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気中のデンマーク

気仙沼がなにかとお世話になってお世話になっている映画監督、堤幸彦さんが企画・総合演出をつとめる子供ミュージカル「デンマークとさんま十勇士」が3月3日(土)に気仙沼ホテル観洋で上演されます。

チラシ

◎デンマークとさんま十勇士

3月3日(土) ①14:00~②18:00~
サンマリン気仙沼ホテル観洋 4階 ベルサイユの間
料金:1,000円(税込)
お問合せ先:気仙沼演劇塾うを座
TEL:070-1380-4558

気仙沼中学20回生にとって〈デンマーク〉といえばあの音楽の~~と、ブログに書こうと思っていたのですが、冗談にはならずドンピシャだったようです。三陸新報の2月24日(土)〈本番まで1週間〉という記事に、劇の内容がつぎのように紹介されていました。

〈舞台は1962(昭和37)年の気仙沼。キャストは公募で集まった子供たちと、気仙沼演劇塾うを座のメンバー。小学生から高校性までの10人と数人の大人が出演する。
 1962年夏、気仙沼はサンマの豊漁で、トラックに積んだサンマが荷台から滑り落ちる光景がまちのあちこちで見られていた。
ある日、気仙沼小学校に通う6年生を中心に「さんま十勇士」が結成される。気仙沼高校が夏の甲子園で活躍する様子をテレビで見ていた「十勇士」たちは、テレビに出るために合唱コンクールに出場することになった。女性の音楽の先生のもとで厳しい練習に励むのだが…… 〉

この子供ミュージカルの原案は、一年先輩/気中19回生の生島ヒロシさん。小学生のころ、同じ風景を見ていたんですね。〈さんま十勇士〉は真田幸村(さなだゆきむら)につかえる猿飛佐助や霧隠才蔵などの〈真田十勇士〉のもじりでしょう。これもとてもなつかしい。〈オレが幸村やっから、オメは佐助な〉みたいな(笑)。なお、2016年に公開された映画「真田十勇士」は堤幸彦さんの監督作品です。

2月2日の三陸新報にも、稽古での堤幸彦監督の指導風景が紹介されていました。

堤幸彦ミュージカル2:2
三陸新報2月2日記事の一部イメージ

演出は生島ヒロシさんの長男で俳優の勇耀さん、ダンス演出は次男でダンサーの翔さんです。ヒロシさんも登場するとのことです。なお、〈デンマーク〉については2011年7月29日のブログで書いております。〈ネタバレ注意〉ということでご覧ください。しかし本当に驚いた。私は見に行けませんが、生島博さん同級の気中19回生や気中歌唱班でデンマークのお世話になった方は必見。行かずばなるまい。今度の土曜日3月3日、午後2時と6時の2回です。チケットは1000円で、気仙沼プラザホテル、御誂京染たかはし(神山)で取り扱っています。どうぞよろしく。

2011年7月29日ブログ「デンマーク」
ホテル観洋/催事サイト
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ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 デンマークとさんま十勇士 生島ヒロシ 堤幸彦

マル・デ・ミヤギ

きょうは東京での催事のご案内。3月1日〜2日の2日間、東京の丸ビルで開催される復興応援イベント「マル・デ・ミヤギ」に気仙沼からコヤマ菓子店も出店します。





このイベントは2014年から継続開催されているとのことなので、今年で5回目となるのでしょう。宮城県内の農産品、水産加工品、スイーツなどのほか、日本酒の蔵元15蔵の日本酒も特別価格で販売されるそうです。入場は無料。なお、会場は東京駅丸の内中央口を背にして左側に見える「丸ビル」です。右側に見えるのは「新丸ビル」なのでご注意を。

◎復興応援イベント「マル・デ・ミヤギ」
日時:3月1日(木)~2日(金)11:00~19:00
会場:丸ビル1F マルキューブ
主催:三菱地所株式会社、株式会社河北新報社

催事情報サイト

店主の小山裕隆さんも上京して売場にたつそうです。私は2日(金)に近くの日比谷でミーティングがありますので、その帰りにでも寄ってみようと思っています。ご都合の許す方はぜひお出かけください。裕隆さんに会ったことがないという気中同級生も心配はいりません。お父さんの小山隆市君(3年6組)にそっくりですから(笑)。

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カキと森と長靴と

1月20日に放送されたNHK EテレのETV特集「カキと森と長靴と」の再放送を紹介します。気仙沼市唐桑の畠山重篤さんが登場します。1月24日に再放送がありましたので、再々放送ということになります。反響が大きかったのでしょう。


アンコール

舞根

両画像とも番組サイトより

◎NHK Eテレ
ETV特集アンコール「カキと森と長靴と」
3月3日(土)23:00~(1時間)
3月10日(日本時間)にはNHKワールドでも放送されるそうですが、放送時間は未定とのこと。

番組サイトから、紹介文を引用します。

「東日本大震災で高さ20mの津波が気仙沼を襲う。海の生き物は全滅したかに見えた。絶望の海でカキ養殖を再開させたのが畠山重篤。「森は海の恋人」という名言を生んだカキ養殖家だ。震災で海は死に絶えたかのように見えたが畠山は確信していた。海は自らの力で必ず回復する、と。NHKは震災直後から養殖再開に挑む畠山を密着。海と山が融合しながら浄化していく様を、畠山のモノローグと4K撮影で映像美を追求した番組」(引用は以上)


1月20日の放送は、このブログでも紹介しました。しかし、唐桑の鮪立(しびたち)出身の気仙沼高校同級生からは見逃したとのコメントをもらいました。今度は大丈夫でしょう(笑)。

この番組の映像は実に素晴らしかった。ちょっときれいすぎるのではないかと思うほどです。どうぞ、このアンコール放送、お見逃しなきように。

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「人生 人もうけ」

〈けせもい会〉の新年会で、千葉憲二君が〈2月に本ができあがる〉といって、表紙カバーのデザインを見せてくれました。発刊されたらこのブログで紹介しようと思っていたら、三陸新報さんに先を越されてしまいました。

  
憲二君記事

三陸新報2月22日掲載記事の一部イメージ


書名は『人生 人もうけ』。憲二君らしいタイトルです。記事から紹介すると、この本は10年ほど前の『夢じたく』に続く2冊目。前回の出版時に「60歳までの目標として掲げていた東京・銀座での出店」(これは「まかない㐂いち」のことですね)を実現させるまでのエピソードや、震災後に気仙沼に同級生らと支援物資を届けたり、炊きだしをおこなった様子などが書かれています。それと、「かもめ食堂」の復活開店にあたっての土地選びなど様々な苦難なども。なお、2冊の書名を見ると、なにか梅沢富美男さん的な演歌のイメージが浮かんできて困るのですが、私が知る憲二君のイメージはPOPでありROCKです。念のため。

私が驚いたのは、同日の三陸新報の一面コラム「万有流転」でもこの本が紹介されていたこと。

万有流転
三陸新報2月22日「万有流転」の一部イメージ


一部を引用させてもらいます。

〈 千葉さんにとっては2冊目となる自伝だ。東日本大震災の話から始まっている。気仙沼市の千葉英喜さん(千葉喜商店社長)は千葉さんの兄で、震災時にヘリで救出されている。気仙沼に仲間と共に駆け付け、炊きだしをしたことなどが綴られている。亡きお父さんと歩いた思い出の港町などを目にし、跡形もなくなった姿にショックを受けた。その時の気仙沼に対する思いから、復興の手助けになるような何かをしたいと、ラーメン店「かもめ食堂」を復活させることになったという。 (中略) 題名の「人もうけ」は、金はなくても多くの応援をしてくれる友人知人こそが、最高の財産だと言っている。人の道を示唆する1冊だった。〉(引用は以上)

友人知人について、〈金はなくとも〉というのは別にして、憲二君が日頃から語っていることなのでうれしく思いました。ありがとうございます。

なお、同書の出版社は旭丘出版会、税抜き1500円です。アマゾンでは扱っていないようなので、入手方法は憲二君に聞いておきましょう。念のため申し上げておきますが、同級生だからといって〈けろ〉(ください)といわないように。そういう人は憲二君の財産ではなく負債です(笑)。

ご参考までに、同書で紹介されていることに関する、当ブログの初期の記事を以下に。

2011年4月20日ブログ「3月25日支援物資輸送レポート」
2011年4月28日ブログ「ちばき屋 憲二君の炊き出し」
2012年1月20日ブログ「かもめ食堂復活」

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tag : 気仙沼 気仙沼中学 千葉憲二 ちばき屋 かもめ食堂

隆市君おめでとう

「しごと場・あそび場 ちょいのぞき」を展開する「観光チーム気仙沼」が、復興庁の平成29年度「新しい東北復興・創生顕彰」10件に選定されました。228件の応募から選ばれており快挙といってよいでしょう。2月9日に記者発表があり、2月18日に仙台にて顕彰式典ががおこなわれています。

復興庁受賞
三陸新報2月21日記事の一部イメージ


三陸新報の記事にリーダー廣野一誠さんのコメントが紹介されていました。〈県のおもてなし大賞とのダブル受賞は大変光栄。「ちょいのぞき」事業ができるのは、気仙沼の人たちがコツコツ築いてきた「仕事」と「暮らし」のおかげ。まちの皆さんと一緒に喜びを分かち合い、事業のさらなる発展につなげたい〉。

これを読んで、リーダー廣野一誠さんの気持ちを勝手に想像してみました。まずは〈ほめられすぎだよなあ〉と。評価されるのは気仙沼のPRにもつながるのでありがたいけれど、解決しなければならないやっかいな課題を沢山知っているはずです。そして〈受賞するべきなのは自分たちではないんだけど〉と。〈おもてなし大賞〉受賞についてのブログでも書きましたが、気楽会〈観光案内課〉の活動などにはじまり、〈ば!ば!ば!プロジェクト〉への展開もありました。組織でいえば、気楽会のほかにも、気仙沼観光コンベンション協会や、以前の一般社団法人〈リアス観光創造プラットフォーム〉、そして現在の〈気仙沼地域戦略〉に至る組織の活動も。そうした継続的活動の成果がいまこうして顕彰されているのだと。

こんな勝手な想像を記したのも、先日のちょいのぞきモニターツアーで一誠さんの話を聞いたからなのです。K-portの懇親会で、ほかの方との話のなかで尊敬している先輩としてコヤマ菓子店の小山裕隆さんの名をあげていました。小山隆市君(気中3年6組)の息子さんです。うれしかった。そう考えていくと、今回のダブル受賞の原点には、隆市君らの様々な活動もありました。〈甚六鬼の会〉の海神様にしてもそうだしね。

このブログ記事を書きはじめたときは意識していなかったのですが、なんか今回の受賞は隆市君らの活動に対する顕彰でもあるのだなあという思いを強く感じてきたのです。気仙沼中学の同級生ならすぐにわかってくれるでしょう。そんなこんなの思いを込めて、天国の隆ちゃんをはじめ関係者の皆様にお祝いを申し上げます。おめでとう!

2月16日ブログ「おもてなし大賞!」

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tag : 気仙沼 気仙沼中学 ちょいのぞき 観光チーム気仙沼

「洗濯船」の年賀状

きょう、仕事場に着いてポストを見ると、新宿ゴールデン街〈洗濯船〉吉成由貴子さんからのはがきが届いていました。

はがき

〈新春のお慶びを申し上げます〉そして〈戊戌旧暦元旦〉と記してあります。旧暦の年賀状なのですね。さすがに奥ゆかしい。今年は2月16日が旧正月。戊戌(つちのえ いぬ)は今年の干支。

〈洗濯船〉さんは、裕美君をはじめ多くの同級生がお客さんだったこともあって、震災後には気仙沼支援の募金箱を置いてくれるなど大変お世話になっております。私が訪れたときに吉成さんにご挨拶したこともあり、季節の折々にこうしてはがきをいただくのです。〈デパートの地下に砂吐く浅蜊かな〉。なんというか、とてもいい。

今朝は、俳人の金子兜太さんが20日に亡くなったとの報に接しました。98歳。ニュースで紹介されていた一句を紹介します。

〈 梅咲いて庭中に青鮫が来ている 〉

俳句の世界も広く深い。そんなことを感じながらきょうの仕事を始めたところです。

ぐるなび「洗濯船」

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戸羽平の政也さん

きのうのブログで、2月16日(金)17日(土)の〈ちょいのぞき気仙沼/モニターツアー〉の様子を紹介しましたが、本日2月20日の三陸新報がとりあげていました。写真は、2日目の唐桑〈戸羽平〉(とばひら)でのカキ漁師体験の様子です。

ちょいのぞき記事
三陸新報2月20日記事

記事中に大学生の北村さんのコメントが紹介されていました。モニターツアーには、彼女を含め2人の大学生が参加していましたが、どちらも地元企業のインターンとして気仙沼に滞在中です。若い人ならではの視点からの意見発表に感心するところが多くありました。

写真にうつる漁師さんは畠山政也さんで〈戸羽平〉の5代目です。政也さんは2月11日に父親の畠山政則さんと共に、新造船「第八十八海宝丸」の進水式を母港である宿舞根(しゅくもうね)漁港でおこなっています。これについてはまたあらためて紹介しましょう。なお、私たちが乗せてもらった船は、以前から使いなれている「第八海宝丸」です。

政也さんは、かき小屋〈唐桑番屋〉で挨拶時に、震災後に広島のカキ漁師さんらが唐桑の復興のために多大な協力をしてくれたことに感謝の言葉を述べていました。機会があるたびにそのことを話していると。それを聞いて大変うれしく思いました。大事なことだなと。

私たちが乗船した2月17日(土)の昼は、途中で雪が降ったりしたものの、さほど荒れた様子はありませんでした。しかし、東京に帰る新幹線の中で知ったニュースでは午後3時ごろには暴風雪警報が出たとのこと。もっと早くに嵐となれば、船での〈ちょいのぞき〉はできなかったでしょう。関係者の皆さんもホッとしたのではないでしょうか。

畠山政也さんはじめ〈戸羽平〉関係者の皆様、いろいろとありがとうございました。お礼を申し上げます。

2月19日ブログ「モニターツアー」

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tag : 気仙沼 唐桑 ちょいのぞき気仙沼 戸羽平

「モニターツアー」

2月16日(金)17日(土)は、〈ちょいのぞき気仙沼/モニターツアーに妻と二人で参加してきました。これは、2015年から行われている〈しごと場・あそび場 ちょいのぞき気仙沼〉の来年度の展開にあたり、宿泊ツアー企画のための意見をもらいたいと一般社団法人 気仙沼地域戦略が催したものです。盛りだくさんの内容でしたので、個々の体験についての感想はあらためて紹介することにして、本日は概要のみ記しておきます。

◎1日目(2/16)

午前7:56東京発のはやぶさで10:08一ノ関着。10:30にほかのメンバーらとミニバスで気仙沼へ。プラザホテルに荷物を置いて、すぐ近くの「斉吉・鼎(かなえ)」でお出汁(だし)の料理体験です。鰹節ではない秋刀魚節のだしを使ったワカメしゃぶしゃぶや和食を味わったあとに、各メンバーからの評価や意見を発表。このスタイルはその後のプログラムでも同様です。斉吉さんでの様子は、NHKニュースでも紹介されました。下にニュースサイトの画像を。中央に私がうつっています。

斉吉

NHK2月16日配信ニュース

2:30には、プラザホテルにチェックインしての自由時間。少し休んで、南町〈マンボ〉でコーヒーかいちごババロアでもと思いましたが残念ながら準備中。マンボに向かって左側は妻の実家跡でいまは駐車場になっています。以前のおもかげはすでにありません。それでも新しくできた〈紫神社前商店街〉をはじめて見ることができてよかった。〈あさひ鮨〉をのぞいてみましたが、村上力男さんは出張中でした。

その後は、妻の親戚でもある魚町〈日山商店〉に寄ってコーヒーをごちそうになったあと、工事がさかんにおこなわれている魚町の通りを歩いて、ホテル望洋にのぼる坂の途中にあるわが実家跡へ。なつかしいレトロなタイルの浴槽だけはまだ残っていました。続いて五十鈴神社/お神明さんに参拝。

ホテルに戻ってからは、午後6時からK-portでの懇親会で各自が発表するツアー企画アイデアをまとめました。なかなか難しい。そのK-portでは、アクアラボ気仙沼さんのサメの歯を使ったアクセサリーづくりの紹介や、岡本製氷さんによる氷の彫刻のご披露などもありました。そして、参加メンバー14名による各企画アイデアの発表です。4案ほどに絞り込んでからグループに分かれてさらにブラッシュアップしてプレゼンテーション。これらが終了したのが9時。ホテルに戻って一服後、プラザホテルの〈気仙沼温泉〉につかりました。この温泉が始まるときには名称の募集がありました。私も応募して、商標登録の制約条件などに留意しての〈気仙沼温泉〉+〈○○○の湯〉という構造を提案。お招きいただいた開湯の祝典には参加できませんでしたが、宿泊券や記念品を頂戴したことなどを思い出しながら、この日のプログラムは終了です。

◎2日目(2/17)

早朝6時半、ホテルロビーに集合。素晴らしい日の出を見てから魚市場へ。私は早朝の魚市場を見るのは初めてです。出身者でもそうした人は案外多いのではないでしょうか。市場では、まず〈気仙沼魚市場 復興物語〉の説明を聞いた後、見学通路からそして場内を説明つきで見学。水揚げされていた魚種はメカジキやサメなど。フカのヒレの切り取り作業なども見ることができました。

場内見学の後は、〈海の市〉リアスキッチンで朝食。店に入る前にいただいたメカジキとタラの〈ちょい食べ〉刺身がとても美味しかった。特にタラは格別でした。

魚市場の後は唐桑に向かいます。カキ養殖を営む〈戸羽平〉(とばひら)さんでの漁師体験です。(やっくんとしておなじみの)畠山政也さんの操船と案内でカキいかだを巡りました。ある種のサプライズだったのでしょうか、事前に船にのるとは聞かされていなかったので本当に驚きました。養殖の現場体験や船上で味わうカキやホタテは最高ですね。この唐桑の漁師体験ワークショップはネットで映像としては知っていましたが、聞くと見るとでは大違い。帰港時のカモメかウミネコへのえびせん投げもなつかしかった。

港についてからは、近くの復興かき小屋〈唐桑番屋〉で昼食。これはすごかったなあ。1テーブル8人分のカキやホタテが山盛りに置かれ、ステンレスの大きなカバーをした後に蒸し焼きします。メニューには、カキ(Mサイズ)15個で1500円。あるいはカキ12+ホタテ3のミックスでも同じ値段です。自分でこじあけて食すカキやホタテは本当にうまい。またあらためて紹介することにしましょう。この唐桑のプログラム終了が2時近く。またミニバスで一ノ関まで送ってもらって、モニターツアー終了でした。

なお、このモニターツアーはNHKのほかに、仙台放送でも紹介されました。こちらにも私の後姿などがうつっています(笑)。

仙台放送2月17日配信ニュース

いまふりかえってみてもとても充実したプログラムでした。費用的には、東京〜一ノ関の往復新幹線代(私の場合は1人2万6000円)とK-portの懇親会費が自己負担でしたが、モニターツアーなので各所の費用はなし。支出に十分に見あう体験でした。しかしあらためて、この往復交通費一人2万円以上の壁は、ツアー企画においてとても高いハードルだなと感じています。

概要のつもりでしたが、長くなってしまいました。また回をわけて詳しく紹介できればと思っております。どれだけお役にたてたかわはわかりませんが、私たちにとってはとても新鮮な体験でした。お世話をいただきました「気仙沼地域戦略」そして「気仙沼観光コンベンション協会」「観光チーム気仙沼」はじめ、関係者の皆様に御礼を申し上げます。ありがとうございました。

2月16日ブログ「おもてなし大賞!」

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tag : 気仙沼 ちょいのぞき気仙沼 気仙沼地域戦略

おもてなし大賞!

〈しごと場・あそび場ちょいのぞき気仙沼〉を展開する観光チーム気仙沼が、宮城県の「観光王国みやぎおもてなし大賞」において〈観光による地域活性化のモデルとなる最も優れた取組〉として大賞を受賞しました。市内からは初の大賞とのこと。2月13日(火)の三陸新報が伝えています。

おもてなし大賞
三陸新報2月13日記事の一部イメージ

記事の写真の右側は村井知事。左側は気仙沼観光コンベンション協会の熊谷俊輔さんだと思います。そして中央が観光チーム気仙沼リーダーの廣野一誠さん。廣野さんはアサヤ(株)の専務取締役ですが、私たちの世代には気仙沼市長をつとめた広野善兵衛さんの曾孫さんといったほうがわかりやすいかも。〈アサヤ〉も以前は大堀銀座交差点角に本店があった〈麻屋〉さんですね。

記事によれば、廣野リーダーは〈2015年の『ちょいのぞき』スタート以来、受け入れ事業者が、魅力あるプログラムづくりに向けて常に努力してきた成果。受賞は大きな励み。これまで培ったノウハウを今後に生かし、さらなる内容の充実と発展につなげたい〉と語っています。

今回は〈観光チーム気仙沼〉の受賞ですが、ここに至るまでにはさまざまな活動、努力の積み重ねがありました。このブログでも紹介してきた〈ば!ば!ば!プロジェクト〉もそのひとつでしょう。そして、もっとさかのぼれば小山裕隆さんらの気楽会〈観光案内課〉ひとめぐりツアーもあります。こうした活動の継承、継続が今回の大賞受賞につながっているのだと思います。観光チーム気仙沼をはじめ、そうしたこれまでの活動に参加してくださった方々にお礼とお祝いを申し上げます。ありがとうございます。そして、おめでとうございました。

話は変わります。きのうのブログで私が16日(金)17日(土)は気仙沼と書いたのですが、これは〈しごと場・あそび場ちょいのぞき気仙沼〉モニターツアーに参加するためなのです。16日の昼には気仙沼に、そして17日の午後2時には気仙沼を離れるというスケジュールです。そんなことで本日のブログは予約投稿といたしました。ツアーの様子はまたあらためてご報告することとします。

私にとって気仙沼訪問は2016年9月24日の〈あれから50年同年会〉以来のこと。1年半ぶりの気仙沼を楽しんでこようと思っています。見かけたら声をかけてください(笑)

2016年9月26日ブログ「同年会の記念写真」
2016年9月27日ブログ「同年会の概略報告」

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東京けせんぬま会

気仙沼市移住・定住支援センターMINATOが2月17日(土)に東京で開催するイベントを紹介します。以前のMINATOの交流会がちょこっとリニュアルして「東京のけせんぬま会」になったそうです。

けせんぬま会
MINATOイベントサイトより

◎東京のけせんぬま会
日時:2月17日(土)19:00〜22:00
会場:わたす日本橋(中央区日本橋)
参加費:2500円
定員:20名(先着順)
◎ゲスト
竹内順平氏(気仙沼漁師カレンダープロデューサー/Banboocut代表)
佐藤千晶氏(気仙沼出身/フリーアナウンサー)

竹内順平さんは、たしか〈ほぼ日〉さんでアルバイトをされた後にBanboocut/バンブーカットを設立し、漁師カレンダーのプロデュースはもちろんのこと、最近では全国の梅干しをプロモーションするなど活躍しています。私は、2016年11月の青山TOBICHIでの「漁師って、カッコいい!」展漁師トークイベントでお目にかかりました。

佐藤千晶さんはすでに皆さんご承知のとおり。最近は、文化放送の〈走れ!歌謡曲〉木曜日パーソナリティもつとめています。放送のなかで披露される千晶さんの気仙沼弁トークも大人気のようです。

MINATOは、気仙沼市移住・定住支援センターですから、気仙沼への移住・定住に関心がある方はもちろんのことですが、東京にいながら何か気仙沼との関わりをもちたいと思っている方にもご参加いただければと。私ですか?私は16日17日と気仙沼に行きますので残念ながら。この話はまたあらためて。

気仙沼市移住・定住支援センターMINATO/サイト
2017年1月19日ブログ「MINATO/湊とは」

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台湾地震の義援金

2月8日のブログ「台湾地震お見舞い」で、2月6日に台湾東部沖で発生した地震について記しましたが、気仙沼市では、被災者支援に向けての義援金受付を始めました。2月13日の三陸新報が伝えています。

募金箱

三陸新報2月13日記事


記事によれば、台湾は東日本大震災後、気仙沼に対して救援物資や義援金、公共施設の再建費用を贈るなどして支援を続けてくれており、市では感謝の気持ちも込めて義援金を募ることにしたそうです。

期間は3月7日まで。募金箱はつぎの8カ所に設置されます。市役所正面玄関、市民福祉センター「やすらぎ」、唐桑、本吉両総合支所の保健福祉課、階上、大島両出張所、市立病院、本吉病院。問合せは市社会福祉課社会福祉係(電話22-6600 内線432)です。

義援金をと思ってもどこにしたらいいのかという方も多いと思います。参考になればと紹介いたしました。

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tag : 気仙沼 台湾東部沖地震

被災水門保存異論

2月6日のブログ「被災水門を保存へ」で、気仙沼市がお伊勢浜海水浴場の被災水門を震災遺構として保存する方針を固めたとのNHKニュースを紹介しました。その後、2月8日の三陸新報にはNHKとは違う角度からの写真と記事が掲載されていました。

被災水門

三陸新報2月8日記事の一部イメージ

記事によれば、2009年に整備されたこの水門は、用水路の出口で、震災時の引き波で海側に動いたそうです。現在は3分の1ほどが砂に埋まった状態とのこと。水門を管理する宮城県としては、国の防潮堤整備に合わせて、新たな水門を陸側に復旧するのに伴い、この水門は撤去する方針でした。しかし、階上まちづくり協議会が震災伝承に生かしたいと市に要望し、市はこれを受けて県と協議しました。そして県は、被災水門の撤去を取りやめて気仙沼市に移管することにしたといった経緯です。

この記事ではじめて知ったのですが、市としては進入できないように柵を設定するなどするものの、保存のための処置は行わずに朽ちるままにするとのこと。つまり、震災遺構として保存される旧気仙沼向洋高校舎の近くとはいえ、その整備や保存はまた別の話ということでしょう。まあ、地域の要望を受けての市の対応としてはそれもありかと思っておりましたところ、2月10日の三陸新報にはつぎの記事が。

市議会対応

三陸新報2月10日記事のイメージ

9日の市議会震災調査特別委員会で〈一部議員から「プロセスを踏んでいない」などと対応に異論の声が上がった〉というのです。9日は2月定例会が閉会した日です。細かな話は略しますが、市当局は、まちづくり協議会からの提言や復旧・復興事業に支障がないこと、震災遺構として保存する旧気仙沼向洋高校との相乗効果を挙げたそうです。市長からは、市の震災遺構は旧向洋高校以外に検討する姿勢はないということと、水門についても「自然に朽ちていくものであり、簡単な安全対策以外はやるつもりもない」と語ったとのこと。

地域住民の意向をくみ取って行政として迅速に対応したつもりが、議会からは「急な話」「手順踏め」との声があがる。私としては、NHKとは違うアングルの水門写真を紹介しようと思っただけなのですが、なにか妙な話にまきこまれてしまったような気分(笑)。〈みんなでよく話し合って、より良い解決策を探ってほしい〉としか言いようがありません。

なお、タイトル中の〈水門保存異論〉は、韻を踏んでみました。〈水門保存異論反論〉つうのも考えたのですが、〈別に反論じゃねーよ〉という声がどこからか聞こえてきたのでやめたということを記しておきます。それにしても、住民、行政、議会、そしてメディアも含め、さまざまな立場でそれぞれに大変だなあというのが実感です。

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tag : 気仙沼 気仙沼中学 お伊勢浜 震災遺構

胃ガン内視鏡検査

毎年、世田谷区国民健康保険の健康診断を受けています。いつもは3月に受けていたのですが今年はちょっと早く受けました。そして先週末は内視鏡での胃ガン健診(胃カメラ)でした。世田谷区の胃ガン検診メニューに内視鏡が加わったのは昨年10月からのことで、それまでは通常のバリウムを飲んでのX線検査です。そのため、ここ6〜7年ほどは、健診とは別に胃は2年ごと、大腸は2〜3年ごとに内視鏡健診を受けていました。

内視鏡

はじめての経鼻内視鏡体験。。鼻に部分麻酔をきかせてから5mmほどの太さの器具を挿入していくわけですが、はじめにちょっと違和感があるほかは、経口と同じ。まあなんというかどうということもありません。脇に置かれたディスプレーで自分の食道から胃にいたる映像をながめるのは、ちょっと奇妙な体験ですね。

健診そのものは10分ほど。特に異状はありませんでしたが、ピロリ菌に関する検査を勧められたので血液を採取しました。費用は視鏡健診が1500円。とても安い。ピロリ抗体検査も国保適用(3割負担)で670円でした。自治体によっての制度や費用の違いがあると思いますが参考まで。

こうした個人的な健康診断の様子を紹介したのは、同級生の皆さんにも健診をきちんと受けて欲しいと思うからです。周囲でも、60歳を過ぎたころからガンも含めて病気になる人が増えている印象があります。加齢による病気のリスクは避けられませんが、定期的に検診を受けていれば早期発見の可能性を高めることができるでしょう。

健康診断で異状なしといわれた人が数カ月後に病気で亡くなったなどというのは笑い話でしかありません。最近知ったのは、アメリカで宝くじに当たって何億ドルも手にした男性が、それまで貧しくて受けることができなかった人間ドックによって不治の病が見つかったという皮肉な話。ことわざ〈禍福はあざなえる縄のごとし〉のまさに典型例ではありますが、健診を受けない理由としてあげるのは愚の骨頂です。

今年度の健康診断をまだ受けていない方は早めの受診を。どうぞよろしく。

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tag : 気仙沼 気仙沼中学 健康診断

「本吉気仙沼道路」

三陸道(三陸沿岸道路)の本吉気仙沼道路が3月25日に開通することが決定したと、2月7日の三陸新報が伝えています。

本吉気仙沼道路
三陸新報2月7日記事の一部イメージ

記事に添えられた地図を下に。

地図

記事によれば、本吉気仙沼道路は2006年度に事業化され、東日本大震災後に工事が加速したとのこと。事業費は255億円。区間7.1kmの中に設けられるインターチェンジ(IC)は、大谷海岸、岩井崎、気仙沼中央の3つです。大谷海岸と気仙沼中央は国道45号線から乗り降り可能。岩井崎は気仙沼方面への乗り降りのみ可能となっています。

記事に菅原茂市長のコメントが紹介されていました。その中に〈30年にわたり促進運動に携わってこられた皆さまの尽力に感謝申し上げるとともに〉という言葉がありました。冒頭に紹介したように、本吉気仙沼道路の工事が震災復興事業とともに加速したというのは皮肉なことですが、関係者の方々の実感なのでしょう。残るは地図上の破線部分です。この区間が実線で示される日を気仙沼の多くの人が待ち望んでいることでしょう。

なお、三陸道のうち、南三陸IC~歌津IC間4.2kmは、昨年2017年12月9日に開通しています。また、ほかの区間の開通見通しについては、2016年6月時点での三陸新報記事を下記のブログにて紹介しております。

2016年6月30日ブログ「三陸道開通見通し」
河北新報2017年12月10日配信記事

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 本吉気仙沼道路 三陸道

台湾地震お見舞い

2月6日、台湾東部で発生した地震のニュースを知って驚きました。マグニチュード/M6.4。きょう8日朝の時点で、少なくとも9人の死亡や62人の行方不明が伝えられています。2年前の2016年2月6日には台湾南部でM6.6の地震がありました。同じ日というのがなんとも。

東日本大震災において、台湾の皆さんには気仙沼をはじめ多くの被災地がお世話になりました。そうしたご支援に対するお礼に東新宿にある台湾仏教慈済(ツーチー)基金会の日本分会を気中20支援会としてたずねたのは、2011年10月18日のこと。徳一君(3年3組)、恒四郎君(6組)、わたくし小田(8組)の3名で。そして、一昨年の台湾南部地震の際には、2月19日に同じメンバーで同会に見舞いにうかがいました。

こうした訪問のお世話をいただいた日本分会所属の林眞子さんに、昨日夕方つぎのようなメッセージを送りました。〈台湾の地震、大変なことが起こりましたね。気仙沼のみんなも心配していることと思います。まずは取り急ぎ、お見舞い申し上げます〉。間もなく林さんから返信がありました。台湾の慈済基金会本部は大丈夫で、6日夜からメンバーが炊き出しなど様々な支援活動をしているとのこと。そして、〈皆様のご厚意ありがたく承ります。分会から本部に伝えておきます。重ね重ねお礼まで〉と。

以上、気仙沼の皆さんへのご報告として記しました。被害がこれ以上大きくならないようにと願うばかりです。

2度の慈済基金会訪問については、つぎのブログにて。

2011年10月19日ブログ「慈済基金会訪問」
2016年2月19日ブログ「再び慈済基金会へ」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 台湾 台湾仏教慈済基金会

海神様の参上予定

今年の海神様は、2月17日(土)に気仙沼市内にあらわれる、との情報が三陸新報に掲載されていました。


海神

三陸新報の1月28日記事の一部イメージ


この三陸新報の記事には、〈海神様〉の来歴がつぎのように紹介されています。


〈気仙沼版“なまはげ”として、1987(昭和62)年に始まった海神様は今年で32回目。市民有志による甚六鬼の会(鈴木賢司代表)が主催する。鬼の面をかぶった海神様が「悪い子はいねえが」などと、一般家庭や保育施設に“参上”。子供たちと良い子になるように約束を交わす〉

当日2月17日は、午後2時ごろに魚町の五十鈴神社(お神明さん)を出発します。出発の様子の見学も歓迎しているとのことです。天候によって出発時刻が前後することもあるようですが、お時間の許すかたはどうぞお出かけください。

海神様の訪問を希望する家庭や福祉施設、事業所などの申し込みは、2月13日まで受け付けるそうです。問合せは下記の事務局まで。

090-5235-6641(小山)
090-9533-5429(三浦)

この〈海神様〉は、が故小山隆市君(3年6組)が友人と3人で始めたということは、私たち気仙沼中学の同級生であればみんなが知っていることでしょう。これまでの経緯は、下記のブログにて。

2016年1月18日ブログ「30回目の海神様」
2013年2月6日ブログ「隆ちゃんの海神様」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 海神様 甚六鬼の会

被災水門を保存へ

震災の津波で被災した、気仙沼市階上(はしかみ)地区のお伊勢浜海水浴場の水門が震災遺構として保存されるようです。本日2月6日午前4時に、NHKがニュースを配信していました。ニュース放送としては昨夜のことかもしれません。


水門
NHKニュースのツイッター画面


この水門は、震災の2年前に建設されたもの。鉄製の扉が名がされて建屋は倒壊し、再来年の海水浴場の再開に伴って解体される予定でした。しかし、地域住民から津波の脅威を後世に伝えるため現状のまま保存してほしいという要望が寄せられたことから、市は震災遺構として保存する方針を固めたとのことです。

このニュースは本日の三陸新報には紹介されていませんでした。後日、詳しい記事が掲載されることでしょう。まずは、NHKで放送、配信されたということをお伝えしたく。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 階上 お伊勢浜 震災遺構

気仙沼駅の渡線橋

2月3日(土)の三陸新報に、気仙沼駅のシンボルがその役目を終えて姿を消すとの記事が掲載されていました。

渡線橋

三陸新報2月3日記事の一部イメージ

渡線橋(とせんきょう)という言葉は初めて知りました。跨線橋(こせんきょう)という言葉のほうになじみを感じます。それはともかくも、あの気仙沼駅の渡線橋の撤去工事が1月30日に始まったとのこと。

渡線橋の建設時期は正確にはわからないとのことですが、記事では、大船渡線が開業した1929年から使われている駅舎本体と同じ年代と考えられるとしています。

震災後、駅構内にBRT(バス高速輸送システム)が乗り入れるようになってからは、1、2番線がバス専用道となりました。そして、大船渡線が発着する3、4番線には横断歩道を使って往来するようになり、渡線橋は閉鎖されていたそうです。工事は3月中旬までに終了する予定。

記事には、利用者の〈思い出が多く、寂しい限り〉という声が紹介されていました。私もいろんなことを思い出します。小学校低学年のころは、夜の9時半ごろに気仙沼に着く〈むろね号〉で出張から帰ってくる父を迎えに駅に行きました。

改札出口は、駅舎に向かって右側にありました。到着時刻が近づくと、駅員さんが来て出口のチェーンをはずします。列車が到着しても、車両の向こうの降車客の様子は見えません。そのうちに渡線橋の階段を降りてくる人が増えてきて、その中に父の姿を見つけます。父が玩具などのおみやげをぶら下げていれば万々歳。構内で待っていてもらったタクシーに父を引っ張っていき一緒に家に帰ってきたのです。

こうして50数年前のことを思い出してみると、自分だけでなく、父の気持ちも想像してしまいます。降車して渡線橋をのぼり右に歩いて階段を降りていくとき、一体どんな気持ちだったのだろう。その視線の先には、笑顔で待つ幼い私がいたはずです。気仙沼駅の渡線橋は撤去されてしまいますが、あの階段を降りてくる父の姿は、私の記憶のなかにこれからも残っていくことでしょう。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 気仙沼駅

美の壺「セーター」

本日はテレビ番組紹介。きょう2月2日午後7時30分からのNHK BSプレミアム「美の壺」で、気仙沼ニッティングのセーターが紹介されます。

美の壺

番組サイトから紹介動画の一部イメージ


◎NHK BSプレミアム「美の壺」
2月2日(金)19:30〜20:00

番組サイトから紹介文を引用します。

「セーターは素材ひとつで風合いも着心地もさまざま。「繊維の宝石」とうたわれるカシミヤセーターの“ふんわり感”の秘密とは!?気仙沼で作られる予約2年待ちの手編みのセーターが登場!極上のあったかセーターを生み出す編み手の技には、港町ならではの意外なルーツが。傷ついたセーターをかわいく直せるテクニックも紹介。さらに伝統的なセーターの柄に込められた先人たちの知恵や思いをひもとく」(引用は以上)

気仙沼ニッティングさんだけの紹介ではありませんが、港町気仙沼の風景がうつるといいなと思っております。

「美の壺」の進行役は草刈正雄さん。私たちの世代は、資生堂「MG5」の広告ではじめて知りました。Wikipediaによれば1952年9月の生まれですから、私たちの一学年下になりますね。MG5のCM登場は1971年のことといいますから、気中20回生が19〜20歳のころの話。MG5の広告といえば、まずは団次郎さんと精悍な犬のポスターが印象に残っていますが、草刈さんは団さんの弟分としての登場だったようです。

若手モデルとして人気を博した草刈さんもすでに65歳。いまでは俳優としても大活躍。「美の壺」では枯れた味わいにちょっと奇妙な面白さ加えたナレーションを聴かせてくれます。

話がとんでしまいましたが、本日の「美の壺」をどうぞご覧ください。

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 気仙沼ニッティング

朝日町イメージ図

1月25日の三陸新報に、気仙沼市朝日町に計画されている漁業用燃油施設整備に関する記事が掲載されていました。1月23日に市による関係者への説明会が開かれ、異論なく計画が了承されたとのことです。記事には、東日本大震災で内湾にあった23基中の22基の燃油タンクが被災したと書かれていました。タンクから流出した油に火がつき、海が燃えているような光景をうつすテレビ画面を私も忘れることができません。

私の目を引いたのは、施設の完成イメージ図です。左が燃油施設ですが、右側に造船団地が描かれています。

1・25造船
三陸新報1月25日記事より


燃油施設は、市有地を市が整備して防災対策を講じた上で、公募決定した民間事業者が借り受けてタンク5基や桟橋を建設して運営します。

造船団地として描かれているのは、気仙沼の造船会社4社(木戸浦造船、吉田造船鉄工所、小鯖造船鉄工所、澤田造船所)と関連会社3社によって2015年5月に設立された(株)みらい造船です。同社のサイトを見ると、2018年4月の正式合併、2019年初頭の新工場開業を予定しているとのこと。

この造船団地の計画に対しては、付近の水産加工関係者などからの反対もありましたが、こうして具体的な事業計画が進んでいるようです。その造船団地に燃油施設の計画が加わった絵は、まさに〈朝日町イメージ図〉といったところでしょう。

2012年4月19日ブログ「造船所復興の夢」

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 みらい造船 朝日町

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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