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気仙沼の2019年

気仙沼中央公民館による「あなたが選ぶ気仙沼市の五大ニュース」の候補29項目が、12月27日の三陸新報で紹介されていました。報道機関や公民館長などが出席しての項目決定会議で26日に決めたとのことです。

2019

三陸新報12月27日記事より


私が選ぶとすればなんだろう。順番はともかくも、気仙沼大島大橋の開通、「みらい造船」新工場、「気仙沼油槽所」、震災遺構・伝承館、新魚市場あたりかな。なんか建造物がならんでしまうな。「サンマ記録的な不漁」もかなりのものでしたが、昨年も不漁だったしなとか。気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ/ウマレル(創)のオープンもありました。。小泉海水浴場9年ぶりの海開きも。なんか5つ選ぶのがとても難しい。市民による投票は1月10日から22日まで。投票箱は、公民館や学校などの公共施設66カ所に設置されます。

なお、⑬「気仙沼市など2市3町による「みちのくGOLD浪漫」が日本遺産に認定」も候補となっています。これについて新聞で報道されたときに、このブログでも紹介をと思ったのですが、気仙沼との関わりに関しての情報がちょっと足らない感じがしてそのままにしておりました。

ということで、これに関係するテレビ番組を紹介します。すでに12月28日に東日本放送で放送されていますが、12月31日にはBS朝日でも放送されます。12月25日の三陸新報によれば、番組では気仙沼の鹿折金山や大谷鉱山などが紹介され、地元住民も出演するとのこと。

◎歴史を動かした!みちのく黄金郷
12月31日(火)19:00〜
BS朝日

話を戻しましょう。この〈五大ニュース〉は昭和20年から続く恒例行事です。今年で73回目になるかと。昨年までは、気仙沼市教育委員会と市立公民館の主催とされていましたが、今回の三陸新報の記事では中央公民館の名のみになっていました。なにか体制の変更があったのかもしれません。

昨年も年末最後のブログは「気仙沼の2018年」として五大ニュース候補を紹介しました。つい先日ののことのようにも思います。ということで、あっという間の一年でしたが、こうしてニュース項目をながめながらの仕事納めです。

新しい年がより良い年でありますように。そう心から願っております。どうぞ皆さま、良い年をお迎えください。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 五大ニュース

新庁舎建設候補地

気仙沼市の新庁舎をどこに建設するかについては、基本構想策定有識者会議が組織され、提言内容が1年以上にわたり検討されてきました。そして12月26日、同会議は、新庁舎の建設候補地は市立病院跡地が妥当とする提言書を市に提出しました。市内に住んでいる人にはわざわざ伝えるまでもないのですが、気仙沼を離れて暮らしている方のために三陸新報の記事を紹介します。

建設候補地

三陸新報12月27日記事の一部イメージ


有識者会議の提言が市立病院案を優位に評価しているということは既に報じられていましたので、特におどろきはありません。

最終的な候補地は3つありました。現在地、市立病院跡地、気仙沼公園です。気仙沼公園は市民会館のとなりというか、気仙沼中学校庭の南側です。私の記憶では、市としては気仙沼公園は難しいとしていたものの、市議会だったでしょうか、なぜ候補から外すのかという意見が出て候補に残ったという経緯があったと思います。要は、検討ポイントは現在地(八日町)か市立病院跡地かということ。

交通アクセスなどの利便性、防災上の安全性、建設費や解体費などの事業費の面いずれでも市立病院跡地が現在地より優位との結論に至ったそうです。

提言には条件がつけられており、市立病院跡地に建設する場合には、現在地周辺に与える影響が大きいことから、現庁舎の跡地や周辺の活用について、内湾地区との関係、市全体との関係を踏まえた計画をつくり、しっかりと対応をと求めているとのこと。

これまでの報道によれば、現在地に建設する場合には建設期間中はどこかに仮庁舎を設ける必要があります。解体費については、どこになるにしても現庁舎は壊さなければならないわけですが、その費用にあてる補助金交付の条件では、現庁舎案は不利だったようです。

ここ2〜3か月のあいだ、新庁舎の建設候補地選定についてはいろいろな動きがありました。詳細は略しますが、八日町の関係者からは市立病院跡地となった場合にこれまでの市のまちづくり計画と異なる判断になるのではないかとの申し入れが市に対してありました。また、12月25日の三陸新報によれば、23日に気仙沼商工会議所が、議論がまだ不十分であるとの認識からの要望書を市に提出しました。これは異例のことだとのこと。いずれも、提言は市立病院跡地選定の方向らしいということを受けての動きだったのでしょう。

ちょっと気になったのは、気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭は、10名からなる基本構想策定有識者会議の委員でもあります。会議での議論をよく知る立場である一方で、議論が充分でないと表明することになりました。批判しているのではなく、なかなか苦しい立場だなと。これは、この新庁舎建設地をめぐる議論のもつ難しさ、微妙な市民感情を象徴しているような気がいたします。

なお、市庁舎建設基本構想策定有識者会議の委員はつぎの10名です。

名簿
気仙沼市公式サイトより(敬称略・五十音順)

この市庁舎建設については、市のサイトにアンケートなどの結果、意見交換会の内容、これまで7回にわたる有識者会議の議事録などが公開されています。市民交換会で配布された資料には、基本構想策定のために知っておかなければいけない情報が20頁にわたってまとめられていますので関心があるかたは是非ご覧ください。

気仙沼市公式サイト「新庁舎建設」
市民との意見交換会(8月25日)配布資料

きょうは12月27日。仕事納めという方も多いことでしょう。本ブログは30日(月)までとし、年末年始のお休みをと思っております。どうぞよろしく。
 

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tag : 新庁舎建設

移住者たちの本音

本日はテレビ番組のご紹介。12月30日のNHK総合で気仙沼市唐桑地区に移住してきた若者たちを取り上げた番組が放送されます。

明日へ
番組サイトより


◎明日へ つなげよう
ボクらが被災地に住む理由〜移住者たちの本音〜
NHK総合テレビ
12月30日(月)午前10:05〜10:53

まずは番組サイトから紹介文を引用します。


宮城県気仙沼市唐桑地区。この小さな漁村に、20~30代の若者たちが全国から次々と移住している。町作りの団体を立ち上げた者。漁師とビジネスを始めようとする者…。彼らは唐桑の魅力を発見し、新たなつながりを生み出し、村の様子を一変させた。なぜ唐桑に移住し、いま何を思い日々を過ごしているのか。移住者の赤裸々な本音から紡ぎ出される、震災8年の物語。ナレーターは宮城県出身の俳優・千葉雄大さん(引用は以上)

番組紹介の画像にもうつっていますが、一般社団法人まるオフィス代表理事の加藤拓馬さんの周辺も紹介されるようです。この番組について、拓馬さんが自身のブログ「遼東記」でつぎのように記しています。

〈 気仙沼の唐桑半島に住み始めて8年7ヶ月が過ぎました。あれよあれよと半島に移住者が増え、みんなもがきながら役割とか居場所とか、地元とか社会とか、ホンキで向き合ってます。でもみんな青くて、だからみんな地元に愛されてます。

去年、ずっと撮りたかったんだよね、ととあるNHKの方に言っていただいて。すんげぇ大御所の方だったから、どんなロケになるのかと思いきや、その方が一人で一眼レフを持って、唐桑半島に通う1年間。クルーはゼロ。

そのうち、こうも言ってくれました。「ここで起きてることは、今までの地方移住の概念じゃないし、これは世の中に伝わってない」

当の本人たちは呑気に「そうなんすよ~」とか言ってるけど、どう映ったのかさっぱり。笑

でも、間違いないのは、おれら移住者を通して、震災から9年の唐桑半島の今、社会の今を丁寧に描いてくださったんだなぁと。なんせ、一番私がわくわくハラハラしてます。〉(引用は以上)

NHKの方がいう〈まだ世の中に伝わっていない、唐桑に移住した若者たちの赤裸々な本音〉。これは楽しみだなあ。加藤拓馬さんや加藤航也さんには先日の気仙沼を元気にする会でお会いしていますし、根岸えまさんには前年の元気にする会で。番組紹介の写真のなかにはずいぶんと〈知った顔〉がうつっています。


最後に昨年2018年の目黒のさんま祭のために上京してくれた気仙沼市唐桑の松圃(まつばたけ)虎舞メンバーの写真を紹介します。地元の子供達と共にうつる若者たち。昨年9月19日のブログで紹介しました。ここにうつる多くの若者が30日の番組にも登場することでしょう。

松圃虎舞メンバー
松圃虎舞保存会と気仙沼市立中井小学校の皆さん(クリックで拡大)


それにしても、今年最後のNHK「明日へ つなげよう」で気仙沼市唐桑への移住者をとりあげてくれるとは。大震災、復興、地域文化、若者、まちづくり、教育。さまざまなテーマがそこに凝縮されているからでしょう。

放送は来週月曜日の午前10時5分から。予約録画が確実でしょう。どうぞよろしく。
 

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tag : 明日へ

育英会の幡野さん

12月21日の三陸新報1面コラム「万有流転」では、公益財団気仙沼育英会の令和2年度奨学生募集が始まったことを紹介していました。

万有流転

三陸新報12月21日記事の一部イメージ


このなかに久しぶりに見る名前がありました。幡野寛治郎さんです。〈気仙沼市の育英会は、故幡野寛治郎さんを会長に、1952年1月「気仙沼市出身者で高校を卒業後、さらに上級学校に進学する者に奨学金を貸与し、もって英才の育成に寄与すること」を目的に設立された〉と。

幡野家の家業は材木業です。たしか幡野木材。八日町から化粧坂方向に向かう左側にあったような気がします。私が気仙沼高校美術部のころ、ポスターデザインや油絵を描くためのベニヤ板パネルの材料は幡野木材で買いました。事務所のガラス戸には立派な金文字で会社名が書かれていたように思います。そんなこともあってか、〈幡野〉と聞けば育英会、育英会と聞けば〈幡野〉を連想するといった具合でした。

現在は公益財団法人としての活動ですが、気仙沼育英会設立前には幡野家の私財を投じての活動であったと聞いたことがあります。育英会設立後も同様であったことでしょう。大変な困難があったであろうことは想像にかたくありません。

「気仙沼文化史年表」(荒木英夫著)によれば、幡野寛治郎さんは、1966(昭和41)年5月21日に亡くなっています。87歳。元教育委員長・初代気仙沼育英会会長と記されています。そして同年6月6日には「幡野茂夫を気仙沼育英会会長に選出」とありました。私は詳しく知らないのですが、寛次郎さんのご子息でしょう。

しかし、残念なことに茂夫さんは1975年7月12日に交通事故で急逝します。72歳でした。その後を引き継いだのは、〈丸和〉の尾形和市さん。一年先輩/気中19回生 和優さんのお父さんです。ネットで気仙沼育英会のことを調べていたら、現時点か以前かははっきりとしないのですが、気仙沼育英会の会長として尾形和優さんのお名前がありました。育英会とはお父様のご縁があったのですね。尾形和市さんは旧制気仙沼中学(現気仙沼高校)から東京帝国大学に進んだ英才です。気仙沼の教育に対する強い思いもあったのではないでしょうか。

冒頭に記したように気仙沼育英会の設立は1952年1月です。もうすぐ68。私が生まれたのが同年3月なのですぐわかります。私ももうすぐ68歳(笑)。育英会は多くの方々のご支援とご協力を得ての68年だったと思います。同会の援助を受けながら勉学に励んだ学生もかなりの数にのぼるはずです。

幡野寛治郎さん。気仙沼の教育を語るうえで決して忘れてはいけない方のお一人でしょう。三陸新報「万有流転」の記事を読み、そんな思いをあらたにしています。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 幡野寛治郎 気仙沼育英会

拓がプレオープン

気仙沼の内湾地区の商業施設「迎(ムカエル)」などに隣接するかたちで整備が進められている商業施設「拓(ヒラケル)」が、12月20日にプレオープンしました。

12月19日の三陸新報はつぎのように伝えています。

プレ
三陸新報12月19日記事の一部イメージ


そしてプレオープン翌日の12月21日にはつぎの記事で紹介していました。

ヒラケル

三陸新報12月21日記事の一部イメージ

ふたつの記事を総合すると、ヒラケルの建物は日本アムウェイ財団が整備し、気仙沼地域開発が運営します。本格的的なサラウンドシステムを備え映画上映やステージ発表もできる多目的コミュニティーホール(80席)のほか、生鮮食品を扱う「気仙沼生鮮館やまひろ」「宮川商店」、クラフトビールを醸造・販売する「ブラック・タイド・ブリュワリー」がテナントです。

プレオープンの20日、コミュニティーホールでは、渡辺謙さんを招いての映画上映会が開かれました。謙さん主演のミュージカル映像版「王様と私」の上映後、ご本人の舞台にまつわるトークを80人の観客が楽しんだとのことです。 

なお、21日の三陸新報記事の見出しにある4施設とはつぎの4施設を指していると思います。

迎:ムカエル
創:ウマレル
結:ユワエル
拓:ヒラケル

本年4月20日の三陸新報の記事によれば、この施設の総工費は、約2億6千万円とされ、全額が日本アムウェイ財団に寄せられた支援金でまかなわれます。詳しい話は4月24日のブログにまとめております。

12月20日のNHK東北NEWSの配信映像のなかで、気仙沼地域開発の代表である菅原昭彦さん(気仙沼商工会議所会頭)は、つぎのように述べていました。

「(この施設の完成は復興に向けた)本当に一歩だと思いますね。まちづくりとか震災からの復興あるいは再生というのは、そんなに簡単にできるものではないと私は覚悟しておりまして、そういう意味では、こんな一歩を繰り返すなかで、まちがつくられていくんだろうなというふうに思っています」

この内湾地区のまちづくり会社として、限られた予算や人員という条件のなかで、一歩一歩のあゆみを重ねてやっとここまでくることができたという、菅原さんの正直な感想、実感でしょう。

12月20日はあくまでプレオープン。この向かい側には一部テナントの営業が始まっている商業施設「結/ユワエル」の整備が進められており、すべての施設の完成は来年3月下旬ごろになるそうです。
 

まずは年内の中締めということでヒラケル/プレオープンのお祝いを。日本アムウェイ財団をはじめ関係者の皆さま、ありがとうございました。そして、おめでとうございました。

3月5日ブログ「気仙沼内湾醸造所」
4月24日ブログ「アムウェイハウス」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

恵比寿像みつかる

いやあおどろいた。大震災で流失したお神明さんの恵比寿像が、近くの海中で見つかったそうです。

恵比寿像

三陸新報12月19日記事の一部イメージ


記事によれば、恵比寿像が発見されたのは11月25日。浮見堂と遊歩道の整備工事のために水中で作業していたダイバーが海底に横たわる恵比寿像を確認したとのこと。

皆さんご存じのように、震災で失われた恵比寿像を復活させるため、気仙沼神明崎三代目恵比寿像建立委員会が設立されすでに新たな恵比寿像の制作も進んでいます。

関係者も驚いたことでしょう。まさに〈どうすっぺ〉と。11月25日に発見され、12月19日に報道されるまでに方針を協議したのでしょう。記事に、このほど開かれた会合で、五十鈴神社の神山宮司から社殿の中に保管するとともに、参拝者の目に触れられる形にしたいとの考えが示され、出席者から賛同を得たとありました。

市では、工事を請け負う五洋建設の協力で来年1月中に像を引き上げて、五十鈴神社と三代目恵比寿像建立委員会に引き渡す予定ということです。

三陸新報の記事にも書かれていましたが、同委員会ではすでに、サッポロホールディングスさんから530万円の支援を受けて、タイの代わりにカツオを抱えた3代目恵比寿像を制作。来春、浮見堂の完成に合わせて設置する予定です。サッポロホールディングスは、〈ヱビスビール〉を製造・販売するサッポロビールの持ち株会社です。

昨年5月29日には、翁観二さんによる像の縮小原型が完成して関係者に披露されています。私は、3代目恵比寿像にタイではなくカツオを持たせることへの疑問をこのブログで何度か記してきました。そのことも含めて、縮小原型に関する記事をつぎのブログで紹介しております。

2018年6月15日ブログ「恵比寿像縮小原型」

三陸新報の記事に、建立委員会委員長の臼井賢志さんのコメントが紹介されていました。〈まさに朗報で、大変おめでたい〉と。本当にそうですね。なくなったものが見つかるとか、復活とか、まさに〈縁起〉がよくておめでタイ。2代目恵比寿像も人気を得ることでしょう。

なお、浮見堂や遊歩道の復旧については次のブログにて。この時点では今年の夏までの復旧とされていますが、今回の恵比寿像発見の記事によると来春までかかるようです。

2月15日ブログ「浮見堂復旧支援金」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 恵比寿像 浮見堂

宮古屋SSオープン

明日12月21日に気仙沼大島に宮古屋のガソリンスタンド/サービスステーション(SS)が本設オープンします。本日12月20日の三陸新報に告知広告が掲載されていました。


宮古屋

三陸新報12月20日掲載広告より


宮古屋の熊谷雅裕君は気仙沼高校の同級生(気高22回)です。親しいので、震災前後の経緯もよく知っています。

震災前、宮古屋を継いでいたお兄さんが亡くなったことなどで、一度は大島に帰った雅裕君でした。しかし宮古屋の仕事も落ち着いたので東京に戻ってきたのが震災の1年前といったところではなかったか。

そして2011年3月11日。お母様は無事でしたが、店も自宅もすべて流されました。雅裕君は宮古屋復興のために同年7月27日に奥さんと一緒に気仙沼へ戻ることになったのです。それから8年5か月。やっとの本設SSをオープンすることができました。

気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)が開通したのは本年4月7日のことでした。大島の浦の浜に整備中のウェルカムターミナルに民間商業施設「野杜海(のどか)」がオープンしたのは7月26日です。私が知る大島そして浦の浜とはちょっと違った風景がいまそこにあるはずです。そうした新しい気仙沼大島におけるサービスステーションの役割をしっかりと果たしてくれることでしょう。

友人のひとりとして、宮古屋さんの本設SSオープンに対し、心からお祝いを申し上げます。雅裕君、やっとここまできたね。おめでとう。


震災の年に記した雅裕君や宮古屋さんについての話はつぎのブログで。

2011年7月26日ブログ「恒四郎のプレハブ」
2011年10月27日ブログ「宮古屋の雅裕君」


◎週末テレビ情報

ついでながら、テレビ番組のご紹介を。12月1日に気仙沼市民会館で収録された、「明日へつながるコンサート」が22日(日)に放送されます。

明日へつながるコンサート
12月22日(日) 17:35〜17:53
NHK総合

番組案内を引用します。

歌で被災地を応援。今回は宮城県気仙沼市より、鳥羽一郎が「兄弟船」、ゴスペラーズが「ひとり」、大原櫻子「瞳」を熱唱。気仙沼中学校の子どもたちがコーラスで大原櫻子とドリカムの「何度でも」で共演。出演者全員では「明日があるさ」と「花は咲く」を歌う。地元の方に聞いた、身近でおこった「幸せニュース」を発表。司会は小松宏司アナウンサー。

12月1日にはこのコンサートをはじめ、10番組の公開収録が気仙沼でおこなわれました。11月4日のブログで紹介しております。

日曜日の「明日へつながるコンサート」。市民会館の観客席に知った顔がいるかどうか楽しみです。
 

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tag : 宮古屋 熊谷雅裕

聖火リレールート

12月16日のブログで、東京五輪の聖火ランナーに千田健一さんが内定したことをお伝えしました。どのようなコースを走るのだろうかと思っておりましたら、きのう12月18日の三陸新報が気仙沼市と南三陸町のリレールートを紹介してくれました。

リレールート

三陸新報12月18日記事の一部イメージ


記事によれば、宮城県内の聖火リレーは6月20日に気仙沼から始まります。記念のセレモニーも計画しているそうです。まず、災害公営住宅の鹿折南住宅を出発した後、魚町では臼井弘君(3年4組)の〈福寿水産〉前を通過し、わたくし小田(8組)の実家跡を右側坂上に見ながら(というか、跡なのでなにも見えないけれど)、右前方の佐々木徹君(1組)宅手前で左折、海岸通りへ。そしてムカエルやウマレル付近(つまり旧エースポート前)を通りながら、内湾沿いに左折。千葉憲二君(4組)の〈かもめ食堂〉を右に見ながら港町臨港道路を通り、気仙沼魚市場がゴールです。

気仙沼市のあとは、南三陸町につなぐのですが、気仙沼魚市場から南三陸町までは車で運ぶそうです。聖火を手に走るのが聖火ランナーなら、ハンドルを握るのは〈聖火ドライバー〉でしょうか。

河北新報も同日の配信記事で、聖火リレーの宮城コースを紹介していました。6月20日は、気仙沼〜南三陸町〜石巻〜女川。21日は東松島から塩釜や多賀城などをまわって利府町へ。22日は山本町から亘理町や岩沼市、名取市へ。そして仙台市内に入って、ゴールは勾当台公園市民広場となります。

そして河北新報は、本日12月19日の配信記事で気仙沼と南三陸町の詳しいルートを紹介しています。そこに、聖火ルートの空撮動画もありました。スタートは市営委鹿折南住宅です。どうぞご覧ください。




この河北新報の気仙沼ルートを伝える記事の末尾には〈リレーが行われるころは、カツオの水揚げが最盛期を迎えている〉とありました。ちょっとした記述ですが、気仙沼の季節感を感じさせてとてもいいですね。

三陸新報によれば、気仙沼市の聖火ランナーは千田健一さんをはじめ20人ほどだといいます。年内にも公表されるとのことで、これも楽しみです。

12月16日ブログ「五輪聖火ランナー」
  

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ママチャリ憲二君

紹介しようと思いながらずいぶんと遅くなっている記事がいくつからあります。本日の話もそのひとつです。

朝日新聞のアエラオンライン10月6日配信記事「ラーメン名店クロニクル」で千葉憲二君(3年4組)が紹介されています。


ちばき屋

アエラオンライン配信記事の一部


朝日新聞アエラオンライン10月6日配信記事


この連載「ラーメン名店クロニクル」はラーメンライターとして知られる井出隊長によるもの。ラーメン店のなかでも屈指の名店と呼ばれる店の店主が愛するほかの店を紹介しています。

10月6日配信記事のタイトルは「40歳でラーメン屋に転向 ハイヤーからママチャリ生活になっても貫いた〈ちばき屋〉店主の情熱」です。

5頁で構成される記事のはじめでは、千葉憲二君にかけてもらった言葉を胸にラーメン屋を続けているという日本橋「つじ田」店主の辻田雄大さんが紹介されます。そして2頁目の後半から「ちばき屋」千葉憲二君についての話が始まります。

冒頭で「流行に踊らされないあっさりした支那そばを手掛けて今年で27年、今も全く色褪せることはなく、業界内での人望も厚い。かつて日本ラーメン協会の理事長を務めた千葉さんは、日本のラーメン界をまとめてきた人物でもある」と憲二君がほめられています(笑)。

私たち同級生にとっては知った話も多いのです。大学を卒業後、東京・京橋の和食店「ざくろ」へ。29歳で副料理長。34歳で「ざくろ」を退職し、銀座「江島」のオープニングスタッフとして再出発し、取締役・総料理長にまで上り詰めたといったことなど。詳しくは記事を読んでいただきたく。

私が知らなかった話がありました。和食の技法を使ってラーメンを作ろうと、40歳で「江島」を退職し「ちばき屋」をオープンしたときの話。

〈総料理長時代のハイヤー生活から一転、ママチャリ生活になった千葉さんを見た娘から心配されたこともあった。あまりの落差にさすがに悩んだこともあったという〉

独立したてのころの大変な時に、〈けせもい会〉はじめ同級生とのつながりがとてもありがたかったということは折に触れて憲二君が語っています。しかし娘さんの〈ママチャリ〉の話ははじめてでした。娘さんの心配は、憲二君としてもちょっとつらいものがあったでしょう。

新年2月1日に予定されている「けせもい会」の新年会は、例年と同じく憲二君が店主の銀座『まかない・喜いち』でおこなわれます。憲二君に、この〈ママチャリ〉の話を聞いてみようと思っています。

なお、この「ラーメン名店クロニクル」の次の回では、気仙沼〈かもめ食堂〉復活に関しての話です。回をあらためて紹介することにいたします。

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tag : 千葉憲二 ちばき屋

「迎」と「創」の受賞

12月15日の三陸新報で、気仙沼の内湾地区に整備された商業施設「ムカエル(迎)」と、気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ「ウマレル(創)」がグッドデザイン賞に選定されたことを伝えていました。

グッドデザイン賞
三陸新報12月15日記事の一部イメージ


このグッドデザイン賞受賞は、10月2日に発表され、このブログで紹介したのは同月11日です。正直な話、どうして記事にしないのだろうと思っていたのです。見落としたのかもしれないと心配したりもして。

報道がいまになった理由は少し調べてみてわかりました。市役所の記者発表資料のリリースが12月13日だったのです。三陸新報ではなく市役所の対応によるものでした。

受賞内容は、すでに伝えている話なので繰り返しませんが、記事を読んでいて気づいたことがあります。それは施設名称の表記です。記事では、「迎(ムカエル)」「創(ウマレル)」としていますが、グッドデザイン賞のサイトでの概要本文では、「ムカエル」「ウマレル」としています。応募時の記述内容がそうなっているのだと思うのですが、私は何度もくりかえしますが、カタカナ主体の表記がやはり自然だなと感じます。

もっとも、グッドデザイン賞のサイトの受賞対象名だけは「復興デザイン [気仙沼内湾ウォーターフロント・「迎」ムカエル・「創」ウマレル(PIER7)]」と、漢字まじりのものとなっています。

まち・ひと・しごと交流プラザについては、〈「創」ウマレル(PIER7)〉となっており、あの施設名をなんと呼んでいいのか、どう表記したらいいのかとあらためて思います。なお、PIER7はピアセブンと読みます。第7桟橋といった意味だと思います。

これらの名称がかかえる課題については、一度しっかりとまとめてみたいと思いながらもいまだ果たせず。現場の事情を知らないものがわかったふり/したり顔をしてものを言うようになるのもいやだなと。それでもこのことがいつも頭に残っているのは、私だったらどう解決するだろうかとの思考実験でもあるからです。年明けにでもまた。

本日は、内湾地区復興まちづくり協議会の皆さんや市、県、そして設計・計画関係でお世話になった方々に、あらためてのお祝いを申し上げます。このたびのグッドデザイン賞受賞、おめでとうございました。

なお、当ブログでの受賞内容紹介や、六本木での受賞内容展示の報告などはつぎのブログにて。

10月11日ブログ「グッドデザイン賞」
11月5日ブログ「文化の日の展覧会」
 

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tag : グッドデザイン賞

五輪聖火ランナー

2020東京五輪の聖火ランナーに、気仙沼の千田健一さんが内定したと河北新報が伝えています。千田健一さんは、1980年のモスクワ五輪のフェンシング日本代表に選ばれながらも、日本の参加ボイコットで出場がかないませんでした。同大会「幻の日本代表」のおひとりです。現在は、気仙沼市体育協会事務局長をつとめています。


千田健一さん

河北新報12月13日配信記事の一部イメージ


河北新報の記事によれば、鼎が浦高校(現気仙沼高校)でフェンシングの指導を始めたのは1982年のことだったといいます。そして、2004年のアテネから3大会出場した菅原智恵子さんや2008年北京から2大会連続出場し、ロンドン団体銀メダルの長男健太さんを育てました。

2011年の震災時には気仙沼高校の教頭をつとめていました。何人かの教え子が犠牲になり、そのなかには鼎が浦高で全国大会を制したメンバーの1人も含まれていたそうです。

千田健一さんには、関東気仙沼高校同窓会で気仙沼向洋高校との合同懇親会で何度かお目にかかりました。当時は、向洋高校の校長で来賓として出席されていました。

私たちが座るテーブル近くにいらしたときにお声がけしたことがあります。フェンシングをやっていた同級生の名を何人か告げてその仲間ですと伝えると、とてもなつかしそうにしていました。

2015年5月22日ブログ「気仙沼/剣の源流」で、若いころの千田健一さんがうつる写真を紹介したことがあります。『気仙沼市史 補遺編/スポーツ・芸術編』における「フェンシング競技」に関する記述中の次の写真です。


鼎フェンシング部


平成8年度といいますから1996年度。23年前の写真です。右端が千田健一先生、左端は当時はすでに引退されていたようですが佐藤美代子先生です。ここにうつる鼎が浦高校の生徒たちも今は40歳前後でしょうか。

2020年の聖火リレー。千田健一さんから指導を受けた多くのフェンサーたちが、聖火ランナー千田先生に声援と拍手をおくることでしょう。

2015年5月22日ブログ「気仙沼/剣の源流」
 

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唐桑「神止の女達」

12月15日(日)に唐桑小学校体育館で開催される演劇のご案内です。

チラシ

唐桑中学校サイトより


◎茶畑劇場~神止の女達
12月15日(日)
唐桑小学校体育館
13:30開場 14:00開演
入場無料

劇のタイトルは、「茶畑劇場~神止の女達(かどまりのおなごたち)」です。本日12月13日の三陸新報によれば、気仙沼市の唐桑大漁唄込復活推進実行委員会(鈴木伸太郎会長)による郷土芸能劇「唐桑ものがたり」シリーズの8作目。

唐桑地区の郷土芸能のひとつ「神止り七福神」の誕生秘話や、旗揚げに携わった人たちの人間模様を喜劇として描くそうです。劇中には、神止り七福神舞、崎浜大漁唄込、唐桑浜甚句などの郷土芸能が盛り込まれます。

住民有志でつくる劇団「夢の海」の団員をはじめ、各郷土芸能保存団体関係者ら約60人が出演し、10月から積み重ねてきた稽古の成果を披露するとのこと。

私は昨年3月25日に目黒区民センターホールで行われた唐桑物語「海の古道」東京公演を見ています。これは2017年に気仙沼で上演された「海の古道〜神々の記憶/1300 years version」の東京公演でした。これについてはつぎのふたつのブログで記しておりますが、劇が始まる前のホールロビ−は、出演者と唐桑をはじめとする気仙沼出身者とでとてもにぎやかだったことをおぼえています。

12月15日の公演は、地元の唐桑小学校体育館でおこなわれます。出演者の家族など舞台と観客が一体となってのステージとなるのではないでしょうか。どうぞお出かけください。

2018年3月14日ブログ「海の古道 東京公演」
2018年3月26日ブログ「海の古道 公演報告」
 

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tag : 唐桑ものがたり

魚町2丁目に帰還

12月7日(土)の三陸新報に、〈魚町へ帰還 ! 記念大売り出し !! 〉とうたう広告が掲載されていました。

カヂワラ
三陸新報12月7日掲載広告より


陶磁器店(小さなころは瀬戸物屋さんと呼んでいた)「カヂワラ」さんの広告です。広告の文章を少し引用させてもらいます。

〈長らくお待たせしました。震災より8年8ヶ月ぶりに魚町の元いた場所に帰ってまいりました。トレーラーハウスにて営業しております。前の店よりだいぶ小さくなりましたが、今後ともお引き立ての程 よろしくお願い申し上げます。〉

ご店主の〈やっと魚町に帰ってきた〉という喜びが伝わってくるようです。

店名の下の住所に〈魚町2丁目(角星様となり)〉とありました。以前の角星の隣は、向かって右が角星園茶舗、左が田中砂糖店でした。左方向にさらにお店を思い出してみると、田中さんちの左が佐々木小児科、そして紙製品などの富田、その隣はたしか風呂釜などを扱うお店だったけど名前を思い出せない。その左がカヂワラさん。と思ったのですが、妻に聞いてみると、カヂワラさんが風呂釜なども扱っていたのではないかと。そういわれるとそんな気も(笑)。そしてそのまた隣は種苗や野菜を売っていたヨネキ商店だと思う。そしてダンディという理容店、乾物や食品の日渡商店。日渡の場所はその後の日山商店。

かなり記憶があいまいです。私が中学の頃の角星やカヂワラの向かい側を思い出してみると、向かって一番左が丸正ともうひとつボタンなどを扱う店がありました。数軒おいて洋食のワタブン、その右側が大内薬局だったか。あとはおぼろ。

角星の容子さんや佐々木小児科の隆君は同級生。田中砂糖店の明夫さんやヨネキの宮川さんは一年先輩の気中19回生でした。

佐々木小児科は、その後は裏側にあたるバス通りのほうに移転しました。和彦君の実家である佐藤小児科がどのへんだったかの記憶があいまいになってきました。南町だったか。このふたりについては、つぎのブログで。

2011年8月17日ブログ「医者の息子たち」

こうして振り返ってみても、あの魚町の一角だけでも多くの同級生や先輩がたくさんいたのです。人通りも多かった。歳末には通りの向かいにしめ縄などの露店も出ていましたね。

そうした私の魚町の記憶のなかにある〈カヂワラ〉さん。魚町での営業開始のお祝いを申し上げます。ご帰還、おめでとうございました。
 

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舟山とのつながり

11月22日の三陸新報の記事を紹介します。かつて気仙沼市内の水産加工場で研修した中国浙江省(せっこうしょう)舟山市の人たちが約20年ぶりに気仙沼を訪れたそうです。11月20日のことです。

舟山市
三陸新報11月22日記事の一部イメージ


記事によれば、舟山市の人たちの気仙沼での研修は1998年度から2004年度までの7期にわたり、述べ408人が参加したそうです。なかには気仙沼の人と結婚して残った人もいたと。

今回気仙沼を訪れたのは15人。宿泊先のホテル一景閣で、当時の気仙沼で親しくなった人やお世話になった人、研修先企業の関係者らと再会し旧交をあたためたとのこと。

◎友好協定都市「舟山市」

舟山。久しぶりにきく中国の地名です。あえて冒頭には記しませんでしたが、舟山は「しゅうざん」と読みます。いまでは知らない人も多いのではないかなあ。と思っていたら、翌日23日の三陸新報「記者席」に関連記事が。


記者席
三陸新報11月23日記事


この記事に、〈友好都市協定を結んでいても、近年、行き来がない気仙沼と舟山〉 との記述があります。舟山以外の友好都市は、岩手県一関市と東京都目黒区のふたつだと。そして〈協定が形骸化し、行政同士の関わりが薄くなっても、一度つながった人と人との縁や思いは変わらない〉と結んでいました。

◎カネダイさんとのご縁

このブログで、舟山と気仙沼/カネダイさんの関わりを記したことがあります。2018年7月31日ブログ「わが社の屋号①」。そのなかで、記事を引用しながらカネダイ(旧社名:佐藤商店)の先祖と舟山市との関わりをつぎのように紹介しました。

今から250年以上前に、気仙沼の回船(廻船)「春日丸」が嵐に遭い、中国・浙江省舟山市の桃花島に漂着しましたが、乗組員は現地の人たちから手厚い保護を受けて無事に気仙沼に帰ってきました。カネダイの佐藤亮輔社長は、その「春日丸」の船頭・伝兵衛の子孫にあたるそうです。江戸時代は江戸から帆船で当時の〈流行物〉を買ってきて、陸路で仙台や盛岡などに出荷したり、気仙沼で買い集めた海産物を船で江戸や上方に運ぶ回船業をおこなっていました。(自ブログ引用は以上)

佐藤亮輔さんは8代目ですが、その父、7代目の佐藤正二さんが気仙沼と舟山市との交流に熱心だったような気がします。ちょっと話がずれますが、気仙沼での舟山市の皆さんの研修が始まったのは1998年。カネダイさんが、それまでの「佐藤商店」から現社名に変更したのは、その前年1997年のことです。

この時期、カネダイさんをはじめ気仙沼の水産加工業の業容や業態などが大きく変わろうとしていたのかもしれませんね。舟山市から気仙沼に研修で訪れた多くの人がその変容や成長を支えてくれたのではないかと。

なんか推測が多くなって申し訳ないのですが、三陸新報のふたつの記事を読み、そんなことを想像しておりました。

「記者席」記事の末尾には筆者として(玲)の一文字が。〈協定が形骸化〉としつつも、行政の怠慢として批判するのではなく、人と人とのつながりの大事さありがたさを伝えてくれる、とてもよい記事でした。交流の現場にいて感じた正直な気持ちだったのでしょう。

いま気仙沼で働くインドネシアなどからの研修生の人たちが20年後に気仙沼を訪れて、当時の友人やお世話になった多くの人と旧交をまじえる。そんな風景を三陸新報の記事を読んだ多くの人が想像したことでしょう。是非そうあってほしいと。
 

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tag : 舟山市

本日チケット発売

目黒区での東日本大震災復興支援コンサートが来年2020年3月15日(日)に開催されます。本日12月10日からチケット販売が開始されました。



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◎東日本大震災復興支援コンサート
2020年3月15日(日)
開演14:00(開場は13:30)
めぐろパーシモンホール 小ホール
東京都目黒区八雲1-1-1
最寄駅は、東急東横線「都立大学」

出演:
第1部
気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団による混成楽団
第2部
熊谷育美(シンガー・ソング・ライター)&スペシャルバンド、目黒区立中目黒小学校合唱団

司会:佐藤千晶

料金:1000円(全席指定)
(チケット収入の一部を被災地に寄付)
主催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団
後援:目黒区

コンサート公式サイト

めぐろパーシモンホールでの東日本大震災復興支援コンサートは5回目となります。今回も第1部は気仙沼市民吹奏楽団と目黒吹奏楽団が。海潮音(みしおね)吹奏楽バージョンも披露されます。第2部も昨年に引き続き、気仙沼市出身のシンガー・ソング・ライター熊谷育美さんが登場です。

熊谷育美さんは、先月11月18日でメジャーデビュー10周年を迎えました。また10月には無事に2人目のお子さんを出産されました。一人目は今年2歳になった娘さん。今度は男の子だといいます。2人の子をもつ育美さんの歌声を聴くのが楽しみです。

そして司会はもうおなじみとなりました、気仙沼出身のフリーアナウンサー佐藤千晶さんです。

コンサートは来年3月。毎回、あまり早くてもなあと2月頃に紹介すると、そのときには残席わずかとなっていることが多くありました。小ホールは定員200名ですが、目黒区と気仙沼市の交流活動関係者も多いので、なかなか予約がとりづらいのです。私はすでに予約完了。

下に座席表を掲載しておきます。ネット予約は会員登録などが必要です。電話でホールのチケットセンター窓口の人と相談して予約するのが便利かもしれません。

客席

チケットセンター
電話03-5701-2904(10:00~19:00)

なお、会場小ホールのある地下1階プラザでは、2月4日からコンサート当日3月25日まで、気仙沼漁師カレンダー展が開催されます。これについては開催が近くなりましたらまた紹介することにいたしましょう。

どうぞコンサートの予約はお早めに。まずは取り急ぎチケット発売のご案内まで。
 

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ふるさと納税広告

きのう12月8日(日)の読売新聞都内版に、気仙沼市の全面(全15段)広告が掲載されました。日曜は夕刊がないけれど朝刊です。

読売新聞

読売新聞都内版12月8日掲載広告


11月30日の気仙沼を元気にする会で、菅原市長がこの広告のことを話されていたので、楽しみにしておりました。ふるさと納税での気仙沼への関心を高めるための広告出稿でしょう。しかし、それを前面に押し出すのではなく、気仙沼の魚介類をはじめとする物産と、被災地としての復興に関して震災遺構・伝承館などについても述べられています。いろいろと考えての広告内容でしょう。

広告下部に示されている、気仙沼のふるさと納税に関する情報は以下のサイトから。

ふるさとチョイス気仙沼市

東京で気仙沼のこんな広告が出ましたよという報告ということで紹介いたしました。

なお、気仙沼を元気にする会について、このブログでは12月5日に簡単に報告しておりますが、実行委員長の熊田利英子さんが11月30日のご自身のブログで当日の様子を詳しく紹介してくれています。

各スピーカーの写真も紹介されていますので、是非ご覧ください。読んでいたら、最後に2次会の締めの挨拶をする私の写真も。直前に頼まれて断るのもなんなので、11回にもわたってこの会を催してきた実行委員会/気仙沼サポートビューローの皆さんへの感謝の言葉だけを申し述べました。

オヤマ日記飴11月30日

週のはじめ。きょうの東京は朝方はくもっていたものの、だいぶいい天気になってきました。今週も元気にやっていきましょう。どうぞよろしく。
  

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ワンライン2019

ワンライン気仙沼イルミネーションの告知広告が12月5日の三陸新報に掲載されていました。12月7日(土)が点灯式で来年1月13日(月)まで。

ワンライン
三陸新報12月5日掲載広告


2012年に〈気仙沼クリスマスイルミネーション〉としてスタートしたこのプロジェクトですが、2013年からは気仙沼「湾」と共に、心を「ひとつ」にという想いを込めた〈ONE-LINE(ワンライン)〉という名を冠しています。今年で通算8回目となります。主催はONE-LINE実行委員会で、委員長は気仙沼観光タクシー代表の宮井和夫さんです。気仙沼市が共催します。

同日の三陸新報記事によれば、今年は内湾地区内や魚町の防潮堤、市役所周辺、災害公営住宅などを約25万個のLED電球で飾ります。

点灯式の会場は、南町海岸公園です。昨年の点灯式は〈旧 エースポート広場〉となっていました。「ムカエル(迎)」をはじめとする内湾周辺施設の海側広場なのでしょう。念のため申し上げれば、旧エースポートや市営駐車場一帯の住所表示がいまは「南町海岸」。魚町でも南町でもありません。震災前からのことだと思うのですが、いつからこうなったかはよくわかりません。

18:00から始まる点灯式のスペシャルライブは今年もMay J.さんです。May J.さんは、2011年8月11日に気仙沼小学校の校庭で開かれた復興支援ライブ〈気仙沼港まつり復活祭〉でも歌っています。イルミネーション点灯式ライブは2013年から毎年ですから今年で7回目ですね。劇団WAHAHA本舗の歌姫〈梅ちゃん〉こと梅垣義明さんも昨年につづいて登場します。

気仙沼イルミネーションを紹介したこのブログの過去記事を調べていたら、河北新報の2012年12月20日の記事を紹介していましたので再録します。




河北新報2012年12月20日配信記事より


この記事のなかに、宮井和夫実行委員長の言葉が紹介されていました。「東日本大震災で被災した町を明るくしたい。気仙沼の新たな風物詩になればいい」と。

2012年からお仲間とともに苦労して続け今年で8回目。その継続的な努力に敬意を表します。どうぞ皆さま、今度の土曜12月7日の点灯式にお出かけくださいますように。
 

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tag : 気仙沼イルミネーション

元気にする会報告

11月30日、東京・大手町で第11回「気仙沼を元気にする会」が開催されました。概要は以前のブログでもお伝えしていますので、本日はゲストの方のお話の要点のみ紹介します。

はじめは、小山晃宏(あきひろ)さん。故 小山隆市君(3年6組)の三男です。コヤマ菓子店の息子といったほうが早いか。気中53回生で35歳。2017年に求人広告など人材採用系の広告代理店インビジョン株式会社に入社し、現在は地方自治体が募集する「地域おこし協力隊」関連の支援業務をおこなっています。地域おこし協力隊は、2009年に総務省が主導して始まり、気仙沼市もこの制度を導入しています。

晃宏さんから、協力隊員の定着率は全国で3割だが気仙沼市では7割というような話がありました。定着率という言葉を使ったかどうかということも含め、ちょっと記憶があいまいですが、少なくとも協力隊員の方々が気仙沼の魅力というか将来の可能性を感じとってくれているようです。ありがたい。

つぎは、一般社団法人まるオフィス代表理事の加藤拓馬さんです。「気仙沼ならではのスロー(高い質)でスマート(高性能)な学びへの挑戦」というテーマ。まるオフィスは、気仙沼市移住・定住支援センター「MINATO」の運営を市から受託していますが、加藤さんの話は「MINATO」のことよりも、気仙沼のまちづくりと教育というテーマだったように感じます。唐桑での教育事業「じもとまるまるゼミ」のことなども。

少子化という大きな課題に直面している気仙沼ですが、教育行政と地域・市民の連携によって、新たな教育/学びの大きな可能性をもっているのではないかとの話はとても興味深いものがありました。

3人目は、加藤広大さん。小田原出身とのこと。サイバーエージェントが展開するAbema TVの仕事などを経て、地域おこし協力隊の一員として気仙沼に。「MINATO」のスタッフのひとりとして活動しながら、気仙沼の天然ホタテガイ幼生を使っての養殖プロジェクトも進行しているようです。

最後は菅原市長からの話。気仙沼の復興状況についてわかりやすい説明がありました。説明で使ったパワーポイントの内容のプリントも配付されたので、気仙沼の現状に関するよい資料となりました。

このあとは、懇親会ということでゲストの皆さんや市長も含めてのざっくばらんな話です。会場でとった小山晃宏さんを囲んでの写真を一枚だけ紹介しておきましょう。

元気にする会

右から、菊田裕美君(3年1組)、藤田修司さん。藤田さんは道子さん(11組)のお兄さん。そして元気にする会実行委員長の熊田利英子さん。その左が小山晃宏さん。左端がわたくし小田(8組)です。隆市君の息子にお疲れさまといいながらの一枚ということで。しかし3人のVサインはなんなんだろう。イエイ!という感じでしょうか(笑)。

11回目となった気仙沼を元気にする会で。毎回の企画や運営をされている一般社団法人気仙沼サポートビューロー(畠山朔男代表)の皆さまはじめ多くの関係者の方々に御礼を申し上げます。今回もありがとうございました。
 

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tag : 気仙沼を元気にする会

水梨小閉校記念碑

きょう12月4日の三陸新報に、3月に閉校した気仙沼市立水梨小学校の記念碑が建てられたとの記事が掲載されていました。12月1日に除幕式がおこなわれました。

水梨小学校
三陸新報12月4日記事の一部イメージ


この記念碑は、同校閉校記念事業実行委員会(菊地広人委員長)によるもので、旧校舎と現校舎の写真2枚のほか、校歌や学校の歴史が刻まれているそうです。

水梨小学校の校歌は、大島出身の詩人水上不二さんが作詞し、早稲田大学グリークラブの専任指揮者もつとめ合唱の世界で広く知られる磯部 俶(いそべとし)さんが作曲しました。その校歌や磯部さんにまつわる話はつぎの2つのブログで紹介しました。

3月26日ブログ「水梨小学校の校歌」
11月8日ブログ「磯部さんとのご縁」

記事によれば、記念碑には2つのバーコードリーダー(これはQRコードのことだと思います)が表示されており、これを携帯電話なので読み込むと最後の卒業生が歌った校歌と同校の歴史を振り返る動画が再生されるそうです。これは調べてあらためて紹介することにいたします。

本日は、146年の歴史に幕を下ろし本年3月に閉校した水梨小学校の記念碑が建てられたということのみお伝えしておきます。
 

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tag : 水梨小学校

笑顔のダブル受賞

気仙沼魚市場前の「みしおね横丁」で鶴亀食堂と鶴亀の湯を運営している一般社団法人「歓迎プロデュース」さんが、「新しい東北」復興ビジネスコンテストでダブル受賞を果たしたことは11月25日ブログ「鶴亀」さんの受賞 でもお伝えしました。そのときには、新聞記事などがなかったために、画像はコンテスト公式サイトの画面を利用させてもらいました。

本日紹介するのは三陸新報11月30日の記事。「歓迎プロデュース」の小山紀子代表理事と根岸えま理事の笑顔です。

ダブル受賞
三陸新報11月30日記事の一部イメージ


受賞内容はすでにお伝えしているので詳細は略しますが、記事には、今回のコンテストには92団体の応募があり、そのなかから最優秀賞に次ぐ優秀賞(4団体)と企業賞「アイリスオーヤマ賞」のダブル受賞を果たしたと紹介されています。

記事の最後の根岸えまさんのコメントが紹介されていましたので引用します。

〈 理事の根岸えまさんは「漁師を大切にしたいという、気仙沼の人たちの心意気が評価されたと思う。市民をはじめ、多くの皆さんの協力に感謝したい」と喜び、「気仙沼に入港して良かったと思ってもらえるよう、心温まるおもてなしを心掛けていきたい」と話している 〉

やはり受賞を紹介する記事には、受賞者の笑顔がうつる写真は必須とあらためて感じました。記事の写真を見ていると、その喜びがとてもよく伝わってきます。おめでとうございました。

11月25日ブログ「鶴亀」さんの受賞
 

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tag : 歓迎プロデュース

西村清先生の訃報

11月30日の三陸新報に、気仙沼中学20回生/3年11組の担任をつとめていただいた西村清先生の訃報が掲載されていました。


訃報
三陸新報11月30日掲載訃報広告


11月29日にお亡くなりになったとのこと。〈89歳の天寿を全うし〉との語句が訃報のなかにありました。鹿折がご実家と聞いておりましたが、訃報広告の住所のなかにも〈東中才〉とありましたから、ここに長くお住まいだったのでしょう。

西村先生のクラスになったことはありませんでしたが、卒業アルバムの写真をあらためてながめてみると、穏やかでやさしそうな表情や声をなつかしく思い出します。

西村先生のご冥福を謹んでお祈りいたします。
 

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tag : 西村清

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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