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気仙沼担当の皆様

11月2日のブログで、〈気仙沼のほぼ日〉があと1年、2019年11月で〈お開き〉になることを紹介しました。
このことは〈気仙沼のほぼ日〉が開所から7年を迎えた11月1日に正式に発表されましたが、同日から〈ほぼ日〉サイトで、〈これからも、またよろしく。「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。」という全6回の連載が始まりました。


ほぼ日

連載「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。のトップページ写真(クリックでサイトにジャンプ)


この連載は毎日更新されて11月6日(火)で最終回を迎え、いまは6回すべての内容を見ることができます。

ほぼ日|連載「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。

①まずは気仙沼の人たちにお知らせする、ありがとうの会。
②「ほぼ日」といっしょにいた7年。
③これからどうなりたいですか。
④とにかく明るいほうへ。
⑤「これだけ」ということはない。
⑥ひとつずつ、いちから考えるために。


第①回目では気仙沼の皆さんに来年の〈お開き〉とすることを伝える会での、糸井重里さんをはじめ皆さんのあいさつなどが紹介されています。②回目以降は、糸井さんと〈気仙沼のほぼ日〉の佐藤由美(サユミ)さん、斉吉商店の斉藤和枝さんの鼎談となっています。それぞれに印象深いのですが、第⑥回につぎのようなやりとりがありました。

(糸井)サユミちゃんがいてくれて、この事務所が7年もあり続けられたわけです。それは大きいことだと思う。
(サユミ)いや、みなさんのおかげです。
(糸井)当初は東京から誰かを派遣しなきゃいけないかな、と思ってました。こっちで嫁をやってくれるいる人がいたのは、ほんとうにありがたかった。東京から派遣していたら、当初の計画どおり、「気仙沼のほぼ日」は2年で終わっていたと思います。
(和枝)そうですよね。「気仙沼のほぼ日」イコール、サユミちゃんだからね。
(サユミ)みなさんのおかげで気仙沼の人になっていくんだというのが、ここの何年間の仕事だったという気がします。(引用は以上)


ご本人は謙遜していますが、サユミさんのおかげもあってこの7年間があったということでしょう。ありがとうございます。

2011年11月1日にはじまった気仙沼のほぼ日サイトでは、主にナカバヤシ(中林)さんという方が気仙沼の様子を伝えてくれました。常駐とはいわないまでもかなりの頻度で気仙沼に滞在し、活動のベースを整えてくださったのだと思います。2012年に入ってからは時折〈コイケ〉さんの名も登場します。

中林さんは2003年頃にほぼ日に入社し、2007年には「ほぼ日刊イトイ新聞」の創刊以来はじめてとなるトップページのリニュアルを担当しています。これはなかなか大変なこと。同様にこの先どうなるかやってみなければわからない気仙沼プロジェクトに、精鋭スタッフを担当者として投入ということだったのではないかと想像しています。

そして2012年4月21日の便りで、気仙沼さんま寄席のその後を伝えた後、中林さんは、とってもうれしいニュースとして〈この4月、「気仙沼のほぼ日」に新しいスタッフが入りました!」〉と、サユミさんを写真とともに紹介しました。サユミさんの投稿が始まるのは5月9日の記事から。

そうした経緯もふくめ、気仙沼のほぼ日便りを初めから読むと、気仙沼の復興や新しいまちづくり活動の7年間の記録になっていると感じます。是非みなさまもお読みいただければと。

気仙沼のほぼ日便り/2011年11月1日~

まだあと1年間お世話になりますが、まずはこの7年間のほぼ日さんのご支援に御礼を申し上げます。そして〈沼のハナヨメ〉ことサユミさんはもちろんのこと、ナカバヤシさんをはじめ初期の「ほぼ日」気仙沼担当者の皆様にも心から感謝を。ありがとうございました。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼 ほぼ日

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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