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気仙沼線 63周年

岩手銀行気仙沼支店が本年4月に魚町に戻ってくることを2月7日のブログでご紹介しました。本日紹介するのは、南気仙沼駅が、元の場所に戻ってくるという話。1月23日の三陸新報につぎの記事が掲載されていました。


南気仙沼駅

三陸新報1月23日記事の一部イメージ


震災後、JR気仙沼線は鉄路ではなくBRT/バスでの運行となっています。記事によれば、現在は一般の道路などを走行している松岩~不動の沢間について、旧鉄路を専用道化し3月14日に供用が開始されるそうです。これにより、柳津から気仙沼間の専用道化率は約84%となります。

現在のBRT/南気仙沼の駅というか停車場所はどこにあるのか私にはよくわからないものの、地元の人が長くなじんできた以前の場所に戻るというのは、まずは明るい話題ということだと思います。

ただし、記事には一般道を走って市立病院駅を経由する上り下り合わせて現行14本を6本に減らすとのことで、不便になることもあるのかもしれません。一般道を利用することのメリットというのもあるでしょうし。この辺はなかなか難しいところ。

記事のなかにある「不動の沢」駅の名もなつかしい。気仙沼高校への通学で、化粧坂を下り大川の本町橋をわたって右に折れ真っ直ぐ歩いていくと踏切がありました。その右側が不動の沢駅。汽車通学、つまり「汽車通」の生徒にとっては思い出深いプラットフォームでしょう。汽車とはいっても当時はもちろん蒸気機関車ではなくディーゼル車/気動車です。

69年前、昭和26年/1951年当時の(今でいうところの)不動の沢駅近辺がうつっている写真を紹介しましょう。2015年4月13日のブログでも紹介した『目で見る気仙沼の歴史』(昭和47年 気仙沼ライオンズクラブ発行)掲載写真です。

花見遠足
『目で見る気仙沼の歴史』掲載写真(クリックで拡大)

2015年4月13日ブログ「64年前の花見遠足」

右上の木立の下あたりが不動の沢駅、左方向が南気仙沼駅方向ですが、この当時はまだ駅がありません。国鉄/気仙沼線の気仙沼~本吉間の開通は、気仙沼文化史年表によれば1957年/昭和32年のこと。開通式は2月11日のことでした。私たち気中20回生4~5歳のころ。記憶にない(笑)。

つまり本日2月11日でちょうど63年。鉄路ではなくBRTではありますが、廃線となることなく運行されていることに感謝したいと思います。祝 気仙沼線開通63周年。どうぞよろしく。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼線 不動の沢

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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