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岩手銀行、魚町へ

七十七銀行気仙沼支店が1月27日に震災前の場所、南町の新店舗で業務を開始しました。そして、今年4月には岩手銀行が魚町に戻ってきます。

昨年12月25日の三陸新報につぎの記事が掲載されていました。現在は古町で営業している岩手銀行が、今年4月に震災前と同じ魚町地内に復旧・移転することを決めたとのことです。


岩手銀行
三陸新報2019年12月25日記事の一部イメージ


記事によれば、岩手銀行気仙沼支店は震災の津波で全壊し、一時的に千厩支店に間借りして営業したそうです。その後、2011年7月に現在地である古町に移転して営業を再開しました。12月から工事に着手し、3月中の完成、4月の営業開始を目指しているとのことです。

この機会に岩手銀行気仙沼支店の沿革をしらべてみたので紹介します。

まずは「気仙沼文化史年表」から。同年表では、気仙沼市史第5巻を出典として、昭和7年/1932年に「岩手殖産銀行支店開店〈市史V〉(昭和35年 岩手銀行となる)」としています。市史巻数表示のVはローマ数字の5です。

そしてその「気仙沼市史」第5巻産業編(上)を調べてみると、岩手銀行気仙沼支店の歴史は、明治30年に気仙沼町字釜の前に設けられた八十八銀行の気仙沼支店にさかのぼります。同支店が昭和13年に陸中銀行と改称し、昭和16年に岩手殖産銀行の支店となりました。その後、昭和33年に旧店舗の隣接地である魚町2丁目1-5に新築移転し、昭和35年には岩手銀行に改称。さらに昭和48年、同所に新店舗を新築したとしています。

困ったなあ。「気仙沼文化史年表」での記述は市史を出典としているわけですが、その市史には岩手殖産銀行の支店となったのは昭和16年としています。なにが正解なのかはわかりませんので、両方の記述を引用しておくにとどめます。

魚町2丁目1-5という住所は、坂本商会や武山米店の向かい側です。私の記憶に残る岩手銀行の正面にはちょっとしたショーウィンドウがあって、ちょっとした展示もおこなわれていました。広野画塾の子どもたちの作品展で私の描いた水彩画も展示されたことがあります。10点ぐらい並べられていたような。

広野画塾は、広野先生が読んでくれる童話などをモチーフにして絵を描くのですが、その時の私の絵は、木を積み重ねた上にお姫様だったかを寝させて火をつけるという残酷なシーン。私は大きな炎を人の形に見たてて描いたのですが、広野先生がほめてくれたことがとてもうれしかったことを覚えています。小学3年生ごろのことだと思います。

1月26日には七十七銀行が南町に。そして4月には岩手銀行が魚町に。魚町・南町の土地区画整理事業の終了は来年度(2020年4月~)内の見込みですが、こうして順次、以前そこにあった銀行が戻ってきてくれることを、地元の人たちもうれしく思っていることでしょう。

2019年4月18日ブログ「七十七銀行 南町へ」
1月27日ブログ 「77」南町店舗開店

 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 岩手銀行

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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