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「茜」さんの記者席

なんかバタバタしているうちに4月も本日でおしまいですね。明日からは5月か。

本日紹介するのはちょっと前の話。4月12日の三陸新報コラム記事「記者席」です。


4:12記者席
三陸新報4月12日記事より


同紙記者/ペンネーム「茜」さんによるコラム記事はつぎのように始まります。

〈…「ネギ、植えっとごさ」「種まいだけんと、さっぱりおがり悪くて」
言葉が分からず、なんとか理解しようとしているうちに、会話が終わってしまった。〉

気仙沼市本吉町大谷(おおや)で、農作業をする男性を取材した時のひとこまです。

「茜」さんは、小学校時代から住んでいた東京を離れ、この春に気仙沼に移り住みました。気仙沼の言葉/方言がわからなくても無理はありませんね。茜さんは、〈〝なまり〟が何を意味しているのか、見当もつかなかった〉と。

養殖ワカメ収穫の取材時にも、作業するおばちゃんたちの会話が聞き取れません。話のなかで、この春に東京から来たばかりだと伝えたのでしょう。おばちゃんがつぎの言葉を。

〈事情を伝えると「あら東京から。気仙沼に来てくれてありがとうね」と一言。その暖かい言葉にホッとした〉

なんというか、茜さんの気持ちとと共に、相手の気仙沼の人の心持ちが自然に伝わってきます。

はじめ私は、ペンネーム(茜)さんは若い女性だろうと思って読んでおりましたが、男性の可能性もありますね。たとえば、気中同級生の熊谷薫君(3年11組)は男性ですし(笑)。そして、若い方なのかどうかもよくわかりません。

文章はつぎのように結ばれます。

〈まずは多くの人たちと出会って話しを聞こう。「言葉に触れることが、人の心に触れること」。取材の原点を、しっかり学んでいきたい。 〉

これはまず、茜さん自身が自分に言い聞かせた言葉だとは思いますが、前半は自分と同様に〝気仙沼弁〟に慣れない人への励ましの言葉にもなっていますね。

「言葉に触れることが、人の心に触れること」

とてもいい言葉に触れることができました。「茜」さん、どうぞこれから、気仙沼のさまざまな人のいろんな言葉を三陸新報さんの紙面で伝えてください。楽しみにしております。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 三陸新報 記者席

恩返しの「防護服」

新型コロナウイルスの感染拡大をくいとめる最前線、それは医療現場でしょう。多くの医療従事者が今も懸命に献身的な努力をつづけています。

しかし、その医療現場で防護服やマスクなどが不足しているといいます。平時であれば信じられないようなことですが、それが現実。

きのう4月28日の三陸新報に、気仙沼つばき会(高橋和枝会長)の皆さんが、簡易防護服をつくって東京の病院に提供する活動をはじめたとの記事が掲載されていました。


防護服
三陸新報4月28日記事の一部イメージ


記事によれば、支援要請は東京都済生会(さいせいかい)病院からで、ホテル「アイルーム南三陸」の新健一さんを通じて、つばき会事務局長/小野寺紀子さんに話がありました。同病院では、防護服が不足しているため看護師や病院スタッフが時間を見つけてつくっているのが現状とのこと。

同病院は、東日本大震災のときに気仙沼が大変お世話になりました。気仙沼市立本吉病院や特別養護老人ホーム春圃園などで支援活動をおこなってくださったそうです。

こうした経緯もあり、小野寺さんは「今こそ恩返しする時。できる限りの支援を行いたい」と、つばき会を中心にボランティアで簡易防護服を製作することにしたそうです。記事の写真は、4月25日に市内舘山「アンカーコーヒー マザーポート店」に集まって作業をおこなったときのもの。右端が小野寺さん。

済生会病院は創立から105年にもなる歴史ある病院で、初代院長は北里柴三郎です。

同病院サイトの記述をみると、済生会は明治44年に明治天皇の済生勅語に基づいて創立された恩賜財団。そして東京都済生会中央病院は大正4年に済生会本部直轄の「済生会芝病院」として開院され、昭和25年に「東京都済生会中央病院」となり現在に至ります。

製作するのは「簡易防護服」。ビニール袋2枚を使い1着10〜15分かかるそうです。小野寺さんから作り方の説明を受けて材料を自宅に持ち帰って製作します。

小野寺さんは「個人だけでなく、団体、サークルに手伝ってもらえたら心強い。PCR検査をする医療機関が増えているので、防護服の必要性はさらに増すと思う。ゴールデンウィークを利用して、多くの市民に協力してもらえたら」と話しているそうです。

この三陸新報記事の末尾に小野寺さんの電話番号が記してありました。お問い合わせはそちらまで。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

ラジオ千葉可奈子

気仙沼でも新型コロナ感染予防のため、店舗営業などの自粛がつづいているようですね。三陸新報の広告欄で、同級生が関係する店の営業時間短縮や休業の知らせを目にすると、それぞれの苦しい胸のうちが感じとれるような気がします。

しかしみんな、のほほんとしていられるわけもなく、飲食店であればテイクアウトやデリバリーを始めるなど、まさに〈生き残る〉ための努力を続けています。

故 小山(おやま)隆市君(3年6組)のコヤマ菓子店もそのひとつ。5月1日から6日までは店舗営業を自粛し事前注文の受け渡しのみとオンライン販売のみの営業とのことです。そして、現店主の裕隆さんはいま、週1回ほどの頻度でインスタライブなども試みています。先日4月26日(土)で3回目でした。次回も裕隆さんのブログインスタでお知らせがあるでしょう。

コヤマ菓子店オンラインショップ

◎「MINATO」のラジオ

本日紹介するのは、内湾のまち・ひと・しごと交流プラザ(通称:PIER7/ピアセブン)の2階にある気仙沼市移住・定住支援センター「MINATO」が始めたラジオ配信です。

同センターも、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、4月26日〜5月11日は対面での窓口業務やイベントを自粛し、電話やメールそしてオンラインでの対応になっています。

そんななか、同センターのスタッフである千葉可奈子さんがオンラインラジオの配信を始めました。題して「かなこの一人井戸端会議」。

かなこラジオ

かなこの一人井戸端会議サイトより


「かなこの一人井戸端会議」サイト

可奈子さんは配信にあたってつぎのように記しています。〈気仙沼の今をお伝えしつつ、皆さんの日頃ある「もやもや」や「これ話したい~」ということを、私を介して皆で井戸端的にわいわい盛り上がれたらいいなと思っています〉。

千葉可奈子さんがMINATOのスタッフになったのは、2017年の春ですからもう3年。当時のMINATOフェイスブックをみると、気仙沼市松岩の出身です。高校卒業後、大学時代を関東で過ごし東京で働いていましたが、地域おこし協力隊として気仙沼にUターンしたそうです。

配信は「stand.fm」というアプリを使っており、つぎの2つの方法いずれかで聴くことができます。

①スマホで音声配信アプリ「stand.fm」をダウンロードして「かなこの一人井戸端」を検索・利用する方法
②「MINATO」サイトの〈イベント〉で案内される各回のURLをクリックして聴取する方法です。

1回目を聴いてみました。可奈子さんの話のお相手は、加藤広大さん。このお名前に覚えがあるなと思ったら、昨年11月30日に東京・大手町で開催された気仙沼を元気にする会のゲストのひとりでした。

加藤さんは小田原出身。サイバーエージェントが展開するAbema TVの仕事などを経て、地域おこし協力隊の一員として気仙沼に来てMINATOのスタッフとして活動しています。

説明はこれくらいにしておきましょう。まずはラジオ配信をお聴きください。下のタイトルをクリックすると目次ページです。まだ1回目のみですが。約9分間。

かなこの一人井戸端会議/ラジオ配信


私が感心したのは、小山裕隆さんにしても千葉可奈子さんにしても、自分たちにできることはなにかと一生懸命に考え、それぞれの持ち場で、まさに当事者として頑張っているということ。

これはなかなかできないことだと思います。ということでのご紹介でした。どうぞよろしく。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : MINATO 千葉可奈子

「気仙沼クエスト」

ひと月前の話になりますが、気仙沼高校3年生のふたりが「全国高校生マイプロジェクトアワード」で文部大臣賞を受賞しました。同アワードは、文部科学省と日本ユネスコ日本委員会が後援して2013年に始まり、今年度で7回目となります。

4月3日の三陸新報でもつぎのように紹介されたのでご存じの方も多いことでしょう。

マイプロジェクト

三陸新報4月3日記事の一部イメージ


決勝大会ともいうべき同アワードの全国大会(全国サミット)は、3月28・29日、新型コロナの関係でオンラインイベントとしておこなわれました。48プログラム、99名の高校生が参加しました。

そして、気仙沼高校3年の畠山瑛護(えいご)さんと吉城拓馬(よしき たくま)さんのチームが、個人・グループ部門の最優秀賞に相当する「文部科学大臣賞」と、参加した高校生の投票で選ばれる「高校生特別賞」のダブル受賞を果たしたのです。素晴らしい。記事の写真の左側が畠山さん、市長をはさんで、右側が吉城さんです。

◎全国高校生マイプロジェクト

同アワードは、身の回りの課題や関心をテーマとしてプロジェクトを企画し実行することを通して学ぶ「実践型探求学習プログラム」です。2019年度は、学校部門に1903プロジェクト、個人グループ部門751プロジェクトの参加がありました。

ふたりが受賞したプロジェクト名は「気仙沼クエスト〜『内輪受け』が起こす観光革命」です。「クエスト/QUEST」は探究といったような意味ですね。スマホゲームとカードゲームがあり、いずれも気仙沼の街を巡ります。実在する人物も登場するそうです。楽しみながら〈クエスト〉できるということでしょう。

◎気仙沼の高校生マイプロジェク

菅原市長はこの受賞をとても喜んだようです。4月2日にはつぎのようにツイートし、続けて2本のゲームを紹介する動画も投稿していました。


市長がうれしがるのも無理はありません。というのも、気仙沼市は2017年度から人材育成事業として「気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード」を継続しておこなっており、受賞者のふたりはその終了生なのです。

2018年度のプロジェクトで畠山さんがスマホゲームを開発し、2019年度には吉城さんとチームを組んで、スマホゲームの改善と普及、カードゲームに開発に取り組んだとのこと。

この気仙沼の高校生マイプロジェクトは、スタートアップ合宿、中間報告会、そして最終発表会としてのアワードまで5か月間のプログラムとなっています。プロジェクトサイトから各年の参加者数をざっくりひろってみると、2017年は7名7プロジェクト、2018年は24名17プロジェクト、2019年は14名10プロジェクト。市から企画・運営を委託されているのは一般社団法人まるオフィスです。

畠山瑛護さん、吉城拓馬さん、このたびのダブル受賞、おめでとうございました。また、市長をはじめ市の関係者、まるオフィスの皆さんにとってもうれしい受賞でしたね。いろいろと大変なことも多いと思いますが、大きな励みになったと思います。

なお、この「気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード」は気仙沼市の主催ですが、「『しんきんの絆』復興応援プロジェクト」フォローアップ助成、日産スマイルサポート基金より助成を受けて運営されています。皆様のご支援に御礼を申し上げます。今回のふたりの受賞は、ご支援くださった方々への恩返しともなったことでしょう。

気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード2019
 

テーマ : 気仙沼
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「自動車ショー歌」

新型コロナウイルスに関するニュースを見ながら、私が「ここらでやめても いいコロナ」と歌ったら、妻が〈なにそれ〉と。

同級生/1951〜1952年生まれの世代なら、すぐに思い出すことでしょう。〈マイトガイ〉小林旭さんの「自動車ショー歌」です。


小林旭

Amazonから拝借


Wikipediaによれば、1964年のリリース。4番までありますが、「コロナ」の登場は1番の最後です。


自動車ショー歌
作詞:星野哲郎 作曲:叶 弦大

あの娘をペットにしたくって
ニッサンするのは パッカード
骨のずいまで シボレーで
あとでひじてつ クラウンさ
ジャガジャガのむのも フォドフォドに
ここらで止めても いいコロナ


小林旭さんがNHKの番組で歌う動画がYouTubeにありました。こちらから。なお、ここで歌われているのは3番を省略した短縮版です。

「コロナ」はもちろんトヨタの車種名。「ペット/トヨペット」「クラウン」とあわせ、1番にトヨタ車が3度出てきます。3番では「ブルーバード」と「ダットサン」と日産車が2度登場します。

Wikipediaにつぎの記述がありました。

〈 オリジナル歌詞の1番に存在した「ここらで一発シトロエン」のフレーズが、1959年に日本民間放送連盟により定められた要注意歌謡曲指定制度基準に抵触し、放送禁止処分を受けたため、ほどなく「ここらで止めてもいいコロナ」に変更して吹き込み直し、再発売されている。このため反体制イメージが学生運動家の間で定着し、アングラ・フォークの1曲として集会で合唱されることもあった。〉(引用は以上)

このエピソードははじめて知りました。冒頭に紹介した1964年リリース盤の前のレコードがあったということですね。シトロエンをコロナにしたので、トヨタ車が3度登場することになったと。なるほど。

しかし、「ここらで一発シトロエン」という歌詞は、かなり無理があるような気がします。品がないし。でも私は嫌いではありません。むしろ好きかも(笑)。

新型コロナに対応しての営業自粛などが続くなかでの本日の話題。ふざけすぎとのおしかりがあるのではないかとちょっと心配。ソロソロヤメテモイイコロナ。

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 自動車ショー歌 小林旭

児童生徒数見込み

今日は投稿が遅れていた記事を。

新型コロナに関係のない話です。とはいえ、これもまた気仙沼にとっては頭のいたい問題というか課題です。

2020年度の気仙沼市内小中学校の児童・生徒数見込み数が、3月31日の三陸新報に紹介されていました。小学校14校の児童数、中学校11校の生徒数です。


三陸紙面

2020年3月31日記事の一部イメージ


同記事に掲載されていた見込み数の表を引用させてもらいます。

まずは小学校。わが母校の気仙沼小学校は全校児童数が216人です。昨年度にくらべて2人の微増。私が気小1年生だった1958年の全校児童数は約3400人でした。当時の気小1年は8学級。現在、全校児童数がもっとも多いのは松岩小学校で330人となっています。

小学

つぎに中学校。気仙沼中学校は126名で昨年度に比べて35人の減少。私たち気中20回生の1967年卒業時生徒数は1学年11クラス473人でした。全校生徒数は不明。現在の市内最多は松岩中学校で176人となっています。

中学


記事のなかに、唯一の小規模特認校である月立小学校は全校児童が2019年度より3人減の25人で、全学年が複式学級となるとの記述がありました。これは1年から6年までを合わせての複式学級1クラスになるということなのでしょうか。

小規模特認校については、気仙沼市のサイト「月立小学校(小規模特認校)への就学について」(2018年2月2日)という文書がありました。これによれば「小規模特認校」は、特定の学校について、通学区域に関係なく、市内どこからでも就学を認める制度です。気仙沼市では、平成19年度から月立小学校に小規模特認校制度を導入しています。これまで、他学区からの月立小への就学実績がどうなっているのかについては情報が見当たりません。

月立小学校は当初、2018年度に新城小学校への統合が計画されていました。しかし、地元の反対などもありその実施は延期されています。

このブログ記事を書くにあたって、新聞報道ではなく、1次資料としての市の数表があればと思ったのですが、見当たりません。市内小中学校の統合については、「気仙沼市義務教育環境整備計画」にその内容が記されているのですが、わかりやすい形での統合計画の広報が不十分であるように思います。

この問題が各学区の皆さんの心情などを含むデリケートな課題であることはわかるのです。しかしそれだけに、行政としての方針や議論のベースとなる基礎情報を日頃から公開しておくことが必要かもしれないなと感じました。

でもねえ、それも新型コロナ対応が落ち着いてからということでしょう。

2019年6月17日ブログ「深刻な少子化問題」
2017年6月22日ブログ「77年前の気小校庭」
 

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ジャンル : 地域情報

横断橋、もうすぐ

三陸沿岸道路(三陸道)の気仙沼湾横断橋(仮称)が、来月/5月中につながるそうです。つながるとはいえ、あくまで橋げたが結合されるということですよ。念のため。

菅原茂市長が4月21日のツイートで、つぎのように伝えていました。



本当にもう少しで手が届くという感じですね。これは小々汐(こごしお)側から撮った写真。なんか右側(朝日町方面)がちょっと下がっているように見えるのですが、大丈夫でしょうか(笑)。

横断橋の奥に見えるのが、気仙沼大島の亀山です。その右下には、気仙沼大島大橋(愛称:鶴亀大橋)もうつっています。

この横断橋については、2019年5月13日のブログでも紹介しました。その記事から主要部を紹介しておきましょう。

気仙沼湾横断橋は気仙沼中央インターチェンジ(IC)から唐桑南IC(仮称)までの気仙沼道路(9km)の一部で、鹿折地区の小々汐と朝日町を結ぶように設けられます。

長さは1344m。海上部分は680mで、斜張橋としては青森ベイブリッジ(青森市498m)を抜き東北最長となります。来年12月完成予定ですが、供用開始は2020年度内とされています。気仙沼道路区間の事業費は1185億円です。

気仙沼湾横断橋はいまのところ「仮称」です。私は正式名称「気仙沼ベイブリッジ」になると予想しているのですがどうでしょう。

つながるのは5月のいつごろでしょう。新型コロナ対応で密接自粛がさけばれる今日この頃。それだけに橋げたの密着・密接が楽しみです。なんちゃって。

2019年5月13日ブログ「気仙沼湾ブリッジ」
 

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tag : 気仙沼湾横断橋 三陸沿岸道

みなとまつり中止

気仙沼の人はすでにご存じのことですが、今年の気仙沼みなとまつり開催は中止となりました。新型コロナウイルスの感染リスクを避けることなどが中止の理由で、4月17日(金)の主催団体長会議(会長:菅原市長)で決定とのことです。


みなとまつり中止
三陸新報4月18日記事の一部イメージ


今年のみなとまつりは当初、東京オリンピック・パラリンピックの開催期間と重なるため、8月22日23日を第1候補として調整を進めていました。しかし、両大会の延期に伴い、3月26日の主催団体長会議で例年通りの8月第1日曜日とその前日、8月1日と2日と決定。ただし、新型コロナの感染が続く場合には中止もありうるとされていたのです。

◎菅原市長のツイート

中止を決定した主催団体長会議が開催された4月17日、同会議の会長でもある菅原市長は、つぎのツイートを投稿しています。



このツイートの中にもある代替イベントについて、三陸新報の記事は菅原市長の発言としてつぎのように伝えています。

「安全が確保された状態を前提としての開催になる。疲弊しつつある市内経済の活性化のスタートと位置づけ、市外から人を呼ばず、我慢を続けている子供たちも楽しめる催しにしたい」

その時期は8月にこだわらないとし、みなとまつりの予算については、代替イベント、経済対策などに充てることも柔軟に考えていくとしています。

みなとまつりの参加団体の皆さんにとっては本当に残念な決定であったと思います。しかし、4月16日に新型コロナの特措法に基づく「緊急事態宣言」対象地域が全国に拡大された状況下では、いたしかたなし。主催団体長会議でも全会一致で中止を決めたとのことです。

◎市内感染者の退院

4月17日、気仙沼市は、4月5日に市内で新型コロナウイルス感染が確認された方について、「入院による健康観察の上、PCR検査で2回続けて陰性が確認され、本日(4月17日)退院されたことを県に確認しました」と発表しました。

しばらくは我慢の日が続きますね。きのう4月20日の東京都の新規感染者は102名と発表されました。月曜日ということで土日の検査数が少ないこともあるかもしれません。一昨日19日は107名でした。この低減傾向が続いてくれればと願っております。

3月31日ブログ「みなとまつり日程」
 

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岩手銀行支店移転

岩手銀行さんの気仙沼支店が、本日4月20日に震災前と同じ魚町地内に移転し営業を開始しました。4月19日の三陸新報に、オープンに際しての協賛広告が掲載されています。


岩手銀行
三陸新報4月19日掲載広告より


三陸新報は4月16日に、記事としてこの移転オープンを伝えていました。

その記事によれば魚町にあった旧気仙沼支店は、震災の津波で全壊し、一時的に千厩支店で間借りした後、2011年7月から古町1丁目に移転して営業を再開しました。

広告の地図をみると、新店舗は以前とほぼ同じ場所のように思います。道路自体の変化はあるでしょうが。

岩手銀行気仙沼支店の沿革については、2月7日のブログで紹介しました。要点を記しておけば、その歴史は123年前の明治30年、気仙沼町字釜の前(かまのまえ/現在の魚町)に設けられた八十八銀行気仙沼支店にさかのぼります。その後、「陸中銀行」「岩手殖産銀行」などへの改称を経て、昭和33年に旧店舗の隣接地である魚町2丁目に新築移転し、昭和35年には「岩手銀行」に改称。さらに昭和48年、同所に新店舗を新築しました。つまり「岩手銀行気仙沼支店」としては、本年で60周年となるのですね。

三陸新報の記事によれば、本日20日の開店初日にテープカットを予定していたそうですが、新型コロナ感染拡大防止のために取りやめたそうです。平時であれば、大勢の人が訪れて新しい店舗オープンのお祝いを述べたことでしょう。

しかし気仙沼はいま、新型コロナ対応で営業自粛する店舗なども多く、融資をはじめとする資金調達のニーズが高まっています。新しい店舗には、そうした相談に訪れる取引先も多いのではないでしょうか。

広告のなかに気仙沼支店長のお名前がありました。及川習歩さんです。新店舗へ移転してのお祝い気分どころか、しばらくは新型コロナ関係に対応しての忙しい日が続きますね。

いろいろと大変なことと思いますが、まずは魚町に復帰しての支店オープンそして60周年のお祝いを申し上げたく。おめでとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2月7日ブログ「岩手銀行、魚町へ」
 

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ロータリークラブ

新型コロナの関係で、投稿が遅れていた記事がいくつかあります。本日はそのなかからひとつ。

気仙沼ロータリークラブが創立60周年を迎え、その記念式典が2月1日にホテル観洋で開催されました。同日の三陸新報では一頁広告を掲載していました。


ロータリー広告
三陸新報2月1日掲載広告


広告中の会長挨拶によれば、気仙沼ロータリークラブは1961年1月27日に、仙台ロータリークラブをスポンサークラブとして30名のチャーターメンバーによって創立されました。最大時には60名を超えることもあったそうです。

東日本大震災では、在籍会員2名とそのご家族を失いました。また未曾有の被災により退会を余儀なくされた方もあり、現在は26名で活動しているそうです。現在の会長は、(株)角星の代表である斉藤嘉一郎さんです。

そして60周年記念事業として、内湾地区に造成中の魚町・南町4号街区公園に「道標(みちしるべ)の像」を建立し、市へ寄贈します。この像は、彫刻家の重岡建治さんによるもの。また、創立30周年記念事業として創設された育英奨学助成金を今回から拡充。これまでは市内高校より各校1名の推薦を受けて授与していましたが、本年から各2名、合計8名に授与されます。2月2日付け三陸新報の記事によれば各10万円です。

広告中に歴代会長の名が記されていました。気仙沼を代表する経済人などのお名前がならんでいます。

歴代会長

気中20回生関係も何人か。たとえば、第20代の中井佐吾一さんは中井茂君(3年8組)のお父さん。そして第57代は臼井真人君(2組)です。現在の第60代会長の斉藤嘉一郎さんは、小山容子(5組)さんの弟さんといったあんばい。

広告の下部には現在の会員名が列挙されていました。先代から受け継いで会員という方も多いようです。同級生では臼井真人君のみですね。

こうしてクラブ60年の歴史を会長名など〈人物〉でたどっていくと、気仙沼の地域経済の変遷がリアルなイメージとして感じとれたような気がします。

気仙沼ロータリークラブさん創立60周年のお祝いを申し上げます。おめでとうございました。

なお、気仙沼ロータリークラブとならびたつ気仙沼ライオンズクラブは、2016年に結成55周年を迎えていますから今年で59周年ということになります。一年違いだったのですね。同クラブの55周年記念事業のひとつ、「目で見る気仙沼の歴史」復刻版の制作については2016年12月のブログに記しております。

2016年12月8日ブログ「気仙沼の歴史復刻」
 

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森と山の祭の中止

新型コロナウイルス感染拡大防止のため気仙沼市内の多くの店舗や企業の営業自粛が続いています。そして、催事も。きのう4月15日の三陸新報にふたつの記事が掲載されていました。

◎植樹祭

6月7日に予定されていた「森は海の恋人 植樹祭」が中止となったことは4月10日のブログでお伝えしましたが、三陸新報の記事を以下に。


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三陸新報4月15日記事の一部イメージ


記事によれば、NPO法人「森は海の恋人」と共催する室根第12区自治会は、植樹祭に代えて、役員数人で何本かの苗木を植える予定とのこと。

記事に「森は海の恋人」理事長である畠山重篤さんの言葉が紹介されていました。「限られた本数にはなるが、植樹祭に参加予定だった方々の思いを背負って植えてきたい。来年以降再び、多くの皆さんが集まってにぎやかに植樹祭を行うためにも、今は感染拡大防止を最優先させたい」と。

◎つつじ祭り

気仙沼市徳仙丈山で4月24日に計画されていた恒例の「つつじ祭り」も新型コロナ対応で中止することが決まったとの記事も。

4:14つつじ祭

三陸新報4月15日記事の一部イメージ


記事によれば、5月5日の気仙沼側での山開きは規模を縮小し、「徳仙丈のつつじを愛する会」の会員のみの参加に限定しておこなうそうです。

シャトル運行されている「つつじバス」の運行も中止となりますが、市の観光課によれば、現時点では徳仙丈山への入山そのものを規制する計画はないとのことです。

「植樹祭」と「つつじ祭り」の中止は残念なことではありますが、新型コロナウイルスをめぐる現状のなかでは仕方なしということでしょう。

私も先週水曜日から自宅で仕事をしていますが、昨日は一週間ぶりに仕事場に出かけて自宅作業のための準備作業などを。一応は通勤外出の8割削減は達成したかと思いますが、この先はどうなることやら。感染拡大の収束を願っております。
 

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追悼 大林宣彦さん

4月10日、映画監督の大林宣彦さんがこの世を去りました。2016年に肺がんで余命宣告を受けながらも、映画製作を続けていたのは皆さんご存じのとおりです。そしてついに。82歳でした。

一昨年だったか、大林監督を追ったNHKのドキュメンタリー番組が印象に残っています。調べてみると2018年10月放送の「それでも僕は映画を撮る~監督・大林宣彦 80歳の決意」でした。


大林宣彦

NHKドキュメンタリー/同番組サイトより

「転校生」「時をかける少女」などをはじめ、大林監督のいわゆる劇場用映画は、その後のテレビ放映も含めきちんと見た記憶がありません。しかし、大林さんの〈自主制作映画〉はたぶん2本見ています。

私は気仙沼高校を卒業したあと、仙台で2年間の〈浪人〉生活をおくりました。本来であれば受験勉強にいそしまなければならないのですが、予備校をさぼって東一番丁にあった名画座などに通う楽しさをおぼえてしまいました。

さらには自主上映会などものぞくようになったのですが、そのなかにたぶん「大林宣彦特集」のような会があったのでしょう。Wikipediaの作品リストを参考にすると、つぎの2本を見たと思います。

「伝説の午後・いつか見たドラキュラ」(1966年/16mm/38分)
「遥かなるあこがれギロチン恋の旅」(1968年/16mm/70分)

当時、大林宣彦さんは、自主制作映画のまさに先駆者でした。大林さんは1938年生まれですので、上記の映画は、28歳とか30歳のときの作品だったのですね。若い。そして大林さんの活躍は、その後の若い映像作家が世に出るための扉を開いてくれたのです。

いろんなことを思い出します。浪人時代に見逃した自主制作映画もありました。たとえば「おかしさに彩られた悲しみのバラード」(1968年/16mm)。原正孝さんが麻布高校時代に制作し、草月アート・センター主催の(第1回)フィルム・アート・フェスティヴァル東京'68でグランプリを受賞した作品です。なんというか、このタイトルだけでもう胸がいっぱいになります。

2010年5月に73歳で亡くなったアーチスト荒川修作さんの「Why not」もその頃の仙台で見ています。近年は〈幻の長編映画〉と呼ばれていたのですね。この作品は〈アンダーグラウンドフィルム〉とか〈実験映画〉という言葉がにあいます。

そんなこんな、いったい自分はどうなっていくんだろうという不安な気分や、50年前に仙台の街にもふいていたサブカルチャーの風を思い出しつつ。

大林宣彦さんのご冥福を祈ります。
 

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tag : 大林宣彦

優しさと思いやり

4月5日に新型コロナウイルス感染が確認された気仙沼市内1名の患者に関わる濃厚接触者が15名と宮城県から発表されていました。

現在は自宅待機となっている濃厚接触者への感染の有無を、多くの人が心配していたと思いますが、4月11日に気仙沼市から記者発表がおこなわれました。「濃厚接触者に異常なし」。発表資料から主要部分を引用します。

〈 市では「15名に関しては保健所としてPCR検査、経過観察などを通し継続してフォローしており、現在まで感染の兆候はみられない。」との宮城県気仙沼保健所の見解を確認したところです。(11日午前)〉(引用は以上)

とりあえずは安心といったところでしょう。

そして同日4月11日の三陸新報にはつぎの投稿が掲載されていました。タイトルは「今こそ優しさと思いやり」。


投稿
三陸新報4月11日投稿記事


投稿者は、気仙沼市田中前の小野寺恵喜さん。人気洋菓子「Gotto(ゴット)」で知られる株式会社パルポーの小野寺社長でしょう。

前半部から少し引用すると、〈願うのは感染者本人や身内の方々を犯罪者扱いにしないことです〉そして〈今は感染者が早く回復できるよう官民一丸となって励まし、応援し、元気を与えることがとても大切だと思います〉などと述べています。

気仙沼でどのような真偽不明の話がでまわっているのかについては知るよしもありませんが、望まれる市民の対応としては小野寺さんが言うとおりでしょう。市内で確認された感染者がいまは一人ですが、〈明日はわが身〉になる可能性もあるのですから。

投稿文はつぎのように続きます。〈思い出してください。感染者を受け入れ、優しくそして懸命に世話をされたホテル三日月の従業員のみなさんを〉と。

中国・武漢市から帰国し、勝浦市のホテルに滞在していた人たちを、勝浦市民が温かく見送ったことについての三陸新報「記者席」の記事については、2月17日のブログ「勝浦のおもてなし」でも紹介しました。

あの「記者席」の記事は2月15日でした。2か月前のこと。東京に暮らす私にとってもまだまだ〈他人事〉でした。それがいまや。というようなことで、小野寺さんの呼びかけが強く印象に残ったのです。

投稿文は、タイトルにもうひとつの語句を加えて、つぎのように結ばれています。(大切なことは)「優しさと思いやりと勇気です」。

小野寺恵喜さんについてはつぎのブログでも記しております。在宅仕事の休憩時にでもご覧いただければと。

2016年1月11日ブログ「銀河鉄道のGotto」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 小野寺恵喜 パルポー

「一心」の新店舗

最近の三陸新報の広告欄には、店舗営業の自粛に関する多くのお知らせが並んでいます。そんななかで、私の目を引く広告がありました。


一心
三陸新報4月11日掲載広告より


小野寺登さんと実木枝さんお二人の名が記された寿司処「一心」の広告です。小野寺(萩原)実木枝さんは気中3年4組。私は2年生のときに同じクラスでした。

余計なことを書くよりも、広告の文章を読んでもらったほうが早い。引用させてもらいます。


〜新店舗でお会いしましょう〜
11日(土)より営業自粛し、移転準備に入ります

毎度、お引き立てありがとうございます。当店は昭和55年の開店以来、40年にわたって気仙沼市河原田にて営業してまいりましたが、このたび、店舗前の道路拡張工事に伴って移転することになりました。

当初は5月下旬まで現店舗で営業する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、4月11日(土)より営業を自粛し、移転準備に入ることにいたしました。突然のお知らせになったことをお詫びするとともに、これまでのご愛顧に心より感謝と御礼を申し上げます。

新店舗は、現店舗より150メートルほど南側の南が丘地内でございます。5月下旬以降、状況をみながら開店いたします。移転後も、引き続きご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。

引用は以上です。

拡張工事がおこなわれる店舗前の道路というのは、南町から行けば煎餅坂(せんべいざか)をのぼって河原田に向かう道路です。

広告には、新店舗を示す地図が掲載されています。大鍋屋別館やP/駐車場、そして一心の新店舗などの区画は、私が小学生だったころには公立病院があったところ。当時、大鍋屋別館さんは道路を挟んだ向かい側にありました。

おっといけない、また思い出話をはじめるところでした。

実木枝さん、現店舗での営業休止が今回の新型コロナの関係で早まってしまいましたね。新店舗での営業開始についても見通しがはっきりせずに不安もあることでしょう。

でもまぁ、ここはひとつ、新店舗開店の準備をじっくりできる好機ととらえてなんとか前向きに考えることができればと。新しいお店が始まれば、気中3年4組のみんなはもちろんのこと、多くの常連さんが〈待ってました〉と訪れてくれるはずです。

私は広告のヘッドコピーが気に入りました。

「新店舗でお会いしましょう」。 どうぞよろしく。


気仙沼市の技能功労者としてご主人の小野寺登さんが表彰されたときの三陸新報記事を、2016年11月のブログで紹介しております。お時間があればこちらもお読みいただければと。

2016年11月25日ブログ「祝!一心の37年」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 一心 小野寺実木枝

重篤さん連載記事

はじめにテレビ番組情報。4月12日(日) 午前10:05からのNHK総合「明日へ つなげよう/海の町に“おいしい”笑顔を〜天皇の料理番と栄養士」に、気仙沼市の栄養士 岩渕香菜さんが登場します。元・宮内庁大膳課主厨長の高橋恒雄さんによる気仙沼魚市場のクッキングスタジオでの料理教室が紹介されるそうです。是非ご覧ください。

ここからが本題。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、6月7日の開催が予定されていた「森は海の恋人植樹祭」は中止となります。4月6日に事務局のツイートで知りました。この植樹祭は、1989年から毎開催されてきただけに、関係者の皆さんにとっては本当に残念なことでしょう。

そんなことで、本日はNPO「森は海の恋人」理事長をつとめる畠山重篤さんの新聞での連載記事を紹介します。タイトルは、カキじいさんの気仙沼だより「海から森から」。

この連載の掲載新聞ですが、なんと毎日小学生新聞なのです。昨年11月4日に始まり、毎週月曜日に配信されています。ネットだけでなく、本紙掲載も月曜でしょう。最新記事となる18回目は4月6日(月)に配信されました。


気仙沼だより

毎日小学生新聞/同記事目次サイトより


カキじいさんの気仙沼だより/目次サイト


この記事の漢字には読み方のルビがふってあるなど、小学生向けの記事になっているのですが、大人にとっても読み応えのある内容です。

たとえば5〜9回は、〈カキ養殖の父〉として知られる宮城新昌(みやぎしんしょう)にまつわる話。そして16回から最新18回までは、東日本大震災の話が続いています。上記の目次サイトからすべての内容をお読みいただけますが、その下にこれまでの各回タイトルをまとめておきます。

01 おいしい季節を覚えて
02 「カキのごとく」と言われて
03 縄文人も食べていた
04 養殖の歴史、縄文から
05 沖縄が生んだカキ養殖の父
06 カキ養殖の父、日本再発見
07 日本とアメリカのかけ橋に
08 ひらめいた種苗づくり
09 「カキ養殖の父」誕生
10 汽水の匂いに包まれ
11 その名はホウシーファッチョイ
12 中国に「カキの村」
13 新昌さんの養殖、中国でも
14 天然の良港 気仙沼
15 カキと森を結ぶ川
16 大津波襲来
17 電柱越える水の壁
18 祖父の残した家

なお、〈カキ養殖の父〉宮城新昌さんについては、つぎのブログでも紹介しております。テレビ番組「料理の鉄人」の審査員でもあった岸朝子さんのお父様です。

2011年5月16日ブログ「森は海の恋人」

家で時間を過ごしている方も多いことでしょう。気分転換に、このブログの畠山重篤さん関連記事などいかがでしょうか。あくまで、ご参考ということで(笑)。

本ブログ「畠山重篤」関連記事リスト
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 畠山重篤 森は海の恋人

漁師暦の「深い話」

自宅リビングの壁にある「気仙沼漁師カレンダー」。正月から3月もあっという間でしたが、4月になってからもさらに早かった。もう9日です。

漁師暦


この漁師カレンダーの下部には、毎月の写真にまつわる話がいわば取材記事として記してあります。これがとても面白い。4月の記事タイトルは「深い話」です。是非みなさまにも知っていただきたく、引用させてもらいます。


深い話

小松菊雄さん(78歳)が、16歳で乗り込んだのは鰹船。最初の漁で「やんだくなって(嫌になって)」船が錨を下ろしたすきに海に飛び込み逃げてしまう。それでも3年ほど修行し、マグロ船に転職すると、これがおもしろかった。機関士見習いとして先輩の仕事ぶりを目で盗み、やがて機関長となる。「いまはタコ漁が楽しい。タコの道というのがあって、今日獲れなくても明日も同じところに仕掛けないといけない。何事も焦ってはダメということだね」。人生にも通じるなぁと感じ「深いですね?」と聞くと「深くないよ。浅いところに仕掛けるから」との答えに一同爆笑。でもその答えは、海と漁のことしか考えていない漁師ならではのものだった。 (引用は以上)


小松菊雄さんの話が、独特のユーモアとともに、ちゃんと〈深さ〉を感じさせる文章としてまとめられています。

気仙沼で育った私は、〈やんだくなって〉 (魚町言語圏では、「た」は濁らず「やんたぐなって」あるいは「やんたくなって」という感じかな) という言葉から、小松さんの口調や心情が手にとるようにわかります。

◎唐澤和也さん

同カレンダーの制作クレジットによれば、このインタビューをまとめたのは、編集も担当した唐澤和也さん(Punch Line Production) です。気仙沼の人ではないので、気仙沼弁を文字化するのは大変だったと思います。

とはいえ、唐澤さんの原稿を、企画/発行元の気仙沼つばき会の皆さんが細かくそして優しく〈校閲〉してくださったはずですが(笑)。

◎前康輔さん

前康輔(まえ・こうすけ)さんの写真もすばらしい。週刊文春のグラビアページ/原色美女図鑑などで前さんの写真を見ることがありますが、そのたびに漁師カレンダーの撮影を引き受けてくださったことをとてもありがたく思っております。

菊雄さんの笑顔がいいですね。78歳とはとても思えません。撮影場所は唐桑かな。新しさが残るコンクリート面を見て、震災後に唐桑の鮪立(しびたち)で整備された岸壁が以前よりも高くなって使いにくいという話を思い出しました。

◎竹内順平さん

新型コロナの関係で、3月15日に予定されていた目黒区での東日本大震災復興支援コンサートは中止となりました。関連企画「気仙沼漁師カレンダー展」は一応実施されたものの、コンサート来場者へのカレンダー販売ができませんでした。

昨年の目黒のコンサートでは、漁師カレンダーのプロデュースを担当してくださっているBambooCutの代表である竹内順平さんが、カレンダー展会場で説明や販売を熱心にされていました。今年もそうする予定だったでしょう。

BambooCutさんは3月19日、東京スカイツリー/東京ソラマチ4階に「立ち喰い梅干し屋」を開店したばかりですが、新型コロナの関係で本日4月8日から当面のあいだ休業することとなりました。

しかし、実店舗は休業となったものの、オンラインショップは営業中です。4月7日のブログで気仙沼の「フレー!フレー!地元」キャンペーンを紹介しましたが、こちらの梅干し屋さんも気仙沼がお世話になっている地元関連ショップということで、どうぞよろしく。

なお、2020年版漁師カレンダーは現在も販売されています。その内容などをつぎのブログで紹介しております。

2019年11月13日ブログ「前康輔さんの写真」
 
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

市内初感染者報道

きのう4月7日の三陸新報 第1面トップ記事は、気仙沼市内初となる、新型コロナウイルス感染者確認についてでした。4月5日の発表ですから、通常であれば翌日6日の記事掲載となりますが、同紙は月曜休刊のため6日の記事となりました。


三陸紙面

三陸新報4月7日記事の一部イメージ


記事の内容は県の発表に基づくものですので、4月6日のブログで紹介した内容と大きな違いはありません。個人情報ということもあるので、抑制的というか注意深く扱っています。受診や入院した医療機関もあくまで県内とし、市内との特定はなし。仕事で出かけたのも、あくまで関東方面です。

きのう4月7日に、気仙沼市から「 新型コロナウイルス感染者等に関する情報について (市長よりお願い)」という次の内容の記者発表がなされました。

■「市内で発生した新型コロナウイルス感染者等に関し、県発表以外の真偽不明な情報がSNS等を通じ拡散しております。
■ 担当保健所(県)に確認したところ、「患者からの聞き取りにより、立ち寄り先、接触相手、接触状態を可能な限り把握し、新たに感染が拡大しないよう、必要に応じ相手方個人や個店・事業所に必要な対応又は指導をしている。」とのことでした。以上により、個人の特定に繋がること、個店・事業所の風評被害に繋がるような発信については厳に慎んでいただくようお願いいたします。(発表内容は以上)

気仙沼の皆さんの心配は、接触の可能性でしょう。県内の医療機関というのはたぶん市内だろうがどこだろう、入院したのは市立病院だろうか、といったようなこと。

三陸新報の記事や県の発表内容を総合するとつぎのようなことです。

感染が確認された40代の男性は、3月24日〜28日まで車を使い関東方面に仕事にでかけていました。気仙沼に戻った3月29日に発症。それ以降は、自宅とは別の市内の実家で療養。受診以外は外出なし。

4月1日に気仙沼保健所内の帰国者・接触者相談センターに相談。同日、県内の医療機関Aを一般受診しました。記事によれば、この時点ではインフルエンザ陰性で風邪と診断。一般患者と同様の受診になったのは、この時点でセンターが相談内容からPCR検査の対象にならないと判断したためとのこと。

4月2日には、別症状のために医療機関Bを受診しています。三陸新報の記事では〈新型コロナとは別の症状〉としています。

しかしその後も症状が改善しないため3日にセンターに連絡。咳が出始めた4月4日に帰国者・接触者外来(場所などは非公表)を受診しました。記事によればこの時点でPCR検査を受けて、翌5日午前に陽性が判明。同日、県内の感染症指定医療機関 に入院しました。

以上のような経過です。

こうした報道に接して、自分は感染したくないと思う人も多いと思いますが、すでに感染しているという意識も必要かも。

私と家内が昨年末にかかった風邪がなんか今までにない感じのものでした。そして現在の心境を申し上げれば、その風邪が新型コロナ的なもので、すでに免疫ができていればいいなと。希望的な観測ですが。

感染そのものを必要以上に恐れる必要はないでしょう。しかし、感染に気づかずに高齢者をはじめリスクの大きな方にウイルスを移すことがこわいなと。

潜在的な感染者のつもりで行動しようと思っております。どうぞよろしく。

宮城県4月5日 記者発表資料
4月6日ブログ「気仙沼でも感染者」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

フレーフレー地元

4月5日の三陸新報にこんな広告が掲載されていました。


地元振興
三陸新報4月5日掲載広告


これは、気仙沼観光推進機構による広告です。同機構が展開する気仙沼クルーシップ加盟店利用促進という形をとりながらの、地元商店応援広告ということでしょう。

応援団のイラストは、(元)沼のハナヨメこと〈サユミ〉さんによるものでしょうか。私は この広告を見て、昨年11月1日の「気仙沼のほぼ日」おひらきにあたっての、「またあおうねの会」を思い出しました。

魚市場前〈みしおね横丁〉で開かれたこの会で、東北各地の応援団OBらによる「青空応援団」が、「ほぼ日」さんをはじめ多くの関係者にエールをおくってくれたのです。私はネットでその様子を見て、とてもありがたく感じました。

広告には、〈地元のお店がピンチです!〉との文字が。広告が掲載された4月5日の午後には、市内初の新型コロナ感染者が確認されました。不要不急の外出の自粛などのお願いがさらに強調されるなど、地元商店への影響はさらに大きくなることでしょう。

気仙沼市の菅原市長は昨日4月6日、つぎのようにツイートしています。



今日も、新型コロナ感染拡大や緊急事態宣言をめぐるニュースがいろいろと報じられています。私は東京から、気仙沼の皆さんにエールをおくります。

フレー!フレー! け!せ!ん!ぬ!ま!


クルーカード地元応援キャンペーンについては、つぎのサイトから。

気仙沼クルーシップ/地元応援月間サイト

「青空応援団」についてはこちらにて。

2019年11月6日ブログ「8年間の活動に幕」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

気仙沼でも感染者

宮城県はきのう4月5日午後、気仙沼市に住む男性が新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表しました。気仙沼市でははじめての感染確認ですが、宮城県としては21人目。(その後に仙台市で2人の感染が確認され、5日現在では23人)

県の発表に基づいて、同日午後4時にはNHKがこのニュースを配信しました。



4月5日NHKニュースサイトより


◎県発表内容/NHKニュース概要

感染が確認されたのは気仙沼市に住む40代の自営業の男性1人です。先月29日、37度6分の発熱やけん怠感、味覚・嗅覚の異常などの症状が出て、30日と31日に解熱と発熱を繰り返しました。

このため今月1日、帰国者・接触者相談センターに相談したうえで医療機関を受診したところ、インフルエンザの検査結果は陰性でかぜと診断されたとのこと。

しかし症状は改善せず、4日、せきも出たため、帰国者・接触者外来を受診し、5日、検査の結果、新型コロナウイルスに感染したことが確認されました。

男性は5日、感染症指定医療機関に入院する予定ですが、重篤な状況ではありません。

男性には発症前2週間に海外渡航歴はありませんが、先月24日から28日までは仕事のため車を使い、1人で関東方面に行っていたとのこと。

また、症状が出た先月29日以降は市内の実家で療養していて、医療機関を受診した以外は外出せず、症状が出る前から受診を含む外出時は常にマスクをしていたということです。(県の発表内容を受けてのNHKの報道内容は以上)

上記で感染症指定医療機関とされているのは、気仙沼市立病院だと思います(4/7追記:県の発表では、県内の感染症指定医療機関とだけしていて、どこの病院かは特定していません)。市立病院の感染症病床はサイトによれば、4床です。参考まで記しておくと、ほかに一般病床が336床(回復期リハビリ病床48床)あり、計340床です。

◎気仙沼市記者会見資料

この感染者確認を受けての4月5日付け気仙沼市記者会見資料には、感染予防のお願いやお知らせが記されています。以下に要約して紹介します。

■ 市内外への不要不急の外出の自粛(仕事・生活・通院等のためを除く)
■ 3密(密閉、密集、密接)の回避
■ 市主催イベント・会議等は、5月10日(日)まで原則中止または延期
■ 市主催以外のイベント・集会等については、担当部署を通して中止・延期等を要請
■ 市図書館、公民館、体育館、児童センター・児童館、保健福祉施設、震災遺構・伝承館、 リアス・アーク美術館、大曲コミュニティセンター等の展示・貸出施設は5月10日まで利用中止
■ 市立小・中学校・市立幼稚園・保育所等の対応
・市立小・中学校は、4月17日(金)まで臨時休業(実質4月19日まで)
・部活動は当面活動を見合わせ。学校開放は当面休止。
・感染拡大防止対策に万全を期しながら、市立幼稚園は予定通り、保育所はこれまでどおり開園、開所。

会見資料内容は以上。なお、この資料の最後に大事なことが書いてありました。

〈感染された方にご配慮いただき、人物の特定や風評につながる行動を取らないよう、ご理解とご協力をいただきますようお願い申し上げます〉

以上、長くなりましたが、どうぞよろしく。

気仙沼市4月5日記者会見資料(pdf)
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

出船送りでの願い

本日4月3日の三陸新報に、新型コロナウイルスの感染拡大で外国船員の入国制限などもあり、気仙沼港所属の遠洋マグロ船出港の見合わせが相次いでいるとの記事が掲載されていました。新型コロナの気仙沼への影響も深刻化しています。

1週間前、3月27日の三陸新報には「不安を抱えての出港」という見出しでの記事が掲載されていました。新型コロナウイルス感染が海外でも拡大するなか、3月26日に遠洋マグロはえ縄船2隻が気仙沼を出港しました。海形水産の第128海形丸と福洋水産の第7福洋丸です。27日にはもう一隻も西経漁場に向けて出港を予定しているとも。

26日に出港した第7福洋丸には、日本人6人とインドネシア人17人が乗船し、4月初旬から南太平洋で操業を開始する予定です。記事は、補給などの基地港であるミクロネシアのポンペイ港では、条件付きで入港や上陸が許可されているものの、不安を抱えながらの出港であることを伝えていました。

そしてこの記事から2日後の3月29日の同紙コラム記事「記者席」に、上記記事の担当記者と思われる(一)さんが取材時の心境などをつづっていました。


記者席
三陸新報3月29日「記者席」より


後半部を引用させてもらいます。

〈海外の補給基地で、日本船の入港や乗組員の乗下船などが続々と規制されている状況下。マグロ船に乗って50年になる大ベテランでさえ、「いつもと気持ちが違う。不安がないといえば言えば嘘になる」と話す。

それでも、すぐに続いた言葉が「われわれは海に向かうしかない。生活がかかっているんだよ」

乗組員や家族、会社を守るため、出漁する決意を静かな口調で語る姿が印象的だった。

同船は4月上旬から操業を開始し、気仙沼に帰ってくるのは9月ごろという。大漁満船と航海の安全、乗組員の健康を願い、船が見えなくなるまで見送った。〉(引用は以上)

マグロ船に乗って50年の大ベテランとは、漁労長の津島秀美さん(69)です。気中20回生は3月末で全員が68歳になりましたから、私たちより1年ほど上になりますね。

その津島さんの話を聞き取った後、第7福洋丸は出船送りがおこなわれるなか、コの字岸壁を離れていったのでしょう。そして(一)さんは〈船が見えなくなるまで見送った〉と。



(一)さんは、2月15日の「記者席」でも、新型コロナに関連して勝浦市の対応について記していました。下記のブログで紹介しました。お手すきのときにでも。

2月27日ブログ「勝浦のおもてなし」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 遠洋マグロはえ縄船 新型コロナ

「BCG」接種の記憶

結核予防に使われるBCGワクチンが、新型コロナウイルス感染症の発症や重症化を軽減させる可能性があるのではと話題になっています。感染拡大がつづくなかで見えた、一筋の光明かもしれません。

このBCGに関する記事のなかでよく見かけるのが1951年という年。日本では1951年にBCGワクチンが強制接種となったという話です。しかしこれは、ちょっとはしょり過ぎの話。まずはツベルクリン反応のチェックがありました。

Wikipediaにおける「BCG」項目の1949年以降の一部記述を以下に。





私たち気中20回生は1951年4月〜52年3月生まれなので、上記ウィキペディア記事でいえば、近代的な「結核予防法」施行以降の生まれです。したがって、同級生の多くは、小学生のときのツベルクリン注射のことをはっきりと覚えているでしょう。

気仙沼小学校の教員室の上の階にあった作法室で、市内医院の校医担当の先生がツベルクリン注射をしてくれました。皮膚と針先をアルコールでちょちょっとぬぐい、列をつくって並んでいる児童に注射をうってましたね。1学年で400人以上いるから大変だったでしょう。

2日後だったかに反応をチェック。単純にいえば10mm以上の大きさで赤くなっていれば陽性で、小さければ陰性。

陽性であれば結核菌に対する免疫があるということですが、陰性であればBCGワクチンの注射が必要でした。そして当時の気仙沼の小学生はみな〈BCGはいだくてやんた〉と思っていました。痛くていやだと。

その痛いBCG注射ですが、たしかクラスで5~10人ぐらいが接種対象になったような覚えがあります。

ところで私はその痛いBCGを打ったことがあったのだろうか。それがねえ、覚えていないんですよ。BCGの注射痕でわかるともいいますが、あるようなないような(笑)。

新型コロナだけでなく、加齢による記憶の衰えのほうも心配な今日このごろです。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : BCG 新型コロナ

仮設住宅退去完了

今日は4月1日。これまでとはずいぶん違った世相のなかで迎える新年度です。

3月28日の三陸新報に気仙沼市の応急仮設住宅に関する記事が掲載されていました。3月26日で市内すべての退去が完了したとのこと。


仮設住宅退居完了
三陸新報3月28日記事の一部イメージ


記事によれば、反松公園住宅に入居していた最後の1世帯が引っ越しを終えて3月26日に鍵を返還したことで、すべての退居が完了しました。

市内には、東日本大震災後、93の住宅団地と3つのグループホームに3504戸(うちグループホーム45戸)が建設されたそうです。

もっとも多い時期(2012年1月18日)には、3360戸に3155世帯、8288人が入居したそうです。(三陸新報の記事では最も多い時期を2011年1月18日としていますが、もちろんこれは誤記で、市の広報資料によれば2012年同日です)

小中学校の校庭開放などを目的に2013年度から仮設団地の集約化と県による解体を並行して実施してきました。そして25あった集約拠点団地のうち、気仙沼公園と反松公園の2団地が残り、昨年末時点で5世帯が入居していました。しかし、今年に入って順次、退居が進み、3月26日の全世帯退去完了となりました。

応急仮設住宅の入居はゼロになったものの、みなし仮設住宅は残り、市内の2世帯と盛岡市の1世帯が新年度も入居を続けますが、来年度中には住宅再建が完了し、退居する見込みとのことです。

最後に残っていた5世帯は、土地区画整理事業による土地造成工事を終えた南気仙沼地区での自宅の再建などを進めてきた方々です。仮設住宅からの退去は、新しい住まいへの入居ということでもあるでしょう。

関係者の皆さま、ここに至るまでが本当に長かったですね。お疲れさまでした。ご苦労さまでした。ありがとうございました。

2017年8月9日ブログ「仮設住宅入居者数」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 仮設住宅

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/68~69歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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