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1956年の港まつり

今日から8月。いよいよ今週末、8月3日・4日は気仙沼みなとまつりですね。私がみなとまつりを最後に見たのは20年前なのか30年前なのか、今ではそれさえも定かではありません。その記憶のあいまいさの一方で、幼かったころのみなとまつりの記憶の断片が年を経るほどなつかしく思い出されます。

「みなと倶楽部」さん発行の〈昭和の気仙沼風情〉カレンダー2019年版の7・8月分の写真も、そんな私の回顧趣味をくすぐります。




「みなと倶楽部」発行「昭和の気仙沼風情」2019年版より


昭和29年(1954年)の第4回気仙沼みなとまつりとのこと。八日町の広野新聞店の上あたりから三日町方向をうつしています。私の知る華やかなみなとまつりの風景と重なります。

そうした思い出にひたりながら写真をながめていたら、写真中央にうつる横断幕に記されている文字が気になりました。裏側からなので左右逆転していますが、〈太陽の季節〉と読めます。小さく、〈原作 石原慎太郎〉〈シネマスコープ〉などの文字も。

しかしなんか気になる。映画「太陽の季節」は、私が2歳のときのはずはありません。もっとあと。ということで調べてみたら、やはり違いますね。

Wikipediaによれば、小説「太陽の季節」が雑誌『文學界』7月号に掲載されたのが1955年(昭和30年)、芥川賞を受賞したのは翌年。そして映画「太陽の季節」が公開されたのはそのまた翌年の1956年(昭和31年)5月のことでした。気仙沼での上映も同年と考えるのが自然でしょう。

映画館はどこだったか。横断幕の中央下部の文字は〈旭映劇〉と読めます。旭映画劇場でしょう。気仙沼文化史年表(荒木英夫 著)につぎの記述がありました。

昭和30年8月2日 旭映画劇場が南町鼎座通りに開館。経営者 高橋正雄。

これらを総合すると、旭映画劇場の開館2年目に日活の映画「太陽の季節」を上映したのだと思います。〈旭は東宝系で、日活なら南映での上映だろう〉と思う人も多いでしょうが、南映が河原田を下ったあたりの港町に開館したのは気仙沼市史によれば昭和40年のことです。なお、市史には旭映画劇場の経営は旭産業株式会社(代表 高橋正男)とあります。気仙沼商会の2代目社長も高橋正男さん(現社長の正樹さんのお祖父様)ですが、同じ人でしょうか。文化史年表で「正雄」とあるのは誤記かもしれません。

とりあえず、冒頭の写真は、昭和31年/1956年のみなとまつりだとしましょう。第1回は昭和26年の開催ですから、写真は第6回だと思います。文化史年表には7月14日開幕とあったのですが、そのひとつ上の項目に〈昭和31年7月14日 東洋一と称された新魚市場落成式挙行〉との記述がありました。開業は4か月前の3月1日です。それにしても、みなとまつりの写真の撮影年を調べて、新魚市場落成の話にゆきつくとは思いませんでした。おどろいた。

私が4歳だった1956年のみなとまつり。それは気仙沼の〈太陽の季節〉を祝うまつりでもありました。なんちゃって。

2014年7月18日「気仙沼の映画館史」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : みなとまつり

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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