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KSS42/秋保温泉

仙台地区を主な中心地区とする同年会「KSS42」(昭和42年中学卒気仙沼・仙台三陸会)が秋の懇親会として秋保温泉への一泊旅行を開催したそうです。同会のサイトに画像とともに記事が掲載されていました。



KSS42サイトより

KSS42サイト

今回の旅行には仙台近辺のほか、気仙沼や福島、東京から18名の参加があったそうです。勢揃いした写真のなかに懐かしい顔がありました。石川清一君です。後列右から3番目の青の帽子。気仙沼高校の美術部で一緒でした。松岩小学校に転校するまでは気仙沼小でしたから知っている人も多いことでしょう。デザインが突出してうまかった。東京造形大学に進んだ後、仙台でデザイナーをしていました。

後列左から3番目は吉野信雄君(気中3年1組)です。今年2月からKSS42の代表幹事を小山達朗君(同3年9組)に代わりつとめています。そのほかのメンバーも、みな元気な様子でなによりです。

私は勝手に土・日曜日を利用しての旅行かと思ったのですが、よく見たら日・月曜だったのですね。会社勤めが多い〈現役世代〉ですとなかなか難しい日取りですが、私たちのように66〜67歳ぐらいになるとこれもありということでしょう。

吉野君によれば、〈おとなの遠足/秋保編〉。みんな元気にやっていますよという、仙台からの初秋の便りでした。

6月6日ブログ「KSS42の仲間たち」
 
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テーマ : 気仙沼
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tag : 気仙沼 KSS42

正平さん こころ旅

NHK BSプレミアムの「にっぽん縦断 こころ旅」は火野正平さんが自転車で日本全国を巡る人気番組。今週の放送は宮城県の秋の旅で、本日は気仙沼のこころ旅です。題して〈台風一過の気仙沼〉。〈朝版〉ですでに手紙が紹介されているかもしれませんが、夜放送の〈とうちゃこ版〉がいわゆる完全版です。

こころ旅
番組ホームページより


番組ホームページ

◎にっぽん縦断 こころ旅
10月30日(火)
19:00~19:29
NHK BSプレミアム

気仙沼の旅で紹介される視聴者からのお手紙は、小山美津さんからのもの。〈小山美津さんのこころの風景〉は、気仙沼大島の田中浜・キゲ磯です。小山さんは赤ちゃんの頃から海が好きで、父親にせがんで連れていってもらったのが田中浜。海に向かって小田の浜の左側の大きな浜。キゲ磯というのはどこだろう。本日の番組で紹介されることでしょう。

私がこの番組でいつも感心するのは、ラストシーン。正平さんがお手紙をもう一度紹介した後に、〈こころの風景〉をゆっくりと映し出すのですが、その長さ。お手紙をくれた方にしっかりと伝えようという気持ちが伝わってくるかのような長回しです。ナレーションもなしにその場で拾われた音声のみ。私はいつもそこにしんみりとした詩情を感じます。

本日のラストシーンは田中浜でしょう。波の関係で遊泳禁止とされていますが、とてもきれいな浜。きょうの番組でどのように映し出されるか、とても楽しみです。皆様も是非ご覧ください。

私は本日の放送予定を知りませんでしたが、気中20「テレビ番組担当/笑」菊田裕美君(3年1組)が今朝知らせてくれました。いつもありがとう。
 

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tag : 気仙沼 こころ旅

Kport5周年ライブ

俳優の渡辺謙さんがオーナーの気仙沼市港町「K-port(ケーポート)」が、11月に5周年を迎えます。同店ではこれを記念して、渡辺謙さんとシンガーソングライターの尾崎亜美さんによるライブイベントを開催します。11月4日(日)夜に2回の公演がおこなわれます。


ライブ
K-port公式フェイスブック より


◎ライブ詳細
11月4日(日)
第1回公演 17:00開場 17:30開演
第2回公演 19:30開場 20:00開演
料金 お一人様 5000円
◎予約方法
店頭またはお電話にて(全席自由席)
◎問い合わせ先
Tel:0226-25-9915 Fax:0226-25-9914
Mail:kport.2013.11.25@gmail.com

K-port がオープンしたのは、2013年11月25日。2015年11月27日には、2周年記念ライブとして「尾崎亜美 and friends」をおこなっています。尾崎さんとのK-portでのライブは2度目のこととなります。

告知の画像に謙さんがトランペットを吹く姿がうつっています。高校時代にはは吹奏楽部でトランペットを担当していたそうです。音楽大学への進学も考えたそうですが断念し、演劇の道に進んだとのこと。11月4日のライブでも謙さんのトランペットとボーカルを聴くことができるでしょう。

K-portのあの広さですから席数も限られていると思います。どうぞお早めのご予約を。なお、料金5000円中の500円を子供達のための基金「K-port貯金箱 」に入れさせていただきますとのことです。どうぞよろしく。
 

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tag : 気仙沼 K-port

産業まつりの沿革

10月12日のブログで、第34回 気仙沼市産業まつりを紹介したときに、「産業まつりは以前、〈気仙沼・本吉地方産業まつり〉だったのが、いつから〈気仙沼市産業まつり〉になったんだろう。そう思って調べて見たら、ちょっと長い話になりそうなので、これは来週にでも」と書きました。本日はその調査結果です。

まずはいつもの荒木英夫編「気仙沼文化史年表」。この中に、ふたつの記述がありました。

1983 昭和58年11月6日 第1回 市産業まつり開かれる

〈市産業まつり〉は〈気仙沼市産業まつり〉の略記でしょう。会場は記されていませんが、その後の経過を考えると魚市場と推定するのが妥当だと思います。そして翌年につぎの記述が。

1984 昭和59年10月28日 第1回気仙沼・本吉産業まつり開かれる

前年の気仙沼市単独開催は第1回のみで、翌年から本吉郡各町が加わった新しい産業まつりになったようです。文化史年表に会場の記述はありませんでしたが、気仙沼・本吉地域広域行政事務組合サイトの沿革記述に「第1回気仙沼・本吉地方産業まつり」の付記として「気仙沼市魚市場」とありました。沿革に記述があることからみて、これは、同組合の関連催事として始まったのではないでしょうか。

ちょっと説明を加えると、気仙沼・本吉地域広域行政事務組合が設立されたのは1971年(昭和46年)です。この時点では、気仙沼市と本吉郡の各町(唐桑町、本吉町、志津川町、歌津町など)で構成されていたはず。組合のもっとも大きな事業は広域消防です。それからリアス・アーク美術館なども。

組合の設立後、市・町の合併があいつぎます。たとえば、2006年3月に気仙沼市と唐桑町が合併、2009年9月に気仙沼市と本吉町が合併など。詳細は略しますが、現在の組合構成は、気仙沼市と南三陸町の1市1町です。

話を気仙沼・本吉地方産業まつりに戻します。2011年は東日本大震災のため、産業まつりを開催することはできませんでしたが、翌年2012年に第28回「気仙沼・本吉地方産業まつり」が開催されました。しかし、会場は気仙沼市魚市場ではなく気仙沼市本吉総合体育館。そして同会場で「 気仙沼市本吉産業まつり2012」も開催されたのです。市のサイトにあった、2012年のポスターを紹介しておきましょう。

28回産業まつり

翌年2013年も本吉総合体育館を会場にふたつのまつりが開催されましたが、「気仙沼・本吉地方産業まつり」は名称が変わり第29回「気仙沼市産業まつり」に。この年は、気仙沼市魚市場を会場として第1回目となる「市場で朝めし。」が開催されました。このときのポスター/チラシに〈産業まづりみだいに買い物もすっぺし!〉というキャッチフレーズが記されているのは、3年にわたって魚市場で産業まつりが開催されていないという背景があったのですね。

そして、2014年は気仙沼市魚市場に会場が戻り「第30回気仙沼市産業まつり」が開催されました。となりました。この年から「気仙沼市本吉産業まつり」とは会場も開催日も分離しての開催となり今に至っています。

こうして整理していくなかで、いくつかの疑問が残りました。ひとつは南三陸町の関わりです。南三陸町は2005年11月3日第1回南三陸町産業フェア(志津川会場)を開催しています。それ以前の南三陸町や旧 志津川町の気仙沼・本吉地方産業まつりへの参加が具体的にどのようなものだったのか、具体的なことがわかりませんでした。

それと、「産業まつり」は今年34回ということなのですが、第1回から数えてみると、震災があった2011年のほかにもう1回の休止があるようです。それがいつのことなのかはわかりませんでした。

今日もちょっと長くなってしまいましたが、産業まつりの沿革は以上のようなことです。これらを踏まえていえば、「気仙沼市産業まつり」という名称使用を厳密にいえば1983/昭和58年が第1回目、そして第2回目が2014年。今回は第6回目といってもよいでしょう。2014年の開催企画時に、この「産業まつり」名称の継承、面倒なことをいえばその正統性や回数の数え方などについての議論もあったかもしれません。

そうした様々な事情の変化をのりこえて、このたびめでたく34回を迎えることができた10月24日の産業まつり、そして同時開催される〈市場で朝めし。〉に是非お出かけくださいますように。詳細は下記のブログにて。

10月12日ブログ「10/28 産業まつり」

 

テーマ : 気仙沼
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tag : 気仙沼 産業まつり 市場で朝めし

伍代さん「えん旅」

伍代夏子さんがNHK BSプレミアム「えん旅」の収録で気仙沼を訪れたのは知っていたのですが、放送はまだ先のことだと思って紹介もせずにおりました。そうしましたら、月曜22日に菊田裕美君(3年1組)から〈見ましたか〉とのメールを頂きました。21日(日)の放送だったのですね。裕美君は、いつもなら小田が紹介するのにおかしいなと思ったのでしょう。土日は母の一周忌で仙台に行っていたこともあり、番組表を見ていなかったのです。「きらり!えん旅~伍代夏子 宮城・気仙沼市へ」は21日午後1時からの放送でした。

ネットで調べましたら、五代夏子さんがインスタグラムに気仙沼での写真を何枚かあげていました。その中には気仙沼大島での臨時船「ひまわり」菅原船長と菊田榮四郎さんとの写真や〈お魚いちば〉、そして、唐桑の民宿「つなかん」でのこんな2枚の写真も。

えん旅
伍代夏子さん公式インスタグラム より

伍代夏子さんの投稿文を紹介しておきましょう。
「Iターン、Jターン…安住の地を求めて移住する人が増える中、ペンターン女子(ペニンシュラターン)と名乗り、この気仙沼唐桑町へ移住して町おこしのために活動する頼もしい女子達と…📷 2枚目はみんなで❣️ #nhkbsプレミアム #きらりえん旅 #気仙沼 #ペンターン女子 #伍代夏子」

2枚目にペンターン女子としてうつる人の何人かは、目黒のさんま祭で松圃虎舞で太鼓をたたいていました。根岸えまさんもうつっています。右から3人目の男子は、牡蠣養殖〈戸羽平〉の〈やっくん〉こと畠山政也さんです。私は今年2月の〈ちょいのぞき気仙沼/モニターツアー〉では政也さんが操船する船にのせてもらい船上で牡蠣やほたてをごちそうになりました。最高でした。

伍代夏子さんのインスタグラムには、9月下旬におこなわれた代々木八幡の例大祭で神輿とともにうつる写真もあげられていました。私の仕事場は渋谷区富ヶ谷で代々木八幡の氏子の皆さんが多い地区。そのため、私の通勤路にもふたつの神酒所が設けられます。そして毎年、神酒所近くの寄付者芳名掲示板のトップに五代さんの名があるのを見るたび、ご主人 杉良太郎さんとのお住まいがこの辺にあるのだろうと思っておりました。奥様の名にしているところが奥ゆかしいと。

しかし今回しらべてみると違っていました。井の頭通りの区画整理まで水道道路商店街にあった鮮魚店「市六水産」がご実家だったのです。魚屋さんの二人娘の2番目と聞くとなんか親近感がわいてきます。気仙沼で〈お魚いちば〉を訪れたときにもそんな話が出たのではないでしょうか。

なお、実家の話ということで付け加えれば、代々木八幡宮が小説家 平岩弓枝さんの生家、実家であることは有名な話。こちらは一人娘。ご主人が宮司をつとめています。ご参考まで。

ということで、私も含めて未見の方は、「きらり!えん旅」再放送を是非ご覧いただければと。どうぞよろしく。

最後になりましたが、伍代夏子さん、気仙沼への〈えん旅〉、ありがとうございました。

◎きらり!えん旅~伍代夏子 宮城・気仙沼市へ
(再放送)
NHK BSプレミアム
10月26日(金)午後3:30~
 

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tag : 伍代夏子 えん旅

本田鼎雪の絵画展

気仙沼では、10月6日から11月11日まで第48回市民文化祭が開かれています。市民会館を主会場に茶道や華道、各種舞台、文芸など様々な部門での発表が順次おこなれています。

10月4日の三陸新報にそれぞれの開催日時のリストが掲載されていました。そのなかに、今回はじめて参加する「風待ち・まちなか美術館」がありました。内湾地区の歴史的建造物である「小野健商店土蔵」「武山米店」「角星店舗」「三事堂ささ木」の4施設で、10月29日(月)から約10日間にわたり、つぎの展示がおこなわれます。


10月4日風待ち美術館
三陸新報10月4日記事より一部を抜粋


それぞれ興味深いテーマが並んでいますが、私の目を引いたのは三事堂ささ木さんでの「潮の画人・本田鼎雪展」です。本田鼎雪(ていせつ)さんは気仙沼で多くの絵を描いた日本画家。気中同級生の洋子さん(3年3組)のお父様です。鼎雪さんのカツオの絵にまつわる話は以前このブログで2度ほど紹介しました。

展示会名に〈潮の画人〉とありました。気仙沼市史では鼎雪さんについて〈鰹をはじめ、水産物の画も多く、その画風は静岡・高知・鹿児島にも名が知られ〉と記しています。今回の展示会名では、〈魚〉や〈鰹〉といった即物的な表現ではなく〈潮/うしお〉としていることに雅味を感じました。その〈潮の画人〉本田鼎雪さんの絵画をまとめて見ることのできる機会は気仙沼でもなかなかないでしょう。

三事堂ささ木「潮の画人・本田鼎雪展」は10月29日(月)から11月9日(金)まで。9:00~17:00。土日曜日はお休みです。どうぞお出かけください。

2016年12月15日ブログ「日本画家 本田鼎雪」
2017年2月1日ブログ「カツオがつなぐ縁」

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tag : 気仙沼 本田鼎雪 風待ち

室根マツリバ行事

室根神社特別大祭/マツリバ(祭場)行事が今週末、10月26日から28日までの3日間、岩手県一関市室根町のJR大船渡線「折壁(おりかべ)」駅近くでとりおこなわれます。相馬野馬追い、塩竃祭りとともに「東北3大荒祭り」のひとつとされています。

マツリバ
一関市観光サイトより

一関市観光サイト「室根神社特別大祭 マツリバ行事」

国の重要無形民俗文化財も指定されているこの祭は、奈良時代の養老2年(718)に紀州熊野大社/熊野神(くまののかみ)の分霊が室根山に勧請(かんじょう)されたことにちなむものです。そして今年2018年は、それから1300年になることから〈勧請1300年祭〉ともされています。

特別大祭の日は、熊野神が勧請された旧暦閏年(うるうどし)翌年9月19日とされ、同17日からがマツリバ行事とされてきましたが、平成19年からは新暦10月最終週の金土日の開催となっています。近年の室根神社特別大祭開催年を調べてみると、2010年、2013年、2015年、そして今回の2018年となります。新暦(太陽歴)閏年は約4年に1度ですが、旧暦(太陰暦)では閏年・閏月の数え方がずいぶん違うようです。

室根神社とマツリバ行事は、気仙沼市唐桑町とも深いつながりを持っています。今から1300年前に、熊野神の分霊をのせた小舟が黒潮にのり5か月をかけて到着したのは現在の気仙沼市唐桑町舞根(もうね)でした。鮪立(しびたち)に到着し舞根神社を仮宮としたとの説明も見かけましたが、その鮪立は舞根を含む地域名という可能性もありますね。(追記:室根神社の縁起などでは、唐桑浜の鮪立に到着し仮宮に安置された後、舞根に移されたとしているようです。こうした経緯についてはあらためて紹介しようと思います)。大祭/マツリバ行事が唐桑湾からの「御潮(御塩)汲み」から始まるのは、このことに由来します。祭の様々な役割は「神役(じんやく)」と呼ばれ、古くからその役を担う各地区の家々が定められていますが、そのひとつ御塩献納役(御塩役)は舞根の「畠山家」が務めています。

その畠山家との関係はわかりませんが、舞根の畠山重篤さんはその著書『森は海の恋人』の一節〈森の神と海の神〉をつぎのような「御潮汲み」の情景ではじめています。

「夜も明けやらぬ気仙沼湾口で、肌を突き刺す冬の季節風を真正面に受けながら、遙か彼方に見え隠れする霊峰室根山に向かって手を合わせている白装束に身を固めた漁民の姿があった。やがて、小船の魚艙(かめ)の中から取りだした、花瓶のような竹筒に海水を汲み、もう一度、うやうやしく山に手を合わせると、舞根の港を目指して船を静かに進めた。白装束の漁民は、これから始まる室根神社大祭の、清めの海水を汲んでいたのである。(中略)

 因みに、舞根(もうね)の語源は牟婁峯(むろね)といわれ、そのルーツは、遥か和歌山県牟婁郡へと、黒潮の路づたいに続いているのである。このような歴史的繋がりから、室根村の人びとは、私たちを舞根さんと呼んで、日頃から親しみを感じている間柄であった。」(引用は以上)

重篤さんはこの後、室根山に木を植えるという漁民の想いを当時の室根村 加藤村長さんに伝えたときの様子を記しています。加藤村長は、神社にほど近い見晴らし広場と呼ばれる神社林を解放する手はずを整えてくれたといいます。実にありがたいことです。舞根と室根の1300年近くの縁がなければ、「森は海の恋人」の活動もいまとは違ったものになっていたかもしれません。

以前にこのブログでも紹介した郷土芸能劇からくわ物語「海の古道」の2017年公演や今年の東京公演は〈熊野神勧請1300年記念バージョン〉として演じられました。340年ほど前、海の古道/黒潮は紀州から唐桑に鰹一本釣りの漁法を伝えてくれました。そして1300年前には熊野神も。マツリバ行事は、陸にあがった分霊の後日譚(ごじつたん)といってよいかもしれません。熊野から唐桑へ、黒潮によってつながれた縁が、さらに室根へとつながるネクストストーリーです。

今週末の室根神社祭/マツリバ行事は、室根地区の人たちはもちろんのこと、唐桑の人たちにとっても特別な祭となることでしょう。

一関市公式サイト「室根神社特別大祭について」
一関市公式サイト「室根神社特別大祭の歴史」

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tag : 室根神社 マツリバ行事

八瀬の山ぶどう酒

10月3日の三陸新報にこんな広告が掲載されていました。八瀬(やっせ)ワイン。気仙沼の八瀬地区にぶどう園があることは知っていましたが、ワインもつくっていたとは。

10月3日ワイン発売
三陸新報10月3日掲載広告


◎八瀬ワイン直売所(八瀬ぶどう園)
気仙沼市台339の4
090-7072-3376(田島さん)
毎月8日・18日・28日に販売

地元の山葡萄で造ったワイン。面白いなあ、飲んでみたい。いくらするんだろう。そんなことを思っていたら、翌日10月4日の三陸新報に紹介記事が掲載されていました。

10月4日ワイン

三陸新報10月4日記事の一部イメージ


記事を要約します。田島憲司さん(69)が営む八瀬ぶどう園では2009年に市外の業者に醸造を委託してワイン生産を始めました。その後、一般販売を計画しましたが、販売許可がおりませんでした。その理由は、当時、市内赤岩港にあった田島さんの自宅が震災の津波で被災しみなし仮設に入っていたためだったそうです。しかし今年、自宅を再建することができ、販売免許を取得しました。

販売するのは赤ワイン2種。岩手県花巻市のエーデルワインが醸造した「八瀬」(720ml/5000円)と、仙台秋保醸造所による「YASSE」(720ml/3600円)です。農園の収穫作業などを助けるサポーターに優先的に贈るため、一般販売は、「八瀬」2016年産を100本、2011年産までを若干数。「YASSE」は2015、16、17年産をそれぞれ20本ほどの販売となります。

ネットの情報では、田島憲司さんは「気仙沼産ワインを作りたい」と思い立ち、2004年にまずは開墾から始めたそうです。三陸新報の記事にサポーターのことが記してありましたが、八瀬ワインサポートクラブのメンバーになると、①ぶどう作り~収穫までの作業体験、②ぶどう狩り入園料 1年間無料、③ワイン試飲会の開催とお礼のワインなどがあるそうです。年会費は1万円です。

また田島さんは、月立(つきだて)小学校の児童を毎年、ぶどう狩りに招待しています。素晴らしい。いろいろと苦労があるなかで、地元小学校児童の招待を継続するのはなかなかできないことだと思います。

なお、河北新報8月20日配信記事によれば、八瀬ぶどう園の今年のぶどう狩りは8月18日から9月中旬ごろまで行われたようです。去年は長雨でぶどう園を開園できないほど不作だったそうですが、今年の出来はまずまずとのこと。

八瀬地区には、上記広告の地図中にも示されているカフェ「YASSE COFFEE(ヤッセコーヒー)」が2013年にオープンしています。そしていまワインの〈八瀬〉と〈YASSE〉。新たな〈八瀬ブランド〉商品の登場といってよいでしょう。
 

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「山田大名行列」

10月20日(土)21日(日)の両日、気仙沼市本吉町で、市の無形民俗文化財にも指定されている〈山田大名行列〉が開催されます。気仙沼観光推進機構のサイト「気仙沼さ来てけらいん」のイベントページではつぎのような写真を掲げて紹介しています。この写真がすばらしい。

山田大名行列
気仙沼さ来てけらいん/イベントページより

気仙沼さ来てけらいん/イベント/山田大名行列


山田大名行列は、現在の気仙沼市本吉町山田地区で197年前の文政4年(1821)に疫病が流行したとき,御嶽神社(みたけじんじゃ/本吉町津谷舘岡)に平穏を祈願したところ疫病がおさまり、住民がその御礼として大名行列をつくり神社に奉納したのが始まりとのこと。両日の行列コースは、10月18日(木)の三陸新報に案内広告が掲載されていますが、概略はつぎのとおりです。

◎10月20日(土)
 中道線交差点付近 14:00~15:00頃
◎10月21日(日)
 本吉総合支所前 9:00~9:20頃
 津谷街往路 11:10~12:00
 津谷街復路 14:00~14:50

山田大名行列は通常は3年に1度の開催ですが、2007年のつぎは翌年2008年にも開催されています。これは観光キャンペーン/仙台・宮城デスティネーションキャンペーン(DC)の一環として特別に開催されたようです。そしてその2008年の3年後であれば2011年開催となるはずでしたが、東日本大震災のために中止となり、一年遅れて2012年に。その次は2015年、そして今回2018年の開催となりました。

ちょっと記憶に自信がないのですが、私が小さな頃の気仙沼みなとまつりで、一度この大名行列を見たような気がするのです。当時の港まつりはトラックの荷台にしつらえた舞台での踊りもあれば、自動車の後ろにつくられた木のフレームに太鼓をくくりつけての打ちばやし行列など、なかなかのものでした。私は魚町坂口の坂の上から下の国道をながめていたのですが、その中に大名行列の一群もあったようなないような(笑)。その後に見た記憶はありません。

なお、「気仙沼さ来てけらいん」サイトをはじめ、多くの紹介サイトで神社名を御岳神社と表記していますが、正しくは〈御嶽神社〉。〈岳〉は新字で〈嶽〉が旧字(正字)です。三陸新報の記事や案内広告の地図では正しく〈御嶽神社〉の表記を用いています。

三陸新報の山田大名行列の案内広告には、疫病平癒への感謝にかわり〈大震災鎮魂 復興祈願〉の文字がありました。山田地区の人々はその時々の願いを胸に、200年近くにわたり祈り続けてきたのでしょう。
 

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祝 宮脇書店気仙沼

本日10月18日の三陸新報の第一面に掲載されていた広告。宮脇書店 気仙沼があす10月19日にオープンするとの告知です。

宮脇書店
三陸新報10月18日掲載広告


この広告をうれしくながめた人が多いのではないでしょうか。広告文にもあるように仲町にあった大きな店舗は大震災で流失しました。その宮脇書店がまた仲町にかえってきたのです。地図を見ると、道路をはさんで元の店舗があった場所の向かい側という感じでしょうか。とはいえ、震災前の道路のとりつけは大きく変わっているのでしょうね。災害公営住宅の幸町住宅1号棟の向かい側。ツルハドラッグに隣接しています。

宮脇書店 気仙沼は、(株)千田商事さんが経営しています。代表の千田紘子(こうこ)さんは、宮城三菱自動車販売(株)の会長をつとめる千田満穂(みつほ)さんの奥様です。

手元に平成26年発行の「千田満穂 五十年のあゆみ/不倒五十年 つぶれずに」があります。千田満穂さんが気仙沼市三日町で「千田自動車センター」を創業してから50年を迎えたことを記念して発刊したもの。このなかに「株式会社千田商事 宮脇書店 気仙沼 平成9年12月」との記述がありました。千田満穂さん59歳のときです。満穂さんは千田商事の会長をつとめているようです。この年月が会社設立か開店なのかわかりませんが、今年で21年が経過したのですね。

仲町をはじめ、南気仙沼地区に住民が本格的に戻ってくるのはこれからだと思います。今回の宮脇書店さんの再建オープンがこれからのまちづくりへの追い風になることを願っております。

広告に「鎮魂のカリヨン」の紹介がありました。10時・15時・20時に鐘の音が仲町に響きます。鐘の名に〈鎮魂〉を冠した千田満穂さん紘子さんご夫妻の気持ちを想像しながらこの広告を拝見したところです。

宮脇書店 気仙沼の再建オープン、心からお祝いを申し上げます。

2015年3月24日ブログ「千田さん創業の時」

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tag : 気仙沼 宮脇書店 千田満穂

屋号に込めた希望

私がいつも楽しみにしている三陸新報の連載「わが社の屋号」。本日は、6回目と7回目を合わせてご紹介します。まずは10月3日掲載の第6回目〈マルマタ〉さんです。

マルマタ

三陸新報10月3日記事の一部イメージ


昭和初期に初代の小野寺文雄さんが魚市場で商売を始め、2代目の昭夫さん(故人)が1965年ごろに妻の艶子さんと一緒に仲買を始めたそうです。

私が面白く感じたのは、屋号「マルマタ」の由来です。南町でちくわ製造をおこなっていた本家の「カネマタ」(小野寺又兵衛さん経営)から文字をとったと。〈又〉を共通にして、矩(かね)を丸(まる)にしたわけですね。直角のかね尺が矩です。このように、本家、分家で屋号を派生させていくということがよくおこなわれていたのでしょうね。

魚町で思い出すのは、カネジュウとカクジュウもたしか本家・分家の関係だったのではないでしょうか。カネダイ(佐藤家)とカクダイ(菅原家)がさかのぼってどうだったかはわかりません。

本家のカネマタさんがちくわを製造していたとのことですが、気仙沼の魚町坂口にあった私の実家の向かって右隣はカネサ/斉藤家でちくわをつくっていました。カネマタ、カネサ、カネジュウ、カネシメイチ、カネセン。気仙沼の〈カネ・グループ〉ともいえるでしょう(笑)。


つぎは10月11日掲載の第7回目〈フジミツ岩商〉さんです。

フジミツ

三陸新報10月11日記事の一部イメージ


屋号「フジミツ」は、富士山にちなんでいます。創業者の岩渕光男社長は33歳のときに鮮魚仲買・加工などの商売を始めました。しかし、その直前に腰のヘルニアを患い静岡市内の病院に入院したのです。

当時、歩行訓練を兼ねて外出した際に目にとびこんできたのが富士山。その雄大な姿に心が奮い立ったといいます。そして一時は深刻な病状だったそうですが完治し、独立を果たしたのです。屋号には「日本一の生鮮カツオ水揚げ港である気仙沼で一番になる」。屋号にはそんな決意も込めたそうです。

2001年、フジミツ岩商さんは気仙沼魚市場で最も生産カツオを買い付ける優良取引業者となり、以来、その座を守り続けているそうです。屋号に込めた思いを実現したのです。


マルマタさんもフジミツ岩商さんも、昭和の時代に創業しています。これまで紹介してきた会社にくらべて新しい屋号といってよいと思うのですが、ほかの屋号と同じものをつけるわけにはいきません。ですから、いろいろと苦労して屋号をつけたのではないでしょうか。しかしそれは、創業や独立という希望あふれる苦労だったことでしょう。
 

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tag : 気仙沼 カネマタ フジミツ 屋号

まちなか計画認定

10月12日に、気仙沼市が申請した内湾地区の「まちなか再生計画」を復興庁が認定したというニュースを翌日に知り、とてもうれしかった。以前に聞いていた、この再生計画の話はどうなったのだろうと思っていたからです。

10月14日の三陸新報の記事はこんな感じ。私の喜びの大きさにくらべるとちょっと小さいか(笑)

まちなか再生

三陸新報10月14日記事の一部イメージ


記事を少し引用します。

〈まちづくり会社「気仙沼地域開発」(菅原昭彦社長)が今後国に補助金を申請し、交付決定を受けて共同店舗型商業施設「スローストリート」(仮称)を建設する。生鮮食料品を扱う「スローフードマーケット」(仮称)と共に来年春に開業する予定だ。

津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金を活用するには計画認定が必要だったため、市が先月末に申請していた。

「スローストリート」は飲食店、衣料品店、ダンススタジオ、スポーツバーなど12店が軒を連ねる木造平屋建ての商業施設。このうち8店舗分の整備費用約1億5千万円に、最大で4分の3の補助を受ける予定。残る4店舗は気仙沼地域開発が自己資金で建てる。

このほか、「海の見える道」を挟んだ向かい側に「スローフードマーケット」(仮称)が建設される。木造平屋建てで、八百屋や鮮魚店、ビアレストランなど5店舗が入居する予定。

子どもの遊び場が、イベント時の活用を想定したコミュニティホールも備える計画で、気仙沼地域開発が民間の資金協力を得て整備する。周辺では、すでに南町海岸商業施設「ムカエル」が完成しており、一部店舗が営業を始めている。(後略)〉引用は以上

河北新報の10月13日配信記事から若干の補足をすると、まちなか再生計画の認定は10例目で、県内では女川町(2014年12月)、石巻市(15年7月)、南三陸町(15年10月)、名取市(18年1月)に続き5例目となります。

私のブログの中でおさらいしてみたのですが、気仙沼市が内湾地区の「まちなか再生計画」策定方針を決めたと河北新報で報じられたのが2015年8月のこと。記事では2015年度内に策定し、国の認定を目指すとしていましたが、その後の経過がわからずじまいでした。上記の県内例に認定年月を追記しましたが、ほかの地区の認定がこうして進むなかで、わが気仙沼の内湾地区はどうなっているのかとやきもきしていたのです。

復興庁サイトに10月12付けで「気仙沼市まちなか再生計画の認定について」という認定発表内容が記されています。そのなかのpdfファイル3種中のふたつめの資料が本年9月25日付けの仙沼市による「内湾地区 まちなか再生計画」です。この79頁にわたる計画を3年間のさまざまな条件の変動のなかで策定してきたのでしょう。

復興庁サイト/気仙沼市まちなか再生計画の認定について

気仙沼市と気仙沼地域開発、そして内湾地区の関連団体や協議会、支援コンサルタント企業をはじめ多くの方々の努力と協力に敬意を表したく。計画の実行や実現にはまだまだ多くの課題があることとは思いますが、まずはお祝いを申し上げます。認定おめでとうございました。

2015年8月12日ブログ「まちなか再生計画」

 

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tag : 気仙沼 まちなか再生計画

弁天さん神輿渡御

気仙沼市弁天町の一景嶋神社(弁天さん)の祭典や神輿のことを2回にわけて紹介しましたが、その続報です。10月4日の三陸新報に祭典を伝える記事が掲載されていました。見出しは〈みこし渡御で商売繁盛祈願〉。

みこし
三陸新報10月4日記事


記事によれば、神山正志宮司をはじめ、総代や氏子ら13人が神社周辺の事業所や災害公営住宅、震災以前に住んでいた地域住民の住まいなど約100カ所を訪問したとのこと。神山宮司は魚町の五十鈴神社(お神明さん)が本務神社ですが、一景嶋神社宮司も兼務しています。

写真は、〈気仙沼さかなの駅〉で神山宮司が祝詞をあげている様子。記事では、〈このほど、祭典が行われた〉とあるだけで、いつのことかが記されていないのですが、予定通りとすれば、9月27日(木)です。あいにくの雨だったようです。

神輿(みこし)は、川崎市高津区北見方の皆様から贈られた白髭(しらひげ)神社の神輿です。ブログで紹介したものの、違っていたらどうしようとちょっと心配していたのですが、間違いありませんでした。ホッとした(笑)。ということで皆様にもその報告と思い、このブログ記事といたしました。

おっといけない忘れるところだった。〈気仙沼さかなの駅〉には平塚一信君(3年1組)の平塚商店があります。こちらもどうぞよろしく。

9月26日ブログ「一景嶋神社の神輿」
9月25日ブログ「一景嶋神社の祭典」

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tag : 気仙沼 一景嶋神社

10/28 産業まつり

きのうのブログで、気仙沼観光コンベンション協会が企画・実施する「気仙沼においでよツアー」について記しました。本日は、ツアー行程のひとつにもなっている10月28日(日)の〈気仙沼市産業まつり〉や関連催事〈市場で朝めし。〉〈七輪広場 気仙沼ホルモン横丁〉などを紹介します。会場はすべて気仙沼市魚市場です。

1:気仙沼市 産業まつり       

産業まつり

◎時間:9:00~15:00
気仙沼市の地場産品を一堂に集め展示即売が行われるほか、「水揚げ日本一!気仙沼メカジキ鍋」の無料提供(先着1000名)、地場産品等が当たる大抽選会も行われます。

気仙沼さ来てけらいん/イベントページ


2:市場で朝めし。        

市場で朝めし

◎時間:8:00~13:00
ピカピカ新米のサンマ炭火焼定食
(炭火焼きさんま・さんますり身汁・新米ごはん)
前売 700円、当日 800円

開催はこれで6回目だと思います。第1回目は〈気仙沼つばき会〉が企画して〈さんま寄席〉の日2013年9月29日に開催されました。なお、会場名がなぜか昨年から〈気仙沼魚市場〉とされていますが、正式には産業まつりポスター表示のとおり〈気仙沼市魚市場〉です。私もよく略称してしまうぐらいで大きな問題ではないのですが、ポスター/チラシをならべてみるとその違いが気になりました。

◎前売券販売所
明海荘・アンカーコーヒー(マザーポート店/バル田中前店)・いさみや・御誂京染たかはし・大鍋屋・お魚いちば・鼎・斉吉・唐桑御殿つなかん・倉元・気仙沼観光コンベンション協会(駅前観案内所/観光サービスセンター/海の市2F)・気仙沼商工会議所・気仙沼プラザホテル・気仙沼のほぼ日・K-port・コヤマ菓子店・さかなの駅・サンマリン気仙沼ホテル観洋・三陸新報・J'sミウラ・武山米店・根口商店・畠良薬局・長谷川海苔店・マルト齊藤茶舗・めん八珍・山長 小野寺商店・横田屋本店


3:七輪広場 気仙沼ホルモン横丁  

ホルモン横丁

◎時間:10:00~15:00
気仙沼ホルモン提供企業が大集結。七輪を無料で貸し出します。ホルモンのほか、産業まつりや海の市での購入商品も七輪で焼くことができます。フカヒレスープの御振舞も。

これは、気仙沼商工会議所青年部(気仙沼YEG/Young Entrepreneurs Group)が産業まつりの協賛イベントとして開催するものです。気仙沼YEGは、みなとまつりのときは〈インドネシアパレード〉で参加しています。



以上、3つの催事の概略紹介ということで。なお、産業まつりは以前、〈気仙沼・本吉地方産業まつり〉だったのが、いつから〈気仙沼市産業まつり〉になったんだろう。そう思って調べて見たら、ちょっと長い話になりそうなので、これは来週にでも。

産業まつりは、10月28日(日)。天候に恵まれて大勢の人でにぎわう楽しい催事になることを願っています。
 

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気仙沼においでよ

「気仙沼のほぼ日」のサユミさんが描くエッセイ漫画(のような)「沼のハナヨメ。」は毎週月曜日に更新されま、私も毎回楽しく拝見しております。すでに157話にまでなっているのですが、10月1日更新の第156話で、〈気仙沼ツアー〉を地元の観光チームが計画中との予告がありました。

どんなツアーだろうと思っておりましたら、その詳細が気仙沼観光推進機構のサイト〈気仙沼さ来てけらいん〉で発表になりました。すでに参加募集も始まっていますので、本日はその概略をご紹介します。つぎのツアー紹介ページのイラストはサユミさんが描いたもの。
ツアー
気仙沼さ来てけらいん/ツアー案内ページより


気仙沼さ来てけらいん/ツアー案内ページ

気仙沼観光コンベンション協会が企画・実施するこのツアー名は「気仙沼においでよ!年に1回だけ、サンマとごちそうが魚市場に大集合ツアー」です。略して「気仙沼においでよ!ツアー」です。

詳細はサイトを見ていただきますが、2日間の行程を紹介します。

◎1日目/10月27日(土)

【一関駅】10:30集合⇒バス乗車⇒【お魚いちば】11:40到着⇒【気仙沼岸壁散策】⇒【斉吉商店】(昼食)12:00⇒【気仙沼ニッティング】13:00⇒【民宿 つなかん】(お茶会&サウナカー&自由行動) 14:30⇒【民宿 つなかん】(夕飯)18:30⇒【民宿 つなかん女将一代さんを囲んで交流会】

◎2日目/10月29日(日)

8:00 タクシーで移動⇒【気仙沼産業まつり】(朝食)⇒気仙沼産業まつり会場より解散 9:00

料金は、大人18,000円 子供17,000円(いずれも税込)。添乗員同行なしで一関から全行程ガイド同行。定員20名、最少催行5名。募集締切は10月24日です。

2日目/10月29日(日)に〈気仙沼産業まつり〉とあるのは、気仙沼市魚市場を会場としておこなわれる第34回気仙沼市産業まつりです。〈市場で朝めし。〉も同時開催されます。〈市場で朝めし。〉は、2013年の第2回気仙沼さんま寄席の関連イベント的な位置づけで開催されました。あの時も、立川志の輔師匠の落語と気仙沼観光を楽しむツアーがおこなわれましたから、〈ほぼ日〉さんとの縁が深いイベントです。

産業まつりでは〈七輪広場 気仙沼ホルモン横丁〉なども催されます。これら10月28日の魚市場での催事については明日のブログにて。本日は、「気仙沼においでよ!ツアー」のご紹介のみで失礼いたします。
 

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中小企業基盤整備

いまネットで話題になっている映像があります。「今日、部下が会社を辞める。」という10月2日公開された動画です。この映像をつくた法人の名前におぼえがあるなと思ったら、きのうのブログで紹介した、震災後の気仙沼で仮設施設67カ所を整備してくれた中小企業基盤整備機構(略称:中小機構)さんでした。

まずは見てもらいましょうか。3分間の動画です。つまらないからと途中でやめないようにお願いします。上司と部下の感動ストーリーです。



従業員の定着化に苦労している気仙沼の企業経営者も多いことでしょう。この映像が参考になるかどうかはまた別の話ですが、いま話題の映像紹介ということで取り急ぎ。
 

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tag : 気仙沼 中小機構 中小企業基盤整備機構

仮設商店街の閉店

10月7日(日)の三陸新報にこんな広告が。

エスポアール
三陸新報10月7日掲載広告


福幸小町田谷通りの喫茶エスポアールが、新店舗準備のため10月13日から一時閉店するとの案内です。〈福幸小町田谷通り〉は仮設商店街。独立行政法人中小企業基盤整備機構(略称:中小機構)が整備しました。

同機構が気仙沼市内に整備したのは67施設です。店舗(19)だけでなく、事務所(16)、工場(19)、倉庫(2)、漁業作業場(11)も含まれます。( )内は施設数。すべて市に無償で譲渡され事業者に貸与されました。

本年9月7日付けの市産業部商工課の資料を見ると、8月31日現在で21施設が撤去、17施設が事業者に無償譲渡され、残り29施設を市が管理しているとのことです。貸与期間が5年を超える仮設施設については、中小機構の事業による助成が今年度末までのため、貸与期限は原則として10月末とされています。エスポアールの一時閉店もこの期限の関係でしょう。

資料中にあった仮設商店街の状況を紹介しておきましょう。

施設現況
東日本大震災調査特別委員会資料(5)(平成30年9月7日 産業部商工課)より
https://www.kesennuma.miyagi.jp/sec/s019/300907shiryou5.pdf



喫茶エスポアールは昭和51年に気仙沼市内の南郷で営業を開始しました。齋藤(広沢)高史君(3年8組)が代表で店長は奥様のみき子さん。昭和61年には高史君が店の隣に「K&B スポーツジム」を開いてトレーナーに専念し、喫茶店はみき子さんに任せました。

喫茶店もジムも震災による津波で被災しましたが、2011年12月に喫茶店は福幸小町田谷通りで、ジムは利府町で「THE ZEN CLUB K&B GYM」として再開することができたのです。

福幸小町でのエスポアール営業は6年10か月にわたりましたね。広告には新店舗に関する情報がありませんでしたが、今回の一時閉店が新たなエスポアール/希望に満ちたものであって欲しいと思っています。

なお、気仙沼図書館内のカフェ エスポアールは通常どおり営業しております。喫茶店休業中はこちらのご利用をどうぞよろしく。

6月26日ブログ「エスポアール姉妹」
 

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「造り直し」は保留

気仙沼市魚町の防潮堤の施工ミス問題では、10月1日に村井知事が気仙沼を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について伝えるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪しました。これを受けての内湾地区復興まちづくり協議会の会合が10月4日に行われました。

判断保留

三陸新報10月6日記事の一部イメージ


記事によれば、会合はワーキング委員17人のほか、地権者約20人が出席しての拡大会議として開催されたそうです。菅原昭彦会長は、1日に村井知事から伝えられたことなどを報告した上で次の内容を県に求めていくことを提案しました。①原因の経過、責任の所在の丁寧な説明②県、市、住民によるまちづくりを話し合う場の設置③土地区画整理事業が遅れないように進めることの4点です。

河北新報の10月5日配信記事では、地権者らがこの提案を了承したとのことです。また、防潮堤の「造り直し」についても話し合ったが、「県に対する疑念が払拭(ふっしょく)されない中では議論できない」として結論は出さず、三つの提案に対する県の対応を見た上で改めて協議する方針を確認したと伝えています。

三陸新報の記事にもどりますが、会合のなかで委員からは、「諦めるかしかないのか」「『造り直し』を続けていってもらちが明かない」との一方、「県が工事をこのまま進めるのはふに落ちない」などの意見が出されました。「知事に責任をとってもらわないといけない」との声もあったそうです。

会議終了後、菅原会長は「造り直し」について、「現段階では県への不信感、疑念があるので判断は保留する。県の責任と役割が残っており、それを整理できないうちに議論はできない」と語りました。河北新報は、「現段階では、住民の県に対する不信感と疑念は残ったままだ。県との溝が埋まらない限りは、造り直しを求めるかどうかを議論する状況にはならない」と。

22cm高いままの防潮堤工事は10月1日から再開されいまも進行しています。そうした状況のなかで、まちづくり協議会としての判断は保留。なかなか苦しいところですが、協議会としての最善の方針選択ではないかと感じています。

10月2日ブログ「村井知事の謝罪」
 

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tag : 気仙沼 防潮堤 施工ミス

美術部の後輩たち

9月13日の三陸新報に、12日から17日まで開催された気仙沼・本吉地区の高校美術部による合同作品展〈けせもい展〉の紹介記事がありました。記事によれば56回目となる今回は、気仙沼、志津川、本吉響、東陵の4校からポスター部門に56点、作品部門に平面55点、立体2点が出展されたとのこと。

「けせもい展」か。懐かしいなあ。私が気仙沼高校美術部に属していたころは、気仙沼高(男子校)と鼎が浦高(女子校)2校の合同展でした。その後、2005年に両校が統合されて男女共学となりました。〈けせもい展〉が、気仙沼・本吉地区各校が合同して開催されるようになったのがいつかはわかりません。

今回のけせもい展の会場はリアス・アーク美術館です。50年ほど前、私が高校3年のときの会場はたしか南町の消防署2階の会議室フロア。この展覧会を見に来てくれた広野画塾の広野先生のことは2011年のブログで書きました。

以上がけせもい展について。ここからはもうひとつの話題です。ちょっと前、8月28日の三陸新報にこんな記事が。

気仙沼高校美術部の清水真菜さん(気高3年)の作品が第19回 高校生国際美術展の美術部門(平面・立体)で1533点中の最高賞/内閣総理大臣賞を受賞したというのです。

清水さん受賞 

三陸新報8月28日記事の一部イメージ


描いたのは清水さんが飼っているフトアゴヒゲトカゲ。タイトルは巡り会いを意味する「邂逅」ですが、トカゲの「開口」も重ね合わせたとのこと。

記事に掲載された小さな写真でもとてもうまいと思いましたが、公式サイトの審査風景動画のクローズアップを見ると、その素晴らしさがさらによくわかりました。スクリーンショットだとこんな感じです。

邂逅拡大

この絵を描こうとしたアイデアもいいし、それを表現する技術も本当に素晴らしい。公式サイトには審査風景の動画がアップされているのですが、審査委員4名全員がこの作品を高く評価したようです。

サイズは116cmの正方形(S50号)。私は高校3年の時に、県下高校美術展に出展するF50号(116×91cm)の油絵を描きましたが、画面を絵の具で塗り埋めるだけで一苦労でした。三陸新報の記事によれば、清水さんはこの絵を半年がかりで描いたそうです。

8月8日にリッツカールトン東京で行われた表彰式の映像を見ると、清水さんは、先生、家族、友人に感謝を伝えたいと前置きしてからつぎのように述べています。「〈邂逅〉というこの絵には、今まで会ったことのないような人にも会えたらいいなという思いも込めました。そして今、こうして沢山の人に会えているのが本当に光栄です。ありがとうございました」と。挨拶もなかなかのものです。

審査風景や表彰式については、すべて同賞公式サイトより。

清水真菜さん、このたびの受賞、本当におめでとうございました。気仙沼高校美術部OBとしても大変うれしく思いました。さらにその才能を発揮されることを期待しております。

2011年7月28日ブログ「画塾の広野先生」
 

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tag : 清水真菜 けせもい展

オルレコース紹介

きのうのブログ「オルレ唐桑コース」の続きです。今日はコースの詳しい内容をご紹介します。きのうは〈唐桑コース〉と略しましたが、正式には〈気仙沼・唐桑コース〉。唐桑半島ビジターセンター近くをスタートして、半造(はんぞう)近くのフィニッシュまでの総距離約10km。コーステーマは〈光り輝く海と緑の半島〉です。所要時間は約4時間〜とのこと。まずはコースマップを。

コースマップ
宮城オルレ公式サイトより(クリックで拡大)

宮城オルレ公式サイト

マップにある④「神の倉津波石」の〈神の倉〉は〈かんのくら〉と読みます。というか、私は以前しらべたことがあるので知っていましたが、パンフレットなどではルビが必要ではないでしょうか。ちょっと読めないでしょう。ついでに記せば、マップ中にある半島西側の漁港名〈神止〉は〈かどまり〉です。鮪立(しびたち)、小鯖(こさば)は問題なく読めるとして、〈欠浜〉はどうだろう。調べたら〈かけはま〉でした。

私が面白いと思ったのは、⑤弥右衛門坂。説明文には「オルレをきっかけに地域住民の手で整備してよみがえった古道。この付近では昔、「弥右衛門」という名のキリスト教の伝道師が暮らしていたといわれています」とありました。面白いねえ。昔というのはいつ頃なのかわかりませんが、面白い話ですね。

この坂の名も〈やうえもん〉か〈やえもん〉の二通りの読み方がありますがどちらでしょうか。〈やうえもん〉であれば、福島県喜多方の日本酒を、〈やえもん〉であれば文/阿川弘之さんと絵/岡部冬彦さんのロングセラー絵本「きかんしゃ やえもん」を思い出します。話がちょっと横にとんでしまいましたが、今後の活動のなかで細部が整えられていくことでしょう。

10月3日、河北新報は唐桑地区の受け入れ体制づくりを紹介した記事を配信していました。記事によれば、唐桑地区では官民組織「宮城オルレ気仙沼唐桑オープニングイベント実行委員会」を設立して10月7日のコースオープンに備えています。

河北新報10月3日配信記事

市の報道資料によれば、10月7日(日)の9:30から唐桑ビジターセンターで開催されるオープニングセレモニーは、日韓の関連団体の方々など約300名の参加が予定されており、唐桑の郷土芸能「松圃(まつばたけ)虎舞」も披露されます。セレモニー後は、韓国からのツアー参加者を含む総勢300名を超える方々がコースを歩くとのことです。なお、前日10月6日の夜には、ゲストハウス アーバンにて市主催の祝賀会が、やはり日韓の関係者約100名が参加して行われます。こちらでは郷土芸能「小鯖神止り七福神舞」が披露される予定です。

10月7日、日韓両国の多くの方々が唐桑半島の海と緑をゆっくりと楽しみながら歩いてくださることを願っています。
 

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tag : 気仙沼 宮城オルレ

オルレ唐桑コース

三陸新報のシリーズ記事「この地で歩む/頑張る人たち」の16回目に気仙沼高校時代の同級生が登場していました。リアス唐桑ユースホステルのオーナー三上忠文君です。その三上君が唐桑町観光協会長として熱心に取り組んできたのが「宮城オルレ」唐桑コース開設ですが、今月10月7日(日)にいよいよオープンします。

三上君

三陸新報9月29日記事の一部イメージ


〈オルレ〉は、簡単にいえば〈韓国版トレッキング〉。宮城県が県内での〈宮城コース〉整備を進め、2017年11月にオルレ認定機関である社団法人済州オルレと協定を締結し、本年4月に開設が最終承認されました。そして唐桑コースが10月7日、奥松島コースが10月8日にスタートすることになったのです。唐桑コースの詳細については明日にでも。

県の資料によれば、オルレは韓国・済州(チェジュ)島の魅力を広めるために社団法人済州オルレが2007年に始めたもので,済州島の方言で「通りから家に通じる狭い路地」という意味。その魅力は,自然を五感で感じ,自分のペースでゆっくりとコースを楽しむところにあるそうです。済州オルレの年間訪問者は約200万人。オルレの取組により韓国国内客・国外客が大きく増加し,地域経済が活性化しているとのこと。日本国内では、2012年に九州オルレがオープンしており、宮城オルレはそれに続くもの。

記事には苦労話も記されていました。唐桑コースの認定にあたっては、福島の原発事故の影響を懸念して難色を示されたというのです。三上君や観光協会職員は交代で4回にわたり訪韓して交渉にあたったそうです。いろいろと大変だったことでしょう。

三上君、いろいろとご苦労さまでした。多くの人に愛されるコースとするための活動はこれからが本番でしょうが、まずは唐桑コースのオープン目前のお祝いを申し上げたく。もうひと頑張り、どうぞよろしくお願いいたします。

唐桑町観光協会サイト
2016年1月19日ブログ「三上忠文君の記事」
 

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tag : 気仙沼 オルレ

村井県知事の謝罪

気仙沼市魚町の防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題。10月1日(月)に村井知事が気仙沼を訪れ、内湾地区復興まちづくり協議会の菅原会長、菅原茂市長、菅原清喜市議会議長らと面会しました。知事は、防潮堤を造り直さない方針について理解を求めるとともに、これまでの県の対応などについて陳謝、謝罪したそうです。10月2日の三陸新報によれば、〈深々と頭を下げた〉そうです。同日配信の河北新報の記事写真がこれです。

河北

河北新報10月2日配信記事より

なお、知事の陳謝、謝罪については、三陸新報は〈陳謝〉、河北新報は〈謝罪〉の表現となっています。会議は冒頭のみ公開され、面会終了後に村井知事が囲み取材に応じました。河北新報10月2日配信記事を以下に引用します。

<防潮堤施工ミス>
宮城知事が気仙沼市訪ね謝罪 工事再開に理解求める

 宮城県気仙沼市内湾地区の防潮堤高を宮城県が誤って施工した問題で、村井嘉浩知事は1日、同市を訪れ、防潮堤を造り直さない方針について菅原茂市長と住民団体のメンバーに理解を求めるとともに、問題発覚後の県の対応を謝罪した。県は同日、休止していた防潮堤工事を再開した。

 村井知事は市役所で、菅原市長や「内湾地区復興まちづくり協議会」の菅原昭彦会長らと面会した。
 (1)安全性の確保(2)街づくりの遅れへの懸念(3)技術面の難しさ(4)入札不調の恐れ-などを理由に住民が求める造り直しに応じない方針を改めて説明し、「これ以上時間を引き延ばすことはできない。ミスの原因と経過、責任と処分については今後も丁寧に説明していきたい」と述べた。
 5月にあった会合で、造り直しを求める協議会の意見を「県民の理解が得られない」などとして覆したことにも触れ、「協議会での私の発言や職員の対応の至らなさによって地域住民に迷惑を掛けた。深くおわびしたい」と謝罪した。
 防潮堤を計画より22センチ高く造ったミスは今年3月に発覚した。県は背後地をかさ上げし、見た目の高さを抑える対案を提示。住民と県の協議が平行線をたどる中、市はかさ上げ工事を先行して始めた。
 菅原市長は「市内にある防潮堤は全て住民との合意に基づいて造ってきた。原則が崩れたことは残念だが、現実を受け止めて前に進む必要はある」と話した。
 協議会は、4日に開く会合で今後の対応を協議する予定。菅原会長は「造り直しの意思決定は変わっていない。間違えたことを造り直してほしいと要望するのは正しいことだ。県は深まった不信感を払拭するために住民と真摯に向き合ってほしい」と要望した。(引用は以上)

上記記事にもありましたが、面会の日に県は10月1日に施工ミスが発覚した3月以来中断していた魚町防潮堤の工事を再開しました。三陸新報によれば、残る約150mの区間で、計画より22cm高く仕上げるそうです。南町の防潮堤も含めて本年度内の完成が予定されています。

まずは知事謝罪の報道内容紹介のみにて。

9月27日ブログ「造り直しに応じず」

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tag : 気仙沼 防潮堤 施工ミス

天旗まつりの広告

日本列島を縦断した台風24号は本日10月1日午前11時現在、北海道東側を北東に移動中のようです。東京は深夜0時半頃から雨はたいしたことはないのですが、2時間ぐらい猛烈な風がふいて驚きました。気仙沼方面の被害など大事がなければといいなと思っているところです。

そうした台風の接近が予想されたため、9月30日(日)に予定されていた天旗(てんばた)まつりは開催されませんでした。開催中止を伝える気仙沼凧の会からのお知らせのなかには〈安全を優先し止む無く中止とさせて頂きます〉との言葉がありました。準備を進めていた関係者や参加を楽しみにしていた方々にとっては残念なことでしたが、台風であればしかたなし。次の機会を楽しみにすることにいたしましょう。

9月28日の三陸新報にはこのイベントの案内や協賛広告が掲載されていました。その中にこんな広告が。

屋号凧

三陸新報9月28日掲載広告の一部イメージ


角星さん、プラザホテルさん、ホテル観洋さんの広告ですが、それぞれの〈屋号凧〉を使ったデザインになっています。みな堂々としていて素晴らしい。中央のプラザホテルさんの凧は連凧です。伝統的な意匠を意識してのデザインですね。

明治時代、気仙沼では旧正月に商売繁盛などを願って魚問屋や加工場が屋号を染めた凧を揚げて競い合ったといいます。それが今にいう〈屋号凧〉です。今年で31回目となるはずだった天旗まつりも、こうした伝統の継承を目的のひとつとして1988年に開始されました。

28日の三陸新報によれば、30日には協賛イベントとして〈市内企業協賛による屋号凧の製作〉も予定されていました。上に紹介した3社と同様の屋号凧がたくさんつくられるはずだったのでしょう。

今年の天旗まつり広告では3社でしたが、来年は是非もっと多くの屋号凧広告が見てみたい。東京に暮らし天旗まつりを一度も見たことのない者の勝手な思いですが、どうぞよろしくお願いいたします。

2017年5月31日ブログ「気仙沼天旗まつり」
2016年11月4日ブログ「日の出凧」の起源
 

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tag : 気仙沼 天旗まつり

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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