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佐賀きずなピアノ

きのう11月15日のブログで、18日(日)に市民会館で開催されるコンポジウム気仙沼2018を紹介しました。この催しは今回で3回目。1回目は2016年ですが、住江一郎さん、大阪大学の稲場圭信さん、画家の加川広重さんとのご縁はさらにさかのぼります。本日は、「佐賀きずなプロジェクト」によって寄贈されたピアノに始まる、これまでの皆さんとのご縁や催しを振り返ってみます。


1:2014年:佐賀からのピアノお披露目     

市民会館のグランドピアノは、佐賀県の「佐賀きずなプロジェクト」で寄贈されたもの。2014年1月19日にそのお披露目としてコンサートが開催されましたが、企画とともにピアノを演奏してくださったのがコンポジウム気仙沼2018にも登場する住江(すみのえ)一郎さんでした。住江さんは佐賀県鹿島市のご出身です。

佐賀県からのピアノ寄贈については以前このブログでも紹介しました。寄贈の原資となった「義援金付きプレミアム商品券」の義援金総額は、9233万円にものぼり、気仙沼市内の学校や公共施設に計24台のピアノが贈られたのです。まさに佐賀との〈きずなピアノ〉。

2016年4月22日ブログ「佐賀からのピアノ」 

2014年
三陸新報2014年1月21日記事


2:2015年 レクイエム・プロジェクト       

2015年8月6日には、市民会館で「レクイエム・プロジェクト気仙沼2015」が開催されました。この催しでは、加川広重さんの巨大絵画「雪に包まれる被災地」と共にレクイエム(鎮魂歌)の合唱などもありました。コンポジウム気仙沼と同じく、大阪大学の未来共生プログラムが共催し、当時は大阪大学大学院准教授だった稲場圭信さんが企画に関わっています。コンポジウム気仙沼の前身の催しともいえるでしょう。8月7日の河北新報夕刊の記事では、〈(この催しの)仕掛け人は、再生を後押ししようと大阪から足しげく気仙沼に通う大阪大大学院准教授の稲場圭信さん〉と紹介しています。

2015年
三陸新報2015年8月7日記事


3:2016年 コンポジウム気仙沼①        

初回となるコンポジウム気仙沼2016が、8月19日に市民会館で開催されました。加川さんの巨大絵画「南三陸の黄金」を背景にコーラスや住江一郎さんのピアノの演奏のほか、大谷の大漁唄い込みも披露されました。

2016_20181115145507a56.jpg

三陸新報2016年8月21日記事の一部イメージ


4:2017年 コンポジウム気仙沼②        

第2回目となるコンポジウム2017が8月19日に開催されました。この回の加川さんの絵画は「太陽と星の間に」です。コーラスのほか住江さんのピアノも。そしてこの回では、気仙沼仏教会の協力で7回忌法要とあわせての復興祈願もとりおこなわれています。

2017年

三陸新報2017年8月20日記事の一部イメージ


5:2018年 コンポジウム気仙沼③        

そして今回のコンポジウム気仙沼2018が 11月18日に開催されます。加川さんの巨大絵画「共徳丸と海」を背景に、住江さんがピアノを演奏します。


佐賀県内全20市町で気仙沼の子供たちの教育環境の充実などを目的とした「佐賀きずなプロジェクト/義援金付きプレミアム商品券」が発売されたのは2011年10月のことでした。

その佐賀県の皆様によって気仙沼にまかれた種子を多くの皆さんの協力で育てたこことによる成果のひとつがコンポジウム気仙沼であると思います。多くの関係者の皆様のこれまでのご支援、ご協力に心から御礼を申し上げます。


なおコンポジウム気仙沼2018に関するお問い合わせは下記まで。島田さんは気中26回生で、八日町復興まちづくりの会の代表もつとめています。ご苦労さまです。どうぞよろしくお願いいたします。

お問い合わせ
気仙沼事務局:(島田呉服店内)島田英樹さん
0226-22-0286

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◎追加:テレビ番組情報

私のツイート @kechu20 ではすでにお知らせしましたが、気仙沼市唐桑の民宿「つなかん」菅野一代さんの7年間を追ったドキュメンタリーが放映されます。ほぼ日さんの〈ただいま制作中〉で知りました。

11月18日(日)テレビ朝日午前4:30~5:00

局によって放送日時が変わります。気仙沼ではつぎの放送予定です。

11月20日(火)東日本放送 26:00~26:30

どうぞ、録画などして是非ご覧ください。
今週はこれにて失礼いたします。良い週末をお過ごしください。
 
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tag : 佐賀 コンポジウム気仙沼

コンポジウム2018

8月30日ブログで、仙台メディアテークで開催された第21回加川広重 巨大水彩展「気仙沼」を紹介しました。宮城県在住の画家 加川広重さんが描いた巨大絵画を前にしたコンサートの様子を平野君が伝えてくれたのです。

この加川さんの絵画「共徳丸と海」の展示と、ピアノ演奏、コーラスや太鼓などのコラボレーションイベントが気仙沼で11月18日に開催されます。「コンポジウム気仙沼2018」。「コンポジウム」には、コンサートとシンポジウムの意味が込められています。11月10日の三陸新報でも紹介されていました。

コンポジウム

◎震災復興イベント
「コンポジウム気仙沼2018」
悠久の海 祈りから希望の水平線へ
11月18日(日)
13:30〜15:45(開場13:00)
気仙沼市民会館大ホール
(入場無料)

三陸新報の記事によれば、今年のオープニングでは巨大絵画「共徳丸と海」を「気仙沼ともしびプロジェクト」のキャンドルが照らすなかで、住江一郎さんがピアノを演奏するということです。そのほかつぎのプログラムも予定されています。

・水梨小学校児童による羽田神楽「鳥舞」
・合唱(気仙沼アマチュアコーラス連絡会)
・トーク「共徳丸と海 」(加川広重・大阪大学 稲場圭信教授)
・気仙沼市内の高校生による活動発表
・気仙沼太鼓学舎「ね」

プログラムのなかで加川さんとトークする 稲場圭信さんは、大阪大学大学院教授をつとめる宗教社会学者です。コンポジウム気仙沼は2016年から実行委員会主催で毎年開催され今年で3回目となりますが、すべて大阪大学「未来共生プログラム」併催となっています。大阪大学の皆さんのご支援にお礼を申し上げます。

昨年のコンポジム気仙沼は8月19日に開催され、気仙沼仏教会の協力を得て、7回忌法要とあわせての復興祈願もとりおこなわれました。今回は宗教を強く感じさせるプログラムは特に見当たりませんが、あえていえば、水梨小学校の皆さんによる神楽(かぐら)「鳥舞」でしょうか。これは本来、羽田神社に奉納するものでしょうから。そういうことでいえば、「ね」の皆さんの太鼓や、コーラスで歌われる楽曲にしても〈祈り〉と共にあるのかもしれません。

コンポジム気仙沼のことを調べているうちに、話は2014年にさかのぼることになりました。その話は明日ということにして、本日は11月18日のコンポジウムご案内のみにて。どうぞ皆様、今度の日曜日は市民会館にお出かけくださいますように。


(追記)本日の河北新報もコンポジウム気仙沼2018と加川さんの絵画を紹介していました。

11月15日河北新報配信記事
8月30日ブログ「加川広重さんの絵」

 

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沼のハナヨメの話

毎週日曜日の三陸新報に気仙沼や本吉地区の催し情報が掲載されますが、11月11日の記事に初めて知る催し情報がありました。11月22日(木)沼のハナヨメが語る気仙沼のほぼ日の7年(午後6時30分から気仙沼図書館)。

近いうちに気仙沼のほぼ日さんのサイトなど、なにか情報があるでしょうと思っていたのですが、目にせず。調べてみたら、気仙沼図書館11月1日のFacebookにつぎの画像と催し情報がありました。


ほぼ日の7年

気仙沼図書館では、今月から3つの新しい企画展示を開催しています。
①読書週間特別展示(新刊コーナー)
気仙沼市図書館では11月22日(木)18時30分より読書週間行事として『沼のハナヨメが語る気仙沼のほぼ日の7年』を開催します。行事開催を記念して、ほぼ日に関連のある本を集めた展示を行っています。気仙沼図書館へコトバを贈ってくださった糸井重里さんの著書や、気仙沼ニッティングの本など色々な本を集めました。行事は要予約となっておりますので、興味のある方はお早目に気仙沼図書館へお申し込みくださいね!(以下省略)


要予約で〈興味のある方はお早目に〉とのことなので、あわてての紹介です。図書館だよりにもつぎの情報がありました。

◎沼のハナヨメが語る気仙沼のほぼ日の7年
11月22日(木)18:30~20:00
(休館日ですが参加者を対象に18:00に開館するそうです)
定員:中学生以上30名(要予約)
講師:サユミ氏(気仙沼のほぼ日)

同日のFacebook投稿にはつぎの写真も。

ほぼ日文庫

気仙沼図書館の蔵書が、設立当初から市内の多くの企業家などによって支えられてきたことはよく知られています。いわゆる企業文庫。そこに〈ほぼ日〉さんも加わってくださったように感じております。ありがとうございました。

11月22日には、そうした〈ほぼ日〉さんと気仙沼の7年間の関わりを〈沼のハナヨメ〉サユミさんが語ってくれることでしょう。沼のハナヨメの話。お聴き逃しなきよう、予約はお早めに。

11月2日ブログ「あと1年でお開き」
 

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うれしいニュース

気仙沼ニッティングさんの10月31日のツイートで、11月1日のNHK「ラジオ深夜便」に御手洗代表が登場すると知りました。そして翌日。最近のラジオ視聴はPCやスマホでのラジコ利用が定番でしょうが、今回の私は枕元にラジオを置いてのレトロ視聴。というのも、2か月前に災害時用の発電機能付きラジオを買い換えたのです。これを試しに使ってみようという趣向。

ラジオ深夜便は通常23:15はじまりですが、1日はプロ野球の日本シリーズ延長戦の関係で24:10開始、つまり2日0:10からの放送となりました。仙台放送局からの生放送です。直前の御手洗さんのツイートには〈番組中ニュースが発表されるかも!?〉とありました。一体どんなニュースだろう。放送が始まり、いくつかほかの話題が紹介されたあと、女性アナウンサーの問いに応じての御手洗さんの話が始まりました。事前に気仙沼で収録した編み手さんたちの声なども。

そして終わりのほうに〈ニュース〉の紹介。それは、東京にお店をオープンするとの発表でした。これまで、東京・青山(住所は赤坂)のコーネルコーヒーにて月に一度の出張販売/出店をおこなっていましたが、自分たちの独立店舗をもつというのですから、聴いていた私にとってもまさにグッド&ビッグニュース。

1日付の同社サイトのお知らせに、うれしいニュースの報告として東京店の概要が記してありました。11月17日(土)のオープンで、店名は「気仙沼ニッティング東京」。場所は渋谷区千駄ヶ谷3丁目です。地下鉄「北参道」駅から1分の明治通り沿いといいますからとても良い場所ですね。

その後の情報によれば、しばらくは毎週金曜・土曜・日曜のみの営業とのことです。12時~19時。11月11日の〈今日は電話線を引きました〉というツイートからは、なにか気仙沼から東京に出てきて借りた一人暮らしのアパートに初めて電話がついたような(笑)、〈うれしくてわくわく〉する気分が伝わってきました。

11月4日の読売新聞の朝刊一面コラム「編集手帳」にも気仙沼ニッティングの名が登場しています。

読売ニッティング

11月4日読売新聞朝刊記事

この記事中に〈被災地支援として始まった取り組みが5年前、会社創設へとつながった。訓練を経て腕前を上げた地元の女性ら70人ほどが編み手を担う〉とありました。いまや70人もいらっしゃるのですね。今回の東京出店の知らせは、そうした気仙沼の編み手さんたちにとっても、大変うれしいニュースになったと思います。

気仙沼ニッティング公式サイト「お知らせ」
気仙沼ニッティング東京が、はじまります

 

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「マルニ」磯屋水産

三陸新報の連載「わが社の屋号」第9回目は気仙沼市港町の磯屋水産さんでした。


磯屋水産

三陸新報11月9日記事より


記事のはじめに〈もともとは果物屋として始まった〉とありました。つぎのようなことです。創業者の安藤八千代さんは、魚町の「磯屋商店」で働いていました。同店は八千代さんのお姉さんが営む果物屋さんです。そして1936(昭和11)年に、八千代さんは同商店の分店を南町に開業したそうです。その後、戦後の混乱期に果物の仕入れが困難になり、目の前に(旧)魚市場があったこともあり、鮮魚を扱う「磯屋魚店」に転換しました。1980(昭和55)年には(現)魚市場前に店を移転したのを機に現在の社名「磯屋水産」としたそうです。鮮魚の小売だけでなく、卸・問屋などの業務が「水産」の語句に込められているのでしょう。

魚町の〈磯屋商店〉も懐かしい。男山本店の向かって左側二軒目の角地。大きな看板がついていました。道路をはさんでさらに左の角地は老舗の魚問屋「村米(むらよね)」さんでした。その後は精工堂本店となりました。

記事には現在の屋号「マルニ」となるまでの経緯が記してあります。「磯屋分店」の時代には「○」の中に「若二」と記された「マルワカニ」だったそうですが、魚屋に転業する際に現在の「○二」(マルニ)としたそうです。

記事にある写真は昭和40年当時の南町の店舗。私の記憶にある磯屋さんです。道路をはさんで向かい側の通りには美味しいタコを扱う魚屋さんもありましたね。一信君(3年1組)の平塚商店のならび。磯屋の右側にうつっている店はどこだったかなあ。その後は、ラーメンの「くるまや」になったことがありました。左側は出羽(でわ)精肉店。この並びの向かい側は若生餅店、そして角は丸桝(まるます)食堂です。私の妻の母親の実家なのでよく知っています。

旧魚市場があったこともあり、以前のこの近辺は魚屋さんが多かった。築地の場外のようなものかもしれません。磯屋さんに向かって右に行って左に折れると、カネシチさん。あさひ鮨/村上力男さんの実家です。さらに行けば唐桑屋さんも。ひとつ内側に入った通りの日野屋旅館の左には、同級生の琴ちゃんや栄子さん(7組)の実家「石垣魚店」もありましたね。

現在の「磯屋水産」社長はみなさんよくご存じの3代目、安藤竜司さんです。震災を扱った番組などで竜司さんが登場するとき、そのかたわらにお母様の明子さん(75)もうつっていることがよくあります。明子さんは2代目の勝之さんと結婚しました。記事にその明子さんの言葉が紹介されています。〈震災後はゼロからのスタートだったが、お客さんに恵まれてここまでくることができました〉と。

磯屋さんの店が南町にまだあった頃、母が〈値段は少し高いけれどモノがいい〉と評していたことを思い出します。扱う魚の確かさが、〈福よし〉さんをはじめ、多くの料理店のプロからも信頼されるゆえんでしょう。

磯屋水産さんの公式サイトには、〈磯屋水産の歴史〉というページがあり、安藤八千代さんにはじまる詳しい話が紹介されています。三陸新報記事の写真もトリミングなしで掲載。その冒頭に大きく紹介されているのは、1950年代の大船渡沿線の顧客との集合写真です。たぶん平泉/中尊寺金色堂の覆堂前で撮ったものだと思いますが、磯屋さんの盛業ぶりがうかがえる写真です。

磯屋水産HP/磯屋水産の歴史

磯屋水産さんは、今年で創業82年とのこと。南町、魚市場前、そして港町と場所こそ変わりましたが、これからも気仙沼港に水揚げされる素晴らしい魚介類をプロの料理人や家庭に届けてくれることでしょう。
 

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気仙沼担当の皆様

11月2日のブログで、〈気仙沼のほぼ日〉があと1年、2019年11月で〈お開き〉になることを紹介しました。
このことは〈気仙沼のほぼ日〉が開所から7年を迎えた11月1日に正式に発表されましたが、同日から〈ほぼ日〉サイトで、〈これからも、またよろしく。「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。」という全6回の連載が始まりました。


ほぼ日

連載「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。のトップページ写真(クリックでサイトにジャンプ)


この連載は毎日更新されて11月6日(火)で最終回を迎え、いまは6回すべての内容を見ることができます。

ほぼ日|連載「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。

①まずは気仙沼の人たちにお知らせする、ありがとうの会。
②「ほぼ日」といっしょにいた7年。
③これからどうなりたいですか。
④とにかく明るいほうへ。
⑤「これだけ」ということはない。
⑥ひとつずつ、いちから考えるために。


第①回目では気仙沼の皆さんに来年の〈お開き〉とすることを伝える会での、糸井重里さんをはじめ皆さんのあいさつなどが紹介されています。②回目以降は、糸井さんと〈気仙沼のほぼ日〉の佐藤由美(サユミ)さん、斉吉商店の斉藤和枝さんの鼎談となっています。それぞれに印象深いのですが、第⑥回につぎのようなやりとりがありました。

(糸井)サユミちゃんがいてくれて、この事務所が7年もあり続けられたわけです。それは大きいことだと思う。
(サユミ)いや、みなさんのおかげです。
(糸井)当初は東京から誰かを派遣しなきゃいけないかな、と思ってました。こっちで嫁をやってくれるいる人がいたのは、ほんとうにありがたかった。東京から派遣していたら、当初の計画どおり、「気仙沼のほぼ日」は2年で終わっていたと思います。
(和枝)そうですよね。「気仙沼のほぼ日」イコール、サユミちゃんだからね。
(サユミ)みなさんのおかげで気仙沼の人になっていくんだというのが、ここの何年間の仕事だったという気がします。(引用は以上)


ご本人は謙遜していますが、サユミさんのおかげもあってこの7年間があったということでしょう。ありがとうございます。

2011年11月1日にはじまった気仙沼のほぼ日サイトでは、主にナカバヤシ(中林)さんという方が気仙沼の様子を伝えてくれました。常駐とはいわないまでもかなりの頻度で気仙沼に滞在し、活動のベースを整えてくださったのだと思います。2012年に入ってからは時折〈コイケ〉さんの名も登場します。

中林さんは2003年頃にほぼ日に入社し、2007年には「ほぼ日刊イトイ新聞」の創刊以来はじめてとなるトップページのリニュアルを担当しています。これはなかなか大変なこと。同様にこの先どうなるかやってみなければわからない気仙沼プロジェクトに、精鋭スタッフを担当者として投入ということだったのではないかと想像しています。

そして2012年4月21日の便りで、気仙沼さんま寄席のその後を伝えた後、中林さんは、とってもうれしいニュースとして〈この4月、「気仙沼のほぼ日」に新しいスタッフが入りました!」〉と、サユミさんを写真とともに紹介しました。サユミさんの投稿が始まるのは5月9日の記事から。

そうした経緯もふくめ、気仙沼のほぼ日便りを初めから読むと、気仙沼の復興や新しいまちづくり活動の7年間の記録になっていると感じます。是非みなさまもお読みいただければと。

気仙沼のほぼ日便り/2011年11月1日~

まだあと1年間お世話になりますが、まずはこの7年間のほぼ日さんのご支援に御礼を申し上げます。そして〈沼のハナヨメ〉ことサユミさんはもちろんのこと、ナカバヤシさんをはじめ初期の「ほぼ日」気仙沼担当者の皆様にも心から感謝を。ありがとうございました。
 

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漁師写真家の皆様

きのう11月7日のブログで、気仙沼漁師カレンダー2019と写真家の奥山由之さんについて紹介しました。この漁師カレンダーは、2019年版で5回目の発刊となります。2014年版に始まり、2015年はお休みしてその後は毎年です。

よくここまで続けてきました。5回にわたるカレンダーで撮影をお願いした写真家の皆さん、いわば〈気仙沼漁師写真家〉の顔ぶれをみれば、その素晴らしさと共に、各年の企画と制作の苦労がしのばれます。いま振り返ってみれば、初回2014年の藤井保さんを起用してのサンアドさんの制作に始まったことが、このカレンダーシリーズのクオリティを条件づけたように思うのです。言葉を代えて言えば、クリアすべきハードルも高くなりました。

いまや懐かしい初回2014年版のポスター/フライヤーを以下に。




2014年版漁師カレンダーのポスター/フライヤーイメージ


本日は2014年版の藤井保さんについて追加の話を少し。このブログで藤井さんを紹介したときにはマグライトの広告写真の素晴らしさを記しましたが、広告雑誌や年鑑などでその優れた仕事を見るたび、この方に気仙沼での撮影をお願いできたことのすごさを感じております。そして2013年当時には知らなかったのですが、藤井さんは写真家・瀧本幹也さんのお師匠さんでもあったのですね。

瀧本さんは、CREATORS STATIONというサイトでのインタビュー記事で、藤井さんに師事したきっかけをつぎのように語っています。〈ちょうどその時期(バブルがちょうどはじけた後)に、写真家・藤井保さんのJR東日本の「その先の日本へ。」を見て、すごくかっといいなと思ったんです。藤井さんの写真は、たくさん予算を使って、大がかりなセットの中で外国人モデルを撮影するような華やかな写真とは真逆でした。荒涼とした断崖に駅員さんがぽつんと立っている写真で、華やかさはないけど、心に突き刺さるような写真で。こんなアート作品のような写真を広告で展開していること、さらには、こんなに人を感動させることができるんだと思い、「師事するならこの人だ」と決意しました〉と。

2014年版の企画・制作会社である(株)サン・アドさんについては、このブログで創立メンバーのお一人であった開高健さんの〈創立のことば〉も紹介しました。さきほど確認しましたらサン・アドさんのサイト構造が変わってリンクがきれていたので修正しておきました。そのブログの日付を見たら、2013年11月8日。〈藤井保さんの写真を使った気仙沼漁師カレンダーは、このサン・アドさんの創立理念に沿った仕事というか〈作品〉になっていると感じました。すばらしい〉と記したのはちょうど5年前のことでした。


以上、初回2014年版についてのその後の話を記しましたが、各年カレンダーについての紹介ブログも再度お読みいただければと。2019年版をのぞき関連記事を合わせ2本ずつとなります。お手すきのときにでも。

末尾になりましたが、これまで気仙沼漁師カレンダーの写真を撮影してくださった写真家の皆様に心から御礼を。そして、気仙沼つばき会はじめ企画・制作関係者の皆様にも。今年も素晴らしいカレンダーができあがったようです。手元に届くのを楽しみにしております。


2014年版紹介ブログ/藤井保
関連ブログ「漁師カレンダー!」
2016年版紹介ブログ/浅田政志
関連ブログ「写真家:浅田政志」
2017年版紹介ブログ/川島小鳥
関連ブログ「小鳥さんの写真展」
2018年版紹介ブログ/竹沢うるま
関連ブログ「写真家竹沢うるま」
2019年版紹介ブログ/奥山由之
(各氏敬称略)

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奥山由之の写真集

ご紹介が遅くなりましたが、来年2019年版の「気仙沼漁師カレンダー」の販売が10月7日から始まっています。気仙沼つばき会が企画・発行し今回で5回目となるカレンダー写真の撮影は奥山由之(よしゆき)さんです。

漁師カレンダー
公式サイトより(画像クリックでサイトにジャンプ)


◎気仙沼漁師カレンダー2019
・サイズ:見開き B4 / 二つ折りタイプ
(昨年版より一回り小さくなっています。開くとB4、閉じるとB5サイズ)
・タイプ:1ヶ月1ページ(日曜はじまり)
・販売価格:¥ 1,500(税抜)
・送料:全国一律180円
・支払:気仙沼信用金庫への振込

気仙沼漁師カレンダー公式サイト

私が奥山さんの起用を知ったのは、雑誌「カーサブルータス」サイトの8月31日配信記事でした。〈独特の作風で写真や映像表現の在り方を模索ししつづける気鋭の写真家・奥山由之が、気仙沼の漁師たちの生き様を切り取った《気仙沼漁師カレンダー2019》が発売〉。いやあ驚きました。つぎの写真家は誰かと思っていたのですが、〈そうきたか〉と。このサイト記事では、冒頭の表紙写真のほかに4点の写真も紹介されています。

奥山さんのプロフィールは公式サイトにも掲載されていますが、ここではカーサブルータスから引用しておきましょう。「 2011年に《Girl》で写真新世紀優秀賞を受賞し華々しいデビューを飾った後、数々の写真集・写真展で作品を発表。現在は雑誌、広告、TVCMやミュージックビデオなど、幅広い分野で活躍し、『Forbes』2018年10月号にて、「世界に影響を与える30歳未満の日本人30名」の一人に選ばれるなど、世界中から注目を浴びている写真家・映像作家の奥山由之 」と紹介されています。

私がちょっとしたきっかけで奥山さんを知ったのは2011年。彼が20歳のころですかね。キヤノンによる新人写真家の登竜門とされる「写真新世紀」の優秀賞をすでに受賞していたと思います。ただし、優秀賞5名中の1名で、その中からのグランプリ受賞は逃しました。奥山さんの受賞作品『Girl』は審査員のHIROIXさんによって選出されています。HIROIXさんは、2000年度/第26回木村伊兵衛写真賞を受賞していますが、同賞の第34回受賞者が2016年版漁師カレンダーを撮影してくださった浅田政志さんです。

奥山さんのその後の活躍はまさにあれよあれよという間で、雑誌などのメディアでその名を目にすることが増えました。私は雑誌「EYESCREAM」で3年続いた奥山さんの連載「君の住む街」を書店で毎月ながめておりました。ポラロイドカメラによる被写体は、若い女優というよりもむしろガールフレンドを思わせ、街の中での一瞬を独特の空気感のなか〈ちょっとピンボケ〉で捉えていました。

この連載は、2017年に同名の写真集として刊行されましたが、前年2016年には第47回(平成28年度)講談社出版文化賞/写真賞を受賞しています。これは定評あるとても大きな賞。それまでの写真や映像などの作品集『BACON ICE CREAM』や、「SWITCH」ほか諸雑誌での人物写真が受賞作品です。付け加えれば、第42回受賞者は2017年版漁師カレンダーの川島小鳥さんでした。

今回の撮影で奥山さんが使用したのは小型のフィルムカメラです。カーサブルータス記事によれば、漁師たちに「本当にこのカメラでいいのか?」と言われながら、80本以上のフィルムに彼らの勢いを写し撮ったということです。

ひとつエピソードを紹介しておきましょう。奥山さんは、先月10月6日に緑あふれるオープンエアの会場でウェディングティーパーティーをひらきました。お相手はフードエッセイストの平野紗季子(さきこ)さん。私は彼女のインスタグラムが大好きで投稿をいつも楽しみにしています。写真もいいけど個性的な文章が本当に素晴らしい。なんていうのだろうその感性は才能としかいいようがありません。漁師カレンダーのつぎは料理カレンダーかもしれませんね。そんなお二人のパーティーについては、FASHION SNAPのつぎのサイトにて。

FASHION SNAP

詳細は略しますが、小さなころから表現とか映像といった世界を身近にしながらシティボーイとして育った奥山さん。都会的で現代的な感性によるその作品群のなかで、気仙沼の漁師をテーマにした今回の写真は異彩を放つことでしょう。

どうぞ皆様も、このカレンダー形式の漁師〈写真集〉とともに2019年を元気にお過ごしいただければと。ご注文は冒頭に紹介した公式サイトにて。どうぞよろしく。



 

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「臼福」ファミリー

三陸新報の連載「わが社の屋号」10月19日掲載の第8回目は臼福本店さんでした。

臼福本店
三陸新報10月19日記事の一部イメージ


臼福本店の屋号は「チガイヤマ ホシイチ」(違い山 星一)と呼ぶそうです。知らなかった。記事のなかで、4代目で会長の臼井賢志さん(76)も、〈屋号で呼ばれることはまずありません〉と語っています。〈屋号〉といっても、印(マーク)と名称(ネーム)の二つの側面があるということでしょう。

臼福さんは、初代の臼井福治郎さんが魚町で1882(明治15)年に創業したそうです。マグロやカツオなどの魚問屋としてスタートしましたが、1939(昭和14)年に3代目の福治さんが漁船漁業経営に乗り出しました。遠洋カツオ船やトロール船なども手がけた時代があったそうですが、現在は遠洋マグロ船6隻を所有し世界の海で活躍しているとのこと。

記事にあった屋号の由来が大変興味深いものでした。初代の福治郎さんが創業する前に奉公していたのが八日町の老舗「浜田屋」で、その屋号が「チガイヤマ ジュウイチ」。福治郎さんが独立するときに、「ホシイチ」としてのれん分けされたというのです。「浜田屋」さんは、醤油や味噌、清酒の醸造元。昭和の時代にはスーパーマーケットのハマダを経営していました。ジュウイチ(十一)の印は、プラスマイナス(±)のような組み合わせです。『けせんぬま写真帳』(昭和52年 気仙沼商工会議所発行)に、大正11年当時の濱田酒造店の写真が掲載されているのですが、その看板に清酒銘柄「濱松」の名が記されています。

三陸新報の記事に紹介されている写真は、1937(昭和12)年ごろの臼福本店。私の記憶にある魚町海岸通りの建物はこれと同じです。たしか外壁は銅板でふかれていたように思います。

のぼりにあるお名前は「臼井壯志」さん。〈武運長久〉〈歓送〉の文字が見えますから出征記念の集まりでしょう。壯志さんというのは、年代からすると福治さんのご兄弟かなと思ったのですが違いました。私も生前の姿をよく知る3代目の福治さんが襲名する前の名とのこと。〈たけし〉さんと読むそうです。2代目である福治さんはお婿さんで本名は賢吾でした。

4代目の賢志さんの名には壯志さんの〈志〉と賢吾さんの〈賢〉が、そして壯志さんの〈壯〉は孫で5代目の現社長 壯太郎さんの名に引き継がれているということでしょう。

こうした細かな話は臼福さんの親戚である臼井真人(まこと)君(3年2組)に聞きました。真人君のお父さんは3代目の福治(壯志)さんの弟(三男)。その間の二男は、臼井弘君(4組)のお父さんです。臼真倉庫、福寿水産と、それぞれが父親から受け継いで経営する会社には〈臼〉と〈福〉の字が冠されています。これもある種の〈のれん分け〉といってよいでしょう。

本日は、魚町の臼福さんファミリーストーリーということで。
 

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市民オーケストラ

10月29日の三陸新報に、気仙沼市民吹奏楽団定期演奏会の広告が掲載されていました。

10月29日演奏会
三陸新報10月29日掲載広告


◎気仙沼市民吹奏楽団
第31回定期演奏会
11月11日(日)午後2時開演(1時半開場)
気仙沼市民会館大ホール
入場無料
お問い合わせ カンノ楽器
0226-22-0520

このブログを書くにあたって調べていたら、市民吹奏楽団創立30年について報じる河北新報の2017年11月27日配信記事がありました。それによれば、同楽団は1988年に気仙沼中学の吹奏楽部OBが中心となって設立されたというのです。ありゃま、そうなると私ともちょっと縁があるかなと。

以前のブログ「ベルマークの時代」にも書きましたが、私は気仙沼中学2年生のときに生徒会長(学校市長)選挙に立候補した(というか、させられた)ときの公約のひとつが、「ベルマークを集めてブラスバンドをつくろう!」。なぜブラスバンド結成を願ったのか、その理由はなにせ50年以上前のことで思い出せません。そして選挙に当選してベルマークも集め始めたのですが、1年間で手に入れた楽器はトロンボーン1本。しかしその後、PTAが寄付を集めてブラスバンドが結成されました。今思えば遠洋漁業の隆盛で気仙沼の景気もよかった時代でした。1967年3月、気中卒業式ではその演奏に送られながら退場したのです。かなり大げさに言えば、ベルマーク収集とともに蒔かれた種が20年後に市民吹奏楽団として花開いたか(笑)。

気仙沼市民吹奏楽団は、ブラスバンドというよりもウインド(wind)オーケストラの名がふさわしい。そして市民による市民のための、つまりシビック・オーケストラです。今回の曲目の冒頭に掲げられているのも、オーケストラにふさわしくシベリウスの交響詩「フィンランディア」。

広告の3曲目に掲げられているのは、NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」のメインテーマです。私は毎週このドラマを見ていますが、オープニングはいつも見ごたえ、聴きごたえを感じます。作曲は富貴晴美(ふうきはるみ)さんです。大阪生まれの33歳で、国立音楽大学作曲専攻を首席で卒業。第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞(『わが母の記』)を最年少で受賞した後も2度、同賞を受賞するなど、映画やドラマ、CM音楽などで活躍しています。

大河ドラマのオープニング曲はもちろんNHK交響楽団の演奏ですが、吹奏楽曲としてアレンジされた「西郷どん」はどんな感じでしょう。皆さん、今度の日曜日はぜひ市民会館へ。気仙沼のシビックウインドオーケストラをどうぞお楽しみください。


なお、今年3月の東京「東日本大震災復興支援コンサート」での市民吹奏楽団の演奏についてはつぎのブログで紹介しております。

3月16日ブログ「知恵を持つ海」

 

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tag : 気仙沼 気仙沼市民吹奏楽団

あと1年でお開き

きのう11月1日、〈気仙沼のほぼ日〉が開所から7周年を迎えました。この日の〈沼のハナヨメ。〉ではサユミさんが、7周年のお知らせに続き〈そして… あと、1年で、お開きになります〉と記されていました。


沼のハナヨメ

気仙沼のほぼ日/11月1日/沼のハナヨメ。の一部イメージ(画像クリックでサイトへ)


サユミさんも記しているように、気仙沼のほぼ日は当初2年間ということで活動をスタートしました。そして2年が経過するにあたり、ほぼ日の代表である糸井重里さんが活動期間の延長を表明したとき、大変うれしく思ったことを覚えています。商品やサービスを提供して利益を生み出すといった拠点ではありませんので、経営としてその継続についての判断を毎年おこなってきたことでしょう。これまでの7年間、あと1年を加えての8年間の〈投資〉は相当なものでしょう。

11月1日には、ほぼ日で〈「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。〉という全6回の連載記事がスタートしました。第1回目は、10月3日に糸井さんが気仙沼で開いた〈ありがとうの会〉(ごはんの会)の様子が紹介されています。この日、斉吉さんのの店「鼎・斉吉」にこれまでの活動を通じて知り合った方々が集まりました。記事には糸井さんのあいさつも紹介されているのですが話し始めた糸井さんは言葉につまってしまうのです。私はそこに、言葉よりも多くのメッセージや心情を感じてしまいました。記事には「気仙沼のほぼ日」の事務所をお開きにすると決めたのは、今年(2018年)の夏頃でしたと記されています。

この連載記事は是非皆様にもお読みいただければと。本日2日は第2回目も掲載されています。

ほぼ日/「気仙沼のほぼ日」を、お開きにします。


気仙沼のほぼ日の1年後のお開きについては、10月16日の河北新報がニュースを配信していました。ヤフーニュースにも転載されましたので、目にした方も多いことでしょう。そこには、糸井氏さんが関係者に送った手紙の一文を紹介しています。「場所としての事務所や看板はなくなりますが、気仙沼と『ほぼ日』の人と人との関係は続きます」と。


冒頭に紹介したサユミさんの〈沼のハナヨメ。〉の文面はつぎのように続きます。

〈「なくなる」と言うとどうしてもさみしくなっちゃうのですが、あと1年ありますので! それに、明るいほうが、気仙沼らしいと思いますので、あと1年、盛り上げていきたいです! みなさま、どうぞよろしくお願いします! 〉

こちらこそ。あと一年間、どうぞよろしくお願いいたします。
 

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tag : 気仙沼 気仙沼のほぼ日

菅原清さんの絵画

きょうから11月。先々月のことになってしまいましたが、本日は9月22日の三陸新報に掲載されていた絵画の話題を紹介します。気仙沼向洋高校の新校舎完成を祝い、埼玉県ふじみ野市在住の同校OBである菅原清さん(87)が絵画を寄贈したとのこと。描かれているのは岩井崎の潮吹き岩です。

菅原清さん

三陸新報9月24日記事の一部イメージ


記事によれば、菅原さんは気仙沼の魚町と隣接する太田の出身で、向洋高校の前身である気仙沼水産高校を卒業しました。約50年前から埼玉県で理容業を営むかたわら絵画制作を続けているそうです。

記事には油彩とありましたが、モノクロ写真でみると日本画の顔料のような質感を感じさせます。岩井崎の風景を知るものとして、その抽象化の加減もよくわかり、とてもいい絵だと思いました。潮の吹き具合も皆がこうあって欲しいという思いを反映してなかなかのものです。

記事には洋画家という紹介もありました。理容業の現役を引退して、いよいよ絵画に専念ということでのことかもしれません。しかし私は、理容業を本業としながら絵を続けてきたということこそが、なによりも素晴らしいと感じました。

ネットの中にあった2008年の記事によれば、30歳ぐらいから油絵を始めたそうです。庭にたてたアトリエでほぼ毎日、描いていると。当時10年前の菅原さんの絵のテーマは「合掌造り」です。「宮城の漁港で生まれ育った私にとって、昔の民家や田畑は、原風景。心が落ち着くテーマなのでしょうね」とも。

向洋高校に寄贈された絵画の制作がいつ頃なのかはわかりませんが、合掌造りよりもさらに〈原風景〉であろう岩井崎を、120号(194×130cm)の大作として描いた菅原清さんの心境を想像してしまいます。そして、自らが学んだ高校の後輩たちにその絵を見てもらいたいという気持ちも。絵も素晴らしいけれど、目には見えないその背景はさらに。

菅原さんはいま87歳。ますます元気に絵筆を握ってほしいと願わずにはいられません。ありがとうございました。

ウェブbe side/趣味の達人⑦油絵 菅原清さん

 

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tag : 気仙沼 菅原清 向洋高校

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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