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気仙沼市PR映像

気仙沼市が制作したプロモーションビデオ(PV)を紹介します。市ではこの動画の目的を「移住定住・観光等の促進、起業や企業誘致などによる働く場・雇用の創出を目的に、本市の生業や人、自然等,魅力を伝えるため」と説明しています。つまり、気仙沼市PR映像です。

5月27日午後1時から気仙沼市公式サイトやYouTubeなどで公開が始まりました。その映像3種を紹介します。「移住定住・観光」向け動画のショートバージョン/約3分、そしてロングバージョン/約7分。続いて「企業誘致・起業創業」向け動画/約9分の順になっています。











市の報道資料によれば制作費は総額545万円で、うち200万円は豊田通商(株)さんからの企業版ふるさと納税寄附金を活用しています。豊田通商/旧 トーメンは、菅原茂市長が大学を卒業して入社したいわば古巣ですね。たしかオランダのロッテルダムに駐在したはずです。そんなご縁もあって企業版ふるさと納税で気仙沼をご支援くださっているのではないでしょうか。ありがとうございます。

制作会社はプロポーザル方式で決定された(株)ポニーキャニオンです。同社のプレスリリースによれば、レコード会社として唯一、地方創生事業専門の部署を有しているとのこと。また、気仙沼に旅人として登場しているのは鈴木裕樹さん。TBS「アンナチュラル」、日本テレビ「家売るオンナの逆襲」などに出演しています。

また監督や音楽についてつぎのように記しています。〈監督は三森すずこや関ジャニ∞などのMV(ミュージックビデオ)を手掛ける井上強。音楽はドヴォルザークが1893年に移住したアメリカで作曲した交響曲第9番「新世界より」第二楽章と同曲をモチーフとしたサウンドトラックで構成。「家路」として唱歌として親しまれるメロディに、いつでも「こころの故郷」気仙沼市に帰って来て欲しいというメッセージが込められています〉

ちょっと補足しておくと、「家路」は気仙沼の防災行政無線で午後6時に放送される音楽ですね。午前6時は「恋は水色」、正午はウェストミンスターの鐘/チャイムのはず(ですよね)。

つまり、「家路」のメロディによって、気仙沼を出てほかの地域で働いている人に潜在意識レベルで帰郷を働きかけようという高度な作戦です。繰り返し見ていたら、私もなんか知らないうちに気仙沼に帰りたくなってきました。サブリミナル効果でしょうか(笑)。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

志の輔 in 気仙沼

立川志の輔さんの落語会が9月に気仙沼市民会館で開催されます。「志の輔らくご in 気仙沼」。

志の輔
TBC本公演サイトより


日時:9月7日(土)
会場:気仙沼市民会館大ホール
開場:13:00  開演:14:00
出演:立川志の輔 (ゲスト)糸井重里
料金:3800円(税込)全席指定
主催:TBC東北放送、気仙沼さんま寄席実行委員会
共催:気仙沼市


今回の「志の輔らくご in 気仙沼」は、2016年9月8日についで3年ぶり2度目の開催となります。立川志の輔さんと気仙沼の関わりはもう説明の必要もないのですが、一応簡単にまとめておきましょう。

志の輔師匠をお招きしての〈気仙沼さんま寄席〉が気仙沼さんま寄席実行委員会の主催でおこなわれたのは2012年3月25日のことでした。気仙沼の有志メンバーを糸井さんをはじめ、ほぼ日の皆さんがバックアップしてくださいました。

さんま寄席に代わり、志の輔らくご in 気仙沼が開催されることを2014年7月のブログで紹介したときに、さんま寄席の経緯をつぎのように振り返りました。再掲します。

〈気仙沼さんま寄席〉は、〈目黒のさんま祭〉のさんま代を稼ぐことを目的に始まりました。そしてその成果である〈さんま代〉は第1回が348万9597円、2013年の第2回が465万1068円。2014年は会場の市民会館が改修工事中でお休み。そして昨年5月30日におこなわれた第3回目は297万853円でした。すでに当初の目的を十二分に果たしていただきました。趣旨に賛同して気仙沼においでいただいた方々に、そして志の輔師匠や〈ほぼ日〉さんはじめ関係者の皆様に、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。(再掲内容は以上)

震災後5回目となる、志の輔さんの落語会。志の輔さんと気仙沼のご縁がさらに深まっていくことを感じ、とてもうれしく思っています。

2016年の初回開催にあたって、糸井重里さんが「志の輔らくご in 気仙沼の開催に思うこと。」をつぎのほぼ日サイトに記しています。是非ご覧ください。

ほぼ日「志の輔らくご in 気仙沼」2016

チケットなどの詳細は、TBC公演サイトにてご覧ください。また、気仙沼市内では、つぎの店舗など本公演ポスター掲示店でチケットを扱っています。アンカーコーヒー内湾店/アンカーコーヒーマザーポート店/御誂京染たかはし/気仙沼観光コンベンション協会/気仙沼市民会館/気仙沼のほぼ日/気仙沼プラザホテル/斉吉商店/武山米店/畠良薬局/横田屋本店/ラ・ペ・マツイ ほか

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 立川志の輔 さんま寄席

齋藤教育長の退任

気仙沼市の齋藤益男教育長が5月24日で任期満了に伴い退任することは、4月25日のブログでもお伝えしました。そして5月25日の三陸新報が、24日の退任式を報じていました。益男君が気仙沼高校の美術部での仲間だったせいか、記事の扱いがいつもより大きいように感じます(笑)。


教育長

三陸新報5月25日記事の一部イメージ


記事によれば、齋藤教育長は、気仙沼小学校を最後に2012年3月に定年退職。2013年5月から市教育委員長を務め、2016年5月には教育委員長の職務を統合した新制度での教育長に就任しました。

退任式で菅原市長は、市の義務教育環境整備計画に基づく小中学校の統廃合や、東日本大震災による被災公民館再建などの功績を振り返り、「学校統廃合は難しい局面もあったが、市民の理解を得ながら着実に進めていただいた。ESD(持続可能な発展のための教育)を推進し『海と生きる気仙沼』の基礎を築いた」などと感謝を伝えたそうです。

益男君、いろいろと課題が多いなかで大変だったと思いますが、少しはゆっくりとできることでしょう。記事の写真にうつる益男君が高校のころの印象と変わっていないことに驚きましたよ。本当にお疲れさまでした。ありがとう。


なお、後任の教育長は、つぎのブログでも紹介した前気仙沼高校長の小山淳さんです。一昨日27日に市役所で就任式がおこなわれました。

4月25日ブログ「小山氏が新教育長」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 齋藤益男 小山淳 教育

浦の浜「野杜海」

5月21日のブログでは、気仙沼大島の浦の浜に整備中のウェルカム・ターミナル(仮称)の概要を紹介しました。本日はその続きです。ターミナル内には、ウェルカム施設と民間商業モールが建設されますが、先月4月10日の三陸新報が、その商業モール施設の建設が始まったと報じていました。

のどか
三陸新報4月10日記事の一部イメージ


記事によれば、商業施設は、地元民が昨年たちあげた合同会社が運営する「野杜海」。〈のどか〉と読ませるそうです。市がかさ上げして整備した土地に木造平屋建ての施設を建設し6店舗が入居します。出店するのは、「グリーンアイランド大島」「郷土料理 波止場」「麺酒庵こまつ」「喫茶 去」「魚研」「青と緑の茶や」の6店舗。7月には5店舗がオープンできそうだとのこと。残る1店舗はほかよりも規模が大きいために開店が少し遅れるそうです。

河北新報も、この商業施設に関する記事を5月10日に配信していました。見出しは、〈気仙沼大島に民間モール今夏オープン 地元食材生かした料理店など6店舗〉です。この記事によれば、建物は木造平屋6棟で延べ床面積計480㎡。事業費は約1億円で県の補助金を活用したとのことです。

記事中の完成予想図を紹介します。


野杜海
河北新報5月10日配信記事より


この完成予想図は、5月21日のブログでリンクをはっておいた市の「(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画」のなかにあるイメージ図とはちょっと印象が違いますね。基本計画のなかにあるイメージ図のひとつはこちら。

夕焼け
陸側から鳥瞰イメージ(夕焼け)

これはあくまで2018年8月時点での計画イメージですから、実施段階と違うことはよくあること。ただ、私はモール1棟のなかに6店舗が入居すると思っていました。しかし、河北新報の記事では木造平屋6棟となっています。独立棟が連結するような商業モールなのでしょうか。また近いうちに詳しい情報が伝えられることでしょう。

気仙沼大島大橋の開通が4月7日でした。計画では7月に商業モール「野杜海」がオープン。ウェルカム施設が来年2020年1月に完成(見込み)となります。本来であれば、ウェルカム・ターミナルの2施設や駐車場ほかの関連施設が整備されてから大島大橋が開通ということだったと思います。しかし、思い通りにいかないことが多いのも世の常ということでしょう。

このほか、大島の亀山のレストハウスやトイレの整備などはどうするんだという声もどこからか聞こえてきますが、関係各所が鋭意検討中ということだと思います。そうあって欲しいと願っております。

しかしなあ、「野杜海」とは。読みにくいと思うのですが。決まったことなのでしかたなし。


(追記)5月29日の三陸新報が、ウェルカムターミナルの本体施設が5月28日に着工したと伝えていました。完成は来年1月ごろとのこと。敷地内には、商業施設「野杜海」、約100台の駐車場などが整備されます。

5月21日ブログ「浦の浜の整備計画」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

仙台/ KSS42総会

仙台近辺を中心とする同年会「KSS42」(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)メンバーの気仙沼大島大橋体感旅行については4月29日のブログでお伝えしました。

そのKSS42の第7回目となる定期総会と懇親会が5月18日に仙台の銀座ライオン一番町店で開催されました。その様子が同会ブログで紹介されていましたので、全員での記念撮影を許可を得て紹介します。




KSS42サイト(情報/役員をクリック)

メンバーが手にしているのは、アトラクションとしておこなわれた「令和初笑い」ゲームだとか。幹事の熊谷(斉藤)しず子さん(気中3年9組)が考案したそうです。

うれしかったのは、気仙沼からの参加メンバーとして、ぶっちゃん/吉田(岩渕)惠子さんがうつっていたこと。3月に、ぶっちゃんが上京したときに私の仕事場に遊びに来てもらい、ゆっくりと話すことができました。そして5月には仙台同年会に出没(笑)。元気な証拠ということでなによりです。

この記念写真をみていると、一人ひとりのいろんな思い出話を記したくなるのですが、とても長くなるのでまたの機会に。本日は写真紹介にとどめておくことにいたします。

令和初笑い、面白いね。しずちゃん/しず子さん、ありがとう。

なお、総会の様子やこれまでの総会経緯は、仙台で弁護士として活躍するKSS42のメンバー小松亀一君(3年6組)の次のふたつのブログでも紹介されています。こちらも是非ご覧ください。


5月19日「定期総会開催報告」
5月20日「定期総会開催報告-過去の総会等を振り返る」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : kss42

徳仙丈つつじ映像

気仙沼魚市場前に漁師さんのための銭湯を復活させるためのクラウドファンディングは、きのう5月23日24:59に募集を終了。目標金額600万円に対して、368人の方々による629万500円の資金を調達しました。関係者の皆様、努力の甲斐がありましたね。おめでとうございます。そして全国から気仙沼のこのプロジェクトを応援してくださった多くの皆様、ありがとうございました。

ここからが本題。国内最大級ともいわれる気仙沼/徳仙丈(とくせんじょう)のつつじがいま満開です。公式観光情報サイト「気仙沼さ来てけらいん」の開花情報によれば、5月23日時点で一気に満開となり、気仙沼側登山口では満開を過ぎた感じが出てきたそうです。

ということで、本日は徳仙丈のつつじ映像のご紹介です。

4月22日のブログ「咲幸さん空撮映像」で、「震災から8年目の気仙沼市」を紹介しました。そのときに、咲幸物産さんのドローンサービス/sakko droneserviceが昨年2018年5月15日に撮影した徳仙丈映像がYouTubeにアップされていることを知ったのです。

これが実に素晴らしい。私は徳仙丈に一度も行ったことはないのですが、軽快なBGMを聴きながらフルスクリーンにして6分半の動画を見ているとバーチャルリアリティ気分も感じます。まずはご覧ください。





投稿者説明に〈徳仙丈のつつじをドローンとOSMOで撮影しました。ほぼ満開で見ごたえがありました。OSMO動画では登山している雰囲気が出てると思います〉とのコメントがありました。OSMO(オズモ)は、GoProと同様のアクションカメラですね。ドローンで空撮、OSMOで地上撮影ということでしょう。sakko droneserviceさん、ありがとうございました。


ここからは別の話。2013年6月5日のブログで徳仙丈山のツツジの保護活動に尽力された佐々木梅吉さんの話などを詳しく書きました。何度も再掲しておりますが、2016年5月18日の内容を以下に。

◎徳仙丈のツツジ

いま、気仙沼の徳仙丈山(とくせんじょうさん)のツツジが見ごろを迎えているとのこと。徳仙丈山は気仙沼市と本吉町の境にあり、約50万株のヤマツツジやレンゲツツジの群生は国内最大級といわれています。

これらのツツジは、もともと徳仙丈山に自生していましたが、いつのまにかこんなに見事な姿になったわけではありません。30数年以上にもわたる手入れや保護活動があってのことなのです。

その中心となったのが2008年2月に亡くなった佐々木梅吉さん。親しかった県会議員から、山に自生するヤマツツジの手入れを勧められたのをきっかけに、木挽き(こびき)仲間の数人で移植や下草刈りに取り組み、間もなく「徳仙丈の自然とつつじを守る会」を発足しました。1976年ごろのことのようです。〈木挽き〉とは、伐採した丸太を鋸でひいたりして材木にする職人さんです。

ツツジの育成や保護活動を続けてきた〈守る会〉は、2007年に毎年開催してきたツツジ祭が30回を迎えたことを機に解散。しかし翌2008年には、佐々木さんらの志を受け継ぎ、「徳仙丈のつつじを愛する会」が発足し現在に至っています。なお、徳仙丈山の本吉町側の保護活動については、故・須藤隆さんのお名前がありましたので記しておきます。

私が中学や高校のころは、この徳仙丈のツツジの話を聞いた記憶がありません。しかし、佐々木梅吉さんの名前は市議会議員としてよく知っています。母と近所のおばちゃんらとの〈オジャコノミ(お茶飲み)〉の中で、〈梅吉さん(うめきっつぁん)は、山の中で仕事をしながら大きな声で演説の練習をしているらしい〉と笑いながら話しているのを聞いたこともあります。決してからかっているのではなく、なんていうんだろう、今風にいえば〈愛されるキャラ〉か。漁業関係者をはじめ市の有力者がならぶ市議会議員のなかにあって、木訥(ぼくとつ)な印象ながらも一貫して日本共産党員として市議をつとめた梅吉さんを、みな敬愛していたのだと思います。

ネットに、梅吉さんの著書〈山つつじ燃ゆ〜満蒙開拓青少年義勇軍からの軌跡〉(光陽出版社1998年刊)の書籍情報がありました。それによれば、梅吉さんは満蒙開拓青少年義勇軍に応募した後、敗戦、シベリア抑留を経て帰国。その後に日本共産党に入党、気仙沼市会議員として活躍しました。

2007年に建立された徳仙丈山頂近くの石碑に、私たちの同級生 武山美加(号 櫻子)さんの書による、梅吉さんの歌6首が刻まれています。そのうちの2首をつぎに。

青春を知らずに逝きし我が戦友へ 八十路を生きてつつじ手向けん
海原に姿映すか山つつじ われ無き後も末の末まで

シベリアの地で過酷な強制労働を共にしつつも祖国の地を踏むことがかなわなかった戦友。この季節、徳仙丈を一面の朱に染めるツツジは、その慰霊の花でもあったのです。

この佐々木梅吉さんについては、御手洗瑞子さんが自著『気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社』の中でも紹介していました。昨年のブログでも書きましたが、自分ができることは〈種をまくこと〉だとし、〈それは、佐々木梅吉さんのつつじの山と同じです〉と記していました。非常に印象的な言葉です。

2015年8月21日ブログ「種をまく仕事」


再掲内容は以上です。なお、徳仙丈へのアクセスについてはつぎのブログにて。どうぞ、よい週末をお迎えください。

2018年5月11日ブログ「徳仙丈つつじ地図」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 徳仙丈 つつじ

気仙沼の板金組合

5月19日の三陸新報1面に、気仙沼大島大橋をバックに7名の男達が立ち並ぶ、こんな広告が掲載されていました。

板金組合
三陸新報5月19日掲載広告より


宮城県板金工業組合気仙沼支部の皆さん。梅雨の到来を前にしての屋根・雨樋などの早期点検を呼びかける広告ですが、紹介したのはここに気中同級生がうつっているからです。左から2番目の高橋板金工業所/高橋正彦君(3年3組)です。正彦君については、2015年に技能功労者として表彰されたときにも紹介しました。

2015年11月27日ブログ「気仙沼の名工表彰」

さらにもうひとつ、同日の三陸新報3面にはつぎの記事が掲載されていました。

板金記事
三陸新報5月18日記事より


板金工業組合気仙沼支部が,5月29日と30日に、気仙沼・南三陸両市町の高齢者宅で屋根や雨どい、外壁などの無料点検をおこなうというのです。記事によれば、これは同支部の社会奉仕活動の一環で、2006年から始め、震災によって中断したものの、2017年から再開したそうです。対象は高齢者の一人暮らしか夫婦宅で5月19日から23日まで公募するとのことで本日が締め切り日。希望者は記事にある各会社までお願いいたします。

2015年の本ブログの中で、正彦君が組合の支部長をつとめていたとき、一人暮らし高齢者宅の屋根や雨どいの修理など、ボランティア活動にも積極的に取り組んだことを紹介しました。これらの活動が、無料点検活動につながっているのでしょう。

同級生らの社会奉仕活動ということで紹介させてもらいました。それを知ったうえで、冒頭の広告をあらためてながめると、とても頼りがいのある皆さんに見えてきます。高橋正彦君をはじめ板金工業組合気仙沼支部の皆さん、毎年ご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 高橋板金 高橋正彦

パトロン糸井さん

「気仙沼のほぼ日」が今年11月でお開きになります。それもあってのことと思いますが、読者参加旅行企画「マジカル気仙沼ツアー」が10/31〜11/1が開催されます。5年前の創刊16周年企画に続いて2回目の開催となるそうです。

このツアーの準備のために関係者がきのう21日から気仙沼を訪れ、その様子をテキスト中継しています。ツアー企画の下調べということとは思いますが、気仙沼の「ほぼ日」的観光案内にもなっていてとても面白い。どうぞご覧ください。

マジカル
下記のテキスト中継サイトトップ画面より

マジカル気仙沼ツアー2019テキスト中継


もうひとつ、ほぼ日さん関連の話を。本日22日早朝3時過ぎに、ほぼ日代表の糸井重里さんがつぎのツイートを。


ツイート


〈締切近しです。CAMPFIREで「【銭湯の復活】気仙沼の女将たちの挑戦〜漁師さんのための銭湯を復活させたい!〜」のパトロンになりました!〉


パトロンになった、つまりこのクラウドファンディング(CF)に参加したということ。糸井さんはこのCF開始初期にもこのプロジェクトについてツイートし、その後もCFの活動報告をリツイート/シェアするなど応援してくれていたわけですが、私はあえて抑制的にされているなと感じておりました。プロジェクトの趣旨をふまえて、(株)ほぼ日の経営者であることやご自身の影響力を考え、あえてそうしているのではないかと。

そうして残すところ2日間という絶妙のタイミングでの応援。いやあ本当に感じいりました。糸井さん、ありがとうございます。そうした応援があってのことだと思います、目標まであともう一歩です。

気仙沼魚市場の近くに漁師さんのためも銭湯を復活させようということのプロジェクトについては、5月17日のブログにもまとめております。どうぞよろしく。

5月17日ブログ「鶴亀の湯 応援情報」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鶴亀の湯 ほぼ日

浦の浜の整備計画

5月18日の三陸新報に、気仙沼大島の浦の浜に整備中のウェルカム・ターミナル(仮称)に関する記事が掲載されていました。5月16日に県と気仙沼市で構成する大島三事業調整会議が開かれ、ウェルカム・ターミナルや浦の浜防潮堤などの整備進捗状況を確認したという内容。

ターミナル
三陸新報5月18日記事の一部イメージ


この記事によれば、ウェルカム・ターミナル本体の完成は2カ月早まって来年1月になる見込みですが、留守副市長は完成時期について〈さまざまな不確定要素があり、慎重に判断したい〉と述べるにとどめたとのこと。この完成予定時期に関してはこれまで紆余曲折(うよきょくせつ)があったためでしょう。

ウェルカム・ターミナルは当初、気仙沼大島大橋の完成に間に合わせるよう計画されていましたが、市は2017年11月に県道工事の遅れなどを理由に2020年6月まで遅れると発表しました。しかし、その後の工程見直しなどにより今年12月に早まるとの見通しが示されました。ところが今度は、2月に完了予定だった造成工事が地盤沈下が収まらないことから遅れ、その結果として今年12月から来年3月にずれ込むことになったのです。これらの経過は、2月6日の河北新報が伝えています。

冒頭の三陸新報の記事は、来年3月にずれこむことになっていたものの、追加盛り土で沈下速度をあげたことにより2カ月早まった来年1月になる見込みということなのです。遅れたり、早まったり、また遅れたり、そしてまたなんとか早めることができたり。こうしたことが、留守副市長が完成時期の明言を避けた背景にあるのです。

なお、ウェルカム・ターミナルは、市によるウェルカム施設と民間モール施設が建設されます。三陸新報の記事でウェルカム・ターミナル本体と呼んでいるのは、ウェルカム施設のことだと思います。民間モール施設は今年7月にオープン予定です。

ウェルカム・ターミナルの全体像について、これまで紹介したことがなかったので、気仙沼市による「(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画」(2018年8月)から整備計画図と鳥瞰イメージを引用しておきます。

整備計画
浦の浜地区(大島ウェルカムエリア)の整備計画


鳥瞰図
陸側からの鳥瞰イメージ

(仮称)大島ウェルカム・ターミナル基本計画(PDF)

なお、鳥瞰イメージのなかに、濃い茶色の屋根の建物が2棟あります。その右側の小さなほうがウェルカム施設、左の大きいほうが民間商業モールです。

たしか建設地のかさ上げに使う土は、大島大橋につながる県道工事によって出るものを利用する計画だったはず。その工事が遅くなったために敷地造成が遅れたという話を聞いた記憶があります。いろんなやりくりというか、複合的な要素がからみあっているのでしょう。関係者の皆様、ご苦労さまです。心労が絶えない日々でしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。

民間モール施設については、回をあらためて紹介します。名前は「野杜海」。〈のどか〉と読むそうです。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ウェルカム・ターミナル 浦の浜 大島

「微力ながら応援」

5月16日のブログで、新気仙沼魚市場の中に整備されたクッキングスタジオの開所式が18日におこなわれることと、その中で千葉憲二君の講演会や調理実演があることをお伝えしました。その様子が19日の三陸新報に紹介されていました。


クッキングスタジオ

三陸新報5月19日記事の一部イメージ


憲二君の講演テーマは「ふるさとと気仙沼と食」です。記事を少し引用します。

〈千葉さんは、気仙沼で同級生と還暦祝いを行った3週間後に発生した東日本大震災の直後、市民会館前でラーメンなどの炊き出しを行ったことに触れ、「頼もしい同級生たちのおかげでできた。寒い中、集まっていただいた皆さんの姿は忘れられない」と振り返った。カツオやサンマなど、食材豊かな気仙沼について「これだけ良い素材がそろっているのに、生かし切れていないのはもったいない。加工技術でインパクトある商品をぜひ作ってほしい。自分も微力ながら応援する」とエールを送った。メカジキを使ったメンチカツ、アイナメの刺身など調理実演もあった〉(引用は以上)

憲二君らの炊き出しは数度にわたり、震災前には気仙沼ラーメンに関する指導などもおこなってきた経緯があります。話のなかにあった〈微力ながら応援する〉との気持ちは本心から発したものでしょう。

なお、河北新報もクッキングスタジオ開所式のニュースを配信していました。

河北新報5月19日配信記事

憲二君、ご苦労さまでした。これからもどうぞよろしく。

5月16日ブログ「千葉憲二君講演会」
 
 

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鶴亀の湯 応援情報

このブログでもお伝えしてきた気仙沼市復興祈念公園のシンボル「祈りの帆(セイル)」建立のためのクラウドファンディングは4月28日に終了し、目標額2千万円に対して2982万円を達成しました。オンライン以外での参加もあるため、最終的な報告後にこのブログで紹介しようと思っております。

本日は鶴亀の湯・鶴亀食堂のクラウドファンディング(CF)についてです。同CFが5月23日(木)が最終日ですので、あと1週間となりました。目標金額600万円に対して本日17日正午現在での実績が約400万円。これからがラストスパートです。ファンドへの参加は5000円から。

たぶん、まだこのプロジェクトをご存じない方も多いのではないでしょうか。頼まれているわけではないのですが、本日も勝手に応援団ということで。

鶴亀の湯・鶴亀食堂のプロジェクトは、気仙沼市魚市場の近くに銭湯を復活させようということで始まりました。費用の一部をCFで調達します。このプロジェクト関連のサイトなど周辺情報をリンク集として紹介します。

①公式サイト   


銭湯復活プロジェクトCFサイトより


この公式サイトはいくつかのページに分かれていますが、プロジェクト本文/活動報告を以下に。きのう5月14日の活動報告では、気仙沼港での生鮮カツオ初水揚げの様子とともに、〈ようやく土地の建築確認がとれました。これから建設予定地の一次工事が始まります〉とのニュースが記されていました。

CF公式サイト/プロジェクト本文
CF公式サイト/活動報告

CFサイトのほかに一般社団法人 歓迎プロデュースによる「気仙沼の女将たちの挑戦|鶴亀の湯」公式サイトやツイッターアカウントもあります。

「鶴亀の湯」公式サイト
鶴亀の湯・鶴亀食堂/ツイッター

②みしおね横丁概要 

鶴亀の湯・鶴亀食堂は、トレーラーハウスを利用しての商業施設「みしおね横丁」のなかに開設されます。気仙沼観光推進機構の「気仙沼さ来てけらいん」サイトの〈みしおね横丁GWフェス〉紹介のなかに、みしおね横丁の概要が記されています。

気仙沼さ来てけらいん/みしおね横丁GWフェス

③「AbemaTV」映像・「BLOGOS」配信記事

ネットテレビ「AbemaTV/けやきヒルズ」で3月11日に配信された映像内容(約17分)と、その内容を記事化した「BLOGOS」配信内容などを、つぎの当方ブログで紹介しております。

3月29日ブログ「鶴亀の湯クラウド」

④産経新聞県内版記事 

産経新聞の宮城県内版で紹介された記事がネットでも配信されました。

産経新聞5月3日配信記事

⑤三陸新報投稿「魚市場前に風呂を」

当方ブログで、2017年6月6日の三陸新報に掲載された〈船員たちに風呂を〉という投稿を紹介しました。投稿者は、元近海マグロはえ縄船の漁労長をつとめた方です。また、その投稿を受けて翌日6月7日に掲載された三陸新報「万有流転」記事も紹介しております。

4月2日ブログ「魚市場前に風呂を」

⑥気仙沼の「懐かしの銭湯巡り」 

気仙沼市内にあった銭湯を、林小春さん(3年2組)の協力でまとめたブログ記事です。

4月16日ブログ「懐かしの銭湯巡り」
 

以上、「鶴亀の湯」関連情報のリンク集ということで。あと1週間となったクラウドファンディングも、どうぞよろしく。
 
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

千葉憲二君講演会

新気仙沼魚市場のC棟2階に市が整備したクッキングスタジオの開所式が5月18日(土)におこなわれるそうです。

講演会
三陸新報5月14日記事の一部イメージ


ただそれだけの記事であれば特に紹介するまでもないのですが、同級生が登場するとなればそういうわけにもいきません。記事によれば、午後1時30分からの開所式では、菅原茂市長らによるテープカットに続いて、午後2時から講演会があるのですが、その講演者が千葉憲二君(3年4組)なのです。

記事ではつぎのように紹介しています。〈気仙沼市出身の料理人で、都内で日本料理店や、市内港町でラーメン店「かもめ食堂」などを経営する千葉憲二さんが、「ふるさとと気仙沼と食(仮)」と題して講演する。同3時からは、千葉さんによるメカジキとアイナメを使った実演がある〉

定員は40人で参加は無料。希望者は14日までに申し込みということなので、締め切りが過ぎてしまいました(4月26日に市から記者発表資料が出ていましたが、記事にされたのが5月14日でした)。一応、問い合わせ先を記しておきます。クッキングスタジオ事務室(電話29-6788)または市水産課(22-3435)まで。

記事に千葉憲二君の経歴が紹介されていましたが、同級生からするとちょっと簡略すぎるような感じがします。ということで、講師のプロフィールを私なりにまとめてみました。


◎千葉憲二君プロフィール

千葉憲二君は1951年9月生まれ。気仙沼小・中・高を卒業。そして大学卒業後は東京・京橋の日本料理の名店「ざくろ」で料理修業をはじめます。その後、熱海の料亭を経て「ざくろ」に戻り、29歳で副料理長。その後は「銀座江島」総料理長に。

41歳のときに転機が訪れます。和食からラーメンの世界に転身したのです。1992年に江戸川区葛西で〈ちばき屋〉をオープンします。そして間もなく毎日行列のできる店としてその名をとどろかせるようになりました。いま〈ちばき屋〉は、本店格の葛西店のほか、仙台店、青森県五所川原ELM店、福岡キャナルシティ店も展開しています。そして2015年11月、気仙沼市港町に〈かもめ食堂〉を復活開店させました。

憲二君がその味の原点と語る〈かもめ食堂〉の話は何度も書いているので省略します。なお、千葉憲二君は、2008年に発足した一般社団法人 日本ラーメン協会の初代理事長をつとめました。

こうして、ラーメンの世界での評価と信望を得た憲二君ですが、2010年には和食店「まかない 㐂いち」(きいち)を銀座にオープンさせます。さらに2016年には東京ガーデンテラス紀尾井町に赤坂店を開きました。ガーデンテラス紀尾井町は、旧 赤坂プリンスホテルの跡地を再開発した商業施設です。

つぎのブログが憲二君のこれまでを詳しく紹介していますので、ご参考まで。

飲食の戦士たち/千葉憲二氏


◎「ラ・リスト」2018年版選出

「㐂いち」の「ラ・リスト」2018年版選出をこのブログでもと思いながらそのままになっておりましたので、この機会に紹介します。

2015年に創設されたフランスのレストランガイド「ラ・リスト」は、世界165カ国の約550のガイドブックや新聞などの料理評を独自の方法で計算し、その結果で世界のレストランのトップ1000を決定しています。そして「㐂いち」は、「ラ・リスト」2018年版で日本国内111位に選出されました。

昨年5月24日、2018年版で日本が選出数で3年連続世界一となったことを祝うレセプションが東京・南麻布のフランス大使公邸で開かれました。もちろん、憲二君もご招待を受けました。日本経済新聞が、そのレセプションの様子を紹介する記事を掲載しています。

日経

日本経済新聞2018年7月22日より


記事の下の写真を見ておどろきました。前列中央の「ラ・リスト」創設者で元駐日フランス大使 フィリップ・フォール氏の右側に憲二君がいるではないですか。そしてその周辺には私でも知っている著名シェフが顔を揃えています。

記念写真


元大使の右後からジグザグに紹介すると、まずはイタリア料理〈ラ・ベットラ〉落合務さん、千葉憲二君、中華〈トゥーランドット〉脇屋友詞さん、和食〈青柳〉小山裕久さんだと思います。小山さんの一人おいて右側は〈菊の井〉村田吉弘さんでしょう。大使の後の方は誰だっけ。顔は知っているのですが思い出せません。

これくらいにしておきましょうか。要は、憲二君に対する客観的な評価の高さを少しでも知っていただきたいと。本人が言うわけないものね。いわゆる有名人とのつきあいを自慢するようになったらおしまいでしょう。ということで本日のブログもこれでおしまいに。

震災後に憲二君が気仙沼でおこなった炊き出しに関する当方ブログをひとつだけ紹介しておきます。かもめ食堂の復活も決して楽なことではありませんでした。

2015年11月6日ブログ「かもめ食堂の憲二」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

割烹「世界」90周年

5月9日の三陸新報にこんな広告が。

5月9日世界広告
三陸新報5月9日掲載広告より


気仙沼市南町の「割烹 世界」さんが、本年で創業90周年を迎えたとの広告です。旧店舗は東日本大震災で被災し、仮店舗での営業をよぎなくされました。しかし2017年5月9日に南町紫神社前商店街近くに移転新築オープンを果たしました。

「世界」は私たち夫婦の結婚披露宴をおこなったところだったので、その思い出話などをまじえ、つぎのブログで移転新築を紹介しました。

2017年5月11日ブログ「わたしたちの世界」

今回の90周年広告のなかに〈当店は昭和4年、初代坂本恪が「レストラン世界」として創業〉との記述がありました。はじめはレストランだったのか。その場所が震災前の場所と同じであるとしたら、成田玲子さん(3年3組)の実家、レストランナリタと並んでいた時期もあるのでしょうか。世界の向かって左側にはナリタが営むBARスコッチもありましたね。

昭和4年/1929年は気仙沼にとっては忘れられない年でしょう。その年2月23日に八日町横丁山から出火した〈気仙沼大火〉がありました。「世界」創業が大火前とは考えにくく、その後のことなのでしょう。

2月25日ブログ「昭和の気仙沼大火」

昭和4年がどのような年だったのか、「気仙沼文化史年表」(荒木英夫 著)から主なものを拾ってみました。

「4月6日 町議会が町に魚市場を開設することを議決」「6月4日 内の脇川に橋をかける(現在の大橋の前身)」「6月25日 気仙沼駅に初めて汽車が入る」「6月30日 町内カフェー取締り改正、カフェー大恐慌」「7月31日 大船渡線が気仙沼まで開通 町内祝賀で賑わう」「8月19日 ドイツ飛行船ツェッペリン号 大島上空を通過」10月28日 気仙沼小学校の女教員が洋装となる」など。まあ、こんな時代だったということです。

6月30日の 町内カフェー取締り改正」というのは、取締法とか条例的なものが厳しくなってお店は大騒ぎになったということなのでしょう。それまでの南町界隈のカフェー事情をさらに知りたいと思いました。そして8月にはツェッペリン号が大島上空を。

大火はともかくも、割烹世界90周年の広告から、昭和初期の気仙沼町の繁栄を想像することとなりました。ちょっと楽しい。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 割烹世界

荒木容子の作品展

本日は同級生の話題です。荒木容子さん(3年10組)のクロス・ステッチ作品展が三日町の「ラ・ペ マツイ」で開かれています。5月12日の三陸新報に紹介記事が掲載されていました。

荒木さん作品展
三陸新報5月12日記事の一部イメージ


記事によれば、クロスステッチとは、X型に糸を交差/クロスさせていく刺繍(ししゅう)とのこと。荒木さんは独学で13年以上手がけているそうです。今回の作品展では、植物や海外の農村風景などのほか、制作に6カ月をかけた富岡製糸場や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」も展示されているとのこと。

荒木容子さんは、毎年の東京・目黒のさんま祭に「ラ・ペ マツイ」の松井恵美子さんと一緒に上京して〈つみれ汁〉担当としてお手伝いを続けてくれています。恵美子さんはさんま祭気仙沼実行委員会の松井敏郎会長の奥様です。

この三陸新報記事の会場写真は、「ラ・ペ マツイ」の後方にある松井さんの自宅縁側だと思います。震災前のことになりますが、松井敏郎さんのお父様が描いた絵などをこの縁側で毎年公開していたのです。三陸新報でも街の季節の話題として毎年紹介していました。私の母なども毎年寄らせてもらって楽しんでいたようです。

荒木さんの作品展は、こうした松井家の例年の催しを受け継いで開かれたものでしょう。松井夫妻のご厚意をありがたく思います。

荒木さんのクロス・ステッチ作品展は5月25日(土)まで。時間は午前10時から午後6時(土・日曜日は午後5時まで)です。是非お立ち寄りください。

昨年のさんま祭の様子がつぎのブログにて。荒木さんや松井夫妻と撮った写真なども。

2018年9月18日ブログ「目黒さんま祭報告」

 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 荒木容子 松井敏郎

気仙沼湾ブリッジ

気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)は4月7日に開通しましたが、気仙沼では2020年12月にもうひとつの架橋が完成予定です。三陸沿岸道(三陸道)の気仙沼湾横断橋(仮称)です。その主塔を海上に設置する工事が5月10日におこなわれました。5月11日の三陸新報の紙面を紹介します。

横断橋

三陸新報5月11日記事の一部イメージ


気仙沼湾横断橋は、鹿折地区の小々汐(こごしお)と朝日町を結ぶように設けられます。2基の主塔から鋼のケーブルによって橋桁をつるす「斜張橋」(しゃちょうきょう)という構造。1基目はすでに朝日埠頭の陸上に完成しており、今回の工事は残る2基目の下段部を橋脚部に設置するものでした。三陸新報記事の写真の右奥にうつっているのが、1基目の主塔です。

2基目の海上主塔上段は15日以降に設置するそうです。報道写真を見ると、今回の大型クレーン船も深田サルベージさんのようです。鶴亀大橋の架橋でもお世話になりました。

河北新報も工事の様子を6枚の写真とともに5月11日に配信しています。

同紙記事によれば、気仙沼湾横断橋は気仙沼中央インターチェンジ(IC)から唐桑南IC(仮称)までの気仙沼道路(9km)の一部で長さ1344m。海上部分は680mで、斜張橋としては青森ベイブリッジ(青森市498m)を抜き東北最長となります。来年12月完成予定ですが、供用開始は2020年度内とされています。2021年3月末までにということでしょう。気仙沼道路区間の事業費は1185億円です。

記事のなかにあった地図を紹介しておきます。

地図
河北新報5月11日配信記事より


橋の北側のインターチェンジは、大島IC(仮称)とされていますね。大島へのアクセスを意識してのことでしょう。ここから大島大橋への県道が整備されれば、そのアクセスは相当に改善されると思います。いいかえれば、関係する諸工事の遅れなどもあって、周辺の道路環境が整うまえに大島大橋を先行開通させた(あるいは、せざるを得なかった)ということかもしれません。

「国道45号 気仙沼湾横断橋朝日地区上部工工事」サイトに横断橋の完成イメージが掲載されていますので紹介します。昼と夜の2種の画像です。夜間のライトアップの計画もあるそうです。右側が朝日町、左側が小々汐地区となります。向こう側に大島の亀山が見えます。その右下には、ちょっと小さくてわかりにくいのですが鶴亀大橋が。

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なお、ミヤギテレビの本件ニュースが日テレNEWS24で配信されています。いつまで視聴可能なのかは不明ですが、ご覧いただければと。

ミヤギテレビ5月10日配信ニュース

来年末までには、気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)と気仙沼湾横断橋という2つの架橋が、気仙沼の新しい風景となるのですね。なによりも無事の工事完了を願っております。


本日のブログタイトルは「気仙沼ベイブリッジ」としたかったのですが、見出しを1行でおさめるために基本方針としている8文字におさまらず「気仙沼湾ブリッジ」といたしました。湾は「ベイ」と読んでください(笑)。
 

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芸術文化市民の会

5月8日の三陸新報に、気仙沼の「リアス芸術文化市民の会」に関する記事が掲載されていました。同会がこのほど、リアス・アーク美術館にこれまでの益金の中から現金100万円と備品(50万円相当)を贈ったとのこと。


リアス文化

三陸新報5月8日記事の一部イメージ


「リアス芸術文化市民の会」の現会長は気中同級生の昆野牧恵さん(3年11組)です。同会の寄付を伝える記事と思って読んでいたら、もうひとつの大事なことが記してありました。「リアス芸術文化市民の会」は大震災以降の活動を休止していましたが、会員の高齢化や転出などで継続を断念し、4月の総会で解散を決めたというのです。

記事によれば同会は、2003年にリアス・アーク美術館での「星野富弘 花の詩展」開催をきっかけに発足。市民が素晴らしい文化・芸術に触れるきっかけをと、2006年「いわさきちひろ展」や2010年「子供伝承芸能発表会」などを開催してきました。

記事の写真で、リアス・アーク美術館の佐藤光一館長に目録を手渡しているのは、初代会長の畠山ヨシ子さんです。後ろに控える4人の左端が現会長の昆野牧恵さん。記事には牧恵さんのコメントが紹介されていました。「活動を続けたい思いはあったが、現実には難しい。展示会のメイン会場として活動を支えてくれた美術館のために役立ててもらいたい」と。

写真にうつっているのは5人の方々でしたが、リアス芸術文化市民の会の活動を支えてきた多くの会員、関係者がいらっしゃることでしょう。そのすべての皆様に敬意を表するとともに、御礼を申し上げます。16年間にわたるこれまでの活動、ありがとうございました。
 

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tag : リアス芸術文化市民の会 リアス・アーク美術館

中里悦子さん訃報

5月7日の夜に吉田惠子さん(3年8組)から電話。同級生が亡くなったと。本日9日の三陸新報に、その訃報広告が掲載されていました。


中里さん訃報
 三陸新報5月9日掲載広告


中里(小山)悦子さんは3年8組の同級生です。同窓会、同年会などではいつも、お世話役として面倒な役目を引き受けてくれました。その出欠などを確認する電話で〈小田君も元気にしてだすか〉と語る声を思い出します。

2011年10月のブログでは、震災の1か月前2月12日におこなわれた気仙沼中学20回生還暦祝い会の記念アルバムについて悦子さんと話したことを記しました。当時は避難所にいた同じ8組の斎藤(広沢)高史君に、わざわざアルバムを届けてくれたことなども。

悦子さんは、ご主人ばかりか息子さんも先に亡くしています。そして今度は本人が。惠子さんも電話で語っていましたが、そのことを思うと本当にせつない。

いまは〈悦ちゃん〉中里悦子さんのご冥福を祈るばかりです。

2011年10月3日ブログ「愛の復興大作戦」
 

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tag : 中里悦子

片浜に新商業施設

4月12日の三陸新報に、気仙沼市が松崎片浜地区で進めている区画整理事業で、土地を活用する候補者に大手デベロッパーが選定されたとの記事が掲載されていました。ただし、その会社名などは現在のところ非公表とのことです。はっきりしてからご紹介と思っておりましたが、先日のアムウェイハウスのことなどもありましたので、その流れということで。


片浜

三陸新報4月12日記事の一部イメージ


松崎片浜というのは、いわゆる松岩地区の海岸地区。北から南に〈松崎前浜〉〈松崎片浜〉〈松崎尾崎〉となっているところの中間地区ですね。

記事によれば選定デベロッパーは、市が整備した土地にテナント形式の複合商業施設を建設し、入居店舗の誘致や施設の管理、運営に当たるとのこと。今のところスーパーマーケットまたはディスカウントストア、ホームセンター、ドラッグストア、外食店舗など6~7店舗が想定されているそうです。最短で2021年度初めのオープンが見込まれているといいますから1年後あたりということですかね。

市は2月下旬から1カ月間、商業施設の商業施設の建設、運営をおこなう民間事業者を募集したそうです。これに対しての応募が1件あり、副市長や関係部課長、地権者会関係者など11人からなる選定委員会の審査で決定しました。ただ、事業候補者からは、テナント企業が決定しない場合には辞退するとの条件が示されているとのことです。これが今のところ事業者名を公表しない理由となっているのでしょう。

この大手デベロッパーとはいったいどこだろう。〈あそごだいが、いや、あそごだべ〉。地元ではいろんな予想がとびかっているのではないでしょうか。といったん書いたのですが、片浜の皆さんはすでにご存じのことでしょう。

それにしても、市のデベロッパー募集に対しての応募は1件のみ。先日紹介した内湾のスローフードマーケット施設でも、その建設資金は日本アムウェイ財団の支援を得ておこなわれます。関係者の皆さんの苦労はいかばかりかと。まずは、松崎片浜の商業施設テナント誘致が順調に進むことを願っております。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

解説スタジアムSP

10連休がおわって、やっといつもの日常が戻ってきたという感じでしょうか。

令和元年の初日、つまり2019年5月1日。午後4時からのNHK総合テレビは「解説スタジアム スペシャル」でした。NHKの解説委員が集まっての2時間の生放送。テーマは「令和の始まりに 新時代をどう生きる」です。

番組名にある〈スタジアム〉という言葉は、番組のねらいである議論をたたかわせるということからきているのだと思います。世界に類を見ない超高齢化・人口減少社会、つまり「少子高齢化社会」としての「令和」の時代をどう生きるべきか、歯に衣着せない議論を展開しようというこの番組で、気仙沼ニッティングが紹介されたのです。

番組では解説委員が議論をたたかわせます。開始から45分ほどしたところで解説委員の増田剛さんが、この日のテーマを考える上でのモデルになる女性を紹介しますということでビデオ収録内容が流れました。その画面をいくつか紹介しましょう。

はじめは、気仙沼ニッティング代表の御手洗瑞子(みたらい たまこ)さんの紹介です。その後、御手洗さんは、70歳を過ぎてから編み物の楽しさを知り、さらに学ぼうとしている編み手さんのことを話します。彼女を見ていて〈いくつになっても新しいことに心を開けて学ぶことができて自分は何が好きかを知っていると、相当ハッピーに生きられるものなんだなと思います〉と。

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そして〈人(他人)のものさしとか、社会のものさしを自分にあてて自分をはかったり、もっと大きく見せようとしたりということではなくて、自分自身が何を大切に思うか、何をやっていると楽しいか、何を大切にしたいかということについて自覚的であること〉が大切なのではないかとも。

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画面はスタジオにもどって、増田委員がつぎのように語ります。〈自分の好きなことに自覚的であること。それは同時に、学ぶことに上手になることにもつながると思います。学ぶ力があれば、自分の好きな道をどんどん切りひらいていくことができる。それが社会の多様性を生み、成熟の時代を育むことになると思います〉

それを聞いていた竹田忠委員が〈すごくいいね〉と反応。御手洗さんの〈自分のものさしではかる、考える。これは素晴らしい言葉〉だと。そして議論はつぎの話へと移りました。

繰り返すまでもないのですが、気仙沼ニッティングがこの番組でとりあげられたのは、日本の将来像や地域社会のあり方を考えるうえで多くの示唆を与えてくれるからだと思います。

たとえば、高齢化社会ということでは、年配の方が編み物で社会的な経済活動に参加することによって得られる生きがいなど。また、紹介映像の冒頭で御手洗さんが、ブータン政府の首相補佐役/フェローをつとめていたことも紹介されますが、意欲も能力もある若い方にとって彼女の働き方や価値観は大きな刺激となることでしょう。

御手洗さんは、毎日新聞のコラム「経済観測」執筆者のひとりとして3週間に1度ほどのペースで寄稿しています。その最新記事となる4月26日のコラム「ある編み手さんの話」では、79歳の「みきよさん」のことを紹介していました。みきよさんが編み手の仕事を始めたのは、わずか4~5年前のことです。そして御手洗さんは〈ひとはいくつになっても新しいことを学ぶことができ、自分の人生を自分の力で楽しくできる〉と記しています。解説スタジアムのなかで紹介された年配の女性はみきよさんでなく、「かつこ」さんでしたが、御手洗さんが語ろうとしていたのは同じことでしょう。

〈他人のものさしではなく、自分のものさしで物事をはかり考える〉そして〈ひとはいくつになっても新しいことを学ぶことができ、自分の人生を自分の力で楽しくできる〉。それは、若者であっても、私たちのように還暦をとっくに過ぎた世代でも、新しい時代をより良く生きようと思う人にとって、大切なメッセージであるように思います。解説スタジアム スペシャル。令和元年初日の印象に残る番組でした。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 解説スタジアム 気仙沼ニッティング

追悼:村上安正氏

4月28日の三陸新報に気仙沼観光コンベンション協会会長の加藤宣夫さんの「鹿折金山と村上安正氏」と題する投稿が掲載されていました。村上安正氏は鉱山研究家で、気仙沼の鹿折(ししおり)金山の保存運動で大変お世話になった方とのことですが、3月24日に逝去されました。享年89歳。この加藤さんの投稿は、村上安正氏に対する追悼文といってよいでしょう。

村上氏は足尾銅山を経営していた古河鉱業に長くつとめた方です。その著書「足尾銅山史」が2009年に第22回 日本産業技術史学会賞を受賞するなど、鉱山における採鉱技術や労働運動に関する研究成果は高く評価されています。

4月28日村上安正氏追悼
三陸新報4月28日投稿記事より


気仙沼市上鹿折にあった鹿折金山が、かつては平泉の黄金文化を支えたとも伝えられ、大金塊/モンスターゴールドを産出したことなどは皆さんご存じのことでしょう。村上氏は、膨大な中村家保存文書から鹿折金山の経営実態をまとめたり、「金溶解炉」が国内唯一の産業遺産であると指摘するなど、保存活動の大きな力となってくださいました。

そして2001年には鹿折金山跡保存会が発足します。2002年10月には市民福祉センター「やすらぎ」で「鹿折金山シンポジウム」が開催され、パネラーのひとりとして村上氏も参加しています。投稿記事にある写真がその時のもの。中央が村上氏、左が加藤氏です。

その後、2008年10月に気仙沼で学会が開催された時には三金山跡地見学もおこなったそうです。こうして村上氏の助言、ご指導などを得ながら、多くの人の努力により2012年10月13日に「鹿折金山資料館」が完成しました。

跡地を見学した〈三金山〉とは、文中にもある鹿折金山、大谷鉱山、玉山金山(陸前高田市竹駒)のことだと思います。また、〈中村家保存文書〉については少し説明が必要かも知れません。これは、中村亀治氏が残した文書でしょう。中村亀治氏は秋田県阿仁町の人で明治32年に鹿折で探鉱し鉱脈を発見し、採掘権を得て旧抗の一部を開発した方。「鹿折金山資料館」の館長をつとめる中村敬二さんはその子孫です。

鹿折金山跡は気仙沼の貴重な産業遺産です。資料館の運営や金山跡の保存や活用に関しては多くの課題もあることでしょう。加藤さんがお書きになっている「モンスターゴールド里帰り展」の開催なども課題のひとつです。そうした中で、長年にわたって活動を支援してくださった村上氏を失いました。加藤さんは〈鹿折金山の心の師を失った悲しみは尽きません〉と記しています。

村上安正氏の鹿折金山跡保存運動へのご支援に対して御礼を申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。


2016年9月9日ブログ「モンスターGOLD」
2016年9月12日ブログ「怪物金塊諸説紹介」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鹿折金山 村上安正

改元直前の気仙沼

「平成」から「令和」への改元があと5〜6分ほどのこと。テレビ各局はどんな番組をやっているのかと思いチャンネルをかえていたら、気仙沼からの映像がうつっていました。いそいで画面を撮影。


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すべてTBS/NEWS23拡大スペシャル4月30日放送画面より


テレビ局はTBS。NEWS23拡大スペシャル「令和へ…列島生中継で改元カウントダウン」です。途中からとなりましたが、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館からの生中継だったのですね。知りませんでした。2枚目と3枚目の写真は4月25日収録の映像紹介ですが、この後はまた画面が生中継にきりかわりました。

お名前のテロップが撮れませんでしたが、画面にうつっている方は、語り部などを担当する〈けせんぬま伝承ネットワーク〉代表の近藤公人さんだったと思います。中継の最後には、スタジオからの問いかけに応えるかたちで、震災の記憶を伝承していくことの意味を語ってくれました。

画面右上には〈「平成から令和へ」大震災の記憶 どうつなぐ〉とあります。回顧と感謝、そして祝福など、さまざまなテーマ要素をもった改元直前の番組で、被災地としての気仙沼をとりあげてくれたTBSさんの視点が印象に残りました。

平成の時代は大きな災害も多かった。そして、それらの被災地を訪れてくれた両陛下の姿も私たちの記憶に強く刻み込まれたのです。

ほかの局でも気仙沼をとりあげていたところがあったかも知れませんが、TBS系列(気仙沼ではTBC/東北放送)で生中継がありましたよとお伝えしたく紹介しました。


3月13日ブログ「震災遺構・伝承館」
 
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 震災遺構・伝承館

大島汽船の遊覧船

気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)の開通で、大島汽船(株)による大島航路の定期運航は4月7日で終了しました。しかし、改元に伴う大型連休の10日間は、気仙沼ベイクルーズ/遊覧船としての運航をおこなっています。

遊覧船
大島汽船サイトより


航路は、南町海岸のムカエル前から出航して大島方向に向かいます。道路でいえば右側通行/通航。私たちが知っている大島航路はそのまま浦の浜に進むのですが、その手前で左に向かい鶴亀大橋をくぐります。そして左に鶴ヶ崎をながめながら進み、唐桑の鮪立(しびたち)が見えるあたりで反転してまた内湾に向かいます。

所用時間は約50分。料金は大人が1500円、子供は750円です。出航時刻は9:30、11:00、13:30、15:00となっています。

チケットは気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ(ウマレル)1階の大島汽船チケット販売所にて。乗船の1時間前までにお求めください。

ゴールデンウィークも後半。遊覧船のご利用をお勧めするとともに、大島定期航路終了後も観光シーズンにはこうして遊覧船が運航しますよということを皆さんにお伝えしたく。どうぞよろしく。

4月10日ブログ「大島汽船の「御礼」」
 

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tag : 大島汽船

令和最初のブログ

本日は令和元年5月1日。新元号「令和」での最初ブログは、やはりこれでしょう。気仙沼つばき会さんが企画した新元号「令和」を記念する動画です。4月8日のブログでも紹介しました。記事内容を簡潔にして再掲します。





映像のなかでつぎのメッセージが語られています。

〈 新元号「令和」おめでとうございます。平成、いろいろとありましたが、世界中へ「ありがとうございます」。三陸道がつながりました。大島へ橋がかかりました。前よりもスムーズにおいでいただけます。世界中の皆さん。気仙沼に来てけらいん 〉

〈平成、いろいろとありましたが、世界中へ「ありがとうございます」〉というメッセージは、平成23年の東日本大震災で被災した気仙沼に対する世界中の皆様からのあたたかいご支援への御礼でしょう。〈三陸道〉(三陸沿岸道路/三陸縦貫自動車道)については、気仙沼〜仙台間は一部を除いて2月16日にほぼつながり、気仙沼から北に向かう宮城と岩手両県の県境部も3月31日につながったことを指しています。そして〈大島への橋〉は、4月7日に開通した気仙沼大島大橋(愛称:鶴亀大橋)です。〈来てけらいん 〉は、来てくださいの意。Come visit us in KESENNUMA !!  (再掲内容は以上)


この「令和」の時代が、Beautiful Harmony/美しい調和の時代であってほしい。そのような時代にしたい。心からそう思います。

 

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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