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魚市場前に風呂を

3月29日のブログ「鶴亀の湯クラウド」で、魚市場前に計画されている銭湯復活プロジェクトとそのためのクラウドファンディングを紹介しました。その記事の末尾に、2017年6月6日の三陸新報に〈船員たちに風呂を〉という投稿が掲載されたことをこのブログで紹介したと記しました。

3月29日ブログ「鶴亀の湯クラウド」

本日は銭湯復活プロジェクトの背景情報として、その2017年6月8日ブログ内容を再掲します。

◎魚市場に風呂場を

まずは春季東北地区高校軟式野球県大会の話から。決勝まで進んだ気仙沼高校は、昨日6月7日の試合で東北高校に2―3で9回サヨナラ負けとなり、優勝を逃しました。今回はノーシードから勝ち上がった気高ですが、今夏の全国高校軟式野球選手権宮城大会には第2シードとして出場することが決まったそうです。夏の活躍も期待したいところです。

さて、(2017年)6月6日(火)付け三陸新報の「波」欄に、つぎの投稿が掲載されていました。

6月6日魚市場風呂
三陸新報2017年6月6日掲載記事

投稿者は、元近海マグロはえ縄船の漁労長で、現在は国際水産研究所の資源や混獲の調査のために魚市場で働いている小野寺実さんです。

〈亀の湯〉が廃業し、港近くの銭湯がなくなったことにより、船員さんたちが困っているという話です。そして、いま増築工事が進められている魚市場に大きな風呂があるのだろうかと。〈銭湯もない、風呂にも入れない港など魅力はありません〉とも。

そして翌日7日の三陸新報「万有流転」もこの投稿をとりあげていました。〈陸に上がったことを実感させる銭湯の存在。傍観者が思うより、遥かに重要な水揚げ港の要素であると、考えさせられた〉と。

これらの記事を読んで、私が小学校のころに魚市場にあった浴場を思い出しました。ちょっとあやふやなのですが、道路から市場に向かって左端にあったのではないでしょうか。屋根には円錐形の白い換気塔があったようななかったような(笑)。一度だけ、なかをのぞいたことがあって、もうもうとした湯気のなかで、10人以上の漁船員さんらが湯を浴びていたように思います。

〈亀の湯〉さんをはじめ民間の銭湯が近くにあるときは、市場内の浴場の計画も難しかったかもしれませんが、今ならちょっと事情は異なるでしょう。詳しいことはわかりませんが、魚市場の浴場計画は検討の価値があるように感じました。

記憶のなかの〈東洋一の魚市場〉風景。左には大浴場、手前には国鉄の臨港線のレールが敷かれています。ずいぶん昔のことになりました。

2017年5月4日ブログ「亀の湯 5/6に廃業」
2015年9月14日ブログ「半世紀前の魚市場」


再掲内容は以上。そして本日は、記事中で触れた2017年6月7日の三陸新報「万有流転」の詳しい内容を掲げることにいたします。まずは記事の一部画像から。

 万有流転
 三陸新報2017年6月7日記事の一部イメージ


以下に、全文を引用させてもらいます。

〈小紙6日付け「波欄」に載った、「船員たちに風呂を」。目にした読者は多かろう。投稿者の小野寺実さんは、元近海マグロ船の漁労長だという◎気仙沼市魚町にあった「亀の湯」の廃業によって、港に近い銭湯がなくなった。亀の湯は、港中心に点在していた銭湯の最後だった。ほとんどの家庭に内風呂があり、かつてのように銭湯へ通う人は少ない◎しかし、「銭湯がなくなることは、入港する漁船員に大きな影響を与える」と話す人がいた。小野寺さんの投稿と同じく、「船員が憩う、安堵の場がなくなる」ことであり、それはやがて漁港そのものに影響するだろうと◎日本は温泉国でもあり、ゆったりお湯につかる文化は独特のものだ。体を清潔に保つだけならシャワーで事足りるが、湯船につかってホッとするところが、風呂の良さだと思う人は多い◎長い航海から解放されて湯船にくつろぎ、時に地元の人と会話する場所を提供することは、もてなしの一つだと前出の人はいう。小野寺さんは、増築中の魚市場への風呂設置についても言及している◎陸に上がったことを実感させる銭湯の存在。傍観者が思うより、遙かに重要な水揚げ港の要素であると、考えさせられた。〉(引用は以上)

気仙沼市魚市場の新施設であるC棟D棟は、3月16日に落成式典をおこない、きのう4月1日に暫定供用を開始しましたが、この新施設/増築施設に風呂が設置されることはありませんでした。関係者からの風呂を求める声が無視されることは考えにくく、検討されながらも実現が難しかったのではないかと想像しています。

その理由を勝手に推測すれば、ひとつは再掲したブログに記したように、民業圧迫の回避です。魚市場に風呂をつくることによって、民間銭湯の営業が不利になることを避けようという配慮。しかし、震災後に魚市場近辺の銭湯の営業は難しくなったわけなので、いろんな工夫でこの問題は解決できそうにも思えます。

もうひとつは予算の条件です。新施設の事業費約190億円全額が、水産流通基盤整備事業、災害復旧事業、復興交付金など国によるものと聞いています。それらの事業条件に風呂がそぐわないとか。このあたりかなあ。

ブログを書きながら思い出したのですが、魚市場近くにサウナ風呂がありました。黒田拓夫君(3年2組)の実家である黒田商店の経営で同じビル内だったかと。いつからいつまでかの記憶はないのですが、私が高校生の頃にはあったように思います。このサウナも、多くの漁師、船員の皆さんに利用されたのではないでしょうか。そしてこの頃、魚市場内の共同浴場がまだあったのかどうか。また、魚市場前や弁天町など内の脇地区に銭湯があったのかどうか。もう思い出すことができません。

菊田裕美君(3年1組)に聞いてみたところ、港町に〈みなと湯〉があったようなかすかな記憶があるといいます。南町から河原田を下っていったところの左にあった吉田電気、昔でいえば映画館〈南映〉をちょっと左に入ったところ。知らない人が聞いたらなにがなにやら(笑)

そのほか、〈気仙沼湯〉〈千代の湯〉さらにさかのぼって〈森広〉などについてはまたあらためて。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 鶴亀の湯 銭湯

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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