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「まるや」足利本店

三陸新報の連載「わが社の屋号」、8月2日掲載の第2回目は足利本店さんでした。

記事によれば、創業は1840年/天保11年で、足利弥蔵さんが出身地の気仙沼市南町で海産物の買い付けをなりわいとしたのが始まり。そして、屋号の呼び名「まるや」は弥蔵(やぞう)さんの頭文字にちなんだものだとのこと。

8月5日足利本店
三陸新報8月5日記事の一部イメージ


記事を読んでいて、ちょっと疑問を感じるところがありました。〈弥蔵さんは、釜の前(現在の旧エースポート付近)でマグロなどの買い付けを行う一方、魚を塩漬けにして保存させる、塩を作るため釜を造っていた〉という部分。〈釜ノ前〉といえばまずは魚町、〈エースポート付近〉であれば南町の旧称である〈西風釜(ならいがま)〉とするのが自然ではないかと。記事の冒頭に〈南町で海産物の買い付けを〉という記述があったこともあり、ちょっと混乱しました。

私が小さなころから知る足利本店は、記事の写真にうつっている南町の建物。気仙沼の魚問屋などの伝統を感じさせる趣がありました。その記憶があるものですから、現在の所在地が〈港町〉となっていることにちょっと驚きました。時代は変わる。

なお、エースポート前付近の住所表示は南町の前には魚町であったこともあるそうなので、いろいろと難しい。さらにいえば、旧エースポートの場所にできた新しい商業施設地区の住所表示はいま〈南町海岸〉となっています。いつ変更になったのかはよくわかりませんでした。住所表示の変遷は難しい。そして面白い。

記事には6代目で現在は会長をつとめる足利健一郎さん(75)の言葉が紹介されていました。また、記事写真の右上に5代目社長の足利金兵衛さんがうつっていますが、市史に気仙沼の漁業関連記述に〈初代 足利金兵衛〉さんが随所に登場することからみて、襲名しての何代目かの金兵衛さんだと思います。

現在の社長は足利宗洋さんです。7代目ということでしょうね。宗洋さんについては、7月23日更新の〈気仙沼のほぼ日/沼のハナヨメ。〉がとりあげていました。生鮮カツオ出荷の様子がサユミさんの絵によってとても上手に紹介されています。

「沼のハナヨメ。」第146話

サユミさんの絵のなかに、足利宗洋さんの趣味はDJと記されています。これも時代を感じさせますね。初代の弥蔵さんが7代目のDJぶりを見たらなんというでしょう。〈ばばば、なんとしたべ〉そして〈たんまげでしまっだでば〉でしょうか(笑)。

創業の年である天保11年(1840年)は、第12代将軍 徳川家慶(いえよし)の時代です。当時の気仙沼はどんな風景だったのでしょう。釜の前や西風釜の通りを行き来する人の姿、その言葉などを想像すると、とても愉快な気分になってくるのです。

株式会社足利本店 WEBサイト

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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 足利本店

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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