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小野寺さんの随想

1月25日の三陸新報「リレー随想」の筆者は、民俗学の研究者(仏教民俗・民具)、小野寺佑紀さんでした。


リレー随想

三陸新報1月25日記事より


小野寺さんの〈随想〉は、大島郷土史研究の先達でもある千葉勝衛先生への思いに満ちています。その一部を引用します。


〈 私は先生に師事して以来、路傍の石碑から被災資料の救出にいたるまで、郷土史研究にまつわる様々な手解きを受けてきた。

その遺された膨大な蔵書と資料を整理しながら、私は一つひとつ几帳面に貼られた付箋や書き込みの筆跡を追うごとに、先生の生涯で出会ってきたであろう、大島に生きてきた人びとの足跡に思いを馳せる。

さらに、往時の大島の暮らしぶりを語る先生の姿を思い起こしては、先人たちの息吹を、先生もまた受け継いで来られたということに気づかされる。〉(引用は以上)


◎千葉勝衛さん

小野寺さんは千葉勝衛さんについて記したいことがもっとあったと思うのですが、与えられた文字数には限りがあります。千葉勝衛さんについては、このブログでも何度か紹介したことがありますので、参考まで以下に紹介します。

千葉勝衛先生については、大島の人であればよくご存じでしょう。お亡くなりになったのは2020年7月30日のこと。つぎのブログで水上忠夫さんによる追悼文を紹介しました。

2020年9月25日ブログ「千葉勝衛氏追悼文」

千葉勝衛さんは「大島漁港文庫」の創設にも尽力されました。詳細はつぎのブログにて。

2020年10月13日ブログ「大島漁港文庫 記事」

◎小野寺佑紀さんのプロフィール

三陸新報記事では、筆者紹介として小野寺佑紀さんのプロフィールを紹介していましたので引用します。

◎筆者紹介

大学卒業後、社会人を経て昨年3月、神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科博士後期課程修了。博士(歴史民俗資料学)。専門は民俗学(仏教民俗・民具)。三陸沿岸はじめ、各地の漁村における生業と民間信仰を研究。気仙沼の郷土史・食文化にも精通し、近年は三陸地方の海難史編纂、震災証言記録の調査研究に取り組む。日本民俗学会、東北民俗の会会員。昨年4月から神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員、気仙沼リアス調理製菓専門学校非常勤講師。気仙沼市高井。(引用は以上)

東京新聞2021年3月6日配信記事によれば、震災当時に大学生だった小野寺さんは、2013年に中学校教師として古里にもどりました。そして大島の仮設住宅に暮らす島民からの聞き取りを始めました。記事配信時点で300人以上とのこと。

小野寺さんは、大島の歴史を地元の人に伝えることにも熱心に取り組んでいます。2020年12月の崎浜美和(びわ)会による文化講演会「崎浜ものがたり」や2021年3月の大島公民館による「大島郷土史講座」などについて、こちらのブログに記しました。

2021年3月31日ブログ「大島の記憶Ⅰ 発刊」

小野寺さんの随想は、つぎのように結ばれています。

〈そして大島を誰よりも愛おしみ、ひたすらにその歴史を探究された千葉勝衛先生の教えと、その息吹を受け継ぐためにも、郷土の歴史と文化を次代に守り伝えていきたいと、心から思っている。〉

リレー随想のタイトルは「息吹を受け継ぐ」。大島に生きてきた人々の足跡、先人達の息吹を受け継ぎ、次代に伝えていくことへの小野寺さんの使命感と決意を感じます。
 
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tag : 小野寺佑紀千葉勝衛民俗学

ワンライン御礼広告

気仙沼の内湾周辺で12月から1月にかけておこなわれるイルミネーションプロジェクトは毎年の恒例行事として定着したようです。

新型コロナへの対応で、2021年度と2020年度は点灯式などのイベントはありませんでしたが、今回2022年度は3年ぶりのオープニングイベント開催がありました。

この2022年12月10日から本年1月9日までおこなわれたONE-LINE2022 with LIGHT UP NIPPONへの支援・協力に対する御礼広告が1月15日の日の三陸新報に掲載されていました。


1月広告
三陸新報1月15日掲載広告より


この広告のなかに気中同級生関係の名がありましたので紹介します。

まずは「吉越組」。吉越宏一君の会社ですね。そして武山美加さんの「苑書会(武山櫻子)」、臼井弘君の福寿水産の名も。

協力の欄には高田電気工業所の名がありました。同社の高田俊孝君は気仙沼高校での同級生で、奥様の(旧姓大森)登喜子さんが気中3年5組。現代表の高田俊邦さんは息子さんでしょう。

息子さんといえば、福寿水産の代表も2019年4月1日に息子さんの臼井祐介さんとなりました。弘君は会長。つぎのブログでそのことを書きました。

2020年1月28日ブログ 福寿水産の「会長」

話を戻します。

気仙沼のイルミネーションは、2012年度に「気仙沼クリスマスイルミネーション」として始まりました。2013年度には「ONE-LINE」の名が冠されています。

今回の2022年度は、「LIGHT UP NIPPON」との共催となっていますが、初回2012年度から数えると今回で10回目になるのですね。

今回2022年度のイベント広告を紹介しておきましょう。12月10日のオープニングイベントにはゲストとして中西圭三さん、マーク・パンサーさん、野宮真貴さんが登場しました。


12月広告
三陸新報2022年12月7日掲載広告より


著名アーチストなどを招いてのイベントなど、このイルミネーションプロジェクトの実行にあたっては当然のことながら費用もかかります。以前のプロジェクト公式Facebookなどを見ていると、開催にあたっての資金面での苦労などがにじんでいます。

気仙沼イルミネーションプロジェクト公式Facebook

そうした様々なことをのりこえての10回目2022年度のイルミネーションが終了しました。実行委員会の皆様はじめ、10年間にわたって支援と協力をいただいた方々に御礼を申し上げます。

なお、御礼広告の下部には「2023年も、ONE-LINE2022 with LIGHT UP NIPPON 開催決定!」とありました。どうぞよろしく。

2013年12月20日ブログ「イルミネーション」

 

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tag : イルミネーション

おかえり寄席2023

昨年に続き、今年も「おかえり寄席気仙沼 志の輔独演会」が3月18日・19日に開催されます。1月5日に前売りが開始されました。


独演会

このポスター画像は、公式「おかえり気仙沼」Facebookより拝借しました。イラストレーションはおなじみのサユミさんです。


◎おかえり寄席気仙沼 志の輔独演会

日時:
3/18(土)開場15:30 開演16:00
3/19(日)開場13:00 開演13:30
会場:気仙沼中央公民館 ホール
料金:全席指定(前売り)4,500円

チケット販売は、e+(イープラス)利用と「海の市」2階 気仙沼市観光協会にて。当日販売はありません。

立川志の輔師匠の気仙沼での落語会は、私の計算では震災後7度目になると思います。昨年1月5日ブログでの紹介内容に今回分を加えて以下にまとめました。

◎志の輔師匠の落語会

まずは初回、「気仙沼さんま寄席」が気仙沼さんま寄席実行委員会の主催でおこなわれたのは2012年3月25日のことでした。気仙沼の有志メンバーを糸井重里さんはじめ、ほぼ日の皆さんがバックアップしてくださいました。

「気仙沼さんま寄席」は、「目黒のさんま祭」のさんま代を稼ぐことを目的に始まりました。その成果としての〈さんま代〉は第1回が348万9597円、2013年の第2回が465万1068円、2014年は会場の市民会館が改修工事中でお休み。そして2015年5月30日におこなわれた第3回目は297万853円でした。開催の趣旨に賛同して遠くからも多くの方が気仙沼を訪れてくださいました。本当にありがとうございます。

これに続く師匠の落語会が「志の輔らくご in 気仙沼」です。初回が2016年9月8日。主催はTBC東北放送/気仙沼さんま寄席実行委員会。共催が気仙沼市/気仙沼市教育委員会。そして目黒のさんま祭気仙沼実行委員会/気仙沼つばき会/シノフィス/ほぼ日刊イトイ新聞の皆さんが協力してくださいました。この落語会の2回目が2019年9月7日に開催されています。

そして、6度目が2022年3月12日13日の〈おかえり寄席気仙沼 志の輔独演会〉でした。主催は気仙沼つばき会/おかえり気仙沼実行委員会、共催が気仙沼市/目黒のさんま祭気仙沼実行委員会。会場は、2021年12月1日にグランドオープンした気仙沼中央公民館でした。今回も同じです。

昨年のおかえり寄席気仙沼でも、ほぼ日の皆さんの協力がありました。おかえり寄席を含む3月10日からの気仙沼での4日間をテキスト中継も。

気仙沼からテキスト中継:
ほぼ日編集部 いま、気仙沼にいます。

このテキスト中継3月13日18:25の最終投稿は、「気仙沼においでよ2022」映像でした。矢野顕子さんが歌う「気仙沼においでよ」にのせておかえり寄席を含む気仙沼での4日間が紹介される2分18秒の動画です。





気仙沼つばき会の皆さんをはじめ、あの人もこの人も、皆さんご存じの方々が登場していますね。

そして迎える今年3月の〈おかえり寄席気仙沼〉です。昨年に続く2回目といってよいのでしょう。

本年3月11日の翌週、3月18日・19日2日間は志の輔師匠の独演会。どうぞよろしく。
 

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tag : おかえり寄席立川志の輔

県立高校出願希望

1月19日の三陸新報に、本吉地区県立高校入試の出願希望調査結果が紹介されていました。本吉(もとよし)地区とは気仙沼市・南三陸町エリア。1月18日に宮城県教育委員会が発表しました。


県立高校
三陸新報1月19日記事の一部イメージ


これは最終的な受験人数ではなく、あくまで出願希望ですが、近年の高校受験状況がこうなっているのかと驚きました。少子化の影響もあるのでしょう。

気仙沼向洋高校の機械技術科(1.08倍)のほかは、定員割れとなっています。わが母校、気仙沼高校は定員240名に対して214名で0.89倍です。

母校と書きましたが、私が卒業した時代の気仙沼高校は男子校でした。当時の本吉地区県立高校はつぎのとおりです。気仙沼高校、鼎が浦高校、気仙沼水産高校、志津川高校、津谷農林高校の5校。

これを機会に各県立高校の校名変更についてまとめておきましょう。

・気仙沼高校は、2005年4月に男子校の気仙沼高校と女子校の鼎が浦高校が再編統合されて、現在の気仙沼高校となっています。

・三陸新報の記事で南三陸高校とあるのは現在の志津川高校です。本年2023年4月から校名が南三陸高校となります。

・本吉響高校は、1973年に津谷農林高校から津谷高校に校名変更、そして1999年に本吉響高校になっています。

・気仙沼向洋高校は、1994年4月に気仙沼水産高校から気仙沼向洋高校となりました。

なお、以上の記述では略記しましたが、各校の正式名称はすべて冒頭に「宮城県」が付記され「高校」は「高等学校」となります。たとえば、気高の正式名称は宮城県気仙沼高等学校です。

三陸新報記事中の表に南三陸高校の「連携型選抜」とされる内容が示されています。これについて調べてみると、志津川高校(南三陸高校)では2003年度から、南三陸町立志津川中学校、同歌津中学校との間で、県内初の「地域連携型中高一貫教育」を実施しているとのこと。そして連携型選抜とは、この2つの中学からの志願者を対象とした選抜のことだそうです。詳細についてはよくわかりませんが、ご参考まで。

なお、これら県立高校の入学試験は3月6日、合格発表は3月16日とのことです。私の気高受験は1967(昭和42)年3月。56年前のこととなりました。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 県立高校気仙沼高校

石屋の西條恵治君

きのうのブログで、西條恵治君(3年6組)の訃報をお伝えしました。本日は恵治君の思い出話を。

小さなころの私にとって、恵治君は〈石屋の恵治君〉でした。魚町坂口の坂をのぼって、私の実家を過ぎ少し左に曲がったところの石材店です。ホテル望洋の手前にも作業場がありました。

田谷の保育所(第2保育所)でも一緒だったと思います。ただ、西條君のその後の仕事と石材店がつながらず、私の記憶にも自信がもてないので、魚町の同じ地区だった臼井真人君(3年2組)に聞いてみました。

真人君によれば恵治君のお祖父さんが石屋で、お父さんが仲買をやっていたとのこと。その後、魚町から弁天町に移りました。

〈石屋〉という呼称におどろかれるかもしれませんが、坂口近辺の人はみなそう呼んでいました。参考までに付け加えると、向かって左隣は〈馬車屋〉でした。その後の〈坂口組〉さんです。さらに下っていけば、〈仕立屋〉〈桶屋〉なども。途中ににあった五十鈴タクシー(車屋)も以前は〈箱屋〉だったと聞きました。

恵治君は気仙沼小・中から気仙沼高校へ。フェンシング部に属しました。卒業アルバムの写真を紹介します。


フェンシング部

気仙沼高校昭和44年度卒業記念アルバムより


前列右端が西條恵治君です。その左側は順に、河野進君(3年7組)、熊谷和徳君(3年7組)、そして左端は唐桑中出身で現在は気仙沼市観光協会唐桑支部の支部長をつとめる三上忠文君です。

気高卒業後は仙台の東北学院大学へ。経済学部です。真人君によれば射撃部に属していたそうです。

恵治君と最後に会ったのはいつだろう。気中20回生の還暦祝いは2011年2月12日でしたが、その時の記念写真に恵治君の姿はありません。しかし、その前年8月14日の慰霊法要の写真にうつっていたのでこの時でしょうか。

冒頭に記したように、昭和30年代のはじめまでホテル望洋の付近に西條家が営む石屋がありました。こうしてブログを書きながら頭に浮かんだことがあります。それは背後にある陣山の岩石を材料として加工していたのではないかと。これまでは考えてもみなかったことです。

恵治君が元気でいれば、そんな疑問に答えてもらうこともできたのですが。残念。

西條恵治君の葬儀は本日1月25日午後2時からとのことです。合掌

1月24日ブログ「西條恵治君の訃報」
2011年5月25日ブログ「路地の記憶」

 

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tag : 西條恵治

西條恵治君の訃報

気中同級生の訃報です。1月22日に西條恵治君(3年6組)が亡くなったとのこと。本日の三陸新報に訃報広告が掲載されていました。


訃報

三陸新報1月24日掲載広告


詳細はわかりませんが、訃報広告には〈永らく病気療養中のところ〉とありました。

本日1月24日の午後4時からが本通夜、25日午後2時から葬儀とのことです。

恵治君は70歳か71歳です。いずれにしてもまだまだ若いのにと思わずにはいられません。

西條恵治君のご冥福を謹んでお祈りいたします。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 西條恵治訃報

営業終了のご挨拶

「気仙沼さかなの駅」が1月15日で11年間の営業を終了しました。先週火曜日1月17日の三陸新報には、「営業終了のご挨拶」が掲載されていました。

御挨拶

三陸新報1月17日掲載広告


挨拶文を引用します。

「気仙沼の元気はさかなから」を旗印に、「震災で元気をなくした気仙沼の人々に、おいしいものを食べて笑顔になってもらいたい。精いっぱい、良い魚を提供しよう。」との思いで、東日本大震災の年、平成23年12月10日にオープンした当施設ですが、令和5年1月15日を以て、営業を終了いたしました。
皆様方の温かいご支援を賜りながらの11年の日々は、何にも代えがたい宝物となりました。本当に感謝の念に堪えません。

(中略)

11年間のご愛顧本当にありがとうございました。

気仙沼さかなの駅


引用は以上です。

1月16日ブログで紹介した菅原市長ツイートのなかに、施設内で掲示されていた各店移転先マップが紹介されていました。


移転先


右下に平塚一信君(3年1組)の平塚商店移転先が示されています。潮見町2丁目ですね。電話番号は以前と変わらず 0226-24-1531。

さかなの駅でも多くの皆さんにご贔屓いただいたと思いますが、潮見町の「平塚商店」もどうぞよろしくお願いいたします。

1月16日ブログ 「さかなの駅」終了

 

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ジャンル : 地域情報

tag : さかなの駅平塚商店

マーサナカムラさん

昨年12月18日のお昼ちょっと前、NHKBS1番組の流れでなんとなくBS日テレを見たら、気仙沼のカトリック教会や青龍寺の坂をのぼった墓所から内湾方向をながめた風景がうつっていました。すぐに録画開始。あとでわかったのですが、「Edge−詩人マーサ・ナカムラ 異界への旅」の後半部分でした。


墓所から

2022年12月18日放送画面より



マーサ・ナカムラさんの名前は知っていました。「中原中也賞」や「萩原朔太郎賞」を受賞している詩人です。29歳での「萩原朔太郎賞」受賞は、最年少だったそうです。

なぜテレビ番組のなかで「気仙沼」が出てきたのか。そしてなぜ「お伊勢浜」の名も。

はじめにその理由というか背景を記しておきましょう。ナカムラさんは埼玉県松伏町(まつぶしまち)出身ですが、母親が気仙沼の出身で、その母、つまりお祖母さんが気仙沼に住んでいたのです。夏休みにはよく母と兄とともに気仙沼に行き、お伊勢浜で海水浴を楽しんだといいます。冒頭に紹介したシーンは、亡くなったお祖母さんの墓参りだったようです。

このドキュメンタリーのなかでは、お伊勢浜で遊ぶ幼いころのナカムラさんの写真が数枚紹介されていました。お祖母さんも元気だったころのものでしょう。

「Edge」の番組サイトに、12月18日の放送内容が紹介されていました。

「Edge」番組サイト

サイト中の映像を紹介します。




冒頭は大船渡線の車両先頭からの映像ですね。そして松林を抜けたあとに広がるのはお伊勢浜です。ナカムラさんは、自らの詩をここで朗読することを考えていたようですが、とまどいをおぼえはじめます。〈亡くなった人たちの追悼にはけっしてならない〉と。

自身の朗読ではなく、ほかの人が読むかたちではどうかなどとも。そして放送では、誌の朗読音声はなく、詩の文字と背景音のみに。結果として美しく深い情感のある画面となりました。


お伊勢浜

12月18日放送画面より


上記の「Edge」番組サイトで、この放送のレビューを書いているのは詩人の岡本啓さんです。その文章中に気仙沼と異界に関する記述がありましたので引用します。

「埼玉県松伏町で暮らす彼女にとって気仙沼は異界であった。豊かな口承の民話を世間話のように話す祖母がいた。異界とはなにか、本作はその問いかけをわたしたちそれぞれに置いていく。異界の入り口は場所であるかもしれないし、物語や、あるいは文字という記号そのものかもしれない。お伊勢浜海岸の波打ち際にかぶさるマーサの詩句が、漂流物のつもる浜辺を裏返していく。」

映像にはお伊勢浜海岸だけでなく気仙沼大島の風景もうつります。まざっていたかもしれません。

調べてみると、マーサ・ナカムラさんが気仙沼で暮らしていたお祖母さんのことについて書いた文章がネットにありました。ちくま書房のPR誌「ちくま」2020年10月号に掲載された「不思議な話 3 祖母の旅立ち」です。

PR誌「ちくま」2020年10月号掲載
マーサ・ナカムラ「不思議な話 3」祖母の旅立ち

この文章を読んで、とても不思議な気分になりました。まさにタイトルにもなっている「不思議な話」。ナカムラさんの詩を評してよく使われる〈異界〉の一端に触れたようにも思います。

考えてみると、意識することなく12月18日の「Edge」の放送に接した偶然性にもちょっと驚きます。

岡本啓さんの文章にあった〈豊かな口承の民話を世間話のように話す祖母〉という表現にはなにか詩的なものを感じました。語られる物語とその話し言葉。そこには豊かな気仙沼の歴史と文化が秘められていたことでしょう。

ひょんなことから、マーサ・ナカムラさんの世界に触れたことをいま、うれしく感じています。

◎参考

元気仙沼図書館長の千田基嗣さんが自身のブログ「湾」2017年11月17日記事でマーサ・ナカムラさんのことを書いています。ナカムラさんは、千田さんの遠縁にあたるそうです。こちらもご覧いただければと。

ブログ「湾」/「マーサ・ナカムラ 狸の匣 思潮社」

 

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tag : マーサ・ナカムラ

河北文化賞贈呈式

気仙沼出身の川島秀一さんの第72回河北文化賞受賞が決定したことは1月10日のブログで紹介しました。本日は1月17日におこなわれた同賞贈呈式についてです。

贈呈式はウェスティンホテル仙台にて。当日、気仙沼市の菅原茂市長がつぎのようにツイートしてくれました。

式では受賞者のスピーチもおこなわれたのですね。〈大震災直後の漁港集約の話に「それは違う」と思ったと熱のこもったスピーチ〉であったと。

2枚目の写真に並んでいる4名中の右端が、福島県新地町(しんちまち)の小野春雄さんです。川島さんは2018年4月から新地町に移住し、小野さんの漁船「観音丸」の「乗子(のりこ)」(乗組員)として乗船しその漁労を体験しています。まさに漁師とともに暮らしての〈研究活動〉です。川島さんの2021年の著書『春を待つ海』のカバーには小野さんの写真が使われています。

2018年4月9日ブログ「川島さんの再出発」

この贈呈式に小野さんが来賓として招かれたのは川島さんの求めによるものでしょう。この川島さんの気持ちをとてもうれしく感じました。4名が並ぶ写真の左端の女性がどなたかは残念ながらわかりません。

なお、菅原市長が写真に並んでいるのは〈推挙者〉としてのこと。河北文化賞は各界からの推挙と河北新報社および東北放送のネットワークを通じての功績者発掘によって候補者が選定されて審査がおこなわれます。推挙があれば受賞できるというような簡単なものでないことは言うまでもありません。

1月17日の河北新報オンライン配信記事に掲載されていた川島秀一さんの紹介部分を引用します。

〈民俗学者の川島秀一氏(70)は海と人間の関わりを長年研究。震災後は気仙沼市の震災伝承検討会議座長や震災遺構検討会議代表、復興祈念公園施設検討委員会委員長として尽力し、地域の文化や風習、民俗に根差した復興の在り方を提唱した。〉 (引用は以上)

川島さんは気仙沼市の市史編さん室職員でもありました。そして震災後はこの記事にあるように市の復興行政にも関わりをもってきました。こうしたこともありますから、このたびの川島さんの受賞は菅原市長にとってもうれしいことだったに違いありません。

◎川島秀一さん受賞の言葉

河北新報オンラインでの掲載はありませんでしたが、臼井真人君(3年2組)が昨日朝に送ってくれた記事画像から川島秀一さんの〈受賞の言葉〉を引用します。市長ツイートにあった受賞者スピーチの要点をまとめたものと思います。

〈東日本大震災の直後、人も物も消えた漁村で、再び研究ができるのか目の前が真っ暗になりました。でも、漁港集約などそこに住んでいた人の心を無視するような復興政策が出された時に、何のために今まで血をはうような調査をしてきたのかと考えました。生活する人々の心を拾い上げ、メッセージを発していこうと思いました。民俗学は野の学問。地域からの評価が一番の誇りです。〉(引用は以上)

〈何のために今まで地をはうような調査をしてきたのか〉〈民俗学は野の学問。地域からの評価が一番の誇りです〉

私を含め、これを読んだ気仙沼の多くの人が拍手したことでしょう。

1月10日のブログで河北文化賞受賞について記したと川島さんにメールで伝えたところ、その返信に「70歳にして、良い記念となりました」とありました。

川島秀一さんの第72回河北文化賞受賞を心からお祝い申し上げます。

1月10日ブログ「河北文化賞の受賞」

◎参考情報(小ネタ)

河北文化賞の贈呈式は毎年1月17日に開催されるそうです。創刊記念日です。河北新報は1897年(明治30年)のこの日1月17日に一力健治郎によって創刊されました。創刊126年となります。
 

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門馬亨君の27回忌

きのう1月17日に仙台在住の吉野信雄君(3年1組)からメールをもらいました。16日に気仙沼に行き、吉野家の菩提寺である少林寺に挨拶してきたとのこと。昼には気仙沼の新京本郷店で食事し、命日には2日早かったけれど門馬家の仏壇で拝んできたといいます。

そうなんです。1月18日は門馬亨(とおる)君(3年11組)の命日です。1997年1月18日、満45歳。26年経ちました。つまり27回忌。吉野君のメール件名にも「門馬亨君27回忌のこと」とありました。

新京本郷店は、亨君の兄、束(つかさ)さんが経営しており、亨君が手伝っていたときもありましたね。束さんの奥さんが〈エック〉こと門馬(千葉)恵久子さん(3年1組)です。束さんが亡くなった後、息子さんが継いでいます。

吉野君のメールには〈恵久ちゃんとは、門馬君との中学時代の思い出や、遊びに行ったときに御馳走になったタンメン(新京麺)のことなど話してきました〉とありました。このときの〈新京〉は南町のバンガードの隣にあった〈新京〉ですね。店の裏側が自宅になっていました。

門馬君の思い出はつぎのブログに記しました。

2012年1月21日ブログ「門馬亨君の思い出」

亨君の気仙沼高校時代の写真を紹介しましょう。気高の卒業アルバムにのっている剣道部3名の写真。中央が門馬君です。


剣道部

気仙沼高校昭和44年度卒業記念アルバムより


左は〈大島宮古屋〉熊谷雅裕君、右は斎藤恒四郎君(3年6組)、前列中央は生物担当で剣道部顧問の村田善一先生です。

このブログで、同級生の命日についてその都度お知らせすることはしていないのですが、門馬君について記すと思い出すのは「コヤマ菓子店」の隆ちゃん/小山隆市君(3年6組)のことです。先週土曜日が命日でした。2013年1月14日。ちょうど10年経ちますね。

2013年1月18日ブログ「隆市君葬儀 報告」

吉野君のメールをきっかけに、親しかったお二人をしのぶことができました。信雄君、ありがとう。

あらためて門馬亨君と小山隆市君のご冥福を祈りつつ。合掌
 

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tag : 門馬亨小山隆市

気仙沼JC新理事長

きょう1月17日で阪神・淡路大震災から28年。当時、私は独立後まもないころで代々木上原の知人事務所の机を借りて仕事をしておりました。あの日、事務所のテレビで刻々と伝えられる被災現場の深刻な状況を見ていたことを思い出します。家族をはじめ大事なひとを失った方々にとってのこの28年間というものを思わずにはいられません。


ここからが本題。気仙沼市の菅原市長が1月6日のツイートで、気仙沼青年会議所(気仙沼JC)の新理事長になった吾妻清香さんを紹介していました。


第55代目となるそうですが、初の女性理事長とのこと。吾妻理事長がかかげる2023年度スローガンは「百花繚乱~一人ひとりがまちを彩る花になろう~」です。

吾妻清香さんについては、1月1日の三陸新報「顔」欄でも紹介していました。


顔

三陸新報1月1日記事の一部イメージ


前理事長は学校法人あしのめ学園の熊谷尚哉さんでした。なお、気仙沼青年会議所にはOB会があるのですが、その会長は臼井真人君(3年2組)です。第21代の理事長をつとめました。真人君の前のOB会会長は気仙沼市長もつとめた男山本店の菅原雅さん。

気仙沼青年会議所が結成されたのは1969年のこと。初代理事長は菅原雅さんです。つぎのブログで歴代理事長などについても記しました。第24代理事長として吾妻隆男さんのお名前があります。清香さんのお父様でしょう。たぶん2学年下の気中22回生。

2018年9月28日ブログ「青年会議所50周年」

三陸新報の記事に吾妻さんの家業は吾妻モータースであると記されていました。妻の母が吾妻家と親しくしていたようで、私は吾妻さんという名をよく耳にしていました。清香さんのお祖母さんとのおつきあいだったのでしょう。

そうしたご縁があったため、東日本大震災の津波でそのお孫さんが亡くなられたと聞きました。吾妻隆男さんのご長男。清香さんのお兄さまにあたると思います。

気仙沼JC新理事長の紹介記事、そして阪神・淡路大震災から28年ということが重なりあって、あらためて東日本大震災から3月で12年が経つのだなあと感じました。

話をもどします。女性の理事長就任をことさらに語るのもなんだかなあとは思うものの、世代交代とともに時代の移り変わりを感じました。

新しい気仙沼JCのリーダー吾妻清香さんの活躍を期待しております。

(1/17追記)本日のお昼すぎ、このブログを読んだ、吉田浩君(3年11組)から電話があり、高橋(吾妻)由美子さん(3年3組)が吾妻隆男さんのお姉さんであると教えてくれました。つまり、清香さんの叔母さんにあたります。由美子さんと一緒のクラスになったことがないせいか、吾妻モータースとのつながりを知りませんでした。由美子さんは、仙台近辺の同年会「KSS42」のメンバーで、その集まりのときの写真などでお顔を拝見しておりました。由美子さん、失礼いたしました。浩君、ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 気仙沼青年会議所吾妻清香

「さかなの駅」終了

気仙沼市田中前の共同商業施設「気仙沼さかなの駅」が1月15日で営業を終了しました。2011年12月のオープンでしたから営業期間は11年間でした。

1月15日の三陸新報はつぎのように伝えていました。


さかなの駅

三陸新報1月15日記事の一部イメージ


気仙沼さかなの駅協同組合の組合長は平塚一信君(3年1組)です。三陸新報の記事の末尾に平塚君のコメントが紹介されていました。「震災後の大変な時期を助けてくれたお客さんをはじめ、営業する場所を提供してくれた関係者のおかげでここまで継続できた。ばらばらになってもそれぞれの場所で頑張っていきたい」

さかなの駅の施設は、カメイさんの物流倉庫でした。カメイさん、ありがとうございました。そして営業していた7店のうち6店は市内の別の場所で営業を続けるそうです。

この「気仙沼さかなの駅」営業終了について報じる記事や放送を紹介します。まずは河北新報。(以下3件の配信は終了しています)


続いて、ミヤギテレビと仙台放送です。


最後になりましたが、菅原市長の1月15日ツイートも。


「気仙沼さかなの駅」関係者の皆さま、11年間の営業ありがとうございました。新たな場所での商売繁盛を願っております。そして平塚君、お疲れさまでした。営業終了にあたっては組合長としてもいろいろとご苦労があったことと思います。

最後に、仙台放送のニュース映像で紹介された平塚君のコメントを紹介させてもらいます。

「本音はもっとやりたかったよね。うん。まずは通過点。うん。頑張ってつぎもいきますんでよろしくと。それ以外ないすね」。

平塚君の思いが伝わってきました。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

2022年10月20日「さかなの駅クローズ」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : さかなの駅平塚一信

住みたい田舎2023

気仙沼市が、宝島社「田舎暮らしの本」2月号の「2023年版 住みたい田舎ベストランキング」で、東北エリア総合部門第2位となりました。また、「人口5万人以上10万人未満のまち」全国ランキングでは総合部門5位、 若者・単身者部門8位です。いずれも東北1位となっています。

1月9日に菅原市長はつぎのようにツイートしていました。


この「住みたい田舎ベストランキング」については、1月4日に記者会見資料が公表されています。「ふるさと応援基金を活用した人口減少対策パッケージ」と同時の発表。

1月4日付け記者会見資料(PDF)


1月6日の三陸新報はつぎのように伝えています。

ランキング
三陸新報1月6日記事の一部イメージ


このベストランキングは、移住定住の推進に積極的な全国の市町村を対象にしたアンケート結果を宝島社が独自に集計したもの。アンケートは、移住支援策、医療、子育てなどに関する279項目からなり、全国671市町村(東北96市町村)が回答したそうです。2013年から実施されており今年で11回目となります。

河北新報オンラインも1月10日に配信していました(オンライン会員限定)。

ランキングの集計結果を文字で読むのはちょっとつらい。ということで、雑誌サブスク「楽天ブックス」を見てみると、「田舎暮らしの本」2月号を見ることができました。その中の全国12エリア別「住みたい田舎」ランキングから東北エリアを紹介させてもらいます。


◎全国12エリア別「住みたい田舎」ランキング
02東北エリア

ランキング
宝島社「田舎暮らしの本」2013 年2月号(P68)より


総合部門で確かに気仙沼が2位となっています。そして東北エリア全体をながめて感じるのは、秋田市や一関市の健闘ですね。一関市は、子育て世代1位、若者世代・単身者2位とかなりの高評価となっています。

東北エリアの記事から気仙沼市に関する説明文を引用します。

◎たくさんの人を受け入れてきた活気あふれる港町
世界三大漁場の1つ、三陸沖に面した気仙沼市。港町として多くの人を受け入れてきた歴史があり、その雰囲気にひかれ移住してくる若者も増えている。宿泊施設や公営住宅を利用した「お試し移住事業」や、地元企業で働きながら暮らしを体験する「ふるさとワーキングホリデー事業」などの制度も好評だ。(引用は以上)


三陸新報の記事に市長のコメントが紹介されていました。「市だけでなく、民間の支援団体による移住・定住支援、子育てを応援する取り組みが評価された。全国の人から選ばれ、市民にとって住みやすいまちづくりを目指していきたい」と。

気仙沼市にとって、人口減少対策はとても大きな課題です。それだけに、今回の住みたい田舎ベストランキングに取り上げられたことは関係者にとって大きな励みになったことでしょう。

余談になりますが、1月11日(水)朝のテレビ朝日「グッド!モーニング」で住みたい田舎ベストランキングを紹介していました。関東近郊に移住/おススめの街は?ということで取り上げていたのは首都圏移住人気ナンバー1/千葉県南東部の「いすみ市」です。宝島社「田舎暮らしの本」の編集長も登場していました。柳順一さんです。

柳編集長、東北圏については気仙沼をどうぞよろしくお願いいたしますw。

気仙沼市のふるさと納税寄付金を活用した人口減少対策については、つぎのブログで紹介しております。

1月6日ブログ「ふるさと納税 使途」


  

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 住みたい田舎ベストランキング

高山登の教え子達

宮城教育大教授、東京芸術大教授などを務めた美術家の高山登(たかやま・のぼる)さんが1月8日に肺がんのため仙台市の病院で死去しました。1月9日の河北新報オンライン記事がつぎのように報じています。



高山登さんと気仙沼にどんな関係があるのかと思われるかもしれませんが、皆さんもよく知る気仙沼のお二人が宮城教育大で高山さんの教え子だったのです。2015年8月14日ブログにそのことについて書いております。少し長いのですが再掲いたします。


2015年8月14日ブログ再掲

高山登の教え子達

雑誌『美術手帖』(2015年)6月号で、美術批評家の椹木野衣(さわらぎ・のい)さんが〈リアス・アーク美術館〉について書いています。椹木さんの連載『後美術論(ごびじゅつろん)』の第2部・流浪編の第6回〈事物としての「もの」から 未然の「ものもの」へと〉で、その内容は20頁にもわたります。7月にその掲載を知り読んではいたものの、なかなか紹介が難しく本日になってしまいました。

椹木さんは、震災後の2011年そして2013年6月に気仙沼を訪れています。いずれもリアス・アーク美術館の学芸員である山内宏泰(やまうち・ひろやす)さんを訪ねてのこと。

この評論で椹木さんは、同美術館の「東日本大震災の記録と津波の災害史」展の内容を紹介していきます。ときに広島の平和記念資料館や原爆死没者慰霊碑などについて触れながら。そして、展示被災物に付された山内学芸員によるキャプションについて考察しながら、〈かつての「もの派」による物語性、主観性を排除した「世界との出会い」にも接する問題が、ようやく、ここで芽生える〉と記します。

後美術論1
冒頭見開き頁/左下の写真 右はリアス・アーク美術館展示、左は広島平和記念資料館展示


「もの派」は、1960年代末から70年代初頭に現れた日本の現代美術の大きな流れをつくった美術作家たちやその表現とされます。素材をあまり加工せず、あくまで〈もの〉として見るものの前に提示するみたいな(と書きながら自分でもよくわかっていないのですが/笑)。

椹木さんは、〈被災物には、「もの派」における「もの」のような一回性、唯一性が存立しえない〉といいます。〈これらの展示や創作は、繰り返される運命にある「ものもの」として未来へと突き出されて〉いるとも。そして、〈私には、その展示の総体が、「山内宏泰」という美術家の作品に見えたのである〉。さらには、彼の師匠筋にあたる美術家、高山登の影をみたと続けます。椹木さんは、2010年に仙台で開催された高山登展「300本の枕木―呼吸する空間」の展示を思い起こし、リアス・アーク美術館の被災物のイメージを重ね合わせたのです。

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左頁下の写真 上2点は高山登展、下2点はリアス・アーク美術館展示


私が驚いたのはここからです。山内宏泰さんは、〈東京藝大を出たあと、「もの派」としての10年ほどの作家活動を経て、やがて1981年から宮城教育大学の教員となった〉高山登さんの教え子だったのです。調べてみると、2010年の高山登展に合わせて開催された、高山登に学んだ作家有志によるグループ展「反響する星々」の参加作家のなかに山内さんの名もありました。

さらに驚いたことがあります。同展への参加作家17名のなかに、斉藤道有さんの名があったのです。宮教大の美術の出身であることは存じておりましたが、〈もの派〉高山登さんの教えを得ていたとは知りませんでした。

斉藤道有さんは仙台で美術家として活動してきましたが、震災後に気仙沼市八日町の実家〈齊藤茶舗〉に戻り、地元の若者を中心に気仙沼の町を楽しみながら元気にする活動〈気楽会〉メンバーのひとりとしても活動しています。また2012年から毎年、「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの実行委員長や、「東北ツリーハウス観光協会」の代表理事もつとめています。

今回、道有さんと高山登さんの関係を知ったことで、震災後の毎年3月11日に気仙沼の内湾にたちあがる3本の光や東北で100棟の建設をめざすツリーハウスが、あえて〈作品〉とは言いませんが、彼の表現活動のひとつに思えてくるのです。

高山登さんの薫陶を得た山内宏泰さんと斉藤道有さんのおふたりが、気仙沼の地でそれぞれの表現の場を得て活動していることに、あらためて感慨をおぼえます。

なお、高山登さんは、退任記念展を経て東京藝大を退官後に制作の拠点となるはずだった気仙沼市本吉町のアトリエを、津波によって流されています。

最後になりましたが、リアス・アーク美術館の展示についての深い考察を、長文の論評としてまとめてくださった椹木野衣さんに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。


再掲内容は以上です。山内宏泰さんと斉藤道有さんを通じての高山登さんと気仙沼のご縁をご理解いただけたと思います。

私が訃報記事を見ておどろいたのは高山さんが78歳だったことです。私たち気中20回生が70〜71歳ということを考えると、まだまだお若いのにと。

山内宏泰さんと斉藤道有さんのツイートで、おふたりとも1月10日に仙台に向かったことを知りました。お通夜。学友との旧交をあたためつつ恩師高山登さんを偲ぶ、せつない新年会だったことでしょう。合掌

通夜、葬儀に参列した山内宏泰さんの1月11日のツイートはこちらから。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 高山登

気仙沼 神社30社

12月30日の三陸新報に「神社庁気仙沼支部からのお願い」広告が掲載されていました。マスク着用、列の間隔、体調管理などをお願いしての初詣のお誘いということでしょう。〈新年の初詣は氏神様よりお参りしましょう〉と。

広告には気仙沼の神社30社も紹介されていました。宮城県神社庁気仙沼支部および気仙沼神社総代連合会関連の30社ということでしょう。


神社リスト
三陸新報2022年12月30日掲載広告より


私が小さなころは、五十鈴神社が遊び場のひとつでした。つまりは氏神様。先代となる神山真浦宮司の時代ですね。残念ながらほかの神社はあまり縁がありませんでした。かろうじて紫神社は気仙沼中学の帰り道としてよく寄りましたが、お参りしたことになるかどうか(笑)。弁天町の一景嶋神社でさえ参詣のおぼえがないのです。新町の北野神社にしても同様。

いまはこうしてブログを書くようになり、各神社の縁起(えんぎ)などを知るようになって、機会があればお参りしてみたいと思うところがたくさんあります。本日は各社のお名前を掲げ、お参りの代わりとさせていただこうかと。


◎浪板の飯綱神社

1月6日の三陸新報に小さな記事が掲載されていました。気仙沼の浪板虎舞保存会による初舞奉納が1月15日に飯綱神社でおこなわれるとのこと。


1:6三陸
三陸新報1月6日記事より


調べてみると、この「飯綱(いいづな)神社」というのは鹿折地区の錦町や本浜町から浪板橋をわたった左方向にありました。住所は浪板ですから、浪板虎舞が奉納されるにふさわしい神社です。

しかし上に紹介した30社にその名はありません。どうしてだろうと思って調べてみると、宮城県神社庁の神社検索サイトでその理由がわかりました。東八幡町前の鹿折「八幡神社」に合祀(ごうし)されていたのです。由緒部分を引用します。

◎八幡神社 由緒

天喜、康平年間源頼義安倍頼時を伐つにあたり、野州八幡神を祈りて戦捷を得たので矢を神体としてこの近郷八ヶ所に祀り「矢八幡」と称した。当時忍館主(葛西家臣千葉信濃、佐藤荘司仮館とも)及川備後この神を守護神と仰ぐ。(口碑)。明治8年村社に列す。同40年次の6社を合せ祀る。飯綱神社(字浪板)、熊野神社(字二浜)、山神社(字西中才)、八幡神社(同上)、八幡神社(字西八幡前)、厳島神社。(引用は以上)

6社のなかに飯綱神社(字浪板)がありますね。八幡神社に合祀されてはいるものの、浪板に飯綱神社が残って祀(まつ)られているということなのでしょう。

なんかこうした来歴を知ると、浪板の人たちが虎舞と同じく地元の神社を大切に守っていることが感じられてとても気持ちがいい。

飯綱神社への浪板虎舞の初舞奉納は1月15日(日)午前11時からとのことです。

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ジャンル : 地域情報

tag : 五十鈴神社初詣

河北文化賞の受賞

リアス・アーク美術館館長、山内宏泰さんの元日ツイートで、川島秀一さんの第72回河北文化賞の受賞決定を知りました。


川島さんはリアス・アーク美術館の副館長をつとめていたことがあります。そんなことで、現館長の山内さんが〈元上司〉の受賞を喜んだというわけですね。

河北文化賞は、東北地方の学術、芸術、社会活動、体育、産業の各分野で顕著な業績を挙げ、東北の発展のために尽力した個人、団体に贈られます。歴史もあるとても大きな賞。河北新報オンライン1月1日配信記事によれば、川島秀一さんについては「三陸地方を拠点にした海の民俗研究を通して、災害復興の地平に新たな価値観の必要性を示した功績」があげられていました。

上2枚目の画像から記事の冒頭部分を引用します。

「気仙沼市の市史編さん室職員になった30歳の頃から、出身地の同市を足場に民俗学の研究を続けてきた。2011年、自身の母親も犠牲になった東日本大震災によって、「災害文化」の研究という新たな道を指し示されたことになる」

同じく記事末尾の川島さんプロフィールはつぎのとおり。

「1952年気仙沼市生まれ。法政大卒。同紙のリアス・アーク美術館副館長、神奈川大特任教授などを経て、2013〜17年度、東北大災害科学国際研究所教授。18年に福島県新地町に移住。漁船の乗組員をしながら研究を続けている。前日本民俗学会会長」

プロフィールにあるように、秀一さんは日本民俗学会の第33期(2020年10月〜2022年9月)会長をつとめていました。会長就任については次のブログで紹介しております。2年間の会長職、ご苦労様でした。

2020年10月22日ブログ「日本民俗学会会長」

また昨年の川島さんの新著『いのちの海と暮らす』についてはこちらに。

2022年9月6日ブログ「いのちの海と暮らす」

川島さんは気仙沼小・中・高で一学年下の気中21回生です。そしてまた、秀一さんと同じく気仙沼の魚町で育ったものとして、このたびの受賞決定をとてもうれしく思いました。

秀一さん、河北文化賞の受賞決定、おめでとうございます。心からのお祝いを申し上げます。どうぞ健康にも留意されて、ますますのご活躍を。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 川島秀一河北文化賞

特別試写会ご案内

1月7日の正午、気仙沼市LINEの着信がありました。気仙沼市が後援する映画「ただいま、つなかん」の試写会に、先着で50組100名様を無料で招待するとのことです。

映画「ただいま、つなかん」劇場公開記念
気仙沼市内在住者限定特別試写会

日時 : 令和5年2月11日(土) 午後1時30分開場(午後2時開演)
場所 : 気仙沼中央公民館ホール

※先着で50組100名様をご招待します。
※1組2名様まで応募できます。
※応募いただいた後、事務局からメールでご招待のご連絡をいたします。

招待を希望される方は下記申込フォームからご応募ください。

特別試写会申込フォーム

先着で50組100名とのことで、すでに申込が定員オーバーとなっているかもしれませんが、とりあえずのご案内ということで。

チラシ

裏


「ただいま、つなかん」は、気仙沼市唐桑の民宿「唐桑御殿つなかん」の10年以上にわたる歳月を記録した風間研一監督によるドキュメンタリー映画です。

この映画についてはの下記のブログでも紹介しましたが、そのなかでつぎのように記しました。「気仙沼にはいま映画館がありませんので上映予定はなし。とはいうものの、ミニ上映会などの機会があるといいですね。ちょっと先のことだとしても是非に」。

2月24日からの仙台、2月25日からの東京などに先駆けての特別試写会が実現したのはなによりのこと。申し込みが間に合った方にとっては幸先のいい「お年玉」かもしれません。

2022年12月28日ブログ「ただいま、つなかん」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ただいまつなかん

ふるさと納税 使途

きのうのブログでは、気仙沼市へのふるさと納税の本年度寄付金が12月27日時点で40億円を超えたことを紹介しました。さらに12月31日に46億8900万円に達したことも。

本日は、1月4日に気仙沼市が発表した、ふるさと納税寄付金を活用した人口減少対策についてです。1月5日の三陸新報はつぎのように伝えています。


三陸新報
三陸新報1月5日記事の一部イメージ


本件については、河北新報も記事を配信していました。

河北新報オンライン1月5日配信記事

気仙沼市の人口減少が大きな問題になっていることは皆さんご存じのとおりです。市によれば、年に1000人程度の人口減少が進んでいます。

この問題に官民が協働して取り組むため、気仙沼市は今年、「人口減少対策市民会議(仮称)」を設置する予定です。そして市は、ふるさと納税の寄付金が安定的な財源となることを前提に、ふるさと応援基金を活用した 「人口減少対策パッケージ」の創設を1月4日に発表しました。

今回発表された対策パッケージは、①市民会議からの施策などを実現するための特別枠と②同会議に先行して市が実施する政策枠という2つの枠から構成されています。そして①②含めての全体では、10年間で50億円規模を人口減少対策に投資します。

記者会見資料に示された「人口減少対策パッケージ」のポイントを整理するとつぎのようなことかと。1が特別枠、2以下が市の政策枠です。

1:市民会議からのアウトプット等による新政策に1億円/年を投資(暫定上限)
2:3つの「ゼロ」による子育ての負担軽減
・小中学校の給食費ゼロ・第2子以降の保育料 条件なしでゼロ・待機児童ゼロの実現
3:5億円規模の企業誘致特別枠の創設
4:以上のほか、気仙沼ならではの魅力ある教育の場づくりとして、気仙沼学びの産官学コンソーシアム に 0.1 億円/年を投資

記者会見資料から「人口減少対策パッケージの所要経費見込み」を引用します。冒頭に紹介した三陸新報記事の表と同内容です。

パッケージ内訳
1月4日付け気仙沼市記者会見資料より


これら市の施策の全体名称は〈ふるさと応援基金を活用した「人口減少対策パッケージ」〉ですが、「ふるさと応援基金」の説明が必要かもしれません。ふるさと納税による寄付金は、返礼品や送料ほかの事業費分を除いて原則、2022年12月に制定された「気仙沼市ふるさと応援基金条例」にしたがって「ふるさと応援基金」に積み立てられます。市の資料をみると、寄付金額の5割弱が基金となるようです。

以上、なにか市の広報資料みたいになってしまいましたが、数ある自治体から気仙沼を選んで「ふるさと納税」してくださった多くの方々への報告と御礼としての紹介です。ありがとうございました。

1月5日ブログ「ふるさと納税40億」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさと納税ふるさと応援基金

ふるさと納税40億

昨年末12月29日の三陸新報1面トップ記事は「ふるさと納税40億超え」。「駆け込み需要で殺到」とも。気仙沼市へのふるさと納税の本年度寄付金が12月27日時点で40億円を超えました。


ふるさと納税

三陸新報2022年12月29日記事の一部イメージ


この記事によれば、例年、年末の2日間は寄付が殺到するとのことで、2022年内にも、過去最高だった昨年度の3倍となる42億円に達することは確実としています。そして1月4日付けの気仙沼市記者会見資料によれば、12月31日現在で令和4年度(4月〜12月)に気仙沼市に寄せられた寄附額は46億8900万円に達しました。

上に紹介した記事の12日前、12月17日の同紙トップ記事は「ふるさと納税30億円突破」でした。12月15日現在の寄付額は約32億円で、残り2週間で10億円以上の寄付を見込めるとの市の見込みも紹介されていました。見込みどおりに40億円突破となったわけですね。そして1月4日付けの気仙沼市記者会見資料によれば、12月31日現在で令和4年度(4月〜12月)に気仙沼市に寄せられた寄附額は46億8900万円とのことです。

なお、ふるさと納税寄付は5割が市の収入になるとのこと。市では年度内にふるさと応援基金を創設し、寄付金を積み立てることにしているそうです。


参考情報として、30億円突破を紹介した昨年12月19日ブログを再掲します。


2022年12月19日ブログ再掲

ふるさと納税30億

(2022年)12月17日の三陸新報1面トップ記事は、「ふるさと納税30億円突破」。気仙沼市へのふるさと納税の本年度寄付金が30億円を突破したそうです。過去最高だった昨年度実績(14億3000万円)の倍以上とのこと。


ふるさと納税

三陸新報12月17日記事の一部イメージ


記事によれば、12月15日現在の寄付額は約32億円。市は、残り2週間で10億円以上の寄付を見込めるとし、最終的には昨年の3倍以上の40億円台になるとみているそうです。昨年度/2021年度のふるさと納税実績については、つぎのブログで紹介しました。

2022年1月20日ブログ「急伸 ふるさと納税」

昨年2021年度の寄付額実績は14億3000万円です。その前年度/2020年度実績は4億5700万円。1月20日のブログで紹介した三陸新報1月16日記事中のグラフを再掲します。


グラフ
三陸新報1月16日記事より



このグラフの2021年度数字は2021年12月末現在です。2022年度が40億円台ということになれば、グラフのスケール感もかなり違ってきますね。

気仙沼市が、外部民間企業のふるさと納税サイト利用を開始したのは2016年のこと。つぎのブログで紹介しました。

2016年10月10日ブログ「新・ふるさと納税」

2016年10月からJTB西日本に委託して同社のふるさと納税サイト「ふるぽ」を利用できるようにしたのです。この2016年度目標は1億8千万円でした。それから6年。今や寄付金総額40億円台も見えてきたというのですから驚きです。

2016年のふるさと納税サイト「ふるぽ」利用開始に対して、安くはない手数料まで払って外部に委託する必要があるのかという疑問の声が新聞紙上で紹介されていたこともありました。それも今となってみれば〈なつかしい思い出〉ということかもしれません。

再掲内容は以上。

ちょっと気になるのは気仙沼中央公民館の「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」です。12月22日に決まったニュース候補28項目のひとつが「気仙沼市のふるさと納税が30億円突破」。もしこれが五大ニュースに選ばれたら40億円突破に修正するのでしょうか。

30億円突破でも誤りではないのですが、断り書きをいれて修正するのでしょうね。細かなことですが、気になったもので。一応。

なお、気仙沼市はきのう1月4日、ふるさと納税の寄付金を活用した新たな人口減少対策を発表しました。今後10年間で総額50億円を投ずる計画です。これについては明日にでも。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさと納税

謹賀新年 2023

あけましておめでとうございます。
本日が仕事始めです。

波兎ブログ用


今年の年賀状の絵は妻が描いた縁起物の図柄「波兎(なみうさぎ)」でした。月の精でもあるうさぎは、多産で繁殖力のある動物だといいます。そのため繁栄の象徴とされているとのこと。そのうさぎが波の上をとぶわけですから、この図柄は繁栄と飛躍を象徴しているのでしょう。

繁栄と飛躍。是非そうありたいと願う新たな年、本日は1月4日です。

本年もよろしくお願いいたします。
 

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ジャンル : 地域情報

tag : 波兎

プロフィール

気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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