FC2ブログ

舞根地区高台移転

今度の日曜日9月29日のNHKテレビ「明日へ つなげよう」で気仙沼市唐桑町舞根(もうね)地区の高台移転がとりあげられます。


舞根

NHK番組サイトより


◎明日へ つなげよう/証言記録▽気仙沼市
「ふるさとの絆を守れ~住民主導の高台移転」
NHK総合テレビ
9月29日(日)午前10:05〜10:52

番組サイト

番組案内を引用します。

〈津波で家屋の大半が被災した舞根地区。住民たちは故郷の絆を守りたいと、安全な高台へともに移転する方針を決定。行政の支援を受けられる、防災集団移転制度の適用を気仙沼市に求めた。しかし、市は財政破綻の恐れなどから動き出せず、時間が経つにつれ離脱する世帯も現れた。住民たちは市の先手を打ち、移転先の用地確保や宅地造成費削減などの具体策を提案。事業費を大幅に抑えて高台移転に成功した。住民主導の取り組みを追う〉(引用は以上)

9月25日のブログで舞根地区の干潟保全や畠山重篤さんの話を書いたばかりでした。舞根の話がつづきますね。

2016年4月15日のブログ「舞根の生命の再生」で、同年3月8日の読売新聞に掲載された畠山重篤さんや舞根地区の記事を紹介したことがあります。そのなかで、重篤さんが舞根地区の被害をつぎのように語っています。

「 あの日の夕方、裏山から見た光景は地獄絵図そのものであった。大津波の峠は越したものの、ゴーゴーと音をたてて潮が急流のように行ったりきたりしていた。余震も続いていた。

 海抜25mの高台に建つ我が家は辛うじて助かったようだが、風景の一部である海辺の家が全部姿を消していた。殆(ほとん)どの家が畠山という同一姓の地区なので各戸に屋号がついていた。

 二百年は続いていただろう旧家の寺釜(気仙大工が建てた赤瓦の大きい家)、釜の前(昔は塩を炊いていたので屋号になった。最近増築したばかりだ)。釜の前の上、中新、釜の前の下。横峰、前港、後港、貝浜別家、大岩、角、中、中新屋、中新屋別家、荒浜、上新屋、丸光、横峰隣。夕暮れの中でこれだけ数えられた。」(引用は以上)

9月29日の「明日へ つなげよう」の映像にうつるであろう人たちも、その多くが上にかかげた屋号をもつ方々なのでしょう。

私は2016年4月のブログのなかでつぎのように記しました。

〈この屋号の話を私は面白く読みましたが、その後には、集落52世帯のうち44世帯が流されて4人が亡くなったという話が続きます。そして老人ホームでお世話になっていた(重篤さんの)お母様の小雪さんも亡くなったと。火葬まで2週間を要したそうです〉

9月29日午前10:05より。お見逃しのなきように。

2016年4月15日ブログ「舞根の生命の再生」

スポンサーサイト



テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 舞根 集団移転

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示