FC2ブログ

五大ニュース2020

2020年の「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」が1月27日に決定したそうです。きのう1月28日の三陸新報が伝えています。


 5大ニュース

三陸新報1月28日記事より


簡単に言ってしまえばつぎのようなこと。

①おかえりモネ
②新型コロナ
③仙台と高速道路直結
④生鮮カツオ水揚げ24年連続日本一
⑤気仙沼湾横断橋の正式名称・愛称

1位と2位が僅差。モネが新型コロナに負けなかったということか。私の1位予想はコロナ、2位がモネでした。はずれました(笑)。

なお、五大ニュースの候補となった28項目は次のブログで紹介しております。

2020年12月30日ブログ「気仙沼の2020年」

ご参考までに2019年の五大ニュースも紹介しておきましょう。

5大ニュース

三陸新報2019年1月30日記事より

2019年の1位は気仙沼大島大橋の開通。3位がサンマの記録的不漁でした。4位に、NHKのど自慢が入っていますね。コロナのコの字もありません。翌年2020年は今もつづくとんでもない年となりました。

◎新規コロナ感染者

昨日1月28日に気仙沼市での感染者3名の発表がありました。20代女性、80代男性、70代男性です。20代女性は、クラスターとされた食料品製造業施設滞在者とのこと。同施設での陽性者は計8名です。ほかのふたりについては他の感染者との接触歴ありとされています。累計感染者数は50例となりました。

今週はこれにて。
 
スポンサーサイト



テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 五大ニュース

横断橋上部工完工

気仙沼湾横断橋「かなえおおはし」の現地工事が完工したそうです。「国道45号 気仙沼湾横断橋朝日地区上部工工事」の1月26日のツイッター投稿を紹介します。


あえて雪が残る日に撮影したのかどうかわかりませんが、すばらしい写真ですね。うっすらと雪化粧した気仙沼の風景と気仙沼湾横断橋「かなえおおはし」です。

ツイッターアカウント名の「国道45号 気仙沼湾横断橋朝日地区上部工工事」は工事名称でもあります。同名のウェブサイトを見ると、工事発注者は国土交通省 東北地方整備局。施工者は「JFE・IHI・日ファブ特定建設工事共同企業体」です。いわゆるジョイントベンチャー。

JFEは日本鋼管と川崎製鉄の経営統合によって生まれた企業グループ。IHIは石川島播磨重工業。日ファブは鉄骨・橋梁専業メーカーの日本ファブテックです。

「国道45号 気仙沼湾横断橋朝日地区上部工工事」というアカウント名での初ツイッター投稿は2018年12月10日。そこには総勢10名の姿がありました。


これは2年前の写真ですから、メンバーの交代などもあったかもしれません。

この横断橋の工事に参加した人はいったいどれくらいなのか。相当の数になるでしょうね。各工程それぞれに多くの方々がいろいろと。

JFE・IHI・日ファブ特定建設工事共同企業体の皆様、このたびの無事の完工、本当によかったですね。ありがとうございました。ご苦労さまでした。

きのうのツイッターにもあるように、横断橋のジョイントベンチャーとしての現地工事は完了しましたが、開通に向けてほかの会社の皆様がいま頑張っています。残る工事が安全に進行して、年度末までの開通日を無事に迎えることを願っております。

1月29日ブログ「横断橋上部工完工」
2020年6月24日ブログ「横断橋接続完了」

◎新規コロナ感染者

昨日1月27日にも気仙沼市民感染者1名の発表がありました。20代男性で、県の発表には、高齢者施設や食料品製造業施設での滞在歴記載はありませんでした。累計感染者数は47例となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼湾横断橋

通算5度目の受賞

1月26日の三陸新報に、気仙沼つばき会さん発行の2021年版「気仙沼漁師カレンダー」が全国カレンダー展で3度目の経済産業大臣賞を受賞したことが紹介されていました。


つばき会
三陸新報1月26日記事の一部イメージ


この受賞についてはすでにご紹介していますので詳細は略します。しかし、あれっと思ったのがつぎの記述。「同賞を受賞するのは3度目、入賞は4年連続6度目になった」というところ。

たしかに経済産業大臣賞は3度目でまちがいないのですが、通算しての入賞は6度目ではなくて5度目でなかったかと。昨年12月23日のブログで私はつぎのように紹介しています。

「気仙沼漁師カレンダーは2014年版から始まり2021年版で7回目の発行となります。そしてこれまで、2014年版が経済産業大臣賞(金賞)、2016年版がフジサンケイビジネスアイ賞(銀賞)、2018年版が審査員特別賞(銀賞)、2019年版が経済産業大臣賞(金賞)を受賞。今回は通算5度目の受賞、3度目の経済産業大臣賞(金賞)ということになります。」

2020年版は残念ながら入賞していなかったと思います。というか、このカレンダー展に出品していたかどうかさえ私は知りません。

ということで、同展の主催団体である一般社団法人日本印刷産業連合会のサイトで2020年版/第71回全国カレンダー展受賞作品リストを調べてみましたが、やはり漁師カレンダーの名は見つかりませんでした。これまでの出品部門である第3部門以外にもありません。

2020年版が受賞していないということをこうして書くのもなんだかなあとは思いますが、昨年のブログ紹介記事が誤りではないということをお知らせしたく。

話を戻しましょう。

三陸新報の写真がいいですね。気仙沼つばき会の皆様。時節柄、みなさんマスクを付けていますが、前列右から小野寺紀子さん、そして現会長の斉藤和枝さん、その左が前会長の髙橋和江さんです。

受賞発表から1カ月経ちましたが、ひさしぶりに集まった機会に取材を受けての写真といったところでしょうか。皆さんお元気でなによりです。

あらためて、お祝いを。このたびの「気仙沼漁師カレンダー」経済産業大臣賞受賞、おめでとうございました。

2020年12月23日ブログ「経済産業大臣賞!」
2020年7月28日ブログ「7人の漁師写真家」

◎新規コロナ感染者

1月26日(火)に気仙沼市内で新たな2名の感染が発表されました。20代女性(外国籍)と50代男性です。いずれも、既に発表のあった食料品製造業事業所の滞在者とのこと。気仙沼市内の累計感染は46例となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 漁師カレンダー つばき会

気仙沼 人情商店街

1月24日(日)のNHK総合テレビ「あの日 あのとき あの番組~NHKアーカイブス」をご覧になりましたでしょうか。私がこの放送予定に気づいたのは当日のお昼前。私のTwitterアカウントとけせもい会のLINEではお伝えしたものの、本ブログでの事前紹介ができませんでした。

この番組で再放送されたのは、2012年3月2日午後10時からのNHKスペシャル「<3.11 あの日から1年> 気仙沼 人情商店街」。

東日本大震災で被災し南町の紫神社に避難した皆さんや、仮設の気仙沼復興商店街「南町紫市場」を計画して整備するまでの様子を紹介していました。

本日紹介するのは、放送開始から6分後ぐらいの一場面です。


紫神社避難所

NHK「あの日 あのとき あの番組」1月24日放送画面より


震災後に紫神社の境内で炊き出しなどをおこなっているときのちょっとした休憩でしょうか。左側でギターを弾いているのは、熊長/熊谷武敏君(3年4組)のお兄さん和幸さん(気中18回)。そしてその右隣奥に座っているのが菊田裕美君(1組)のお兄さん清美さん(気中15回)です。

和幸さんはバーテンダーというナレーションとともにうつっていましたが、南町「バレンタイン」の経営者です。以前の店は津波で被災しましたがすでに南町での再建を果たしています。

そして菊田清美さん。映像では元気な姿でうつっていましたが、持病が悪化して入院後2011年6月21日に亡くなりました。

この紫神社の紫会館に避難した人たちの映像は2011年9月9日放送のNHKテレビ「めげでられねっちゃ~気仙沼 南町・人情商店街の奮闘」ではじめて紹介されました。放送当時、裕美君がこれを見て「兄貴がうつっていてグッときた」と語っていたことはこのブログでも紹介しました。今回の再放送にも驚いたはずです。

1月24日の放送では、スタジオには気仙沼出身のマギー審司さん、そしてリモートで気仙沼の坂本正人さん(南町紫神社前商店街事務局長)のおふたりがゲストとして参加していました。

マギー審司さんは、1月17日にお父様の幹雄さんを亡くしたばかりです。審司さんは二男。また、審司さんは震災時に母方の祖母を亡くしています。そのお祖母さん/吉野さんには私の母や父も親しくさせていただいたのでよく知っています。

スタジオのマギー審司さんも裕美君も今回の放送を見て、いろんなことを感じたことでしょう。それは私も同じこと。

映像のなかにある9年前そして10年前の南町。ここにうつる自分たちの姿を南町の人たちがどのような気持ちでながめたのでしょうか。どうしても、その気持ちを想像してしまいます。

1月24日放送のこの番組は1月31日(日)午後3時まで、NHKプラス(要登録)の見逃し配信で視聴することができます。見逃した方はこれにて是非に。

NHKプラス/見逃し配信
 
◎新規コロナ感染者

1月25日(月)に気仙沼市内での2名の感染が発表されました。20代女性(外国籍)と60代男性です。いずれも、すでに感染が発表された陽性者との接触が確認されています。気仙沼市内の累計感染は44例となりました。本日の三陸新報によれば、1月25日午前9時現在の感染者療養状況は、入院中7名、入院調整中7名、療養中が6名とのことです。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 紫神社 紫市場

鮎貝盛徳 屏風半双

1月13日の三陸新報に掲載された、気仙沼市古町の古美術骨董店「車屋」さんの広告で「鮎貝盛徳 初代気仙沼町長(松園)の屏風半双」が紹介されていました。

鮎貝盛徳
三陸新報1月13日掲載広告より


鮎貝盛徳については、つぎのブログで紹介したことがあります。

2017年11月20日ブログ「鮎貝家煙雲館庭園」

このブログ内容をベースに、鮎貝盛徳さんがどのような人だったのかをまとめておきましょう。

◎鮎貝家系譜

松岩地区にある煙雲館は仙台藩上級家臣、鮎貝氏の旧居館です。鮎貝盛徳の父は鮎貝(太郎平)盛房。盛房は戊辰戦争において新政府軍との戦いにも参加しました。そして盛房の長男が、鮎貝盛徳(号は松園)です。上述したように気仙沼町の初代町長で、2代目の松岩村長もつとめています。初代松岩村長は父である盛房です。

盛房の二男で盛徳の次弟が、明治時代の国文学者で歌人としても知られる落合直文(なおぶみ)です。直文は、国学者・落合直亮の養子となったことにより落合姓となりました。

そして盛房の三男が、古代朝鮮の歴史や民俗の研究でも知られた歌人 鮎貝房之進(号は槐園/かいえん)です。

長男である鮎貝盛徳は鮎貝家13代目。気仙沼市史第3巻に掲載されている系図によれば、14代が鮎貝盛成、15代が鮎貝盛益です。盛益さんは、松岩村長、宮城県会議員、宮城県会議長をつとめました。

前置きが長くなりましたが、本題は鮎貝盛徳さんの書。私としては、その巧拙ではなく、以上に紹介した系譜を念頭に、直文や槐園のお兄さん、そして〈実家〉当主の書としてながめると興趣がわいくるような気がいたします。

書に記されている字を見ると、霞、水、桃、樹、山、月、雲、梅、香、薫などが目につきます。煙雲館からながめた風景について記したのでしょうか。左下に落款(らっかん)として記されている署名は「煙雲館松園 書」でしょうか。

◎屏風の数え方

車屋さんの広告に「屏風半双」とありました。これは屏風(びょうぶ)の数え方で、二曲、つまり2枚の書からなる屏風1セットのことのようです。同様の二曲屏風がもしあれば、2セット全体としては屏風一双。

屏風の数え方はなかなか難しい。基本としては2セットということなのでしょう。

なお、広告の写真を見ると、2枚のそれぞれに落款としての署名と印がありますね。これをみると、はじめから屏風の書としたものではなく、単独の書としてあった2枚を二曲屏風にしたてたということかもしれません。

以上、ややこしい話ですみません。まるで〈なんでも鑑定団〉。番組であればそろそろ〈オープン・ザ・プライス〉というところですが、本日はここまで。どうぞ、車屋さんにおたずねくださいますように。本日はこれまで。

2018年1月26日ブログ「車屋」の菅原さん

◎新規コロナ感染者

1月23日(土)に気仙沼市民4名の感染が発表されました。いずれも外国籍で20代男性1名、20代女性3名です。

また1月24日(日)にも市民4名の感染が発表されています。40代女性、20代男性、60代女性、40代男性です。40代女性と20代男性(外国籍)は食料品製造業施設滞在者とのことです。

県が発表した「感染拡大に影響があると推測される事項」には、この施設では作業中の衛生対策はなされていたものの、昼食等の休憩時間における換気が不十分であったり、マスクを着用しないで会話をしている状況があったとの記述がありました。私たちの注意事項にもしたいところです。気仙沼市内の累計感染は42例です。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鮎貝盛徳 車屋

織笠有加里さんと

一昨日1月20日の菅原市長のツイートで、テレビ東京系BSテレ東の情報番組「羽田土曜会」が紹介されていました。


◎BSテレ東「羽田土曜会」
1月23日(土)午前7:30〜8:30

「羽田土曜会」は、〈ニッポンを元気にする地域の星〉がテーマ。地方創生につなげるべく、日本全国の市町村の中から元気な地方自治体を取材し、街おこしの「キーワード」を紹介していく番組とのこと。番組名の「羽田」は、羽田飛行場の羽田です。

今度の放送内容についての案内文を引用します。

〈東日本大震災から10年経つ気仙沼の地は、復興から次のステージへと歩み始めています。地域の人との交流から誕生した観光コンテンツとは?今回は笠井アナが、地域おこし協力隊の活動をレポートします。地域を盛り上げたいという熱い思いを持った女性たちの活躍に注目です〉

◎織笠有加里さん

私は2018年の2月に気仙沼地域戦略が催した〈ちょいのぞき気仙沼/モニターツアー〉に夫婦で参加しました。そして2日目の朝、魚市場見学後に〈海の市〉リアスキッチンで朝食をとったとき、同じテーブルに座ってくれたのが、織笠有加里さんと気仙沼コンベンション協会のニシャント・アンヌさんでした。

米国人ニシャントさんのお祖父さんがインド人ということで、私は27歳のときのインド旅行の思い出話などを。それを織笠さんがニコニコと聞いてくれていたのが印象に残っています。ただ、その思い出話がどんな話だったかをいま思い出せない。リアスキッチンの入口でいただいたタラの刺身がとてもおいしかったことは鮮明におぼえているのですが(笑)。

◎笠井信輔アナ

番組で織笠さんとともに気仙沼を巡るのは笠井アナ。そうです、元フジテレビアナウンサーの笠井信輔さんです。2019年には悪性リンパ腫がみつかったことを公表し、治療を続けていました。そして昨年7月には完全寛解したことから本格的な活動を再開しています。

笠井さんは、フジテレビ「トクダネ!」などの取材で何度も気仙沼を訪ねています。一昨年の3月11日には元向洋高校校舎、東日本大震災遺構・伝承館から生中継でその様子を伝えてくれました。ありがとうございます。

そんなことで、織笠有加里さんと笠井アナによる気仙沼リポートが楽しみです。皆様もどうぞご覧ください。

◎新規コロナ感染者

昨日1月21日にも気仙沼市での新規コロナ感染者の発表がありました。30代女性と80代女性の計2名です。いずれも県が18日にクラスター認識を発表した施設(高齢者施設)滞在者とのこと。同施設での感染者は9名となりました。気仙沼市内の累計感染者数は33名となりました。

(1/22午後6時追記:本日1月22日に60代女性1名の新規感染が発表されました。上記の高齢者施設滞在者とのことです)
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 織笠有加里 地域おこし協力隊

渡辺謙さんの言葉

1月8日のブログで紹介した「渡辺謙 僕に、できること」の第5回目 「見つめ続けた震災10年」は、当初予定より1週間遅れて1月17日に放送されました。ご覧になったかたも多いと思いますが、本日21日深夜(22日午前0:57〜)に再放送があります。見逃した方は是非に。

◎渡辺謙 僕に、できること
NHK総合テレビ再放送
「見つめ続けた震災10年」
1月22日(金)午前0:57〜(21日深夜)

本日は気仙沼の紹介部分を放送画面で簡単に紹介します。

話のはじまりは2011年の被災現場映像から。

IMG_4558.jpg

IMG_4559.jpg

震災後に整備された新魚市場(C・D棟)の高度衛生型市場低温室が紹介されます。

IMG_4561.jpg

男山本店の菅原昭彦さんが登場。

IMG_4563.jpg

菅原さんの案内で内湾商業施設「ないわん」へ。

IMG_4565.jpg

IMG_4566.jpg

ないわん「拓(ヒラケル)」のクラフトビールの醸造所「BLACK TIDE BREWING」へ。米国ポートランドから来日した醸造家ジェームズ・ワトニーさんが紹介されます。

IMG_4568.jpg

ワトニーさんはつぎのように語ってくれました。「不思議なことですが、災難があると人々は悲観的になるのでは? と思いますよね。でも、この町にはビジョンがあったので希望と可能性が芽生えました。10年前に震災を経験した気仙沼から、それを私は伝えたいです」

IMG_4571.jpg

そしてつぎは、唐桑町鮪立(しびたち)の「唐桑御殿つなかん」に菅野一代さんを訪ねます。

IMG_4572.jpg

2012年12月の取材映像には、その後2017年3月の海難事故で行方不明になった一代さんのご主人和享(やすたか)さんの姿も。

IMG_4573.jpg

番組全体のラスト、気仙沼の高台から気仙沼湾横断橋や大島方面をながめます。あまり見かけないアングル。南が丘からでしょうか。この風景をうつしながら、渡辺謙さんのナレーションが流れます。〈各地をたずね、見つめ続けたこの10年。多くの方々とお会いして僕が感じたこと〉。

IMG_4580.jpg

そして、牡蠣いかだがうつる唐桑と思われる海を背景にして渡辺謙さんの言葉が続きます。




〈やっぱり、今日一日をどうやって生きていくかということを考え続けた…そういう、まあ、日々の積み重ねっていうのかな……それがやっぱり、10年という歳月に積みあがっていたんだろうなって気がするし。だから、僕たちも、10年だからっていう区切りだけではなくてね。一歩一歩あゆんでいる姿に、どうこれからさらに寄り添っていけるのかということを、常に考え続けなければいけない10年目なんだなということを、あらためて意識させられた感じがしますね〉

これはあらかじめ台本に記された言葉ではないでしょう。いろんなことを思い出しながら、言葉を選びながら発せられた言葉です。そこには謙さんの〈実感〉がありました。

渡辺謙さん、ありがとうございました。

なお、番組最後のクレジットに制作統括者として以前のブログでも紹介したNHKエンタープライズ エグゼクティブプロデューサー小山靖史(こやまやすし)さんのお名前が小原美和さんとともに。お二人をはじめNHKの関係者の皆様にも御礼を申し上げます。

1月8日ブログ「渡辺謙さんと震災」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 渡辺謙 明日へ

「顔」廣野一誠さん

あっという間に1月20日となりました。本日紹介するのは3週間前1月1日の三陸新報の記事。同紙「顔」欄に登場したのは、廣野一誠(ひろのいっせい)さんでした。2021年度の気仙沼青年会議所理事長となりました。37歳。岡本製氷専務の岡本貴之さんの後継で第53代目となります。


廣野一誠さん
三陸新報1月1日記事より


廣野一誠さんが、アサヤ(旧 麻屋商店)さんの専務であることは皆さんご存じのとおり。私たちの世代にとっては、気仙沼市の市長をつとめた廣野(広野)善兵衛さんの曾孫といったほうが通じやすいかもしれません。

記事の写真をながめていると、一誠さんの顔に善兵衛市長の面影を感じるのですが、気のせいでしょうか。

廣野善兵衛さんは麻屋商店の社長をつとめながら、旧気仙沼町長から初代気仙沼市長となった宮井誠三郎さんに続いての第2代市長となりました。参考までに記すと、3代は男山本店の菅原雅さん、4代が小野良組の小野寺信雄さん(小野寺五典衆議院議員の義父)、5代が鈴木昇さんです。

一誠さんのお母様は善兵衛市長の孫にあたるわけですが、3姉妹中の三女です。私たち気中20回生の6つ下。ご長女は私たちの一学年下でしたからご存じの方も多いでしょう。宝塚音楽学校に進み、歌劇団の舞台にも立っているはずです。たしか、小柳ルミ子さんと同期。

廣野一誠さんは、中学から気仙沼を離れ、中・高校は大阪のPL学園に進みました。廣野善兵衛市長もPL教団の教会員でしたから、そのお孫さんや曾孫がPL学園に進むのはごく自然のことだったと思います。

その後は早稲田大学の理工学部からIBMのビジネスコンサルティングへ。そして震災後2014年12月に帰郷。つまりコンサルの世界から、長い歴史をもつ家業/地場企業に戻ってきたわけですね。いろんなとまどいもあったことでしょう。

◎気仙沼青年会議所

気仙沼青年会議所は2018年に創立50周年を迎えました。1969年に63名の青年によって結成されたときの初代理事長は男山本店の菅原雅さんです。臼井真人君(3年2組)は第11代です。

三陸新報に掲載された50周年記念の広告や歴代理事長名などをつぎのブログで紹介しております。

2018年9月28日ブログ「青年会議所50周年」

三陸新報の記事を読んで私が感心したのは、2021年度の理事長就任は〈自ら立候補〉してというところ。リーダーに求められる条件を知識として知るだけではなく行動として示すことはなかなかできることではありません。

コンサルティングの経験とアサヤさんや地元産品を扱う通販サイト「気仙沼さん」などの経営・運営を通じて培った能力だと思います。

一誠さんは、まちがいなくこれからの気仙沼を担う若手リーダーのひとり。1850年に初代廣野太兵衛さんが創業した麻屋/アサヤさんの看板や、一族の地元への貢献の歴史など、背負おうものの重さも感じていることでしょう。

いろいろ大変なことも多いと思いますが、新理事長としてのご活躍を期待しております。

◎新規コロナ感染者

昨日1月19日にも気仙沼市での新規コロナ感染者の発表がありました。80代男性1名です。県がクラスター認識を発表した1月16〜18日の陽性者8名と同じ施設(高齢者施設)滞在者とのこと。これで、気仙沼市内の累計感染者は31名となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 廣野一誠 アサヤ

信金/内の脇支店

気仙沼信用金庫さんの内の脇(ないのわき)支店が新築落成し、きのう1月18日にオープンしました。その様子については、本日の三陸新報のほか、河北新報もつたえています。

河北新報1月19日配信記事

一昨日1月17日の三陸新報には、新築落成を祝う協賛広告が掲載されていました。

信金広告

三陸新報1月17日掲載広告


広告に、気仙沼信用金庫の被災についての記載があります。同金庫の12店舗中10店舗が被災し、そのうち内の脇支店を含め7店舗が全壊したとのこと。

これまでに6店舗の新築をおえて1月18日に7店舗目の新築となる内の脇支店がオープンしました。

関係者の皆さまにとっては〈やっと〉という思いでしょう。信金さんの都合だけでなく、南気仙沼地区の土地区画整理事業の進行との兼ね合いがあるわけですし。

このブログで、NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災/
“魚の町”は守れるか
~ある信用金庫の200日」を紹介したのは2012年2月のことでした。気仙沼の地場企業復興のために奮闘する気仙沼信用金庫の皆さんの動きを追ったドキュメント。あれから9年経つのですね。

2012年2月18日ブログ「気仙沼信用金庫」

また、気仙沼信金さんは三菱商事復興支援財団と「気仙沼きぼう基金」を設立し、復興のための企業支援活動もおこなっています。地元密着型の金融機関としてなくてはならない存在であると思います。

話は変わりますが、広告の協賛会社のなかに、みっちゃん/澤井充君(3年4組)が代表をつとめる澤井製作所の名前もありました。内の脇支店の給排水工事関係はこれで心配なし(笑)。

広告にあるように開店記念定期預金「金利上乗せ」内の脇支店限定商品もどうぞよろしく。

気仙沼信用金庫さんの内の脇支店新築落成のお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

◎新規コロナ感染者

一昨日1月17日に続き、昨日1月18日も気仙沼市での新規コロナ感染者の発表がありました。30代女性、80代女性、60代女性、10歳未満男性、30代男性の計5名です。

このうち、60代女性と30代男性は、いずれも1月17日に発表された1名と1月18日発表の3名と同じ施設の滞在者であるとのこと。宮城県は18日、この施設(高齢者施設)における1月16〜18日の陽性者8名について、クラスターとしての認識を発表しました。県内58例目のクラスターだそうです。

これで、気仙沼市内の累計感染者数は30名となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼信用金庫

市内106の防潮堤

ひさしぶりに防潮堤の話題です。1月9日の三陸新報に、気仙沼市が進めている防潮堤整備の進捗状況が紹介されていました。1月8日の市議会東日本大震災調査特別委員会で説明された内容とのことです。


市防潮堤

三陸新報1月9日記事の一部イメージ


念のために記しておくと、この記事で報告されている防潮堤工事はあくまで気仙沼市がおこなっているもの。22cm高く施工されたことで大きな問題となった内湾の防潮堤など宮城県が進めているものではありません。

記事によれば、市が整備を計画しているのは23漁港・37カ所(整備延長9.8km)です。そのうち、15漁港・20カ所の工事が、復興・創生期間内の本年度末/2021年3月末までに終わらないとのこと。

記事には年度内未完了の主要防潮堤名が堤防高とともに示されていましたので紹介します。載鈎(のせかぎ)(11.3m)、大谷(9.8m)、二十一浜(14.7m)、蔵内(9.8m)などです。現時点で7カ所が9月末、残る13カ所が2022年3月までずれ込む見通しです。

工事が遅れたのは、市道復旧工事との調整や地元との合意形成、用地交渉などに時間を要したことによるとのこと。また、市水産基盤整備課は、漁港の復旧を優先させたことに加え、マンパワー不足も重なったとしています。

すでに完成した防潮堤は、津本(11.2m)、杉ノ下(9.8m)、駒形(7m)など11漁港・13カ所。そして3月までに舘(11.3m)、赤牛(9.8m)など4カ所が完了の見通しです。

ちょっと細かな話の引用になってしまいましたが、各防潮堤の高さがこうした形で紹介されることは珍しいので参考資料として。

◎河北新報記事

この防潮堤工事の進捗については、河北新報も1月9日に記事を配信していました。

河北新報1月9日配信記事

この河北新報の記事では、市が進める工事だけでなく、国や県が整備している防潮堤についても言及しています。

この記事によれば、東日本大震災後に気仙沼市内で市や県、国が整備を進める78海岸の防潮堤106カ所のうち、昨年12月末時点で整備が完了したのは53.8%(57カ所)にとどまるそうです。

のうち、市が整備する防潮堤は23海岸37カ所で、完了したのは35.1%(13カ所)。残りは国や県が整備しており、完了分は63.8%(44カ所)としています。

震災後の防潮堤整備は全体で106カ所。そのうち市によるものが37カ所か。それぞれの計画において、周辺の別件工事との調整や地元との合意形成、用地をめぐる交渉がなされているわけですね。

防潮堤の高さやその必要性についての議論は別として、計画や工事関係者の皆さまのご尽力に感謝を申し上げます。残る工事も安全を確保しつつ、どうぞよろしくお願いいたします。

2018年12月21日ブログ「魚町防潮堤その後」

◎新規コロナ感染者

土日曜日に気仙沼市在住者新規感染の発表がありました。

1月16日発表:80歳代男性1人
1月17日発表:50代女性、30代男性、30代女性、90代女性、80代男性の計5人。

30代女性、90代女性、80代男性の3人は、16日に発表された80歳代男性と同じ高齢者施設の滞在・利用歴があるとのことです。これで、気仙沼市内の累計感染者は25名となりました。

高齢者の感染も含まれており、ご家族や関係者の皆さんが心配していることでしょう。どうぞお大事に。また、病院、保健所、施設など関係者の皆様も本当にご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 防潮堤

年末の至福の12杯

12月30日に菊田裕美君(3年1組)からLINEが。午後9時からのBS‐TBSテレビ「郷愁の街角ラーメン今すぐ食べたい! 至福の12杯 3時間 SP」で、千葉憲二君(3年4組)の〈ちばき屋〉が紹介されるというのです。早速、録画予約。

そして年があらたまって番組をみましたので、本日はそのご報告を。

タイトルにもあるように、この3時間番組では12店のラーメン店が登場します。番組紹介ではつぎのように紹介していました。

〈昭和ノスタルジー香る懐かしいラーメンの魅力を、3時間にわたってたっぷりお届け! 4Kカメラで迫る、店主こだわりの一杯をご堪能ください!〉

12杯中の6杯目が〈ちばき屋〉。まずはタイトル画面と店舗画像から。案内役は俳優・脚本家マギーさんです。




IMG_4531 2

はじめのほうで、千葉憲二君が和食の名店出身であることが紹介されます。ちょっと補足しておくと、憲二君は大学を卒業後、東京・京橋の有名和食店「ざくろ」に入店し、29歳で副料理長に。34歳で「ざくろ」を退職し、銀座「江島」のオープニングスタッフとして再出発し、取締役・総料理長をつとめています。そして平成4年にちばき屋を開店。番組で紹介された開店時の写真です。

IMG_4534.jpg

憲二君はタレがラーメンの味を決める基礎だと語ります。スタッフにも、その計量の大事さを力説するとのことです。

IMG_4537.jpg

震災後、故郷気仙沼では何度も炊き出しをおこないました。

IMG_4538.jpg

そして、憲二君のラーメンに対する思いが語られます。

IMG_4539.jpg

最後はちばき屋の至福の一杯。

IMG_4540.jpg


◎至福のラーメン12杯

参考までこの番組で紹介されてお店を紹介しておきましょう。

①成増「道頓堀」 ②有楽町「谷ラーメン」 ③西蒲田「インディアン」④水道橋「勝本」⑤北千住「りんりん」⑥葛西「ちばき屋」⑦「ラーメン大至」⑧荻窪「十八番」⑨千駄ヶ谷「ホープ軒」 ⑩築地「幸軒」⑪谷中「珎々亭」⑫渋谷「喜楽」 以上12店です。

このなかの4杯目「勝本」は、糸井重里さんがよく紹介するのでその名を知っておりました。店主の松村康史さんは、フレンチ出身だったのですね。

松村さんは水道橋の「勝本」のほか神保町「神田 勝本」、「銀座 八五」も手がけています。先月、虎ノ門ヒルズ/虎ノ門横丁をおとずれたのですが、そこにも「虎ノ門 勝本」が出店していました。

千葉憲二君が和食出身であることに対して、松村さんはフレンチの世界から。

憲二君が和食からラーメンの世界に転じたのは29年前の1992年のこと。その後、2008年に設立された一般社団法人日本ラーメン協会の初代会長もつとめています。

今や一言では語れないほどに多様で多彩な料理となったラーメン。千葉憲二君は、その進化のきっかけをつくった一人といっても、あながち的外れではないと思います。

番組名には「郷愁の街角ラーメン」とありました。しかし、千葉憲二君や松村康史さんの紹介部分には、〈郷愁〉や〈昭和ノスタルジー〉を越えたヒューマンドキュメントの趣を感じました。

なお、憲二君が40歳でラーメン屋さんを開業するまでの経緯について、朝日新聞のアエラオンラインの配信記事をつぎのブログでも紹介しております。その中には、〈日本のラーメン界をまとめてきた人物〉との評もありました。

2019年12月18日ブログ「ママチャリ憲二君」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 千葉憲二 ちばき屋

水揚げランキング

1月6日の三陸新報に、2020年全国主要水揚げ高のランキングが掲載されていました。


ランキング
三陸新報1月6日記事の一部イメージ


記事によれば、これは八戸市が全国22の市場を調査してまとめた速報値とのことですが、気仙沼魚市場は数量で全国9位、金額で7位となっています。水揚げ金額については北海道・東北で暫定1位です。

数表を拡大してみましょう。


数表

三陸新報1月6日記事より


金額ランキングをみると、2位の福岡や5位の三崎は数量トップ10には見当たりません。単価の高い魚種を扱っているということなのでしょうね。

気仙沼が水揚げ金額で東北一になるのは2018年以来2年ぶりのことで、北海道まで含めての1位は1989年以降なかったそうです。

なお、金額トップ10のなかで前年実績を上回ったのは気仙沼のみ。サンマの不漁などがあったものの、ビン長(ビンナガ。ビンチョウともいいます)の豊漁に恵まれたことで金額を伸ばしたとのこと

水産資源の減少や枯渇という大きな問題が背景にあるものの、気仙沼の漁業・水産関係者の努力で達成した2020年の成果をまずは喜びたいと思います。気仙沼港に水揚げしてくださった多くの漁船関係者の方々にも感謝を。ありがとうございました。

◎小山隆市君の命日

本日1月14日は小山隆市君(3年6組)の命日でしたね。2013年のことでしたから、8年経ちました。合掌。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼魚市場

気仙沼ベイブリッジ

12月29日のブログ「かなえおおはし」で、気仙沼湾横断橋の英文名称を気仙沼市公式英文Facebook「KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTURE」12月20日記事では、「Kesennuma Bay Crossing Bridge」の表記としていたことをお伝えしました。

そして私は、愛称が「かなえおおはし」に決まったいま、正式英文名を「Crossing」をはぶいた「Kesennuma Bay Bridge」にしてほしいと記したのです。

その願いが通じたのかもしれません。まずは新年1月3日の投稿をご覧ください。

YOU, ME, AND KESENNUMA, Page 257

Welcome to a brand new year, my fellow wanderer!

You and I are up at dawn to greet a...

KESENNUMA - BUILDING FOR THE FUTUREさんの投稿 2021年1月3日日曜日


上記の画像をクリックしてFacebookの文章をお読みいただくとわかるのですが、この投稿では気仙沼湾横断橋の英文名を〈Kesennuma Bay Bridge〉として、前回にはあった〈Crossing〉を省略しての表記としています。以前にも書いたように、国交省の正式な英文名はわからないのですが、とりあえず気仙沼市の公式英文Facebookでは〈気仙沼ベイブリッジ〉の呼称を採用したと。私にとってはグッドニュース。ネーミング案募集にあたって、英文名に合わせて「気仙沼ベイブリッジ」にすべきという私の考えのひとつの裏付けとなりました。もう遅いけど(笑)。

話はかわりますが、このKesennuma Bay Bridgeに先立つ文章が気に入りました。

〈blazes like a torch of hope and confidence atop a pylon of the new Kesennuma Bay Bridge. 〉のなかの〈a torch of hope and confidence atop〉の言葉の〈o〉の音のリズムがとてもいい。

韻をふんでいるというか、ラップでいうところの〈ライム〉を感じます。リリカル&リズミカル。

意味としては、新しい気仙沼ベイブリッジの橋塔のてっぺんで、希望と自信のトーチのようにもえたつサンライズみたいなことでしょうか。

なお、このKesennuma Bay Bridgeがシルエットになっている写真は、気仙沼市広報の提供によるものです。右下で新年のあいさつをおこなっているHoya Boyaがとてもかわいいですね。

本日はこれにて。Bye-Bye。

2020年12月29日ブログ「かなえおおはし」


テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼湾横断橋 気仙沼ベイブリッジ

田中仙吉さんの話

今日はこれまで2度紹介してきた三陸新報での守屋洋さんの投稿記事について。

前回12月25日のブログでは、連載2回目に記された畠山保雄弁護士について紹介しました。本日は、3回目記事にその思い出がつづられている田中仙吉さんについてです。


10:30田中さん
三陸新報2020年10月30日記事より


前回の畠山保雄さんと同じく、田中仙吉さんも弁護士です。

守屋さんは、〈仙吉さんは、また面倒見のいい人でもあった〉と気高同窓会に関することを書いています。〈気高同窓会東京地区〉とあるのは、正式には気仙沼高校関東同窓会のこと。田中仙吉さんは同会の会長を長くつとめましたが、病のために入院することになり、守屋さんにその後を託したというのです。

仙吉さんは、気仙沼図書館の初代専任館長である菅野青顔さんの実子/長男です。田中家に養子として入りました。

『追悼 菅野青顔を語る』(1990年 菅野青顔追悼集刊行委員会発行)のなかに、田中仙吉さんの「父なる青顔のこと」と題する文章が収録されていました。

その文のなかに、「汝は幸福者」という見出しで、父である青顔さんからの手紙に同封されていた鉛筆書きの文章が紹介されています。

そこには、4人の父親名を列記した後に「天下広しと雖(いえど)も4人のオヤジを持った者が一人としてあるか、それだけでも汝は世界一の幸福者だ、文句言うまいぞ!」とあったそうです。

そして仙吉さんは、つぎのように記しています。

〈因みに、その親父4人とは、①生みの親=菅野青顔 ②名付け親=辻潤(ダダイスト) ③養父=田中康一(千葉大名誉教授・ドイツ文学専攻、家内の叔父で養父) ④義父=田中完義(元志津川町長・医師、家内の実父)のことである。〉(引用は以上)

守屋さんは、〈柄でもない会長職をしばし務めることになったのだが、それから間もなく仙吉さんが亡くなった〉と記しています。

気高関東同窓会の事務局は以前、東京・四谷の仙吉さんの法律事務所にあり、同窓会の案内状には長く会長としての田中仙吉さんのお名前がありました。それが守屋洋さんの名に代わってから間もなく亡くなったということなのですね。

それはいつのことだったのか。菊田裕美君(3年1組)と武山健自さん(気中41回・気高43回)に聞いてみました。1998年11月11日がご命日でした。健自さんは、田中さんの法律事務所にいて関東同窓会の会長もつとめた小野寺孝成さん(気高27回)にも確認してくれました。裕美君は、1999年10月21日におこなわれた三回忌法要にも参列したとのことです。

田中仙吉さんのご葬儀で、守屋さんは自分から買って出て弔辞を読ませてもらったそうです。それが今でも、せめてもの慰めになっているとのこと。いまから22年前のことです。

2016年5月20日ブログ「菅野青顔図書館長」

2020年11月30日ブログ「守屋洋さんの投稿」
2020年12月25日ブログ「畠山保雄さんの話」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 田中仙吉 守屋洋

三陸新報新年写真

すでにお正月気分はぬけておりますが、成人の日ということでちょっとおめでたい写真のご紹介。

三陸新報の1月1日号は、新年号第1集・2集合わせて全38頁でした。いろいろと興味深い記事も多かったのですが、一面トップ記事の写真がすばらしかった。


元旦号

三陸新報1月1日記事より(クリックで拡大)


「東日本大震災10年 復興・創生 その先へ」との見出しで、写真には「大島亀山上空から太平洋を望む」とのキャプション。

亀山などに白く見えるのは雪でしょうから、12月に入ってからの撮影ですかね。太陽が一定の高さまでのぼっていますが、午前中でしょう。遠くの海にその照り返しが輝き、まさに新年の気分にふさわしい一枚です。

右手には、気仙沼大島大橋「鶴亀大橋」、そしてさらに右奥には気仙沼湾横断橋「かなえおおはし」もうつっています。

亀山からの360度パノラマの風景も実にすばらしいけれど、これもまさに絶景ですね。

ドローンを利用して撮影するのでしょうが、操縦者と撮影者は別の人なのでしょうか。操縦者の脇でモニターを見ながら、ここだというところでシャッターをきるみたいな。

右下の牡蠣いかだもぃいし、左上の雲もなかなか。

そういえば、以前のブログで三陸新報新年号の写真を紹介したことがあったなと思い調べてみましたら、2018年1月7日のブログでした。

三陸の元旦

三陸新報1月1日掲載記事の一部イメージ(クリックで拡大)


シリーズ企画「私と大島大橋」第1回目記事の写真。太陽の高さと右から左下への向かう船と航跡のバランスが絶妙です。

いずれの記事にも撮影担当者の情報はありませんでしたが、もしご存じの方らいらっしゃれば、〈すばらしかった〉とお伝えいただければと。お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしく。

◎新型コロナ感染者

1月9日に、新たな気仙沼市民の新型コロナ感染が発表されました。12月の感染者との接触歴がある40代女性とのことです。気仙沼市の感染者は累計19人となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 三陸新報

渡辺謙さんと震災

(追記)本ブログで紹介した謙さんの番組は、放送日が変更になりました。1週間後の1月17日の同時刻放送です。どうぞよろしく。追記は以上です。

1月10日のNHK「明日へ つなげよう」は、「渡辺謙 僕に、できること」の第5回目 「見つめ続けた震災10年」です。


僕にできること

下記番組サイトより


◎渡辺謙 僕に、できること
「見つめ続けた震災10年」
1月10日(日)午前10:05〜10:53

番組サイトから紹介文を引用します。

東日本大震災の翌月から被災者のもとに通い続けた俳優の渡辺謙。これまで2万人を超える人々と会い、その声に耳を傾けてきた。また世界に震災の現実を伝える役割も担ってきた。震災1年、2年、5年と取材で訪れた福島県葛尾村、宮城県気仙沼市、岩手県陸前高田市を、震災10年を前に渡辺は再訪。すると、酪農家、カキ養殖の漁師、食堂を営む一家、ダイニングバーの店主など交流を続けてきた人々の人生には、驚きの変化が。(引用は以上)

48分間のなかで気仙沼の話がどれくらい紹介されるかについてはわかりませんが、これまでの放送内容を考えると、必見の番組といってよいでしょう。

2012年4月4日に始まったシリーズ「渡辺謙 僕に、できること」については、このブログでも紹介してきました。過去4回の放送内容を簡単にふりかってみることにいたします。

◎第1回「世界に震災を伝える」
2012年4月4日放送

シリーズの初回。渡辺さんが、2011年11月にニューヨークの被災地支援オークションで朗読した「雨ニモマケズ」や、年明け2012年1月に開催されたダボス会議でのスピーチが紹介されました。

◎第2回「ただひたすら被災地へ」
2012年4月15日放送

前半が気仙沼関連の紹介。男山本店の菅原昭彦さんや磯屋水産の安藤竜司さんなどと、魚町「福よし」でお酒を飲みながら復興について語り合いました。

また、磯屋水産の安藤竜司さんは、内湾に面した約430坪の土地での店舗再建計画などを語ります。その中の防潮堤計画に関する話をつぎのブログで紹介しました。

2012年4月16日ブログ「安藤さんの言葉」

◎第3回「復興を見つめた2年」
2013年4月7日放送

福島の葛尾村、宮城の気仙沼、岩手の陸前高田と釜石など、1年目に訪ねた被災地を再訪し、震災2年目の復興の状況を確かめます。

第4回「再会」
2016年6月12日放送

冒頭15分が気仙沼関連の映像でした。謙さんは、気仙沼魚市場や阿部長商店の新しい加工場をたずねたあと、入沢にある「男山」の酒蔵をたずねます。そしてその後は、朝日町地区の防潮堤建設現場に向かいます。案内するのは、(株)男山本店の社長で気仙沼商工会議所会頭でもある菅原昭彦さん。

つぎのブログで詳しく紹介しました。

2016年6月16日ブログ「謙さんの見た堤防」

以上が過去の放送内容。そして、今度の日曜日1月10日が第5回目となります。

なお、これまでの「渡辺謙 僕に、できること」の制作にあたっては、NHKエンタープライズ エグゼクティブプロデューサーの小山靖史(こやま やすし)さんが関わっています。これまでの流れで言えば、今度の5回目についてもご担当されているのでしょう。

小山さんは、2019年12月30日放送の「明日へ つなげよう『ボクらが被災地に住む理由~移住者たちの本音~』」のプロデューサーでもありました。そして2020年1月22日には、内湾商業施設「拓(ヒラケル)」内コミュニティホールで、小山さんのトークイベントも開催されています。

2020年1月15日ブログ「NHK小山靖史さん」

震災から間もなく10年。今にいたるまで気仙沼をご支援くださっている渡辺謙さんはもちろんのこと、こうして継続的な取材を続けて番組を制作してくださっている小山さんをはじめ多くの関係者の皆さまにも心からの御礼を申し上げます。

ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

◎あらたな新型コロナ感染者

きのう1月7日、気仙沼市であらたな新型コロナ感染者の発表がありました。本日の三陸新報一面トップ記事で伝えられているように、気仙沼市役所の税務課に勤務する40代男性です。気仙沼市の感染者累計18人となりました。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 渡辺謙

復興祈念オブジェ

気仙沼市の東日本大震災復興祈念公園は今年2月の開園を目指して整備が続けられています。

三陸新報1月1日の新年号でも、その概要などが紹介されていました。


祈念公園

三陸新報1月1日記事より


復興祈念公園整備の経過については、昨年11月12日のブログでも紹介しました。

そのブログ記事で私は、「追悼と伝承の広場」に配置されることになっている「伝承のオブジェ」の制作がどうなっているかちょっと心配していると記しました。

しかしそれは杞憂だったようです。昨年末12月26日の三陸新報が、3体のオブジェが、公園施設検討委員会委員らに示されたと報じていました。


祈念公園オブジェ
三陸新報2020年12月26日記事の一部イメージ


記事によればこのオブジェは、検討委員会から派生したワーキングチーム(座長は山内宏泰リアス・アーク美術館副館長)で選定した「命」「ともに生きる」「気仙沼の生活」などのテーマに沿って、秋田公立美術大学准教授の作家、皆川嘉博さんが制作しました。

3体のオブジェは、テレビ会議形式でおこなわれたワーキング成果報告会の席上で示されました。皆川さんは、「気仙沼の皆さんの気持ちと共鳴し、記憶を伝承していくことを願う」などと作品に込めた思いを語ったそうです。

オブジェは年明けに公園に設置されるとのこと。なお、今回の設置は3体ですが、今後は各年ごとに追加されます。

復興祈念公園は、今年2月に陣山地区で開園が予定されています。オブジェの準備も整ったようですし、あとは残る工事の追い込みということになるのでしょう。

皆川さん、オブジェ制作はいろいろと大変だったと思いますが、ご苦労さまでした。また工事関係者の皆さまも、残る作業をどうぞよろしくお願いいたします。

2020年11月12日ブログ「復興祈念公園経過」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 復興祈念公園

「鼎ヶ浦」の表記

きのう1月5日のブログで「広報けせんぬま」元旦号に掲載されていた小山謙一君の記事について記しました。本日は、同号の別の記事を紹介します。


愛称

広報けせんぬま」2021年1月1日号より


気仙沼湾横断橋の愛称が「かなえおおはし」に決定したという話です。その内容は、12月29日のブログで紹介した三陸新報記事とほぼ同じです。

2020年12月29日のブログ 「かなえおおはし」

私が「広報けせんぬま」の記事で注目したのは、下部の「鼎が浦」の説明文です。

横断橋の愛称を伝える記事などで私が気になっていたのは、「かなえがうら」の表記が「鼎が浦」となっていることでした。私だけでなく、そう思った人も多いのではないでしょうか。ここはやはり「鼎ヶ浦」あるいは「鼎ケ浦」にすべきではないかと。もちろんその発音は「かなえがうら」です。

広報けせんぬまでの「鼎が浦」説明文の末尾に、〈『気仙沼市史Ⅶ民俗宗教編』より抜粋〉とありました。ありゃま、市史では「鼎が浦」としているのだろうか。ということで市史第7巻のページをめくってみると、ありました。p273。

「気仙沼市内の地名」という小見出しでの記述のなかに、「鼎が浦」を見出し語にしての説明がありました。その内容は「広報けせんぬま」のとおり。市史の〈である〉調を〈ですます〉調に代えているぐらいの違いで省略はありません。

気仙沼市の広報担当者が「鼎が浦」としたのは、この市史の表記を典拠としたのでしょう。これはこれでひとつの判断です。しかしさかのぼって、この市史の見出し語は「鼎ヶ浦」にしたほうがよかったと思うのですが、どうでしょう。こうした分野に詳しい方に聞いてみたいところです。

ほかの地名では「鶴ヶ浦(つるがうら)」「君ヶ鼻山(きみがはなやま)」「笹ヶ陣(ささがじん)」となっていて、「ヶ」を「が」と表記している例は本文も含めてありませんでした。

◎鼎が浦高等学校

「かなえ」と聞くと、鼎が浦高校を思い出すという方も多いことでしょう。同校は2005年に旧気仙沼高校(男子校)と統合して、新しい気仙沼高校(男女共学)となりました。こちらは、「鼎ヶ浦高校」ではなく「鼎が浦高校」です。「鼎ヶ浦高校」と書くとおこられます(笑)。

読みやすくするために「が」としたのだと思います。念のため気仙沼市史第6巻「教育・文化編」を調べてみたのですが、「鼎が浦高校」がなぜ「が」の表記を採用したのかはわかりませんでした。しかし、別のおもしろい話がありました。

同校50周年誌に掲載された庄司善助第3代校長の回顧によれば、〈「鼎」の字は当用漢字表にないので仮名書きではどうかとの県よりの照会もあった〉といいます。しかし、県教委に出向いて説明し、校長の意向に沿って「鼎が浦高等学校」と決定されたとのこと。

参考まで記しておくと、庄司校長の回顧文はつぎのように続いています。〈現校名が果たして一番良い名前だったのかどうかと反省めいた気持ちを覚えると共に命名に責任を感じている〉(市史第6巻p295)

県教委がいうところのかな書きの校名が「かなえがうら高等学校」なのか「かなえが浦高等学校」なのか定かではありませんが、ひとつのこぼれ話として記しておきます。

なお三陸新報の記事によれば、気仙沼湾横断橋の愛称を応募案にあった「かなえ大橋」や「鼎大橋」ではなく「かなえおおはし」としたのは、「やわらかさを表現した」とのことです。これについても思うところはあるのですが省略。

ちょっと長くなりましたが、なんだかんだ、やはりネーミングはむずかしい。だから面白いということで、本日はおしまい。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼湾横断橋 かなえおおはし

小山謙一君の笑顔

気仙沼市「広報けせんぬま」の元旦号に、気仙沼湾横断橋の愛称が「かなえおおはし」に決定したことが紹介されています。本日はそのことを紹介しようと思っていたのですが、方針を変更。ほかのページに同級生の笑顔がありました。

「実践 社会参加と健康長寿」のページに、〈小山の健ちゃん〉こと小山謙一君(3年9組)が紹介されていたのです。

謙一君
広報けせんぬま」2021年1月1日号より


謙一君は気仙沼市役所に長く勤めていましたが現在は退職。震災時には、教育委員会の教育次長でした。

気仙沼市「東日本大震災 災害対応記録集」には、同級生の林(奥玉)小春さん(3年2組)、臼井真人君(2組)とともに、震災時の対応に関しての文章が掲載されています。つぎのブログで紹介しました。

2019年8月23日ブログ「同級生の震災記録」

市広報の記事では、気仙沼市の「上地区」での〈青空喫茶〉のことが紹介されています。

上地区というのは、市の社会福祉協議会のエリア名です。「かみちく」と読むのでしょうか。新町(あらまち)、福見町、古町、本町などを包含する地区名だと思うのですが。気仙沼中学校の学区エリアでいえば、上地区のほか「魚町」「南町・柏崎」「中央」「南」「西」などの地区となっているようです。「中央」は八日町や三日町かなあ。

謙一君は、新町1区自治会長だけでなく、上地区社会福祉協議会の会長もつとめているのですね。

記事内容は広報を読んでいただくとして、私がおどろいたのは、謙ちゃんの笑顔です。気小、気中、気高と一貫して同じ笑顔(笑)。勉強もできて、性格もやさしかった。市役所を退職したあとも、こうして地域のための活動を続けているのですね。頼りにされるのでしょう。納得。

「広報けせんぬま」記事の上部につぎの言葉がありました。「社会参加は、地域への貢献だけではなく、自分自身の健康長寿にも関わってくる」。

ホントそうだと思いますね。

健一君、ありがとう。いろいろとご苦労さまです。これからも、新町、上地区を、どうぞよろしく。

話は変わりますが、1月1日には気仙沼市民1名の新型コロナ感染が発表されています。60代男性会社員とのこと。気仙沼市累計17人となりました。

2017年6月5日ブログ「謙ちゃんと謙さん」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 小山謙一

謹賀新年 2021

あけましておめでとうございます。本日が仕事はじめです。しかし事務所に出てきたものの、週末には一都三県の緊急事態宣言の再発出がなされる見通しとのことで、そのなりゆきが心配です。

さて。きのう1月3日午前放送のNHK「明日へ つなげよう」は、〈10年特集〉。東日本大震災から10年ということで、被災地の現状と課題などをテーマにしていました。

その出演者のひとりが渡辺謙さんでした。



謙さんは、震災後に訪れた東北各地のことを当時の印象といま感じていることなどを。そのなかでも気仙沼については、これまでの取材映像もおりまぜながら詳しく語ってくれました。もちろん、K-port(ケイポート)のことなども。

IMG_4516.jpg

この番組の再放送があります。1月8日(金)午前0:57〜。つまり木曜7日の深夜ですね。録画などしてご覧いただければと。

「明日へ つなげよう 10年特集」再放送
1月8日(金)午前0:57〜(木曜7日の深夜)

1月10日(日)午前の「明日へ つなげよう」では、渡辺謙さんの「僕に、できること」の5回目が放送されるようです。これについては、またあらためて。

本日は2021年のブログはじめということで。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 渡辺謙

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
12 | 2021/01 | 02
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示