「白いカンバス」

きのうのブログ「甚兵衛の見た風景」に引き続き〈みなとのがっこう〉の予習、熊谷達也さんの話です。「週刊新潮」3月16日号に熊谷達也さんの文章を見つけたのでご紹介。大震災から6年「明日への活力を生む10のキーワード」をテーマにした10社による企画広告です。10人の方々がメッセージを寄せているのですが、一番はじめに掲載された熊谷さんの文章のキーワードは「白いカンバス」でした。

白いカンバス
「週刊新潮」3月16日号掲載広告

〈東日本大震災の発生からちょうど三週間後、私は三陸のとある海辺に佇んでいました〉と文章は始まります。〈気仙沼〉という地名は登場しませんが、〈かつて三年間ほど、中学校の教員として暮らしていたことがある港町の海岸です〉とあることから、気仙沼の海辺とわかります。〈雲ひとつない快晴の日でした〉〈海からは何の悪意も感じられません〉

文章を引用します。〈その海を見つめているうちに、なぜか私は、一枚のカンバスを思い浮かべていました。何の絵も描かれていない白いカンバスです。ただし、新品のカンバスではありません。白の絵の具で一面が塗り潰されたカンバスです。よほど目を凝らせば、その白い絵の具の下に、これまで海辺に暮らしてきた人々が描いてきた絵が、微かに見えます。このカンバスに、もう一度新たな絵を描きなさい。そう海が私たちに命じているように思えました。これまでも同じカンバスに、何層にもわたってさまざまな絵が重ねられてきたに違いありません。〉

しかし、絵の具も筆もパレットもありません。海が持ち去ってしまったのです。〈これでは何も描けない……〉。熊谷さんはつぎのように続けます。

〈 途方に暮れていた時に、誰かがどこからか、絵の具を持ってきてくれました。そっと絵筆を握らせてくれた人もいます。手作りのパレットをはにかみながら差し出す人も……。
 そうした人たちの沢山の助けを得て、あまりに大きな代償を払いながらも、今後も海と一緒に暮らそうと決意した人々が、三陸の海辺のあちこちで、それぞれのカンバスに新しい絵を描き始めています。どれも完成には程遠い絵です。進み具合にも差があります。ですが、すべてのカンバス上で個性豊かな素晴らしい絵が完成することを願ってやみません。〉(引用は以上)

〈白いカンバス〉は、〈白い原稿用紙〉を連想させます。昨年9月の東京の会で熊谷達也さんは、震災直後4月11日に気仙沼を訪れたと語っていました。言葉を失うほどの衝撃を受け、しばらくは小説を書くことはもちろん新聞も読めなかったそうです。白いカンバスに新しい絵を描き始めるというのは、小説を書くこと、物語を紡いでいくことのたとえでもあるのでしょう。

そして熊谷達也さんはこの文章で、〈海が私たちに命じているように〉と記していました。〈私たち〉。熊谷達也さんの気持ちは、気仙沼をはじめ三陸の人たちと共にあると感じます。

この見開きページの広告スペースを提供してくれた三菱商事さんは三菱商事復興支援財団として、気仙沼をはじめ多くの被災地支援に積極的に取り組んでいます。私がこのブログで紹介したものだけでも、気仙沼市内の三陸飼料、気仙沼ケーブルネットワーク、気仙沼地域エネルギー開発の3社に総額2億5000万円を、〈海の市〉を運営する第3セクター気仙沼産業センターに5000万円をそれぞれ出資しています。

熊谷さんの文章は、三陸の人々へのメッセージであると同時に、三菱商事さんをはじめ多くのご支援に対する〈私たちとしての〉謝意の表現でもあったのでしょう。その心遣いをとてもありがたく感じました。熊谷達也さん、そして三菱商事さんにあらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 熊谷達也 みなとのがっこう 三菱商事復興支援財団

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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