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アルバイト渡辺謙

1月27日の三陸新報に掲載された広告です。

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三陸新報1月27日掲載広告


渡辺謙さんがオーナーのカフェ「K-port」が2月1日にリニューアルオープンとのこと。冒頭の〈謙です。お待たせしました〉というメッセージがとてもいい。そして昨日1月30日午前中には、こんなツイートも投稿していました。

ケーポート2

渡辺謙さん @harryken311 のツイッター1月30日投稿より(画像クリックで投稿にジャンプ)


お店を1月7日から3週間休んで設備のメンテナンスやリニュアルの工事をしていました。以前は靴を脱いで店にあがるスタイルでしたが、これからは靴のままでOKとのこと。

ツイートの最後がいいね。〈1日2日は僕もバイトしてます。お待ちしてます〉だって。2月1日(金)と2日(土)は、渡辺謙さんというアルバイトが働いているそうです。どうぞお出かけください。

それにしても、謙さんのバイト、時給はなんぼだべ(笑)。


2018年12月27日ブログ「謙さんとのXmas」
K-port公式Facebook
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 渡辺謙

池袋で観光物産展

東京・池袋の宮城県アンテナショップ「宮城ふるさとプラザ」で、本日1月30日から「気仙沼市の物産と観光展」が開催されます。海産物、水産加工品、地酒、菓子、帆布製品、ホヤぼーやグッズなど約80品目を販売するそうです。

ふるさとプラザ
三陸新報1月25日記事より


気仙沼市の報道資料から詳細を紹介します。

◎気仙沼市の物産と観光展
三陸の海と山の恵み 気仙沼物産・観光フェア
期間:1月30日(水)〜2月5日(火)の7日間
会場:宮城ふるさとプラザ(愛称:コ・コ・みやぎ)
東京都豊島区東池袋1-2-2 東池ビル1・2階
JR池袋駅東口から徒歩2分。地下鉄有楽町線・丸の内線35番出口よりすぐ

地図
宮城ふるさとプラザ公式サイトより

参加するのは、気仙沼市内の5事業者。2月2日(土)には、気仙沼市観光キャラクター「海の子ホヤぼーや」 が登場し,物産・観光フェアのPRを行う予定です。

株式会社角星 (1/30〜2/1)
有限会社山証 (2/2~2/3)
株式会社横田屋本店 (2/4~2/5)
有限会社マルナリ水産 (1/30~2/5)
気仙沼市物産振興協会 (1/30~2/5)

山証さんを存じ上げなかったのですが、本吉町の会社で海藻を扱っています。三陸新報の記事に〈珍味〉試食とあるのは山証さんの商品かもしれません。明治30年創業といいいますから老舗ですね。そしてマルナリ水産は、気中同級生植木実君(3年9組)の会社です。代表商品の「さんま昆布巻」は、全国水産加工品総合品質審査会で水産庁長官賞も受賞しています。1990年に実君が開発した商品ですから30年近いロングセラーです。何度もこのブログで紹介していますが、そのひとつを下記に。

2017年11月30日ブログ「マルナリ植木実君」

JR池袋駅東口/西武百貨店から大通りを東に向かって2分。ユニクロの向かいです。どうぞお出かけください。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : マルナリ水産

けせもい会新年会

1月26日は、「けせもい会」の新年会でした。けせもい会は東京近辺の気仙沼出身者同年会。25年ほど前から続いています。会場は、いつもどおり千葉憲二君(気中3年4組)の店〈まかない 㐂いち〉銀座本店にて。お世話になりました。いつもありがとう。

今回は20名の参加。気仙沼からは昨年に引き続いて齊藤みゆき(同6組)さんが、そして仙台からは小山達朗君(同9組)が参加してくれました。わざわざありがとうございました。達朗君は、昨年2月まで仙台近辺の同年会「KSS42」(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)の会長でした。

会長の鈴木徳一君(同3組)の挨拶の後、達朗君に乾杯の音頭をお願いしました。達朗君は仙台の様子なども紹介してくれました。立って話しているのが達朗君、右下にうつっているのが徳一君です。

達朗君

昨年は急な用事で参加できなくなった〈イオンモール〉村上教行君(唐桑中)からも一言もらって、あとはなんやかんやと歓談。その多くはとりとめもない話なのですが、それがいいんだよね。菊田裕美君(1組)撮影の歓談の様子と、最後に撮った記念写真を紹介します。裕美君は、この〈けせもい会〉の事務局的なことをずっと引き受けてくれています。感謝。

P1040499.jpg




歓談写真の左で頭髪が印象的な男性はわたくし小田であります。いつもどおりの記念写真左前方は千葉憲二君。右前方の眞紀ちゃん(6組)に手を回すのは恒四郎君(6組)。これもいつもどおりの平常運転ということで(笑)。

こうして集まれるのも元気でいればこそ。話のなかで必ず出るのは健康の話です。元気に過ごしてまた来年ということで散会しました。みんなありがとう。また会いましょう。


2012年以降の新年会写真はつぎのブログで紹介しております。お手すきのときにでも。

2018年1月29日ブログ「けせもい会新年会」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : けせもい会

大坂選手と気仙沼

一昨日1月26日は、東京近辺の同年会「けせもい会」の新年会でした。その様子は明日の紹介にして、本日は、テニスの全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手に関する話題を。

大坂なおみ選手の母方の祖父である大坂鉄夫さんが根室漁協の組合長をつとめていることは多くの方がご存じのことと思います。私は、そのお祖父さんの取材映像をはじめて見たときに自宅庭園の立派さに驚き、いったいこの人は何者なのだろうと。そしてあとで漁協の組合長であることを知り、なるほどと納得したのです。

全豪オープンで4強入りを果たした日の大坂なおみ選手のテレビインタビューがよかった。生放送であることを確認した後に、「おじいちゃん、お誕生日おめでとう」と笑顔でカメラに語りかけました。1月23日は、鉄夫さん74歳の誕生日だったそうです。

きのうも孫娘の優勝を喜ぶお祖父さんの姿が各局で紹介されていましたが、その大阪鉄夫さんと気仙沼の関わりを昨年10月の気仙沼市のメールマガジン「ゴーヘイ!気仙沼」で菅原茂市長が紹介していましたので引用します。

ゴーヘイ!気仙沼第35号(2018.10.19)
◎市長コラム ~スポーツの秋&オルレ~

テニスの全米女子オープン、大坂なおみ選手の活躍には、世界中の驚きと日本中の喝采がありました。錦織圭選手の世界制覇を夢見てきた日本のテニスファンにとって、一足先の快挙、楽しみが増えた形と思います。

たびたびマスコミに登場する大坂選手の祖父大坂鉄夫さんは北海道根室漁協の組合長さんで、サンマ漁船第2丸中丸など漁船数隻のオーナーです。東日本大震災の折、大坂さんのサンマ漁船第38丸中丸は気仙沼港で被災し、その代船が第2丸中丸。被災後、全国初のサンマ船復活として、本市の木戸浦造船で建造されました。サンマのオフシーズンには気仙沼港に係留されており、見かけたことのある方も多いと思います。大坂さんはこれまでも本市で漁船を建造しており、来年完成する、造船4社合併による「みらい造船」の大事なお客さんになる方です。近い将来、ぜひ、新船を建造、大坂なおみ選手が進水式に来てくれればなどと夢が膨らみます。気仙沼港からも今後の活躍にエールを送りたいと思います。(後略)引用は以上


調べてみると、北海道漁連のサイトに2012年5月8日の「第2丸中丸」の根室市花咲港での竣工式の写真が紹介されていました。写真を拝借します。


丸中丸竣工

北海道漁連サイト「北海道ぎょれん」より


同サイトの記事には、つぎの記述もありました。〈「第二丸中丸」は、東日本大震災の被災代船として国及び道の支援を得て建造される4隻のうち、待望の第1号です。建造した気仙沼では、震災発生後はじめて完成させた大型船となり、地元関係者も「造船基地・気仙沼」の復興アピールとなることを期待しています。同船は、今後、鮭鱒漁やさんま漁に出漁する予定です。真新しい船で一層の大漁になることを祈っています〉と。

全米オープンそして全豪オープンでも初優勝を飾り、世界ランキング1位にもなった大阪なおみ選手。大漁旗などで飾られたまさに〈満艦飾〉のお祖父さんちの船は、偉業を讃えるにふさわしい写真と思い紹介いたしました。大阪なおみさん、そして鉄夫さん、本当におめでとうございました。

なお、気仙沼市のメールマガジン「ゴーヘイ!気仙沼」については、こちらから。登録で送付を受けることができますので、是非に。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 大坂なおみ 大坂鉄夫

ふるさとグングン

1月27日(日)のNHKテレビ「課題解決ドキュメント ふるさとグングン!」で気仙沼市の人材育成のための取り組みが紹介されます。

写真1
写真2
画像はNHK番組サイトより

NHK番組サイト

◎課題解決ドキュメント ふるさとグングン!」
若者が住み続けたいと思う町にしたい~宮城・気仙沼市
NHK総合テレビ
1月27日(日)午前10時05分~10時48分

サイトから紹介文を引用します。

ニッポンの地域を元気にする、課題解決型ドキュメンタリー番組、「課題解決ドキュメント ふるさとグングン!」。人口減少や過疎、子どもの貧困など、様々な課題を抱える“お困り市町村”を、地域づくりの“達人”が訪問。住民たちと一緒に魅力的な地域をめざしていきます。
震災後、宮城県気仙沼市は、若い世代の流出に悩んできました。その課題解決のため現地を訪れたのは、島根県教育魅力化特命官の岩本悠さん。岩本さんは、廃校の危機に陥った隠岐の島にある高校を、見事に蘇らせた人物。授業に地域の課題について高校生が学習し、解決の方法を考え、地域の住民と共に実行していく科目を創設。高校生が将来の夢について考える公立の塾も開きました。気仙沼市の人たちが隠岐の島を視察し、新たな動きを始めます。

出演者:岩本悠( 島根県教育庁・教育魅力化特命官)尾木直樹(教育評論家・臨床教育研究所「虹」所長・法政大学特任教授)りゅうちぇる(タレント)(引用は以上)

1月23日の三陸新報によれば、この番組では気仙沼市の高校生を対象として2017年度から市が実施している人材育成事業「気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード2018」の様子が紹介されるそうです。昨年5月から密着取材が進められていたとのことです。

冒頭に紹介したサイト画像の1枚目にうつる会場は、内湾集客施設「ムカエル(迎)」にできた「アンカーコーヒー内湾店」でしょう(追記:さきほど放送を見ましたが、この画面は気仙沼のムカエルではなく、スタジオでしたね。背景は合成。よく考えてみれば、漁船の係留がこのように見えるはずもありません。期待感から勘違い。失礼しました)。2枚目の内湾空撮写真も、気仙沼を離れて暮らす者にとってはとてもありがたい。わが魚町の現在の風景を知ることができるので。

12月16日におこなわれた「気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード2018」最終報告会については、同月19日の三陸新報が伝えていましたので〈参考資料〉ということで紹介します。


三陸
三陸新報2018年12月19日記事の一部イメージ


この記事を読んで驚いたことがあります。このアワード(賞)のいわば一等賞である市長賞に選ばれたのが、気仙沼高校3年生の清水真菜さんだったのです。このブログで、高校生国際美術展で内閣総理大臣賞を受賞したことをお伝えしました。気仙沼高校美術部の(私のときは鼎が浦高校との統合前で男子校の気高でしたけれど)後輩にあたります。

2018年10月5日ブログ「美術部の後輩たち」

清水さんのプロジェクトテーマは「ふるきよきまち気仙沼」。美術には人と人をつなぐ力があると考え、気仙沼をアートで盛り上げたいと、仲間とつくったグループ「沼美」の活動を発表したそうです。23日の放送では、その様子も紹介されるのではないかと楽しみにしています。

なお、この気仙沼市のプロジェクトの企画・運営を委託されているのが一般社団法人まるオフィスです。番組サイトの写真にも代表理事の加藤拓馬さんや根岸えまさんがうつっていました。

若い人たちがいろいろと頑張っていますね。その様子をどうぞご覧ください。今度の日曜日の午前10時05分から。念のための録画予約をお勧めします(笑)。
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : ふるさとグングン

祈念公園基本設計

気仙沼市の復興祈念公園の基本設計がまとまったと昨年12月29日の三陸新報が伝えていました。その記事を紹介します。

12月29日祈念公園
三陸新報2018年12月29日記事の一部イメージ

報じられたのは、12月27日の復興祈念公園施設検討委員会で了承された内容です。第8回目の委員会になるはずです。年明け早々にこのブログで紹介したいと思いつつも、ちょっと様子を見ていました。これまでの経過のなかで、三陸新報の報道内容がモニュメントのイメージなど、少し片寄っている印象もあったことからです。そのため、市の公式サイトで検討委員会の内容を理解してからの紹介にしようと思っておりました。

記事によれば、復興祈念公園には「追悼と伝承の広場」と「再生の広場」が設けられます。「追悼と伝承の広場」は、記事にイメージとして示されているゾーンです。その手前の円環状に配置されているものは犠牲者氏名などが記された銘板。その奥ににあるのが高さ10mのモニュメント(仮称・祈りの帆)で、合掌のような形状で内部に献花台が設けられます。「再生の広場」は、イメージ図には描かれていませんが、左上の方向、つまり旧 ホテル望洋方向に設けられます。桜の植樹やベンチの設置にとどめる計画。

市は、モニュメントや銘板を寄付で立てる考えで、通常寄付で3千万円、インターネットを通して資金を募るクラウドファンディングで2千万円を目標に集めるとのこと。寄付者の名前も掲示されます。また、この広場には複数のオブジェが設置されます。まずは複数設けて、その後に毎年1基ずつ増やす計画です。このクラウドファンディングについては、1月19日の三陸新報が伝えています。

クラウドファンディング
三陸新報1月19日記事の一部イメージ

1月28日から3か月間で、2千万が目標。寄付は国内大手クラウドファンディングサイト「Readyfor」(レディーフォー)で受け付けます。1回最低3千円で、最高100万円までとのこと。1万円以上寄付した人の氏名を、希望により公園内に設置する銘板に刻むとのことです。以上が復興祈念公園の基本設計とクラウドファンディングの内容です。

やっと基本設計がまとまりましたね。アイデアコンペの審査が行われたのは昨年3月20日の第3回検討委員会でした。当初は、コンペの総合部門で優秀賞に選ばれた神戸大学准教授の槻橋修さんの提案を核として、6月末までに基本設計を策定する計画でした。しかし、新聞で報道された優秀賞のモニュメントイメージに対しての疑問の声などもあり、槻橋さんが原案に他作品のアイデアを取り入れるなどした新たな提案と検討をおこなうなどの対応経緯がありました。

その途中には、新聞で紹介されたオブジェイメージなどに対する反対意見が三陸新報で紹介されたり、同紙論説欄でもそのことをとりあげるといったこともあったのです。

冒頭に紹介した三陸新報12月29日記事の末尾には、つぎの記述があります。〈(施設検討委員会の〉席上、「陣山復興祈念公園の健全化を希望する市民の会」が、市内団体(非公表)との連名で市に提出した要望について報告があった。「オブジェが偶像崇拝の対象になるのでは」とする内容だが、検討委は「この場での議論にはなじまない」などとして取り扱わなかった〉

この要望は、新聞で紹介されたオブジェイメージが人の形になっていることへの疑問に関してのものだと思います。これは三陸新報の記事で紹介されたオブジェイメージが、委員会資料の中にあったイメージ事例があたかも決定された内容であるように誤解されたことによるものでしょう。私が冒頭に、ブログでの紹介は市の公式サイトで全体内容を把握してからにしようと思ったのは、こうしたこともあったからです。

私は妻と共にアイデアコンペのモニュメント部門に応募してアイデア賞を頂戴しました。そんなこともあり、祈念公園の計画検討については強い関心を持って報道などをフォローしてきました。今回の基本設計案を拝見しての私としてのさまざまな意見や感想はあるのですが、それよりも、監修者としての槻橋さんや検討委員会、そして事務局の皆さんは大変だったろうなと強く感じます。本当にご苦労さまでした。まだいろいろと仕事が残っていると思いますが、これまでのご尽力にまずはお礼を申し上げます。

2018年3月22日ブログ「アイデア賞を受賞」

なお、市のサイトでの12月27日/第8回復興祈念公園施設検討委員会の資料・議事録が公開されていませんが、市議会議員 今川悟さんの11月6日投稿ブログ記事が私たちが知ることのできる第7回委員会後の最新計画内容であると思います。復興祈念公園計画の全体像がよくわかります。こちらも是非ご覧ください。

今川悟さんブログ2018年11月6日投稿記事
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 復興祈念公園

生島企画室30周年

昨年11月30日、ホテルニューオータニで生島ヒロシさんが会長をつとめる生島企画室の30周年記念感謝の集いが開催され、芸能界、放送界、政界から約1000人が出席したそうです。この記念パーティーの様子を週刊文春と週刊新潮がグラビアページでとりあげていましたので紹介します。まずは週刊新潮から。

新潮
週刊新潮2018年12月13日号より


生島さんを囲んでうつっているのは、上段右から奈美悦子さん(67)、芦川よしみさん(59)、大桃美代子さん(53)、田中健さん(67)、加藤タキさん(73)、下段右から水沢アキさん(64)、あべ静江さん(67)、生島さん(67)、国広富之さん(65)。生島企画室所属ではなく、生島さんと親しい方々でしょう。つぎは週刊文春。

文春
週刊文春2018年12月13日号より


こちらは生島さんと菅義偉官房長官(70)。〈あまり知られていないがこの二人、法政大学の同級生。菅氏はこの30周年のパーティーの代表発起人として“芸能界のドン”こと周防郁雄氏らと名を連ねる。会場には森喜朗元首相や稲田朋美元防衛大臣らも駆けつけ、生島氏の意外な“政治力”が垣間見えた〉と。そして司会の徳光和夫さんに促されて登壇した菅氏は、「(生島氏が)来年の参院選に出る準備かなと思いました」と会場を沸かせたそうです。

(株)生島企画室の会長は生島三兄弟の長男である博さんですが、代表取締役は次弟の生島隆さん。末弟はスポーツジャーナリストの生島淳さんです。隆さんには一昨年11月に赤坂で行われた淳さんのトークイベントでお会いしました。このブログでも淳さんと隆さんのツーショットを紹介しました。

博さんは気仙沼小・中・高で私たちの一年先輩です。気仙沼中学では陸上部でしたね。気仙沼高校から法政大学に進みましたが卒業前にアメリカに渡ります。そしてアルバイトをしながらカリフォルニア州立大学ロングビーチ校ジャーナリズム科に入学、そして卒業しました。帰国後、TBSに入社します。そして13年後に独立してからの活躍もみなさんご存じのとおりです。

華やかにもみえる経歴ですが、週刊新潮の記事にもある〈いっときは10億円近い借金があった〉ということは多くの人が知る話。生島企画室の経営者としての苦労は並大抵のことではなかったでしょう。生島さんは〈ここまでこられたのは、皆さんのおかげです〉と。

そうしたことも経て迎えた、生島企画室の30周年です。博さん、隆さん、おめでとうございました。お祝いを申し上げます。

生島企画室公式サイト
2017年11月27日ブログ「生島さん兄弟の話」
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 生島ヒロシ

気仙沼市の出生数

1月18日の三陸新報は、トップ記事で気仙沼市の2018年12月末の人口は6万3867人で、昨年1年間で1080人が減少したことを報じていました。これはまたあらためて紹介することにします。本日は1月6日の三陸新報の記事を。


出生数

三陸新報1月6日記事の一部イメージ


気仙沼市で2018年の年間出生数が297人だったそうです。300人を下回るのは少なくとも過去50年間で一度もなかったとも。50年間の出生数の変化を見るためには、合併前の唐桑町や本吉町の出生数を合算する必要があります。今回の記事にあるグラフはその両町の数字を含んだものです。グラフを拡大してみましょう。

グラフ
三陸新報1月6日記事の一部拡大


2012年からは400人を、そして2018年には300人を下回ったわけですね。記事によれば、市は、2015年に策定した「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で、計画最終年の今年の目標出生数を430人に設定し、結婚、出産、子育て、移住・定住の支援などの様々な施策を展開してきました。グラフの数字を見てみると、策定年の5年前2010年/434人レベルとすることを目標としていたものの、結果としては00人をきってしまったことになります。

市もいろいろと努力はしているわけですが、この問題は市の施策だけではどうにもならないのだろうなというのが実感です。そして、冒頭に紹介した人口数の減少。市当局もこうした傾向を深刻に受け止めていることと思います。

本日1月22日午後6時からはこのブログでも紹介した藻谷浩介さんの講演会があります。藻谷さんは現役世代人口の減少が引き起こす問題を以前から論じています。気仙沼がかかえるこの人口減少問題を考えるうえで参考になる話もあるのではないでしょうか。
 

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tag : 出生数 人口数

田淵行男の写真集

NHKのEテレ「日曜美術館」は、毎回予約録画して楽しんでいます。とはいっても、あまり関心のないテーマやアーチストの場合は早送りで。

1月6日朝(再放送は1月13日夜)の「まだ見ぬ頂を目指して~山岳写真家 田淵行男」も早送りでと思いながら見始めました。


日曜美術館
日曜美術館サイトより

冒頭の紹介映像のなかに蝶を描いた細密画などがありました。山岳写真だけでなく蝶の研究でも知られているとか。あれっ、なんか覚えがあるなと思った数秒後に思い出しました。ヒメギフチョウの田淵さんだ!

私は田淵行男さんの写真集『ヒメギフチョウ』を持っていたことがあるのです。昭和40年/1965年の気仙沼中学校2年生のとき。当時、毎月買ってもらっていた誠文堂新光社の雑誌「子供の科学」の読者投稿欄「読者の声」カット募集に応募しました。そして選ばれたときの賞品というか記念品のひとつが、この『ヒメギフチョウ』だったのです。この本のほかに子供の科学の七宝風のバッジも。絵柄は地球を回る人工衛星か、原子核を中心とした電子の周回軌跡みたいな。つまりは未来イメージ。掲載された私のカットは、あらためて紹介することにいたします。

写真集『ヒメギフチョウ』はずっと持っていました。私に 蝶採集やコレクションの趣味はありませんでしたが、妙に立派な感じのする本だったからです。売れ残りの在庫本をくれたのだろうとも思っていたのですが。

私が26か27歳ぐらいのとき、務めていた会社の同じフロアに〈セイロン観光局〉がありました。ある日、その女性スタッフと雑談していたら、ご主人が蝶を趣味としているとのこと。もしご関心があればと伝えたところ、是非にということで進呈。大変よろこんでいたとお礼を言われました。そのご主人はなんか元華族とのつながりがどうのこうのということだったので、やはり蝶のコレクションというのは貴族の趣味でもあるんだなあとも。

それからまた20年ぐらい経ったころの話。タブロイド新聞「日刊ゲンダイ」か「夕刊フジ」に古書のコラムがあって、そこに田淵さんのヒメギフチョウ』が紹介されていました。古書価格が1万円以上と知って驚きました。念のため申し上げれば、〈あげなければよかった〉などと下品なことはつゆほども(笑)。

写真集『ヒメギフチョウ』がヤフーオークションに出品されておりましたので、その画像をひとつ紹介します。

ヒメギフチョウ

ヤフオクのサイトはこちら。現在の入札価格が3万8000円。だいたいはこのあたりの価格のようです。

以上のようなことから、先日の日曜美術館は早送りすることなくじっくりと見たわけですが、田淵行男さんは本当に素晴らしい。山岳写真はもちろんのこと、写真集の編集や自家版アルバムの装丁も相当な才能や感性を感じさせるものでした。知らなかった。

山岳写真というと、ヨセミテ渓谷などを撮った米国の写真家アンセル・アダムスが有名で、私も大好きですが、それに勝るとも劣らない。モノクロで写し撮られた素晴らしい日本の山々です。参考までにグーグルでの田淵行男画像検索結果をご覧ください。アンセルアダムスのヨセミテも。



こうした山岳写真を見ていると思い出すお店があります。気仙沼のコヤマ菓子店の2階にあった「珈琲山荘」です。店主であった小山隆市君(3年6組)が撮った山岳写真が壁にかざられていました。すべて隆市君が登攀した山々だったはず。国内だけでなくヒマラヤなど海外の山もありましたが、大震災の津波ですべて流失しました。

隆市君が亡くなったのは、2013年1月14日。もう6年が経ちました。合掌

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tag : 田淵行男 小山隆市 珈琲山荘

冬の気仙沼ツアー

ほぼ日刊イトイ新聞/ほぼ日さんのサイトで「気仙沼ツアー 大海原」の告知がきのう1月17日にされました。気仙沼のほぼ日のサユミさんと、いつもは東京にいるほぼ日乗組員の西田さん、そして見習い宇宙鳥フェザードシジュちゃんが冬の気仙沼を巡ります。

気仙沼ツアー

ほぼ日/「気仙沼ツアー 大海原」より(画像クリックでサイトにジャンプ)


西田さんとシジュちゃんはきょう18日の午前10時すぎには新花巻駅で合流し、11時すぎには鉛温泉スキー場に到着しています。本日中に気仙沼に向かうのでしょう。テキスト中継は今日18日(金)と明日19日(土)の2日間です。

今回のツアーではクイズ企画が用意されています。木金土曜の毎日午後4時10分にクイズがサイトに投稿され、回答の応募締締切は各回とも翌日午前3時、正解発表は午前4時10分とのことです。

昨日の夕方の第1問目は、3つの財布の持ち主をあててくださいというもの。サービス問題とのことですが、私には難しく正解できず。各回とも正解者から抽選で合計3名にプレゼントがあります。ひとつは斉吉商店さんの〈金のさんま〉です。

冬の気仙沼。かなり寒いと思いますが、おいしいものがたくさんあるでしょう。牡蠣、メカジキ、生ワカメのしゃぶしゃぶとか。鱈(たら)もいいね。刺身でいける。唐桑にも行くのでしょう。ツリーハウスも。サイトで〈あのラーメン〉とあるのはマルキさんでしょう。

どうぞ皆さんもテキスト中継をご覧になりながら、クイズへの応募も是非どうぞ。
 

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ジャンル : 地域情報

tag : ほぼ日 気仙沼ツアー

金額で東北一奪還

1月8日の三陸新報のトップ記事は新年にふさわしいというかなんというか、勢いのある見出し。金額で東北一奪還。昨年の全国主要魚市場の水揚げランキングで気仙沼港が東北一になったというのです。


三陸1/8
三陸新報1月8日記事の一部イメージ


気仙沼は数量で9位、金額で8位といずれも前年より順位を上げ、トップ10入りしていることがわかったとのこと。未確定市場があるために順位が変動する可能性があるものの、東北各港の集計は終了しているので金額で昨年は1位だった石巻を抜いての東北1位は間違いないようです。数量では、八戸、石巻につぐ東北3位です。

ベスト10ランキング表を拡大してみましょう。

数表

静岡県焼津(やいづ)が金額で1位、数量では2位となっています。記事によれば、2018年の気仙沼は、巻き網船の不振をカバーする形で、カツオ一本釣り船の健闘が光ったほか、数量では記録的不漁だった昨年の2倍近くとなったサンマの水揚げ実績が、全体を大きく押し上げたとしています。

まずは気仙沼にとって明るいニュースであることは間違いありませんが、気仙沼港がかかえる問題も多いのです。この記事の左側には新春座談会「どう活用する新気仙沼魚市場」の5回目が掲載されていました。出席者は、気仙沼漁協の齋藤徹夫組合長、阿部長商店の阿部泰浩社長、磯屋水産の安藤竜司社長、カネダイの佐藤俊輔専務の4氏です。

サンマは今シーズン、漁期前の5月から大型船の公海操業が始まり国内流通も始まるといいます。サンマの〈旬〉がなくなるのではないかとの懸念や、国際的な資源管理の必要性などが語られていました。ほかにもこの座談会では、気仙沼の漁業、水産業がかかえる多くの課題が毎回とりあげられています。生鮮カツオに関しては、寄生虫アニサキスへの過剰ともいえる心配から量販店での取り扱いが減少するといったこともありました。

気仙沼港が高く買ってくれなければ、ほかの港に水揚げするでしょう。そして魚を高く買えば/仕入れれば、小売り価格も高くせざるを得ませんが、それでは消費者が買ってくれません。それぞれの立場での利害が異なり、簡単には答が出ない課題が多いようです。それでもこの座談会では、利害や立場の違いを理解しつつ、気仙沼港関係者の協力などの必要性が語られるなど、有意義であったと感じています。

1月11日/第8回目の座談会記事の見出しは〈もっと魚を食べて〉。魚の消費量減少が最大の問題なのです。でもなあ、東京の店頭で感じるのは魚の価格の高さです。買いたいけど、食べたいけど高い。気仙沼のメカジキも、そりゃあ食べたいけどなかなかねと。なんかそうした私の実感が諸悪の根源のような気がしてきました。ということで本日はこれまで。
 

テーマ : 気仙沼
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tag : 水揚げランキング

ワカメの藤田さん

三陸新報の連載記事「この地で歩む/頑張る人たち」は気仙沼の様々な分野で活躍する人たちを紹介しています。1月12日の第24回に、このブログで何度も紹介している方が登場していました。ワカメ養殖の藤田純一さんです。

三陸未来
三陸新報1月12日記事より

記事の冒頭で、気仙沼市階上地区でワカメ養殖を営む若手のリーダー的存在と紹介されている藤田さん。私は2016年11月に東京・青山で開催された「漁師って、カッコいい!」展のトークイベントで初めてお目にかかりました。そしてその軽妙な話しぶりに、とても驚いたのです。逸材だなと。

2016年11月29日ブログ「藤田純一さんの話」

大震災の津波で藤田さん/藤田商店のワカメ養殖施設はすべて流失しました。記事に〈被災地を応援する民間のファンド制度を活用〉とあるのは、ミュージックセキュリティーズ社の〈セキュリテ〉です。気仙沼では、斉吉商店さん、アンカーコーヒー(オノデラコーポレーション)さんなどもお世話になりました。藤田商店の〈ウニわかめファンド〉には、500人の人たちが協力してくださったのですね。本当にありがたい。

記事にあるように、藤田さんはほかの2社と新しい会社(株)さんりくみらいを設立しました。ほかの2社は、サメ類を扱う仲買人の吉田健秀さんのカネヒデ吉田商店、そしてサンマやサバなどの加工業を営む千葉豪さんのMCFです。健秀さんが同級生の吉田久雄君(3年6組)の息子さんであることは以前も紹介しました。

私は、(株)さんりくみらいが昨年4月から展開を開始したインターネット販売サイト「極上市場 三陸未来」のロゴデザインをお手伝いしました。新会社設立などの支援コンサルタントのひとりが、コンサルティング会社時代の同僚だったことが縁で依頼されました

2018年5月15日ブログ「極上市場 三陸未来」

新会社設立からもう一年か。様々な解決すべき課題も見えてきたころだと思います。それらはやっかいな課題も多いことと思いますが、持ち前の明るさで乗り切っていくことでしょう。藤田純一さん、吉田健秀さん、千葉豪さんたちの(株)さんりくみらい、そして極上市場「三陸未来」をどうぞよろしく。

極上市場「三陸未来」サイト
 

テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 藤田純一 さんりくみらい 極上市場

藻谷浩介氏講演会

気仙沼観光推進機構が主催する藻谷浩介(もたに こうすけ)さんの講演会をご紹介します。同機構のサイト「気仙沼さ来てけらいん」での告知がすでになされていましたが、1月12日の三陸新報に広告も掲載されていました。

藻谷氏講演会
三陸新報1月12日掲載広告より

◎藻谷浩介氏講演会

【日 時】2019年1月22日(火)18:00~19:30
【場 所】気仙沼市民健康管理センター「すこやか」多目的ホール
【定 員】100名(定員になり次第締切)
【受講料】無料
・申込期限:2019年1月18日(金)
・申込方法:FAXまたは、TELにてお申込み下さい 。
・問合わせ先:気仙沼商工会議所 中小企業振興部
  TEL:22-4600 FAX:24-3817

<講師略歴>
・日本総合研究所 主席研究員(会社に席のない単年度更新年俸制社員)
・日本政策投資銀行 地域企画部 特任顧問(非常勤)
・特定非営利活動法人 ComPus 地域経営支援ネットワーク理事長(無報酬)

山口県生まれの54歳。平成合併前 3,200 市町村のすべて、海外 99 ヶ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興などに関し、精力的に研究・著作講演を行う。2012 年より現職。著書に『デフレの正体』(角川書店)、『里山資本主義』(KADOKAWA)、『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)、『和の国富論』(新潮社)、『観光立国の正体』(新潮社)など。近著に「世界まちかど地政学」(毎日新聞出版)。

藻谷さんはテレビ番組での出演も多いので、写真を見れば、ああ、あの人かと思う方も多いことでしょう。著書『デフレの正体』(2012年刊)では、現役世代人口の減少こそが問題と述べ、『里山資本主義』(2013年刊)はコミュニティの復活による地域経済の自立を説いています。いずれも独自の視点からの主張があり、大きな話題にもなり、異論や反論を受けての論争もありました。

私は仕事場近くで2、3度お見かけしたことがありますが、いつもスーツにリュックを背負って早足で。その話ぶりだけなく、ウォーキングスタイルも軽快です(笑)。今回の講演会は、〈里山資本主義〉の提唱者からのお話を直接聞いて、気仙沼をもっと元気にするためのヒントそして刺激を得ようということでしょう。

会場の気仙沼市民健康管理センター「すこやか」というのは、催事会場としてよく見る場所ですが、どこなのだろうと思って調べてみると、気仙沼市東新城2-2-1(電話0226-21-1212)でした。子育て世代包括支援センターもここにあります。

観光のみならず気仙沼の将来を考えるうえで参考になることが多いことと思います。是非ご参加ください。定員100名で申し込みが必要です。どうぞ早めのご手配を。



 

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気仙沼市の成人式

きょう1月14日は成人の日。気仙沼市ではきのう13日に成人式がおこなわれ、NHKの正午のニュースでもその様子が紹介されました。なにげなく見ていたら気仙沼の映像がうつりびっくり。この日の午後7時からのニュース7でもその様子が紹介されましたが、NHKのサイトでは、正午放送分が配信されていました。その画像を3枚紹介します。

成人式1
成人式2
成人式3
NHK1月13日配信記事(動画あり)より


NHKによれば、気仙沼市の成人式には約600人の新成人が出席したとのこと。震災時には小学6年生だったそうです。3枚目の写真で紹介されているのは、佐藤海斗さんです。被災して避難所を転々とするなかで見た医療関係者の姿に感銘を受け、いまは山形の大学で看護を学んでいるそうです。ニュース7では、その体験をさらに詳しく紹介していました。

ネットで調べてみると、佐藤海斗さんの実家は気仙沼市潮見町だったのですね。津波で自宅が全壊というのもうなづけます。現在は国立山形大学医学部看護学科で学んでいます。佐々木徹君(3年1組)の後輩だ。徹君は理学部だけど。

夕方のフジテレビだったでしょうか、民放のニュースでも気仙沼の成人式が紹介されていました。記念写真撮影の様子もうつっていたのですが、菅原市長とならんで市教育委員会の教育委員長をつとめる齋藤益男君の姿がありました。気仙沼高校の同級生で美術部では部長をつとめてくれました。成人式のニュースのなかでたぶん67歳の益男君の姿をみるとは思いませんでした(笑)。

今年の成人式はきのうも今日も全国的に晴天にようでなによりです。ご本人はもとより、そのご家族の方々にもお祝いを申し上げます。成人、おめでとうございました。
 

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三陸ホタテ黎明期

読売新聞「時代の証言者」で畠山重篤さんの連載記事が始まったことは、12月17日のブログでもお知らせしました。毎回これまで知ることのなかった話が紹介されているのですが、1月7日の第12回目では、ホタテの養殖に成功したことが記されていました。唐桑地区でのホタテ養殖の創始期に関する話を聞いたことがなかったので大変興味深く読みました。要約して紹介いたします。

読売新聞4
読売新聞1月7日朝刊記事の一部イメージ(写真:右側が重篤さん)

重篤さんは、小学校5年生の頃に旅行の本を買ってもらって以来、地図を見ては世界に思いをはせる少年だったそうです。祖父の代から「リーダーズダイジェスト」を購読しており、三陸の田舎なのに海外はわりと身近だったとも。

気仙沼水産高校時代には月刊雑誌「旅」を定期購読し、同級生と全国の有名水族館なども巡りました。そして高校生の夏休みに、雑誌「旅」が企画したオホーツクへの旅に参加します。そこで初めてホタテの刺し身を食べ、世の中にこんなうまいものがあるのか、と感動するのです。当時の三陸にホタテはありません。〈三陸で初のホタテを養殖――。それが夢になりました。〉

そして、父親から仕事を継いだ頃、カキの水揚げのない夏の収入になればとホタテの養殖に具体的に取り組みます。1962年の6月に北海道に渡り、ホタテの稚貝を譲り受ける段取りをつけました。そして、20歳になったばかり(たぶん1963年)の秋、有珠湾からホタテ稚貝の輸送を試みます。〈海水を染みこませたスポンジの間にサンドイッチ状にはさんだ稚貝を一斗缶に入れ、それを愛用のリュックサックで運ぶ作戦〉

有珠(うす)湾の最寄り駅である洞爺から函館駅まで2時間、青函連絡船が4時間、青森から気仙沼までは、一ノ関駅での乗り継ぎ時間を含めて列車で約7時間。最終列車で夜中の11時半に気仙沼駅に着いて、迎えに来た父と船で舞根湾に戻り、水槽に稚貝を並べて祈るような思いで眠りました。

しかし翌朝、300個の稚貝は全滅していました。原因は、盗まれないようにとずっとリュックを背負っていたこと。背中の体温が稚貝を温めてしまったのです。〈このため次からは、リュックをおろして輸送したり、一斗缶に氷を入れたりして温度調節に成功。3年目にはホタテ養殖は軌道に乗り、チリ地震津波での借金を返済できました〉

チリ地震津波は1960年。これにより、養殖カキのイカダが流され大きな被害を受けていたのです。文中の〈3年目〉がいつからなのかがはっきりしませんが、輸送に初挑戦したときから3年ということであれば1966年にはホタテ養殖が軌道に乗ったということでしょう。

気仙沼市史4巻「近代現代編」によれば、気仙沼湾におけるカキ養殖は、鹿折村浪板の小野寺清さん が先覚者です。大正15年に岩に着生した天然カキを採集して海底の砂地に直播きしたそうです。そして昭和5年には、筏での垂下式での養殖に成功。むき身をブリキ缶に入れ東京築地市場に出荷して好評を得たといいます。読売新聞の連載の第9回「かき研究所 入りびたる」に詳しく述べられている、東北大農学部の今井丈夫教授が唐桑の舞根に財団法人かき研究所を設立するのは昭和36年(1961)のことになります。

市史でのカキ養殖の記述も2頁半とわずかなものなのですが、ホタテの養殖についての記述は見つかりませんでした。それだけに、気仙沼地区のホタテ養殖が唐桑町の舞根(もうね)湾から始まったということに新鮮なおどろきがありました。まさに、三陸における養殖ホタテ黎明期についての証言といえるでしょう。

なお、記事中にある重篤さんの父は司さん。第6回記事によれば7人兄弟の次男で、旧制横浜専門学校(現神奈川大学)貿易科で学び、中国の重慶で採掘された鉄鉱石を八幡製鉄所に運ぶための船を手配する仕事についたそうです。旧制気仙沼中学に通学とあったので名簿を見ると昭和9年3月卒の旧制気中3回生です。剣道や野球などのスポーツマンだったものの泳げなかったそうです。しかし、1947年にカキ養殖を始めました。重篤さんは〈食糧不足の時代、家族を養うために、櫓をこいで海に乗り出した父には、頭が下がります〉と。そして祖父の清成さんは三陸地方から遠く熊本の旧制五高に進み、唐桑村長もつとめています。そんなこんなのファミリーヒストリーもとてもおもしろい。

この読売新聞〈時代の証言者〉重篤さんの連載は金曜と日曜はお休みですが、あと半月ほど続きます。これからの話も楽しみにしているところです。

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tag : 畠山重篤 森は海の恋人

紫神社の鳥居新設

昨年9月24日のブログで、気仙沼市浜見山(つい南町と思ってしまうのですが、住所表示は浜見山)紫神社の鳥居などを改修する計画についてお知らせしました。そして昨年12月30日、三陸新報が無事に工事を完了したと伝えてくれました。


新鳥居

三陸新報2018年3月30日記事の一部イメージ


鳥居は10月上旬から解体作業を始め、11月中旬に工事がスタートしたそうです。以前はシンプルな「神明鳥居」でしたが、新しい鳥居は「明神鳥居」という形式に。これは、紫神社には明神がまつられていることからとのこと。鳥居の新設に合わせて、擁壁や階段の手すりなどを修復したそうです。また、階段下にある不動明王舎を修復したとのことなのですが、どこにあったかちょっと思い出せません。昨年9月21日の三陸新報記事にあった旧鳥居の写真を紹介しておきます。

旧鳥居
旧鳥居(三陸新報2018年9月21日記事より)


12月30日の記事の最後に菅原宮司(78)の言葉が紹介されていました。「氏子や崇敬者をはじめ、皆さんの寄進によって、元旦を前に新しい鳥居などを設けることができた」と。菅原秀絃宮司は気仙沼市新町の北野神社の宮司さん。紫神社は菅原宮司が兼務しています。

昨年9月の三陸新報の記事のなかにも、菅原宮司の寄進のお願いがありました。皆様の寄進、ご協力で無事に新たな鳥居がお披露目されたことを大変うれしく感じました。震災後、避難所となっていた紫神社の会館にフヂノ薬局の藤野さんを訪ねたことを思い出します。気仙沼を今度訪れる機会があれば、新たな鳥居をくぐり、階段をのぼり、懐かしい紫神社に参拝したいと思っております。このたびの鳥居等の新設・改修にご尽力、ご協力いただいた方々に厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。

2018年9月24日ブログ「紫神社の鳥居新設」
 

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tag : 紫神社

気中40回生歳祝い

年末年始の休みがあったので、昨年末のニュースで紹介していなかった話題がたまっています。本日はその中から。12月21日の三陸新報に掲載されていた広告です。

歳祝い
三陸新報2018年12月21日掲載広告


気仙沼中学校第40回生の歳祝いご案内。念のため申し上げれば、〈歳祝い〉は気仙沼をはじめ三陸地方などで行われる厄払いなどを目的とした同年同窓会です。気中40回生は私たち気中20回生の20学年後輩となります。昭和46年4月2日〜47年4月1日生まれの46~47歳。気仙沼高校でいうと気高42回生です。知っている方がいるかなと思い、気高同窓会名簿を見てみました。臼福本店の臼井壯太郎さんの名がありましたがそれくらいかな。私たちの同級生の子供となるともう少し下の世代ですね。

私たち気中20回生もこれまで何度も歳祝いや厄払い、感謝の集いなどを開催してきました。以前にもご紹介しましたが、震災の1ヵ月前、2011年2月12日には還暦祝い(&厄払い)、前年8月には物故者慰霊法要(物故祭)をおこなっています。それ以前には、33歳、42歳、49歳、55歳の年に厄除けや歳祝いなどをおこなってきました。震災後では、2012年11月3日に「還暦祝い後1年・震災復興支援感謝の集い」を行っています。また2013年8月27日には「小山隆市君・阿部健樹君ほかを偲ぶ会」も。そして2016年9月24日には気中を卒業してから50年ということでの「あれから50年同年会」も行いました。

私などは東京から出かけていって楽しむだけですが、お世話役の人は大変です。大震災後は、住所リストなどの情報が失われてしまうなどの苦労もあったようです。気中40回生は個々人への案内はせずに、この新聞広告のみの告知としているのも、そうした事情があるのかもしれません。どうぞ、知人や友人で心あたりのある方にお知らせいただければと。会場予約の都合などから参加申し込みの連絡は1月25日(金)までにお願いします。

以前このブログでは、気中6回生の方々の同年会を紹介したことがあります。昭和12年4月〜13年3月生まれで、生徒数は489名。数え歳八十の「傘寿を祝う会」を兼ねて88名の方々が集まったそうです。

私たち20回生は傘寿/80歳までにはまだ間がありそうなので、つぎは古希/70の歳祝いかな。そのまたつぎの喜寿/77歳までにはまたなにか名目を考えることでしょう。どうぞよろしく(笑)。

2016年7月20日ブログ「気中6回生同年会」
 

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tag : 気中6回生 歳祝い

東京パラを目指す

2020年東京パラリンピックに、気仙沼出身の谷真海さんがトライアスロンでの出場に挑んでいることは皆さんもご存じでしょうが、もうひとりの選手がいることを知っていますか。齋藤由希子さん(25)(旧姓:加藤)。陸上やり投げでの出場を目指しています。1月1日の三陸新報では、2020パラ五輪を目指す齋藤さんと谷さんお二人を特集していました。

2選手
三陸新報1月1日記事のイメージ


記事のプロフィールによれば、齋藤由希子さんは南気仙沼小、気仙沼中、気仙沼女子高を経て仙台大学に進みました。生まれつき左肘から先がなく、種目クラスはF46(上肢機能障害)です。記事の左下に、右手で、左側のはずした義手を持つ由希子さんの写真がありますが、堂々としていて素晴らしい。

彼女は気仙沼中学時代に砲丸投げを始め、2014年仁川アジアパラ大会では砲丸、円盤投げで金メダル。世界選手権砲丸投げでは2年連続優勝。同クラス砲丸世界記録保持者で、円盤、やり投げで日本記録保持者となっています。現在はSMBC日興証券に所属し、福島県に在住しています。

以前は、砲丸、円盤、やりの3種にとりくんでいたそうです。しかし、得意としていた砲丸は競技人口の少なさからパラ五輪での種目には採用されておらず、リオ大会はやりでの出場を狙ったものの代表には選ばれず悔しい思いをしました。東京大会ではどうするか。自問自答を繰り返し、やり投げに本格的に取り組むことを決めたとのこと。

転向から3年余りで、今は肉体改造の途中ですが〈状態は上向き。安心はしていないが、一気に記録を伸ばせる競技でもあり、必ず記録は出せる〉と前向きです。昨年12月3日に齋藤さんが菅原市長を表敬訪問したことを伝える同月6日の三陸新報によれば、10月にインドネシアのジャカルタで開かれたアジアパラ陸上に日本代表として出場し、5位入賞を果たしています。結婚は昨年のこと。ご主人は仙台大学陸上部の先輩で現在はコーチをつとめている恭一さんです。

2014年10月に韓国・仁川で行われたアジアパラ競技大会の砲丸投げで、世界新記録を出したことについてはつぎのブログに記しました。そこで引用した三陸新報記事によれば、齋藤さんが気仙沼女子高2年の時に東日本大震災がありました。家族は無事でしたが、幸町にあった自宅は津波で流されたとも。

2014年10月27日ブログ「加藤さんの世界新」


本日は、齋藤由希子さんの記事を紹介させていただきましたが、1月1日の朝日新聞パラリンピック特集面には谷真海さんの精悍なランニングの姿とインタビュー記事が掲載されていました。その末尾の真海さんの言葉を引用します。

「パラムーブメントがもっと大きくなれば、人々の意識は変わっていく。それこそ日本でパラリンピックを開催する意義なんだと思う」

齋藤(加藤)由希子さんも谷(佐藤)真海さんも気仙沼中学校の後輩です。決してたやすいことではないでしょうが、全力をつくして2020年東京パラリンピック出場の夢を実現して欲しい。かげながら応援しています。
 

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tag : パラリンピック 齋藤由希子 谷真海

大島大橋4/7開通

気仙沼大島大橋の4月7日の供用開始を1月4日に県が発表しました。このニュースは、河北新報が1月1日に〈4月7日に開通させる方針を固めた〉と報じていました。ヤフーニュースでも〈半世紀来の悲願実現〉との見出しで配信されました。

大橋河北新報

河北新報1月1日配信記事より(画像クリックで記事にジャンプ)


そして1月5日の三陸新報も正式な県の発表を受けて一面トップで伝えていました。

大橋三陸

三陸新報1月5日掲載記事の一部イメージ


大島大橋の供用開始時期については今春とされていましたが、昨年12月に浪板橋〜大浦間での法面(のりめん)にひび割れが見つかったことで、開通の遅れが心配されていました。これについては、暫定の迂回ルートを設けることで4月7日の開通にこぎ着けることができたようです。まずはよかった。

記事に〈県勢計画から半世紀〉とあるのは、1967年に策定された県勢発展計画に架橋構想が初めて盛り込まれてから半世紀ということです。記事では〈村井知事が2010年9月に11年度の事業着手を明言。震災で島が孤立状態になったことなどから、国の復興事業での整備が決まった〉としています。河北新報1月5日配信記事が半世紀の歩みをコンパクトにまとめていますので引用します。

1967:宮城県発展計画に位置づけ
1987:気仙沼大島架橋促進期成同盟会結成
1993:基本ルートを決定
2001:県が整備目標年次を18年度と公表
2008:架橋ルートを地元に提示
2010年9月:村井知事が2011年度の事業着手を明言
2011年3月:東日本大震災発生
2011年8月:震災に伴う新ルートを地元に提示
2014年11月:架橋本体工事着工
2018年11月:架橋本体工事完了
2019年1月:4月7日開通を発表


1月1日の河北新報は開通方針のニュースに加え、〈4月7日開通、島民に期待と寂しさと 船での帰省は今年で最後に〉との記事も掲載していました。その中で、大島の住民が架橋を願って歌い継いできた〈島甚句〉を紹介しています。

「島と唐桑にそり橋かけて 渡りたいぞや今(只/ただ)一度」

記事によれば、この島甚句が100年前の〈大正6年(1917)に存在したのは確実〉とのこと。〈半世紀〉というのはあくまでも県勢計画からということで、目の前に見える本土/唐桑半島が橋でつながっていればとの思いは、昔も今も変わらないということでしょう。

まずは開通の日が大きく遅れることなく4月7日(日)に決定したことをうれしく思っています。無事にその日を迎えることができますようにと。
 

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tag : 大島大橋 大島架橋

謹賀新年2019

あけましておめでとうございます。正月三が日はゆっくりと自宅で過ごし、きょう4日に仕事場に出勤。年末にある程度は片付けていたので、すっきりとした仕事はじめです。東京の正月は天気にも恵まれて気持ちのよい日が続いています。

これから三陸新報(デジタル版)などをゆっくりとながめようと思っていますが、1月1日の第一面はこんな感じでした。

元旦
三陸新報1月1日紙面の一部イメージ



下部に紹介されているのは三陸新報カレンダー1月「内湾の夜明け」です。文と画は菅原義子さん。サンマのつくだ煮でおなじみの(有)ケイの代表。魚町の人にとっては、カクダイの奥様といったほうが通りがよいかもしれません。その菅原さんが描く「内湾の夜明け」という絵と添えられた言葉にはいろいろな思いと、新しい年を迎えるにあたっての希望というものを感じさせます。

この三陸新報のカレンダーは紙版購読者には配布されているようですが、デジタル版購読者には配布なし。残念ですが、パソコン画面で拝見することにいたします。

5月からは新しい元号となる平成31年/2019年。いろいろと難しい課題もありますが、それだけに平安な一年であって欲しいと心から願っております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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