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モネの実行委員会

気仙沼で官民によるNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」気仙沼プロジェクト実行委員会が設立されました。実行委員長は菅原市長。設立総会は8月26日に市民会館で。

翌日の三陸新報によれば、実行委員会は、行政、経済団体、金融機関、まちづくり組織など11団体で構成し、官民共同でドラマ放送の効果を最大限に引き出すことを目指すとのこと。

菅原市長は設立当日8月26日につぎのようにツイートしています。


そして、この設立総会の翌日には、NHK広報展開プロデューサーの川口俊介さんとオンラインでつないでのセミナーも開催されました。8月27日に菅原市長がつぎのようにツイートしています。


3週間前のことになりますが、8月6日からの4日間、連ドラ「なつぞら」の舞台となった北海道・十勝地方への視察も行われました。市の記者発表資料によれば、市から4名、気仙沼コンベンション協会1名、気仙沼商工会議所1名、気仙沼地域戦略1名による視察です。市では7月1日、産業部に「おかえりモネプロジェクト推進室」を設置しており、これまで紹介したさまざまな動きもこの推進室が主導してのことでしょう。

この視察に関する菅原市長の8月18日のツイートです。


5月27日のNHKKからの「おかえりモネ」ヒロイン発表の後、気仙沼ではどんな感じなのだろうと思っている方も多いかと思いますが、いろいろ動き出しているという感じですね。

今後の〈モネ効果〉に期待しております。

5月28日ブログ「気仙沼が朝ドラに」
6月15日ブログ「NHK一木正恵さん」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : おかえりモネ 朝ドラ

海の見える防潮堤

本日は、気仙沼市本吉町の日門(ひかど)漁港に宮城県が計画している防潮堤についてです。8月4日に日門コミュニティセンターで開かれた説明会で、県から完成イメージが地元住民に示されました。8月9日の三陸新報は見出しに〈海の見える防潮堤〉という言葉を添えて、これを伝えていました。


8:9 日門漁港防潮堤

三陸新報8月9日記事の一部イメージ


記事によれば、6日に示された計画案は、昨年7月の住民合意後から住民代表と6回の協議を行い、意見を反映させた内容とのこと。約1年ぶりの説明会には約20人が参加したそうです。


◎河北新報配信記事

河北新報も8月22日に記事を配信しています。主要部を引用します。

(前略)今月上旬、約20人が参加した地元での住民説明会で提示した。防潮堤の形状を当初計画より緩やかな勾配の台形とし、壁面も石組み風にするなどして海側から見た圧迫感を軽減した。

 県の調査で、漁港周辺には希少生物の存在が確認された。環境に配慮し、ニホンウナギなど海水と淡水を行き来する生物のため国道の下を通り海につながる川の流路をせき止めず、コクガンなど鳥類が餌を採る朝の時間帯は作業をしないなどの工事計画も確認した。

 防潮堤建設を巡り、県は2013年12月に当初案を示したが「国道から海が見えない」などと住民が反発。その後もやりとりを重ね、国道をかさ上げする案で県が国と調整。2019年7月に住民が合意し、県と住民代表8人が計6回の会合で計画の細部を煮詰めてきた。

建設予定の防潮堤は海抜9.8m、長さ約300m。合意した計画では国道を最大約2.5mかさ上げし、防潮堤との高低差を最大70cmに抑える。

 日門漁港の防潮堤は、県内で建設される防潮堤369カ所で最後に住民の合意形成が完了した。今後、入札で業者を選定し早ければ11月にも着工、約2年の工期で完成を目指す。(引用は以上)


◎3年前の「ニュースを追って」

私は〈あれからもう3年か〉と思いました。3年前のブログで、この日門漁港の防潮堤問題に関する三陸新報「ニュースを追って」の記事を紹介したことがあったからです。



2月26日日門漁港

三陸新報2017年2月26日記事の一部イメージ


2017年3月8日ブログ「日門漁港の防潮堤」

この記事は、守竜太記者の署名記事でした。私はその記事からつぎの文章をブログで引用しました。

〈県の考え方から、高さを変えること、無堤とすること、さらに背後の国道かさ上げなど、どの方向性を目指すにしても、日門の地理的条件などが加わってハードルは高い。どこまで計画変更が可能かどうかは、今のところ見通せない。

隣の大谷海水浴場周辺では、住民が粘り強く行政機関と話し合った結果、当初の計画を変更し、互いに納得した結果を導き出している。大島浦の浜なども同様で、住民の熱意が行政を動かした事実がある。〉(引用は以上)

3年前の状況はこうしたことだったのです。守記者は、取材を通じて日門漁港防潮堤をめぐる〈ハードル〉の高さを感じていたのでしょう。しかし、そうした条件のきびしさを感じながらも地元の人の要望実現を応援しようという気持ちを感じました。

それから3年。県の最初の提案から数えれば7年。三陸新報の見出し語句を借りていえば、〈住民意見を積み上げた海の見える防潮堤〉の実現です。

地元の皆様と県のご担当者との長期にわたる粘り強いご努力、ご尽力に敬意を表します。なお、三陸新報記事のなかに、宮城県水産漁港部の佐々木保漁港整備専門監のお名前がありました。いろいろとありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 日門漁港 防潮堤

真海さんの気持ち

東京2020パラリンピック開催はオリンピックとともに1年延長となりましたが、その開幕まで8月24日であと1年となりました。

この日24日、気仙沼出身のアスリート谷(佐藤)真海(まみ)さんがつぎのツイートを投稿していました。



朝日新聞記事の写真は、真海さんとご主人の昭輝さんと長男の海杜(かいと)くんと一緒にうつっています。海杜くんはもう5歳なのですね。

記事では、真海さんの 「1年延期なら厳しい。もう、やれないかも」との言葉も紹介されていました。しかし今は、〈止まりかけていた時計の針が再び動き始めた〉と。

朝日新聞8月24日配信記事

パラリンピックにしてもオリンピックにしても、1年先の開催が本当にできるのだろうかと思っている人も多いでしょう。もうひとつの記事、産経新聞では、そのあたりの微妙な現状をふまえて、末尾で真海さんの気持ちをつぎのように記しています。

招致活動でも訴えた「スポーツの力」もコロナ禍は次元の違う“敵”で、来夏の開催すら危ぶむ声が聞かれる。「パラリンピックの魅力を肌で感じてもらうためにも、コロナ禍が収束して無観客とかではなく、たくさんの人に会場で観戦してほしい」。マスク姿の人々が行き交い、すっかり様変わりした東京の1年後はどうなるか。不安を抱えつつも、歩みは止めない。(引用は以上)

産経新聞8月24日配信記事

真海さんのいまの気持ちを想像すると、なかなかにつらいものがあります。ただ、来夏の大会出場をめざして、あと一年をなんとかと。

2018年11月、真海さんのトライアスロンでの2020東京大会出場への道が開けたときのことについてはつぎのブログで。

2018年11月26日ブログ「道が開けました!」

もうひとり、気仙沼出身で、パラリンピック出場を目指している齋藤(加藤)由希子さんについても、つぎのブログで紹介しております。こちらもお読みいただければと。

2019年1月8日ブログ「東京パラを目指す」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 谷真海 パラリンピック

開所から一年経過

きのうのブログでは、気仙沼新魚市場の水産情報等発信施設が新型コロナの影響でグランドオープンできないという話を紹介しました。その一方で、同じ新魚市場C棟2階に昨年8月にオープンした「クッキングスタジオ」の昨年度利用は好調だったようです。8月13日の三陸新報が伝えています。


クッキングスタジオ

三陸新報8月13日記事の一部イメージ


記事は、市の水産課による昨年度利用実績を伝えるもの。クッキングスタジオの開所式は昨年8月18日のことでしたから、一年経過したことでの紹介ということでしょう。

記事によれば、昨年度は延べ1806人の利用があり、催事回数は66回。そのうち行政関係の行事が半数の31回/1019人となっています。

公民館の調理室などで受け入れできない商用利用があったのが特長で、民間企業の利用は7回/81人で、大手食品メーカーによる商品説明会、地元企業による外国人バイヤー向けのにぎりずし体験などに使われました。

充実した設備をもつ調理台が12台あり、講師用調理台の上にはカメラが設置されていて講師の手元を大画面にうつすこともできるそうです。こうした充実した設備や備品などが好評の理由のひとつでしょう。

ただ、こうした好調な利用実績も昨年度の話。今年度はやはり、新型コロナの影響で4〜5月にかけて休館したほか、当面は3密を避けるために入館制限しているそうです。

私がクッキングスタジオの記事をうれしく読んだのは、昨年8月18日におこなわれた開所式に、「ちばき屋」や「まかない㐂いち」、そして「気仙沼かもめ食堂」も経営する千葉憲二君(3年4組)が講師として招かれ、講演と調理実演をおこなったからです。

そのときの話は、下記のブログ「微力ながら応援」にまとめております。ご覧いただければと。

昨年度の利用が好調だったことを憲二君が知れば喜んでくれることでしょう。そんなことを思いながら本ブログで紹介させてもらいました。

2019年5月20日ブログ「微力ながら応援」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼魚市場 クッキングスタジオ

水産情報発信施設

8月21日の三陸新報に、気仙沼魚市場のなかに昨年整備された水産情報等発信施設が新型コロナウイルス感染拡大の影響でいまだグランドオープンできずにいるという記事が掲載されていました。


8:21 プレオープン
三陸新報8月21日記事の一部イメージ


この展示・体験施設は、新魚市場(C棟・D棟)中のC棟2階に東日本大震災の復興交付金を活用し約1億円を投じて整備されました。広さは約500㎡。

昨年4月末にプレオープン後、今年4〜5月に愛称を募集、決定したうえで、グランドオープンさせる予定だったそうです。しかし、新型コロナの影響で今年3〜5月の一般入場を禁止したことで、愛称募集もグランドオープンも延期となりました。今後については、コロナの状況をみて判断とのことです。

◎施設の概要

ネット情報で、「気仙沼市魚市場」サイト内に施設案内のページがあることを知りました。なお、魚市場は気仙沼市が開設しており、正式名称は「気仙沼市魚市場」。「気仙沼魚市場」は略称です。

「水産情報等発信施設」ページ

施設案内の中で示されていたフロア構成はこんな感じ。


フロア構成


私が面白いと思ったのは「漁師談話室」です。漁師さんが集まっていた昭和の時代の喫茶店を再現したものとのこと。喫茶店というよりスナックのような感じかな。漁船員OBの方による「語り部」も予定しているそうです。


談話室


ずいぶんと立派な施設。まだ十分に活用できないというのはもったいない。新型コロナウイルス感染の問題が早く落ち着いて、愛称募集やグランドオープンの計画が具体化することを願っています。

2019年3月22日ブログ「魚市場新施設落成」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼魚市場

みんなでみしおね

「みんなでみしおね」の映像が8月21日からYouTubeで公開されています。同日の三陸新報の記事で知りました。

記事によれば、「みんなでみしおね」プロジェクトは、市内の太鼓団体「太鼓学舎『ね』」が企画したもの。新型コロナウイルスの終息と、来年の気仙沼みなとまつり開催を願い、市民に「海潮音」(みしおね)演奏の動画を募集しました。

そして、子供から大人までの計38人から動画が寄せられました。これを、各種イベントで音響をてがける伊藤拓也さんが主に担当して編集したそうです。「タクビー」の伊藤さんですね。

伊藤拓也さんは2014年6月8日に東京でおこなわれた「気仙沼を元気にする会」のゲストのひとりでした。IターンやUターンなどの〈移住〉がテーマでしたが、伊藤さんは千葉から気仙沼へ。

その映像は8分40秒です。どうぞご覧ください。





オンラインみなとまつりで紹介された映像と同じ素材もありますから、いわば〈完成版〉ということなのでしょう。8月6日のブログ〈「海潮音」笛の余韻〉でも紹介した、オンラインみなとまつりのエンディングがこの映像でもつかわれていました。

2019年の気仙沼みなとまつり終了後の「打ちばやし大競演」御礼広告に名を連ねていた太鼓団体は24団体です。「太鼓学舎ね」もそのひとつです。

2019年8月12日ブログ「打ちばやしの御礼」

これほど熱心に活動が続けられている気仙沼の打ちばやし/太鼓。みなとまつりなどでの対外的なPRにおいては〈気仙沼うちばやし〉とか〈気仙沼太鼓〉といった総称があってもいいかもしれませんね。

各地域/団体による流儀の違いや個性はとても大事なことなので、演奏のしかたを統一する必要はまったくないでしょう。しかし、他地域の人に気仙沼の打ちばやし/太鼓の素晴らしさを伝えるときの便宜的な名称があればなと。

そうしたことを考えると、「海潮音」という各団体ともに演奏する曲の存在はとても意味のあることですね。

「海潮音」の作曲者は、気仙沼市八日町の曹洞宗/清龍寺ご住職である工藤霊龍(れいりゅう)さんです。霊龍さんは、2017年の「気仙沼仏教会」設立にあたって、市内23寺の連携に努力されたおひとりです。たしかいま、同会の事務局長をつとめているはず。

その霊龍さんの「海潮音」が、気仙沼太鼓団体連携にとってのよき調べとなっていることをうれしく感じております。

2018年8月14日ブログ「気仙沼仏教会23寺」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 海潮音 みしおね

島田源太郎の偉業

8月10日のブログ「まるは 第12東丸」で、気仙沼に大洋漁業の工場があったことを紹介しました。気仙沼への大洋漁業進出が決まったのは昭和28年11月のこと。1953年。

このブログを読んで、島田源太郎さんのことが抜けているなと思った方もいたのではないでしょうか。大洋漁業のプロ野球チーム「大洋ホエールズ」(現 横浜DeNAベイスターズ)の島田投手です。

島田源太郎さんは、1958年に大洋球団に入団し、1959年に初先発を果たしました。当時の気仙沼は大洋漁業の工場があった時代ですから、大きな期待がわきあがったことでしょう。

Wikipediaから島田源太郎さんの経歴を引用します。

〈 気仙沼高校では3年次の1957年、夏の甲子園県予選準決勝に進むが仙台二高に敗退。卒業後は盛岡鉄道管理局への入社が決まっていたが、プロ入りへの夢が捨てきれず、1958年に大洋ホエールズへテスト入団。

1年目の同年から一軍に上がり、2年目の1959年4月には初先発を果たす。3年目の1960年は開幕から先発の柱として起用され、8月11日の対大阪戦(川崎)で史上最年少となる20歳11ヶ月での完全試合を達成する。

同年はチーム最多の41試合に先発、秋山登の21勝に次ぐ19勝を挙げ、球団の初優勝に貢献。大毎との日本シリーズでも2試合に先発、第2戦では勝利投手となりチーム日本一に大きく寄与した。(中略)

1970年のシーズン終了後に引退。引退の翌年の1971年に大洋の投手コーチ補佐を務めていたが、1972年に突如現役に復帰。8月16日の中日戦(川崎)での完投勝ちを含む3勝を記録したが、1973年に再び引退。

引退後は東北放送・仙台放送解説者(1974年-1981年)を経て、1982年から1983年までロッテオリオンズ二軍投手コーチを務めた。〉(引用は以上)


◎史上6人目の完全試合達成

私たちのような気仙沼関係者をのぞき、島田源太郎投手が多くのプロ野球ファンの記憶に残っているのは、やはり1960年8月11日の完全試合達成によるものでしょう。上記にもあったように、日本プロ野球史上6人目。20歳11か月での達成はいまだに史上最年少記録です。

この完全試合達成を伝える日刊スポーツ1面を紹介したツイートがありましたので引用させてもらいます。



現在のところ、日本プロ野球での完全試合は15度/15人にすぎません。1994年の巨人/槙原投手が最後です。

先日、8月15日にはヤクルト小川康弘投手が、ノーヒットノーランを達成しましたが、これは史上82人目/93度目。これに比して、いかに完全試合達成が難しいことなのかがわかります。

島田源太郎さんは気高10回生で私たちの12年先輩です。ずいぶん前のことですが、気仙沼高校関東同窓会でお会いしたことがありました。同級生らと一緒に写真を撮らせてもらったことを覚えているのですが、あれはいつのことだったか。菊田裕美君(気中3年1組)にたずねて判明しました。平成14/2002年7月20日とのこと。18年前のことでした。

裕美君がそのときの写真を送ってくれました。複写の関係でちょっとわかりにくいのですが、真ん中が島田源太郎さん。左端がわたくしです。




そしてその同窓会から10年後、島田さんが詐欺容疑で逮捕されたとの報道がありました。2012年4 月のことになります。ある配信記事では、島田源太郎さんについてつぎのように紹介していました。

〈1958年に大洋に入団。60年8月に完全試合を達成し、初優勝の原動力となった。70勝77敗の成績を残して73年に現役引退した〉

この事件は、とても残念なことではありましたが、それはそれこれはこれ。島田源太郎投手の〈パーフェクトゲーム〉が今後も語り継がれる偉業であることに変わりはないでしょう。

8月10日ブログ「まるは 第12東丸」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 島田源太郎

徳仙丈の「奥入瀬」

8月13日の三陸新報1面に、涼しげな渓流の写真が紹介されていました。見出しは、「緑映え涼やかに 徳仙丈の渓流」。

日本最大級のツツジの群生で知られる徳仙丈山(とくせんじょうさん)近くの「徳仙奥入瀬」(とくせんおいらせ)です。


8:13奥入瀬
三陸新報8月13日記事より


徳仙奥入瀬は、ツツジの群生で知られる徳仙丈山の北東側、羽田神社との中間あたりにあるようです。

2018年5月11日ブログ「徳仙丈つつじ地図」で、同年の〈徳仙丈山つつじ祭り〉の広告にあった地図を紹介しました。その地図上部に、「徳仙奥入瀬」として「せせらぎ渓流」や「渓流の滝」の表示がありましたので再掲します。


奥入瀬

2018年5月11日ブログ「徳仙丈つつじ地図」


三陸新報記事によれば、現在は道路工事中のために水梨側は通行止めで、落合側からしか入れないとのこと。これは、水梨小学校や羽田神社からは行けず、新月駅や落合小学校方面からの通行のみということかと。

ネットで調べてみると、この渓流「徳仙奥入瀬」は市民にも案外知られていないとの声も。その素晴らしさも、あまり人が来ないがゆえのことかもしれません。

写真もとてもよかった。まさに一服の清涼剤。三陸新報さん、ありがとうございました。酷暑の東京に気仙沼から徳仙奥入瀬の涼気がとどきました。
 
 

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tag : 徳仙丈山 徳仙奥入瀬

「MSC」認証取得!

気仙沼の臼福本店さんのクロマグロはえ縄漁が、〈マリンエコラベル/海のエコラベル〉とも呼ばれる「海洋管理協議会(MSC)」認証を取得しました。

8月7日に河北新報配信記事で認証取得の見込みということを知り、これは画期的なことと思っておりました。しかし、三陸新報での報道がなく、なぜだろうと思っておりましたが、8月18日につぎの記事が掲載されました。正式な認証取得は8月10日で、同月13日にMSC日本事務所から発表されましたので、これを受けての報道でしょう。それだけに詳しい記事となっており、とてもありがたい。


MSC認証

三陸新報8月18日記事の一部イメージ


「MSC」はロンドンに本部を置く、「持続可能な漁業」を行う漁業者の認証機関です。

臼福本店さんがMSC認証の取得を目指したのは2年以上前のこと。2018年8月には、独立した審査機関であるControl Union(UK)社による取得に向けた本審査に入ったことが発表されていました。審査対象は「第1昭福丸」です。それから2年が経過し、8月10日にやっと認証取得を実現することができました。

日本での認証取得漁業としては7件目、クロマグロ漁業としては世界初のMSC認証取得となります。すばらしい。


◎持続可能な漁業をめざして

三陸新報の記事は、「MSC」認証やその審査について詳しく紹介しています。気仙沼の漁業における先進事例であることを意識してのことでしょう。

記事によれば、大西洋クロマグロは乱獲によって資源の減少が危惧された時期がありました。しかし資源管理に取り組んだ結果、現在は回復。各国の漁船は毎年、国際機関の大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が設定した漁獲枠内で水揚げしているとのこと。

三陸新報の記事をさらに読むと、認証に向けての審査が簡単なものではないことがよくわかります。後半部を引用させてもらいます。

〈審査の基準は「資源の持続可能性」「生態系への影響」「管理システム」。いずれも無条件で合格となる80点以上となったが、世界自然保護基金(WWF)と非営利組織「PEW慈善信託」から異議申し立てがあった。

WWFなどは「大西洋クロマグロ資源はまだ十分に回復していない」「ICCATの管理は十分ではない」などと主張。英国の弁護士を独立裁定人とする公聴会で違いの意見が審査された。

その結果、WWFなどの主張は却下、臼福本店の意見が認められ、認証取得が決まった。〉(引用は以上)

「違法・無報告・無規制」の漁業を3つの頭文字をとって、「IUU漁業」と呼ぶそうです。そうしたIUU漁業による魚介類が日本国内にも入り込んでいるとのこと。記事の最後には、臼福本店社長の臼井壯太朗さんの言葉が紹介されていました。

「IUU由来でない魚が適切に選ばれる水産業界にしたい。正しいことをしている人が評価される世の中に変えたい」。そして「認証取得は持続可能な漁業としてのスタート。日本のマグロ漁業もノルウェーの漁業のように成長産業へ変えていきたい」と。

臼福本店さんがクロマグロ漁でのMSC認証を目指したことはとてもチャレンジングなことでした。多額の費用もかかるでしょうし、予期せぬことがいろいろとあったことと思います。

壯太朗社長はこれが〈スタート〉と語っていますが、2年以上もかけたこのMSC認証プロジェクトが完結。まずは〈なかじめ〉ということで。おめでとうございました。


MSC日本事務所プレスリリース
河北新報8月7日配信記事
 

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tag : MSC 臼福本店

さんま船 出船送り

大型さんま船/出船送りについては、8月14日のブログでも紹介しましたが、きのう8月17日、魚浜町の「コの字岸壁」で出船送りがおこなわれ、各船が無事に出港したとのことです。

気仙沼つばき会の〈斉吉商店〉斉藤和枝さんはつぎのようにツイートしています。


ビールケースの左が菅原市長、右が気仙沼漁協組合長の齋藤徹夫さんでしょう。

菅原市長はつぎの動画をツイートしていました。



もうひとつ、気仙沼プラザホテルさんの動画ツイートを。



本日8月18日の三陸新報によれば、17日に湾内4カ所の岸壁から10隻が出港したとのことです。

この出港隻数と出港岸壁の伝え方は、メディアによって異なっています。河北新報は、魚浜町の岸壁(これはコの字岸壁でしょう)から9隻が次々と出港し、夕方までにもう1隻が港を出たと伝えています。そしてNHKは出港岸壁情報はなしで9隻、東日本放送は出船送りで9隻と。


河北新報の配信記事では、セレモニーを中止したことなどについてつぎのように伝えていました。

〈 市内の女性グループ「気仙沼つばき会」が例年、岸壁で行ってきたセレモニーは新型コロナウイルス感染防止のため中止され、福来旗と太鼓演奏だけの見送りとなった。斉藤和枝会長(58)は「漁師さんに何かあったら申し訳ないと規模を縮小したが、心を込めた見送りができた」と語った。〉(引用は以上)

動画を見ていると、その〈心を込めた見送り〉の様子がよくわかります。見送りを受けた漁船員の方々にもその気持ちが通じたことでしょう。

8月14日ブログ「8月の出船おくり」

 

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tag : 出船送り

米津玄師の「感電」

お盆明けの月曜日。きょうも東京はとても暑い、というか暑すぎる。

きょうは、米津玄師(よねづけんし)さんのミュージックビデオ(MV)を紹介します。8月5日にリリースされたアルバム「STRAY SHEEP」の収録曲「感電」です。





このMVと気仙沼の関係ですが、映像監督が奥山由之さんなのです。奥山さんは、2019年版の気仙沼漁師カレンダーの撮影を担当してくださいました。

奥山さんは近年、写真だけでなく映像(動画)の分野でも活躍していますが、育った環境を考えればごく自然ななりゆきにも思えます。

そしてもうひとつ。このMVの撮影場所のひとつが「としまえん」です。私は気仙沼中学のときの東京方面への修学旅行を思い出しました。あれは中学2年生のときですよね。1965(昭和40)年かな。

卒業アルバムにそのスナップが掲載されています。東京タワーとか高速道路、羽田空港、モノレールの写真なども。55年前の大都会/東京です。

旅程の一部がうつっている写真もあるのですが、気仙沼駅を午前4:01に出発して、一ノ関を経由して小牛田通過時の項目に「この頃より、朝食〜清掃〜通路にゴザをしく」との指示がしるされていました。通路にゴザ(笑)。

そして東京での宿泊先が「豊島園」でした。遊園地に隣接してホテル施設があったのです。私はジェットコースターにのれるかもと楽しみにしていたのを覚えているのですが、実現せず。

その「としまえん」も8月31日をもって閉園し、94年におよぶ歴史に幕を降ろすこととなりました。そういえば、豊島園/としまえんには中学の修学旅行以来一度もいかなかったな。55年前にお世話になりました。ありがとう、としまえん。


米津玄師さんについては、1月14日のブログで「パプリカ」のMVを紹介しました。そのアニメの舞台となっている漁師町が古き気仙沼を想像させることや後半の花火のイメージは気仙沼みなとまつりを思い出させるとか。よろしければこちらも。

1月14日ブログ「米津玄師 パプリカ」

奥山由之さんの漁師カレンダーについてはこちらのブログにて。

2018年11月7日ブログ「奥山由之の写真集」

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tag : 米津玄師 奥山由之 漁師カレンダー

8月の出船おくり

自宅リビングの前康輔さん撮影2020年版気仙沼漁師カレンダー。8月の写真は〈出船送り〉です。


8月出船送り


撮影したのはいつだろう。大漁旗に〈第三太喜丸〉の名が見えたので調べてみました。

たぶん、2018年8月17日の大型さんま船一斉出港「出船送り」でしょう。2019年8月17日にも同様の出船送りがおこなわれていますが、2020年版カレンダーの撮影用としては遅すぎるのではないかと。

気仙沼市の記者発表資料によれば、2018年の大型さんま船一斉出港は、第3大喜丸のほか、第1恵比寿丸、第1庄光丸、大一丸壱八號、第5大喜丸、第8朝洋丸、第8千代丸、第28安洋丸、第38千代丸、第63幸漁丸、第68福神丸、第81豊清丸の計12隻がコの字(このじ)岸壁から出港予定となっていました。

2019年のさんま船出船送りについては次のブログで紹介しています。

2019年8月16日ブログ「秋刀魚漁船出船送り」

前康輔さんの写真がとてもいいですね。出船の風景を知る人であれば、華やかな雰囲気のなかに、見送る人、見送られる人それぞれの心情を感じることでしょう。

この写真ですが、はじめ私は岸壁側から撮影したと思っていたのですが、右上の集魚灯がうつっていることを考えると、前さんは船側から撮っているのかもしれません。横顔がうつっているのは漁師/漁船員さんかも。(14日18:00追記/前さんにツイートで直接たずねたところ、岸壁からの撮影とのこと。〈テープの束の中に潜って〉撮ったそうです。たしかに考えてみると、船からの撮影ではそのまま一緒にサンマ漁へと出ていくことになりますね。前さん、ご丁寧にありがとうございました)

2020年版のカレンダーでは、各月写真にまつわる話が紹介されています。編集担当の唐澤和也さん(Punch Line Production) が書いていると思うのですが、この8月は「出船」と題し、「孫が泣くと切ないね」という出船送りのときに聞いたベテラン船頭さんの言葉を紹介していました。

船頭さんは何歳ぐらいだろう。そして、そのお孫さんはとつい想像してしまいます。

◎今年の「出船送り」について

今年の大型さんま船の一斉出港は8月17日と聞いていました。しかし、「出船送り」に関する市の記者発表がないなと思っていたら、8月12日の三陸新報に関連記事がありました。それによれば、8月17日正午に一斉出港するものの、気仙沼つばき会が毎年おこなっている出船送りは、新型コロナ感染拡大防止のためにセレモニーや餅まき、太鼓演奏などはなく、「福来旗(ふらいき)」を振っての見送りだけとなるとのこと。

そして翌日8月13日の三陸新報には、つばき会/斉藤和枝会長による投稿が掲載されていました。

投稿
三陸新報8月13日掲載投稿記事


この投稿では、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、〈例年のように多くの市民の皆さまにご来場のお声掛けをすることが難しい状況〉にあるとし、〈何よりも、これから出港する漁師さん方が安全であることを第一に考えます〉と述べています。

そして、〈今年は今年で、できることを精いっぱいできたら、ありがたいと思っています〉として、マスクの着用やソーシャルディスタンス、船との十分な距離の確保をお願いしています。

また、つばき会が貸し出す気仙沼福来旗は手指アルコール除菌をおこなっているとの説明も。この投稿を読んでいると、さまざまな心情が交錯するなかで〈漁師さんの安全と大漁〉を願いながら〈精いっぱい〉の出船おくりをしたいという気持ちが伝わってきます。

皆さんご存じのとおり、今年は新型コロナウイルスだけでなく、サンマの不漁も予想されるなど、なかなかに難しい課題があるなかでの出港となります。

それだけに、見送る人、見送られる人、双方にとって特別な出船おくりとなることでしょう。そう思いながら、8月の漁師カレンダーを見ると、同じ写真なのにまた違う印象をそこに感じます。

17日に出港するみなさまの安全と大漁を願っております。

7月6日ブログ 前康輔さんの「鰹」
 
 

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tag : 出船送り つばき会

祈りの帆(セイル)

8月11日の三陸新報によれば、気仙沼市陣山で整備が進む復興祈念公園のモニュメント「祈りの帆(セイル)」が設置され、その姿が市街地からも見えるようになりました。

モニュメント

三陸新報8月11日記事の一部イメージ


記事によれば、高さ10mのモニュメントは、船の帆をイメージ。公園を監修する神戸大学大学院准教授の槻橋修(つきはしおさむ)さん(52)が、「灯台」や「合わせた掌」など、公園のアイデアコンペで受賞した複数の作品を融合させ、設計しました。

モニュメントの制作は今年1月に着手し、7月に園内に搬入して組み立てられ、仕上げの塗装をおこなったそうです。8月9日に工事の足場が外されたことにより、外観が市街地からも見られるようになりました。

今後、ライトアップ用の照明や献花台を設置して完成となるそうですが、復興祈念公園の開園は来年2月で、それまでは園内でモニュメントを見ることはできません。

当初は2020年3月11日までの開園を目指していましたが、これはかなわず。いまは、なんとか来年の3月11日までにはというところでしょう。

以上が三陸新報の記事に関して。ここからは私の感想。

記事にもあるように、このモニュメントのデザインには「船の帆」のほか、「灯台」や「合掌」のイメージも融合されています。

2019年11月の復興祈念公園事業説明会資料によれば、計画に反映したアイデアコンペの提案は9案。そのなかのひとつが、「灯台」を基本コンセプトにした私の提案です。モニュメント部門に応募し〈アイデア賞〉をいただきました。その提案「復興祈念灯台」は市のサイトでも公開されているので、あらためて紹介することにいたします。

復興祈念公園事業説明/資料(pdf)

その「灯台」提案の本人からすると、このモニュメントに「灯台」のイメージや意味を重ねるのはちょっと無理があるような気がします。市の説明ということではなく、あくまで三陸新報の記事のとりあげかたかもしれませんが。

今後は、コンペの諸提案はおりこみ済みとして、「祈りの帆」には「合掌」のイメージも重ね合わせているといった説明で十分でしょう。そのほうが、「祈り」というモニュメントの表現コンセプトがすっきりと伝わるような気がします。同公園事業説明会における基本設計案でも「合掌ゲート」と仮称されています。

槻橋さんは苦労したと思いますよ。ご自身の提案そのものの採用ということではなく、検討委員会から複数の提案を融合/反映させたモニュメントのデザインを求められたのですから。そして、復興祈念公園全体の計画もありますしね。

市がおこなう事業ですから、コンペの実施から選定、実施計画の策定まで、一貫した論理展開というか説明への備えが必要だったと思います。この復興祈念公園だけでなく、震災後の気仙沼復興に関するさまざまな支援活動をしてくださった槻橋さんだからこそ、ここまでの面倒をみてくれたのでしょう。

まだいろいろとあるでしょうが、まずは〈なかじめ〉ということで、槻橋さんへの御礼を。長期にわたるご支援、ありがとうございます。開園までもう少しですね。どうぞよろしくお願いいたします。

2019年1月24日ブログ「祈念公園基本設計」
 
 

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tag : 復興祈念公園

出身学生応援物資

気仙沼市では、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて、帰省の自粛やアルバイト等による生活費の確保が困難となっている気仙沼市出身で市外在住の学生に対して、応援物資を給付します。その中身は地場産品5000円相当の詰め合わせです。

その受け付けが8月7日から始まりました。8月8日の三陸新報でも紹介されたのでご存じの方も多いことでしょう。

市としては、この給付により、出身学生に故郷への愛着を高めてもらうとともに、申請者に気仙沼市からのUターン情報などを発信して関係人口を維持していくことを目的としているそうです。詳細は、つぎの気仙沼市移住・定住支援センターMINATOサイトをご覧ください。

MINATO「出身学生応援地場産品給付事業」

申請は、LINEを使いますが、その利用が難しい場合は問い合わせ窓口になっている上記のMINATOまでご連絡ください。


◎応援物資内容

本日、みなさんに紹介したいのは応援物資内容です。つぎの5セットから選択できます。

A:ふかひれ満足セット



B:秋のさんま大好きセット

B.jpg

C:よくばりまんぷくセット



D:ごはん食べたい応援セット

D.jpg

E:パワフル朝ごはんセット

E.jpg

私としては、BセットとDセットを強くお勧めしたい。なぜならば、同級生〈手造り〉の品が含まれているのです。

それは、植木実君(3年9組)が経営するマルナリ水産の「秋刀魚昆布巻」。

秋刀魚昆布巻」についてはこれまで何度も紹介してきましたが、つぎのブログをまずはご覧ください。記事のなかにほかのブログのリンクもはっております。

2017年11月30日ブログ「マルナリ植木実君」

また、新型コロナウイルスの影響でいろいろ大変な思いをしている方にはつぎのブログを。震災のときに、自宅の屋根の上にのって川口町から南郷まで流された植木君の体験談です。大変な目にあいながらも生き延びた植木実君がつくる「秋刀魚昆布巻」です。応援物資にぴったりです。どうぞよろしく。

2015年4月24日ブログ「あの日の植木実君」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 新型コロナ マルナリ水産 植木実

パパがうちにいる

8月3日(月)のNHKドキュメンタリー番組「ストーリーズ」をご覧になりましたでしょうか。タイトルは「パパがうちにいる。」

案内文には「朝も昼も夜もパパがいる!芸人・ミュージシャン・俳優として活躍するマキタスポーツの在宅の日々を、娘たちが追ったリモートドキュ。思わず感動の「普通の生活」です!」と。

私は録画をみたのですが、とても面白かった。そして驚いた。

というのも、マキタスポーツさんが、気仙沼サンマフェスティバルのTシャツを着ているときがあったからです。




2_20200807152023c3d.jpg


マキタさんが着ていたTシャツは、ご自身も出演した2017年/第6回のものですね。10月7日と8日に階上地区の旧気仙沼向洋高校裏の特設ステージで開催されました。

この2017年の会場マップが気に入ったこともあり、つぎのブログで紹介しました。

2017年10月6日ブログ「6thサンマフェス」

俳優としてのマキタさんを私が知ったのは、2013年のNHKの朝ドラ「あまちゃん」。翌年の「花子とアン」にも登場していました。

私は「ストーリーズ」の放送を見て、マキタさん一家の仲の良さに驚きました。案内文どおり〈思わず感動の「普通の生活」〉なのですが、その珍しいくらいの普通さを多くの人がうらやましいと感じたのではないでしょうか。エンディングはこんな感じです。


3_20200807152024d05.jpg


気仙沼サンマフェスティバルは、震災の翌年2012年に始まり、毎年開催されてきました。マキタさんは、2017年に続き2018年/第7回の2日目にも出演予定だったのです。しかし、その2日目は強風のために中止となりました。

マキタさんは当日10月7日、気仙沼に到着したとき、ネットでさんまフェス中止を知ったとツイートしています。現場の混乱が目にうかびます。

そして翌2019年のさんまフェスティバルは台風接近のため事前に中止が決定されました。それだけにあらためての8回目、今年こそはと楽しみにしていた方も多かったはずですが、新型コロナ対応ということで6月11日に開催中止が発表されました。関係者の皆さんにとっては苦渋の選択。本当に残念だったことと思います。

そんななかでの、マキタさんのサンマTシャツです。励ましのメッセージとも感じられます。

マキタスポーツさん、ありがとうございました。どうぞまた、気仙沼へ。今度はご家族とご一緒に是非。
 

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tag : サンマフェスティバル マキタスポーツ

まるは 第12東丸

本日は、気仙沼みなとまつりに関する話題。三陸新報の「みなとまつり回顧録」の初回をこのブログでも紹介しましたが、昭和/3回、平成/2回、令和/1回の計6回の連載が8月1日で終了しました。本日紹介するのは、7月28日掲載の連載2回目/昭和編②の記事です。


回顧録2
三陸新報7月28日記事より


今回の記事では、1951年の第1回目から長く続いたカツオ一本釣り実況についての話が紹介されていました。記事中では〈かつては気仙沼港の水揚げを支えた高知船籍などの船も協力し、盛漁期にも関わらず祭りに参加〉とありました。

写真がいいですね。内湾でのカツオ一本釣り実況。〈昭和30年ごろ〉とのこと。1955年頃ということは私が3歳ごろのみなとまつりということになります。

この写真にうつる船には「東京」の文字が見えますから船籍は東京港です。船名は「第12東丸」。〈あづま丸〉と読むのでしょう。

そして煙突部のファンネルマークは、「まるは」であるような。そうするとこの船は大洋漁業のカツオ船なのかも。そう思いネットで調べてみるとやはりそうでした。

東京大学経済学図書館サイトに、大洋漁業の昭和39年(1964年)4月の有価証券報告書(有報)があり、そのp16に第12東丸の名がありました。昭和21年9月進水で144トン。鰹釣船で鋼鉄船。ディーゼル機関は300馬力です。

この船が大洋漁業のカツオ一本釣り船であることはわかりましたが、漁船員の出身地はどこなのだろうというあらたな疑問も。船籍は東京だとしても東京都民であるとも思えません。気仙沼の人たちも多くのっていたのでしょうか。

◎マルハの工場

私たちの同級生であれば、気仙沼に大洋漁業の工場があったことをおぼえていることでしょう。そうした縁を考えれば、マルハの船がみなとまつりに登場してもなんの不思議もありません。

上記の有報には、その工場についても記載がありました。p12に仙台支社所属として「気仙沼缶詰工場」の名が。缶詰の種類は鰹と鮪。機械設備の日産能力は1500函で、これは表にある9箇所の工場中で最大です。数量単位は「函」としてあり、函種は「T2/4」。これらがどういうことなのかはわからず。

ほかの缶詰工場は、鯨の大和煮や鮭・鱒、カニですから、カツオとマグロの缶詰では主力工場だったのでしょう。

◎大洋漁業の気仙沼進出

この気仙沼工場ができたのはいつなのでしょう。調べてみると気仙沼市史第4巻「近代・現代編」に関連記述がありました。それによれば、昭和28年6月に大洋漁業(株)が日本製塩気仙沼工場を買収しています。

さらに「気仙沼文化史年表」には、昭和28年11月5日 「大洋漁業」が旧日本製塩工場敷地に進出決まるとの記述も。事業開始に関する情報は見当たりませんでしたが、昭和29年には工場を稼働しているでしょう。つまり、三陸新報記事写真が撮影された〈昭和30年ごろ〉には、気仙沼工場がすでにあったのではないかと。

なお、日本製塩気仙沼工場は、市史によれば昭和24年に操業を開始していますが、昭和25年2月6日には事業の不振により、従業員41名中34名を解雇したとのこと。これが大洋漁業の気仙沼への進出につながっているのでしょう。

◎工場長の名前

大洋漁業の気仙沼工場長で富永さんという方がいらっしゃいました。なぜそれを知っているかというと、その娘さんが気中同級生でした。優子さん(3年9組)です。

気仙沼小学校時代の、たぶん5年か6年あたりに転校してきました。私は気小6年2組で同じクラスです。担任は菅原暉子(てるこ)先生。気小そして気中時代を通していつも優秀でしたね。中学卒業後に気仙沼を離れたと思います。お父様の転勤でしょうか。

いつまで気仙沼工場があったのかはわかりませんでした。しかし、私たちの気中卒業は昭和42年/1967年3月です。少なくとも、そこまではマルハの気仙沼工場があったと思います。

◎今はマルハニチロ

大洋漁業(株)は、1993年にマルハ(株)に社名変更、2004年に(株)マルハグループ本社を設立後、2007年に(株)ニチロと経営統合し(株)マルハニチロホールディングスとなっています。そして2014年には、グループ内主要6社が統合し、商号を「マルハニチロ株式会社」に変更しました。

ニチロの前身は日魯漁業。魯は北洋漁業の漁場国である魯(露)西亜/ロシアの頭文字です。若い人たちにはそんな説明が必要かもしれません。

大洋漁業の創業は1880年/明治13年です。今年で140周年を迎えました。マルハニチロとして今に至るその歴史のなかに、気仙沼での事業展開があったことを記憶にとどめておきたいと思います。

ちょっと長くなりました。優子さん、元気にしてるかな。

7月21日ブログ「みなとまつり回顧」
  

テーマ : 気仙沼
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tag : みなとまつり 大洋漁業

3人目の感染確認

(8月7日 21:00追記:気仙沼市内で4人目となる新たな新型コロナ感染が発表されましたので、本ブログ末尾に新規患者概要を追記しました)

宮城県はきのう8月6日、気仙沼市に居住する40代の女性の新型コロナ感染が確認されたと発表しました。市内で3人目、県内178例目となります。この女性は8月3日に陽性が確認された気仙沼居住の60代女性の濃厚接触者であるとのことです。

これを受けて同日に気仙沼市も気仙沼市民1名の感染が確認されたとの記者発表をおこなっています。その中で、以下に紹介する県の発表を引用し、「感染拡大に影響があると推測される事項はない」としています。

市発表

気仙沼市8月6日記者発表資料の一部


県や市の発表が昨日おそくのため、本日8月7日の三陸新報での本件報道は要点のみとなっています。以下に宮城県発表内容を記しておきます。


①患者の概要(県内178例目)

県が8月6日に、県内178例目として報告した患者の概要はつぎのとおりです。

(1)年 代  40代
(2)性 別  女性
(3)国 籍  日本
(4)職 業  会社員
(5)居住地 気仙沼保健所管内(気仙沼市)
(6)症 状  咽頭痛,頭痛,咳,嘔気,下痢,めまい,嗅覚障害

(7)経 過  

7月31日(金) 咽頭痛出現。

8月 1日(土) 咽頭痛消失。

8月 2日(日) 頭痛出現

8月 3日(月) 頭痛消失。

8月 4日(火) 県内174例目の濃厚接触者と確定。

8月 5日(水) 咳,嘔気,下痢,めまい,嗅覚障害出現。 帰国者・接触者外来を受診。

8月 6日(木) 嘔気,下痢,めまい消失。 PCR検査の結果,陽性が判明。


(8)海外渡航歴 発症前2週間における海外渡航歴はありません。

(9)接触歴 8月3日(月)に判明した県内174例目の濃厚接触者です。

(10)行動歴 ・症状出現2日前(7月29日)以降の出勤日は29日,30日,31日,8月1日, 3日です。 ・その他の行動歴については現在調査中です。

(11)濃厚接触者 ・同居家族 ・その他の濃厚接触者については現在調査中です。

(12)現在の状況 県内の感染症指定医療機関に入院中です。 ・現在のところ重篤な状態ではありません。


②新型コロナウイルス感染症拡大防止のための県民への情報提供

この患者は県内174例目と同一施設を利用しており,同一施設内における濃厚接触者は特定できておりますが,「新型コロナウイルス感染症拡大防止のための県民への情報提供(呼びかけ)基準」2(2) に基づき,以下のとおり情報提供いたします。

(1)利用施設:地域の集会所
(2)感染拡大に影響があると推測される事項:なし

宮城県発表内容は以上です。

なお、8月6日には仙台市内居住の20代女性(学生)の感染も県内179例目として発表されていますが、この女性は8月3日(月)に判明した気仙沼市内2人目感染者の濃厚接触者です。6日の発表時点では、入院先等を調整中で自宅待機中としています。


以上、冷静な行動のための正確な情報をということで発表内容を引用しました。

東京は今日もとても暑いです。うがい、手洗いだけでなく、水もこまめにのまなきゃね。

今週はこれにて。


◎8月7日 21:00追記          

上記の気仙沼市内3人目の感染に加え、4人目となる感染が県から発表されました。上記3人目/40代女性の濃厚接触者であるとのことです。発表内容を以下に引用します。

①患者の概要(県内181例目)

県が8月7日に、県内181例目として報告した新型コロナウイルス感染症患者の概要はつぎのとおりです。なお,この患者は,8月6日(木)に陽性が確認された県内178例目の患者の濃厚接触者です。

(1)年 代  20代
(2)性 別  女性
(3)国 籍  外国籍
(4)職 業  会社員
(5)居住地 気仙沼保健所管内(気仙沼市)
(6)症 状  発熱,頭痛,鼻閉,悪寒

(7)経 過  

8月 4日(火) 発熱(38.5°C)。頭痛,悪寒出現。

8月 5日(水) 解熱。頭痛,悪寒消失。

8月 6日(木) 鼻閉出現。 県内178例目の濃厚接触者と判明。 帰国者・接触者外来を受診。 抗原検査の結果,陽性が判明。

8月 7日(金) 鼻閉消失。

(8)海外渡航歴 発症前2週間における海外渡航歴はありません。

(9)接触歴 8月6日(木)に判明した県内178例目の濃厚接触者です。

(10)行動歴 ・症状出現2日前(8月2日)以降の出勤日は3日,4日です。 ・通勤の際には会社の社用車を利用していました。 ・外出時にはマスクを着用していました。 ・その他の行動歴については現在調査中です。

(11)濃厚接触者 ・同居者を含め現在調査中です。

(12)現在の状況 ・県内の感染症指定医療機関に入院中です。 ・現在のところ重篤な状態ではありません。

追記は以上です。

8月4日ブログ「新型コロナ感染者」
 
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 新型コロナ

「海潮音」笛の余韻

今年の気仙沼みなとまつり開催は中止となりましたが、8月2日(日)には、その代替イベントとして「オンラインみなとまつり〜おかえり気仙沼」がYouTubeで配信されました。

私は当日、ライブ映像を見ておりましたが、その約2時間の配信内容はアーカイブ映像としていまも視聴することができます。まだ見ていないという方がいらっしゃれば、この機会にぜひ。

YouTube「オンラインみなとまつり〜おかえり気仙沼」


7月31日のブログでもお伝えしましたが、配信内容はつぎのようになっています。





それぞれの放送内容に気仙沼を感じたのはもちろんですが、私が一番気に入ったのはエンディングです。

太鼓学舎「ね」の皆さんと市民有志による太鼓と笛で「海潮音(みしおね)」が演奏されるのですが、合奏がおわったあとに、ひとりの男性が気仙沼の海と夕日を背景にして笛を吹いています。こんな感じ。

エンディング

そしてのびやかな笛の音がゆっくりと消えていきます。海潮音とみなとまつりの余韻が残ります。すばらしい。


「オンラインみなとまつり〜おかえり気仙沼」は、気仙沼市、気仙沼商工会議所、気仙沼青年会議所などで組織する「気仙沼みなとまつり委員会」の主催でした。多くの関係者の皆さま、ご苦労さまでした。ありがとうございました。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : オンラインみなとまつり

「TRITON」気仙沼

気仙沼市は、沿岸漁業の若手漁師を確保、育成する事業を開始しました。本事業は、石巻市での同種事業の展開で実績のある一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンに委託して推進されます。

この漁師担い手育成プロジェクトのキックオフイベントが7月29日にみしおね横丁の鶴亀食堂でおこなわれました。7月30日の三陸新報が伝えています。


7:30若手確保

三陸新報7月30日記事の一部イメージ


フィッシャーマン・ジャパンさんは、この担い手対策支援事業を、気仙沼の一般社団法人歓迎プロデュース とともに「チームTRITON気仙沼」を立ち上げ、宮城県漁業協同組合とも連携して推進していくとのことです。

歓迎プロデュースさんは、みしおね横丁で「鶴亀の湯」や「鶴亀食堂」を運営しています。少し補足すれば、代表の小野寺紀子さんらが、気仙沼に漁師さんのための銭湯をつくろうと計画し、クラウドファンディングその他の資金調達にあたって必要な一般社団法人を2018年12月ごろに設立したという経緯だったと思います。

三陸新報記事によれば、小野寺さんは、「漁師を日本一大切にするまちとして活動している。気仙沼に来て良かったと思えるようにしたい」と語ったそうです。

また、フィッシャーマン・ジャパン(FJ)代表理事の阿部勝太さんは、「呼び込みよりもアフターケアが大事」としており、就業者が住むシェアハウスの確保や交流会の開催、相談にも注力するとしています。なお、阿部さんは、FJサイトのメンバー紹介によれば〈ワカメ漁師〉です。

フィッシャーマン・ジャパン/サイト
TRITONプロジェクト/サイト

沿岸漁業においてさまざまな課題をかかえているのは気仙沼も石巻も同じでしょう。そのなかにあって、両地域がこの水産業の新しいあり方や若手人材の確保・育成に連携して取り組んでいこうというこの試みはとてもいい。

トリトンは、ギリシャ神話における海神。嵐をしずめる「安全の神」とされ、船の航行の安全を守ってくれるそうです。

「チームTRITON気仙沼」は、トリトンに気仙沼の鶴と亀が加わった、縁起の良さでは最強のチームといってよいでしょう。期待しております。
 
2019年11月25日ブログ「鶴亀さんの受賞」

 

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tag : フィッシャーマンジャパン 歓迎プロデュース

新型コロナ感染者

きのう8月3日(月)、宮城県は、気仙沼市居住者の新型コロナ感染確認を発表しました。これに基づき気仙沼市も、市民1名の感染として記者発表しています。

記者発表

気仙沼市8月3日記者発表資料の一部


市内では2人目の感染者ということになります。市の記者発表資料では、感染者の勤務先は気仙沼市ではないことを確認しているとしています。そのため、気仙沼市の幼稚園,保育所,小学校・中学校は通常通り行うとのことです。

市の発表が昨晩のことで、本日の三陸新報には本件記事の掲載はありません。現時点での情報は、県の8月3日発表以外のものはありませんので、以下にその内容を引用します。


◎患者の概要(174例目)

県が8月3日に、県内174例目として報告した患者の概要はつぎのとおりです。

(1)年 代  60代
(2)性 別  女性
(3)国 籍  日本
(4)職 業  学校職員
(5)居住地 気仙沼保健所管内(気仙沼市)
(6)症 状  発熱,全身倦怠感,食欲不振,咳,鼻閉,鼻汁,頭痛,嗅覚障害
(7)経 過  

7月28日(火) 咳が出現。

7月29日(水) 咳が消失。全身倦怠感,鼻閉,鼻汁が出現。

7月31日(金) 食欲不振,嗅覚障害が出現。

8月 2日(日) 頭痛が出現。コールセンターに相談。 医療機関1を受診し,点滴治療及び薬を処方される。

8月 3日(月) 発熱(38.1°C)出現。医療機関2を受診し,帰国者・接触者 外来を案内される。帰国者・接触者外来を受診。抗原検査の結果,陽性が判明。

(8)海外渡航歴 発症前2週間における海外渡航歴はありません。

(9)接触歴 現在のところ新型コロナウイルス感染症患者との接触は確認されていません。

(10)行動歴 ・7月27日(月),28日(火)に勤務先へ出勤(自家用車使用)。 ・外出時はマスクを着用しておりました。

(11)濃厚接触者 同居家族も含め現在調査中です。

(12)現在の状況 県内の感染症指定医療機関に入院中です。 ・現在のところ重篤な状態ではありません。

気仙沼市で1人目の感染者が確認されたとの発表があったのは、4月5日のこと。そのときにも、風評被害を心配する声がきかれました。今回も同様の気遣いが望まれますね。どうぞよろしく。


4月6日ブログ「気仙沼でも感染者」

テーマ : 気仙沼
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tag : 新型コロナ

浪板の感謝の虎舞

きのうのオンラインみなとまつり、楽しく拝見しました。関係者の皆さまは短期間での企画、進行などいろいろと大変だったことと思います。ありがとうございました。お疲れさまでした。

本日のブログは7月29日〈再建「浮見堂」完成〉の続きです。

7月28日の三陸新報によれば、23日におこなわれた「浮見堂」再建支援者への感謝状贈呈式では、2000万円を寄付してくださった東京都府中市の熊谷寿夫さん(89)に菅原市長から感謝状が手渡されました。気仙沼市で生まれ育った熊谷さんは「思い出が詰まった浮見堂の再建に役立ててもらえればと寄付した。立派な浮見堂に感激」と話したそうです。

7月23日当日、菅原市長はこの贈呈式と3代目恵比寿像建立記念式典について、つぎのようにツイートしていました。



右の写真の左側が熊谷さん。そして私が注目したのは、左側の写真にうつる浪板(なみいた)虎舞の披露です。

式次第によれば、浮見堂再建については熊谷寿夫さん、3代目恵比寿像については像の作者である翁観二さんとご支援をいただいたサッポロホールディングス(株)の尾賀真城社長に感謝状が手渡されたあとの虎舞披露です。

2017年9月1日のブログで、つぎの三陸新報記事を紹介しました。


熊谷さん記事

三陸新報2017年8月31日記事より


この記事に、熊谷さんは木戸浦造船で船大工として働いた後、1969年に都内に建設会社「気仙沼建設」を設立し、住宅建築や不動産経営にたずさわってきたとありました。

木戸浦造船はいま、各社と統合して「みらい造船」となっていますが、統合前は浪板地区にありました。浪板は浮見堂の鹿折方面対岸にあたります。

私は、熊谷さんが若いころ、木戸浦造船で働いていたときに浪板虎舞がとても身近にあったのではないかと想像したのです。その当時は「コの字岸壁」もありませんから、浪板から魚町方面を見れば浮見堂がはっきりと見えたはず。

あくまで私の勝手な想像ですが、感謝状贈呈式で虎舞の姿を見たとき、熊谷さんは浪板で忙しく働いていた時代を思い出していたのではないでしょうか。もしそうであれば、なににもましての御礼、感謝の舞いになったのではないかと。

菅原市長のツイート写真にうつる熊谷さんはとてもお元気ですね。89歳とはとても見えません。あやかりたいというか、こうありたしと思うばかりです。

熊谷寿夫さんの故郷気仙沼のためにというお気持ちに感じ入りました。浮見堂再建にあたってのご支援に重ねて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

2017年9月1日ブログ「浮見堂の再建」
 
 

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tag : 浮見堂 熊谷寿夫

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/69~70歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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