちろんのこと、結婚式も五十鈴神社でおこないました。当時は気仙沼でも結婚式場がいろいろとできていましたから、お神明さんでの挙式はちょっと珍しかったと思います。神職は神山真浦(かみやま・まうら)宮司。当日の巫女(みこ)は妻の気中同級生、真美子さんと純子さんがつとめてくれました。

そんなことで、五十鈴神社/お神明さんについてはいろいろと書きたいことがあるのですが、また日をあらためて。本日は斉藤道有さん夫妻をはじめ、関係者の皆さまへの御礼のみ申し上げて失礼します。

「お神明さん」をどう読むか。おしんめいさん/おしんめさん/おしめさん。これについてはまた日をあらためて。

なお、諸情報によれば五十鈴茶房の営業予定はつぎのとおりです。関係者の皆さま、ご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。

12月16(土)17日(日)
午前11時~午後4時
12月31日(日)
午前11時~午後3時

1月1日(月)
午前7時半~正午
 

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tag : 五十鈴神社五十鈴茶房

おかえり館の閉館

気仙沼、久慈、福島 情報ステーション「おかえり館」が2024年2月25日(日)をもって閉館することになったそうです。12月11日、ツイッター(現X)に同館がつぎのお知らせを掲載していました。


この「おかえり館」は、東日本大震災以降のNHK朝ドラの舞台である気仙沼市(おかえりモネ)・久慈市(あまちゃん)・福島市(エール)の3市が連携してのアンテナショップとして2021年7月9日にオープンしました。場所は、東京・有楽町の東京交通会館地下1階です。

オープン当初の予定としては、2022年3月末までの設置とされていましたから、2年近く延長されたようです。多くのお客さまに愛されているということだと思います。私は3度ほどの利用でしたが、気仙沼産品の定番商品が手に入るのがうれしいお店でした。

おかえり館さんは、ツイッターでの情報発信も熱心でしたね。スタッフの皆さんの熱意がうかがえます。12月13日にはつぎの投稿が。

「閉館告知に際し たくさんの心温まるメッセージを頂きありがとうございます。スタッフ一同感謝申し上げます。年末年始の休業を挟みますが閉館までは通常通りの営業で、新商品も入荷致しますので ぜひご来館ください。これまで以上に心を込めたサービスを提供して参りますのでよろしくお願いいたします」(引用は以上)

おかえり館のクローズは来年2月25日です。どうぞ銀座、有楽町方面にお出かけのときにでもお寄りいただけばと。どうぞよろしく。

「おかえり館」公式サイト

オープン当時のことについてはつぎのブログでも紹介しております。

2021年7月9日ブログ 「おかえり館」OPEN

 

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tag : おかえり館

絆カステラの記憶

なんやかやと忙しい。というのも、年末に仕事場を自宅に移す準備をしているのです。独立して30年近くになりますので、いろんなものが結構たまっています。それぞれに思い出がつまっていますので、見始めるときりがない。

こんなものも出てきました。「絆カステラ」のパッケージです。東日本大震災後に、コヤマ菓子店の小山(おやま)隆市君((3年6組)が企画して販売したもの。箱には、コヤマ菓子店を応援する多くの人が寄せてくれたメッセージが記されています。


絆カステラ


昨日12月11日のブログ「慈済基金会奨学金」で、2011年11月18日に東京・東新宿にある同基金会の日本分会を訪れたことを紹介しました。気仙沼に対するご支援の御礼を伝えるための訪問です。そのときに、この「絆カステラ」6本を持参したのです。お礼の文中にはつぎのように。一部を引用します。

「私たちは、気仙沼の被災者の代表でもなければ代理でもありません。ただただ、皆様のご支援がありがたく、その気持ちをお伝えしたいと考えておりました。本日、その機会が得られましたことを大変うれしく思っております。

お持ちいたしました菓子は、私たちの同級生が気仙沼でつくっております「絆カステラ」と申します。わずかばかりですが、皆さまで召し上がっていただければ幸いです。」(引用は以上)

写真のパッケージは、私用に購入したものです。蜂蜜がはいっていてとてもおいしかった。慈済の皆さんもおいしかったと語り、その後の催しの菓子として使ってくださったことを覚えています。

そして東京・東新宿の慈済基金会日本分会を訪ねてから1年2カ月後、2013年1月14日にコヤマ菓子店の小山隆市君が亡くなりました。来年1月で11年になりますね。

そんなこんないろんな記憶をよびおこす「絆カステラ」です。
 

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tag : 絆カステラコヤマ菓子店

村上力男さんの志

紹介するのが遅くなりましたが、読売新聞オンライン11月24日配信記事をとてもうれしく読みました。気仙沼「あさひ鮨」の村上力男さんが紹介されていたのです。18年にわたって自宅がある浜見山や気仙沼中学校などがある笹が陣地区の清掃活動を続けているというのです。


記事中に〈1967年創業のあさひ鮨は味が評判の人気店〉とありました。1967年創業、今から56年前のこと。1967年4月以降であれば私が気仙沼高校1年生のとき。その当時のことを2018年1月のブログに記しています。一部を省略して以下に再掲します。


2018年1月9日ブログ再掲

新成人に贈る言葉

きのう1月8日は〈成人の日〉でした。本日紹介するのは、前日7日に三陸新報に掲載されていた広告です。

あさひ鮨広告

三陸新報1月7日掲載広告の一部イメージ


成人の日にあたっての気仙沼「あさひ鮨」さんの広告です。新成人の皆様へ贈る言葉として「青雲の志」が掲げられていました。お名前こそ記してありませんが、会長である村上力男さんの言葉にちがいありません。以下に引用します。

〈青雲とは高い空とそこに浮かぶ雲である。どこまで行っても手が届かない。それでもその雲を目指してあくまで努力を続ける。そういう意味もあるようです。その第一歩が身近な小さい地域貢献です。

(中略)

本年新成人を迎える当地の若い人達にも、是非「青雲の志」を持ちつつ、将来、何らかの形で気仙沼の未来に役立つ志を持って一日一日を大切に生きていただきたいと願っております。〉(引用は以上)

これが、新聞や雑誌での著名企業社長のメッセージであれば、特に目をとめることもなかったのでしょうが、私がよく知る村上力男さんの言葉と思い読ませてもらいました。そして、村上さんがこの文章を書き記したとき、50年前に気仙沼の南町に〈あさひ鮨〉を開店創業したときのことを思い出していただろうと感じました。半世紀前、力男さんの胸のなかにあったのは、まさしくこの〈青雲の志〉だったのではないかと。

魚町のご近所だった佐々木徹君(3年1組)の姉、良恵さんが力男さんと結婚した関係で、開店当初から家族ぐるみで親しくさせていただきました。毎年の正月、我が家に年始の挨拶でいらしたときにはいつも、前年の経営の概況や新たな年にあたっての抱負などを父に語っていたことを懐かしく思い出します。

はじめはご夫婦ふたりでしたが、じきに息子さんや娘さんを伴うようになり、その息子さんはお嫁さんを、そしてお孫さんまでも一緒に訪れてくれました。そんなこんな、あさひ鮨の開店当時、私は15歳だったんだなあと、この広告を見て、自分自身の50年という時の流れを思い起こしたのです。

青雲の志。村上力男さんは、この言葉に万感の思いを込めて新成人へ贈ったのでしょう。

(再掲内容は以上)

村上力男さんはいま82歳とのこと。気仙沼高校12回生ですから、私たちより10学年上。私にとっては気高美術部の大先輩でもあります。

以上、ちょっと長くなってしまいましたが、村上力男さんの紹介記事をうれしく読んだ私の気持ちをご理解いただければ幸いです。

つぎのブログでも、村上力男さんの紹介記事などを紹介しております。ご参考まで。

2012年6月15日ブログ「あさひ鮨の44年」
2014年1月9日ブログ「あさひの力男さん」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : あさひ鮨村上力男

慈済基金会奨学金

「広報けせんぬま」2023年12月1日号に奨学金に関するお知らせが掲載されていました。


奨学金

広報けせんぬま」2023年12月1日号より


左側は気仙沼市による奨学金です。これは例年おこなわれているものだと思います。私が注目したのは、右側のお知らせ。財団法人台湾佛教慈濟慈善事業基金会による給付型奨学金「新芽奨学金」です。「慈濟」 は 「ツーチー」と読みます。「新芽」は「シンメ」でしょうね。

「ツーチー」と聞けば、あのときの台湾の皆さんかと思い出す気仙沼の人も多いことでしょう。慈濟基金会さんは東日本大震災のとき、宮城、岩手、福島の3県で被災した約10万世帯に総額50億円を超える見舞金を配布してくださいました。気仙沼市での配布額は4億円にものぼっています。2011年10月に市役所・ワンテンビルで見舞金支給にあたる慈濟の皆さんの心配りの素晴らしさを私も伝え聞きました。

◎2度の慈済基金会訪問

私たちは気仙沼出身者首都圏同年会「けせもい会」として、気仙沼へのご支援の御礼のために2011年11月に東京・東新宿にある同基金会の日本分会を訪問しました。

2011年11月19日ブログ「慈済基金会訪問」

また、2016年2月には、台湾南部での地震災害へのお見舞いを申し上げるために再訪問。

2016年2月19日ブログ「再び慈済基金会へ」

以上のようなことで、とても親しく感じる慈済基金会さんが令和6年度からこの奨学金給付事業を始めると知り、うれしく思いました。これは〈貸与〉ではなく〈給付〉、つまり返却する必要のない奨学金ということでしょう。

申込は来年1月4日から1月31日までとなっています。ほかの奨学金との併用受給も可能とのこと。奨学金の利用をお考えの高校生の皆さんの参考になればと。詳しくは、気仙沼市の学校教育課学事係まで。どうぞよろしく。
 

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気仙沼小150周年

私の母校、気仙沼市立気仙沼小学校が本年で創立150周年を迎えました。前身としての鼎浦(ていほ)小学校が1873(明治6)年1月に設置されてから本年1月で150年です。

12月7日の三陸新報に関連記事と祝賀広告が掲載されていました。


記事

三陸新報12月7日記事より


見出しに「かつては3千人のマンモス校」と。1958(昭和33)年には児童数3413人の県内一のマンモス校となったとのこと。「マンモス校」という呼称もいまではなにか懐かしく感じます。

記事中に「150年のあゆみ」もありました。

あゆみ

三陸新報12月7日記事より


この中から主要事項を抜粋します。

1873(明治6)年1月
第7大学区第22番中学区第1番鼎浦小学校創設
1879(明治12)年9月
本吉郡気仙沼村立鼎浦小学校となる
1884(明治17)年7月
気仙沼高等中等初等小学校と改め、階上、松岩、河原崎、月立、鹿折、九条、浦島の3初等学区を区間とした
1885(明治18)年11月
校舎落成、西洋造総2階(現市役所付近)
1887(明治20)年1月
気仙沼高等尋常小学校と改称
内ノ脇、九条両簡易小学校を分校とする

(この間の現在地への移転年については後述。1924(大正13)年と思われます)

1934(昭和9)年3月
西校舎落成、校庭整備なる
1940(昭和15)年4月
東校舎落成
1953(昭和28)年6月
気仙沼市制施行に伴い気仙沼市立気仙沼小学校と改称
1964(昭和39)年4月
九条分校が独立して九条小学校となる
1967(昭和42)年4月
南気仙沼小学校開校(18学級児童数710人)
2012(平成24)年4月
気仙沼小学校と南気仙沼小学校が統合

◎現在地への移転はいつか

この「150年のあゆみ」に大事なことが抜けているように思います。校舎が八日町の現市役所付近から現在地である笹が陣に移転したのがいつかということです。

記事本文には、〈1924(大正13)年にできた木造校舎の玄関〉という記述があります。この年が移転年でしょう。

「気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)にはつぎの記述がありました。

1922(大正11)4月
気仙沼小学校敷地を笹ヶ陣に造成する工事開始《典拠:町勢五十年を顧みる》
1924(大正13)3月21日
気仙沼小学校新校舎が沢田(現在地)に完成《気仙沼小学校要覧》

参考まで記すとつぎの記述もありました。工事開始年からちょっと離れ過ぎているような印象がありますがよくわかりません。

1926(大正15)4月
気仙沼小学校が笹ヶ陣の新校舎に移転《町勢五十年を顧みる》

いずれにしても1924年/大正13年と思われる校舎移転については「150年のあゆみ」にしっかりと記して欲しかった。これは気仙沼小学校のサイトにおける沿革でも同様。以前から物足りなさを感じております。

◎学校の宝物展

今回の150周年にあたって、同校資料室とわかばホールで「学校の宝物」展が開かれます。本年12月11日から21日、来年1月15日から26日まで、土日、祝日を除く平日。午前9時から午後4時までとのこと。祝賀式典などはないようです。


なお1924年にできた木造校舎玄関は、新校舎が1987年に建設された際、中庭に「光の庭」として保存されています。

ということは、あの木造校舎ができて来年で100年ということですかね。なにか大げさな催しでなくともよいので、ちょっと祝いたい感じはありますね。移転年の計算があっていればですが。

気小OBのひとりとしていろんな思いを込めて。気仙沼小学校創立150周年、おめでとうございます。
 

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tag : 気仙沼小学校

リア美の管理運営

12月1日の三陸新報1面トップ記事は、リアス・アーク美術館(リア美)に関する記事でした。見出しは「市への移管含め検討」。11月30日開催された気仙沼・本吉地域広域行政事務組合定例議会でのリア美に関する質疑に関して。


リアス・アーク美術館

三陸新報12月1日記事の一部イメージ


この記事は、リアス・アーク美術館に関する基本的な情報を知らないと理解が難しいように思います。私も自信がないので、これを機会に少しまとめてみることにしました。

◎気仙沼・本吉地域広域行政事務組合

記事の見出し下に「広域組合議会」と記してありました。リアス・アーク美術館の管理運営は、気仙沼市ではなく、気仙沼・本吉地域広域行政事務組合がおこなっているのです。組合議会の議員は9人で、気仙沼市・南三陸町の議長と選出議員によって構成されています。現在の組合議会議長は気仙沼市議会議長の鈴木高登さん。記事によれば「組合管理者」は、気仙沼市の菅原市長のようです。記事のなかに質問者として名のあった気仙沼市議会議員の今川悟さんも組合議員のひとり。

同組合は、気仙沼市と南三陸町が広域的な行政事務を共同して処理するために設立された一部事務組合です。「一部事務組合」というのは聞き慣れない名称ですが、説明は略します。リアス・アーク美術館のほか、気仙沼市と南三陸町にまたがる「消防本部」も同組合がおこなっています。簡単にいえば、美術館と消防の2事業です。

◎リアス・アーク美術館

リアス・アーク美術館は、気仙沼・本吉地域広域行政事務組合がおこなう博物館相当施設として平成6年/1994年10月25日に開館。平成16年/2004年5月31日には財産一式が県から組合に無償譲渡されました。

開館当時の組合は、1市5町で構成されていましたが、その後の市町合併で現在は1市1町(気仙沼市と南三陸町)となっています。開館当時の1市5町というのは、気仙沼市・志津川町・歌津町・津山町・唐桑町・本吉町のことでしょう。

◎リア美は生涯学習施設

リアス・アーク美術館がどのような目的で設立されたのでしょうか。同館の公式サイト中の「リアス・アーク美術館とは」の沿革ではつぎのように記しています。

〈プロジェクト事業の中核施設である「リアス・アーク美術館」は、「圏域住民への質の高い芸術文化に触れる機会の提供」と「住民の創作活動や発表の場の提供」を通じ、美術的な視点から個性豊かな圏域文化を創造しようとする生涯学習施設です。東北・北海道を一つのエリアと捉え、美術をはじめとする芸術・文化を継続的に調査、研究することを基本方針とし、常設・企画事業を展開しています。〉(引用は以上)

どうしても気仙沼地域を中心に考えてしまうために、〈東北・北海道を一つのエリアと捉え〉というところがちょっと広すぎないかとも思うのですが、設立の目的がそうなのです。これを使命のひとつとして、東北・北海道在住若手作家を紹介するシリーズ企画「N.E.blood 21」など、リア美関係者の皆さんは熱心に企画・運営されていると思います。

本日はここまでにしておきますね。三陸新報12月1日の記事については下記の同紙オンライン記事をご覧ください。運営費や県の補助金でつくった基金などについては日をあらためて記すことにいたします。

三陸新報オンライン12月1日配信記事

 

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新計画策定準備会

気仙沼市立小・中学校の新たな統合計画づくりに向けた「気仙沼市立小・中学再編検討準備会」の初会合が11月29日におこなわれたそうです。準備会としては、統合を政策決定するまでの住民合意の取り方やプロセスなどを中心に議論を重ねるとのこと。11月30日の三陸新報がつぎのように伝えています。


準備会

三陸新報11月30日記事の一部イメージ


現在進められている市内小中学校の統合は、平成28年5月の気仙沼市教育委員会「気仙沼市義務教育環境整備計画見直し」に示されている計画に基づくものです。準備会ではこの現計画(旧計画)の実行について、保護者からの意見聴取不足、不十分だった合意形成、そして統合後の学校が適正規模に見合わないといったことを課題としているようです。年度末まで3回の会議が予定されています。

委員長には宮城教育大学教職大学院の本図愛実教授(県立高校将来構想審議会長)が選出されました。ほかの委員の皆さんはつぎのとおりです。

副委員長/今野享(前気仙沼中学校長)、委員/田端健人(宮城教育大学教職大学院教授、春日敏春(気仙沼市体育協会長)、畠山拓男(唐桑地域自治会連絡協議会長)、小野寺克浩(本吉夢プロジェクト委員長)、芳賀周太(津谷小PTA会長)、石原祥子(新月中PTA会長、廣野香苗(就学前保護者代表)、尾形浩明(条南中学校長)、小野寺貴子(気仙沼小学校校長)

詳しく準備会委員名を紹介したのは、気中同級生が含まれていたからです。春日敏春君(3年9組)です。気仙沼商工会議所専務理事や気仙沼市民会館の館長などをつとめ、現在は気仙沼市体育協会長です。

気仙沼市の小・中学校統合・再編が多くの課題をかかえた、なかなかに難しいテーマであることは皆さんご存じのことでしょう。来年度からの再編検討委員会はもちろんのこと、準備委員会の皆さんにも、検討内容の適切な開示に心を配っていただきたいと思います。何度もこのブログに記しましたが、再編計画の内容や実行経過があまりにもわかりにくかったように思います。

気仙沼出身者というだけで部外者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。

6月8日ブログ「統合計画 説明不足」

 

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tag : 小中学校再編

気仙沼弁調査報告

12月3日の三陸新報に興味深いテーマでの講座が紹介されていました。気仙沼中央公民館で、東北大学大学院日本語研究室による気仙沼地方の方言に関する講座が開催されるとのこと。


12:3三陸

三陸新報12月3日記事より


調べてみると、気仙沼市のサイトに講座開催の案内が11月14日付けで掲載されていました。まずはチラシを紹介します。

講座
市サイトより


講座内容はつぎのとおりです。チラシ内容を引用します。

令和5年度 第1回けせんぬま学講座
気仙沼地方の方言 part2
―東北大学 2023年方言調査から―

「けせんぬま学講座」は、気仙沼の歴史や文化をテーマとした地元学講座です。平成30年に開催した「方言」についての講座は大人気で、「またやって」「もっと知りたい」という多 くのご意見をいただきました。そこで今回は、東北大学が本市で行っている方言調査の成果報告を交えて、気仙沼の方言について楽しく学びます。私たちが日常的に使用している何気ない言葉が、実は気仙沼独特の表現だったりする...かも!?

※東北大学では2011年から毎年、本市において方言の聞き取り調査に取り組んでいます。近年は新型コロナウイルスの影響でオンライン調査が続いていましたが、本年8月に4年ぶりとなる対面調査が実施されました。

■日 時
12月16日(土) 午後1時30分~3時30分
当日は午後1時開場
■会 場
気仙沼中央公民館 スタジオ2
■講 師
中西 太郎 氏(東北大学大学院文学研究科日本語学研究室 准教授)

報告者 東北大学大学院・方言調査チーム
■定 員 40名
先着順・要申込み(小学生以下は保護者同伴)
■主催
「けせんぬま遺産」活用推進実行委員会/気仙沼市教育委員会
■申込み方法
下記まで、電話またはメールでお申し込みください
気仙沼市教育委員会生涯学習課【「けせんぬま遺産」活用推進実行委員会事務局】
TEL 0226-22-3442(平日8:30~17:15)
E-Mail:kyosho@kesennuma.miyagi.jp
(タイトルは「けせんぬま学講座申し込み」とし、氏名を必ず記載してください)


2018年に第1回目の方言に関する講座が開催されていたのですね。今回が2回目です。

この講座のことを知って私は、2021年1月に気仙沼中央公民館で開催された「危機的な状況にある言語・方言サミット」のことを思い出しました。このサミットでの基調講演は、東北大学大学院 文学研究科・文学部/方言研究センターの小林隆教授による「東北方言の魅力を語る—気仙沼方言を通して」でした。つぎのブログでも紹介しました。

2022年2月2日ブログ「方言サミット」

東北大学大学院の方言研究センターと、今回の講座を開く日本語研究室との関係がわかりませんが、東北大学における気仙沼方言/気仙沼弁に関する研究はとてもありがたい。

気仙沼弁の奥深さに関心をお持ちのかたにとってはまたとない機会となるでしょう。ぜひお出かけください。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 気仙沼弁

松岩小開校150年

気仙沼市立松岩小学校が開校150周年を迎えました。12月1日には、同校体育館で開校150周年を祝う会が開かれ、2日の三陸新報によれば児童や保護者、教職員、地域住民ら約600人が節目を祝ったとのこと。

三陸新報では11月29日に祝賀広告とともに関連記事を掲載していました。


松岩小学校

三陸新報11月29日記事の一部イメージ


松岩(まついわ)小学校の歴史は、150年前1873(明治6)年4月に、松崎小学校(松岩寺)と老松小学校が開校したことに始まります。松崎小学校は、松岩寺(しょうがんじ)のなかに設けられたのですね。松岩寺は、煙雲館/鮎貝家の菩提寺です。

記事に、「150年のあゆみ」が記されていました。主要事項を紹介します。

1873(明治6)年4月
松崎村は松崎小学校(松岩寺)、赤岩村は老松小学校を開校
1883(明治16)年7月
松崎・老松小学校合併、松岩小学校と改称し、現在地に移転・発足
1953(昭和28)年6月
気仙沼市制施行、気仙沼市立松岩小学校と改称
1963(昭和38)年10月
創立90周年記念、校歌制定(水上不二作詞、中田喜直作曲)
1984(昭和59)年4月
面瀬小学校開校に伴う学区編成により、尾崎、赤田、高谷、鶴巻、上沢地区児童転学
2019(平成31)年4月
水梨小学校と統合

記事では校歌も紹介されていました。作詞は、大島出身の水上不二(みずかみ・ふじ)さん、作曲は中田喜直(なかだ・よしなお)さんです。中田喜直さんは、「雪の降るまちを」や「ちいさい秋みつけた」なども作曲しています。松岩中学校の校歌もこのお二人によるもの。松岩小の校歌と同じく昭和38年制定ということなので、ふたつあわせてお願いしたのかもしれませんね。以下に、松岩小学校校歌の歌詞を紹介します。


松岩小学校校歌

作詞 水上不二
作曲 中田喜直


太平洋の日の出よ
かなえが浦の朝よ
浜によせるさざなみ
世界につづく 青空
松岩小学あかるい希望
のびのびといきいきと
すすもうはげもう
旗はなるよ

           

三峰山のわかばよ
高つつじのにじよ
七つ森のそよかぜ 
八幡さまのすずの音 
松岩小学かがやく歴史
のびのびといきいきと
すすもうはげもう
雲はわくよ


神山川の流れよ
面瀬川の月よ
水ににおうしらぎく
銀河のようなこの道
松岩小学たのしい未来
のびのびといきいきと
すすもうはげもう
あすは呼ぶよ


なお、1番の「旗はなるよ」の表記ですが、三陸新報記事では「旗は鳴るよ」としています。しかし、松岩小学校のホームページでは「旗はなるよ」となっていましたので、それに従いました。同校ホームページでの記載が正しいだろうと思ってのことですが、作曲家中田喜直(なかだ・よしなお)が「中田善直」となっています。これは誤記ですね。

◎水梨小学校の歴史

私がうれしく思ったのは、2019年に松岩小と統合した水梨(みずなし)小学校のことが記事に書かれていたことです。


水梨小学校

三陸新報11月29日記事の一部イメージ


松岩小の一角には、水梨小146年間の貴重な資料が展示され、児童たちが水梨地域を学ぶ機会にもなっているとのこと。

水梨小学校は、1873(明治6)年7月に老松小学校水梨子支所として開校、1952(昭和27)年に松岩村水梨小学校として独立しました。つぎのブログで校歌の話とともに記しております。

2019年3月26日ブログ「水梨小学校の校歌」

こうした水梨小学校146年の歴史も含め、お祝いを申し上げたく。松岩小学校開校150周年、おめでとうございます。
 

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tag : 松岩小学校水梨小学校校歌

2016年さんま祭

11月16日放送のNHK「ブラタモリ」セレクションは、2016年12月17日「東京・目黒」の再放送でした。7年前、タモリさんと一緒にぶらぶら歩くのは近江友里恵アナウンサー。4代目のアシスタントです。3代目は桑子アナ。

7年前のブラタモリをなぜ紹介したかといえば、「目黒のさんま祭」映像が紹介されていたからです。


1_202311301647459a5.jpg



2画像とも11月16日放送画面より


これは放送年2016年のさんま祭でしょうね。このブログではどのように紹介したかなあ。調べてみて驚いた。開会式にタモリさんが来てくださった年だったのです。その記事を以下に再掲します。


2016年9月20日ブログ再掲

目黒さんま祭報告

本日は、おととい9月18日(日)に行われた〈目黒のさんま祭〉の報告です。今回は、〈あさひ鮨〉の佐々木徹君が上京せずということで、私たちも時間を決めての参集はせずにそれぞれにということにいたしました。私は9時半の開会式からお昼すぎまでを会場で過ごしました。祭の様子を写真とともに紹介します。

開会式には気仙沼から菅原市長と熊谷市議会議長、さんま祭気仙沼実行委員会からは松井会長が出席。市長の脇に座っている人は誰かなと思ったらタモリさんでした。座っているときのイメージは、目黒区在住の森田一義さん(71)といった感じ。今回は6月に就任した「めぐろ観光まちづくり協会」名誉会長としての出席です。

1 3人 2 タモリ

座っているときには地味なフツーの感じでしたが、挨拶に立つとやはりさすがでした。まずは例の中国語(風)で話を始めます。これは先に挨拶にたった区立中学の生徒ふたりが後半の話を英語で行ったことを受けたもの。話の詳細は略しますが、さんま祭の行列について、〈サンマ1匹のために、いったい何人の人が集まるんだろう。戦後は、まだ終わってないなと思いました〉との言葉にはみんな大笑い。これはフジテレビのニュースでも紹介されたようです。5分ほどの話だったと思いますが、引き受けた役割を期待通りにきちんと果たすという姿勢に感心いたしました。

来賓の方々の(ちょっと長い)話の後は、殿様に扮した目黒区青木区長がさんまを食し〈さんまは気仙沼にあがったものを目黒で食べるにかぎるのう〉みたいなことを言う献上式で開会式は終了。それを受けて気仙沼の〈どや節〉が披露され、さんま焼きが開始となりました。当初は5000尾予定だったと思いますが、当日のNHKやTBSのニュースによれば7000尾が提供されたとのことです。少し小ぶりなので量を増やしたか(笑)。

3 どや節 4 さんま焼き

この日の午前中は小雨が降ったりあがったりという天気でした。そのため、さんまを食べるテント脇でのイベントも空模様をながめながらの進行になりました。それでも、私が楽しみにしていた〈馬篭(まごめ)ばやし〉と〈明戸(あけと)虎舞〉を見ることができました。

まずは馬篭小学校の児童による〈馬篭ばやし〉です。菅原市長は開会式の挨拶のなかで、馬篭小学校は来年4月に津谷小学校に統合されるが、うちばやしなどの伝承はしっかりとやっていきたいと語っていました。東京の人たちにどれだけ伝わったかは別として、この紹介はとてもよかったと思う。

5 馬篭小学校 6 男子

馬篭ばやしの後半には虎舞が登場。2匹目の虎の中に入っていたのも馬篭小の生徒だったようです。馬篭小としての最後の演技ということもあってか、私の隣に立っていた菅原市長もさかんに拍手をおくっていました。

7 虎入場 8 虎2匹

9 握手 10 虎記念

空模様をながめながらのしばしの休憩のあと、今度は岩井崎の明戸(あけと)虎舞です。一昨年のさんま祭にも来てくれました。そのときに知り合ったご年輩(2枚目の写真の後方の方)のお話では、震災の津波で沢山の太鼓が流されてしまったが、様々な支援を得てこうして太鼓をたたけるようになったとのことでした。

11 明戸 12明戸男

13明戸虎 14後から

以上が気仙沼のふたつの伝統芸能の披露。天気がよければ2度の演技を予定したようですが、雨模様のために1度のみ。太鼓の皮に雨があたると大変です。

こうした演技の一方、会場には気仙沼をはじめ各地の物産販売ブースがならび、どれも沢山の人でにぎわっていました。そのブース前に会場の外まで続く行列は気仙沼のさんまつみれ汁を待つ人達。一杯100円。いつも大人気です。

今年も同級生の荒木容子さん(3年10組)がお手伝いに来ていました。人混みの様子をながめながら、少し手があいたときに声をかけました。写真の右側は、松井会長の奥様えみこさん。毎年、本当にご苦労さまです。そして、さんま焼きの入口あたりに行ってみると、大勢の皆さんがさんまの焼き上がりを待っていました。

15荒木さん 16行列入口

気仙沼物産ブース前に、カネダイの佐藤俊輔さんがいたので声をかけました。彼が一所懸命にPRしていたのが〈気仙沼ホヤ醤油〉。kesemo(ケセモ)ブランドを展開する気仙沼水産資源活用研究会が、「気仙沼ホヤソース」の姉妹商品として開発しました。菅原市長の開会式挨拶の中でも、本日発売で食事スペースにも置いてあるので是非ご賞味をと紹介していました。

お昼を過ぎ、そろそろ引き上げようかと思い、イベントスペースのほうに行くと、さきほど話をした明戸の年配の方が煙草を吸っていました。ご苦労さまでしたと声をかけ、〈岩井崎のあたりは津波でずいぶんやられてしまいましたね。被害はどうでしたか〉と聞くと、〈かあちゃんと孫をひとり亡ぐしたもの〉と。〈愛するかあちゃんを〉と少しおどけながら。余計なことを聞いて申し訳なかったなと思いながら〈それは大変でしたね〉というと、〈息子には考えすぎんなよと、かだってんだけんと〉と、母親と子供を失った息子さんをきづかいます。

私は〈どうぞ気をつけて気仙沼に帰ってください〉と伝えるのが精一杯。帰りの電車のなかで、〈皆さんのおかげで太鼓をたたけるようになった〉という言葉を思い出しました。どんな気持ちで太鼓をたたいていたのだろうかと。

ちょっと長くなりましたが、震災後6度目となった目黒のさんま祭の報告でした。


再掲内容は以上です。


岩井崎の明戸(あけと)虎舞で太鼓をたたいていた男性は元気にしているかな。今から7年前のさんま祭。サンマ焼きの煙や匂いだけでなく、〈震災復興支援〉の機運が会場にただよっていたように思います。

本日はブラタモリのまねをして〈気中20セレクション〉ということで。どうぞよろしく。
 

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プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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