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「神様あそばせ」

きのうのブログ「早馬神社の800年」の末尾に、2016年2月16日のブログ「「日篭・神様遊ばせ」」のリンクを貼っておきました。そして、その記事の末尾には同年2月8日ブログ「神様をあそばせる」のリンクも。

このふたつのブログを久しぶりに読み直してみたのですが、結構おもしろい。ということで、これを機に、ひとつの記事にまとめておくことにしました。長くなりますが、お手すきのときにお読みいただければと。


2016年 2月8日ブログ

「神様をあそばせる」     


前回2月 5日のブログの結びに「〈神様が喜ぶ〉と書いたら、気仙沼の〈神様あそばせ〉という行事というか集まりの名を思い出しました」と記しました。本日はこの話。

私が中学生だったころの記憶は、〈きょうは、だれそれさんちで、神様あそばせがあるんで行ってくる〉と言う母に、それってなあにと聞いたこと。〈神様をあそばせる〉という言葉が面白く感じられたのです。その後は〈おぢゃこのみ〉(主婦らのお茶飲みの会)的な集まりと理解しておりました。

いまは仙台で暮らす母に電話で聞いてみると、〈神様あそばせは、近所の女の人たちが集まるんだけど、どんなことをしたかなあ。思い出せないなあ。細かいことは忘れてしまったけれど、たしか、小正月のときにやるんだよ。年末や正月で忙しかった奥さんがたの慰労会みたいなところもあったんじゃないかなあ〉とのこと。先月末に満93歳となったので、記憶の衰えはやむを得ないでしょう。

ネットで調べてみると、気仙沼市唐桑町の宿浦にある早馬神社のホームページの年中行事説明で「日篭・神様遊ばせ」をつぎのように記しています。〈日篭〉ひかご?がどういうことなのかはわかりません。

◎日篭・神様遊ばせ
 神と人が一体となる神事、神と共に遊ぶ神事である神様あそばせ。
 年の始め、地域ごとに各家々の人達が集まり一年の家族、地域の無事を祈る志願祈祷を執り行い、神職の講話、後に御神酒、お茶、茶菓子、お煮しめを頂きながら地域の人達と和を広げ神、人と一体となってその時間を過ごす。
 この海に面した唐桑の土地柄男性は遠洋漁業など海上の仕事に従事したため女性が家を守り、安全を祈る役目であった。ゆえに参加する者のほとんどが女性である。また、女性が堂々と一日遊べる日でもあり楽しみにしている方も多い。
 年末には再び集まり一年の無事を感謝し、報賽の祈祷を行う。いつの時代から始まったのか不明であるが、昔から伝わる唐桑の習慣、伝統である。(引用は以上)

本吉唐桑商工会のホームページ(現在はみあたらず)の〈唐桑の歴史〉の中にも記述がありました。

◎神様あそばせ
「 常に自然と向き合ってきた唐桑の暮らし。突然に襲う天変地異や事故から家族を守るため唐桑の人々はいつも祈ってきた。そのひとつが『神様あそばせ』。部落内の1年間の幸せを願って、年の始めに家々の代表者が集い地区内の神社へお参りをする。
 宿地区では、毎年総勢2~30人で近くの諏訪神社、熊野神社をまわり、早馬神社でご祈祷を受ける。オガミサマ(巫女)信仰の厚い中区では、オガミサマに1年を占ってもらう。「○月頃火事があるかもしれない」。そんな言葉に身をひきしめる。そして1年を無事に過ごすと、年の終わりに“果たし”をする。再びみんなで集まり、神様に感謝するのである。古来から伝わる唐桑の暮らし方だ。いつの時代から始まったのか、その語源は何なのか、年配の人たちもわからないという。」(引用は以上)

なるほどね。だけど、これは私の知る昭和30~40年代の気仙沼市魚町の〈神様の遊ばせかた〉とはちょっと違うなあ。と思っていたら、鹿折(ししおり)中学36回生のブログ「鹿中36会」のなかに、私の記憶に近い説明がありました。

(前略/はじめに上述した早馬神社HPの説明の引用がありますが略します)ということらしいのですが、手っ取り早く言えばおばちゃんだずが40~50人くらい集まって騒ぎまくるということ。我々の母親くらいの世代の人が中心なので、お母さんが出席したことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

白菜漬け、お煮しめ、ゆで笹かまにしょうゆと味の素かけたもの(激うま)等を食べながらの飲み会です。しむけんのバカ殿に使われるようなおばちゃんの笑い声が、2時間くらい続くので、自分が小さい頃はその異様な雰囲気に恐れをなしていました。

実家を出てからは、しばらくその声を聞いていませんが、おばちゃんの持つパワーというか、その世代の方々が持つ力強さを今ではとても懐かしく感じます。「負けでらんないね」(ブログ引用は以上)

鹿中36会は昭和42・43年生まれとのことですので、現在47~48歳の方々。16歳ほど私たち気中20より若いのですが、そのお母様がたの〈神様の遊ばせ方〉は私の母の世代と同じようですね。

でもなあ、鹿折も魚町も5年前の津波で大きな被害を受けました。小正月のあたりに地区の主婦が集まって遠慮のないおしゃべりをくりひろげた〈神様あそばせ〉も今は無理でしょう。神様を遊ばせる場所が今はないのです。という結びがうまいのかうまくないのか。よくわかりませんが、新しい週がはじまりました。元気にやっていきましょう。


2016年2月16日ブログ

「日篭・神様遊ばせ」     


2月8日のブログで〈神様あそばせ〉について書きました。その記事で〈気仙沼市唐桑町の早馬(はやま)神社ホームページの年中行事の説明の中にある「日篭・神様遊ばせ」の〈日篭〉ひかご?がどういうことなのかはわかりません〉と書きました。そして、そのままにするのも気持ちが悪いので、早馬神社さんにメールで問い合わせたところ、丁寧な返信をいただきました。本日はその内容を紹介します。

早馬神社

早馬神社ホームページのイメージ(クリックでジャンプ)

ホームページでは〈日篭〉と略字を用いて書いてありましたが、〈日籠〉は〈ひごもり〉のことだそうです。以下、解説の文面を引用いたします。

◎日籠について

日籠(ひごもり)とは日中(昼間)、神社に籠(こも)って神様に祈願をすることを指します。個人個人で祈願される場合は手術の成功や病気平癒、大漁祈願を願うことが多くローソクを灯して祈願されます。昔は夜籠り(よごもり)も行われ、一晩中籠ってお願いをしました。

日籠の中でも年始と年末に行われ、地区ごとに毎年同じ日に行われる行事を「神様遊ばせ」とも言います。神様にお米やお酒、お菓子の他、種々のお供え物を供えて1年の安泰を祈願し、その後、お供えした食品をお下げして食べ、神様と人が神人共に時間を過ごします。神様が遊ばせになる、神様と共に遊ぶという意味があります。

日籠、夜籠の名称は全国的にあるかと思われますが、「神様遊ばせ」に関しては唐桑が発祥かと思われます。古くは「おかみさま」で行われていた行事を、神社近くの地域の氏子からの依頼により早馬神社でも始めることとなりました。そこから気仙沼に広がっていったと思われます。今現在では当時沢山いた「おかみさま」も唐桑では全員亡くなられ、神社でのみ行われています。

早馬神社での神様遊ばせは地区ごとに女性達が神社に集まり、新年には平穏無事を願い、12月には報賽(ほうさい/1年の感謝)を行います。ローソクを旧暦の月の本数灯し、御祈願を行った後、お菓子やお煮しめを食べながらワイワイ雑談をして楽しみ時間を過ごします。昔は女性達が前年の暮れからお正月のお松納めまで休みなく働き、神様遊ばせだからと胸をはって出掛けることができ、その慰労とストレス解消の意味もありました。また、同じ地区の人達同志の結びつきを強くする効果もあったようです。(引用は以上)


梶原忠利宮司さまがまとめてくださったとのことで恐縮しました。唐桑における〈神様あそばせ〉の由来、背景がよくわかりました。ありがとうございました。

説明のなかにある〈おかみさま〉は、たしか〈おがみさま〉とも呼ばれたはずです。東北地方北部では〈イタコ〉とも。私が小さなころの気仙沼市魚町では、近所の人が亡くなると〈口寄せ〉という集まりがあって、〈おかみさま/おがみさま〉に来てもらい、亡くなった人からのメッセージを拝聴する風習がありました。私自身に参加経験はないのですが、母が〈今日は誰それさんの家で口寄せがあるので行ってくる〉と語っていたことを覚えています。

1年ほど前だったか、一ノ関市で〈最後のおかみさま〉が亡くなったとの新聞記事を見て、このブログで紹介しようと思いつつそのままになってしまいました。また、〈神様あそばせ〉についても、遠野地方などでは〈オシラサマ遊ばせ〉を行うそうなので、両者の関連など興味がつきません。本日は、早馬神社さんにお教えいただいた内容の紹介にとどめますが、この話題についてはまたあらためて。

今回、早馬神社様には大変お世話になりました。かさねてお礼を申し上げます。

ブログ2種の再掲内容は以上です。

ブログ中に2016年1月に93歳になった母のことを記していました。以前の気仙沼のことをブログで書くときは、母になんやかんやと電話で聞いていたのです。その母も一昨年10月に亡くなりました。今月中旬には仙台で三回忌です。

「神様あそばせ」のときもそうでしたが、母が気仙沼の〈昔話〉をした後はいつも、ひさしぶりに思い出したといって笑っていたことをなつかしく思い出します。

早馬神社のホームページとFacebookはつぎのとおりです。

早馬神社ホームページ
早馬神社Facebook
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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