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「わが社の屋号」 ①

7月21日の三陸新報には〈暑中特集〉という4頁構成の特集号が付されていました。そのなかに〈由来をたずねて~わが社の屋号〉と題する記事がありました。気仙沼港の船主、問屋、買い受け業者の屋号の由来、歴史を紹介するというこのシリーズ記事の第一回目は、カネダイさんと小野健商店さんです。

7月21日屋号-1

三陸新報7月21日特集記事より


これは楽しみな企画ですね。屋号そのもの、つまり呼称や標章といったこともそうですが、各社の歴史、創業当時の話などを知ることができるでしょう。本日はこの初回記事からカネダイさんと小野健商店さんの創業期の話などを引用、紹介します。

◎カネダイ

今から250年以上前に、気仙沼の回船(廻船)「春日丸」が嵐に遭い、中国・浙江省舟山(しゅうざん)市の桃花島に漂着しましたが、乗組員は現地の人たちから手厚い保護を受けて無事に気仙沼に帰ってきました。カネダイの佐藤亮輔社長は、その「春日丸」の船頭・伝兵衛の子孫にあたるそうです。江戸時代は江戸から帆船で当時の〈流行物〉を買ってきて、陸路で仙台や盛岡などに出荷したり、気仙沼で買い集めた海産物を船で江戸や上方に運ぶ回船業をおこなっていました。

屋号「カネダイ」は、1942(昭和17)年4具に、7代目で亮輔さんの父の佐藤正二さんが近海トロール船「宝生丸」を購入しして漁業経営に着手し、翌年には回船問屋業を始めたことをきっかけに、呼び名として使うようになりました。1955年には佐藤商店として株式会社としましたが、1997年9月には社名をカネダイに変更しています。

なお、記事に記載はありませんが、舟山市と気仙沼は、1986年3月に気仙沼漁協の視察団が漁場開発などを目的として舟山市を訪問するなど、市民同士での交流が進められてきました。そして両市は1997年10月に有効都市協定を締結しました。私の記憶では、震災前のエースポート2階のスペースには両市交流の歴史などを解説したパネルが展示されていたと思います。

◎小野健商店

小野健商店の屋号は〈マルヤマコ〉と呼ぶのだそうです。1916(大正5)年に初代の小野寺健之助さんが名付けました。創業当時は「小」の一文字でヤマは付いていなかったとか。創業時、18歳だった健之助さんは三陸沖に北上するカツオ一本釣り船団に着目。紀州の沿岸東部や高知県の西南地域の船主宅を何度も訪問して気仙沼への漁船誘致に奔走しました。

当初は高知に漁船に誘致に行っても相手にされなかったそうです。しかし、粘り強い交渉で信用を勝ち取り、昭和40年代にはいってようやく同県のカツオ船が本格的に気仙沼に入港するようになったといいます。現在の社長は、3代目の小野寺健三さん。昨年、2代目の父・昭一さんの後を継いで就任しました。現在は気仙沼魚問屋組合長もつとめています。

しかし、なんというか写真にうつる堂々とした金庫が素晴らしい。往事の気仙沼港の繁栄をものがたっているように感じます。かすかな記憶しかないのですが、南町の通りからも印象的なガラス戸越しにこの金庫を見ることができたような気がします。南町といえば、カネダイさんも以前は南町でしたよね。記事には〈川口町〉とあってちょっとアレッと思いました。

震災前には魚町の海岸通りは〈屋号通り〉とも呼ばれていましたが、今は残念ながら見るかげもありません。このシリーズ記事はどのような頻度で掲載されるのかわかりませんが、いろいろと楽しみです。初回記事には記者の三浦一樹さんの名が記されていました。取材も大変かと思いますが、この好企画に期待しています。
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tag : 気仙沼 カネダイ 小野建商店 屋号

気仙沼 in 目黒区

7月23日のブログで東京都目黒区職員から気仙沼市職員となった中央公民館長の井坪さんを紹介しました。私は2月の気仙沼モニターツアーで知り合ったのですが、翌月に東京でお目にかかる機会がありました。3月4日に、東京・めぐろパーシモンホールで開催された第3回目となった東日本大震災復興支援コンサートです。その様子は3月5日のブログで紹介しました。ロビーでお会いした井坪さんは、気仙沼への引っ越しの準備がなかなかできなくてと笑っておられました。

コンサートが始まるまでに少し時間があったので、隣接する区立図書館をのぞいてみました。目黒区には区立図書館が8館ありますが、そのなかのひとつ八雲(やくも)中央図書館です。バリアフリーで椅子席も含め230席のとても気持ちのよいスペース。その入口付近に〈気仙沼コーナー〉があったので大変おどろきました。友好都市気仙沼のためにここまでしてくれているのかと。左右2枚にわけて写真をとりました。

IMG_2990.jpg

左側の棚には、川島秀一さんの著書『海と生きる作法』や畠山重篤さんの『牡蠣礼賛』や地域誌『浜らいん』のバックナンバー。そして右側の棚には2017年4月からの『三陸新報』も。左の棚の上方には、表紙に第18共徳丸が描かれた詩集が置いてありました。千田基嗣さんの詩集『湾 Ⅲ』。表紙の絵は常山俊明さんによるもの。復興支援の姿勢を強く感じさせる選書であると感じました。

目黒のさんま祭などでの交流をきっかけにして、目黒区と気仙沼市が友好都市協定を締結したのは2010年9月18日のこと。その締結式の会場はめぐろパーシモンホールでした。それからもう8年近く。継続して気仙沼を支援する区立図書館はじめ目黒区さんの細やかな配慮に感じ入りました。遅ればせながらそのご報告ということで。

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tag : 気仙沼 目黒区 友好都市協定

川島秀一 日経寄稿

7月13日の日本経済新聞の文化欄に、気仙沼出身の民俗学者 川島秀一さんの寄稿文が掲載されていました。表題は「漁師の風習 深い精神世界 ~ 伝承守り豊漁願う 港町で耳を傾け見えた姿」です。

日経文化欄

日本経済新聞7月13日記事の一部イメージ

日本経済新聞7月13日配信記事

この寄稿には、川島さんが〈漁師の民俗学〉の研究を続けてきた背景や経緯がまとめられています。まずは、はじめの方の一節を引用します。

〈 漁師と言えばマグロ一本釣りのような「勇敢に海に立ち向かう」あるいは「最新の探知機を駆使して魚を一網打尽にする」姿を思い浮かべるかもしれない。だが私が見聞きしてきたのは「謙虚に自然と向き合い、風習や伝承を大事にする」漁師たちだ。昔の人ほど信心深いが、今も信仰を大事にする漁師は多い。そんな漁師の民俗学ともいえる調査研究を続けて40年になる。〉(引用は以上)

この後、川島さんは大学卒業から現在にいたるまでの漁師や民俗学との関わりについて記していきます。その要旨を一部補足しながら以下にまとめます。

川島秀一さんは大学卒業後、東北大学附属図書館の司書を経て、気仙沼市の市史編纂室の職員となります。18年間で計10冊の市史の編集を担当し、この時期に多くの民俗資料を集めることができたといいます。休日には三陸沿岸地区などで民俗信仰や昔話などを収集しました。その時期のひとつのエピソードが紹介されています。

1983年に文化庁の依頼で気仙沼市の民謡調査をした時に「大漁唄い込み」を録音する機会がありました。唄い手は小々汐(こごしお)の仁屋(にんや)尾形栄七さん。明治生まれのベテラン漁師です。しかし、元来は船上で歌う民謡ですから、用意されたステージの上では簡単には披露してくれません。そして何度もお願いしてようやく収録の場を設けたものの、尾形さんは歌う直前に「酒っこ、飲ませてくれ」と。大漁の祝い唄なので気持ちが高揚しないとダメだと。川島さんはこのとき、漁師が風習や伝承をとても大切にしていることを知ったといいます。「酒っこ、飲ませてくれ」というのがとてもリアルです。〈さげっこのませでけろ〉あるいは〈さげこのませでけらい〉という感じでしょうか。

栄七さんにはその後も密着して漁師特有の様々な文化を学んでいきました。しかしその英七さんは1997年に他界。その後、川島さんは昔の風習をよく知る漁師を求めて本格的に全国の港町を回るようになりました。気仙沼で出会った高知県中土佐町のカツオ一本釣りの船頭、青井安良さんもそうした中で知り合ったひとりで、延べ100日ほども話を聞いたそうです。寄稿文の中では述べられていませんでしたが、その聞き取り内容は著書『安さんのカツオ漁』(冨山房インターナショナル刊)としてまとめられています。日経の記事ではこのほか、伊豆諸島の新島で追い込み漁をする石野佳市さんや、巫女(ふじょ)、船大工、昔話伝承者らへの聞き取り調査のことなどを紹介しています。

市史編纂室の後は1998年に気仙沼市図書館の司書に、2005年にはリアス・アーク美術館に勤務します。そして2011年の東日本大震災。当時は副館長をつとめていたはずです。〈東北の漁業は大きな被害を受け、しばらく漁を再開できなかった。集落は一瞬でなくなったが、長年培った風習は人がいる限り残る。だからこそ記録していかなければならない〉。すでに皆さんご存じのことですが、川島さんは学芸員の山内宏泰さんらと共に震災被害記録調査活動をおこない、その記録は現在のリアス・アーク美術館常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」としても公開されています。川島さんは震災の津波でお母様を失っています。この震災時のことや上記の尾形栄七さんとの関わりについては、川島さんの著書『津波のまちに生きて』(冨山房インターナショナル刊)にまとめられています。

2012年4月に神奈川大学特任教授/日本常民文化研究所に、2013年4月には東北大学 災害科学国際研究所の教授となりました。今年3月末に定年で退官しましたので、東北大学には5年間在籍したことになりますね。退官後については、川島さんの寄稿文の末尾を引用します。

〈今は福島県新地町の漁師で同い年の小野春雄さんのお手伝いをしている。福島の漁業は原発事故の影響で、いまだに本格操業できない。試験操業で漁は週2~3回だけだ。それでも午前3時ごろには出漁して、水揚げを手伝ったり、氷を運んだりしていると多くのことを学ぶ。65歳を超えた今だからこそ聞ける話もある。漁師の民俗学には無限の可能性を感じる。〉

川島さんは私たちの一学年下の気中21回生です。その彼が記す〈65歳を超えた今だからこそ〉とか〈無限の可能性を感じる〉という言葉には大いに励まされます。なんか、この私も66歳を超えた今だからこそという気持ちが沸いてきた気がちょっとしたようなしないような(笑)。

それはともかく、日経本紙の文化欄での掲載記事ですから、全国の多くの方が読んでくれたことと思います。それをご報告したく。川島さんは新地町への移住については、三陸新報の連載記事でも2回にわたって書いています。これについては、また回をあらためて紹介することにいたします。今週はこれにて。

4月9日ブログ「川島さんの再出発」

日本経済新聞の文化欄では、2013年4月22日にリアス・アーク美術館の山内宏泰さんが「被災者が見た被災地」と題し寄稿しています。これについては次のブログで紹介しております。お手すきのときにでも。

2013年4月24日ブログ「リアスのアーク2」

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tag : 気仙沼 川島秀一

向洋高校の新校舎

気仙沼向洋高校の新校舎がまもなく完成します。同校の旧校舎は大震災で被災し、市内九条地区の気仙沼高校第2グラウンドに建設された仮設校舎で授業をおこなってきました。7月20日の三陸新報記事を紹介します。

校舎完成

三陸新報7月20日記事の一部イメージ


記事によれば、市内長磯牧通地内で建設が進められて新校舎の引き渡しは7月23日。夏休みに引っ越し作業がおこなわれ、2学期からは新校舎での授業が行われます。7月25日の三陸新報は、7月24日に九条校舎の閉校と感謝のセレモニーが行われたことを伝えていました。その記事に震災後の移転経緯が記してありました。向洋高校は震災後、気仙沼西、本吉響、米谷工業の教室を借りて学科ことに分散して授業を再開したそうです。そして2011年秋に九条校舎に移りました。九条校舎で学んだ生徒は1150人で、このうち577人が入学から卒業までを過ごしたことになります。

セレモニー

三陸新報7月25日記事の一部イメージ


昨年12月9日配信の河北新報記事によれば、当初の計画では今年4月に新校舎に移転する計画でした。しかし、ボーリング調査で想定以上に地盤改良が必要と分かり、造成工事が遅れたとのこと。新校舎の場所は、被災した旧校舎の1.2km西側、階上中学の近くだといいます。約5haの敷地に鉄骨4階の校舎と鉄骨2階の実習棟を整備し総事業費は約90億円。

気仙沼水産高校が校名変更し、現在の気仙沼向洋高校になったのは平成元年4月のことです。私が知る気仙沼水産高校の校舎は内ノ脇の一景島地区にありました。気仙沼文化史年表によれば昭和24年8月15日に落成。そして昭和52年2年4月に階上の校舎に移転しました。この土地は塩田跡地だったそうです。〈塩田跡地〉と知ると震災での津波の被害を連想する人も多いことでしょう。生徒約170人、教職員ら50人の命が助かったことはなによりのことでした。この被災校舎は〈震災遺構〉として保存されます。

震災から約7年経って、新校舎での授業がやっと始まりますね。学校関係者の皆様や九条などの地域の皆様の尽力や協力に敬意を表したく。ありがとうございました。

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気仙沼PORT2周年

2016年7月23日、気仙沼市と株式会社横浜インポートマートが締結した連携協力協定に基づき「横浜ワールドポーターズ」内に気仙沼市アピールショップ「気仙沼PORT」がオープンしました。一昨日で2周年を迎えたわけです。2年前のブログで紹介した三陸新報の記事はこんな感じ。

79横浜
三陸新報2016年7月9日記事の一部イメージ


2016年7月25日ブログ「祝!気仙沼PORT」

本日は、2周年を記念して開催される「気仙沼PORT2周年感謝イベント」をご紹介します。今回は、2周年感謝イベントの実施に加え,気仙沼市とつながりのある横浜関係者との交流の場として「横浜・気仙沼つながる・ひろがる交流会」も開催されるそうです。

◎2周年感謝イベント 概要

■期 間:7月28日(土)・29日(日)
ただし2周年感謝フェアは7月21日~8月31日開催
■場 所 横浜ワールドポーターズ
神奈川県横浜市中区新港2-2-1 横浜みなとみらい21

地図

■開催内容
①気仙沼商品販売
日時:7月28日(土)11:00~17:00
場所:2F 汽車道側正面ゲート横「特設会場」
②気仙沼港直送・生鮮カツオ解体ショーとカツオ握り先着100名プレゼント
日時:7月28日(土)12:00~
場所:1F 「まぐろ問屋 三浦三崎港」
③鈴木あいLIVE
日時:7月28日(土)
1回目14:00 2回目16:00(各30分間)
場所:2F 汽車道側正面ゲート横「インフォメーション前ステージ」
④ホヤぼーやじゃんけん大会
日時:7月28日(土)1回目14:30 2回目16:30
場所:2F 汽車道側正面ゲート横「インフォメーション前ステージ」
⑤「Always With Smile」LIVE
日時:7月29日(日)1回目11:00 2回目15:00(各30分間)
場所:2F 汽車道側正面ゲート横「インフォメーション前ステージ」
⑥気仙沼PORT2周年感謝フェア
日時:7月21日(土)〜8月31日(金)
場所:2F 気仙沼市アピールショップ「気仙沼PORT」

◎横浜・気仙沼つながる・ひろがる交流会 概要

■日 時:7月29日(日)12:00〜14:00
■場 所 ナビオス横浜(横浜国際船員センター)
(神奈川県横浜市中区新港2-1-1)2階 CANAL(カナール)
■内 容 気仙沼食材を使用した料理の提供、生産者等によるプレゼンテーション、気仙沼関連商品の物販等(招待制・会費制)
■協 力 気仙沼市移住・定住支援センターMINATO
(追記:交流会では、このブログでも何度か紹介した(株)さんりくみらい代表の藤田純一さんも15分ほど話すそうです。供される会食で供されるのは、クリガニ、ワカメ、サメのフライ、殻付きウニ、メカブなどとのこと。極上市場「三陸未来」でも提供されている商品ですね)

この交流会への参加は会費制です。定員30名、参加費は4000円。詳細や申し込みはつぎのサイトにて(すでに定員に達したようです)

MINATO公式サイト

2年前に「気仙沼PORT」がオープンしたときには〈気仙沼市アピールショップ〉という形容句は使われていませんでした。今回の2周年に関する市の記者発表資料ではじめて目にしました。東京銀座の数寄屋橋のTSビル内に東急不動産さんのご厚意により2011年10月7日にオープンし2012年8月末で閉店した「銀座いきなり市場」には正式なキャッチフレーズではないのですが「アンテナショップ」という言葉が多く用いられていました。このブログでも〈気仙沼産品のアンテナショップとして親しまれた〉などと。

この言葉は40数年前に登場したかと思いますが、元々は消費者情報の取得、つまり〈受信〉を主目的としたショップでした。そのため、PRといった〈発信〉目的の場合には使いにくかったことも事実。一応は〈受発信両用のアンテナ〉ということではあるのですが。そんなことで、「気仙沼PORT」は〈アピールショップ〉としたのでしょう。いろんな工夫が感じられます。

今回の2周年の話を知って、もうそんなに経つのかとちょっと驚きました。株式会社横浜インポートマートさんの継続的なご支援、ご厚意にあらためてお礼を申し上げます。今度の土日曜日、横浜近辺にお住まい方は横浜ワールドポーターズ「気仙沼PORT」へ。どうぞよろしく。

気仙沼市記者発表資料(pdf)

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tag : 気仙沼 気仙沼PORT

みなとまつり日程

気仙沼にお住まいの方はすでにご存じのことですが、離れて暮らしている方々に今年のみなとまつりの日程をご紹介します。8月4日(土)5日(日)の2日間です。まずは今年のポスターと主要催事を。

ポスター

◎8月4日(土) 会場:田中前大通り
●オープニングセレモニー 16:30~
●はまらいんや踊り 17:30~20:00

◎8月5日(日) 会場:内湾・港町臨港道路
●みなとまつりパレード 正午~15:30
●打ちばやし大競演 17:00~20:30
●海上うんづら 17:00~20:30
●さんま船集魚灯披露 17:00~20:30
●海上打ち上げ花火 20:00~20:30

まつり詳細内容(商工会議所サイト)

はまらいんや踊りは田中前大通りを会場におこなわれますが、その会場案内と交通規制図はこんな感じ。

田中前地図

毎年書いているのですが、みなとまつりを最後に見たのはいつのころだったろう。会社に勤めているときは、お盆の休暇とみなとまつりの時期がずれるのでなかなか見ることはできなかったはず。大学生のときの帰省時が最後かな。そうすると40数年前。そんなことで、私が語るみなとまつり物語はいつも思い出話になってしまうのです。

第1回「気仙沼みなとまつり」が開催されたのは、1951年(昭和26年)。気中20回生はこの年4月から翌年3月までに生まれました。私たちは、みなとまつりと共に育ちました。2011年のみなとまつりはさすがに中止となりましたが2011年には再開し、今年は第67回目となります。関係者の皆様は準備などいろいろ大変だと思いますが、今年もよい祭になることを願っております。

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tag : 気仙沼 みなとまつり

公民館の井坪さん

三陸新報の連載記事「この地で歩む/頑張る人たち」は、気仙沼育ちの人ではなく、ほかの地域から気仙沼に移り住み様々な分野で活躍する人たちを紹介しています。その9回目6月30日の記事に、私が今年2月に知り合った方が登場していました。気仙沼中央公民館長の井坪美喜乃(いつぼ・みきの)さんです。

井坪さん

三陸新報6月30日記事の一部イメージ


井坪さんとは、今年2月の一般社団法人 気仙沼地域戦略による〈ちょいのぞき気仙沼/モニターツアー〉でご一緒しました。ツアー後半に井坪さんから〈実は気仙沼に移住するんです〉と聞かされ驚きました。ただ、そのときは詳しい話を知らず、今回の記事で移住の経緯を知りました。

記事によれば井坪さんは、長野県飯田市出身で前職は東京都目黒区職員でした。気仙沼との縁は、2010年に目黒区国際交流課時代に気仙沼と目黒区の友好都市協定の締結を担当したのが始まり。その後、震災後の3回もの復興支援短期派遣を経て、2013年から3年間は市の震災復興・企画課と観光課に派遣されたといいます。

2016年に派遣をおえて目黒区に戻りましたが、「復興する新しい気仙沼を当事者として見たいという思いが日増しに強くなりました。派遣時代に関わった人たち、自然、食べ物が恋しくて…」 昨年、市の経験者採用へ応募したのです。

採用後の配属先は中央公民館で、気仙沼市の社会教育分野の一翼を担っています。記事では井坪さんの〈地域住民にとって最も身近な学びの場・交流の場として役割を果たしていければ〉とのコメントが紹介されていました。

この記事の掲載日6月30日の同紙一面トップ記事は、気仙沼市が〈公民館のまちづくりセンター化〉に向けて動き出すことについてでした。公民館をまちづくりセンターに移行させた後、地元団体を指定管理者に指定してセンターを拠点に活動してもらうという考え。7月半ばには、市の関係課職員が先進地である一関市まちづくり推進課を視察する予定とのことでした。少子高齢化や人口減などの一方で、多様な地域課題が増加するとみられています。それらに対して公民館にも新たな対応が求められています。井坪さんも中央公民館の館長としてこうした課題に取り組んでいくのでしょう。

井坪さん、多くの課題があってなかなかに大変な役割だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。気仙沼の同級生の皆様も中央公民館で井坪さんを見かけたら、小田が言っていたあの人だなということで声をかけてみてください。地元の人とのそうしたつながりが、井坪さんの仕事の役にもたつことでしょう。ということで、どうぞよろしく。

2月19日ブログ「モニターツアー」

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tag : 気仙沼 中央公民館 井坪

「ラッツォクの灯」

一昨日、本日用のブログの準備をしていたとき、高橋弘希さんの「送り火」が芥川賞に選出されたとのニュースを知りました。驚きました。用意していた話が、送り火や迎え火についてでしたし、その話の原作者が芥川賞と並んで選出される直木賞の受賞作家だったからです。

本日は気仙沼での演劇のご紹介です。「コマイぬ」気仙沼公演「ラッツォクの灯(ひ)」。原作は熊谷達也さんの同名小説です。まずはポスターから。




【原作】熊谷達也
【脚本・演出】赤澤ムック(黒色綺譚カナリア派)
【出演】芝原弘(黒色綺譚カナリア派)牛水里美(黒色綺譚カナリア派)升ノゾミ(黒色綺譚カナリア派)
【日程】7月28日(土)19:00開演 (18:30開場)
【会場】K-port(宮城県気仙沼市港町1-3)
【料金】前売/当日共 2,500円
【チケット】カルテットオンライン/アンカーコーヒーマザーポート店/宮脇書店/K-portにて

詳細は、コマイぬサイト/「ラッツォクの灯」気仙沼公演をご覧ください。


はじめに〈ラッツォク〉について原作から引用すると、〈お盆の時の迎え火と送り火に焚くオガラのことだ。この地域の方言なのだが、平安時代の蝋燭(ろうそく)の読みが「らっちょく」あるいは「らっそく」だったのが転訛(てんか)したらしい、という説があるようだ〉。 この説明で、あれかと思う人も多いことでしょう。麻の茎(おがら)のはじっこに火がつきやすいように硫黄や樹脂などを塗ってあります。

「ラッツォクの灯」のストーリーを、公演のサイトではつぎのように紹介しています。〈津波により両親と家を奪われ、妹の瑞希とともに仮設住宅で暮らしていた翔平。震災の影響で心が荒む翔平だったが、瑞希の提案で「ラッツォク」を焚くことになり、 あの日以降止まっていた“時”と向き合う。東北の港町に生きる人々の姿を通して紡がれる、3・11からの再生の物語〉(引用は以上)

熊谷達也さんの「ラッツォクの灯」は、新潮社の「小説新潮」 2014年7月号に初出掲載された後、2016年3月10日に集英社から刊行された短編集「希望の海 仙河海叙景」に所収されています。仙河海(せんがうみ)シリーズのひとつですから、その舞台は気仙沼をモデルとした仙河海市。翔平と瑞希のすむ仮設住宅は〈市民運動公園〉の敷地にあります。気仙沼中学校庭下の気仙沼公園(市民グラウンド)内に建設された仮設住宅と思ってもよいでしょう。震災までは両親と一緒に住んでいた〈内の浦〉の自宅は津波で流されました。ラッツォクを焚くのはその跡地です。

「コマイぬ」による「ラッツォクの灯」は、2017年11月23日に、第二回いしのまき演劇祭参加作品として上演されました。そして8か月を経て、まさにその原作の舞台ともいうべき気仙沼での公演が実現したわけですからなによりのことです。

私はこの演劇を、前気仙沼図書館長で詩誌「霧笛」同人でもある千田基嗣さんのブログ「湾」2017年11月27日の記事で知りました。そのなかで千田さんは、〈悲しくも美しいドラマ〉〈この演劇作品は、一種の能として演じられたのだ〉と記しています。出演者は3人。会場も大舞台ではありません。千田さんが詳細なストーリー記述を避けつつ、この演劇を〈能〉に見立てたのは実に的確であると思いました。なお、今回の気仙沼公演にあたっての協力者のひとりとして千田さんのお名前があったことを記しておきます。

気仙沼公演の会場はK-port。これもなかなかいいですね。渡辺謙さんが建築家 伊藤豊雄さんに設計を依頼しました。その外観写真をはじめて見たときに連想したのが〈黒テント〉でした。私は1970年の10月に、仙台の西公園で行われた演劇センター68/70移動劇場(後の劇団黒テント)による「翼を燃やす天使たちの舞踏」を見ています。仙台で浪人していた時期。西公園に設営された大きな黒テントとその中で展開された演劇的な空間には圧倒されました。ストーリーなどはなにも覚えていないのですが、ソプラノサックスによる音楽にあわせ白タイツで踊る吉田日出子さん(当時26歳あたり)の姿はくっきりと。3月に気仙沼高校を卒業したばかりの18歳にはまぶしすぎた(笑)。

今回の公演の演出・脚本を担当する赤澤ムックさんや出演者3人は、赤澤さんが主宰する劇団「黒色綺譚(こくしょくきたん)カナリア派」所属です。劇団名にある〈黒色〉が〈黒テント〉を連想させたのかもしれません。なお、赤澤ムックさんは「紅(あか)テント」の劇団唐組に所属していたこともあるようです。赤沢さんがK-portを見るとき、赤か黒かは別にして〈テント〉を連想することでしょう。

話が脇にそれましたが、そんなこともあって、決して広くはないK-portの空間には通常の舞台やホールとはちょっと違う魅力があるのではないかと。千田さんのツイートによれば、演劇終了後には原作者の熊谷達也さんのトークタイムも予定されているそうです。このブログでも何度も書いていますが、熊谷さんは気仙沼中学での教師経験があります。当日は教え子もK-portに集まることと思いますが席数は50席とか。チケットの手配はお早めに。7月28日(土) K-portでの「ラッツォクの灯」。悲しくも美しい〈送り火〉そして〈迎え火〉の物語です。どうぞ、お見逃しなきように。


一昨年9月3日に、熊谷達也さんをお招きしての気仙沼サポートビューロ復興フォーラムについてはつぎのブログで記しております。お手すきのときにでも。

2016年9月5日ブログ「熊谷達也先生の話」


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とんかつ勝子開店

きのうのブログでは斉吉商店さんの日本橋三越本店への出店をご紹介しました。本日も新店舗のご紹介です。南町で長く親しまれてきた「とんかつ 勝子」さんが6月29日に古町の気仙沼駅前プラザでの営業を開始しました。

6/29勝子
三陸新報6月29日掲載広告


気仙沼出身の漫画家 村上茂雄さん(というか、気仙沼あさひ鮨の村上力男さんの息子さん)による「3.11 気仙沼紫市場物語」③「とんかつ勝子/小野寺耕さん」によれば、初代の小野寺善次郎さんが南町に店を構えたのは50数年前のこと。「勝子」という店名は奥さんの名からとのこと。南町の人にとっては〈勝子のおばちゃん〉ということでしょう。現在の店主は、広告にも名がある息子さんの小野寺耕さんです。

大震災後は、仮設店舗「南町紫市場」で5年4か月営業し、店舗移転のために昨年4月からは休業していました。そしてこのたび、気仙沼駅前プラザのテナントとして入居し、新しい店舗をオープンさせたのです。気仙沼駅前プラザは、市営気仙沼駅前住宅入居者や地域住民の利便性向上,駅前周辺の賑わい創出を目的に市が整備したもの。4月1日にオープンセレモニーが行われています。集会施設の駅前住宅交流センター
のほか、ハローワークも入居しています。

7月11日の三陸新報には、開店以来の多くのご来店に対する御礼と、席数に限りがあり満席でお帰りいただいたお客様へのお詫びの広告が掲載されていました。

7月11日勝子
三陸新報7月11日掲載広告


決して広いスペースということではないのかもしれませんが、災害公営住宅として整備された気仙沼駅前住宅の皆さんや気仙沼駅を利用される方々にとって便利なお店となることでしょう。どうぞ、駅前近くにおいでのおりにはお立ち寄りください。

それと、遅くなりましたが、小野寺耕さんはじめ、勝子関係者の皆様に新店舗開店のお祝いを申し上げます。南町から古町への場所こそ変わりましたが、震災前と同様に地域の皆様に愛されるお店として繁盛されますように。おめでとうございました。

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tag : 気仙沼 とんかつ勝子

斉吉さん三越出店

気仙沼の斉吉商店さんが東京の日本橋三越本店への出店を果たし、7月11日に常設店がオープン。7月6日の三陸新報も大きな記事で伝えていました。

斉吉さん

三陸新報7月6日記事の一部イメージ


斉吉さんは、震災前から三越や伊勢丹をはじめとする都内の百貨店での催事に積極的に出店してきました。記事によれば、三越本店とは13年以上のお付き合いがあり、斉吉さんはここに「常設店を出す」ことを目標にしてきたといいます。そして昨年末に出店のお誘いがあり準備を進めてきたそうです。店長をつとめるのは、斉藤純夫社長と和枝専務の長女かなえさん(26)。震災のときは東京の大学に通っていたそうです。その後、催事のたびに店を手伝っていたとのこと。

斉吉商店は、被災地の事業者の復興を応援する〈セキュリテ被災地応援ファンド〉の出資を受けた事業者中の一社です。2011年4月25日に募集を開始したこの「斉吉商店ファンド」も、最後の償還を迎えるとのこと。そして、7月6日には、償還と日本橋三越本店への出店の報告と感謝の集い「サンクスパーティー」が東京にて開催されました。その案内文のなかで、斉藤和枝専務はつぎのように記しています。

「ファンド期間中は、多くの皆さまのお力添えもあり、震災直後に立てたプランをすべて実現し、事業計画を上回る売上実績でファンド期間を満了することができました。 そして、ファンド償還後の次のステージとして、この度かねてより目標としていた東京出店を、日本橋三越出店という形で、皆さまにご報告できる運びとなりました。 」(引用は以上)

当初の事業計画を上回る売上実績、そして東京出店。そう簡単には実現できない大きな目標だったと思いますが、皆さんの継続的な努力でこの日を迎えました。本当に素晴らしい。

先日7月14日の気仙沼高校関東同窓会には、本部同窓会顧問ということで、斉吉商店の〈ばっぱ〉こと斉藤貞子さんも招かれていました。和枝さんのお母様。懇親会では会の幹事に促されて、この日本橋三越本店への出店を紹介しました。

斉藤貞子さん

後ろで女性が掲げているのは、参加者にも配られていた和枝専務による「斉吉気仙沼便り」6月号です。ここには今回の三越への出店予定が報告されているのですが、つぎの一節がありました。

〈先々代のおじいさんが生きていたころ 一番立派なものだという表現を「三越から買ったようだ」と言っていました〉

「三越から買ったようだ」。とても懐かしい言葉です。私も小さなころに母から何度か聞いたことがあるような気がします。そのまさに三越での常設店オープン。斉藤純夫社長と和枝専務はじめ、斉吉商店の皆様にお祝いを申し上げます。日本橋三越本店への出店、おめでとうございました。新たなステージへの歩みがすでに始まっていることと思います。益々のご発展をお祈りしています。

売り場は、日本橋三越本店の地下1階食品フロア。皆様、日本橋近辺においでの際には是非お寄りくださいますように。

斉吉商店コーポレートサイト

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tag : 気仙沼 斉吉商店 三越

結論は「持ち越し」

魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまったことへの対応に関し、県は背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を6月30日に示しました。その内容は7月2日のブログで紹介しております。

そして、この県の提示案に対応しての内湾地区復興まちづくり協議会(菅原昭彦会長)が7月14日(土)に行われました。その結果は、県の対応案を受け入れる「かさ上げ容認」判断は「持ち越し」。さらに魚町の住民で話し合いを続け、7月中に結論を出す方針を確認したそうです。7月15日の三陸新報の記事はこんな感じでした。

協議会
三陸新報7月15日記事の一部イメージ


14日の協議会に先立って、内湾地区復興まちづくり協議会は7月11日に魚町と南町の両地区会それぞれに対する県の担当者からの説明会を開きました。河北新報の7月12日配信記事によれば、南町住民の説明会では県の提案に対しての反対意見はありません。しかし魚町住民の説明会では、〈「間違いは間違い。造り直してほしい」「押し切ろうとする県の姿勢は問題だ」「無理なことを頼んではいない。当初の計画通りに造るべきだ」などの反対意見が噴出した〉とのこと。7月12日の東北放送のニュースも、〈地権者らからは、納得できないとの声が相次ぎ、「計画通りの高さで造り直すよう求める」との意見が、大勢を占めました〉と伝えています。

これら7月11日の説明会とは別に、県は7月2日から12日まで、魚町地区の地権者47人を対象に個別調査を実施しました。14日の協議会で県が報告したその結果は、「かさ上げ容認」27人、「造り直し」6人、「地域に任せる」は12人、不在2人でした。この結果を見れば、「かさ上げ容認」が「造り直し」の約4倍ということになります。この結果報告に「造り直し」を主張する方々が反発したのは容易に想像がつきます。

三陸新報7月15日の記事によれば、〈魚町地区会に出席した会議のメンバーは「当日出席したおおかたの人の意見は造り直しだった」「魚町の総意として造り直しに決めた」〉と。そしてこれらの意見を受けて、〈菅原会長は「これでかさ上げ案を容認することは不可能。元々の計画高を要求しながら、皆さんと話し合いを進めたい」と語り、結論を持ち越した〉そうです。

結論の「持ち越し」もしかたなし。懸念していた〈住民の意向〉をどう捉えるかという難しい問題が浮上しているように思います。県の個別聞き取り調査対象は地権者47人。地権者以外の住民の意向はわかりません。また7月11日の魚町と南町の2地区会への参加者は河北新報によれば計約50人です。テーマに対する関心の度合いから推測すると、魚町地区会の参加者は30数名といったところでしょうか。

5月1日と2日の二日間で3回にわたって開かれた住民や地権者への説明会の案内は、魚町と南町の計232人に出されています。出席者は約3割です。まちづくり協議会の皆さんにとって、とても難しい判断を求められているわけですが、魚町だけでなく南町も含めた内湾地区全体の住民意向を踏まえた方針決定が必要なのかもしれません。

しかし、なんでこんな面倒なことになってしまったんだろう。それはひとえに県知事の責任であると私は思います。気仙沼の人で、今回の施工ミスの直接の担当者を責めようと思っている人は少ないでしょう。ミスが生じた後の村井県知事の対応、気仙沼市民、住民に対する接し方、話し方。それらが魚町の人たちの感情、心情をゆさぶり「造り直し」を求める声になっていると感じています。

住民の意向をどう調査するかという問題については、5月4日のブログでも少し記しております。

5月4日ブログ「魚町防潮堤説明会」

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関東同窓会の報告

一昨日7月14日(土)、気仙沼高校関東同窓会が開催されました。会場は昨年と同じ、千代田区平河町のルポール麹町です。懇親会はいつもとおなじく気仙沼向洋高校関東同窓会と合同での開催。各校の新・旧校歌斉唱での旧気高(男子校)の皆さんの写真を紹介しておきましょう。

校歌

今年のトピックは、本年4月に気仙沼西高校と統合し、新たな気仙沼高校となったことを記念しての熊谷育美さんのミニコンサート。トークをはさみながら3曲を聴かせてくれました。案外、育美さんの歌をはじめて聴くという方もいらっしゃったかも。歌い終わった育美さんにお願いして、私たち気中・気高同級生たちと一緒に写真を撮らせてもらいました。

育美さんと

育美さんのアーチストとしての成長を楽しみにしていただろう熊谷孝良君(気中3年3組)が亡くなったのは2014年3月4日のことです。私はおぼえていなかったのですが、イオンの村上教行君(唐桑中/写真手前左)に孝良君は気高柔道部の仲間だったと教えてもらいました。及川喜世隆君(気中3年11組/写真手前右)や佐藤幸則君(津谷中/後中央)も同じでしたから、柔道部のつながりの強さを感じました。村上君もそんな孝良君との柔道部つながりであることを育美さんに話していたようです。

なお、左端にうつる西村明男君(松岩中)は気高仙台同窓会の会長ということでの出席ですが、今春から取締役をつとめる(株)佐藤総合計画の経営企画本部代表として東京本社に異動していますので、仙台の人ではなくすでに東京の人となっています。

懇親会は15時過ぎにお開きとなり、同級生らは2次会ということでいつもの新橋に流れましたが、私はこれまで行ったことがなかった気高同窓会としての2次会に参加。ということで、そちらの写真の紹介はなしに。

しかし1年経つのは早いですね。前回の同窓会がついこの間のように思われるのですが。来年もこうして元気にみんなに会えるようにと。

毎年こうして同窓会を企画、運営してくださる事務局の皆さんにお礼を申し上げます。そして熊谷育美さんや今年も司会をつとめてくれた佐藤千晶さんにも御礼を。おかげさまで楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございました。

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大山社長のことば

テレビ東京系列の村上龍さんによる経済トーク番組「カンブリア宮殿」で、このブログでも2度にわたり紹介した「株式会社さんりくみらい」が紹介されました。6月21日放送のアイリスオオーヤマの大山健太郎社長(現会長)をとりあげての放送回。タイトルは〈新家電戦争の大本命!“なるほど&低価格” アイリス流モノづくり〉です。54分間の最後10分間ほどの地域貢献に関するパートでした。カンブリア宮殿の番組案内ではつぎのように紹介しています。

〈元々大阪から宮城へ移ってきた大山…6月末に控えた社長退任後は、第二の故郷である宮城を盛り上げることに専念するという。震災で被災した若手経営者向けに開催する「経営未来塾」もそのひとつ。卒業生はすでに150人を超え、漁師と加工工場を結びつけたビジネスを興す者が出るなど、結果が出始めている。社長退任を目前に、大山が宮城のために奔走する思いとは?〉

この〈漁師と加工工場を結びつけたビジネス〉として〈さんりくみらい〉の3人が紹介されたのです。大山社長の「お前たちが組んだらもっと面白いことができる。組んでみなさい」という言葉が創業のきっかけとなりました。主要な放送画面を紹介しましょう。(一部に放送順と異なるところもがあります)

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創業メンバーは、代表の藤田純一さん、吉田健秀さん、吉田豪さんです。

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2017年12月に会社を設立、本年4月にインターネット販売サイトの極上市場「三陸未来」をオープンしました。サイトのロゴもうつるかなと思っていたら、うつらず。残念。

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3人は人材育成道場 第4期の同期生でした。

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大山社長は、6月末に社長を退任し会長となりました。「今まで社長としてスケジュールがタイトだったのが、少し余裕ができるので、地域貢献にも今まで以上に時間を費やすことができるかなと考えています」と語っていました。

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テレビ東京は、気仙沼でネットされていないのが残念です。テレビ東京のサイトで有料会員登録をすれば見られるのですが月額500円です。事前に放送予定を知っていればご紹介できたのですが。それでも、人気番組で〈さんりくみらい〉が紹介されたのはなによりのことでした。番組関係者の方にお礼を申し上げます。また、大山健太郎さんの気仙沼復興へのご尽力に対しても心から感謝を。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

なお、創業のきっかけとなった大山社長のことばは、カンブリア宮殿では、〈「お前たちが組んだらもっと面白いことができる。組んでみなさい」〉でしたが、5月25日のブログで紹介した日経ビジネスの記事では〈 ちまちま考えずに、一緒にやれ 〉でした。こっちのほうがリアルかも(笑)。

5月14日ブログ「(株)さんりくみらい」
5月25日ブログ「極上市場 三陸未来」


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気仙沼かつお祭り

7月14日から16日までの3日間は〈気仙沼かつお祭り〉。昨年、7月第3月曜日の「海の日」を〈気仙沼かつおの日〉に設定したことに伴う催しです。7月7日の三陸新報によれば、昨年は1か月間を祭期間としたそうですが、今年は3日間に集中しての開催。昨年と同様に、海の市(魚市場前)、お魚いちば(港町)、気仙沼さかなの駅(田中前)の3施設合同イベントとなります。



詳しくは観光情報発信サイト「気仙沼さ着てけらいん」をご覧いただくとして、このブログでは気中同級生関連の話を記しておきましょう。

まずは〈かつおの日〉についてですが、これは〈カネシメイチ〉の小山修司君(3年5組)が〈言い出しっぺ〉です。2015年に、8月1日を〈気仙沼かつおの日〉にしようと修司君が部会長をつとめていた気仙沼商工会議所水産流通部会が準備を始めたのです。その経緯についてはつぎの2つのブログに書きました。

2015年7月29日ブログ「気仙沼かつおの日」
2015年8月4日ブログ「かつおの日の制定」

ただし、この水産流通部会による8月1日を軸としてのかつおの日制定の議論はまとまらず、2年後の2017年に市や商工会議所、気仙沼漁協をはじめ関係団体で構成される「気仙沼市生鮮かつおプロモーション事業実行委員会」が、7月の第3月曜日「海の日」を気仙沼独自に「カツオの日」とすることを決めたのです。

2017年5月12日ブログ 「かつおの日」制定

もうひとつの同級生の話。田中前〈さかなの駅〉には、平塚一信君(3年1組)の平塚商店があります。さかなの駅のイベントとしては7月14日(土)午前8:30から、かつお特売1本1000円です。16日(日)午前11時からは200人前のカツオ刺身を振る舞うほか、2千円以上の購入客には生鮮カツオや地場産品が当たる大抽選会もあるとのこと。さかなの駅においでのおりには平塚君に声をかけてあげてください。どうぞよろしく。

上に紹介した2015年8月4日ブログ「気仙沼かつおの日」を久しぶりに読み返していたら、小山修司君/修ちゃんと〈気仙沼かつおの日〉について電話で話したときのことを書いていました。本日のブログの結びとして再掲します。

「電話で修司君は、〈8月1日は八月朔日(八朔/はっさく)で、縁起もよい〉と語っていました。そして、〈ポスターには恵比寿さんも入れといたから〉といって笑いました。私たちが生まれ育った魚町の浮見堂で、内湾を向いて立っていた恵比寿さんのことを思い出しながら私も笑いました。大漁祈願の恵比寿像は、大震災の津波で流出し今はその姿がありません」(再掲内容は以上)

3年前の話ですが、先日のブログで、神明崎の浮見堂や恵比寿像の復活について書いたばかりだったので、ご紹介しました。

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気仙沼高校同窓会

7月14日(土)、千代田区平河町のルポール麹町で気仙沼高校関東同窓会が開催されます。6月7日のブログでもご案内しましたが、申し込みを忘れていたという方も多いと思いますので念のために再掲します。なお、今年4月に気仙沼高校は気仙沼西高校と統合し、新たな気仙沼高校となりました。これを記念して懇親会では熊谷育美さんのミニコンサートも開催されます。是非ご参集ください。



◎気仙沼高校関東同窓会/総会・懇親会

◎日 時:2018年7月14日(土)
◎総 会:11:30~12:00(受付11:00~)
◎懇親会:12:10~(着席ビュッフェ形式)
◎場 所:ルポール麹町(麹町会館)2Fロイヤルクリスタル
東京都千代田区平河町2-4-3 03-3265-4361
◎会 費:
年会費 :1000円
懇親会費:(年会費1000円含む):
 ~平成8年3月卒:8,000円
 平成 9年~18年3月卒:5,000円
 平成19年~28年3月卒:3,000円
 平成29年・30年卒:無料
◎お振込
郵便振替口座
(口座番号)00130-6-615097
(口座名)宮城県気仙沼高等学校関東同窓会
◎お申込:
下記サイトのお申込フォームからご登録ください。
◎お問合せはメールにて
kantou@khs-doso.com
FAX:03-5367-5863
詳細やお申込みは次のサイトにて。

気仙沼高校関東同窓会サイト

本年も、懇親会は気仙沼向洋高校(旧気仙沼水産高校)関東同窓会と合同して開催。なお、気仙沼高校は2005年に旧気仙沼高校(男子校)と旧鼎が浦高校(女子校)が統合して新しい気仙沼高校(新気高)となり、同窓会も同じく統合されています。両校の前身となる、旧制気仙沼中学校、気仙沼実科高等女学校、気仙沼高等女学校の同窓会も同様です。そして今年2018年4月に気仙沼西高校も統合したわけですが、同校の関東地区同窓会はこれまで特にはなかったとのことです。これを機会に、同校OBへの同窓会参加の呼びかけをお願いできればと。

多くの方々の参加をお待ちしております。私はすでに申し込みを完了。皆さんと会場でお会いするのを楽しみにしております。

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東北ボランティア

3日前の土曜日、図書館に寄ったため自宅最寄駅の隣駅を利用しました。電車を待つ時間にベンチのうしろのポスターのほうをなんとなく見ると、〈東北〉という文字が目に入りました。そしてよく見ると、そのポスターには気仙沼市唐桑の一般社団法人まるオフィスの皆さんの笑顔がありました。背景は唐桑の海、向こうに見えるのは大島の亀山でしょうか。



復興庁サイトより


七年前と違う東北に、
七年前と違う自分で
会いに行こう。

復興庁6月18日の記者発表資料によれば、このポスターは復興庁の平成30年度学生ボランティア促進キャンペーンのために作成されたもので、そのキャッチコピーは今年2月9日から3月9日にかけて公募されました。上に紹介したポスターのコピーは、桐生莉緒(きりゅう りお)さん(東京都・16歳)による学生部門最優秀賞作品です。なお、同部門の優秀賞は、早川真央さんの「行かなきゃ知れない今がある。行けば出会える人がいる。」。

ポスターにうつる〈まるオフィス〉の6人は、右端が代表の加藤拓馬さん。その左隣が根岸えまさんです。根岸さんには、今年5月26日の気仙沼を元気にする会でお会いすることができました。ほかの方もそうだと思いますが、みな学生ボランティア活動を通じて気仙沼に移住し、気仙沼のまちづくり活動などに従事しています。ポスターに使われているのはたった一枚の写真ですが、その背景には6人それぞれのストーリーがあることでしょう。なお、写真は笑顔プロジェクトの大森文暁(ふみあき)さんの撮影です。

いやあそれにしても東急の駅で唐桑の皆さんの笑顔に出会うとは思いませんでした。不意をつかれた思い(笑)。報道資料によれば、東急電鉄は世田谷線を除く55駅に、7月6日〜12日までの一週間、地下鉄/東京メトロは全駅に7月4日〜10日までの一週間にわたり掲出されるそうです。私が見たポスター掲示はこんな感じ。へたをすると見逃すところでした。

尾山台ホーム

地下鉄は本日が掲出最終日です。東京メトロご利用の際には是非ご覧ください。以上、取り急ぎのご報告ということで。

一般社団法人「まるオフィス」公式サイト

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tag : 気仙沼 まるオフィス 復興庁

来夏に浮見堂復活

7月6日の三陸新報に、気仙沼市魚町の神明崎にあった浮見堂の復旧に関する記事が掲載されていました。来年の夏には、以前のような朱塗りの遊歩道、あずまやがお目見えする見込みとのこと。

7月6日浮見堂

三陸新報7月6日記事の一部イメージ


記事によれば、遊歩道の幅員と浮見堂の床面積は震災前の約2倍に広げられる予定です。工事費は約2億4千万円で、国の震災復興交付金事業基金などがを財源とします。浮見堂を広げる部分には復旧費が充てられないため、地元民と気仙沼出身者からの寄付金計2500万円を活用するとのこと。

この記事にある〈気仙沼出身者から寄付金〉というのは、気仙沼市浪板(なみいた)出身で、現在は東京都在住の熊谷寿夫さんからの2千万円などのことと思います。昨年9月1日のブログで紹介しました。そこでも書きましたが、熊谷さんは木戸浦造船で船大工として働いた後、1969年に都内に建設会社「気仙沼建設」を設立し、住宅建築や不動産経営に携わってきた方です。

こうした熊谷寿夫さんをはじめとする出身者や地元の皆さんの善意の後押しがあってこその浮見堂再建です。浮見堂の脇にあった恵比寿像の復活も、サッポロホールディングスさんのご支援などで準備が進められています。これも神明崎の整備に間に合うように進められることでしょう。

震災から8年過ぎてやっと、私たちがよく知る神明崎の風景が戻ってくることになります。18歳まで神明崎の近所で育ったものとして大変ありがたく思っているところです。ご支援、ご協力をいただいている皆さまに心から御礼を申し上げます。

2017年9月1日ブログ「「浮見堂」の再建」
2017年9月27日ブログ「恵比寿像復活計画」

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tag : 気仙沼 浮見堂 神明崎

菅沼副市長の退任

気仙沼市の菅沼真澄副市長(41)が、3年3か月の任期を終え、6月末で退任しました。6月29日の退任式の様子などを翌日の三陸新報が伝えていました。

菅沼副市長
三陸新報6月30日記事より


6月29日の同紙は退任にあたってのインタビュー記事も掲載していました。両記事によれば、菅沼さんは内閣府の沖縄振興局を経て気仙沼市の副市長に就任し、3年3か月を気仙沼で過ごしました。退任後7月からは国土交通省東北地方整備局磐城国道事務所の所長に就いています。なお、気仙沼市に副市長はふたりいますが、もうおひとりの赤川副市長に異動はありません。

インタビュー記事で、〈苦労した事業はありますか〉との問いに、菅沼さんは〈(仮称)大島ウェルカム・ターミナル、JR気仙沼線問題などがありました。公共交通計画の策定もありました。着任時は事業が計画策定や合意形成から事業を動かすタイミングだったので、実務上のことでいろいろありましたね〉と答えています。また、〈助けられ、支えられ、ご理解、ご協力いただき、本当にありがとうございました〉〈仕事ではおしかりをいっぱい受けましたが、気仙沼は大好きです。いつまでも心豊かな気仙沼であってほしいです〉と語っています。

菅沼副市長にお目にかかる機会はありませんでしたが、震災後の難しい課題が山積するなかでの仕事は大変だったことでしょう。求められることのみ多く、なかなかほめられることの少ない行政という役割のなかでご尽力いただきましたことに、気仙沼出身者としてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

なお、副市長の後任は、国交省総合政策局の留守洋平(るす ようへい)さん(38)です。7月1日付けで着任し、2日には市役所で就任式が行われています。7月3日の三陸新報によれば、留守さんは鹿児島県霧島市出身で、国交省では道路関係の部局のほか、北京の日本大使館での3年間の経験もあるそうです。留守副市長、どうぞ、よろしくお願いいたします。

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唐桑へと泳ぐクマ

5月下旬から気仙沼大島でクマが目撃されていることは皆さんご存じのとおりです。泳ぐクマの写真も話題になりました。本日紹介するのは、大島近辺から唐桑方向に向かって泳ぐクマの動画です。テレビ朝日系7月4日放送のニュースがYouTubeにアップされていました。



この映像は、日本テレビ系のニュースをヤフーも配信していたので、ご覧になった方もも多いことと思います。撮影したのは、小野寺正人さんです。小野寺さんによれば、この動画は7月1日に撮影し、クマの体長は1メートルほどだったとのこと。

ニュースによれば、大島には3頭ほどのクマがいる可能性があり注意をよびかけているとのことです。このクマは、気仙沼の本土と大島の間に橋が架けられたことを知らないのでしょうね。そうでなければわざわざ泳いだりしないでしょう。本土側の橋のとりつけは鹿折地区で、唐桑地区からはちょっと離れているからしかたがないか。それにしても泳ぐクマの姿には驚いた。大島にしても唐桑にしても、くれぐれもご注意ください。

大島架橋〈気仙沼大島大橋〉(愛称:鶴亀大橋)の完成予定は2018年度末/2019年3月末です。しかし、人や車の往来に先だって、クマや鹿が「鶴亀大橋」を渡る日が近いような気もします。橋を利用するのは、泳ぎの苦手なクマや鹿ということでしょうが。

2017年4月3日ブログ「大島の夢の架け橋」

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出会いはミラクル

本日7月4日の三陸新報「リレー随筆」に同級生が登場していました。菅原(及川)徳子さん(3年11組)です。


徳子さん
三陸新報7月4日記事より


冒頭に徳子さん自身が書いていましたが、リレー随想に寄稿するのはこれが2度目。15年前の随想タイトルは「出会いはミラクル」でした。当時、イオンのリカー売り場で働いていたときに出会った市内の英語指導助手ロベルトさんについて書きつづったものです。これは私も覚えていて、記事のスクラップもどこかにあるはずです。

徳子さんは現在、オーダー服などの「サロンド マニマニ」を市内松川前で経営しています。昨年7月の三陸新報「復興へ一歩 いらっしゃいませ」でとりあげてもらったときには、このブログでも紹介しました。

2017年7月5日ブログ「マニマニ徳子さん」

今回の随想では、上記のロベルトさんをはじめ、タイのチェンマイでホテルを経営しているぺぺさんや、東京で服飾デザインなどを経験してきた中山薫さん(記事では中川さんと誤記されていましたが、5日に訂正がありました)らとの出会いを紹介しています。そんなことで、タイトルは〈出会いはミラクルパート2〉。

なお、徳子さんのご主人は同じ3年11組の菅原孝市君です。気中同級生同士の結婚は、〈ミラクル〉ではなく〈サークル〉という感じでしょうか(笑)。

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tag : 気仙沼 菅原徳子

シャークス新製品

きょうのW杯日本対ベルギー戦は本当に惜しかった。しかし素晴らしい試合を見せてくれました。さすがにちょっと眠い(笑)。

きのう7月2日(月)、内湾の新しい商業施設内にSHARKS(シャークス)さんの新しいお店がオープンしました。皆さんすでにご存じのサメ革製品の専門店。代表の熊谷牧子さんは、同級生の渡邊まさ子さん(3年5組)の妹さんです。

シャークスは2011年12月に気仙沼復興商店街 南町紫市場でオープンし、その後2016年9月に福幸小町田中通りへと移転。いずれも仮設店舗での営業でしたが、やっと本設店舗での営業にごぎつけることができました。そしてこの移転オープンの日に合わせた7月2日、新しい商品が発売されました。

新商品は〈世界初!サメ皮×デニムバッグ〉2点です。シャークスですからサメ皮はもちろんのこと、気仙沼「オイカワデニム」のセルビッチデニム(「赤耳」とも呼ばれる高級デニム)をコンビ使用したデザイン。そして「Kesennuma」の名を冠し、トートバックは〈Kesennuma安波山〉、手提げ/クラッチの2WAYバッグは〈Kesennuma岩井崎〉と名付けられています。面白いですね。

詳しくはシャークスのサイトをご覧いただくことにして、ここではトートバッグ〈Kesennuma安波山〉を紹介します。プレスリリースの写真ではサメ皮とデニムの使い分けがわかりづらかったので、勝手ながらちょっと露出をあげました。持ち手と左右下と底にサメ皮が使われているのがおわかりいただけるでしょう。とてもよさげです。



Kesennuma安波山:サイズ W47×D11×H34cm 持ち手の高さ24cm 持ち手の長さ55cm 重さ約500g ¥39960(税込)

◎シャークス
気仙沼市南町海岸1-14 商業施設内湾 内
公式オンラインショップ


シャークスの商品は、夫婦あわせて3点つかっています。長財布と名刺入れとキーホルダー。軽さと丈夫さ、そして風合いがとてもいい。今回の新商品も使えば使うほどサメ皮とデニムの風合いが増していくことでしょう。

オイカワデニムさんとのコラボ商品もまさに〈Made in Kesennuma〉の魅力がありますね。ぜひ多くの人にその素晴らしさを知って欲しいと願っています。内湾の新しい商業施設のグランドオープンは11月とのことで、このたびの先行オープンはシャークスとカフェなどの3店のようです。新しい商業施設の見学もかねて訪れてみてはいかがでしょうか。

シャークスさんの本設店舗オープン、おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。

2017年1月16日ブログ「シャークスの受賞」
6月14日ブログ「内湾商業施設完成」

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tag : 気仙沼 SHARKS

背後地かさ上げ案

事前の紹介ができませんでしたが、本日7月2日午後0:20からのNHK総合「旬感☆ゴトーチ!」で気仙沼「海の市」の氷の水族館などが紹介されます。「しごと場・あそび場ちょいのぞき」なども。ゲストは八代亜紀さん、リポーターはマギー審司さんです。

ここからが本題。気仙沼の魚町防潮堤が県のミスで22cm高く施工されてしまった問題で、県は6月30日に背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示しました。7月1日の三陸新報の紙面はこんな感じ。

かさあげ案

三陸新報7月1日記事の一部イメージ


同日、河北新報も記事を配信していました。その内容を引用します。

〈 気仙沼市内湾地区の防潮堤高を県が誤って施工した問題で、県は30日、住民が求めた防潮堤の造り直しではなく、背後地をかさ上げし、陸側から見た防潮堤の高さを抑える対応案を示した。今月中旬まで地権者らに個別に説明する。住民団体「内湾地区復興まちづくり協議会」はその後、再度会合を開き、対応案を受け入れるかどうか結論を出す。

 市役所であった協議会の会合で、県の担当者が明らかにした。防潮堤の背後地で、市が実施する土地区画整理事業内の土地約1ヘクタールで、5~20センチかさ上げする。問題発覚直後に県が示したかさ上げ案を、修正した。当初案では、区画整理事業の計画変更や設計の修正などの手続きに約9カ月かかるとしたが、新たな案では約2カ月に短縮された。追加のかさ上げ工事は約10日間で終わり、宅地の引き渡しも2週間程度の遅れにとどまる見通し。事業費は数千万円で、防潮堤を造り直す場合より少なく、県が全額負担する。

 住民からは「かさ上げ案は、防潮堤の高さを変えないと知事が言ったことの尻ぬぐいだ。22センチ間違った分を造り直すべきだ」「(隣接する)南町の防潮堤の高さと違っても大丈夫なのか」などの意見が出た。県は、協議会が6月6日に要望書で求めた、ミスに至った詳しい原因の説明も行った。武藤伸子県農林水産部長は「皆さまの気持ちを傷つけてしまい、この場を借りて誤りたいと陳謝した。(小田注:河北記事中の「誤りたい」は、「謝りたい」の誤まりかと)

 協議会の菅原昭彦会長は「区画整理事業が一気に進めば、防潮堤と合わせた街づくりがスピードアップする。代替案としては検討するに値する」と話した。協議会は、防潮堤の造り直しを求めた住民合意を覆した村井嘉浩知事本人に、改めて謝罪を求めることも決めた。〉(引用は以上)

三陸新報では、住民側の反応がわかりませんでしたが、河北新報では反発や疑問の声も紹介しています。続報などがあればまた紹介します。本日は県の提案内容の紹介のみにて。

6月11日ブログ「県への要望書提出」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 防潮堤

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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