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大島大橋4/7開通

気仙沼大島大橋の4月7日の供用開始を1月4日に県が発表しました。このニュースは、河北新報が1月1日に〈4月7日に開通させる方針を固めた〉と報じていました。ヤフーニュースでも〈半世紀来の悲願実現〉との見出しで配信されました。

大橋河北新報

河北新報1月1日配信記事より(画像クリックで記事にジャンプ)


そして1月5日の三陸新報も正式な県の発表を受けて一面トップで伝えていました。

大橋三陸

三陸新報1月5日掲載記事の一部イメージ


大島大橋の供用開始時期については今春とされていましたが、昨年12月に浪板橋〜大浦間での法面(のりめん)にひび割れが見つかったことで、開通の遅れが心配されていました。これについては、暫定の迂回ルートを設けることで4月7日の開通にこぎ着けることができたようです。まずはよかった。

記事に〈県勢計画から半世紀〉とあるのは、1967年に策定された県勢発展計画に架橋構想が初めて盛り込まれてから半世紀ということです。記事では〈村井知事が2010年9月に11年度の事業着手を明言。震災で島が孤立状態になったことなどから、国の復興事業での整備が決まった〉としています。河北新報1月5日配信記事が半世紀の歩みをコンパクトにまとめていますので引用します。

1967:宮城県発展計画に位置づけ
1987:気仙沼大島架橋促進期成同盟会結成
1993:基本ルートを決定
2001:県が整備目標年次を18年度と公表
2008:架橋ルートを地元に提示
2010年9月:村井知事が2011年度の事業着手を明言
2011年3月:東日本大震災発生
2011年8月:震災に伴う新ルートを地元に提示
2014年11月:架橋本体工事着工
2018年11月:架橋本体工事完了
2019年1月:4月7日開通を発表


1月1日の河北新報は開通方針のニュースに加え、〈4月7日開通、島民に期待と寂しさと 船での帰省は今年で最後に〉との記事も掲載していました。その中で、大島の住民が架橋を願って歌い継いできた〈島甚句〉を紹介しています。

「島と唐桑にそり橋かけて 渡りたいぞや今(只/ただ)一度」

記事によれば、この島甚句が100年前の〈大正6年(1917)に存在したのは確実〉とのこと。〈半世紀〉というのはあくまでも県勢計画からということで、目の前に見える本土/唐桑半島が橋でつながっていればとの思いは、昔も今も変わらないということでしょう。

まずは開通の日が大きく遅れることなく4月7日(日)に決定したことをうれしく思っています。無事にその日を迎えることができますようにと。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大島大橋 大島架橋

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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