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生島淳さんの肩書

2か月前のことになりますが、生島淳さんがつぎのようにツイートしていました。生島さんに「気仙沼出身の」という前書きはもう不要ですよね。


「文藝春秋」3月特別号に、生島淳さんが聞き手となっての毒蝮三太夫さん「十三回忌 立川談志は死んでない」が掲載されました。

毒蝮さんと呼ぶよりは、やはり〈まむしさん〉でしょうね。まむしさんの話、私の読後感は〈しみじみ〉。知り合うきっかけから病床での様子まで、50年以上の交友だったという談志さんについての思い出話は哀惜の情に満ちています。

本日のブログ、本題はここからです。ちょっと細かな本題(笑)。聞き手である生島淳さんの肩書きが「著述家」となっていました。

生島さんは昨年の6月特別号にも寄稿していましたが、そこでの肩書きは「スポーツジャーナリスト」です。今回はスポーツの話ではないので「スポーツジャーナリスト」などでは不自然ということなのでしょう。編集部との相談でそうしたと思うのですが、「スポーツ」をはずしてどのような肩書きにするかというのはなかなかの難問ですね。

生島さんはいま、スポーツにとどまらず、落語、講談、歌舞伎などの芸能なども含む幅広い分野での執筆活動をされています。それゆえの〈肩書き問題〉ともいえるのではないでしょうか。

文中になつかしい名前がありました。〈アンツル〉こと安藤鶴夫さん。私は永六輔さんや小林信彦さんの文章をとおして知っていますし、テレビ(たぶんNHK)番組に登場しているアンツルさんの記憶もあるのです。落語をはじめとする演芸/芸能評論家としての出演だったのでしょう。いかにも浅草生まれと思わせるキレのいい話ぶりでした。

まむしさんの話/文章の末尾では永六輔さんの言葉が引用されます。「人間は二度死ぬ」。まむしさんは〈最初は文字通り息を引き取った時。もう一度は、誰も思い出話をしなくなった時。だから、俺が談志の話をしている間は、アイツは死んでない〉と。

毒蝮三太夫さんは1936年3月生まれとのことですから現在87歳。談志さんは1935年12月生まれ。4か月違いですが、いわゆる同じ学年だったのですね。

生島さんは、〈聞き手〉としてまむしさんから貴重な話をたくさんうかがったことでしょう。掲載された文章には反映しなかった/できなかった話もたくさんあったのではないかと。それは、芸能に関する〈書き手〉にとっての宝のひとつになるのでしょう。

「Number」誌だけでなく、文藝春秋社内で〈本誌〉とよばれる「文藝春秋」での執筆機会も増えている生島淳さん。その活躍をとてもうれしく感じております。

なお、「文藝春秋」2022年6月号での生島淳さん「文藝春秋が報じたスポーツの肉声」についても書きかけのブログがありますので、日をあらためて紹介したいと思っております。本日はこれにて。

2017年11月27日ブログ「生島さん兄弟の話」

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 生島淳立川談志毒蝮三太夫

「岩井崎」地名由来

4月26日の三陸新報に、岩井崎の「畳岩」にクロマツを植樹したという記事が掲載されていました。同日、ツイッターで @kaku_q さんが三陸新報オンラインのこの記事を紹介していました。@kaku_q さんとは、東京での川島秀一さんを囲む会でご一緒したことがあります。定年退職した昨年、唐桑・鮪立に帰郷されました。


気仙沼の岩井崎にある「畳岩」に1本のクロマツを植樹したという話。東日本大震災前は岩の上にクロマツがあったそうなのですが、津波で枯れてしまったとのこと。畳岩は「たたみいわ」と読むのでしょうね。

オンラインの見出しは、〈岩井崎「畳岩」にクロマツ植樹〉ですが、本紙/紙版では〈あの景観をもう一度〉を主見出しにして、脇に〈岩井崎「畳岩」に〜〉としています。

記事によれば、〈畳岩は岩井崎園地の入口近くにあり、小高い離れ島のように見える〉そうです。岩井崎の入口、潮吹き岩方向にに向かって右側ということですかね。知りませんでした。

記事には、「岩井崎」の名称由来が紹介されています。

〈1723(享保8)年、仙台藩5代藩主伊達吉村公が領内巡視で立ち寄り、畳岩に上って釣りを楽しんだ際、周辺の景色、今も有名な潮吹きとともに見えた虹に感激。難破船が多く「地獄崎」と呼ばれていた同地を「祝崎」と呼ばせたとされている。〉(引用は以上)

難破船が多く「地獄崎」と呼ばれていたという話もすごいですね。

この地名由来は、気仙沼観光協会階上支部サイトの「階上について」にも記されています。同サイトには、「階上(はしかみ)の歴史」では、その「階上」名称の由来も記されていました。


◎階上の歴史

1875年(明治8年)10月7日
内務省通達により、波路上村・長磯村・最知村・岩月村が合併し階上村が成立。合併当時の戸数は396戸。人口は2393人だった。村名の由来は、仙台藩の学者・佐久間洞巌の「波止上の村名、昔はこの地を階上郡と称した」という説に依るとされている。

1955年(昭和30年)4月1日
大島村・新月村と共に気仙沼市に編入される。
(引用は以上)

なお、ネットで調べてみると、この佐久間洞巌の説には疑問ありとの話もあります。諸説ありということかもしれません。念のため。

以上、「畳岩」のクロマツ話から、岩井崎と階上の地名由来を知ることができました。

岩井崎は、難破船が多いために「地獄崎」と呼ばれていたといいます。その話を聞くと、座礁した漁船の乗員を救助しようとして亡くなった気仙沼水産高校(現気仙沼向洋高校)生徒、小野寺清雄さんを思い出す人も多いことでしょう。詳しくはつぎのブログにて。

2020年12月3日ブログ「悼 小野寺清雄さん」
2020年12月4日ブログ「君をたたえる碑文」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 階上岩井崎小野寺清雄

自衛隊の松島基地

気仙沼市の菅原市長4月20日ツイートを紹介します。宮城県市長会で航空自衛隊松島基地を視察したそうです。


ブルーインパルスについてはこのブログでも書いたなあと思って調べたら、2020年6月1日でした。

東京で5月29日におこなわれた新型コロナに対応する医療従事者などへの「感謝飛行」についてのブログ。あれから3年経つのですね。

そして松島基地は、〈あれから12年〉経ちました。東日本大震災です。

といったようなことを思い出しつつ、2020年6月ブログを再掲します。


2020年6月1日ブログ再掲

ブルーインパルス

(2020年)5月29日、新型コロナに対応する医療従事者などに敬意と感謝を示すために、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」が、東京の空を飛行しました。

私はこの日の昼過ぎに仕事場に出ていました。うまくいけば渋谷方面から新宿方向に向かう〈感謝飛行〉をみることができるなと。そして、12:50。ジェット機接近の音がしたので部屋の外に出ると、背後からあっという間に新宿の都庁方向にとびさっていきました。その時の写真を一枚。


ブルーインパルス


11分後には2周目の飛来。前回より少し東よりのコースで新宿方向へ。なんか、その音とスピードで、〈いいもの見せてもらった〉なと。

この日、ブルーインパルス6機は埼玉県狭山市の入間(いるま)基地から飛び立ちましたが、その所属は宮城県東松島市矢本町の松島基地です。戦前は、大日本帝国海軍の飛行場でした。松島海軍航空隊矢本飛行場。

◎気仙沼小学校修学旅行

「松島基地」ときくと、私はすぐに「矢本飛行場」という名前が頭にうかびます。気仙沼小学校のたぶん6年生のとき、仙台方面への修学旅行で矢本飛行場を見学したのです。1961年/昭和36年の秋ごろでしょうか。自衛隊の基地というよりも飛行場の見学という感じで訪れたような記憶がのこっています。

そこで見たジェット戦闘機は「F-86Fセイバー」。「セイバー」は愛称ですが、刀剣のサーベル(Sabre)のことだそうです。機体の金属素材はジュラルミンだったのでしょう。接合のためのリベット部がきれいに研磨されているなど、精密に加工された軽合金がもつ独特の質感にしびれました。

その後に私が書いた矢本飛行場の見学記というか感想文のようなものが、気仙沼小学校の文集に掲載されました。たしか文集の名は「ともだち」だったような。いや「なかよし」だったかな。そんなことがあったので、今でも当時のことが記憶に残っているのだと思います。

矢本飛行場ではもう一機、練習機も見たのですが、こちらの記憶はちょっとあやしい。「T-3」と思っていたのですが、調べてみると、ジェット練習機 「T-33」のようです。ただ、見たのはジェット機ではなく、レシプロ(ピストンエンジン)機であったような気もしたりして。確信がもてません。なお、現在のブルーインパルス機体はT-33の後継機、T-4中等練習機です。

◎松島基地の被災

東日本大震災では松島基地も被災しました。2mを超える津波で、戦闘機、練習機、救難機など28機すべてが水没したといいます。飛行機が流されていく映像をおぼえている人も多いことでしょう。隊員約900名は建物屋上に避難して無事でした。

当時の報道によれば、その3月11日当日、ブルーインパルス全9機のうち1機は松島基地にあり水没。2機は定期修理で松島基地を離れており、残りの6機も福岡県の芦屋基地に移動していて被災をのがれることができました。

6機が福岡県に移動していたのは、3月12日の九州新幹線全線開通の記念飛行をおこなうためでした。しかし震災のために、ブルーインパルスの飛行も含め記念式典はすべて中止。松島基地の駐機場の整備が進み、ブルーインパルスが松島に帰還したのは、2013年3月31日のことです。

◎敬意と感謝

くりかえしになりますが、今回のブルーインパルスの飛行は、新型コロナに対応する医療従事者などに敬意と感謝を示すためにおこなわれました。

ニュース画像で、この「感謝飛行」に病院の屋上で手をふってこたえる医療関係者の姿を見ていると、その思いが届いて本当によかったと思わずにはいられません。

まだまだ大変な日が続くとは思いますが、多くの皆さんの献身的な努力に対して心から御礼を申し上げます。

(再掲内容は以上です)

菅原市長のツイート末尾には、「新型コロナ本日当管内ゼロ、県全体213人」とありました。新型コロナに対応する医療関係者、そして国防、安全保障のために訓練を続ける自衛隊関係者。有事に備えるということでの共通点がありますね。

その皆さま方に心からの感謝を。ご苦労さまです。ありがとうございます。
 

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tag : 航空自衛隊松島基地ブルーインパルス

河北新報 藤井記者

河北新報オンラインの4月24日配信記事を紹介します。気仙沼の介護施設に勤めるフィリピン人女性2人が3月末、介護福祉士の国家試験に合格したとのことです。


この記事によれば、合格したのは「キングスガーデン デイサービスセンター」に勤める伊藤チャリトさんと、「特別養護老人ホーム春圃苑」で働く紺野クリスティナさんです。

2人とも、介護福祉士受験の条件となる「実務経験3年以上」を満たした2015年ごろから試験勉強を始めました。そして伊藤さんは6度目、紺野さんは9度目の挑戦で試験に合格したそうです。

試験に合格するためには、日常生活のなかではあまり使わない専門的な日本語を覚えて理解する必要があります。相当な苦労があったことでしょう。すばらしい。合格、おめでとうございます。

◎河北新報社の人事異動

この記事は署名記事。気仙沼総局「藤井かをり」さんのお名前がありました。

河北新報の気仙沼総局というと、いつもであれば鈴木悠太さんの名が思い浮かびます。もしかすると人事異動かなと思い調べてみるとやはりそうでした。藤井さんは4月1日付けで編集局写真映像部から気仙沼総局へ。

藤井さんについては、河北新報社採用サイト「現場で働く社員の声」で紹介されていました。2015年の入社です。今後は藤井さんと取材で顔を合わせる気仙沼の人も多いことでしょう。お会いしたときの話のネタとしてご覧いただければと。

河北新報社 採用情報サイト

そして鈴木悠太さんですが、やはり4月1日付けで気仙沼総局から編集局報道部に転じていました。気中20ブログでは、気仙沼に関する鈴木さんの執筆記事を何度も紹介させてもらっています。昨年7月には南気仙沼地区におけるまちづくりの現状を伝えてくださいました。

2022年7月28日ブログ「南気仙沼まちづくり」

鈴木悠太さん、気仙沼でのお仕事、ご苦労さまでした。新たな部署でも、どうぞご活躍を。

そして、藤井かをりさん。今回の配信記事、ありがとうございました。これからも気仙沼に関する記事を楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。
 

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tag : 藤井かをり鈴木悠太

菅原郁男先生投稿

4月15日の三陸新報「投稿」になつかしい名前がありました。菅原郁男さん、というよりも菅原郁男先生です。気仙沼中学校の教諭でもありましたが、その前には気仙沼小学校にも在職していたかと。

奥様の菅原暉子(てるこ)先生には気小5年と6年で担任いただきました。暉子先生の旧姓は十二村(じゅうにむら)です。


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三陸新報4月15日掲載投稿の一部イメージ



前置きが長くなりました。この郁男先生の投稿を紹介する理由は、気仙沼中学32回生のことが書いてあったから。私たち気中20回生の12コ下の学年です。

郁男先生はつぎのように記しています。「今年は気仙沼中学校32回生、分かれた条南中1回生合同の還暦祝いの年だった」そして「昨年夏の物故祭も今年2月11日に設定した本番の還暦祝いも、コロナ禍に阻まれてしまった」と。

この気中32回生還暦祝いの実行委員長は気仙沼商会社長の高橋正樹さんです。郁男先生は正樹さんから「お祓いだけはしました。ついては恩師先生方の益々のご健康とご発展も祈祷して頂きました」と、お札とお守りを送っていただいたとのこと。

気仙沼第二中学校の建設が昭和51年3月に市議会で決定され、「条南中学校」の名で開校したのは昭和53年4月です。同中学サイトの沿革には開校時の在籍生徒数は353名と記されています。

気中32回生は、2年生までは同級生として仲良くやってきた友達のうち約100名を、3年生となるときには新設された条南中に送り出すという経験をしたわけです。

高橋正樹さんはこのときの心情を、気仙沼中学校「創立五十周年記念誌」(平成8年11月発行)への寄稿文で記しています。その文章については日をあらためて紹介することにいたします。

なお菅原郁男先生は、同記念誌によれば、昭和44年4月から55年3月まで気中に在職しています。先生の投稿はつぎのように結ばれています。

「秋に開催のご案内を受けている還暦祝いに90歳の老生が参席したら、老醜をさらす勇気をも含めて、ギネスブックに載るかもしれない。」

郁男先生。まだまだお元気でなによりです。暉子先生も元気なことでしょう。三陸新報への投稿、ありがとうございました。
 

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tag : 菅原郁男高橋正樹

小中学校再編解説

気仙沼市立条南中学校と気仙沼中学校の2024年4月統合を、条南中学校区の保護者や地区住民が合意したことを4月17日ブログ「条南中の統合合意」でお伝えしました。

統合に向けて前進することになったことはわかりました。しかし、これまでの議論の詳しい内容を知ることは簡単なことではありません。さらに、条南中と気中以外の小中学校再編/統合計画の実行経緯や現状について、しっかりと説明できる人は多くはないでしょう。

市の教育委員会のサイトで議論の前提となる情報把握ができるようになっていればよいのですが、残念ながら現状はそうではありません。

そんななか、気仙沼市の小中学校再編について、私が知るかぎりもっとも詳しいと思われる記事が、気仙沼市議会議員である今川悟さんのホームページ「今川悟の活動報告」にありました。


今川悟市議HP

「今川悟の活動報告」当該頁一部イメージ

今川悟さんHP4月13日記事


今川悟さんは、元三陸新報の記者だった方。2014年4月に市議会議員選挙で初当選し、現在3期目となっています。今川さんのHPは、小中学校再編だけでなく、気仙沼市がかかえる諸課題について、市議会資料なども使いながら詳しく記しているので、いつも感心しながら拝見しています。

◎現時点での統合状況

記事の冒頭に、平成28年5月の気仙沼市教育委員会「気仙沼市義務教育環境整備計画見直し」文書のリンクがはってあります。これが、現在の気仙沼市の小中学校再編計画です。この計画の完了を待つことなく、見直しを求める声もあるようですが、一定の意見集約と市議会議決を経ての計画を変更することは現実的ではないでしょう。

今川さんは、概況をつぎのように述べています。

「義務教育環境整備計画(再編計画)に基づき、平成25年から9組の統合が進み、令和6年には小泉小と津谷小、中井小と唐桑小の統合がすでに決まっており、条南中と気仙沼中が正式決定すれば12組目(計画外で被災した南気仙沼小は気仙沼小へ統合)になります。」

そしてつぎの表を掲げています。



こうしたわかりやすい統合状況の説明図もこれまではなかなか目にすることができませんでした。

充実した記事を要約することはできません。是非、今川さんのHP記事を読んでいただければと。

◎気仙沼中学校体育館の新築検討

記事のなかに気中体育館に関することも書かれていました。4月12日の条南中学校区の地域懇談会では、〈安心して統合するため、市は老朽化した気仙沼中体育館の新築を検討することを約束しました〉と。

気中体育館は昭和33年建築(落成は34年)と市内の学校施設では最も古く、「統合するなら建て替えてほしい」との要望が出ていたそうです。

4月12日ブログ「気中の体育館と桜」で、気仙沼市内小中学校でもっとも古い建物であるという記事を読んだ記憶があると書いたばかりだったので、ちょっとおどろきました。いよいよ建て替えか。

この今川さんHPの「条南中学校も令和6年4月統合へ前進」記事は、今後の気仙沼市立小中学校の再編/統合問題を語るうえでの基本資料になるといってよいでしょう。

今川さん、いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

2022年12月13日ブログ「条南中の統合問題」

 

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tag : 今川悟小中学校統合

横田千秋君の訃報

きのう4月18日の三陸新報に横田千秋君(3年1組)の訃報広告が掲載されていました。永らく病気療養中のところ4月15日に死去と。


横田君訃報広告
三陸新報4月18日掲載広告


実は私、この訃報を見逃しておりました。岩手県一関市という住所に気をとられていたのでしょう。菊田裕美君からのLINEで横田君の訃報広告であることを知りました。裕美君は気中3年1組の同級生ということだけでなく、家が同じ南町2丁目でした。

屋号として記してあった「横田舘」はたしか旅館だったと思いながらも記憶に自信が持てず裕美君に聞きました。すぐに「横田舘は旅館で、南町の宮城交通バス案内所の横にありました」と。これで思い出しました。「案内所」というのもなつかしい。

そんな懐かしい風景を思い出すきっかけが訃報広告というのも、なんともさびしいものですね。

一関市の暮らすお兄様が千秋君を知る気仙沼の人へのお知らせとして掲載した訃報広告だったのでしょう。ありがとうございます。

横田千秋さんのご冥福を心からお祈りいたします。
 

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tag : 横田千秋

港町防潮堤の位置

きのう4月18日のブログ「港町防潮堤が完成」で、宮城県による気仙沼市港町の防潮堤が完成したことを紹介しました。その中で、私のように気仙沼を離れている者にとっては防潮堤の位置がちょっとわかりにくいと記しました。本日はその話を。

2017年12月18日のブログで、港町防潮堤の計画変更について紹介しました。

2017年12月18日ブログ「港町防潮堤の続報」

このブログの中で同年12月18日に魚市場会議室で開かれた住民説明会で県から示された変更案の地図を紹介しております。


防潮堤マップ
三陸新報2017年12月16日記事より


「海の市」付近の点線部の住所は港町ではなく魚市場前ですから、このたび完成したのは乗越道路の下側の破線部ということなのでしょう。

津波発生時など緊急時に限り自動閉鎖する陸閘(りくこう)が、ふたつの道路上にそれぞれ設けられています。

◎当初計画案

きのうのブログでもお伝えしたように、県の当初計画案は、臨港道路沿いにつくるというものでした。長さは460m。しかし、地元住民らの異論を受けて計画が見直されました。それが今回完成した防潮堤です。長さは約200m(2017年時点では180mと報じられていました)。

2017年12月27日ブログ「港町防潮堤案映像」では、同年12月15日の仙台放送ニュースで紹介された比較映像を紹介しました。

2017年12月27日ブログ「港町防潮堤案映像」

本日はこのブログ中の比較画像を再掲載しておきます。


当初計画
当初計画案(赤色)

見直し案
見直し案(黄色)

いずれも仙台放送2017年12月15日ニュース画面より


きのう紹介した三陸新報4月16日記事では、気仙沼地方振興事務所水産漁港部の話として防潮堤工事は2020年春に始まり、先月末までに終了したとのことです。先月末、つまり2022年度末ということで年度内に完成したということ。

上に紹介した計画見直し時には、総事業費は約10億円(当初計画案では25億円)で2020年度内の完成を目指すとしていましたが、結果として2年遅れました。

ただし、見直し計画の説明会は、当初計画の説明会から2年8か月後だったということです。なんとか2年遅れでおさまったということでしょう。関係者の皆さんのご苦労がしのばれます。ご苦労さまでした。

以上、長くなりましたが、(私にとって)ちょっとわかりにくい港町防潮堤の位置について。ガッテンしていただけましたでしょうか。
 
2016年当時の港町防潮堤をめぐる議論についてはつぎのブログで紹介しております。当時の三陸新報の見出しには、〈協議は平行線のまま〉〈菅原市長直談判へ〉などの見出しがならんでいます。市としてはフラップゲートの採用なども求めていたようです。ちょっとなつかしい。

2016年5月17日ブログ「港町の防潮堤計画」

 

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tag : 防潮堤港町防潮堤

港町防潮堤が完成

宮城県が工事を進めてきた気仙沼市港町の防潮堤が完成したそうです。4月16日の三陸新報が伝えてくれました。


港町防潮堤

三陸新報4月16日記事の一部イメージ


記事によればこの防潮堤は、気仙沼魚市場北桟橋から臨港道路をはさみ、ホテル観洋下までの約200m区間です。気仙沼の工事現場を知っている人にとっては〈あそこの防潮堤〉とわかるのでしょうが、私のように気仙沼を離れている者にとってはちょっとわかりにくい。これについてはあらためて紹介することにします。

また、記事では防潮堤の位置などを当初の計画から変更した経緯をつぎのように説明しています。

〈港町の防潮堤は当初、魚市場~気仙沼お魚いちば付近までの臨港道路沿い(延長460m)に整備する計画だったが、一帯は出漁岸壁として利用され、観光名所にもなっていることから、景観悪化などを懸念する住民から異論が相次いだ。立地事業所や住民有志のグループが県当局と協議を重ね、防潮堤の位置を変更して長さを短縮することにした。〉(引用は以上)

この当初計画の変更もいろいろと大変だったでしょう。関係者の皆様、ご苦労さまでした。

◎残る県管理漁港防潮堤工事

記事によれば、宮城県管理漁港の防潮堤工事は現在、鮪立、大浦・浪板、魚市場前、日門の4カ所が残っています。国の復興予算を活用したハード事業の期限だった昨年度(2022年度)末までに完了せず、本年度からは水産庁の補助を受けた一般事業に移行されたということです。

気仙沼地方振興事務所の水産漁港部によると、鮪立は本年度内に完了するめどがたっているが、「それ以外の箇所は予算を確保する関係もあり、完了時期は未定」とのこと。市ではなく県の事業ですが、予算の確保などの課題があるようですね。

東日本大震災から12年を過ぎましたが、防潮堤の工事はまだ続きます。関係者の皆様、いろいろと大変なことも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 

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条南中の統合合意

気仙沼市立条南中学校と気仙沼中学校の統合について、4月12日に開かれた地区懇談会で条南中学校区の保護者や地区住民が了承、合意したそうです。

4月12日に菅原市長はつぎのようにツイートしていました。


4月14日の三陸新報はつぎのように。


条南中統合

三陸新報4月14日記事の一部イメージ


この記事によれば統合時期は2024年4月。統合先について市教育委員会は、気仙沼中学を考えているとし、参加者は拍手で同意したとのこと。今後は、気仙沼中学校区の住民を対象に統合説明会をおこなったのち、準備組織を立ち上げるなどして統合への協議を進めるそうです。

地区懇談会は4月12日に気仙沼中央公民館で開催されました。出席した保護者や地域住民は約40人。統合に関する説明会は17回目だったそうです。

見出しに「〝急転直下〟で決着」とありました。記事を書いた記者さんは、決着にはまだ時間がかかると見込んでいたのでしょうか。記事にはつぎのようにありました。

〈今後の生徒数が気仙沼中よりも条南中の方が多いことや通学手段が確立されていないこと、市教委の進め方への不満から、反対や次期計画での統合を求める意見が根強く、議論が長期化されることも考えられたが、〝急転直下〟の決着となった〉(引用は以上)

三陸新報は2月21日の「論説」で小中学校の統合問題をとりあげていました。タイトルは「急ぐべきではないだろうか」。つぎのブログで紹介しました。

3月3日ブログ「小中学校統合論説」

条南中と気中の統合だけの話ではありませんでしたが、〈統合は教育面でのメリットの方が上回るはずである。デメリットを小さくする工夫に知恵を出したい〉と文章を結んでいます。

今回の条南中と気仙沼中の統合合意は、この論説の論旨/主張に沿っているのではないかと思います。そういう意味では今回の合意、〈急転直下〉というよりは〈やっと〉という言葉が似合うような気がしないでもありません。

2022年12月13日ブログ「条南中の統合問題」

 

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tag : 条南中学校学校統合

ふるさと納税49億

気仙沼市に寄せられた昨年度(2022年度)ふるさと納税の寄付額は49億4千万円で、過去最高だった2021年度の約3.5倍となったそうです。4月11日の三陸新報が伝えています。


49億円

三陸新報4月11日記事の一部イメージ


昨年12月27日時点で寄付額は40億円を超え、12月31日で46億8900万円でしたから、この49億円という数字には驚きませんでした。むしろ、惜しいところで50億円にとどかなかったかという(かなりぜいたくというかナマイキな)印象も。

記事によれば、やはり12月の申請が多いのですね。同月だけで約25億円とのこと。ふるさと納税は寄付額のうち、3割が返礼品に、残る7割のうち手数料などを除いた5割ほどが市の財源になるそうです。

こうして私が気仙沼市の寄附金実績をたびたび紹介していると、諸手(もろて)をあげて制度に賛成していると思われるかもしれませんが、そうでもありません。

私は「ふるさと納税」という寄附金税制には疑問をもっています。2008年にこの税制が始まったときには肯定的にとらえていましたが、ここ数年の動きをみているとなにか本来的な税のあり方ではないなとの思いも。気仙沼にはプラスに働いているけれど、その分はほかのマイナス。そのバランスが適正なのかと。

とはいうものの、そこはそれ、これはこれ。気仙沼市にはうまくやってほしいなと。遅かれ早かれ制度の見直し、修正がおこなわれるのではないでしょうか。そうしたときに大きな混乱のないようにと思います。まあ、市の担当者の皆さんも先刻ご承知のこと。いろいろと目配りしながら計画を立案していることでしょう。


◎ふるさと納税返礼品事業者説明会

三陸新報記事によれば返礼品は現在、約800品となっているそうです。各自治体間の競争だけでなく、気仙沼市内での返礼品提供会社の競争もあると思います。

2022年度の寄付金額49億円の約3割が返礼品とのことですので、約15億円。このある種の〈ボーナス需要〉を活用しない手はないでしょう。4月12日の三陸新報には、市が5月11日に市民会館で開催する「ふるさと納税返礼品事業者説明会」の広告が掲載されていました。


説明会

三陸新報4月12日掲載広告


市内の事業者にとって、いろいろと学べるよい機会ではないかと思います。どうぞお出かけください。

ふるさと納税寄付金の金額推移はつぎのブログにて。

1月5日ブログ「ふるさと納税40億」

人口減少対策など、ふるさと納税寄付金を活用した市の施策についてはつぎのブログで紹介しました。

1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさと納税ふるさと応援基金

気仙沼ほてい70年

「気仙沼ほてい」さんが4月10日、気仙沼市に災害用の備蓄品として、同社の缶詰を寄付してくださいました。創業70周年を記念してとのことです。同日、菅原市長がつぎのようにツイートしています。


4月11日の三陸新報によれば、寄付されたのはブリの缶詰1440缶。三陸沖で捕獲された天然ブリを使った「ぶり大根味付」「ぶり味噌煮」「ぶり照り煮」の3種類各480個です。日本災害食学会 「日本災害食」認証製品で、常温で3年間保存しても味や風味に変化なく食べられるそうです。

同社では、2021年3月にも、新型コロナ禍での高齢者施設支援として、ふかひれスープ(700食分)と、災害用として焼き鳥の缶詰(480缶)を市に寄贈しているそうです。いろいろとありがとうございます。

◎気仙沼ほてい創業70周年

気仙沼ほていさんは、創業70周年にもなるのですね。同社企業サイトの沿革を見てみましょう。


1953年3月
気仙沼食品(株)の名称で缶詰製造開始
1968年1月
山本食糧工業・多加羅食品・由比特産缶詰・気仙沼食品の4社が合併し、ほてい缶詰(株)を設立。 それに伴い気仙沼食品(株)は、ほてい缶詰(株)気仙沼工場として新たなスタートを切る
1984年4月
ほてい缶詰(株)気仙沼工場を分社化し、気仙沼ほてい(株)を設立
2004年3月
魚浜工場が大日本水産会HACCP認定工場に
2011年3月
東日本大震災で全ての工場、冷凍冷蔵工場、倉庫などが被災し全壊。 一時、事業休止を余儀なくされる
2011年6月
協力工場から施設の一部を借り受け、生鮮カツオの出荷および、カツオのタタキの製造・出荷を再開
2011年9月
魚浜製氷工場を改築し、角氷の製造・出荷を再開
2011年12月
生鮮品加工魚浜工場があった場所に、新たに缶詰・レトルトパウチ食品製造工場を再築し、ふかひれを中心とした製品の製造・出荷を再開
2015年10月
気仙沼市本浜町に缶詰・レトルトパウチ食品、製造本社工場が完成
2017年10月
本社製品倉庫竣工
2020年5月
本社工場 FSSC22000認証取得


1953年3月に缶詰製造を開始しています。なんの缶詰だったのかが気になるところ。参考まで付記しておけば、親会社であるホテイフーズコーポレーションは昭和8年(1933年)4月に三共商会の名称にてツナ・みかん缶詰製造を開始しています。今年で創業90周年。すばらしい。

◎ほてい/布袋ブランドの由来

同社サイトの「ホテイの歴史」に「ホテイ」の社名由来が記されていました。創業者である山本良作社長は工場内を隅々まで見て歩くことが日課になっており、従業員からは「ほていさんのような円満さ」として慕われていたそうです。布袋(ほてい)さんですね。

NTTコムウェアによる「ニッポン・ロングセラー考」Vol.112「やきとり缶詰」によれば、1948(昭和23)年頃からしばらくの間、同社の製品には七福神の一柱である布袋のマークが印刷されていたそうです。山本良作社長の風貌がふくよかで人望が厚かったため、イメージにあった布袋が選ばれたのだと。

気仙沼ほていの社長は、親会社であるホテイフーズコーポレーションの山本竜也社長が兼任しています。創業者と同じ山本姓なので、布袋さんの血筋かと思ったのですが縁戚関係はわかりませんでした。

◎1953年3月に缶詰製造開始

その山本社長の「気仙沼ほてい」サイト挨拶文のなかに、「1953年3月、気仙沼市浜町に気仙沼食品(株)の名称で缶詰製造を開始」とありました。親会社「ホテイフーズコーポレーション」のサイトでは同年月に「気仙沼食品(株)を気仙沼魚浜町に設立」と。

ちょっと細かな話になりますが、気仙沼市浜町というのは現住所でいえばということでしょう。1953年3月時点では鹿折(ししおり)町ですね。本吉郡気仙沼町が鹿折町、松岩村と合併して気仙沼市となるのは3か月後の1953年6月1日のこと。

親会社サイト記述にある「魚浜町」は誤記だと思います。魚浜町という地区名称は、埋め立て地に「コの字岸壁」などができてからだったと思います。魚町と浜町をくっつけて「魚浜町」。

ちょっと長くなりましたが、気仙沼ほていさんの創業が、鹿折町や気仙沼町時代にさかのぼることを知ることができました。同社70年の歴史は、気仙沼の市制70年とも重なりあっていたのです。

「気仙沼ほてい」さん、創業70周年おめでとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 

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tag : 気仙沼ほてい

気中の体育館と桜

先週末から気仙沼でも桜が咲いて、ネットでも桜の画像がたくさん投稿されていました。その中から本日は、「気仙沼さ来てけらいんWEB」の4月10日ツイート画像を紹介します。


1枚目は気仙沼中学校の屋内体育館。2枚目は安波山からながめた気仙沼大島の亀山。気仙沼湾横断橋もうつっています。3枚目は神山川の河岸ですね。

私は気中屋体がとても懐かしかった。最近の姿がこれだけはっきりうつっている写真は案外なかったような気がします。

以前のブログでも書きましたが、この建築構造は〈フランス式〉であると聞いた覚えがあります。屋体の左側にある斜めの壁は雨水を集めて流す役割もあったと思います。力学的な構造と設備的な機能の融合といったことでしょう。4方向に各2壁がありましたから計8壁です。

私も含めて多くの気中生が、この斜めの部分の両側を手でおさえて上まで登ろうとしました。しかし、上まで登ったという話を聞いた覚えはありません。

3月20日ブログでも書きましたが、気仙沼中学校の屋内体育館(屋体)が落成したのは昭和34年/1959年9月のこと。当時の私は気仙沼小学校2年生です。もうすぐ築64年ということになりますね。以前に新聞記事かなにかで、気仙沼市内小中学校でもっとも古い建物であるという記事を読んだ記憶があります。

3月20日ブログ「気中屋体落成記念」

写真の左にうつる桜木はいつ植えられたものなのか。落成記念の植樹だとすれば樹齢は60年を超えています。

気中20回生の多くはいま71歳です。4月生まれの何人かが72歳。

築71年、ではなくて齢(よわい)71。気中屋体同様、少々古くはなりましたが、まだまだ使えます。どうぞよろしく。


気中屋体にも近い気仙沼図書館の桜並木も懐かしい。つぎのブログで紹介しております。

2021年4月15日ブログ「気仙沼図書館の桜」

 

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BRTの無人運転化

JR東日本は、気仙沼線BRT(バス高速輸送システム)の一部で始めた自動運転について、2024年の秋ごろを目標に無人運転の実現を目指すと発表しました。

東日本放送のTVニュースでもつぎのように報じています。4月5日の配信です。


このニュースによれば、気仙沼線BRTの自動運転は2022年12月5日から登米市の柳津駅と陸前横山駅間4.8kmの区間で始まりました。現在は乗務員が運転席に座り監視しながら運行するレベル2の段階ですが、2024年秋ごろを目標に無人運転が可能になるレベル4を目指すとのこと。ただし、レベル4への引き上げが認められた後も、当面の間は乗務員が乗って運行するということです。また、自動運転の区間についても陸前横山駅から南三陸町・志津川駅の手前まで延長し、計15.5kmとする方針が示されました。

朝日新聞や河北新報も同じニュースを伝えていましたが、地元紙三陸新報はつぎのように。


自動運転

三陸新報4月6日記事の一部イメージ


4月4日付けのJR東日本ニュースリリースでは、「2024年秋頃までに現在のレベル2から日本初の60km/hでのレベル4に引き上げていくことを目指します」としています。この「日本初」という語句が東日本放送のニュースでも三陸新報の記事にもありませんでした。

2023年4月4日付けJR東日本ニュース

レベル4への引き上げそのものが日本初なのか、60km/hという速度条件が日本初なのかがあいまいだったからでしょうか。たぶん前者でしょう。日本初のレベル4/BRTを目指すということかと。

BRTではなくて鉄路復活を願う声が地元にあることも承知しております。また有人運転から無人運転への移行にあたっても、有人運転のほうが安心との声もあがるでしょう。

しかし、その実現を望むのは現実的ではないと思います。民間企業であるJR東日本として採算のとれる計画にできるとは思えないのです。

少子・高齢化をはじめ、気仙沼をめぐる経済環境はなかなかに厳しいものがあります。実験とか実験場というとネガティブなイメージもあるかもしれませんが、気仙沼がいろんな意味で〈生き残る〉ためには、そうしたチャレンジングな試みも求められるのではないかと。

そんな思いのなかで、JR東日本のニュースリリースにあった「日本初」という言葉が強く印象にのこりました。

昨年12月の一部区間自動運転開始についてはつぎのブログにて。

2022年12月7日ブログ「BRT自動運転バス」

 

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tag : JR東日本BRT無人運転

新卒で遠洋漁船に

気仙沼の遠洋漁船乗組員に若者が増えているというニュースをふたつ紹介します。

まずは4月2日の朝日新聞デジタル配信記事から。見出しは〈高級車に憧れて……新卒でいきなり遠洋漁船が急増 「頑張れば稼げる」 〉。筆者は星乃勇介さんです。


記事によれば、気仙沼では新卒でいきなり船の仕事を選ぶ若者が急増し、その数は前年度の4倍以上だといいます。2022年度は、新卒で遠洋・近海マグロ船や遠洋カツオ船に乗るのは高卒14人と大卒4人だったそうです。21年度は高卒4人だけ。それ以前もほとんど1桁だったとのこと。

課題は定着率とのこと。宮城県北部船主協会の事務局長である吉田鶴男(たづお)さんは「長続きさせるために船側も努力はしている。ただ『楽で高給』な仕事は、どこにもない。それが分かった上でなお、やりがいを求める若者がいる。温かく受け入れたい」と語っています。

つぎは4月4日にYahoo!ニュースが配信した日テレNEWS。〈今、「遠洋漁業の漁師」になりたい若者が急増〉。



こちらも新卒で遠洋漁業の乗組員となる若者が前年度より4倍ほどに増えていると紹介しています。新卒は4割増とのこと。

若い人に興味をもってもらうための船主の努力も紹介されました。臼福本店の臼井壮太朗社長が、同社の第1昭福丸の内部を案内します。〈気仙沼市で漁船の中を見せてもらうと、おしゃれできれいな船室内にはベッドやテレビ、ゲーム機もあり、まるでホテルのよう〉と。

この第1昭福丸の新造船コンセプトは、若手船員の定着率の低さなどを受けて、居住環境に力を入れた「人が集まる魅力ある船」でした。そして、内外装をデザインオフィス「nendo(ネンド)」の佐藤オオキさんにお願いしたのです。つぎのブログで紹介しております。なお、同船のデザインは2020年度のグッドデザイン賞を受賞しました。

2019年11月29日ブログ 「第1昭福丸」進水

朝日新聞デジタルと日テレNEWSの両方に登場した宮城県北部船主協会の吉田鶴男さんは、2016年のNHK総合テレビ「明日へ つなげよう」でも紹介されました。タイトルは「きたれ!マグロ漁師〜宮城県・気仙沼市」でした。つぎのブログで紹介しています。

2016年7月28日ブログ「週末TV催事情報」

まだまだ課題があるとは思います。しかし、先週のふたつのニュースは、吉田さんをはじめ、船主さんや宮城県北部船主協会の皆さんの努力の成果が出ていることを教えてくれました。朝日新聞さん、日テレNEWSさん、ありがとうございました。
 

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tag : 新卒漁師吉田鶴男

大川さくら総合公園

昨日4月6日のブログ「南気仙沼防災公園」で、3月26日の「大川さくら総合公園」グランドオープンを紹介しました。本日もその続きです。

4月5日ブログ「気仙沼市予算概要」で広報「けせんぬま」4月号記事を紹介しましたが、そのp14・15には見開きで「大川さくら総合公園」が紹介されていました。


マップ
広報「けせんぬま」令和5年4月号より


「大川さくら総合公園」は、気仙沼中央公民館、南運動広場、多目的グラウンド・陸上施設、南気仙沼防災公園などがあるエリア全体の総称とのこと。

右側(西側)に気仙沼中央公民館がありますが、その大きさから公園全体の大きさがわかるでしょう。公園内の施設の供用開始時期も記されていましたのでオープン順に紹介しておきましょう。

・気仙沼中央公民館
 2021年12月供用開始
・南運動広場
 2022年4月
・多目的グラウンド・陸上施設
 2022年12月
・南気仙沼防災公園
 2023年4月供用開始予定

上記のうち「南運動広場」は野球場ですね。多目的グラウンドは、人口芝エリアでサッカーとラグビーの兼用コート2面となっています。

このサッカー・ラグビー用のコートについては、約4億円をかけて整備され、昨年秋に供用が始まる予定でしたが計画より短いことがわかり、修復工事がおこなわれました。これにより、完成が2か月ほど遅れることになりました。昨年9月に報道されましたのでおぼえている方も多いことでしょう。

広報けせんぬまでの記述では供用開始が昨年12月になっていますが、オープニングイベントは本年3月26日でした。このイベントでは気仙沼出身の元日本代表の畠山健介さんのラグビー教室も開かれました。このブログでも紹介したスポーツシンポジウムも記念行事のひとつです。

大川さくら総合公園のエリアは、東日本大震災時の津波で大きな被害を受けた地域です。大川沿いにあった桜並木は津波で流失したり、河川堤防の改修工事のため2013年10月に伐採されましたが、地元の住民グループ「気仙沼大川桜並木を保全する会」によって7本の桜が別の場所に移されていました。その桜が、2020年に公園敷地に移植されました。

そして、昨日のブログで紹介した気仙沼商会さんをはじめ、企業の支援による植樹もおこなわれています。昨年3月5日には、NTTファイナンスさんから復興のシンボルとして福島県で育てられた新種の桜「はるか」の苗木が寄贈され、あけぼの公園に植樹を行いました。ありがとうございます。

失われたものやことに関する記憶や追憶はとても大事だしかけがえのないものです。私などもついついそうした心情に重きをおきがちなのです。しかし、それ以上に大事なのはこれからの話。

「大川さくら総合公園」。シンプルでよいネーミングですね。新しい大川の桜並木と共にある総合公園を気仙沼の新たなスポーツや文化活動の拠点として活用し育てて欲しいと心から思います。

広報「けせんぬま」令和5年4月号(PDF)

 

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tag : 大川さくら総合公園

南気仙沼防災公園

3月26日、気仙沼市の菅原市長が、「大川さくら総合公園」のグランドオープンを伝えていました。


このうちの南気仙沼防災公園については、同日の三陸新報がつぎのように報じています。


防災公園
三陸新報3月26日記事の一部イメージ


「南気仙沼地区防災公園」は4月1日に供用開始されました。大川左岸約2ヘクタールに整備され、復興交付金約4億8千万円を投じて2020年度に着工したとのこと。

防災公園は気仙沼市内で2カ所計画され、松崎尾崎地区では2021年4月から利用が始まっているそうです。そして南気仙沼地区は当初、2020年度の完了を予定していたものの、曙橋の架け替え工事や河川堤防など他の復興事業との調整で2年ずれこみました。

菅原市長ツイートの1枚目写真で市長の右側にうつっているのは南気仙沼まちづくり振興協議会の会長をつとめる吉田久雄君(3年6組)です。左側でシェルのエンブレムがついたウィンドブレーカーを着てうつっているのは気仙沼商会の高橋正樹社長ですね。さくらの寄贈と植樹、ありがとうございました。

この防災公園の完成で、2021年12月の気仙沼中央公民館にはじまる公園施設の供用開始が完了したことになります。

関係者の皆さま、ご苦労さまでした。
 

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tag : 南気仙沼防災公園

気仙沼市予算概要

3月30日の気仙沼市LINEで、広報「けせんぬま」令和5年4月号のお知らせが。今号は4月号ということもあって、令和5年度予算の概要が紹介されていました。本日はそのなかから「一般会計 歳入」と「予算の主な事業」のグラフや表を紹介させてもらいます。一般会計当初予算は351億5010万円です。


まずは一般会計の歳入から。

歳入
広報「けせんぬま」令和5年4月号より


このなかに寄附金15億565億円とありました。いわゆる「ふるさと納税」による「ふるさと応援基金」との関係なのでしょうか。

つぎは、「予算の主な事業」です。◎印がついてるのが新規事業。★印は「人口減少対策パッケージ」としての予算です。

予算
広報「けせんぬま」令和5年4月号より



右上の「地域経営」に「まちづくり応援寄附金推進事業」15億3万円とあります。この事業は「Kesennuma Excellent Job Award 2022」を受賞した事業です。2022年度の寄附額は本年1月末現在で約46億9千万円にのぼりました。

左側のなかほどにある「教育」では、「学校給食の無償化」が2億3200万円。これも、ふるさと応援基金(ふるさと納税)を活用しての政策「人口減少対策パッケージ」のひとつです。この対策パッケージについてはつぎのブログでも紹介しました。

1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」

紹介内容は以上です。

◎4年前の2019年度予算

以前も気仙沼市の年度予算を紹介したことがあるなと思い調べてみたら2019年2月のブログでした。

2019年2月22日ブログ「市の19年度予算」

この記事をあらためて読んでみて驚いたのですが、令和元年一般会計804億6千万円のうち、505億円が東日本大震災の復興予算でした。令和5年度の一般会計が351億ですから、復興予算が巨額だったことがわかります。そうしたある意味で特殊な条件下での予算から、復興期間を過ぎての予算編成にはさまざまな苦労があったことと思います。市当局や市議会の皆様、ご苦労さまでした。


東京で暮らしている私ですが、東京都や世田谷区の新年度予算について関心をもつことはあまりありません。一方で気仙沼市の令和5年度予算については、こうしてブログを書いたりなんかしちゃったりして。気分はほとんど気仙沼市民です(笑)。
 

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tag : 予算ふるさと納税

派遣職員受入終了

きのう4月3日は新年度の月曜日。多くの企業で入社式がおこなわれたようです。気仙沼市でも辞令交付式がおこなわれたと本日4日の三陸新報が伝えていました。それによれば、本年度の新規採用職員(行政職)辞令交付式では、16人が市長から辞令を受け取ったそうです。

話が先週のことに戻ってしまいますが、3月31日におこなわれた気仙沼市の退職者辞令交付式の様子が4月1日の三陸新報で紹介されていました。定年などによってこの日で職を退いた方々は66人とのことです。

退職者辞令

三陸新報4月1日記事の一部イメージ


この記事の後半には、同日におこなわれた全国の自治体から気仙沼市に派遣された職員の解任辞令交付式のことも記されていました。見出しは「派遣職員の受け入れ終了」。

記事によれば、2012年から始まった県外自治体からの派遣職員の受け入れは、復興事業が完了することなどから、昨年度2022年度が最後となりました。昨年度は9自治体から派遣された18人が土木や税務などで業務に従事していたそうです。

2012年からということは11年間ということですね。派遣職員数は徐々に少なくなってきたと思いますが通算すると相当な数になると思います。

3月31日の気仙沼駅プラットフォーム。離任する皆さんを見送る人も多かったことでしょう。

派遣職員の方々はもちろんのこと、気仙沼市に貴重な人材を送り出してくださった各自治体関係者の皆さまにも心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。
 

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tag : 派遣職員東日本大震災復興事業

目黒の「桜まつり」

目黒のさんま祭と同じく、田道広場公園を会場とする目黒イーストエリア桜まつりは毎年4月に開催されてきました。しかし、2020年、21年、22年と3年続けて新型コロナ感染拡大予防のために開催されませんでした。

そしてやっと今年、4月1日と2日に開催されました。2019年から4年ぶりということになります。今回はそれぞれの都合に合わせてということで気中同級生と日時を決めて集まることはしませんでした。そして私は2日(日)の昼過ぎに妻と会場へ。目黒川の桜はこんな感じ。満開はすぎていましたが、十分に楽しめました。

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気仙沼の物産展会場は例年同様に食事処として設定されたテーブルエリアの脇の一番いい場所にありました。

こちらが物産販売側。



そしてこっちは牡蠣やホタテ焼き。牡蠣は早々に売れ切れでしたが、行列ができていました。守屋守武県議や村上進市議がホタテ焼きを。いつもありがとうございます。

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テーブルエリアでは、妻の同級生(気中26回生)が気仙沼から牡蠣焼きのために上京した藤倉清喜さんを囲んでビールを飲んでいましたので私たちも合流。こんな感じ。右から、わたくし小田、西城憲治さん、気仙沼からの藤倉さん、熊谷修さんです。

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西城さんは夫婦で来ていました。広島出身の奥さまが今ではすっかり気仙沼ファンとのこと。話を聞いてうれしくなってしまいました。その西城夫人が妻を含めて撮ってくれた一枚。

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藤倉さんの話では、前日の1日(土)は天気が良すぎて暑く大変だったとのこと。気仙沼からは新幹線利用のボランティアです。また、秋の目黒のさんま祭でお会いしましょう。

この桜まつりは3年続けて開催がありませんでしたから前回は2019年でした。そのときは、テーブルエリアにいらした目黒建設業防災連絡協議会の会長、山科久夫さんにお会いして歓談することができました。そこで聞いた気仙沼へのストーブ支援についての話はつぎのブログで紹介しました。

2019年4月12日ブログ「ストーブ支援の縁」

久々の桜まつりは実に楽しかった。気仙沼からの皆様、そして目黒区など現地関係者の皆様、今年もありがとうございました。御礼を申し上げます。秋のさんま祭も楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。
 

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プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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